薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
薄桜鬼 薔薇王腐向け転生昼ドラパラレル二次創作小説:◆I beg you◆ 1
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 10
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
黒執事 平安昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:蒼き月満ちて 1
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
F&B×天愛 異世界転生ファンタジーパラレル二次創作小説:綺羅星の如く 1
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
黒執事 BLOOD+パラレル二次創作小説:闇の子守唄~儚き愛の鎮魂歌~ 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 1
天上の愛地上の恋 大河転生昼ドラ吸血鬼パラレル二次創作小説:愛別離苦 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
火宵の月 吸血鬼転生オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
火宵の月異世界転生昼ドラファンタジー二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
FLESH&BLOOD 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の騎士 1
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 7
F&B 現代昼ドラハーレクインパラレル二次創作小説:恋はオートクチュールで! 1
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 1
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 2
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黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 3
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD 帝国ハーレクインロマンスパラレル二次創作小説:炎の紋章 3
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
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天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 1
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薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
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YOIヴィク勇火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 1
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YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
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薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
刀剣乱舞 腐向けエリザベート風パラレル二次創作小説:獅子の后~愛と死の輪舞~ 1
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薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 2
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天上の愛地上の恋現代昼ドラ人魚転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
F&B×薄桜鬼 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:北極星の絆~運命の螺旋~ 1
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・愛の螺旋 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
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1878(明治11)年4月、東京。高原鈴は庭の桜を見ていた。戊辰戦争後、鈴は東京と名を変えた江戸に戻り、実家で静養した。明治維新から10年。 明治5年には新橋-横浜間に陸蒸気が開通し、街並みも食べるものも西洋文化の影響を受けていた。年が過ぎ、動乱の幕末の京都がまるで夢のように思えてきた。だが10年前に日本中は血で染まり、鈴は幾度も修羅場をくぐり抜けていた。新選組の生き残りとして、鈴は自伝を出版した。あの頃に生きた生き証人として、真実を語りたいーそういう思いで書いた自伝は、多くの人々の心を打った。自伝を出版した後、鈴は肺を病んだ。ここ数年は、布団から起きあがれないほど病状は悪化していた。鈴は縁側に座り、満開の桜を見ていた。「綺麗だな・・」「元気そうだね、高原君。」裏口から背の高い、紺羅紗の制服を着た警官がそう言って鈴に微笑んだ。「斎藤先生。」「今は藤田だよ、高原君。」斎藤-今は藤田五郎と名乗っている-は、そう言って家に入ってきた。「体の調子はどうだ?」「さぁ・・俺にはもう、時間が残されていないかもしれません。」そう言って鈴は寂しく笑った。「両親も亡くなって、もう俺1人です。自伝も出版したし、もう心残りはありません。」「・・そうか・・」斎藤は鈴の手を握った。「前に頼まれていたもの、出来たから渡すよ。」そう言って斎藤はポケットの中からネックレスを出した。そこには金の髪と、赤い髪が納められていた。「横浜で作って貰ったけどね・・気に入ればいいんだが・・」「ありがとうございます。」鈴はそう言ってヘアジュエリーを受け取った。「また、来てくださいね。」「ああ・・」鈴はネックレスを首に提げた。あのお守り袋は函館の時に銃で撃たれ、ボロボロになってしまった。だが英人の遺髪は無事だった。自分の髪と英人の遺髪を持って、斎藤にヘアジュエリーを作って欲しいと言ったのは数週間前だった。これがあれば英人といつも一緒にいられる。鈴は引き出しから簪を取り出した。それはあの日英人から渡された、桂に初めて貰ったという鳥の簪。「英人、お前に会いたいよ・・」そう言って鈴は目を閉じた。『鈴。』どこからか、英人の声が聞こえる。まさか、そんなはずはない。英人は10年前に死んだはずだ。『鈴。』また声がした。鈴は桜の木を見た。そこには、京で出会った頃と同じような優しい微笑みを浮かべた英人がいた。「英人!」鈴は下駄を履いて英人の元へと駆け寄った。『鈴、待たせてごめんな。』英人はそう言って鈴を抱き締めた。「もう、離さない・・」鈴は英人の胸の中で目をゆっくりと閉じた。1878年4月3日。高原鈴、肺結核にて死去。享年32歳。永遠の眠りによって、鈴は英人と再会した。そして、かつての仲間とも。彼らの絆は、永遠にとぎれることはないだろう。 時の激流に押し流されながら生きた2人の死から百数十年の歳月が経った東京の中心部にあるとある高級ホテルでは、ある政治家の豪華絢爛な生誕を祝う宴が開かれていた。人々はシャンパンを片手に談笑し、ご婦人がたは美しいドレスで着飾りながら自分の美しさを周りに誇示していた。そんな招待客の中で、ひっそりと会場の隅に佇む1人の少女がいた。 腰まである長さの金色の髪を結い上げ、華奢な身体をギリシャ神話に登場する女神のような幻想的で美しい蒼いドレスを纏った彼女の藍色の双眸は、憂いに満ちていた。(俺が何で女装なんか・・いくら兄貴の頼みだからって・・) 少女―兄嫁が急病の為にパーティーに来られなくなったので、急遽代役として兄とともにパーティーに出席する羽目になった少年の名は、正英華凛(まさひでかりん)。今年の3月に私立の中高一貫校の男子校中等部を卒業し、4月に高等部に入学する15歳である。日本舞踊・正英流の家元である父親から物ごころついた頃から所作や礼儀作法について厳しく躾けられた華凛は、自然に優雅な立ち居振る舞いを身につけ、周囲からは華奢な身体に女顔という外見もあってか、よく女性と間違われることがあった。だが本人にとってそれは煩わしいものでしかなく、今こうしてドレスを纏ってパーティーに出席しているだけでも苦痛を感じていた。(ったく、兄貴何処にいるんだよ・・さっさとこんなところ、出て行こう・・)溜息を吐きながら兄の姿を探していると、彼は1組のカップルと談笑していた。「兄貴、探したぞっ!」「華凛、ここでは“あなた”だろう?乱暴な言葉遣いはやめなさい。」上品な黒いタキシードにしなやかな肢体を包んだ兄の寿輝は、そう言って弟を窘めた。「大体、義姉さんが急病で出られなくなったって、おかしいだろ!?やけにドレス選ぶ時乗り気だったし!」「そういうことは後でな。それよりもお前に紹介したい人がいる。このパーティーの主役の鈴久先生のご子息の、高史さんだ。隣にいらっしゃるのは彼女の奥様である香奈枝さんだ。」「高史です、初めまして。」そう言った男の顔を見た途端、華凛の脳裏に1人の少年の姿が浮かんだ。美しく艶やかな赤毛を持った、翠の瞳をした少年を。“英人”屈託のない明るい声で、自分の名を愛おしく呼ぶ声。だが、そこにいるのは艶やかな黒髪を整髪料で固め、タキシードに身を包んだ美しい青年だ。(違う・・彼じゃない・・)「どうかしましたか?」青年が心配そうに自分の顔を覗きこんだ。その瞳の美しさは、あの少年と同じ色だった。どこまでも汚れのない、澄み切った森の緑。「いいえ、何でもありません・・」その時初めて、両頬が涙で濡れていることに気がついた。-完-にほんブログ村
2011年08月23日
