Room of hobby

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第1話


 まだ正午になったばかりの時間帯だろうか・・・。
 昼でも薄暗い路地裏。
 そこを走る一人の少女。
 彼女はもうどれだけ走っているんだろう・・・、何度も後ろを振り返り、その度に顔を青ざめていた。
 誰かに追われているんだろうか・・・?
 だが、後ろには誰もいない、あるのは只、静寂と都会の雑音・・・。
「はぁ・・・はぁ・・・助けて・・・・誰か・・・・、あっ!」 
 彼女は石に躓いてその場に倒れた。
「い・・・いやっ! いやぁっ!!」
 彼女は立ち上がらずにその場で小さくなり震えていた。
 と、次の瞬間──彼女はその場から消えてしまった・・・。

   ◇   ◇   ◇

 とある県、とある学校。
 1時間目からずっと目を覚まさない、死んでいるような少年が机にうつ伏せで寝ていた。
 少年の名前は 月影 刹那(つきかげ せつな)、このクラスのムードメイカーだ。
 その寝ている刹那の近くに髪を横で結んだ橙髪の少女が近寄り、頭を一発平手で叩いた。
「おーい、もう学校終わったぞ」
「ん・・・んぁ・・・? おはよー絵梨ぃ・・・」
 刹那は起き上がって眠そうに欠伸をしながら絵梨と呼ばれた少女を見た。
 この少女の名前は 柿崎 絵梨(かきざき えり)、このクラスの委員長をしていて成績優秀、外観はクラスの中でも可愛い方の部類だ。
 だが、性格がきつめなのであんまり告白してる男子を見たことはない。
「おはよーじゃないって~・・・、何時間寝てんの刹那・・・」
「んー・・・何時から寝てたっけ・・・? とりあえず、ねみぃ・・・」
「はぁ・・・? 1時間目から学校終わるまでずっと寝といてまだ眠いの・・・・?」
「うん、眠い」
 絵梨はもう一発刹那の頭を、今度は握り拳を作って叩いた。というより殴った。
「ごふっ・・・ちょ、何!? 何!?」
「これで目が覚めたでしょ? ほら、さっさと帰るわよ」
「おまっ、一応女の子なんだからさ。暴力的なのはよくないと思うんだー、うん」
「何? もっかい殴られたい?」
「・・・すみませんでした」
 絵梨は一息ついて、さっさと廊下へと出て行った。
「暴力的じゃなかったらクラスの女子の中でも可愛い方の部類に入るのにな~・・・」
「ん、何か言った?」
 絵梨は教室のドアからひょこっと顔を出して、刹那を見た。
「いえ、何も・・・」
「そう、それならさっさと帰り支度して来なさい。じゃないと先に帰るわよ」
「了解しました、委員長様。すぐに向かいま~す」
 絵梨はまだ言い足りなさそうだったが言ってたらきりが無いと分かったのか、そのまま昇降口の方へと歩いていった。
「じ、地獄耳・・・」
 刹那は急いで帰り支度をして絵梨の後を追った。
 絵梨は昇降口で待っていたらしく、刹那の姿を確認するとさっさと歩いていった。
「ちょ、待てよ~!」
 刹那は靴を急いで履き替えて絵梨の後を追った。
「遅い。こっちは暇じゃないんだけど」
「えー、そんな事言って昇降口で待っててくれたくせにー」
 刹那は顔を剥れさせてからかう様に言った。
「五月蝿い。そのアホみたいな顔に綺麗な紅葉咲かせてやろうか?」
「ちょ、やめれ! この俺様の超美形顔が台無しになるじゃないか!」
「真っ赤な紅葉つければもっと綺麗になるんじゃない?」
 そう言って絵梨は手を平手にして肩の上まで手を上げた。
「ちょ、ごめ! 軽いジョークだって! だからその手を下ろしてください!」
「ふっ、私のも冗談よ。そんな無意味に私が暴力振ると思って?」
 絵梨は微笑し、腕を組んで後ろ歩きに歩き出した。
「うん、思う」
「ほんとにつけてやろうか?」
 少女は不機嫌そうに苦笑いしてまた前を向いて歩き出した。
「あ、そだ刹那。人が突然消える事件の事知ってる?」
「あぁ、あれだろ? あの、何だっけ。一人で歩いてたら姿の見えない何かに襲われるって事件だろ?」
「そ。それ。男女問わず襲われてるらしいから刹那も気をつけるんだよ?」
「へいへい、分かってますって。ってか、普通男の俺が女のお前を心配するもんじゃないか? これって」
「私は平気よ、自慢の腕っ節でその変質者をぶっつぶしてやるんだから」
「いやいやいや、変質者って姿が見えない奴なんだろ? いくらお前が強くても・・・」
「あなたに心配されなくても気をつけますよーだ」
「あー、そうだな、お前はそういう奴だった。お前の場合襲われるってか襲うだもんな」
「刹那、私の事なんだと思ってるの」
「ん~、怖くて乱暴な委員長?」
 絵梨は刹那の腹部の上の鳩尾目掛けて正拳突きを放った。
「ごふっ・・・ちょ、絵梨・・・痛いってここに正拳突きは・・・」
「五月蝿い。どうせ怖くて乱暴な委員長だもーんだ」
 絵梨は苦しんでいる刹那を置いてさっさと行ってしまった。
「じゃあ、私こっちだから、またね刹那~」
 絵梨は苦しむ刹那を見て満足そうに手を振って横道に反れた。
「まったく・・・、何であんなに乱暴なんだ・・・委員長の癖に・・・」
 刹那はぶつぶつと絵梨の愚痴を言いながら鳩尾を押さえつつ歩き出した。

