第4話



            第4話 夢でもし逢えたら

 反応は三者三様だった。

 プラ兄ぃは、困ったような表情を浮かべ、剣(セルキス)の手入れを黙々を続けている。

「ふ~ん‥‥ま、いいけど♪ あたしは、今から出掛けるからさ。帰ったら、愚痴くらい聞いてやるよ。じゃね~♪」
 と、おねぇちゃんは、さっさとデートに出掛けていった。

 一人、どうしていいのか右往左往してるのが、河伯兄ぃだ。

「オクトパシー‥‥どうしたんだ? いったい、何があった?」
 あたしが、自分の部屋に向かうのを見て、河伯兄ぃがオロオロしながら、後ろを付いて来た。

「ついて来ないで。これから着替えて、すぐに寝るんだから。」
 あたしは静かに、しかし明確な拒絶を込めて云った。

「そ、そうか、お前も疲れただろうからな‥‥」
 喋り続ける河伯兄ぃの顔の前で、あたしは自分の部屋のドアをバタンと閉めた。

 シルバーの防具を床の上に乱雑に脱ぎ散らかし、埃っぽい臭いのする肌着のまま、ベッドに倒れこんだ。

 あ、着替えないと‥‥
 しかし、もう、立ち上がる気力がなかった。

 ま、いっか‥‥。
 あたしは、チャクラの黒い沼の底に沈み込むように眠りに落ちた。


 気が付くと、あたしは草原に立っていた。クロノス城の近くみたいだけど、お馴染みのクルークやオボロなどのモンスは一匹も見当たらない。

 あ?これって、一旦家に帰らないと直らない、あの『蜃気楼現象』かな?

 あれ?その前に‥‥あたしって、いつの間に狩りに出て来たんだろう?
 そう思って、あたりを見回していると、彼方から2つの人影が、こちらに近づいて来るのが見えた。

 他の人がいるって事は、いつもの蜃気楼現象とは違うよね?

 そう思っている間に、二人はどんどん近づいて来る。

 一人は、プロスタを持ったマジ。
 もう一人は両手剣を肩に担いだバルだ。

 2人ともレベルは10~14くらいのようだ。

 二人はまっすぐ、あたしのほうを目指して、歩いて来くると、目の前で立ち止まった。

「こんにちは。初めまして。」
 柔和な笑顔を見せてマジさんが話しかけてきた。

「おっす」
 こちらはニコリともせずに、両手バルさん。

幻とキルビル

「あ、こんにちはぁ。」
 あたしも挨拶を返した。少しの沈黙。

「‥‥あの、えーっと、ちょっとお聞きしたいんですが、ここって何なんでしょうか? いつもの蜃気楼現象だったら、モンスだけじゃなくて、他の人間の姿も見えなくなるはずだから、違うようですし‥‥。」

 相変らず、3人以外には動くものの気配すらないフィールドを見渡して、あたしは尋ねた。

「ここはですねぇ。‥‥『今はもう、いない者たちの世界』とでもいいましょうか。」
「『あの世』だよ。平たく云やぁ。」
 2人の声が重なる。

「あの世?‥‥」
 頭の中で、共有記憶が働きはじめた。

 あたしと、この二人は、たしかに面識はないけど‥‥。

 あ!‥‥レベル10代のプロスタマジと両手剣バル‥‥この組み合わせは‥‥まさか‥‥。

「あの、間違ってたら、ごめんなさい。‥‥幻術師さんと、‥‥キル・ビルさん?」

 あたしが尋ねると、マジさんは何ともいえない微笑を浮かべた。

「名前、思い出してくれて、ありがと。オクトパシーさん。」
幻術師さんが答える。

「あたいに『さん』なんかいらないよ。あたいの、生れかわりのタコちゃん♪」
 キル・ビルが、ニヤリと笑う。

 そうなのだ。この2人は、あたしが生まれる前、我が家の末っ子だったのだ。

 正確にいうと、幻術師さんが消えてキル・ビルが生まれ、キル・ビルが消えて、あたしが生まれた。

 クロノスの世界は4人家族が定員だから、2人はもう『この世』にはいない。

 あたしの胸の内に、懐かしいような、切ないような、甘酸っぱい感覚が広がっていた。

「なんで‥‥、どうして2人はここに出て来きたの?」

「あんたが呼んだんだろ?」
 キル・ビルが、かったるそうに言った。

「あたしが?」

「何か、悩み事があるんじゃないですか?」
 幻術師さん=幻さんが、やさしく尋ねる。この人、まるで菩薩のような表情をするなぁ。

 二人にそういわれて、あたしは憂鬱な気分だったことを思い出した。

「えっと‥‥実は、もう引退しちゃおうかな?って思って‥‥」

「すればいいじゃん!スパッっと! アハハハッ、4thって、根気のない奴ばっかだねぇ。」
 キル・ビルが肩に担いでいた両手剣を、面白そうにヒュン、と一閃させた。

「オクト‥‥タコさんは、どうしたいんですか?」
 幻さんは、ちょうどいい岩を見つけて、そこに腰を掛けながら尋ねた。

「続けたい。」
 あれ? 自分でも思いがけない台詞が口から出た。

「じゃあ、続けりゃいいじゃん。頑張んなー♪ はい、決り!じゃ、これで解散ね。」

「でもね、でもね」
とっとと、立ち去ろうとするキル・ビルに、あたしは追いすがるように言葉を続けた。

「あたしって、金食い虫なの。それで、兄さん達の期待、期待というか妄想だったけど、にはとても応えられそうにないの。だから、だから‥‥」

「いいじゃないですか。金食い虫で。」
幻さんが、ヨッコラショっという感じで立ち上がった。

「でもぉ、おかげで家が貧乏に‥‥」

「貧乏で死ぬような人は、クロノス世界の中には、いませんよ。だったら貧乏を、楽しめばいいのです。」

「貧乏を楽しむ?」

「そう。」
 幻さんは、不器用にウィンクしてみせた。

「お金がないのを楽しむ。弱いのを楽しむ。成長が出ないことを楽しむ。防御が紙なのを楽しむ。攻撃力が無いのを楽しむ。合成に失敗するのを楽しむ。」

 ノッてきたのか、幻さんはプロスタをクルクルと、バトンのように回転させた。

「そして、金食い虫なのを楽しむ。妹が期待ハズレだったことを楽しむ。」
 フフフ、と幻さんは低く笑った。

「なんでも、いいんですよ。楽しみなさい。あなたは、その為に生まれてきたんですから。」

「うーーん‥‥。」
 あたしは、腕組して首を傾げた。

 なんか、納得したような、しないような‥‥。


「そろそろ、お別れのようです。」

 幻さんの言葉に、あたしはハッとして顔を上げた。

 2人の体が、いや、2人を含めた風景全体が、ぼやけながら、あたしから遠ざかり始めていた。

「ちょっとの間だったけど、楽しかったよー」
 キル・ビルが叫んだが、その声はもう微かにしか聞こえない。

 どんどん、遠ざかっていく二人に、あたしは声を張り上げた。
「ねぇーー! また、会えるのーー?」

 ぼやけた、2つの人影が手を振ったようにも見えたけど、声はもう聞こえなかった。

 あたしも、つぎの瞬間、混沌の渦の中に引き込まれていった。


               続くよぉ‥‥長くて、ごめんね。


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