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「怒り」は自らに無い行動力/起動力を「思い」は自らの周りを認識する心配りを「悲しみ」は自らと関係する全ての真の価値を「恐れ」は自らの命の存在を一般的に「マイナス/ネガティブ」と呼ばれる感情も、「群れる個体」という我々が生存する上で必要なパラメターであり振り回されなければ「自ら」と「鏡」を知る為の道具。「喜び」は麻薬。無い自らの不幸を呪う「躁鬱」という症状がある。これは「喜び」の感情が自らを振り回している状態。求め肥大化させて「躁」、逆に振れて「鬱」。一般的に「プラス/ポジティブ」とされる「喜び」、「自ら」の根源を知る道標になりえるこの感情も、縋り拘り執着すれば毒にしかならない。事象は「塞翁が馬」。生きていれば誰にもあり何ら特殊な事では無いが、私にも数えきれない程のトラウマがある。その中でも幾つかは「我」を壊すだけの経験であった。今、私はその経験を「忘却」してはいない。しかし鮮明に「記憶を蘇らせる」という訳でもない。10日前の朝食がなんであったか覚えていて思い出そうとすれば出来なくもないが、そこまでする理由が無い。それと同じ。意識レベルを落とし催眠状態に入ってリコールする事も可能。その場合事象も感情もかなり鮮明に思い出せるがそこに「苦」は無い。何故か?私にはその事象や感情に対し後悔が無い。同時にそれらは「日常」という奇跡と同等に「愛おしい」。私はそこへ行き着いた、そしてその先が未知ながらも存在する事を知っている。単純な事をただ淡々と今でも行っているその結果に過ぎない。
Feb 28, 2015
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事象/過去と「向き合う」っていうのは「向き合って」治す事じゃない「向き合って」抑える事でもない「向き合って」同情するのでもなければ「向き合って」批判するのでもない「向き合って」折り合いをつけるのも「向き合って」解決するのもそうではない。ただ「向き合う」事象_まで_の過程事象_から_の過程事象は既に済んでいる。この事象に変化はあり得ない。その時に経験した感情とその記憶それも一切変わらない。その感情の記憶が変化する事は無い。否定も肯定もせず生活の中に逃げず遊びの中に逃げず苦の中に逃げず痛みの中に逃げず事象を中心に己と向き合う。ただそれだけ。単純だけど難しい。
Feb 27, 2015
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指圧師の私に「肉体の癒やし」を求めて来院するクライエントの100%全員が「感情と意識」、一般的認識では「心と精神」のケアを学び自らを治療していきます。肉体と感情、意識状態ってのは密接な関係にあり切り離せないからであり、また自らの肉体及び感情/意識と常に在るのはクライエントさんなんで彼等が変化していくほうが長期的には「私が必要にならなくなる」くらいの癒やしが可能だからです。治癒/症状の減少という効率面から考えたらかなり無駄?も多いんですけどね。で、15年以上そんな事をやってるとすこ〜しばかり意識と感情について経験的に学ぶ事があります。トラウマとかPSDとかね、精神病と言われるモノも含めて多くの方と向き合ってきてるし、今でもそういう人達と向き合ってるからなんですけど。学んだ事を一つ。「感情的事象の記憶とその意識的忘却は不可能」「感情的になる事象の記憶」は常に潜在意識レベルで存在しており、「忘却」と名打って扉の向こうへ「隠す事」は可能でも「処理」はされません。エゴ/我の「記憶の分割/隔離」は誰でも行う事で別に珍しい訳でも無いのですが、それはその場で即対処不能の場合意識に猶予を与える為_一時的自己防衛システム_でしかありません。肉体がダメージを負った時アドレナリンとか抗炎症化学物質が体中に放出されて、_ダメージを一時的に無視してでも生存に必要な行動を取る_というの同じ。その場合時が過ぎれば肉体のダメージを癒やす為にそれ相応の「処理(十分な栄養摂取と休養、そして肉体修理に必要な「時間」)」が必ず必要になります。エゴ/我の防衛システムも同じで余裕が出来た時に「処理」される事で精神/心の修復につながります。つまり(ココを勘違いされる方が多いのですが)「感情的事象の記憶の復活」というのは「治療可能」な「余裕が必要」という事なのです。もう一度書きます「感情的事象の記憶の復活」というのは「治療可能」な「余裕が必要」という事なのです。しかし現代社会では肉体のダメージ同様、その「余裕」を良しとしません。「それだけの余裕があるのなら(自ら以外の)〜〜〜の為に使う」事が当然とされているからです。肉体的ダメージを「痛み止め」で騙し動き続けるように、「感情/意識」のダメージも「忘却」というカーテンの向こうへ隠し、存在感があるのに向き合いません。そんな「余裕」は「在る」のに「社会的な都合」により無視されるからです。そして「処理」されない「感情と記憶」は癒やされる事/修理される事無く延々と居座り続けます。