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1868年4月、会津・白河口。鳥羽・伏見の戦いから始まった戊辰戦争は、新政府側の圧倒的勝利になりつつあった。鈴達新選組は、会津で新政府軍と激闘を繰り広げていた。だが最新兵器を前に、味方は次々と倒れていった。会津に来て鈴は、京での日々が懐かしく思えてきた。あの頃はいつも隣に英人がいた。初めてあったときの英人の美しさは、未だ忘れることが出来ない。敵同士であっても、英人とは愛し合っていた。だがもう彼はいない。池田屋の時と同じように、彼は敵として自分の前に現れるだろう。その時は英人を殺して、自分も死ぬー鈴はそう決意していた。1868年8月23日、母成峠。旧幕府軍は新政府軍の猛攻に虚を突かれ、激闘を繰り広げていた。白虎隊も戦ったが、飯盛山で19名が自刃した。「俺達・・もう駄目かもしれないな・・」貴はボソリとそう呟いて、溜息をついた。「そんなこと言うなよ、俺達は必ず勝つんだから!」「だって新政府側は最新兵器を持ってるんだぜ。」真也はそう言ってうつむいた。(悔しいけれど、この戦いも新政府軍に負けるかもしれない・・)悔しいけれど、それが揺るぎない事実なのだ。鈴は溜息をつきながら、胸に提げたお守りを取り出した。あの日、八坂神社で英人と買ったものだ。薄紅色の袋は何度も触ったせいか、端のところが少しボロボロとなっていた。京都にいた頃の楽しかった思い出。今はもう過去となってしまった物。もう戻ることがない時間。「それ、確か・・」「うん・・捨てようかと思ったけど、英人との大切な思い出だから。」「悪いことしたな、俺・・あの時殴られて当然のことしたよ・・」貴はそう言ってうつむいた。「もう過ぎたことだよ。」過去は振り返っても二度と戻らない。今は前に突き進むのみ。「あのさ、俺・・」貴が何か言いかけた途端、敵の攻撃が始まった。「行くぞっ!」貴はそう言って飛び出した。「貴、待てっ!」鈴はそう言って貴の袖を掴んだが、貴は既に敵の前に躍り出ていた。鈴の目の前で、貴は全身に銃弾を浴び、地面に倒れた。「貴、しっかりしろ!」「ご・・め・・ん・・な・・俺・・先・・に・・逝く・・わ・・」貴はそう言って鈴に微笑み、息を引き取った。「貴、貴ぃぃ~!」親友の胸に顔を埋めて、鈴は泣いた。「よくも貴を~!」いきり立った真也が刀を抜き、貴を撃った男を斬ろうとした。だがその前に真也の体は頭から真っ二つに割れ、地面に倒れた。金色の髪が、風に揺れる。「英・・人・・?」藍色の瞳が、じっと鈴を見据える。5年ぶりに再会した英人は、あの頃よりもずっと大人びて見えた。腰まであった金色の髪は背中までの長さになっている。背も高くなり、あの頃は同じ背丈だったのに、今は鈴を見下ろすようになっている。英人は刀をゆっくり構えた。彼は敵なのだ。思い出に浸っている時間はない。鈴は刀を構え、英人に突進した。鈴と英人の腕は互角だった。鈴が英人の服を破けば、英人も鈴の服を破いた。刃を交えた英人の藍と鈴の翠の瞳が、雷によって光る。2人とも体力を激しく消耗している。次が最後の一撃だ。英人と鈴は間合いを取った。その時、背後に光るものがあり、鈴が振り返った。そこには拳銃を構えた山本重太郎の姿があった。「菊千代の仇ぃぃっ!」重太郎はそう叫んで引き金を引いた。林の中で、乾いた銃声が響いた。鈴は目の前で英人がゆっくりと地面に倒れるのを見た。「英人!」鈴は英人を抱き留めた。「す・・ず・・」「英人、しっかりしろ!」鈴の涙が、英人の顔に落ちた。「おれ・・は・・だい・・じょう・・ぶ・・」英人はそう言って笑った。だが英人は血を吐いた。「英人、しっかりしろ!」鈴は英人の腹から血が流れるのに気づいた。「待ってろ、助けを・・」「もう・・いいんだ・・俺・・は・・死・・ぬ・・お・・前・・の・・こ・・と・・見え・・ない・・」「ここにいるよ!俺ここにいるから!」鈴は英人の手をしっかりと握った。「い・・ま・・ま・・で・・あ・・り・・が・・と・・う・・楽・・し・・い・・思・・い・・出・・作っ・・て・・く・・れ・・て・・お・・前・・に・・会・・え・・て・・よ・・かっ・・た・・」英人はそう微笑んで、ゆっくりと目を閉じた。「英人、しっかりしろよ、英人!」鈴は英人の体を揺さぶったが、藍色の瞳はもう二度と開くことはなかった。英人を殺して、自分も死ぬって決めたのに。英人が死んでしまった。銃に撃たれて死んでしまった。「お前も死ねぇ!」重太郎は鈴に銃口を向けた。鈴は怒りに燃えた目で重太郎を斬り伏せた。「英人・・」鈴はゆっくりと、英人の髪を撫でた。何かが地面に転がった。拾い上げると、それは八坂神社で揃いで買った縁結びのお守り袋だった。「英人・・持っててくれたんだな・・ありがとう・・」鈴は英人の髪を一房切り、自分のお守り袋の中に入れた。 1869年5月18日、函館・五稜郭で榎本武揚が降伏し、これで約1年半続いた戊辰戦争は終結した。鈴の心に、癒えない傷を負わせて。にほんブログ村
2011年08月23日
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沖田は白馬に乗って山南の姿を探していた。(どうか・・どうか・・)沖田の脳裏に、山南との思い出が走馬灯のように駆けめぐる。試衛館での日々、共に駆け抜けてきた京での日々・・全てが、楽しい思い出であった。山南を助けなくては。逸る気持ちで馬を駆けていると、山南が街道を歩いているのを見つけた。沖田は山南の前で馬を停めた。「沖田君・・」「どうして脱走なんかしたんですか!どうして・・」「ちょっと外の空気を吸いたくなったんだよ・・」山南はそう言って笑った。「馬鹿なんですか、あなたは・・」鈴は山南が屯所へ戻ってきたことを知った。「山南さん!」格子越しに見た山南の顔は、優しい顔をしていた。「高原君、心配かけてすまなかったね・・」「山南先生、死んじゃいやです!先生言ってくれたでしょう?死んだ人の分まで生きて、命が尽きるときその人に楽しい思い出を語れるように生きるんだって・・言ってくれたでしょう?」鈴はそう言って手を伸ばした。山南の手は、温かった。「高原君、私の分まで・・生きてくれ・・」山南はそう言って鈴に微笑んだ。それは鈴が見た最初で最後の、山南の笑顔であった。にほんブログ村
2011年08月23日
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禁門の変から三ヶ月が過ぎ、山南は部屋に引き籠もりがちになることが多くなった。六角獄舎で見た光景が忘れられず、山南は毎晩悪夢にうなされていた。そんな中、山南は1人の女と出会った。その女の名は明里。島原の天神だった。明里と会うたびに、六角獄舎で見た光景を忘れられるだろうと山南は思っていた。だが悪夢は未だに続いていた。山南は次第に鬱状態になっていった。 悪夢もそうだが、この頃新選組の屯所を勤王色が濃い西本願寺へと移転しようという話が出ていた。山南はそれに反対したが、近藤も土方も耳を貸さなかった。もう、限界だった。「山南さん?」ある夜、食事を運んできた鈴は、山南が部屋にいないことに気づいた。「馬鹿野郎が!」土方はそう言って文机を叩いた。「沖田先生、山南先生戻ってきますよね?」「ええ、戻ってきますよ。」沖田は白馬に跨って屯所を出た。にほんブログ村
2011年08月23日
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1864(元治元年)年7月19日。京都蛤御門において長州藩兵と、会津・桑名・薩摩各藩の諸隊と衝突した。英人は風のように敵を次々と斬っていった。「正村、こっちも頼む!」会津藩士と刃を交えながら山岡はそう叫んだ。英人は目の前にいる者を全て斬った。その姿は獲物を狩る狼のようだった。鈴達新選組も、激闘を繰り広げていた。鈴は一人、また一人と敵を斬り伏せていった。戦いは、幕府側の勝利に終わった。「・・勝ったな・・」「うん・・」鈴と貴が勝利の余韻に浸っていると、煙が見えた。炎は強風に乗って京の街を舐めるように焼き尽くした。山南はその頃六角獄舎へと向かっていた。そこには池田屋事件で捕縛した古高俊太郎達がいた。獄舎の奥へと向かうと、そこには槍で突かれた古高達がいた。山南はその場で吐いて獄舎を飛び出した。(私は・・何のために・・)一体誰のために、自分は戦っているのだろうか?にほんブログ村
2011年08月23日
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「英人・・?」殺さなければ。彼は敵だ、殺さなければ。心とは裏腹に、手が動かない。殺したくない。鈴は初めて出来た友達。殺したくない。英人が葛藤していると、援軍が池田屋に入る気配がした。英人は鈴から離れ、窓から飛び降りて逃げた。「大丈夫か、鈴?」「うん・・貴は?」「まだ息がある。けど・・あいつは・・」(英人は俺を殺そうとしたのに、殺さなかった・・)翌朝、鈴達は池田屋から屯所まで行進した。「貴、大丈夫か?」「うん。」友を気遣いながらも、鈴は英人のあの涙を思い出していた。にほんブログ村
2011年08月23日
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「えやぁぁっ!」志士達と新選組は入り乱れて激闘を繰り広げた。その最中、藤堂平助は額を切られ負傷し、沖田総司は喀血した。鈴達は無我夢中で刀を振るった。「大丈夫か、鈴?」「うん、大丈・・」そう言って鈴が振り向くと、貴の背後で敵が刀を振り下ろしていた。「貴、後ろっ!」鈴は飛び上がり、敵の頭蓋骨を叩き割った。「助かったぜ。」貴はそう言って鈴に微笑んだ。だがその笑みが苦痛に歪んだ。「英人・・」英人が貴の胸を刃で貫いていた。「どうして・・」鈴の問いかけにも答えず、英人は貴の胸から刀を抜き、構えた。藍色の瞳は、冷たく光っていた。鈴は刀を構え、英人に突進した。激しい剣戟を繰り返し、英人は鈴の腹を蹴り、畳の上にねじ伏せた。「鈴!」英人は刀を振り下ろそうとしたが、できない。気づくと自分は泣いているのだとわかった。にほんブログ村
2011年08月23日
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1864(元治元年)年、6月5日。桜舞い散る季節は過ぎ、蒸し暑い京の夏が再びやってきた。鈴はいつものように、道場で稽古をしていた。もういないとわかっていても、目は英人の姿を探してしまう。英人がいなくなってから五ヶ月が過ぎた。英人はどこで何をしているのだろうか?元気にしているのだろうか?鈴は寝ても覚めても英人のことばかり考えていた。そんな中、新選組に衝撃的な知らせが入った。長州が京の街に火を放ち、その混乱に乗じて天皇を長州へと拉致するという。そして今夜どこかでその会合が行われているという。新選組は近藤隊と土方隊に別れて、会合が行われている旅籠や茶屋を虱潰しに探した。鈴と貴、そして柵原真也は近藤隊にいた。近藤隊は、とある旅籠へと入った。そこは三条河原町の『池田屋』であった。「御用改めである!」近藤はそう言って主人を気絶させ、階段を駆け上った。「新選組!」長州の志士達はそう言って鈴達を睨んだ。志士の一人が灯りを消し、辺りは闇一色となった。にほんブログ村
2011年08月23日
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「なんだと、椿屋が壬生狼の襲撃に遭った!?」京の高級旅館の一室で、桂はそう言って声を荒げた。「はい。半時前に壬生狼が椿屋にいた女将とその家族、そして女中達を虐殺した後椿屋に火を放ちました。」英人はみつの櫛を握り締めながら言った。「そうか・・英人、報告ご苦労だったな。体を洗ってすぐに休め。」「桂さん、さっき鈴と別れてきました。」「あの子と?」英人は桂の胸に顔を埋めた。「鈴となら、仲良くなれると思っていました。けれどそれは間違いでした・・俺は椿屋で犠牲となった人達の仇をとります・・必ず!」「・・やっと、私のところへ帰ってきてくれたな・・」桂はそう言うと、英人の唇を塞いだ。「お帰り、英人。」「ただいま、桂さん。」英人はそう言って桂に微笑んだ。「俺はもう二度とあいつに会うことはないでしょう。もし会うとしたら・・その時は敵同士です。」「そうだ、それでいいんだ。それが真実なのだから。」やがて2人は体を重ねた。もう、後には引き返せない。にほんブログ村
2011年08月23日
