第3話



           第3話 へこむ時だってあるんだよぅ

 レベル15になって、やっとバインドを覚えた時は、そりゃあメチャメチャ嬉しかった。

 クロノス城から、きゃあきゃあ♪言って飛び出して、そこらじゅうのクルーク達にバインド掛けて回ったっけ。


 あれから四日、ピュリカやテンプル、神殿1階で狩っている。現在レベルは27。

 狩り自体はとっても順調。‥‥でも、問題が一つあったんだな‥‥‥。


 あたしが、家の食堂で一人食事をしていると、河伯兄ぃが息を切らして、バタバタと駆け込んで来た。
 肩でぜーぜー息を切らしている。

「オ、オクトパシー。せ、請求書が、道具屋からの請求書が、こ、こぉ~んなに。」
 顔面蒼白の河伯兄ぃが握ってる請求書には「シティス・テラ町アリア商店」と書かれている。
 一緒に綴じられているのは、あたしがサインした伝票の束だろう。

「マナポとヒルポ‥‥だね。」
あたしは答えた。

「ポーションだけで、こんなに?‥‥か? そんだけ魔力上げてて、マナリチャも上げてるのにか?」

「うん。バインドって、火力低いから連打するでしょ? だいたい1秒間に1発。マナリチャ追いつかないの。それと、回避力無いから、敵とぶつかったら、まずはヒルポを連打してしまうしねー。」

「そ、そうか‥‥」

「うん。例えば昨日、デス・モーちゃんを狩ったんだけど、マナポのS瓶を140本くらい使っちゃったしね。」

「げっ、デスモー、一匹だけで?」

「バインド掛けてる間に、廻りに寄ってくる雑魚も含むけど。殆どはモー1匹分ね。」

「ぐっ‥‥、で その時のモーは、何か落としたか?」

「銀の鎧だけ。」

「ぐわぁ‥‥‥。杖バルって、お金掛かるんだなぁ‥‥。」
河伯兄ぃは、頭を抱え込んだ。

「だいたいィ、『杖バルは儲かる』なんて、だーれも言ってないでしょ?」
あたしは、ちょっムッとした口調で言った。

「あ、いやいや。おにいちゃんは別に、かわいい妹を金儲けの道具として考えてるわけでは決してないよ。 まぁ~、その~何だ~ぁ。いわゆるぅ‥‥狩りの効率というか、効率の良い狩りをして欲しいなぁ、なーんて思っただけでな。」

河伯兄ぃは、あわてて顔を上げ、一気に喋ってから、大きくため息をつき、目を伏せて呟いた。
「ここは先行投資だよな。ここを、乗り切れば、必ずバンバン稼いでくれるはず‥‥ブツブツ‥‥」

「河伯兄ぃ‥‥本音が口に出てるんだけど。」

「え?!‥‥いやいや!冗談、冗談‥‥上段、中段、下段、なんてね♪」

「じゃ、食事終わったから、狩りに行ってくるね。」
あたしは、河伯兄ぃの酷寒ギャグを無視して、立ち上がった。

 シルバーの防具を身に着け、愛用のスタマス補正付スプリットストーンを手に取ると、すぐさま玄関から飛び出した。

「いてらー!」
背後からの、河伯兄ぃの声に、杖を少し振って応える。


 ふぅ‥‥。
 マナ(=魔力)の消費量の多さについては、前から気にはなっていた。
 あたしも、好きでポーションを、がぶ飲みしてるわけじゃないし。

 うーーん‥‥、もっと最大マナを上げるしかないのかなぁ?
 それには結局、レベル上げるしかないわけで‥‥。
 よし!もっと上の狩場でレベル上げるか。
 神殿の2階~4階をスルーして、一気にターラに行ってやろう。
 そう決心した、あたしは一路ターラを目指すことにした。

 途中、テラの町で河伯兄ぃのギルメン(ギルド・メンバー)の2人に偶然会ったのを良いことに、ターラまで、ちゃっかり護衛して連れて行ってもらった。

 ターラの町で、御礼を云って2人と分かれ、さぁ狩るぞー、とターラの原野に駆け出す。

 まずは、2匹並んで談笑している(?)ベルクに狙いを付ける。

 バインド。
 地中から触手が湧き出して、ベルクの体を締め上げた。

 3回、4回とバインドをしていると、今度は横からカニバルデモンが。
 逃げてバインドをかけるが、その前に横殴りに爪で体を切り裂かれていた。

 ヒルポ、がぶ飲み。
 ポジションを取り直そうとしていると、今度は背後からトリゴヌットが大鉈を振り上げて襲って来た。

 うそでしょー? ターラって、こんなにモンスが多かったっけ?

