十月号歌評(同人誌「賀茂短歌」10月号)
下書き 後藤瑞義(人徳)
しあわせをかんばせにして師の御影満ちたりしがに夕日の沈む
原 明男
(評)
九月六日に亡くなられました渡辺つぎさんへの挽歌です。すばらしい遺影の写真でした。まさに、「しあわせをかんばせにして」という表現がぴったりでした。そして、その死は百六歳の大往生でした。それは、満ち足りたように夕日が沈むようだというのでしょう。
随筆集歌集あまたのたからもの百六歳の貴きご生涯
鈴木菊江
(評)この歌も渡辺つぎさんへの挽歌です。渡辺さんは六十歳で随筆を学び、日本随筆家協会賞を受賞しており、随筆集も何冊か出版されています。短歌は七十二歳でわたしたちの賀茂短歌会に入会され、歌集も何冊か出版しています。「随筆集歌集あまたのたからもの」は、そのへんのことを歌っているのでしょう。そして、その随筆集なり歌集を開きますと渡辺つぎさんの百六歳の貴きご生涯が詰まっているように思えたのでしょう。「たからもの」という言葉には、渡辺つぎさんが百三歳のとき出版された歌集、「一日一日(ひとひひとひ)はたからもの」が頭にあったのかもしれません。
彼岸入りより早目に開きし彼岸花山かげに白がひそやかに咲く
黒田幸子
(評)彼岸入りにまだならないうちに咲いた彼岸花に作者は目を止めました。山かげにそれも白い彼岸花がひっそり咲いていたのです。今回の五首は、渡辺つぎさんの挽歌でした。そうした、一連のなかで、文字通り「ひそやかに咲く白い彼岸花」のような一首でありました。
来る夏をがんばり通しし百六歳またの快方待ち待ちし日日
藤井美智子
(評)今年の夏はことのほか体に応えました。七月が特に暑かった記憶があります。「来る夏をがんばり通しし」はこのへんのことを言っているのでしょう。あの厳しい7月をがんばり通した百六歳の渡辺さんだから、きっと快方に向かってくれるだろうと思っていたのでしょう。「またの快方待ち待ちし日日」にそのへんの気持ちが表れています。しかし、九月六日に亡くなられたことを知らされた作者、その落胆の気持ちが余韻として残ります。
収穫の赤きトマトの籠の中夫の添えたる白き口なし
小池美恵子
(評)「収穫の赤きトマト」、ご主人は家庭菜園で野菜(トマト)を作られているのでしょうか。収穫したトマトを籠に入れて作者に渡したのでしょう。「口なし」は、梔子の花でしょう、「白き」によってそう推察されます。「クチナシ」や、「梔子」でなく、「口なし」としているところに何か意味があるようにも思いました。手作りの採りたての赤きトマトの籠におかれているクチナシの白い花、その夫の無言のさりげない行為に感じ入った作者ではなかったでしょうか。
野良小猫道端脇にのびのびとおそれもしらぬ寝姿のどか
鈴木きみ
(評)野良猫ではなく、「野良小猫」とするとなんともかわいらしい感じがします。「道端脇」とは、あまり聞かない言葉ですが、「道」の端のその「脇」と細かく言っています。なにか、疎外された感じ、かたわらに追いやられた感じが出ています。「野良小猫」と「道端脇」が響き合う感じがします。しかし、そこに作者が注目をしたのではなかったのです。野良猫はのびのびとのどかに寝ているのです。そこにこそ作者は感動したのでしょう。どんな境遇にも負けない力のようなものを感じたのかもしれません。
おはじきにぼうずめくりや婆ぬきと遊び懐かし生活学校
土屋文恵
(評)「生活学校」ということばを初めて聞きました。これは作者の少女時代の思い出でしょうか。おはじきをしたり、百人一首の絵札を使ってするぼうずめくり、トランプの婆ぬき、みな懐かしい遊びです。それとも、お子さんが小学生のとき「生活学校」というような集まりがあって、子供さんと一緒になって遊んだのでしょうか。「昔の遊び」などといって、年寄りが昔の遊びを子供に教えながらいっしょに遊ぶ。そのような催しがありました。そんなことをイメージしたのです。それにしましても、「生活学校」という言葉に何か戦後のある時期の雰囲気を感じたのです。今は、「生活学校」という言葉はあまり聞かないですので、昔を懐かしんでいるのでしょう。そこに物質的ではなく、心の豊かさがあったのかもしれません。