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英人はしばらく椿屋の焼け跡に佇んでいた。その目はうつろで、手は何かを夢中に探していた。「英人・・」鈴は英人とともに焼け跡の中を探した。やがて英人は薄紅色の櫛を見つけた。それは地獄の炎の中でも、無傷であった。「みつさん・・ごめん・・」英人はそう言って櫛を握り締めた。「帰ろう、英人。」英人は涙を流して、鈴の肩に寄りかかった。「英人・・」鈴は優しく英人の髪を撫でた。「これでお前の居場所はもうないな。」声がして2人が振り向くと、そこには腕を組んで満足げな貴が立っていた。「貴・・もしかして・・」「そうさ。俺が土方さんにここを教えたんだ。こいつを殺すために。」貴の指が、鈴の肩によりかかってうつむいている英人を指した。「こいつは俺達を裏切った。俺達を騙した薄汚い狼だ!」「貴、やめろ!一体どうしちまったんだよ、お前!?」鈴は貴の両肩を掴んで揺さぶった。「鈴、お前が悪いんだぞ・・そいつと仲良くなんてするから!敵と仲良くなんてするから!」「・・くも・・よくも・・みんなを・・」英人は貴に突進し、彼の頬をこぶしで殴った。貴はよろめき、地面に倒れた。英人は馬乗りになり、貴の顔を何度も殴った。「英人、やめろ!」鈴はそう言って必死に英人を止めたが、英人は自分の気が済むまで貴を殴った。「どこ行くんだ、英人?」貴をさんざんぶちのめした英人は立ち上がった。「鈴、お前とはもうお別れだ。俺達は敵同士。俺と一緒にいたら不幸になるだけだ。」英人はそう言って鳥の簪を懐から出し、鈴に渡して椿屋を去った。にほんブログ村
2011年08月23日
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「火事やぁ~、椿屋が火事やぁ~!」どこからか半鐘の音と声が聞こえて英人は急いで椿屋へと向かった。そこは紅蓮の炎に包まれ、今にも崩れ落ちそうな椿屋の姿があった。英人は井戸の水を頭からかぶり、椿屋の中に入った。「誰かいないのか!」呼びかけても誰も返事をしない。「誰か・・」英人が台所へと向かうと、そこには辰之助とみつが血を流して倒れていた。「みつさん、しっかりして!」英人はみつの体を揺さぶった。「英・・人・・はん・・」みつは苦しそうに喘ぎながら英人の手を握った。「一体なにがあったんだ!?」「み・・ぶ・・ろ・・が・・」みつはそう言って息を引き取った。英人が二階へと上がると、廊下には女中達の死体が転がっていた。そしてー「女将さん!」しのは奥の部屋で倒れていた。「英人はん・・辰と鞠は・・?」英人は首を横に振った。「英人はん、逃げとくれやす・・」「そんなことできません!」「英人!?」貴の後を慌てて追ってきた鈴は、英人が燃え盛る椿屋の中に入るのを見て自分も炎の中に入っていった。「英人、ここはもうだめだから、出よう!」「けど、女将さんが・・」「うちのことより、自分の命を大事にしとくれやす。」しのはそう言って最後の力を振り絞って英人を突き飛ばした。鈴は英人の手を引っ張り、椿屋の出口を目指した。「離せ、俺はまだ・・」「もうだめだって!」再び椿屋の中に入っていこうとする英人を、鈴は必死に押さえた。英人の目の前で、椿屋が焼け落ちた。にほんブログ村
2011年08月23日
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残酷描写が含まれます、苦手な方は閲覧なさらないでください。「なに、奴らのアジトがわかった!?」土方はそう言って貴を見た。「はい。場所は四条川原町の旅籠椿屋です。」「ありがとう、瀬原君。これで京に潜むネズミどもを退治できそうだぜ・・」そう言った土方の目が、残酷に光った。その夜、鞠助は、英人に貰った風車で飽きることなく遊んでいた。「鞠助、そろそろ寝ろよ。」「いやや、まだ遊びたい。」鞠助はそう言って膨れた。「どないしたん、辰ちゃん?」食器を片付けていたみつがそう言って2人を見た。「鞠助がなかなか寝ないんだよ。まだ遊びたいとか言って。」「ええやないの。遊びたい盛りなんやさかい。」みつはそう言ったとき、裏口が乱暴に開けられ、浅葱色の羽織が闇の中に浮かんだ。「御用改めである!主人はおられるか!」「女将さんなら留守どす。」「中を調べさせてもらおう。」隊士の一人がそう言って土足で上がってきた。「なんどす、急に入ってきて中を調べるやなんて!失礼やないですか!」「黙れ!」そう言って隊士はみつの頬を叩いた。「みつ姉ちゃん!」鞠助はみつの頬を叩いた隊士の手に噛み付いた。「このガキ!」隊士はそう言って鞠助を突き飛ばした。「よくも鞠助を!」辰之助は隊士に向かっていったが、所詮力では隊士のほうが上だった。みつは辰之助が隊士の刃に倒れていくのを見た。「兄ちゃん、兄ちゃん!」鞠助は泣きながら死んだ兄の体を揺さぶった。「どうしたんみつちゃ・・」間の悪いことに、騒ぎを聞きつけて起きてきた女中のひでが台所に降りてきた。「きゃぁぁぁっ!」ひでは悲鳴をあげて逃げようとしたが、階段を中ほどまで昇ったところで隊士の一人に斬られてこと切れた。「姉ちゃん、こわい・・」鞠助はそう言ってみつの胸に顔を埋めた。「大丈夫え。うちが守ったげるし。」みつは鞠助をかばうようにして彼の前に立った。「この子だけは堪忍しておくれやす。まだ小さいどすさかいに・・」「黙れ。」そう言って隊士はみつの首を刃で突き刺した。「鞠・・ちゃん・・逃げ・・て・・」鞠助は泣きながら台所を出て庭へと走っていった。「お前たちは二階を調べろ。」鞠助は必死に庭を走った。隊士達が自分を追っている足音が聞こえる。どこかへ隠れなければ。鞠助は近くの茂みに飛び込もうとして、隊士の一人に斬られた。鞠助は頭から池へと落ち、そのまま動かなかった。鞠助の手の中で風車が、カラカラという悲しい音を立てて回った。阿鼻叫喚の叫び声が二階から響いた。 しのが帰ったとき、椿屋は一階も二階も血が飛び散り、部屋には女中達の死体が転がっていた。「なんやの、これは・・」「お前が女将か。」背後から声がして振り向くと、そこには壬生狼がいた。「これは一体どういうことどす?」「お前たちは幕府に隠れて、浪士達を匿った。だから処刑したのだ。」「この壬生狼!」しのはそう言って隊士の頬を打った。だがしのの胸や腹に仲間の刃が突き刺さった。「火をつけろ。」土方はそう言って、椿屋を後にした。椿屋はあっという間に紅蓮の炎に包まれた。あとがき本当にグロイシーンばっかりでごめんなさい。貴が暴走して何の罪のないみつちゃん達を殺してしまいました。英人に対する憎しみで正気を失ったんです。この事件をきっかけに貴と鈴との間に溝が・・そして、鈴にとってまた辛い出来事が起こります。私は新選組ファンです。この話では新選組が暴走して椿屋の人たちを虐殺するシーンがありますが、それは貴の気持ちが暴走したことを表現しているのであって、新選組が嫌いだからこんなシーンを書いたのではありません。本サイトに掲載されている小説は全てフィクションです。この小説における事件は架空のものですのでそれをご理解していだたきたく思います。にほんブログ村
2011年08月23日
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「殺す・・英人を?」鈴の言葉に、英人は静かにうなずいた。「このままじゃ、新選組は潰されるかもしれない。そのためなら俺は何だってやれる。」そう言って貴は道場を出た。「待ってくれ、貴!」鈴は慌てて後を追った。屯所を出て行った英人の後を、貴は尾けた。やがて英人はある旅籠に入っていった。旅籠の名前は、椿屋といった。「鞠坊、お土産持ってきたよ。」英人はそう言って鞠助に風車を渡した。「風車やぁ!」鞠助は風車を手にとってうれしそうにまわし始めた。「前から欲しかってん。英はんおおきに。」鞠助はそう言って英人に微笑んだ。「また来るよ。」英人はみつに向き直り、薄紅色の櫛を彼女に渡した。「これ、うちに?」「君に、似合うと思って。恋文の返事だよ。」「おおきに!」みつは顔を赤く染めて櫛を髪に挿した。それが英人の見た、彼女の最初で最後の笑顔だった。にほんブログ村
2011年08月23日
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「鈴、一体どういうつもりだよ、敵と仲良くするなんて!」八坂神社から帰ってきて、貴に道場に呼び出されて鈴は彼に胸倉を掴まれた。「俺、英人を敵だとは思ってないよ。」「なんで・・そんなこと・・」「俺、初めて英人と会ったとき、こいつとは仲良くなれると確信したんだ・・たとえ敵であっても。」鈴はそう言って貴を見た。「お前の言うことは本当だ。英人は俺達の敵だけど、憎むだけじゃ何も変わらない。長州とか幕府とか言っても、元をただせば同じ日本人だろ?日本人同士、殺しあっても何もならないよ。敵同士でも、分かり合えることはできるんじゃないかな?」「そんなことない!長州の奴らは俺達を殺そうとしている!だから俺達はここにいるんだろ、違うか!?」「そうだけど・・貴はそれでいいと思ってるの?」「鈴・・」鈴の真剣な表情に、貴はうろたえた。「俺は初めて何の罪もない人を殺した。そのとき感じた自分に対しての怒りや、罪悪感で俺は苦しんだ。でも悲しんでばかりじゃいられない・・生きて俺は楽しい思い出を作らなくちゃいけない・・」「鈴、お前変わったな・・」貴はそう言ってさびしげな表情を浮かべた。「昔のお前は、世間知らずで甘えん坊で泣き虫の、ただのガキだった。けど京に来てからのお前は、俺よりひとまわりもふたまわりも成長してるように見えるぜ。」「貴・・」「お前の言うことは信じたい・・けど俺はみんなを騙して正体を隠しているあいつを許せないんだ・・」貴はそう言って顔を上げた。「だから・・俺は・・英人を殺す。」にほんブログ村
2011年08月23日
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「なぁ、初詣行かねぇ?」すっかり元気になった鈴は、そう言って英人を見た。「初詣、か?」「うん。本当は大晦日に行こうと思ってたんだけど、俺あんなふうだったし・・どこでもいいよ、英人となら。」「そうか・・じゃあ八坂神社はどうだ?」「いいね。」すっかり意気投合した2人は、八坂神社へと少し遅めの初詣へと向かった。年明けの八坂神社は、人でごった返していた。やっとこさ賽銭箱の前に着いた鈴と英人は金を投げ、願い事をした。「なぁ、さっき何を願った?」「ええと・・俺はいつまでも英人と幸せにいられますようにって願った。英人は?」「教えない。」「教えろよ!」「い・や・だ!」英人はそう言って駆けていった。「待てよぉ~!」2人はやがて社務所へと向かった。「なぁ、お守り買わねぇ?」「お守り?何買うんだ?」「そうだなぁ・・これはどうだ?」そう言って鈴は赤い縮緬の袋を手に取った。「それ、『安産祈願』って書いてあるぞ・・」「じゃあこれは?」今度は薄紅色の袋を英人に見せた。「『縁結び』か・・いいかもな、それ。」「じゃあこれ二つ買う。」縁結びのお守りを二つ買って、鈴と英人は八坂神社を後にした。「お前、元気になったな。」「うん。山南先生が励ましてくれた。」「あの仏の副長が?」「うん・・失った命は取り戻せないけれど、その人の分まで生きて、命が尽きたときにその人に楽しいことを話せるような生き方をしなくちゃいけないって。」「仏の教えだな、まさに。」「だろ?」そう言って鈴は英人に微笑んだ。「俺もう自分を責めたりしない。これからは強くなる。」「その意気だ。」英人は鈴の手を握った。「帰ろうか。」「うん。」「鈴・・どうして・・」仲良く連れたって屯所に帰ってきた鈴と英人の姿を遠くから見た貴はそう言って唇をかんだ。にほんブログ村
2011年08月23日
