十二月号歌評(同人誌「賀茂短歌」12月号)下書き
後藤瑞義
老い耄れの一票なれど気になりて朝告げ鶏の声を聞きたり
原 明男
(評)これは、いつの選挙のことかわかりません。一般的には10月22日の衆議院選挙を思い出します。わたしたちの静岡六区は、自民党の勝俣孝明候補と希望の党の渡辺周候補が接戦を演じました。当落の早い場合は、開票してまもなくに当選確実の報がテレビに流れておりました。そうした状況のなかで、なかなか当落が決まらない、やきもきしていると、鶏が鳴きだした、夜が明けだしたというのでしょう。
この歌は、「老い耄れの一票なれど」でいったん終止するのでしょう。続けて読みますと、年寄りの一票だから(頼りない一票だから)、気になって夜明けまで開票状況を見守っていたとなります。勿論、そんなことはありません、老若男女、誰の一票も、一票の値打ちに変りはないのですから。ですから「老い耄れの一票だけれども、わたしの一票は誰にも劣らぬ清い一票なのだ」といった思いを持ちつつ、その一票を投じた候補者の結果をじっと見守っていたのだと解釈したのです。
竹筒にほころびそめし白小菊香り豊かに匂う朝なり
鈴木菊江
(評)竹の一輪挿しのように想像しました。そこに白小菊を挿しておいたのでしょう。とある朝見ますと、一輪挿しの白小菊の蕾が咲き始めているのに気が付いたのでした。よい香りがして、すなわち「香り豊かに匂う」がそれです。朝からなにか良い事でも起こるような幸福な気持ちになったのではなかったでしょうか。百歳になる作者です。狭い世界に暮らしていることを嘆くこともある作者です、しかしこうした、ちょっとしたことに気の付くことに作者の生活の細やかさ、豊かさを感じるのです。
花屋てふ文化財なる古き宿幾度も湯に連れ立てゆく
黒田幸子
(評)長野県の別所温泉に花屋という旅館があるようです。大正6年創業といいますので、今年100周年となるのでしょうか。そのような、由緒ある旅館の様です。「花屋てふ文化財なる」がそれを物語っています。部屋にしろ庭園にしろ、たぶん見事なものだったと思います。しかし、作者は直接文化財について細かくは歌っていません。「幾度も湯に連れ立てゆく」とうたっています。伊豆と違って長野方面は寒い事も事実だと思います。文化財の旅館ですから、風呂もたいへんすばらしかったのでしょう。しかし、風呂がこれこれで良かったといった説明をするのではなく、「幾度も湯に連れ立てゆく」という表現がなんとも好感がもてました。旅の疲れ、いや大袈裟に言えば、人生の疲れを洗い流したような感じがしたのでした。
「ぶつかる前にとまるようになってます」小型の新車すすめるお男(ひと)
藤井美智子
(評)最近テレビでよく自動的に障害物を感知して止まる車を宣伝しています。作者も「ぶつかる前にとまるようになってます」と車の購入をセールスされたようです。ただそれだけの歌のように思うのですが、「お男(ひと)」ということばが妙に気になったのです。わたしは、作者がこのセールスマンになにか含むところがあるように感じたのです。確かにひつこく新車をすすめられたのかもしれません。確かに自動的に障害物を感知して止まってくれる車は安心です、ましてこれからの作者の年齢を考えればなおさらです。ただ、作者としてはそこに触れてもらいたくなかったのではないでしょうか。「ぶつかる前にとまる」というのも、「小型」という利点も作者にとっては、非常な魅力に違いないでしょう。言われなくとも作者もそれを十分認めていることでしょう。しかし、作者の気持ちを覗き込むようにしてすすめるセールスマンの言葉は作者にとって心外なことだったのではないでしょうか。それが、「お男(ひと)」というちょっと揶揄するような言葉となったのではないでしょうか。
足場組み天幕を張りて塗装工事毎日耐える軟禁状態
小池美恵子
(評)「足場組み」ですから、高い所たとえば二階なども工事するのでしょう。それは塗装工事ということです。「天幕を張りて」となっていますから、家をすっぽりシートなどで覆っているのでしょう。よって外の景色を見ることが出来ない状態でしょう。それに加えて塗装工事であれば、室内に塗料が入らないように、窓などをビニールなどで密封していることが想像できます。まさに、「毎日耐える軟禁状態」が実感として伝わってきます。作者は病を持ち最近なかなか外出が出来ないように聞いています。自宅に籠りがちな作者にとっての苦痛にはまだその上があったのです。つまり、現在の軟禁状態です。今まで外出できない不満を思っていたのですが、外の景色を見ることも出来ない、窓を密封されて息苦しい状態にくらべたらなんと天国だったのだろう、などと思ったかもしれません。
絵手紙は楽しくもあり苦もあるが無心の時がなによりの得
鈴木きみ
(評)最近作者は絵手紙を習い始めたようです。他の作品によりますと、中学以来絵筆を持つのは初めてのようです。それでも絵手紙に何か引きつけられるものがあったのでしょう。やってみると、「楽しくもあり苦もあるが」と言っています。なかなかうまく書けないのは、やはり苦しいことなのでしょう。楽しくもありの方は、具体的には分かりませんが、友達ができたり、話相手が出来たりしたかもしれません。ただ作者にとっては、それよりも「無心のときがなによりの得」としています。絵手紙を書いているときは無心になれるようです。ここで「得」という言葉に注意が向きました。ここに作者の個性が表れているように感じたのです。作者は正直に「得」という言葉を使っています。「損得」勘定と絵手紙とを結び付けているところに作者の正直な気持ちが表れているようです。
挿し木した形見となりし花筏今夏初めて葉に実を乗せる
土屋文恵
(評)花筏を挿し木にした作者。その花筏は、九月六日に亡くなられた渡辺つぎさんから以前頂いたもののようです。「形見となりし花筏」がそれです。そして、今年の夏に初めて実を結んだというのも何か運命的なものさえ感じます。花筏は葉の上に花を咲かせ実をつけます。「葉に実を乗せる」がそれです。それにしましても、注目したのは、花が咲いたのではなく実をつけたことを詠んでいることです。百六歳で亡くなられた渡辺さん(作者は渡辺つぎ先生と表現しています)との縁を、作者は今後この花筏を通して繰り返し思い浮かべることでしょう。
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