勝手気ままな一人旅と心のつぶやき

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ファンタジスタはバッジョ 



イタリアの至宝ロベルトバッジョ、私は20世紀最高のファンタジスタは彼だろうと思う。彼を語る上でいくつかのファクターがあると思うので順番に。なお以下は勝手な私の判断ですので悪しからず。

彼を詳しく知りたかったら自伝「天の扉」と「夢の続き」をぜひ読んでください。対談形式でバッジョが語っています。出版社の回し者ではありません


ファンタジスタとは何か?
文字通りファンタジーのようなプレーを見せてくれる人である。言い換えれば一人で局面を帰ることができる選手で、その人の動き次第でチームの出来が左右される選手である。この条件ならいくらでもいるだろうがこれに加え芸術的なプレーができる選手である。この条件が一番重要ですな。

ファンタジスタとはどんなポジション(そんなポジションはないが)
基本的には前にいる選手。DFでファンタジスタというのはあんまり聞いた事がない。オフェンシブMFかFWかその中間に位置する選手。ゲームメーカの10番でもあり、ストライカーの9番でもあり、要は9.5番の様な人。点が取れてゲームをコントロールできる人。

日本で言えば誰ですか???
という質問に対する答えは、「残念ながらいません」となってしまう。中田はどうなの?中村は?小野は?うーん誰もこのタイプではないですね。中田抜きでもアジアカップは勝ってしまったし、最近の状態からはとてもとても。中村も所属チームの状態を見るからにはファンタジスタとは言いがたい。小野が一番近いかもしれないがポジションはボランチ。ちょっと違うかな。中村のフリーキックなんか芸術的じゃないか、という声も上がりそうですが、それは単なるFKがうまい選手ではなかろうか。中村はセリエAデビュー当初東洋のバッジョなんてイタリアでは報道されていたが、今ではそんな風はどこへ行ってしまったの?

バッジョといえば怪我
バッジョといえばそもそも怪我を切り離して語ることはできない。デビューはヴィチェンツァだがフィオレンティーナ移籍後すぐに右足に大きな怪我をしてしまう。思えばこれが怪我の始まりだったのだろう。彼はひざに大きな爆弾を背負ってサッカー選手としてのキャリアを過ごすことになった。細かい怪我については書かない、けれどあの足を持ちながらファンタンジスタであり続けた彼の精神に脱帽

実は仏教徒
バッジョは仏教徒である。創価学会に所属していて毎日お題目を唱えることを日課としているようである。彼は大怪我の中で学会に出会い傾倒していった。宗教については良くわからないし趣旨とは関係ないので、一切触れることはないが、彼が怪我を克服し押しつぶされそうな重圧の中で戦ってきた上で宗教が大きな助けとなったことは間違いないだろう。

監督との相性
バッジョは大きな舞台では常に監督との相性に恵まれていなかったといえよう。アズーリ・ビッグクラブ彼は人気を集めすぎていたがゆえに監督との相性に恵まれず出場機会をコンスタントに得ることができない場面が多くあった。しかし彼はようやく最後のクラブ、ブレシアでマッツォーネという監督に出会うことができた。

アイルトンの手
バッジョを語る上で絶対に外す事ができないエピソード、それはアメリカワールドカップ決勝戦のPKである。彼は後がない状態でキッカーとして登場し上に大きく外してしまう。この時敗戦の責任が彼に背負わされたが忘れてはいけないのは彼の前に2人も外していたという事実である。決して彼一人が責任を負う出来事ではなかった。なぜアイルトンの手か。この1994年はF1のブラジル人天才ドライバーアイルトンセナが事故で死亡した年であった。ブラジル人はアイルトンの手がバッジョのボールを引き寄せたと解釈したわけである。

他にどんな選手がファンタジスタ
私が考えるに現役選手ではジダン・ロナウジーニョ等はまさしくファンタジスタだろう。ジダンについてはまさしく観客を魅了する選手である。マルセイユルーレットを見て興奮しないサッカーファンがいたら是非あってみたいものである。ロナウジーニョはバルサでの活躍を見れば何も言うことはないだろう。彼は昨年加入後一人でチームを変えてしまった。


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