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「高原君?」声がして顔を上げると、そこにはお粥を持った新選組副長、通称「仏の副長と呼ばれる山南敬助が立っていた。「山南先生・・」「顔色が悪いね。お粥作ってみたんだけど、どうかな?」「いただきます。」そう言って鈴はれんげを手にした。「おいしい・・」「私が作ったんだ。君が少しでも元気になれるようにね。」山南は照れくさそうに笑った。「先生、俺は人を・・この手で殺しました・・」鈴はそう言って開いた手をギュッと固めた。「俺は・・あの子を・・殺すはずじゃなかった・・英人を守るために・・刀を・・振るった・・のに・・」「君のせいじゃない・・でも君が人を斬ったのは揺るぎのない事実だ。」山南は静かな口調で言った。「俺、知らなかった・・あんなに・・人が死んでいく様子を・・」鈴はそう言って涙を流した。「あの子を斬った後・・俺が死ねばあの子の魂が、報われるんじゃないかと思って・・」「それは間違いだよ。あの子の魂は、いま安らかな場所にいる。君は生きなきゃいけない、どんなことがあっても。」山南は鈴を抱きしめながら言った。「失った命は取り戻すことはできない。でも残された人々は、その人の分まで生きて命が尽きたとき、その人に楽しいことを多くでも語れるような生き方をしなくちゃいけないんだ。悲しみや怒り、憎しみで心を満たしてはいけないよ。君はまだ若いんだから、これからは楽しい思い出を作らなくちゃいけないよ。」「山南先生・・」「説教くさくなってしまったね・・君を励ますつもりで来たのに、すまないね。」そう言って山南は鈴に微笑んだ。「そんなことないです。先生が言ってくれたおかげで、俺立ち直れそうな気がします。」鈴は顔を上げた。そこにはいままでどおりの元気な鈴がいた。にほんブログ村
2011年08月23日
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斎藤を呼んでくるよう土方から言われた貴は、斎藤の部屋へと向かった。襖の向こうから声をかけようとしたとき、話し声が聞こえて耳をそば立てた。「高原君の様子はどうだ?」「あれから飲まず食わずで、布団の中でないてばかりいます。」凛とした英人の声がした。「これからどうするつもりだ?」「・・鈴は知っています。俺が敵だということを。」(じゃあ英人は、長州の・・)英人が部屋を出る気配がしたので、貴は慌てて隠れた。英人の姿が見えなくなると、貴は鈴の部屋に入った。「貴、どうしたんだ?」鈴はそう言って布団から身を起こした。ふくよかだった頬はやせこけ、目の下には隈ができている。「鈴・・辛いけれど聞いて欲しいんだ。英人は長州の人間だったんだよ。」「知ってる・・」「え?」「俺知ってる。あいつが桂小五郎と会ってるの見たもん。」「じゃあなんてそれを局長や副長に・・」「英人は、俺の大事な友達だから。」鈴は弱々しい声で言った。「じゃあ、俺は大事な友達じゃないってのかよ!?」貴はそう言って胸倉を掴んだ。「そう・・じゃない・・」「じゃあなんだよ、俺はお前にとってどういう存在なんだよ!」「貴は俺の友達・・」「あいつは・・英人は・・俺達の敵なんだぞ!俺がお前の大事な友達だっていうんなら、目の前で俺があいつに殺されてもお前はあいつを友達って言えんのかよ!」「それは・・わからない・・」「そうか・・じゃあお前との仲もこれまでだな!」貴はそう冷たく言い放ち、部屋を出て行った。「俺は・・俺は・・」鈴はそう言って泣き崩れた。「高原君?」にほんブログ村
2011年08月23日
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「君はどうするつもりだ、これから?」斎藤はそう言って英人を見た。「鈴は気がついてます・・俺が敵だってことを。」「・・そうか。お前はもうもとの人間には戻れない。ならば修羅の道を行くまで、か・・」「ええ。幸せだった頃の思い出と心は炎に消えました。後に残ったのは刀だけ。」英人はそう言って部屋を出た。「修羅、か・・ここにいる誰しもが、修羅の道を歩まざるおえない・・高原でさえも・・」斎藤はボソリとつぶやくと、すっかり冷えてしまった茶を飲んだ。「英人が・・長州の・・」衝撃の真実を知り、貴は絶句した。にほんブログ村
2011年08月23日
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1862年、京都。長州から上洛して2年、英人はある人物を待ち伏せていた。4年前に両親を殺され、孤児となり餓死寸前だった自分を救ってくれたのは、桂さんだけだった。「私のところへおいで。」桂とともに上洛した英人は、その日から人斬りとして働いた。そして間者となり女装しはじめたのも、この頃だった。自分は、桂さんの元に居場所を見つけた。だから・・蝉が飛び立つを見た英人は、標的がやってくるのがわかった。「柵原信悟殿とお見受けする。」男は何も言わずに鯉口を切り、英人に突進した。激しい剣戟の音がしばらくして、英人は信悟に一太刀浴びせた。血の雨が、英人の顔を真っ赤に染める。英人は思わずその場で吐いた。それが、彼が初めて人を斬った日だった。「・・なるほど。君はそんな年から、人を斬ってきたのか。」「ええ・・この世の穢れを知らない鈴とは違って、俺はこの手を血で染めてきましたから。」英人はそう言って自分の両手を見た。にほんブログ村
2011年08月23日
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「・・で、高原君の様子は?」斎藤はそう言って英人を見た。年があけ、宴会で何かと騒がしい屯所にある斎藤の部屋で、英人は斎藤と向き合っていた。「あれから何も飲まず食わずで、布団の中で泣いてばかりです。」「そうか・・高原君は、人を斬った罪悪感に苛まれているのだろう・・」「そうですね。」英人はそう言って部屋を出ようとした。「正村君、初めて人を斬ったとき、君はいくつだったかね?」斎藤は金色の目を細めながら、英人を見た。「さぁ・・あまり思い出したくもないですから。人に言うものでは・・」「私としては是非知っておきたいんでね。君の本性を。」「本性、ですか?」英人は斎藤を睨んだ。(こいつ・・俺の正体を・・)「君は至極冷静で、何を考えているのか全くわからない。それに、人を斬った後も平然としている。その様子じゃあ、その手をたくさんの血で染めてきたのだろう?」斎藤は英人の手を掴みながら言った。「俺が初めて人を斬ったのは14のとき・・ちょうど蒸し暑い夏の日でした。」そう言って英人はポツリポツリと過去を話し始めた。にほんブログ村
2011年08月23日
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京を白く染めた雪は、屯所の庭を幻想的に演出していた。全てが清められたかのような一面の白。 だがそんな綺麗な庭を見ても、鈴の心はあの少女を斬ったことへの罪悪感で押しつぶされそうだった。あの時英人を助けようとしてやったのに、あの少女の命を奪ってしまった。「殺したく・・なかったのに・・」自分はあの少女を殺した罪を、一生背負うだろう。自分の命が続く限り。「俺は・・一体どうしたら・・」今まで刀を振ったことがあったが、人を殺した事はなかった。初めて人を斬った罪の重さに、鈴は一人苦しんでいた。にほんブログ村
2011年08月23日
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「行こう。」菊千代を抱きながら涙を流す重太郎を見て動かない鈴の袖を、英人は引っ張った。「でも・・」「2人だけしといてやれ。」「うん・・」鈴と英人は、今度こそ川原を後にしようとした。「・・人殺し・・」地の底から響くような声で重太郎はそう言って鯉口を切って鈴に突進した。「よくも菊千代を、壬生狼がぁ!」重太郎の刃が届く前に、英人が重太郎の右頬を切り裂いた。「俺達に構うな。」そう言って英人は鈴を連れて川原を後にした。「・・なかったんだ・・」洛中を歩いていると、鈴は突然立ち止まった。「あの子を、殺すつもりなんて・・・なかった・・なのに・・なのに・・」そう言って鈴は涙を流した。英人はただ黙って、鈴をギュッと抱きしめた。雪が、京を白く染めた。にほんブログ村
2011年08月23日
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「菊千代、しっかりしろ、菊千代!」重太郎はそう言って恋人の体を揺さぶった。「重・・太・・郎・・はん・・ご・・無・・事・・で・・よ・・かっ・・た・・」菊千代はうっすらと目を開け、重太郎に微笑んだ。白い振袖の胸元は、彼女自身の血でみるみると真っ赤に染まっていく。そして顔からはだんだん血の気が失せていく。「嫌だ、俺を置いて逝くな!俺はお前だけが・・」「嬉し・・お・・す・・う・・ち・・重・・太・・郎・・は・・ん・・を・・守・・れ・・て・・」菊千代はそう言って血を吐いた。「生・・き・・と・・く・・れ・・や・・す・・う・・ち・・の・・分・・ま・・で・・」菊千代は弱々しく微笑み、重太郎に手を伸ばした。重太郎はしっかりと彼女の手を握った。「重・・太・・郎・・は・・ん・・と・・会・・え・・て・・嬉・・し・・お・・し・・た・・」菊千代の目から、光がなくなり、白い手は力を失い地面に垂れた。「菊・・千・・代・・?」重太郎は、菊千代の体を揺さぶった。「おい、起きろよ!なぁ、起きろよ!」「無駄だ・・もう・・彼女は・・」「嘘だ、嘘だ!だってまだこんなに温かい・・」重太郎はそう言って狂ったように菊千代の体を揺さぶった。だがどんなに揺さぶっても、菊千代は起きない。彼女は永遠の眠りに就いたのだ。「うわぁぁぁぁっ!」その真実を知ったとき、重太郎は天に向かって吼えた。やがて白い雪が天から降ってきた。まるで、菊千代の魂と、重太郎の悲しみを癒すかのように。にほんブログ村
2011年08月23日
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菊千代は事の成り行きを、静かに見ていた。重太郎が英人を殴っている。その顔は快感に歪んで醜い。こんな男に惚れていたのかー一瞬菊千代は吐き気がした。英人が重太郎の腹を殴った。重太郎は何か話している。英人は怒りに燃えた瞳で重太郎を睨み、その喉元に刃を突きつけた。菊千代は思わず目をつぶった。だが目を開けると、そこには刀を下ろした英人と連れたって歩く赤毛の壬生狼がいた。ホッと胸をなでおろしたのもつかの間、重太郎がゆっくり起き上がって鯉口を切った。菊千代は思わず重太郎の前に飛び出していた。菊千代の白い着物が血に染まる。それを見て、菊千代の意識は闇に落ちた。「菊千代、菊千代ぉぉ~!」獣の咆哮とも思える重太郎の叫びが、夜の川原にこだました。にほんブログ村
2011年08月23日
