今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

2014.12.21
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十二月号歌評下書き(同人誌「賀茂短歌」)           後藤瑞義



原 明男

人の世に疲れし者の狼藉と灯しやりたし沈黙の闇



 まず、この歌の前に無言電話の歌があります。「人の世に疲れし者の狼藉」という上の句が、具体的には無言電話のことなのだと思います。無言電話の犯人を「人の世に疲れし者」だと言っているわけです。ただ、狼藉と怒るだけではなく相手に同情している、あるいは相手の心を慮っているようです。ここに作者の人となりが出たのでしょう。その思いから、「灯しやりたし沈黙の闇」という言葉がでたのでしょう。「沈黙の闇」という言葉に実感を感じました。たぶん無言電話を受けた時の、無言の状態が深い暗闇のように思えたのではないでしょうか。



渡辺つぎ

今年でさようならかもしれないねといいながら夏着をたたむ



 作者は満百三歳、三月で満百四歳になられます。そのような予備知識をもって読みますと大変味わい深く感じます。「今年でさよならかもしれないね」と誰にともなく、つぶやくように言っています。話している相手は、あるいは夏着かもしれません。来年の夏には着られないかもしれないねと夏着に語りかけているのかもしれません。そこには、今年のあの厳しい暑さをなんとか乗り越えたことだといった、感慨もあるでしょうか。それはともかく、この軽い調子に驚かされます。そして、この軽さが救いであるとともに、軽さゆえにたいへん重くも私には思われるのです。



鈴木菊江

むらさきの野菊群れ咲き妹の笑顔のような木漏日の降る



 まず紫色の野菊が群咲いています。白色でなく紫色というところにポイントがあるのかもしれません。ただ読者にははっきり分りません。そして、突然「妹の笑顔」が、というか妹さんが突然出てきたと言ったほうが良いでしょう。野菊は妹さんを導き出す序詞のようにも思ったのです。木洩れ日はやはり神秘的といいますか、なにかそんなことを連想させます。妹さんの笑顔のような木洩れ日が降ってきた。たぶん妹さんはすでに亡くなっているのでしょう。その妹さんが、天上から微笑みかけてくれているように感じたのでしょう。



                                 黒田幸子

せせらぎに水溢れいる山峡の母の故郷は水車の音す



 雨上がりの小川でしょうか。水が溢れているようです。過疎となった山間の里でしょうか、昔とあまり変わっていない、そんな印象です。そこは作者の「母の故郷」のようです。小川の水があるれるほど流れていて、水車の音がする、それは母の故郷であるとともに、作者にとってもなつかしい少女時代の思い出の景色であるようにも感じられます。



                              後藤早苗

御嶽山の噴火する前描きしか穏やかな山の稜線を見る



御嶽山、今年九月二十七日突然噴火して、六十数名の命を奪ったことは記憶に新しいことです。その御嶽山の名の付いた絵画があったのでしょう。その絵の中の御嶽山には煙がなく穏やかな稜線が描かれていた。その絵をしみじみと作者は見ているのでしょう。春の御嶽山でしょうか、夏でしょうか、あるいは秋の紅葉の絵でしょうか。どちらにしましても、色あざやかな御嶽山が描かれているのでしょう。そして、作者はテレビ報道などで見た煙を噴いている灰色の山の景色とを重ね合わせているのかもしれません。その御嶽山の激変ぶりを見て、あるいは人の世の無常なども感じているのかもしれません。



                                藤井美智子

食べる気はさらさら無いのに嫁の炊ぐ豚汁の香りに心なごめる



 「食べる気はさらさら無いのに」という上の句は、この一首だけではあるいは分りずらいでしょう。連作の一首として読むことによってより理解あるいは感動が伝わると思います。作者は一人暮らしで、ご病気になって寝込んでしまったのです。それを聞いて遠くに住んでおられる息子さんご夫婦が急ぎ見舞いに来たのでした。食欲がない作者、しかしお嫁さんが豚汁を作ってくれた、その香りに心なごめる作者なのです。ここには、嫁と姑の俗に言われる関係はないように感じます。ほほえましい光景を思い浮かべます。寒いときの豚汁、温まり力が出て病気も快癒されることを祈ります。



                              鈴木きみ

楽しんだグランドゴルフと車中でのアイスクリームは格別美味し



 グランドゴルフという言葉は聞きますが、実際にはやった事はありません。年配者のあいだで、今はやっているようです。そのグランドゴルフをして作者は楽しかったようです。そして、車の中でアイスクリームを食べたのでした。「車中でのアイスクリーム」と特定しています。どなたかと、気のあった仲間と食べたのかもしれません。また、グランドゴルフをして、多少汗ばんでいる作者だったのでしょう、アイスクリームが美味しいという実感が伝わります。季節は秋それも晩秋でしょうか、月でいえば十一月といったところでしょう。そこにアイスクリームが出てきたことに、意表をつかれた私でした。



                              土屋文恵

電線を渡る小さな軽業師小栗鼠は何を食みに行くらむ



 「電線を渡る小さな軽業師」、おやなんだろうと一瞬考えます、「小栗鼠」とつづいて納得するわけです。ただ、栗鼠ということが分ったのですが、すぐ「何を食みに行くらむ」という言葉が続きます。この展開の巧みさと同時に意外さに驚きました。縫いぐるみのような小栗鼠がちょこちょこ動き回っていたのでしょう。まさに、「電線を渡る小さな軽業師」のようだったのでしょう。そんな、かわいらしい栗鼠が走り回っているのは、なにも遊んでいるのではなく、何か食べ物を探しているんだと見立てた作者の思いやりに私は感動するのです。






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最終更新日  2014.12.21 15:09:04
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