しっかりとした時間と治療が行われない肉体のダメージが古傷となって居着くのと同じです。そして肉体以上に厄介なのが「忘却と名打った分離」は分離する度に「新たな記憶の記録」を行うという事です。記憶が浮上する度に感情が現れる時、意識は「記憶を再度生きている」のです(だから処理されていない記憶には_臨場感たっぷりの感情が付随しています_)。それを処理する事なく「分離」して_新たに_(←ココ重要)「隠す」行為は「感情的になる事象の記憶」を複数回、毎回少しだけ違った形で保存するのと同じ効果があります。そのような形で保存された複数のバリエーションの記憶も「消えません」。全部_連鎖_されて記録されてます。鎖の一部でも表面化すれば_全てのバリエーション_が一瞬の内に表面化します。「感情的事象の記憶」の「回帰頻度」が多くなるのと、その度に「忘却」が難しくなるのもコレが理由です。(表面的な)「忘却」という手段は感情を経験せずに普段の生活に戻れるので素晴らしい対処法のように見えますが実は行う度に「新たに処理が必要となる記憶」を刻みつけて重ねる、という自傷行為でしかありません。なので私が治療を行う時、治療の時間(1時間半から2時間)は指圧という肉体接触と気の流れの導きによって「肉体的/意識的/感情的」な「余裕」を作る事が主軸になります。その余裕の中で「クライエントさんが自らを癒やす」為に長期的には症状の減少/消滅につながります。もし貴方が感情や事象に振り回されているならば、自らの生活に余裕を作り、その_安全な余裕の中_で事象と記憶と向き合いませんか? 「忘却」という「嘘」は「癒やし」ではありませんよ。
Feb 25, 2015
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始めてから4ヶ月ちょっと。リリースが少しばかりリラックスしてきました。引き手の位置を唇端から顎へ変えて矢と腕のアラインメントが向上。弦がメガネに引っかかる事がなくなって視界のブレがなくなり的を見続ける事がかなり楽になりました。
Feb 23, 2015
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ゴムの長靴を購入。小学生の時以来(笑)。ここ数年ずぅ〜っとサンダルかファイブフィンガーズだったので久しぶりの「靴」に困惑。靴下も年に二度か三度程しか使わないから踵部分をどう処理するのかちょっと一瞬考えてしまったり。さすがにー20度Cとかで雪かきする時にサンダル履きってのも飽きてきた(人間ってすごいんですよ、30分くらいならー20度Cで雪まみれでも足の指はホカホカなのです。風が強かったり30分を過ぎると一気に危険度がマシますがwww)ので長靴買ったんだけど。。。う〜ん。。。微妙。地面を感じる事が出来ないのでなんか違和感がすっごいんですわ。でも年に一度あるか無いかの低温/積雪時には重宝するし、良いかなと。そんな事を考えながら駐車場エリアを除雪してたら壊れました。スノーブロワーが。メンテしながら9年かな。ディーラーで修理がどれくらいなのか調べる必要もあるけど場合によったら新調って事になるかも。まぁ修理が新品の5割を超えるようなら新品にしよう、って事になってます。芝刈り機も去年から調子悪いので今年は買い替えが必要。まぁ居合で独立したおかげで出費がかなり減ったから楽っちゃ楽なんですけどね(笑)。
Feb 22, 2015
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大東流系の合気だと「ヤラセ」とか「弟子が学ばされた共感反応」とか見ますが、確かにそれがあるし、多いのも頷ける。自分の弟子や生徒以外に技が効かないんじゃそう言われても仕方ないでしょう。まぁ私は大東流というモノを聞いた事すら無い時、始めて師に触れて落とされ固められ放置されたんで個人的に「ヤラセ」は無かったと言えますし、「学んだ共感反応」じゃないと断言しますけど。その時点で武術歴20年超えてたし、下手な関節技や投げ技は完全にカウンター取れるようなトレーニングしてた。打撃系出身で隙がありゃしばき倒すくらいは何時もやってたし。でも師相手には一切なにも効かなかった。体の自由が完全に奪われちゃったからね。断言できるけど、タイミングじゃないし、反射神経や反応速度でもない。関節技なんてチャチなもんでも動きの中で生まれるもんじゃない。タイミングで崩す方法なんか熟知している。反射神経/反応速度で相手を翻弄する方法も。体の動きを相手に合わせて投げる方法なんざ腐る程体に染み込ませてる。痛みを与える/関節を破壊するような関節技だってタイミングや体さばきで逆転できる。腕の形や位置?角度?wwwそんな_簡単_なもんじゃない。コッチは相手をガッチリ固めて、その上で相手の動きに応じて変化できる程の余裕と自由度を維持しているのに関わらず、合気がかかると体の自由が完全になくなる。痛みは一切無い。抵抗も出来ない。自分の体の自由意志が完全に奪われ、お情けで受け身を取らせてもらっている状態。そんな経験してるから学んでるんだわ。武術始めてから29年。その間に中国武術やら東南アジア系の武術なんかでかなり不思議な事も多く経験してるけど、未だに大東流の、いや師の合気に並ぶようなモノには出会っていない。ま、これが私の縁なんだろうね。