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「鈴、大丈夫か!?」英人はそう言って、敵の刃を受けとめた。「邪魔すんなっ!」山本重太郎は舌打ちして英人の腹を蹴った。半月前に受けた古傷が再び痛んだ。重太郎は無抵抗の英人の髪を掴み、殴る、蹴るの暴行を加え始めた。「お前は邪魔なんだよ、いつも桂さん達に媚を売りやがって!陰間上がりの薄汚い人斬りのくせに!」憎しみに満ちた瞳で重太郎は英人をなぶった。「お前なんかいなければいいんだ!あの時両親ともども家で焼け死んでいれば・・」「父上や母上のことを、どうして知っている?」 それまでやられっぱなしだった英人が、そう言って重太郎の腹に強烈な肘打ちを喰らわせた。重太郎は激しく咳き込み、地面に蹲った。「教えろ、何故俺の両親のことを知っている?」英人は重太郎の胸倉を掴んでそう言って睨んだ。「俺の父上は、お前の両親が目障りだった・・特にお前の父親が!大した実力もないくせに殿に気に入られ、重要な役目ばかりを任されて・・俺の父上は一生平で雑用ばかり!お前の父親を嫉んだ俺の父上は、金を与えて使用人にお前の両親を殺し、邸に火を付けたんだ!」英人のあまりの剣幕に恐怖に震えながら重太郎は7年前の事件の真相を語った。「あの時お前も死んでいればよかったんだ!まさかあの火事で死んでいたと思っていたお前が生きているなんて!父上はお前が桂さんと京に行くと知ったとき、お前が生きていると知って腰を抜かしたよ。そして俺をお前の命を狙う刺客として送り込んだんだ。だがお前は桂さんのお気に入りで一端の維新志士である俺には到底手が出せない・・だからこいつを罠にかけてお前をおびき出そうとしたんだ!」「そうか・・そうだったのか・・」やっとあの事件の真相がわかり、英人は目の前にいる重太郎を睨んだ。この卑劣な奴らによって、両親の命は奪われた。脳裏に、7年前の光景が浮かんでくる。目の前で戦い、命を落とした父。そして自分を庇い、命を落とした母。邸を包む紅蓮の炎。優しかった両親。恵まれた暮らし。四季折々の美しさが楽しめる庭。そして何よりも、幸せだったあの頃の時間。それらをつまらない1人の人間の嫉妬によって、全て奪われた。「よくも・・父上と、母上を・・」英人はそう言って重太郎の喉元に刀を突きつけた。「・・許してくれっ、許してくれぇっ!」「黙れ。」 必死に命乞いをする重太郎に冷たく言い放ち、重太郎の喉元を英人の刃が貫こうとしたときー「やめろ、英人!」地面に蹲っていた鈴がそう言って重太郎の前に立ちふさがった。「邪魔をするな!こいつのせいで父上と母上が・・」英人はそう言って鈴を睨んだ。「仇討ちなんて、お前の父上様や母上様は望んでないよ!こいつとその父親は、お前の両親を殺した罪を生きて償うべきだ!」英人はしばらく考え込むと、刀を下ろした。「・・屯所へ帰ろう。こんな奴の相手したって時間の無駄だ。」「ああ。」英人は鈴と連れたって川原を後にしようとした。「死ねぇっ!」重太郎は鯉口を切り、英人に突進した。「英人!」鈴は鯉口を切り、刀を振るった。 だが鈴の刃を受けたのは、重太郎ではなく、事の成り行きを見ていた菊千代だった。にほんブログ村
2011年08月23日
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菊千代は一乃屋とは違う方向に向かって歩き始めた。「あのぅ、まだ着きませんか?」鈴はそう言って菊千代を見た。「へえ、もうすぐ着きますよってに。」やがて2人は人気のない川原に着いた。「本当に置屋なんてあるんですか?」「関係ないですやろ、これから死ぬお人には。」菊千代はそう言ってニヤリと笑った。その笑みを見た瞬間、鈴は自分が騙されていたことに気づいた。「人を疑うことを知らない馬鹿ってのは、案外いるもんだなぁ。」嘲るような声がして振り向くと、そこには数人の浪士がいた。「高原鈴だな?」「なんだ、お前達はっ!」鈴はそう言って鯉口を切った。「これから死ぬ奴には関係ねぇよ!」彼らは一斉に鈴に襲いかかってきた。敵は5人いた。 何とか彼らの攻撃をかわし、一人の鳩尾を峰打ちにし、残りを足蹴にして三人とも気絶させ、敵は一人だけとなった。「なかなかやるじゃねぇか。」そう言って敵は鈴に突進してきた。「はっ!」鈴は相手の刃を受けとめた。それから間合いを取って相手を攻撃しようとしたが、相手はまるで鈴の動きを読むかのように鈴の予想に反する動きをして、隙を突いては鈴を攻撃した。「そろそろ終いにしようぜ。」「ああ・・」相手は勢いよく鈴に斬りつけ、その刃は鈴の腹を突いた。鈴は口から血を吐き、地面に蹲った。「あばよっ!」やられるーそう思った時、視界の隅に金色の髪が見えた。「鈴、大丈夫かっ!」「英人・・」そこには、敵の刃を受けとめる英人の姿があった。にほんブログ村
2011年08月23日
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「菊千代、久しぶりだなぁ。」高級料亭の一室で、重太郎はそう言って菊千代を抱き締めた。「重太郎さま、どないしはったん?なんや今夜は機嫌がええどすなぁ。」「ああ、正村から金せびってきたんだよ。」「悪いお人どすなぁ。」「それはお前だって同じだろうがぁ。聞いたぜぇ、お前英人をいびってたそうじゃねぇかぁ。」「そりゃいびりたくもなりますえ。うちは正村はんが憎いさかいに。」「その憎しみでひと仕事しねぇか?」「どんな仕事どすか?」「それはな・・」重太郎はそう言って菊千代に何かを囁いた。(祇園って初めて来るから迷っちゃうなぁ・・)土方の使いで祇園に初めて足を踏み入れた鈴は、ただおろおろと花見小路を見渡していた。(みんな同じ建物だから、わかんないや。)「どないしはったんどす?」突然声を掛けられた鈴が振り向くと、そこには紅葉の柄の振り袖を着た舞妓が立っていた。「あのぉ、置屋を探しているんですけれど、『一乃屋』ってご存じですか?」「ああ、それやったらうちの置屋どす。案内しまひょ。」「助かります!」 まさかそれが重太郎が仕掛けた罠とは知らず、何の疑いを持たずに鈴は菊千代の後をついていった。にほんブログ村
2011年08月23日
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「・・一体何が望みだ?」「決まってんだろ、これだよ。」そう言って重太郎は親指と人差し指で丸を作った。「いくらだ。」「そうだなぁ・・五両くらい。」「何に使うんだ、その金?」「お前には関係ねぇよ。あ、桂さんにはこのこと内緒な。」嫌な奴だ。英人は舌打ちしながら懐から金子を出し、重太郎に投げた。「さっさとそれ持って失せろ。」「ありがとさんv」重太郎は鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。チリチリと、蝋が解ける音がやけに響いた。重太郎はあの金をどう使うのだろうか?しかも桂さんに内緒のこと。まぁあの馬鹿のことだから、気に掛けるのも時間の無駄だ。英人は読み終わった本を閉じ、布団にくるまって寝た。にほんブログ村
2011年08月23日
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英人は鈴を部屋に残して屯所を出て、椿屋へと向かった。ここに入るのは四月振りだ。「英はんやぁ~」裏口から入ると、7,8歳位の男児がそう言って英人に抱きついた。椿屋の女将・しのの次男坊・鞠助だ。鞠助は英人に懐き、英人にいつもまとわりついてくる。「英はん、いままでどこいっとったん?うち寂しゅうて泣いてしもうたぁ。」「鞠坊、いままで顔見せてなくてごめんな。仕事が忙しかったから。その代わりに鞠坊といっぱい遊んでやるからさ。」「ほんまにぃ?」「本当だよ。」「やったぁ!」鞠助はそう言って庭へと駆け出した。「すいません英人さん、弟がご迷惑をおかけして・・」台所の後始末をしていたしのの長男・辰之助が申し訳なさそうに英人にそう言って頭を下げた。「いいんだよ。それに鞠坊が俺の本当の弟みたいに思えて・・」「あんなやんちゃな弟、いたら大変ですよ。でも英人さんが兄上だったらいつでも大歓迎ですよ。」「嬉しいこと言うな。」椿屋の中で英人が心を許せるのは、女将のしのと辰之助、鞠助だけだ。特に鞠助の屈託のない笑みは、それすら忘れてしまった英人の心を癒してくれる。「英人様、お帰りやす。」部屋に入ろうとすると、女中のみつが顔を赤らめて英人に頭を下げた。「これっ、受け取ってもらへんですやろうか?」そう言って突き出したみつの両手には、可愛く結ばれた恋文があった。「ありがとう。」英人が恋文を受け取ると、みつは嬉しそうに廊下を駆けていった。「なんだ恋文かぁ?お前も隅に置けねぇなぁ。」英人が本を読んでいると、みつとのやり取りを盗み見ていた重太郎が部屋に入ってきてそう言ってニヤニヤ笑った。「お前だって祇園に女がいるだろうが。」「菊千代か。あいつはいい女だぜ。よく俺を立ててくれる。」その女にいじめられたんだよ、と英人は心の中で毒づいた。「それにしてもお前、最近若い壬生狼と知り合ったそうじゃねぇか?」「何で、その話を・・」重太郎の言葉を聞き、英人の顔が強張った。「俺が何も知らないとでも思ってるのか?」重太郎はしてやったりという笑みを浮かべて英人の反応を見た。にほんブログ村
2011年08月23日
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秋が過ぎ、底冷えする京の厳しい冬がやってきた。「うう、寒ぅぅ~!」厳しい冷え込みに鈴はそう言って身を震わせた。「お前結構寒がりだな。」涼しい顔をして英人は火鉢に手を当てた。「だって俺寒いの苦手なんだもん。それに冷え症だし・・冬なんか大嫌いだぁ~!」鈴はそう叫んで布団を頭から被って顔だけを出した。「それ怖いからやめろ。うなされるから。」「だって寒いんだもん。」「じゃあ俺が温めてやるよ。」英人はそう言って鈴を抱き締めた。鈴は英人の体温を感じていつの間にか眠ってしまった。「ったく、やっぱりガキだな・・」英人はそう呟いて鈴の髪を撫でた。敵が目の前にいるというのに、この無防備な寝顔はなんだろう。今だったら、こいつの寝首を掻き切ってやることができるのに。それが出来ないでいた。桂さんに正体がバレたら殺せと言われたが、やっぱり殺したくない。だって鈴は、初めて出来た友達だから。「お前の命は奪わないでおいてやるよ。俺達友達だからな。」英人はそう呟いて蝋燭を消した。にほんブログ村
2011年08月23日
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「・・斎藤にようやく春が来た、ねぇ・・」副長室でみたらし団子を食べながら、土方はそう言って呆れたように沖田を見た。「斎藤さんったら、高原君のことになると熱っぽく語るんですよ。いつもはムスッとして不機嫌そうな顔してるくせに・・面白いったらないですよ。」「人をからかうもんじゃねぇぞ、総司。」「ねぇ土方さん、また一句詠んでるんですか?見せてくださいよぉ。」沖田はそう言って土方の手から句集を奪った。「総司、返しやがれ!」「いやですよぉ~!」総司は句集をひらひらさせながら副長室を出た。「待ちやがれ総~司ぃ~!!」屯所中に土方の怒声が轟いた。「なぁ、さっき副長の怒鳴り声がしなかったか?」「気のせいじゃないか。」鈴はそう言って本を読んだ。「高原君、正村君、ちょっとかくまってくださいよぉ。」襖が急に開き、沖田が部屋に入ってきた。「どうしたんですか、一体?」「いいから、いいから。」そう言って沖田は押入の中へと身を隠した。「おい、総司の野郎見なかったか?」数分後、全身に怒りのオーラを発し、閻魔のような顔をした土方が部屋に入ってきた。「・・いいえ、見てません。」「俺も・・」「そうか、邪魔したな。」土方はそう言うと部屋を出ていった。「総司の野郎、ただじゃおかねぇ・・俺の句集を・・俺の句集を・・こうなったらあいつの菓子全部取り上げてやる・・」ぶつくさ言いながら廊下を歩いていく土方の後ろ姿を見ながら、鈴と英人は恐怖に身を震わせた。「ふぅ~、助かったぁ。」沖田が押入から出てきて、2人に微笑んだ。その夜、副長室には総司に奪われた句集があった。にほんブログ村
2011年08月23日
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「斎藤さん、最近高原君のこと気になってません?」屯所の近くにある茶店で、沖田はそう話を切りだして茶を飲んだ。斎藤は茶を噴き出した。「沖田、一体何を・・」「隠したってわかるんですよぉ~、いつも一匹狼でクールで、みんなには厳しい斎藤さんが、高原君にだけ甘いんですもん。バレバレですよぉ。」そう言って沖田は笑いながら団子を食べた。「高原君は私にとって大切な家族だと思っている。それ以上の感情はない。」「じゃあ道場で抱き合っていたのは?」「そ、それは・・」斎藤は汗で湯飲みが滑り、落ちそうになった。「もしかして斎藤さん、高原君のこと好きなんじゃないですかぁ?」「・・鋭いな、沖田・・」斎藤はそう言って溜息をついた。「なんというか、高原君は俺にとって太陽なんだよ・・俺の寂しい心を照らしてくれる太陽・・」「この団子おいしいですねぇ。もうひとつください~」「高原君は明るいし、気が利くし・・ちょっとガキっぽいところがあるが・・それも愛嬌が・・」「これお持ち帰りしていいでしょうか?」「・・話を聞け、沖田。」「あ、すいません。」沖田はそう言って舌を出した。「斎藤さんにもとうとう春が来たんですね。今日は赤飯炊きましょうね。」「馬鹿なこと言うなよ。」沖田と斎藤はそう言い合いながら連れたって屯所へと帰っていった。にほんブログ村