   ◇   ◇   ◇

 刹那は家に帰り着くと服を手早く着替え、毎日の日課のランニングをするためにランニングウェアに着替え、外へ出た。
 空はすっかり赤く染まり、心地よい秋風が頬を撫でた。
「んー、すっかり秋だな・・・秋と言えば焼き芋が美味しいんだよな~・・・あぁ、食いてぇ!」
 刹那は夕方の空腹感を抑えつつ軽快に道を走り出した。
 道なりに続く路地を走っていると、曲がり角から髪を肩まで伸ばした黒髪の女性が慌てて走ってきた
(おっ・・・可愛い・・・)
 刹那がその女性に見とれていると、女性は刹那の方を見て走り寄ってきた。
「あれ・・・、もしや俺に一目惚れ・・・? いやぁ、モテる男はつらいね~・・・」
 刹那は顔を緩ませ嬉しそうにその近寄ってくる女性を見ていた・・・が、どうも刹那に好意があって寄ってきたわけでは無いみたいだった。
 女性は息を弾ませながら後ろを何度も振り返り青ざめた顔だったからだ。
「あの・・・どうかしましたか?」
 刹那が拍子抜けした声で女性に尋ねた。
「はぁ・・・はぁ・・・助けてください!」
「え・・・?」
 その女性がとんでもないことを口にしたので刹那はますます訳が分からなくなって唖然としていた。
「ですから・・・はぁ・・・はぁ・・、助けてください!」
「あの、どうしたんですか・・・?」
「化け物に追われているんです! はぁ・・・はぁ・・・お願いです、助けてください!」
「えと、あの、落ち着いてください、後ろに誰もいませんよ・・・?」
「えっ・・・?」
 女性はもう一度後ろを振り返って自分を追っていた化け物がいないのを確認した。
「いない・・・、た、助かった・・・?」
 女性は腰が抜けてしまってその場に座り込んでしまった。
「あの・・・大丈夫ですか?」
 刹那がその座り込んだ少女に手を差し伸べた。
「ぁ、はい・・・おかげさまで助かりまし・・・きゃぁっ!!!」
「え、あの・・・どうかしました・・・?」
「やめて! こないで! いやっ、いやぁ──ッ!!!!」
 女性は座り込んだまま後ろに後ずさり刹那に背を向け小さくなって震え出した。
「後ろに・・・何かいるのか・・・?」
 刹那が恐る恐る後ろを振り返ると、そこには何もいなかった。
「何もいない・・・・あの、何もいませんけど・・・、ってあれ・・・?」
 その場にしゃがみ込んでいたはずの女性はいつの間にか消えてしまっていた。
「走っていっちゃったのかな・・・? それにしても、どうしたんだろ・・・あの人・・・」
 刹那はその場に立ち尽くし顎に手を当て考えるポーズを取った。

