ちょっと本を作っています

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第四章 竹の子で仲間を釣り上げる

第四章 竹の子で仲間を釣り上げる




中年男、童心に戻る

竹の子(筍)ってのは凄いもんだ。

昨日クルマのトランク1杯分採って、あっちこっちへ配ってきた。

でも、今朝散歩に出たら、またボコボコと顔を出している。

嬉しいような、腹立たしいような、こうなりゃ徹底的に採ってやる。

竹林の奥まで探索を始めた。


屋敷の横手の裏山も、家主のトンちゃんの持ち物と聞いて、竹の子との連日に及ぶ格闘が始まった。

当然、毎日竹の子ご飯。おかずは茹でた竹の子に鰹節をかけて醤油をぶっ掛けただけ。

男の料理、味も素っ気も無い。


4人とも、みんな食欲がなくなった。

そうそう、1人同居人が増えたんだ。

例によって、トンちゃんが金を借りて、返せなくなった相手で、清ちゃんという。

訳あってブタ箱で3年半ほど過ごしてきた人物。

これまた例によって、バツイチ・独身・50歳。


元は高級外車のブローカーを手広くやっていたそうだ。

土地成金だったトンちゃん、地上げで儲けていた幸ちゃんと同じように、派手な遊びに明け暮れていたらしい。

バブルのころ、まじめにやっていたのは私だけだ。

それはともかく、この清ちゃん、行くところもないそうで、転がり込んできた。


田舎暮しに飽き飽きしている家主のトンちゃんを除く50男、約3名。

「こっちにあるよ」

「こっちのほうが一杯あるよ」

と、童心に戻って竹やぶを掻き分けて突進する。

それにしてもトンちゃん。

親父さんたちが亡くなってから、竹林や杉林の手入れしたことが無いみたいだ。

竹や杉の倒木が折り重なっている。


よし、モノはついでだ。倒木を整理して散歩道を作ろう。

日曜大工の店へクルマを走らせて、チェーンソーを買ってきた。

草刈り機の燃料の混合オイルも……。そして、マイ長靴も。



焚き火三昧

倒木を伐っては、丘の上の広場に積み上げる。

焚き火の炎が天高く舞い上がる。

消えない。放り込みすぎた。夜中まで燃え続けている。


1升瓶をドーンと足元に置いて、木の切り株に座り込む。

焚き火って暖かい。真っ暗な空へ火の粉が舞い上がるのも幻想的だ。

酔いが回ると、このひと時がもっと続いてくれればいいな、と思い始める。

薪を放り込み過ぎたのを忘れ、火勢が弱まってくると、また丸太ん棒を放り込む。


夜が白々と明けてきた。例によって、「ま、いいか」。

部屋に戻って敷きっぱなしの布団にもぐり込む。

昼近くに見に行ったらまだ燃えていた。


焚き火っていいものだ。

じっと見つめていると、炎がリズミカルに踊っている。

緩慢な時の流れが、からだに巻きついてくる。

乾いた竹の燃え上がるさまは凄まじい。

途方もなく火力が強い。まるでガソリンをかけたみたいに燃え上がる。

晴れた日は杉や雑木を燃やす。雨の日には竹を燃やす。

1ヶ月以上燃やし続けているのに、まだまだ薪には不自由しない。


「高石さんて、何か異常じゃない」

朝から晩まで倒木の伐採と焚き火に明け暮れている私を見て、トンちゃんが不思議がる。

「いまどき、焚き火が出来るとこなんて、そうそう無いよ」

「キャンプ場だって制限されてんだからさ」

「最高だよ!」なんて言うものだから、「何がいいのかねえ……」

と精神科医のような顔をして見つめられる。


最初は一緒になって伐採と焚き火に夢中になっていた幸ちゃんや清ちゃんも、とっくの昔に飽きてしまった。

2人は、竹の子掘りのほうに夢中になっている。

私が取り除いた倒木の後は、陽が差し込むようになったせいか、次々と竹の子が顔を出す。



50男、マルコメになる

電気屋でバリカンを買ってきて、自分で丸刈りにしてしまった。

焚き火の炎で前髪が焼け焦げる。

最近頭のてっぺんも薄くなってきたので、薄いところに合わせたら、丸刈りになってしまった。


倒木と格闘していると、クモの巣やら枯れ葉やら、土ぼこりにもまみれてしまう。

いちいち頭を洗って乾かすのが面倒になったせいでもある。

自分の頭をなでては1人悦に入っている。なかなかの芸術作品だ。

鏡を覗いてみると、どう贔屓目に見てもビジネスマンには見えない。

場外馬券売り場にいる予想屋のアンちゃんってとこだ。


家主のトンちゃんのところには、ときどき街金の取立ての兄ちゃんたちがやってくる。

私はチェーンソーの切り屑除けにサングラスをしているのだが、「何すか?」。

丸坊主で色眼鏡、ヌっと顔を出すと、みんなギクッとする。

その表情が面白いものだから、インターホンが鳴ると、わざとその格好で顔を出す。

おかげで取り立ての兄ちゃんたちの来訪もめっきり減って、誰も来なくなったのもチョッピリ寂しい。


