全12件 (12件中 1-12件目)
1
定額給付金の支給に疑問を抱いたが、給付金の支給が開始されたいまでは使途を考える必要がある。消費拡大による地域経済への波及を目的としてプレミアム付き商品券が発行された。低金利の時代に10%のプレミアムは大きい。また、店舗によっては商品券利用でポイントの特典がつく。私の街では4、5月に3回の発効日が設定されていた。プレミアム部分を含めて10億円を超す地域振興券が完売された。アーケードのある商店街での発売枚数が多く、発売時刻前にかなりの列ができていた。係員がいて人数を制限していた。どの販売所に行っても商品券を購入できなかった。購入意識のある人が3回とも買えなかったのは問題がある。一人で多額の商品券を購入できたことに疑問を持つ。誰にでも購入できる工夫が必要だった。早めに並んだ人だけが購入できるのは施策の目的に反する。施策は景気後退下での生活支援を行い、地域の経済対策に資するものとなっている。多くの人が引き出しをせず貯蓄の現状を考えると、第2弾の地域振興券を発行しさらなる地域経済の波及を求めてよい。景気刺激の対策は今後も必要だ。消費を喚起することも無く、税金の無駄遣いにならないためにも。
2009年07月04日
年齢を重ねると健康管理が大きな関心事になる。散歩はお金もかからず、手軽に安心してできる軽運動である。街中を歩くのが私の散歩コースである。昔ながらの路地は歩くたびに新しい発見をさせてくれる。昔の佇まいや匂いは子供時代の郷愁を誘う。自然を満喫するため空や草花や樹木などを眺めながら散策する。ただ気持ち良く歩くのに気になることがでてきた。それは歩道の舗装状況が悪いことだ。足下を見て安全なことを確認して歩くのは難儀である。段差のある歩道があるときは車を気にせず安心して歩けるが、歩道がなく車道に白線を引いてある所は車に気をつけて歩かなければならない。車道は立派でも歩道の問題点が目につく。歩道の側溝の蓋にひずみがあり怖々と足を乗せる。凸凹のある歩道を年寄りが買物用のカートを引くには負担が大きい。雑草が生茂り歩道が狭くなっている。また、歩道の真ん中に堂々と電柱や交通標識が立っているなど。 高齢者にとって安心して歩道を歩けることが健康増進につながる。汗をかいた後は爽やかな気分でストレスまで解消する。特定検診も大事だが、歩くことがまさしく健康への第一歩だ。故郷の風情を愛でる人への優しい街づくりを望む。
2009年06月14日
冬場でも薄着で素足の生活をしてきた。だが年齢と共に足先が氷のように冷たくなる。布団の中で足が温まるまで寝つけない。対策としてアンカを利用している。子供の頃アンカはアルミ製の湯たんぽだった。火鉢の五徳のやかんから熱湯を入れ、コルク栓で蓋を締め布袋に入れた。炭で暖を取っていた時代で、皆貧しく、軋んだ障子から隙間風が吹きさらす中で寝ていた。綿は湿気を含み布団は煎餅だが、アンカは寒さを凌ぐ貴重な温であった。また、豆炭を十能に入れ火鉢の炭で火を点け、中が石綿で包まれているアンカに豆炭を入れた。豆炭の方が湯たんぽより長持ちして温かかった。 昨今カラフルでかわいいアンカやレンジで温める種類もある。私はホット用のペットボトルを用いている。入浴前浴槽に湯を貯める時、ペットボトルにも熱湯を注ぎ、厚手の布袋に入れる。湯の温度が低いときはそのまま布袋に入れずにペットボトルを布団の中に入れる。それは十分に足を温め、安らかな眠りに私をいざなう。今後体の老化現象や血流の悪化はさらにこのアンカの利用を高めることになりそうだ。
2009年02月11日