   ◇   ◇   ◇

「ただいまー」
 刹那はあの後その場で考えていても仕方ないと思い、急いでいつものコースを走り家に帰ってきていた。
「おかえりなさーい、あら? 刹那、今日は遅かったのね~」
「ん、まあね~」
「どこかで道草でもしてたのかな~? まぁ、いいわ。それより刹那、家に帰ってきたらちゃんとうがいと手洗いしなさいっていつも言ってるでしょ~?」
「あぁ、わかってるって。着替えたらしてくるよ」
 そう言うと刹那は自分の部屋へ行き私服に着替え直しキッチンへと入っていった。
 キッチンへ行くと母は鍋を煮込んでいて、妹の桃花はソファーに横たわりTVを見ていた。
「母さん、今日の晩飯は何~?」
「カレーよ~。刹那も好きでしょ?」
 母はにやーっと笑い皿を出してご飯を盛りだした。
「嫌いだって分かってる癖に・・・」
「でも、カレー食べないと今日の晩飯は無しよ~?」
「はいはい、食べればいいんだろ。食べればー・・・」
「それでいいのよ。さっ、食べましょ、刹那~お父さん呼んできて」
「へいへい・・・ったく何でいっつも俺ばっかり・・・」
 刹那はまた愚痴を漏らしながら父の部屋へと向かった。
 父の部屋に入ると父はPCの画面を見ながら何か入力していた。
「父さん、飯~。今日もカレーだってさ」
「ふむ、そうか。じゃあ後で行くから先行ってろ」
「うぃうぃ~」
 父は刹那が出て行ったのを確認すると、再びPCの画面に目を向けた。
「さて、さっさと仕事終わらせないとな・・・、はぁ・・・めんどくせ・・・」
 刹那がキッチンに戻ると妹の桃花もテレビを見るのをやめてテーブルの上に並べられたカレーに手を付けていた。
「ぁ、お兄ちゃんおかえり~、ねぇお兄ちゃん、何でカレー美味しいのに嫌いなの~?」
 桃花は美味しそうにカレーを頬張りながら刹那の顔を覗き見て、聞いた
「だって・・・、母さんの作るカレー美味しくないし。何というか、飽きた」
「ん~、美味しくないかな~? 桃花は美味しいと思うけどな~? お母さん、おかわりー!」
「はいはい、じゃあお兄ちゃんはお母さんの作るカレー美味しくないみたいだからお兄ちゃんのカレー食べていいわよ~」
 母は笑いながら刹那の皿を桃花の前に置いた。
「あっ、ちょ! 母さん! 俺の晩飯!」
 刹那は慌てて桃花から皿を取り上げてスプーンを突き刺した。
「おっ、美味そうな香りだな~、流石母さんの作ったカレー、天下一品だね~」
 父が仕事を終えて、食卓へと入ってきた。
「あなたったら~、天下一品だなんて♪ もう、お母さん嬉しいわ~お父さんがそういってくれると♪」
「ちょ、父さんやめれ! また明日もカレーになっちゃうだろ!」
「ん~、俺は母さんの作るカレー好きだから明日もカレーでいいけどな~?」
「ちょ、親父! ほんとに明日もカレーになるから! しかも毎日カレーだと栄養偏るし!」
「はっはっは、確かにカレーばっかりだと栄養偏りそうだな~」
 父は笑いながらカレーを口にしだした。
「あらあら、お父さん、具を変えればいくらでも栄養バランスはとれるのよ~?」
「確かにそうだ、はっはっは!」
 やがて、家族全員がカレーを食べ終わり、刹那はまた部屋に戻った。
「それにしても・・・、今日の夕方のあれはなんだったんだ・・・?」
 刹那は夕方に突然消えてしまった黒髪の女性の事を思い出していた。
「あっ・・・! もしやあれが例の突然消失事件か! まさかこんな近所であるなんて・・・」
 刹那は起き上がって、今更のように突然人が消えてしまうことへの恐ろしさを思い出し、布団に潜り込んだ。
「明日・・・絵梨に相談してみよ・・・、きっと何か・・・いい案を・・・だして・・・くれ・・・る・・・」
 刹那は疲れきっていたのでそのまま寝ることにした。

