オトキチ日記

最初の晩餐

北朝鮮旅行記1日目

最初の晩餐

車で平壌市内の料理店へ。

さういへば日程表では例の金日成主席の銅像に最初に行く予定のはずなのだけれど
そんな気配はなし。(後日、行きました。別に着いたら最初に行かねばならないと
いふわけではないやうです)

「平壌の町並みはどうですか?」とキムさん。
「日本と比べると看板がありませんね」と差し障りのない答へを私。
実際、看板といへばスローガンを書いた「革命的勝利を完遂しよう!」とかいふも
のばかり。
だから建物に表情がない。
「さうですね。日本は広告をしなければなりませんから、看板が多いですね」
ここでキムさんのことをいくつか聞いた。
「私は日本には行つたことはありませんが、日本語の学習のために日本の映画はたく
さん見ました。それで日本の町並みを見ました」

料理店へ。
とはいへそれこそ看板もなにもなく、事務所のビルにしか見えない。入口も路地裏の
横手から入つた。
「ほんとに看板はないですね」
「あるのですが、目立たないですね」とキムさん。
中はそれなりに料理店ふうの造りだが入口や廊下には電気が点いてゐないので、薄暗く
なにやら秘密のお店に入つてゆく雰囲気。

まずは乾杯。
キムさんは「乾杯だけ」とコップ半分くらゐだけ注ぐ。「乾杯ビール」といふわけで
日本の女の子と同じだなあと思ふ。それがまた可愛くて(略)。

ビールは大洞江ビール。冷えはいまいちだが美味しい。
李さんが「これはいまいちばん人気があるビ-ルです。みなさん美味しいと言ひます」
「ええ、美味しいです。飲みやすくて中国の青島ビールに似てますね」と、これは褒
めたつもりだつたのだけれど、李さんは残念さうな表情。どうやら「世界中にこんな
ビールはありませんね」といふのが正しい褒め言葉だつたやうです。

料理は美味しく量も多い。
私は元来少食なので残してしまふことを強調しておく(これはホント)。
ただ最後に出た朝鮮冷麺は、もともと好きではないのだが、美味いとは思はなかつた。
李さんは1日1回は必ず冷麺を食べるとのこと。

(ただこの日の冷麺はたしかにあまり美味しいものではなかつたやうで、後日、冷麺専
門店に行くとき、李さんが「この間の冷麺は美味しくありませんでしたが、ここの店
のは美味しいです」と強調してゐました)。

ここで、用意したお土産を渡す。渡すのがいいのかどうか悩んだが、キムさんにはストッ
キング5足、李さんと運転手さんにはマイルドセブン2箱づつ、それと1000円(ティッ
シュに包んだ)を3人それぞれに。
喜んでくれたかどうかは不明。
ああ、さうかといふ感じで無言で頷くといふ感じでした。
これは物を貰ふときの習慣の違ひかもしれません。
なんだか「お土産」を渡すといふよりは「袖の下」を渡すといふやうな微妙な雰囲気が
漂ひました。

日程の確認。
4日目の板門店が明日に変更(理由は説明あつたけど、よくわからず)。
「あと、希望ありますか? 何でも言つてください」と李さん。

ここで7月12日の日記に書いた例のビデオで射撃の場面があつたので、
「射撃ができると聞いたのですが、できますか」とリクエスト。
李さん、ちよつと驚いたふうで「はい、できますよ。5月でしたか、日本の人を案内しま
した。カップルの人」

え? それつて、あのビデオの人でないの?
「5月ですか? それつて、女の人がパーマかけたりしませんでしたか?」
「はい、しました」
「遊園地にも行つた?」
「さうです。行きました」
なんとあのビデオのガイドさんだつたんですね。

ここでビデオがTVで流れたことを説明。
「どうでしたか?」と李さん。
で、7月12日の日記に書いた通りのことを(やんわりと)話しました。
「ビデオ自体は普通に撮られてゐるんですが、それにTV局がつけてゐるナレ-ションが
意地が悪いといふか、どうも素直ぢやないんですよね」
「それは残念ですね」と李さん。