「回覧板でぇーす」と訪ねてきた、隣の小母さんには、ちょっと悪いことをしたと思う。

今頃は、「トンちゃんとこ、ヤクザが棲みついたみたい」と部落中、ウワサになっているだろう。


そういえば最近、黒猫の『タンゴ』を見かけない。

この前、庭仕事から戻ってきたら玄関先にタンゴが寝そべっていた。

「こらあー」と追いかけたら、逃げ場を失って、玄関から家の中へ飛び込んでしまった。

白い足跡を追っていくと、開けっ放しにしてあった台所の勝手口まで一直線に続いていた。

我が家の間取りを周知しているようだ。



『百聞は一見にしかず』なのだ

「何で、そんなとこに居るの」

テレビ局の関連会社で役員をやっている大学時代の友人、トミオちゃんから、久しぶりに電話がかかって来た。

「いいとこだよ。緑がいっぱいあって、竹の子も採れるし……」

と答えるのだが、不思議でしょうがないらしい。


田舎暮しには興味があるらしいが、

「佐倉じゃねー……、田舎なんて言えるのかな……」

「そんなことより、仕事は? 佐倉じゃ、仕事になんないだろう」

「エッ、『房総田舎暮しの本』。そんなの売れないよ」

「千葉ってところは、本なんて売れないとこだろ……」

てんで相手にされない。

それでも竹の子掘りには興味を覚えたらしい。

1週間後、もう1人の大学時代の友人、フォト・ライブラリーの会社をやっている中西君を誘ってやってきた。


「こんなとこが千葉にあるなんて知らなかったよ」

「へー、焚き火も出来るんだ」

「誰も来ないね。いいね、ここ」

竹の子掘りに一汗流して、裏山を見つめながら、2人の感嘆符付きの言葉が続いた。

「高石君。ここにずっと居てよ。そうすりゃオレたちも遊びに来れるからさ」

ついこの前、電話で東京へ戻って来いと言っていたのに、雲行きが180度変わってしまった。


「うん。でも、ここもいいけど、もっとすごい所があるんだよ」と、亀山の小母さんちの話をした。

にわかには信じがたいようだが、こんな所があることを見せられた後だ、「へー」っと感心しながら聞いている。

「今から、行ってみるか」

大学時代の仲間3人だけに、物事を決めるのも早ければ、行動を開始するのも早い。


すぐにクルマに飛び乗った。

「2度しか行ったことがないから、道が分かるかな?」

「大丈夫。カーナビが付いてるよ」

さすが稼ぎのいい2人。クルマもRV車でフル装備だ。

カーナビを覗き込みながら亀山へ向かった。



ちょっぴり、田舎暮しのガイド気分

「おい、俺たち道のないとこ走ってるよ。道は本当にこれでいいの」

なるほど、カーナビに印されている現在位置は、真っ白な空白地帯。

でも舗装されたそこそこの道路の上を走っているのだ。

「カーナビが古いんじゃないの?」

「役に立たないジャン、これじゃ」


道は何とか覚えていた。

前に来たときは後部座席に長々と寝そべって、左右の山並みを見ていた。

余り自信は無かったのだが……。

亀山の小母さんち、カーナビでは、まぎれもなく広々とした空白地帯の、ど真ん中だった。


「ほんと、いいとこだな」

「静かだよね」

周りが静かだと、お互いの声も小さくなる。

静寂を破ると、周りの風景まで壊れてしまいそうで、足音まで忍ばせる。

声を掛けてみたけど、小母さんは留守のようだ。

小父さんが入院したと初ちゃんが言っていた。

多分病院へ行っているのだろう。


「ここ、ここ。ここに鹿が引っ掛かっていたんだ」

「ほら、あそこに鹿の頭蓋骨が引っ掛かっているだろ」

「あそこの家、もうだいぶ前から誰も住んでいないんだって」

「あの家を借りて田舎暮しが出来れば最高だろ」

ほとんど初ちゃんの受け売りだ。


「鹿だけじゃないよ。サルもイノシシも、いっぱい居るんだ」

「それにここは天然記念物のモリアオガエルの生息地なんだよ」

「ほら、あそこのドラム缶。小母さんがモリアオガエルを飼っているんだ」

「庭に天然記念物がいるなんてすごいと思わない」。

見たことがないくせに、解説に力がこもる。


「佐倉もいいし、ここもいい。いやぁー、これは大発見だね」

「千葉にこんなとこがあるなんて、知らなかったよ」

「やろうよ、田舎暮し」

「電話線も通っているから、パソコンさえ持ち込めば仕事も出来るよ」

「それは高石君だけだろ。オレたちは週末通いかな」

「いや、これからは高石君の言うような時代だよ。いいよココ」

「フォトスタジオを作るのも面白いよ」と中西君。満更でもない様子。


帰りにはすぐ近くの養老渓谷の温泉に浸かり、2人は意気揚々と帰っていった。

よしこれで、田舎暮しの仲間、2人ゲット。



第五章 森の天使の小さな落し物 につづく


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