2011年08月23日
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「最近、斎藤先生と仲良いな。」稽古を終えて部屋に戻ると、そう言って英人は本から顔を上げた。「そう?」「さっきお前先生に抱きついてただろ。」「あれは感謝の抱擁だよ。もしかしてお前、嫉妬してるぅ?」鈴はそう言って英人に抱きついた。「嫉妬なんかしてるか。離れろ、本が読めないだろ。」「本よりもお前の顔が見たいよ。」鈴は英人の唇を塞いだ。不意打ちだ。英人は顔を赤らめた。「あっ、照れてる英人の顔、初めて見たぁ~」そう言って鈴はキャッキャッと笑った。「・・お前酔ってるのか?」「酔ってなんかないよぉ~」鈴は英人を畳の上に押し倒し、英人の袴の紐を解き始めた。「おい、離れろっ!」「ヤ~ダッ!」鈴は強引に英人を抱いた。「お前・・何か変だぞ、今日は。」英人はそう言って鈴を見た。「変じゃないもん、変じゃないも~んv」鈴はそう言っていびきをかいて眠り始めた。「やっぱり変だ・・」にほんブログ村
2011年08月23日
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「斎藤先生ぇ~、聞いてくださいよぉぉ~!」道場に入って鈴はそう言って斎藤に駆け寄ってきた。「どうしたんだ、高原君?」「英人が俺をガキ扱いするんですよぉ~!お前はすぐ挑発に乗る、お前はすぐ拗ねるとか言って・・俺が怒ると花ボロやるから許せだなんて言って・・完全にあいつ俺をガキ扱いしてる~!」「・・高原君、そんなことで怒るから正村君にからかわれるんじゃないかな?」ポンポンと鈴の肩を叩きながら斎藤は宥めるように言った。「斎藤先生も・・俺がガキだって思ってるんですかぁ?」涙で潤んだ翠の瞳で、鈴は斎藤を見上げた。無垢な瞳に見つめられ、斎藤の胸は高鳴った。(何故だ・・何故こんな・・)今鈴が愛くるしくて仕方がない。 こんなつぶらな瞳をしている少年を目の前にして、落ち着いていられる男がいるだろうか?いや、いないだろう。「・・私は君がガキだなんて思っていないよ。それよりも、君はもうちょっと・・ええと・・正村君を見習った方がいいね・・」「斎藤先生・・」「育った環境が違うからか、正村君はなんというか・・いつも落ち着いていてどこか冷たさを感じるな。だが君は太陽のような明るさで人の心を知らずに癒している。それが君の良いところだよ。」「ありがとうございますっ、斎藤先生っ!」鈴はそう言って斎藤に抱きついた。その日一日中、斎藤の胸は高鳴り続けていた。にほんブログ村
2011年08月23日
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嘘だ。英人が長州側の人間だなんて。嘘に決まってる・・。昨夜、英人の正体がわかり激しいショックを受けた鈴は、一晩中布団の中で泣いた。自分に近づいたのは、俺を利用して情報を引き出すためだったと。何という残酷な真実。それを知らずに英人にのぼせ上がっていた自分が馬鹿げて見えた。英人に踊らされ、まるで道化のようになっていた自分が。これからどうやって英人と顔を合わせればいい?ただの親友、恋人同士として英人と接しろというのは無理だ。英人は敵だ。幕府を転覆させようとする長州の者なのだ。仲良くなんて、できるはずがない。 いっそ英人を殺してしまおうか・・そう思いながら眠りに落ち、目覚めると鈴は朝を迎えていた。「鈴、おはよう。」昨日の冷たい態度はどこへやら、英人はそう言って鈴に微笑んだ。(なんでそんな顔が出来るんだよ・・みんなを騙してるくせに・・) いっそこの場で英人の正体をバラしてやろうかと思ったが、そんなことしたら自分は英人に嫌われてしまうかも知れないと思い、いままでのように変わらない態度で接しようと、鈴は決めた。「おはよう。二月も祇園にいて何かと大変だったろ?副長から聞いたぜ。」「ああ、まさに地獄だったよ。俺に意地悪する舞妓がいてさ、何かとつっかかってきて大変だったよ・・あんな仕事はもう二度と御免だね。」英人はそう言って溜息をついた。「一度でもいいから見てみたかったな、英人の舞妓姿。」「馬鹿言うな。俺は絶対にあんな仕事はしないからな。」英人はキッと鈴を睨みながら、鈴の肘を押した。「悪かったよ。けど花街って楽しそうなところだと思ったんだけどなぁ・・」「その逆だよ。華やかさの裏には女達のドロドロとした戦いがある。それに上下関係も厳しいから、空気を読めない奴はやっていけないんだよ。」「それ、俺のこと言ってる!?」鈴はそう言ってむくれた。「お前空気読めないだろ。そういう奴って結構いじめられるんだよな。」「ひどいっ、俺だって必死なのにっ!」鈴は英人を睨んだ。「お前は年の割には幼さが目立つ・・挑発されてすぐそれに乗るなんてガキなんだよ。俺みたいに涼しい顔をしていればいいものを、お前はすぐに怒ったり拗ねたり・・」「ガキガキ言うな!」「悪かった。だから花ボロやるから許せよ。」「だ~か~ら、俺はガキじゃないってのっ!」にほんブログ村
2011年08月23日
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屯所に帰り、鈴は自室の壁にもたれながら体育座りをし、先ほどの英人の言葉を頭の中で何度も反芻していた。『一人になる時間をお前に与えてやるから、俺には話しかけないでくれ。』二月振りに再会した英人の瞳は、どこか冷たかった。確かに俺は人を斬った。だがあれは京の治安を悪くする長州の奴らだ。悪は即ちに斬り伏せることが正義だ。それなのに英人は敵を斬られ、涙を浮かべて自分の頬を打った。『人殺し!』棘を帯びた、冷たい罵声。それを英人の口から聞いた瞬間、鈴はしばらく動けなかった。自分は何か悪いことをしたのだろうか?『人殺し』というならば、英人だって初めて会ったあの夜に、男を殺していたじゃないか。英人だって人殺しではないか。それなのに何故、自分だけ罵られなければいけないのだ?納得がいかない。人を殺せずにこの修羅場と化した京を生きることは不可能に近い。世の中は綺麗事だけで済まされぬ。正義という名の下に、自分達は人を殺している。だがそれは許されている。正義という大義名分の下では、人を殺しても何も罵られない。それなのに、どうして英人は・・何度考えてもわからない。英人に会って本音を語り合うしかないー鈴はそう決意して部屋を出て、鈴の部屋へと向かった。だがその途中で、鈴は部屋を出ていく英人を見かけた。とっさに近くの茂みに身を隠しながら、鈴は英人の後を尾けた。夏に蛍を見た川原で、英人は誰かを待っていた。やがて暗闇の中に提灯の光が浮かび上がり、あの日見た男が英人に近づいていく。「待たせたな、英人。」「いいえ、今来たばかりですから、桂さん。」(桂・・桂・・)鈴はその名を聞いて、前に沖田と斎藤が話していたことを思い出した。『桂の足取りはまだ掴めんのか?』『ええ・・奴は剣豪でありながら、『逃げの小五郎』と呼ばれている男ですからね・・僕達にとっては手強い敵ですよ。』『長州派維新志士を束ねる頭・・桂は我々より一枚も二枚も上手かもしれん。』(桂って長州派維新志士の筆頭・・俺達の敵じゃないか!そんな男にどうして英人は・・)「で、どうだ?正体はバレていないか?」「ええ・・みんな俺が鈴の友達だということで、疑いもしません。ただ、幹部連中は違いますが・・」「幹部か・・土方あたりがお前のことを嗅ぎ回っているかもしれん。気をつけるようにな。」「心配要りませんよ。それに、柵原真也という隊士は馬鹿で単純だし、その上口が軽いから、すぐに情報が引き出せます。鈴よりも扱いやすい。」そう言って英人はクックッと笑った。こんな英人、知らない。嘘だ、これは何かの嘘だ。鈴は堪らず元来た道を引き返し、部屋に入るなり布団を頭から被った。これは何かの悪い夢なのだ。夢でなければ、こんな残酷な真実には耐えられない。にほんブログ村
2011年08月23日
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季節は夏から秋へと移り変わっていき、紅葉の橙色が洛中を華やかにした。英人が祇園の置屋『一乃屋』に潜入してから二月が経った。あの『とっくみあい事件』から、菊千代との仲は決定的に悪くなった。 女将や先輩舞妓・芸妓の前では表面上仲良くしているが、彼女たちの目が行き届かないところで英人にわざと体をぶつけたり、お座敷の場所を間違えて教えたりと、陰湿ないじめをした。菊千代は英人を日頃目の敵にしている山本重太郎の味方で、いずれは英人をいじめ抜いてこの置屋から追い出そうとする算段でいた。 だが10の頃陰間茶屋に売られ、約1年間壮絶な生き地獄を味わってきた英人にとって、菊千代のいじめはまるで子どものいたずら程度だ。なので英人は菊千代にいじめられても、いつも涼しい顔をしていた。だがいくら任務のためとはいえ、祇園の置屋で舞妓として働くことを英人は少し疲れを感じていた。そんなことを感じ始めていたある日のこと、土方から文が届いた。その内容は、任務を終えて屯所へ戻れというものだった。その文を読んで英人はほうっと溜息をついた。「いままでお世話になりました。」身支度を終え、英人はそう言って勝乃に頭を下げた。「お疲れさんどした、正村はん。色々ありおしたけど、いざ正村はんが去るとなると、なんか寂しおすなぁ。」勝乃はそう言って英人に微笑んだ。「もしあんたはんが女子やったら、いつまでもここに置きたかったんやけど・・それは出来へんさかいになぁ。」「女将さんには大変よくしていただきました。この御恩、一生忘れません。」「これからもおきばりおす。」英人は『一乃屋』を出た。「英人?」洛中を歩いていると、鈴が慌てて自分の後を追ってきた。「何だ、何か用か?」英人はそう言って冷たい目で鈴を見た。「なんで、あんなことしたんだよ?」「あんなことって?」「二月前、祇園の茶屋で・・俺を打っただろ・・」英人は飯田を殺された怒りの余り、鈴の頬を打った。「ああ、それか・・」「俺あれから考えたけど、わからないんだ・・どうして俺が打たれなきゃいけなかったのか・・」「すぐに答えは出やしないさ。一人になる時間をお前に与えてやるから、俺には話しかけないでくれ。」英人はそう言って鈴に背を向けて再び歩き出した。「英人・・」にほんブログ村
2011年08月23日