正覚寺電停から田上へ向かう川沿いに長年朽ちかけた古家が放置されていた。その一部が取り壊され、川が見えるようになった。散歩する時危険な気がして怖い思いをしていた。川の上に建てられていたので水害も心配であった。景観の観点からも廃屋がふさわしくないのは当然だ。 街中の廃屋も同じことが言える。飲食街を歩くと、不況の煽りで空き屋や貸店舗の看板がよく目につく。中にはかなり前から放置されて傾いたままの店舗や、そして鉄骨のみの建物が寂しく残っている。明らかに老朽化が進み傾いている家屋などは危険である。夜は怖くて近辺を通れない。放置家屋に対して何らかの指導が必要な気がする。数十年も経っているのに放置されたままだ。「さるく」で観光客が廃屋のある界隈を歩くのは市民として恥ずかしい。廃屋の所有者に事情があり建物を数十年も放置していると思うが、その近辺に当時のままの看板やゴミが散乱しているのを見ると責任を問いたくなる。火災や防災の見地からも更地がよい。誰もが抱く感情である。廃屋の近隣に住民の悲嘆はいかばかりか。地域の方のボランティアにも限界がある。何らかの対策が必要である。
2009年01月04日
年の瀬の風物詩として、新春を迎える大しめ縄作りが諏訪神社でありました。新しいわらを丹念に組み、長さ約8m、直径約40cmの2本の大縄をひとつにない合わせます。大門に張られた大しめ縄は壮観でした。 子供の頃、私は空っ風の中を走って凧を揚げ、独楽をまわしました。また、五徳(温・良・検・恭・譲)の上に火箸を横に置き、餅が落ちないように焼き砂糖醤油で食べました。また、どこの家にもカルメラ焼き用の小さな銅鍋があり、ふっくらと膨れるあの感触は忘れられません。火鉢の炭火が柔らかく、燃える温かさは人の心を安らかせ憩いを与えてくれました。こんな風情は大昔となってしまいました。正月らしさとは何を指すのでしょう。 昨年私は実家の火鉢を骨董屋に引き取ってもらい、なおさら寂しい気持ちになりました。 「なんとなく今年は良きことある如し元日の朝晴れて風なし」と石川啄木は詠いました。今年こそはの幸せを願う心ばかりが唯一残された「正月らしさ」かも知れません。そこで私も一首、「幼き日小さなでん部を暖めし、かつての火鉢も懐かしきかな」
2008年02月16日
車道から電停のプラットフオームに駆け込む老人を見かけた。「危ない!」 私は電車をよく利用する。中川・新大工・馬町電停では歩道橋か地下道の階段を登らなければならない。私は足腰を痛め階段を登るのが苦痛となった。またこれらの電停を避けて、横断歩道のある蛍茶屋や公会堂まで歩くには遠すぎる。 高齢化社会を迎える私達にとって歩道橋の存在は悪としか思えない。未来の社会は車中心でなく「人」を中心としたものでなければならない。そして子供の頃に横断歩道を正しく渡る習慣をつけさせる必要がある。交通ルールを小さいときに学ばせることが大人になり交通遵守のマナーにつながる。 中央橋の歩道橋が一部撤去された。昔県庁坂が見通しのよい時代があった。中央橋界隈の未来図は歩道橋を撤去させ、信号を工夫した横断歩道作りはどうだろうか。皆さんがバリアフリーの街路を楽しく散歩できればよいと思う。やさしい街並みは心を癒してくれる。 歩道橋はモータリゼイション時代の遺物であり、身体障害の方や年寄りが利用するには負担が大きい。
2007年12月19日
朝日新聞の「声」の欄に載った記事を紹介します。「あっ、つばめ」 一瞬すばやい動きが窓の外で起こる。母の目がしきりに何かを追いかける。それは病院の軒下に巣を作り、せっせと餌をくわえて雛鳥のいる巣へ飛ぶツバメである。各階の外側通路の軒下に泥藁の巣がある。巣の中で数羽の雛が小さな嘴を大きく開け、親鳥の帰りを待っている。窓を開けると雛鳥のさえずりが聞こえ愛らしい。つばめの動きに「あっ・・・」とかすかな声を出すことがある。母は麻痺のため言葉が出なくなった。今では顔と目の表情で意思疎通を図る。一言であろうと声は出るのだ。雛鳥は三角の嘴を大きく開けて餌を欲しがる。その雛鳥も巣立ちをして飛び立った。朝には親鳥と一緒に各部屋を訪問してくる。夕には一斉に塒へ帰る。私は食事の世話をする心に変化を感じる。母を思う気持ちは当然のことだが、反面愛おしさで子を思いやる心境になる。ツバメの親鳥のように母の口にスプーンを運ぶ。母は微笑んで口を開けてくれる。この触れあいは私達に与えられたかけがえのない時間の気がする。私達は一生懸命に生きていく必要がある。歳を重ねる毎に、親子に素晴らしい贈り物を与えてくれるはずだ。不思議と母も今私と同じ思いにかられている気がした。
