今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

2014.10.29
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鑑賞:歌集「悲しき玩具」(二十九)(下書き)            後藤瑞義

(注)歌の順序は歌集の順序によります。

考へれば、

ほんとに欲しと思ふこと有るやうで無し。

煙管(きせる)をみがく。

まず、「考へれば、」と言っています。ですから、考えなければ、しいて、考えなければ別の意見

になるのかもしれません。しかし、「考へれば、」です。

それでは、何を考えれば、なのか。もちろん、「ほんとに欲しと思ふこと」です。ほんとうに欲しい、

真剣に欲しい、オーバーに言えば、命とひきかえてでも欲しい、そういうことが、有るようで無し、

と言っているようです。何にも考えなければ、あれも欲しい、これも欲しい。金も欲しい。地位も

ほしい。色々欲しいものが有りそうなんだけれども、考えれば、よく考えてみると、なにか、けむ

りのように、あとかたもなく消えていってしまうように、欲しいものはない。これは、しかし、

啄木にとって「ほんとうに欲しいものは無し」といったほうが良いでしょう。

「煙管(きせる)をみがく。」というのはどういうことでしょうか。たまたま、煙管(きせる)

をみがいていたのか。それとも、前の「ほんとうに欲しと思ふこと有るやうで無し。」に対応し

ているのでしょうか。考えてみると、ほんとうに欲しいと思うことが有るようで無く、みんなたばこ

の煙のように消えてしまう。わたしは、むなしく煙管(きせる)をみがいている、とでも言いたいの

でしょうか。

煙管(きせる)をみがいている。なんで煙管(きせる)が出てくるのか。ちょっと唐突感、違和感が

ありますが。「有るやうで無し。」と「。」句点が付いていますので、二行目と三行目は直接的な

関係はなさそうです。しかし、間接的にはやはり関係しているでしょう。それでなければ歌になら

ないですから。

煙を吸う煙管(きせる)は、何かを暗示しているようにも思われますが、わたしは、そのままの

イメージを思い浮かべています。ひたすら煙管をみがいている啄木がいます。あとかたもなく消えて

ゆく煙、それを通すだけの煙管、それをひたすらみがく啄木。なんとも味気ないといいますか、むな

しい感じの光景です。これが、一行、二行の「考へれば、/ほんとに欲しと思ふこと有るやうで無し。」

に対応している、響きあっているように思います。





ほんとに欲しと思ふこと有るやうで無し。

煙管(きせる)をみがく。







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最終更新日  2014.10.30 03:38:03
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