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「えらい遅おしたなぁ。」 飯田を目の前で殺されたショックからまだ立ち直れず、やっとこさ英人が一乃屋の暖簾をくぐると、菊千代が冷たい目をして出迎えた。「菊花ちゃん、身勝手な行動は慎んでもらわんと。ここでは時間厳守が鉄則どす。あんたの身勝手な行動が一乃屋の暖簾に傷をつけるかもしれへんのやさかい。」「・・・」「何を睨んどるんや。うちはあんたのお姉さん舞妓え。目上の者に対しての礼儀も知らへんと、この世界で生きていけると思うてるんか?」菊千代はなかなか謝らない英人に向かってネチネチと口撃を続けた。「あんたみたいな子、この世界にはいらへん。さっさと里にでも帰りよし。」 その言葉を聞き、それまでうつむいていた英人が顔を上げ、怒りに満ちた藍色の瞳で菊千代を睨みつけた。「人が下手に出りゃいい気になりやがって・・」「先輩に向かって何えその口の利き方は!」カッとなった菊千代は、英人の頬めがけて平手を振り下ろした。だが英人は菊千代の手を押さえ込み、逆に菊千代の頬を打った。「・・よくもやったな!」それから菊千代と英人は髪を引っ張り合い、互いの顔を抓り合い、蹴り合い、引っ掻き合った。騒ぎを聞きつけて、奥の部屋で寝ていた他の舞妓や芸妓達が起きて2人の喧嘩を見ていた。「あんたは前から気に入らへんかったんや、薄汚い人斬りのくせして・・」「うるさい、黙れ!」「2人とも、たいがいにしおし!」そう言って2人の間に割って入ったのは、一乃屋で古株の芸妓・菊乃だ。「一体何があったんえ、2人とも黙ってたらわからへんやろ。」菊乃に連れられ、菊千代と英人は女将の部屋で机を挟んで互いにそっぽを向いていた。「菊乃ちゃんが階下が騒がしいと思って階段に下りてみたら、あんたらがとっくみあいの喧嘩をしてたいうやないか。2人の言い分はたんと聞いてあげるさかいに、話をしおし。」女将の勝乃はそう言って菊千代と英人を交互に見た。「・・菊花ちゃんが、いきなり殴りかかってきたんどす。」菊千代は、偽の涙を浮かべながら言った。「うちが帰りが遅いことを叱ったら、いきなり殴りかかってきて・・うちそれでカッとなって・・」「違います、おかあさん!うちは・・」英人は下唇を悔しそうに噛みながら弁解した。「おかあさん、この子さっさとここから追い出しておくれやす。うち、こんな子と仕事しとうない。」勝乃に泣きつきながら菊千代はしゃくり上げた。だが肩越しに菊千代と視線が合い、菊千代はしてやったりという笑みを浮かべた。英人は怒りの余り拳を固めた。「・・うち、お姉さんに言われましてん。」「何をや?」「『あんたみたいな子、この世界にはいらへん。さっさと里にでも帰りよし。里へ帰りよし』て言われましてん。うち、この日のために毎日鳴り物や踊りを頑張って、寝る間も惜しまずにおさらいして、お姉さん達の食事の支度や屋形の雑用こなしながら一生懸命してたんどす・・それやのに、この世界にはいらへん言われて頭に来て殴ってしもうたんどす。」菊千代を見る勝乃の目が少し細くなった。「血の滲むような思いして、ここまで来たんどす。それやのにいままでの努力を否定されてしもうたような気ぃして・・悔しゅうて悔しゅうて・・」英人はそう言って涙を流した。「菊千代ちゃん、あんたそれは言い過ぎと違うか?確かにあんたをぶった菊花ちゃんには非がある。けどな、いままでこの日のために頑張ってきた菊花ちゃんに対してひどい言葉浴びせたあんたも悪いのと違うか?」今度は英人がしてやったりという笑みを浮かべる番だった。「菊花ちゃん、堪忍え・・」悔しそうに下唇を噛みながら、菊千代は英人に頭を下げた。「菊花ちゃんはこれからうちらが育てなあかん大事な子ぉやね。あんたもお姉さん舞妓として菊花ちゃんを助けんとあかん。少しは自覚を持ちよし。」「へえ・・」菊千代は部屋を出る際、わざと英人にぶつかった。英人が振り返ると、菊千代は憎しみを瞳にたぎらせ、廊下の奥へと消えていった。にほんブログ村
2011年08月23日
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「御用改めである!」2階の部屋で英人が客に酌をしているとき、凛とした沖田の声が玄関に響いた。「松岡さん、山岡さん、逃げてくださいっ、壬生狼です!」英人はそう言って酌をしていた客に向かって叫んだ。「恩に着るぜ、正村!」松岡と山岡は2階から飛び降り、闇の中へと消えていった。「幕府の犬が、死ねぇっ!」階段のそばにある座敷から、怒鳴り声が聞こえた。英人は部屋を出て、慌てて座敷へと向かった。あそこには飯田さんがいる。松村さんも。どうか間に合ってくれ、どうかー英人の願いを、神は聞き届けてくれなかった。「壬生狼がぁっ!」座敷に入ると、飯田達が沖田を囲んで一斉に斬りかかって行った。「沖田先生、危ないっ!」沖田の背後から鈴が飛び出して、夢中で刀を振り回した。その刃が飯田の頭を叩き割り、鈴は飯田の脳漿と血のシャワーを浴びた。英人の脳裏に、何かと孤立していた自分に親切にしてくれた飯田の姿が浮かんだ。だがその飯田は、たった今鬼籍に入ってしまった。英人は吐き気を堪えるため、両手で口を押さえた。鈴と目が合った。そこには驚愕の表情が浮かんでいる。「英・・人・・?」「・・殺し・・」「え?」「人殺しっ!」英人はそう言って鈴の頬を打ち、階段を駆け下りていった。「英人、どうして・・」残された鈴は、呆然と英人に打たれた頬をさすった。「あれ、正村君でしたね。」屯所への帰り道、沖田はそう言って鈴を見た。「はい・・英人は確か、囮捜査で祇園にいるって・・」「ええ・・彼は舞妓になりすまして、長州側の情報をこちらに流す仕事をしていました。けれども、さっきの彼の様子は明らかに変ですね。」「変?」「高原君、裏切り者というものは、必ず自分の近くにいる人間なのですよ。」意味深長な発言をして、沖田は部屋に入っていった。にほんブログ村
2011年08月23日
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「・・どうしました、高原君?少し顔が強張っていますよ?」 今夜祇園の茶屋で長州の会合が開かれると聞き、沖田達一番隊は問題の茶屋へと向かっていた。「あの・・なんだか緊張しちゃって・・いままで昼の巡察ばかりだったので・・」鈴にとって今夜は、初めての夜の巡察であった。昼とは違い、夜の京は闇に包まれ少し不気味な雰囲気に包まれている。「大丈夫、場数を踏めばじきに慣れますよ。」沖田はポンと鈴の肩を叩き、微笑んだ。「ありがとう・・ございます。」一番隊は、問題の茶屋に到着した。「御用改めである!主人はいるか?」沖田は腹の底から声を出した。奥から慌てて女将が出てきた。「こんな夜中に、なんでっしゃろか?」「御用改めである、少し中を調べさせてもらうが、よろしいか?」「へえ、わかりました。隅から隅まで調べておくれやす。やましいものは何にもあらへんやさかいに。」女将は毅然とした態度で言った。「行きますよ、高原君。」「はい、沖田先生!」その頃、2階の座敷では、数人の長州藩士が密談を交わしていた。「今すぐ京の町に火をつけ、その混乱に乗じて守護職を・・」「いや、事は慎重に動くべきだ。最近新選組の目が厳しくなってる。」「しかし・・」「おしゃべりは、もうやめなさい。」凛とした声がして乱暴に襖が開き、沖田が冷たい目で藩士達を睨んだ。「新選組!」藩士の一人が鯉口を切り、全員もそれに続いた。「幕府の犬が、死ねぇぇっ!」沖田は藩士の攻撃を避け、その腹に三段突きを食らわした。それを見た仲間は一瞬怖気づいた。「怯むな!仲間の死で動揺してどうする!我らが死んでも我らの思想は不滅だ!」藩士の一人、飯田がそう言って仲間を励ました。「言いたいことは、それだけですか?」沖田はそう言ってフッと笑った。「壬生狼がぁ!」藩士達は一斉に沖田に斬りかかってきた。「沖田先生、危ない!」鈴は無我夢中で藩士達に刀を振るった。その刃は飯田の頭を割り、脳漿と血のシャワーが鈴の顔を濡らした。鈴がその場で呆然としていると、一人の妓が鈴を見ていた。割れしのぶに結った金色の髪と、恐怖に満ちた藍色の瞳。「英・・人・・?」にほんブログ村
2011年08月23日
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「仕事で来た。女将は留守か。」英人はそう言って溜息をついた。「そうどす。さ、こんなところではなんやさかい、あがっとくれやす。それに、英人はんとは話がしとおすし。」相変わらず菊千代は英人を睨みながら奥の部屋へと案内した。「話とは?」差し出された茶と菓子に手をつけずに、英人は菊千代を睨んだ。「英人はんは、重太郎さまのことどう思うてはりますのん?」「別になんとも。」「重太郎さま、喜んではりますえ。英人はんが椿屋からのうなって、せいせいするて。」「・・何が言いたい?」英人はピクリと眉を上げた。「つまりこういうことどす。椿屋にはもう二度と戻らんといてください。重太郎さまは英人はんがおらんおかげで桂はんに可愛がってもろうてるんやさかい。」「・・それはできないな。椿屋は俺にとって家そのもの。」「そうどすか。いつかひどい目に遭うても、うちは同情せえへんさかいに。」「お前に同情されるなんてまっぴらだ。」英人はそう言って部屋を出た。「正村はん、どすか?」部屋を出て、女将にあった。どうやら事情は聞いているらしく、任務の間英人をこちらに置いてくれることになった。その夜、お座敷の支度をするために、英人は化粧を始めた。 白粉を首筋まで塗り、うなじに三本足を残した後、紅を少し混ぜ、ほんのりと薄紅色の肌に仕上げる。そして眉を描き、下唇にだけ紅をつける。次は着付けだ。 “菊花(きっか)”は今夜が店出しということで、黒紋付の振り袖を男衆に着付けて貰い、鼈甲の簪を挿して花籠を持ったらお座敷へ出発だ。何軒かの茶屋に挨拶をして、いよいよ今夜のお座敷に向かう。場所は一力の隣にある茶屋。そこで長州の会合があると、英人は知っていた。英人は襖の前で深呼吸して、声色を変えた。「こんばんわぁ。」襖が開くと、そこには桂の姿があった。「菊千代どす。こっちはうちの妹舞妓で今日店出しした菊花いいます。」「菊花どす。以後よろしゅうお願い致しますぅ。」英人はそう言って会合に集まっている長州の者達に頭を下げた。「菊花さん、少しこちらへ。」宴もたけなわ、英人が酌をしていると桂が声を掛けた。「へえ、なんどすやろか?」滑るように畳を歩き、英人は桂の元へと向かった。「ちょっと込み入った話だから、ここで話すのはちょっと・・」「失礼します。」女将と見られる女が申し合わせたかのように襖を開いた。「桂はん、奥の部屋へどうぞ。」「すまないね、女将。では・・」「女装して我々の情報を流せ、か・・奴らも考えることは一緒だな。」奥の部屋でそう言って桂は笑った。「桂さん、近々新選組が茶屋を捜索するそうです。それに祇園に来る前、隊士の一人に聞きましたが、今夜新選組が御用改めに来るそうです。奴らが来る前に・・」「わかった、ありがとう。」「では俺はこれで。」英人はそう言って部屋を出た。にほんブログ村
2011年08月23日
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「で、報告とは?」「最近入った正村英人のことです。」沖田はそう言って笑った。「どうやら僕達の推測通り、正村君は長州の人間です。しかもあの桂小五郎の側近中の側近です。」「側近中の側近だと・・?」斎藤の目が、鋭く光った。「ええ、それに・・」沖田は斎藤の耳元で何かを囁いた。一方英人は、副長室の前に立って考えを巡らせていた。もう自分が長州側の人間だとバレたのだろうか?そうだとしたら、闇討ちにした方が奴らにとっては都合がいい。わざわざ呼び出すなんてことはしない。「誰だ?」ハスキーな声が、襖の向こうから聞こえた。沖田の声ではない。「すいません、正村ですが・・」「正村か、入れ。」英人が副長室に入ると、黒髪を一括りにして赤い着物を着て煙管を吸った30代前半くらいの男が座布団の上で胡座をかいていた。「総司の言った通りだぜ。男のくせに別嬪だ。」舐めるように男は英人の全身を見る。「用とは、なんでしょうか?」「ああ、それか。ちょっとこっちへ座れ。」「はい。」英人はそう言って男の前に座った。「あのな、お前さんに囮捜査をしてもらいてぇんだ。」「囮捜査ですか?」正体がバレたのではなかったのだという安心からか、英人の声が少し裏返った。「ああ。お前さんは祇園の舞妓になって、長州の奴らから情報を引き出せ。悔しいが奴らは俺達より羽振りがいい。それにお前さんの容姿じゃ、男だってことはバレねぇだろ。」「その仕事、承りました。」英人はそう言って男に頭を下げた。その夜、英人は屯所を出て祇園の置屋『一乃屋』へと向かった。“向こうには話は通してある。屯所から出ていくよりも、祇園の方がいいだろ。”そう言って男-土方はにやりと笑った。新選組で“鬼の副長”と呼ばれ、新選組の実権を握っている男。時には冷静に敵を観察し、時には熱く戦う。敵に回したら厄介な存在だ。「御免、こちら一乃屋とお見受けするが、女将はいるか?」英人はそう言って『一乃屋』の暖簾をくぐった。「おかあはんは出かけて留守どす・・」応対に出てきた舞妓が英人の顔を見て眉をひそめる。「何か?」「誰やと思ったら、英人はんやないの。」敵意の籠もった声で舞妓はそう言って英人を睨んだ。英人は舞妓の顔を見た。確かこいつは、よく山本と一緒にいた・・「菊千代、どうしてお前こんなところに?」「それはこっちの台詞やし。」菊千代はそう言って英人を睨んだ。にほんブログ村