                 *

で、これは次の日の朝のことなのですが、ビデオの件を李さんからもういちど聞いてき
たので、詳しく話すことに。
「意地悪なナレーションといふことですが、もつと詳しく教へてもらへませんか?」
「例へば、支払ひは全部日本円でできますよね、これは私たちにとつて便利なことです。い
いことです」
「さうですよね」
「なのに、かう言ふんですね『支払ひはすべて日本円だつた。外貨獲得のためなのだらう
か?』」
「アイヤー」
「あと、射撃場で鶏を撃つて、お土産にできますよね。でも旅行者がそんなもの貰つても
困りますよね? それでガイドさんが持ち帰つたんだと思ふんですが」
「あれは、次の日の料理店に持つて行つて料理してもらつたんですよ。みんなで食べたん
ですよ」
「え、さうなんですか? でもビデオでは」
「どうだつたんですか?」
「ガイドさんが鶏を下げてゐる場面でかうナレーションが入るんです。『鶏は結局ガイドの
お土産となつた』」
「アイゴー」
「あと、遊園地では最初人が誰もゐませんでしたね。それがビデオが回りはじめると大勢の
子供が入つてくる。不自然だ。きつとヤラセに違ひない。本当は普段は遊園地で遊ぶ子供
なんてゐないんだ、と」
「あれは開園時間が10時だつたんですよ。でも9時45分くらゐに着いて、あんまり待たせる
のも悪いから、私が頼んで先に入らせてもらつたんです。それで10時になつたから子供た
ちが一斉に入つてきたんですよ」
「あ、さうなんですか? でもビデオではそんなことはひとことも」
「アイヤー」

「日本のマスコミは朝鮮のことはとにかく悪く言ふんですね」とキムさん。眉間に皺を寄
せる不満さうな顔がこれまたなんとも可愛くて(略)。

まあ、くだんのビデオについてはさういふことでした。
もちろんガイドさんの言ふことが全部正しいとは言ひませんが、あちらの言ひ分はかういふ
ことでした。

                  *

打ち合はせの続き。

「あと、狗肉料理が食べられたらと思ふんですが」といふと李さんもキムさん
も相好を崩しました。ご馳走のやうです。

「朝鮮では暑い時に狗肉を食べます。これは暑くなるとき、暑い最中、暑さが
終るときの3回ですね。精をつけるわけです。それと、狗の肉は甘いので甘肉
といひます。イヌといふと聞えが悪いので甘肉を食べるといふわけです」

なるほど、日本で馬肉をさくら肉とか猪を牡丹とかいふのと同じやうなものね。

(これは実際に甘肉を食べる段にキムさんから聞いたのですが、美味しいのは
赤犬といふのは日本でも知られてゐるけど、赤いといふのは肉が赤いから赤犬
といふのださうで、肉が赤い赤犬は実際には黄色い毛並み、つまり黄色い犬だ
といふこと。勉強になりました)

「甘肉はとにかく精がつきます。これ食べたらもう、かうですね」
と人さし指を立てるのは、つまりはビンビンになるといふ意味ね。
この李さんは自分でも「不良のガイドですね」といつてゐたけど、この手の話
になりがち。だから可愛いキムさんの前でさういふこと言はれても困るんだつて。

尚、甘肉料理は専門店に行くので2000円x4人前=8000円かかる。ホテルの料理は
キャンセルすることになるがその分の料金は戻らないと説明あり。了解。

それと学校見学も入れられるか、これは向うの都合を確認することに。

参鶏湯については李さんからどうですかとお勧めが。
「これは一匹で5000円、一人前はその半分で2500円になりますね。半日くらゐ
煮込むので予約必要ですね」
一人前を頼んで4人で食べませんかと私から話して決定。

ちなみにその料理店には10人くらゐのにぎやかなグループも来てゐた。カラオケ
歌つて帰つていつたあとに聞いたら中国の観光客だとのこと。なるほど外国人
観光客専門の店なのだなと納得。ウェイトレスはみな北朝鮮風の美女揃ひ(これ
は旅行中に行つた店ほぼ同じでした)。