 トリゴの大鉈が肩をかすった。衝撃で体が半回転してしまう。
 走って距離を取ってると、正面から新手のベルクが現れた。バトル・ベルクだ。
 充分に距離を測り、余裕を持って、バインド‥‥したつもりだった。
 あ! す、素通り!
 バトルベルクは、触手をかいくぐって目の前まで迫り、巨大な棍棒を打ち下ろしてきた。

 グシャ!
 自分の骨が砕ける音を聞きながら、あたしは、黒っぽい土の上に叩きつけられた。
ターラにて

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥復活っ!

 うーーん‥‥、やはり安全地帯を背にして戦ったほうが、いいみたいね。
 町の近くの丘を中心にして狩ってみよ。

 丘を背にしていれば、前方180度だけ意識していればいいから、ずっと楽になるはずだ。

 この作戦が功を奏して、白ネームを数匹狩ることが出来た。

 が、その後に、クルーエル・カニバルデモン。しかも攻撃力高めのオーラ付のヤツが来た。

 バインド。
 と!止まらない!
 触手を引きずってカニバルデモンが目前に迫った。爪の一振りで、あたしは空中をコマのように回転した。
 そして大地と、したくもないキッス。

『気をつけよう、バインド急に止まらない』。あたしの頭に、交通標語のようなものが浮かぶ。

‥‥‥‥‥‥‥‥復‥‥‥活‥‥くそぉ‥。

 ‥‥駄目だ。
 やはり、ターラはあたしには、まだ無理のようだ。

 テラに戻ろう。

 自分自身の未熟さが、情けなかった。

 トボトボと歩いて、マエル前へ向かった。

「ゲートを開くかね?」
 マエルじいが、決まりきった事を聞く。

「他に何か、出来る事でも、あるんですか?」
 あたしは八つ当たりで、いやみを言ったが、もちろんマエルじいは、マニュアルに対応してない事など言い返したりはしなかった。

 テラに戻った。
 仕方ない。
 もう少し、地道にやろう。
 あたしは気力を奮い立たせた。

 よーしっ!じゃあ景気づけにモーちゃんでも狩るかぁ。

 あたしが、門を出ると、なんと、門からすぐの所にデス・モートゥースがいた。

 きゃー♪うれしい。モーちゃんたら、あたしを待っててくれたのね♪
 内心、ほくそえみながら、バインド。

 ああーっ! また!

 モーちゃんは、バインドをかいくぐって眼前に迫った。
 あわてて、距離を取ろうとしたが、おそかった。

 左右の斧の2撃で、あたしは壊れた人形のように吹っ飛んだ。
 今度は、砂漠の砂を口一杯に、頬張ることになった。

‥‥‥‥‥‥復‥‥‥‥‥活‥‥‥‥‥ハァ‥‥。

 モーにまで、負けてしまった。
 あたしは、生まれて初めて、意気消沈していた。

 モーやアンテなど、ボス級のモンスを相手にする場合、わざと雑魚のモンスを間に挟んで、ボスモンスに対する壁にする、という戦法もあるのだが、当時のバインド初心者のあたしは、そんな事も考えつかなかった。

 あたしは、道具箱を見た。ターラで買ったヒルポのL瓶1セット、マナポのM瓶2セット。
 殆ど無くなっていた。
 狩ったのは、モンス数匹。

 ひどい赤字だった。

 何もかも、嫌になった。
 あたしは、足を引きずるように、家に向かった。

 家の前まで来ると、玄関横に誰か立っていた。見覚えがある‥‥。あ、クレイグさん?
クレイグ

 クレイグさんは、そわそわと落ち着かない風情で、誰かを待っているらしかった。あたしは声をかけた。
「こんにちは。クレイグさん。‥‥誰か待ってるんですか?」

「ああ、うふふ‥、アンちゃんを、い、いやアンサンブルさんをね、うふふ‥待ってるんだよ。」
 クレイグさんは、俯きながら、ボソボソと喋った。

 げげっ、おねぇちゃん。クレイグとデートぉ? おねぇちゃん‥‥趣味悪ぅ。

 あたしが、家に入ると3人とも食堂にいた。

「あれ? おかえり。今日は、随分早いな。」
 河伯兄ぃは、(本番では必ず失敗する)ヒールキャンセルの練習をしながら声を掛けてきた。

 プラ兄ぃは、防具と武器の手入れをしながら、無言で軽く会釈した。

「タコちゃん、おかえりー♪」
 おねぇちゃんは、足の爪のお手入れをしている。これは‥‥本当にデートらしい。

 あたしは、ある決心を固めた。
 食堂の中央まで歩いて、皆を見渡して、高らかに宣言をした。

「えー、突然ですが報告です。あたしは今日限りで、狩りをやめて、引退しまーっす!」

 河伯兄ぃのヒールキャンセルが、ガタガタと、単なるライフの連発に変わった。 

 あは♪ やっぱり、失敗したか‥‥‥。

                   続いちゃうぞ。‥‥‥一応。


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