   ◇   ◇   ◇

 翌日、刹那は学校の帰り道、絵梨に昨日あったことを話した。
「ふ~ん、そんなことが・・・、でもよかったわね~あんた何もなくって」
「あぁ、ほんとに・・・、でもあの女性どこに消えてしまったんだろ・・・?」
「さぁー・・・、まぁ、用心することね」
「だな」
「じゃ、私ここまでだから、また明日ね~」
 絵梨は手を振り路地へと向かった。
「あっ、ちょっと待てよ! 一人で帰ると危ないから最後まで送るよ!」
 そう言って刹那は絵梨の後を追って路地に入った。
「あれ・・・絵梨がいない・・・?」
 曲がり角を曲がってすぐ追ったはずなのにそこには絵梨の姿が無かった。
「まさか!!」
 刹那は絵梨の家に行ったことがあったのでいつも絵梨が通るであろう通学路を走り出した。
「絵梨! どこだ! 返事をしてくれ!」
 息が切れるのも放っておいて絵梨の家へ一直線に、只真っ直ぐ走った。
 しかし、絵梨の姿を発見できないまま刹那は絵梨の家についてしまった。
「絵梨・・・、家にいてくれよ・・・!」
 刹那は呼び鈴を鳴らし、返事が返ってくるのを待っていた・・・が、誰も家から出てはこなかった。
「絵梨・・・、どこに行ったんだ・・・?」
 もう一度探してみようと思い元来た道を戻り、絵梨を探し続けた。
 だが、空が真っ赤に染まっているのに絵梨を見つけることはできなかった。
「くそっ! ・・・俺が、俺がもっと早く絵梨を追っていれば!」
 刹那は首を項垂れながら帰路を歩き出した。
 と、その時──
「きゃぁーッ!!」
「!?」
 女性の悲鳴声が聞こえ、刹那は急いでその声がした方へ向かった。
「絵梨!!!」
 その声がしたところへたどり着いた時、やはりその声の当人もその場に小さくなり震えていた。
 しかし、その震えている少女は絵梨ではなかった。
「絵梨じゃない・・・? だけど、助けないと! あの子を!」
 刹那は無我夢中でその少女の下へ走った。
「邪魔よ、伏せなさい」
「え・・・?」
 刹那は後ろから女性の声がしたのが聞こえ、風圧を受け、その場に扱けた。
「ぎゃあああぁぁぁああああっ!!!!!」
 すると、何も無い空間から何かの断末魔が聞こえた。
「ぁ、え・・・?」
 刹那は何が起きたか分からないまま、目の前に降り立った橙髪の少女を見た。
「え・・・絵梨・・・?」
「あら、刹那じゃない。こんなところで何してるの?」
「いやいやいや、俺の台詞だそれは! こんなところで何してる!」
 刹那は目の前に突然現れた、消えてしまったはずの絵梨が立っていて、尚且つ片手には日本刀を持っていて驚いていた。
「ん~、何って・・・バイト」
「バイ・・・はぁ・・・?」
「で、私は答えたわよ? あなたは何をしているの?」
「何って、そりゃ・・・今、目の前で襲われそうになってた女性を救おうと・・・」
「ふ~ん、姿も見えない相手に対して何をするつもりだったのかしら。まさか盾になろうと・・・?」
「・・・・・・そ、そんなことより! 何してたんだよ! 突然いなくなって心配したんだぞ! 家に行ってもいねぇし!」
「何って・・・だからバイトだって」
「だーかーら! 何のバイトだ!」
「幽霊退治」
「・・・はぁ~?」
「さっきからはぁはぁ五月蝿い。いちいち聞かないで。答えるのがめんどくさい。しかも何? その態度。ぶん殴られたいの?」
 絵梨はいつの間にか持っていた日本刀をしまいこみ、握り拳を作っていた。
「お前・・・どれだけ心配したと思ってるんだ・・・!」
「私は言ったはずよ。心配される筋合いはないって」
 絵梨は腕を組み、微笑んだ。
「まぁ、何事もなくって安心した・・・、で、あの姿の見えないのが幽霊だって?」
「私には姿見えるけどね」
「・・・・・・ちょ、待て。何で俺には見えなくておまえには見える。」
「あぁ、それは。霊力あるから、私」
「霊力・・・何というか、アニメか。アニメの世界かここは」
「現実よ。実際あなたも見たんでしょ? 人が突然消えるのを」
「って、そうだ・・・何で昨日は助けなかったんだよ! あの人を!」
「昨日は・・・、別の管轄だったのよ」
「別の管轄~? ふざけるな! 人一人死んでるんだぞ!」
「私に言わないで。それなら刹那。あなた一人で二匹の化け物相手にできると思う?」
「それは・・・」
「無理でしょ? だから私に言わないでちょうだい」
「・・・・・・・」
 刹那は下を向き黙ってしまった。
「あら、もうこんなに時間経ってる・・・、このバイト時間も厳しいのよね・・・。それじゃ、また明日学校でね」
 刹那は黙ったまま、かきを送り出した。

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