李さん運転手さん私と3人は煙草を吸ふがキムさんは吸はず。
「日本人は煙草吸はない人、多いぢやないですか?」とキムさん。
「最近はさうですね」と私。
お土産に渡したマイルドセブンはオリジナルの10mgのもの。たぶんきつめのはうが
いいだらうと選んだのだがやはりさうだつたやうで、
「前に貰つたマイルドセブンは朝鮮の人には軽すぎる感じでしたけどこれなら合ひ
ますね」と李さん。
「吸はないのが一番いいんですよお」とキムさんは李さんをちよつと睨む。それが
また(略)。

ホテルに戻ることに。
「平壌の町は暗いですよね」とキムさん。
たしかに道は真つ暗。でも住宅には結構明かりが点いてゐる。
むしろ住宅だけにはなんとか明かりが点いてゐるといふべきか。
「日本でも最近は節電が叫ばれてゐます」と私。
本当はさういふレベルの暗さではないんだけどね。
「でも、わが国は治安がいいですから、夜暗いですが、女性が一人で歩いてゐても
安心です」とキムさん。
そりや治安はいいだらうと(心の中で)思ふ。刑務所の中が治安がいいのと一緒だ
よなと(心の中で)思ふ。
でも可愛いキムさんにはもちろんそんなことは言ひません。

ホテルに着いて、さらに打ち合はせの続き。
喫茶店でといふことでロビー横の店に入る。
「生ビール飲みますか」といはれ注文するが、ウェイトレスが悲しげに戻つてきた。
どうやら無いといふことで、原料がないのか機械がうごかないのかは不明。物資は
ほんとに乏しいのだなとこのあたりから実感する。
焼酎を注文。これは美味しかつた。以後、旅行中はほとんど焼酎に。
1本300円だつたが日本でなら2000円くらゐの値段でも良ささう。ストレートで飲む
タイプ。
小泉さんの人気はどうかとか小泉さんのあとは誰がなりさうかとかの話も出ました。
「アベさんはどうですか?」とキムさん。
「人気はありますが、まだ無理でせうね」と私。
小泉首相はやはり相当に嫌はれてゐるやうで、安部さんがなつたらもつと困るといふ感じでした。
「小泉さんはどうして靖国に行くのでせう」とキムさんは眉根を曇らせます。それがまた(略)。
(この日は私からは突つ込んだ話はせず。後日することに。この日はとてもそんな余裕はあり
ませんでした)。

ここで別れて一人で部屋に戻る。
エレベーターの中で乗り合はせたおじさんが「ニホンジン?」と話しかけてきた。
「はい」
「タバコ?」と手を出してくる。
差し出すと1本を取つた。
「またヨロシク」
なんでタバコやらなきやいけないんだ? と改めて思つた。
単なる習慣なのかもしれないが、カツアゲされた感じもする。
一般人との接触はやはり怖いと心細くなる。

部屋に戻る。が、あれ? メインの電灯が点かないよ。さつきは点いてゐたはずな
のに。どうやら球切れのやう。まあデスクスタンドやらを点ければなんとかはなる。
細かいところは持参の懐中電灯が役に立つた。
日本のホテルなら言へばすぐに交換してくれるところだけど、どうだか分らんし、
何も言はず(正解だつたと後日思ひ知りました)。

TVをつける。朝鮮のTVはドラマをやつてゐて軍人の息子とその母のお話のやう。
たぶん森進一の「おふくろさん」をそのままドラマにしたやうな内容で、「ああ素
晴らしき母の愛」つてところか。母親の姿がずつとアップになつてそこに歌が流れ
る。「オモニ~、オモニ~、ああ、オモニ~」。こんな感じ。
それからのど自慢。

1日のことをメモして寝ることに。
とにかく疲れた。もう十分だから帰りたいと心底思つた。
でもカルチャーショックはまだまだこれからだつたんだよね。


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