Feb 22, 2015
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ヴァレンタインデー。妻と出会ってから丁度17年。就職半年記念も兼ねて一週間程前に予約を入れておいた、ちょっとハイエンドのギリシャレストランへ行ってきました。Athosというレストラン。まずは定番のドルマダキアから。ライスがクリーミー、ぶどうの葉の酸味と合いめっちゃ美味しい。で次の定番。ラム肉のクレアトピタ。一緒に包まれてるハードチーズが強い風味なのだけどこれまた匂いの強いラム肉、香辛料と質の良いオイルとバランスが取れていて予想していたような大味にならず奥深く重なる「楽しめる美味しさ」でした。妻はヴァレンタインスペシャル。松の実とやぎのチーズを子牛の肉で巻いたモノ。ハーブの使い方とソースが独特で私では絶対に作れない美味しさ。ジャガイモはレモン系の味付け。ライスピラフも軽く妻は喜んでました。私は逆に「一番重くて大味な料理」というリクエストで勧められたヤギの太もも肉の煮込み。獣臭いんだが、それが良い!(笑)。写真じゃ分りづらいかもしれないが結構な大きさの肉。これがまぁとろけるように煮こまれててナイフを殆ど使わずに食べる事が出来た。Orzo(オルゾ)も十分にヤギ肉の風味を染み込ませていて。。。。。。。欲しかった味そのモノだったので完食。デザートはルクマデス(アメリカ風www)アイスクリームとバナナカラメルソース。ここまで大きいとは思いませんでした(半分以上持ち帰ったよ)。妻はヤギ乳ヨーグルトのヤウルティ。味わった途端に今までのヤギ飼育の記憶が蘇ってこの笑みだそうな。今日の食事で一番強烈に嬉しかった味だったとか。今回で二度目のこのレストラン、ちょっとした記念日を祝うには良い場所になりました。
Feb 14, 2015
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2001年9月11日を堺に多くのアメリカ人の認識が変化。その影響は未だに続いていていろいろな国内ポリシーに反映されてます。必要な変化であり、内部から現状で判断する限り良い方向修正だったのでしょう。今では常識になっている「安全性に必要な認識」も911以前、専門家が先立って警告していましたが、一般人の生活圏内では話題にすらあがらず「問題が有る」という事すら知られていませんでした。予兆は多く存在していたのですが。さて、日本の現政権は現状の危険度を把握していてその為の準備を行っています、しかし始動がちょっと遅かった。多分後手に回る事になるでしょう。それでも事後に慌てて動いたアメリカに比べれば良いほうです。ただその準備/対応を第二次世界大戦後の偏向教育そのままに批判する方達のブログやエントリをみていると、「自らが危険に晒されている」事に気づきたくないのだろうか?と疑問が浮かびます。平和である事に越したことは無い。安全である事が一番で、日常が続く事こそ大切。日本という国の内部だけで終わるならば現状維持でも大丈夫でしょう。でもそうじゃない。「日本」という国に対し「正当性の一切無い理不尽な不満」を「暴力的手段」において表現する事が可能な組織がそれこそ世界中に存在する事に目を開けても良いんじゃないかなと思うわけです。数あるポリシーを批判する前に、それがなぜ必要になっているのか?そのあたりを考えても良いと思うんですよ。願わくば日本が「911的な現実への目覚め」を体験しませんように。。。。ぶっちゃけもう無理だと思うけどねぇ。。。(個人的には「対岸の火事」だからね。。。というかコッチはコッチで消火活動が追いつかないくらい炎上中だから日本にかまってられないってのが現状だからなぁ。)
Feb 13, 2015
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明日の朝は−20度Cで体感温度は−33度Cだそうな。こんな夜はブルーライト制度が発動。ホームレスは強制的にかき集められて収容される。でないと翌朝にはカチコチに凍った死体が発見されるからね。10+人いる妻の姉妹/兄弟の中には「訳あり」な人も居まして。。。。ヤク中/統合失調症(本物=なので私個人的に症状も発症経緯も付属する諸問題にも必然的にこちらの希望と関係なく詳しくなってますが)で施設送り中だったのが脱走、冬の夜を歩きまわって死にかけた事があり、そのあたりの状況にも詳しくなったりしたんですけど。うん。屋根があって壁があって暖房があるって素晴らしいなぁ。。。。
Feb 12, 2015
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まぁいつも通りの冬です。今年は雪が少なくて良いなぁ。。と思ってたらこれですよ(笑)。
Feb 9, 2015