2011年08月23日
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「沖田先生が、俺に話?」道場に残って素振りをしていた英人は、そう言って鈴を見た。「うん。急ぎの用だからすぐに副長室に来るようにって。」「副長室に?」英人はそれを聞いてピンと来た。(まさか、俺の正体がもうバレたとか・・)「・・そうか、ありがとう。」英人はそう言って道場を出ようとしたが、鈴が突然英人の腕を掴んだ。「英人、話があるんだ。」「話って?」「あの笑顔、俺以外の誰にも見せるなよ。俺、さっきはムカついたんだからな。」「わかったよ。これからは気を付けるよ。」英人はそう言って鈴の頭を撫でた。「なんだよ、それ!俺はガキじゃねぇんだっ!」「膨れてるお前の顔、スッゲー可愛い。」英人は笑いながら言った。「なんだよ、俺は17だぞ!ガキ扱いすんなよ!」「わかった、わかった。機嫌直せって。」英人は肩を震わせながら道場を出た。「英人の奴、ガキ扱いしやがって・・」鈴はそう言って道場を出た。にほんブログ村
2011年08月23日
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翌朝、鈴と英人は道場で稽古に励んでいた。―あいつ誰だ?―さぁ・・―確か数日前、柵原が助けた・・―それにしても綺麗だなぁ・・ホントに男か?道場の隅で囁き合う隊士達に、英人は微笑んだ。彼らは顔を赤く染めた。「英人、なんであいつらに笑うんだよ!」鈴がそう言って英人を睨んだ。「挨拶代わりさ。」「挨拶でも何でも、俺以外にはその笑顔、見せるなよ!英人の笑顔は、俺のもんなんだからな!」鈴は肩を怒らせながら道場を出ていった。「ったく、ガキなんだから・・」英人はフッと笑った。「なんだよ英人の奴、あいつらに笑顔なんか・・」井戸で鈴は手をバシャバシャと洗いながら鼻息を荒くした。「何をそんなに怒っている?」木陰から黒髪を後ろで流した長身の男がぬっと姿を現した。鋭い切れ長の目をした金色の瞳は、じっと鈴を見ている。この人こそ、沖田と一,二を争う実力を持つ新選組三番隊組長・斎藤一であった。「さ、斎藤先生っ!」鈴は慌てて立ち上がろうとしたので、頭から釣瓶の水を浴びてびしょぬれになってしまった。濡れた白い道着から見える白い肌を見て斎藤は、一瞬ムラッと来てしまった。「これを使え。」斎藤はそう言って懐から手拭いを出し、鈴に渡した。「ありがとうございます。」「いいんだ、別に。ところで、一体何に怒ってたんだ?」「それは、英人が・・」「英人?ああ、最近新しく入った奴か。」斎藤は少し不機嫌になった。「あいつ、さっきあいつのことヒソヒソ言ってた奴に微笑みかけたんですよ!媚び売って・・英人のあの花のような笑顔は俺のものなのなのに、安売りするなんて英人の奴許せない!」鈴はそう言って拳を固めた。「だいたい英人の奴、自分が綺麗だからってそれを安売りして・・真也の奴なんか昨夜英人にキスされたとかで喜んでみんなに言いふらしてるんですよ!鼻の下伸ばした真也の顔ったらムカついてムカついて・・斎藤先生、聞いてます?」「・・すまん、居眠りしてた。」そう言って斎藤は袖口でよだれを拭いた。「そんなにカッカッしなくてもいいだろ。そんなことより、正村に伝えろ。沖田さんが呼んでいると。」「沖田先生が、英人を?」鈴は急に不安そうな顔をした。「彼・・何かしたんですか?」「いいや、何でも彼に用があるとかで。」「わかりました。」鈴はそう言って井戸を後にした。「・・そこにいるんだろう、沖田。」「あれ、バレちゃいましたかぁ。斎藤さんにはかなわないなぁ。」茂みの中から顔をひょっこりと出して、沖田はそう言って舌を出した。「正村には直接会えばいいだろ。どうしてそう回りくどいことをするかな。」斎藤はそう言って溜息をついた。「いいでしょ。それに、正村君についてひとつ報告がありますし。」「報告?」斎藤の眉がピクリと上がった。にほんブログ村
2011年08月23日
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真也から重要な情報を掴んだ英人は、部屋へと戻ってひとりほくそ笑んだ。鈴よりも、あいつを使って情報を引き出した方が楽だ。それにあの様子だと、真也は自分に想いを寄せているはずだ。それを利用すれば・・「英人、遅かったな。」寝ていると思っていると思っていた鈴がそう言って布団から身を起こした。「ああ・・蛍に魅入ってて時間を忘れていて・・」「そっか。俺は提灯持ったあの人と何か話ししてて遅くなったかと思ったよ。だってあの人お前を知っているって顔してたもん。」英人は一瞬ギクリとした。(やっぱりこいつは侮れない・・桂さんと一目会っただけで俺達のことに勘づくだなんて・・)もし自分が長州側の間者だと知ったら鈴はどうするだろうか?それよりも早く、真也から聞き出した情報を桂さんに・・気持ちは焦るばかりで、体はまだ本調子ではない。体が回復するのを待って、今は真也から情報を聞き出す方がいい。「お休み、英人。」鈴は布団に潜り込むとすぐに寝息を立てた。「どこまでめでたい奴なんだ、お前は。」英人はボソリと呟いて、眠りに落ちていった。にほんブログ村
2011年08月23日
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「帰ってきたのか。大丈夫か、まだ本調子じゃないのに出かけたりして。」英人が台所に入ると、夕餉の支度をしていた1人の隊士が彼を呼び留めた。(確かこいつは・・鈴にいつも嫌味を言っている奴・・)名前は柵原真也と言った。鈴によれば、名家の旗本の出身らしい。真也なら、何か聞き出せるかも知れない。「ああ、大丈夫だ。」そう言って英人は真也ににっこりと微笑んだ。真也は英人に微笑まれ、顔を赤く染めていた。単純な奴だ。鈴は洞察力が鋭く、自分が思っていることがすぐにわかってしまう厄介な奴だが、こいつは馬鹿で扱いやすい。「なぁ、教えてくれ。」「俺が知っている限りのことなら、なんでも教えてやるよ。」やっぱりこいつは単純だ-そう思い、英人は真也に抱きついた。「今ここで何が起きている?」「そうだなぁ・・確か沖田先生達がこの前話してたけど、長州の奴らが不穏な動きをしているとかで、みんなピリピリしてる・・近々長州の奴らが潜んでいる茶屋を捜索するって言ってた。」「そうか、ありがとう。」英人はそう言って真也の頬にキスし、台所を後にした。「綺麗だよなぁ・・同じ男とは思えねぇ・・」真也は英人にキスされた頬に手を当て、へなへなとその場に座り込んだ。にほんブログ村
2011年08月22日
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「殺したくないっ、殺したくない・・」桂が去った後も、英人はそう言って地面に蹲り、涙を流した。『お前は血肉に飢えた狼だ。』そう、自分は闇の中で獲物を狩る金の狼。周りは彼の牙の犠牲となった者達の死体が転がっている。何者にも媚びず、何者にも愛されない金の狼。それが自分の本性であり、揺るぎのない事実。だが狼はある日心優しい一頭の馬と出会った。穢れを知らぬ無垢な瞳。太陽に向かって真っ直ぐに駆けていくその姿は、孤独であった狼の心を癒した。だが自分は狼。馬は狼の獲物。決して相容れぬ関係。『血肉に飢えた狼に、近づく者などいない。』薄汚れた人斬りの自分に、誰も近づかない。だから・・英人は涙を拭き、キッと顔を上げて屯所へと戻った。(俺は所詮血肉に飢えた狼・・俺には誰も近づかないし、誰も俺を愛さない・・ならば、己の役目を果たすまでだ。)自分のなすべきことを、なすために。にほんブログ村
2011年08月22日
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「殺す・・鈴を・・?」英人はそう言って右手で口を押さえた。「そうだ。お前の正体が幕府側にバレたら、お前も、私達も無事では済まないからな。」桂は優しく英人の髪を梳きながら言った。「お前の腕なら、壬生狼の1人や2人、朝飯前だろう?」「・・したくない・・」英人は地面に蹲り、大粒の涙を流した。「殺したくないっ!あいつは殺したくないっ!」「お前は人斬りだ!情など捨てろ!」桂は英人の頬を打った。「お前は今まで虫けらのように人を斬ってきただろう?鈴君だって、いままでお前が斬ってきた奴らと違いはない。」「俺は人斬り・・」「そうだ、思い出せ、英人。お前は私のためだけに生きる血肉に飢えた金の狼。お前の本性は修羅の人斬り。それを忘れるな。」「でも、殺したくないっ・・鈴は、鈴だけは・・」両腕を自分の両肩に回しながら、英人はそう言ってうつむいた。「血肉に飢えた狼が、牙を立てずにどう戦える?鋭い鉤爪を立てずして、鷲はどう生きる糧を捕らえるのだ?英人、思い出せ、本来自分が果たさねばならぬ役目を。」「けど、鈴はっ・・」「お前のたった一人の友人、だというのか?」桂はそう言ってフッと笑った。「血肉に飢えた狼であるお前に、仲良くなろうとする者はいない。私だけだ、お前を理解し、愛しているのは。」英人の唇を塞いで、桂はその場を立ち去った。にほんブログ村
2011年08月22日
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「一週間ほど前、男に腹と腕を斬られて椿屋に帰る途中意識を失って、気がついたら壬生狼の屯所の中に・・」「お前という奴が、斬られるとはな・・まぁそれはいいとしても、何故奴と一緒だったんだ?」桂はそう言ってまだ治りきってない腹の傷に爪を立てた。「鈴が突然、蛍を見に行こうと誘ったので・・」「ほう?それにしてもお前達仲良さそうに見えたが?」桂は腹の傷にさらに深く爪を立てながら言った。「お前という奴は、間者としての任務を忘れたのか、英人?」「すい・・ません・・」英人はそう言って激しく咳き込んだ。「まぁいい・・英人、お前に新たな任務を与える。」桂は英人の顎を持ち上げて酷薄な笑みを浮かべた。「あいつにお前の正体がバレる前に、あいつを殺せ。」にほんブログ村
2011年08月22日
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「英・・人・・」「か・・つ・・ら・・さ・・ん・・?」提灯の灯りの下、桂と英人は互いに顔を見合わせた。まさか、こんなところで桂と再会するなんて。「無事だったんだな。・・それよりも、この子は?」桂の視線が、英人から鈴へと動いた。「こいつは高原鈴。俺の友達です。」「初めまして鈴君。英人と仲良くしてやってくれ。」桂はそう言って鈴に微笑んだ。「はい・・」「英人、話がある。いいか?」「でも・・」「大事な話なんだ。」桂はそう言って英人を冷たい目で見た。「・・鈴、先に帰ってろ。」「でも・・」ピリピリした空気を読みとった鈴は、心配そうな表情を浮かべた。「大丈夫、すぐに帰ってくるから。」「そう・・じゃあ・・」鈴はそう言って、1人屯所へと戻っていった。「英人、一体これはどういうことだ?」鈴の後ろ姿が見えなくなるのを見届けてから、桂はそう言って塀に英人を打ち付けた。にほんブログ村
2011年08月22日
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