社会人大学院生から大学教員になった還暦男の日常

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2015年11月15日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
ノーベル賞を受賞された山中教授の講演会に行く。

ノーベル賞学者を自分の目で見るのは生まれて初めて。

彼には、いくつかの段階で挫折を味わっていると言う。

まず、医学部を卒業して、整形外科を目指した時。
あまりにも手術が下手くそで、指導教官から「山中ではなくジャマなか」と言われていたこと。
整形外科を諦めた。これが最初の挫折。
そこで、臨床医ではなく、研究者を目指すことにした。

大阪市立大学で学位を取得し、アメリカに留学。
そこでの研究生活があまりに良かった。
帰国してから、研究環境の悪さもあり、非常に落ち込む。
その時の状況を、PADと称していた。
PADとは、Post America Depressionという彼の造語。
これが2度目の挫折。

その時、この状況を救ってくれたことが2つあった。
まず、ES細胞の発見とその限界。倫理的に問題があるES細胞が発表されたこと。
このES細胞に代わるものを発見したいという欲求がとても高まったこと。

もう一つが新しい職場(奈良先端大学)を得たこと。
まさか、その大学に代われるとは思ってもいなかったという。

この2つの要素が合わさって、iPS細胞ができたのだという。

ユーモアもたっぷりあった講演で、実はその時とても疲れていたのだが、元気をいただいた講演だった。

ありがとうございます。






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最終更新日  2015年11月15日 08時17分38秒
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