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ChromebookのOSをUbuntuに入れ替え、その後以前のデスクトップは一度も電源を入れる事無く一週間が過ぎました。どうやらこのまま続行で良いようです。キーボードの小ささ、キー配列の違い/キー省略、タッチパッド、それぞれ少しばかり躊躇してしまう場合もありましたが今では殆ど気にせずに使用可能。もともとデスクトップHDの許容量も30GB程だったしダウンロードもあまり行わない。オンラインストーレッジは画像以外は以前から一切手を出してないので殆ど使用状況に変化が無い。バッテリーも余裕で8時間持つ、縦書PDFも読めるから小説も読み放題。無線回線も有線時よりもデータスピード/量が劣化しているはずなのにDL/ULスピードに変化が見られず(というか速い)どうゆうっこっちゃとsystem-monitorで見ればCPUがクァッドコアという事に初めて気付き(笑)、試しにモニタリングしたら私の通常の使い方ではそれぞれのCPUの負荷の平均が5%を超えない。どうやら以前のデスクトップでは有線回線のスピードを使い切れてなかったらしい、と実感。CPUファンも時々しか起動せずそれも超静か。放熱で熱くなるという事も無いし良い買い物、というより私にはかなりオーバースペックだったようです。Acerって台湾の会社らしいけど、良い製品出しますねぇ。
Feb 8, 2015
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先日の日記でネット上のプライバシーは皆無に等しい。。。なんて事を書きましたが、DHSの兄弟子に言わせると。。。「確かにネット上の_全て_の情報は常にモニターしてるよ」との事。既存の情報部での一般的なモニタリングでは「敵対組織」の把握は略完璧。でも現代社会でテロを起こし、成功させる確率がもっとも高いのは組織では無く、その組織の「広報方針」に影響される「共感的一般_個人_(シンパセティックインディビジュアル)」だそうな。ネット上であらゆる情報が共有されている現代社会では、どこにでも居る「普通の人」が何時どのような形で何を理由にテロを起こすか予想する事すら不可能。どれだけ情報をモニターして、プロファイリングを行っても多すぎる情報の中から一般個人を絞りこむのは不可能。「そいつ等が一番怖い」武器/武器になりそうなモノの流通経路をモニターした所で、先月逮捕されるまでアトランタからNYシティーまでアサルトライフルを含めた200+銃器がセキュリティーをバイパス、旅客機で運び込まれたケースが未だに有る事なども考えると、どんなに情報モニタリングして、スーパーコンピューターを使ったとしても阻止は難しい。組織によるテロへの対策を任されてる情報部が羨ましい程だそうな。「頭の良い奴集めてるんだけど現状じゃ無理」それでも「問題が起こる前に摘み取る」仕事をしなきゃならない、つまり「問題が具体化して、対処してる時点で手遅れ」なんだから兄弟子のストレス、半端無いっす。高給取り、超エリートだけど彼と変わりたいとは思わないです。。。。あれで家庭も充実させてるって、どんな神経してるんだろうなぁ。。。
Feb 5, 2015
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Linux入れる前にChromeOS使ってみたんですが、怖い経験しました。半年程?前かな、アップデートでFirefoxとFlashの相性が最悪になり少しだけの間Chromeブラウザーを使用してました。その時FireFoxで使ってたブックマークやらセキュリティー関連/パスワードなどをインポートしたんです。ただChromeもさほど使い勝手が良い訳では無く、数日でChromium→Operaを経由して最終的にFlashをダウングレードしたFireFoxに戻ったのです。その事をすっかり忘れていたのですが。。。。強制的に思い出させられました。なんたってChromebookを起動してGoogleアカウントでログインしたら_それだけで閲覧履歴も含め当時の設定そのまま_Chromeブラウザーが立ち上がりましたからねぇ。。確かに殆どのユーザーにしてみれば下手な再設定を必要としないシームレス仕様で手軽なんだろうけど。。。改ためてネット上でのプライバシーってのは幻なんだなぁ。。。と思い知った次第。
Feb 3, 2015
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1時間ほど雪かきした後の写真↑。そういえばSNS系で自分撮りが多い人はサイコパス寄りなんだそうな。自己顕示欲とかの関係ですかね。私もそっち?www今日は久しぶりに多めの積雪。妻も仕事はお休み。交通状況が悪くて出勤できない。今日一日かなり静かに過ごせそうです。
Feb 2, 2015
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やっとこさ終了しました。
Feb 1, 2015
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