2006年02月23日
離島から転勤のため長崎に住むことになった。その年の5月頃、広報誌に仔犬をあげる記事が載っていた。借家では飼ってはいけないのだが、大家に内緒で飼うことになった。生後1,2ヶ月のまるまるした仔犬である。白と黒のふさふさしたかわいい、ぬいぐるみみたいな犬である。犬小屋もないため、ダンボールを利用した玄関に寝かせたが、いつのまにか私の布団へ潜り込んで寝ていたものだ。朝には早く顔をなめられて目を覚まされた。まず家族を起こして廻るのが日課であった。また、元気があるので、よく隣家の植え込みを荒らしてよく怒られたものだ。その後15年が経過して、平成17年5月2日3時頃、学校へくろが亡くなったと電話がかかり、急遽家に帰ってみると、いつもの犬小屋で静かに横になっていた。ダンボールへ入れて、翌日市役所から引き取りに来てもらうことになっていたので、1昼夜は“くろ”との名残を惜しむことになった。この数週間は食も細くなり、身体もがりがりでいまにも倒れそうな状態であった。足も弱り、かろうじて犬小屋から出て太陽を浴びるのを見ると痛々しさを感じた。犬でも高齢化が進んでいて色々な介護補助器具があることを聞く。あの元気な仔犬から15年も経過したのかと目を疑いたくなる。なんとか助けてあげたくても言葉はわからない。老衰を待つのみであった。好物のりんごすら見向きもせず、完全に食べなくなってしまった。歩くのすら満足にできずどうしようもできなかった。 つづく
2006年02月15日
年長の子が友人と学校でクリスマスの話で盛り上がる。「お父さん達も苦労するね。」と話をする中で、「えっ。サンタさんってお父さんなの?」と同級生に聞き返す。「違うよ。本当にサンタさんはいるのよ。」とむきになる。夕食時「サンタさんはお父さんだったの?」と私に尋ねる。「そうね。本当かどうか確かめてみたら。」と私は言い逃れる。その日は弟達もまきこみ長期戦の構えである。夜も更け、隣の部屋ではまだ子供達の声が聞こえる。これは困った。子供達が私達の部屋を覗きこみ、「お父さん達は寝てるよ。」と言い合っている。やがて子供達の声は聞こえなくなり静かになる。私は無事にプレゼントを枕もとに置けた。 次の朝、末の子は「へえ、サンタさんが来たのだ。」と歓声をあげた。年長の子は私の耳元に「お父さんありがとう。」とさりげなくつぶやいた。いつかは分かることだがさみしい気がする。サンタさんの夢は終わったが、幼い子供達の心にクリスマスの灯りのようにあかあかと灯してくれた。「サンタさんはお父さんなの?」は甘美なメロディとして今も私に残る。
2006年02月15日
観葉植物に最適! 味はとろ!今年の1月頃から健康食として食べはじめたavocadoの大きな種をプランターへ植えてみた。恐らく枯れて育たないと思っていた。ところがこの夏の異常な暑さが原産地と錯覚させたのだろう。なんと大半の大きな種から芽がはじけ、ぐんぐんと伸び、見る間に大きくなった。食べては種を数回植えたことすら念頭にない。初夏に「えっ。種がはじけている!」その驚きはいうまでもない。じっと耐え、絶妙に芽を出す頃合いを知るのは自然の叡智ともいえる。空気や水、土が与える環境の大きさがうかがえる。私達の心を安らげてくれる空間がなくなりつつある昨今、ほんのささやかな喜びを演出することも大事ではないだろうか。猫の額ほどの庭さえあればできることだと思う。朝夕の水やりはすがすがしい気持ちにしてくれる。通りすがりの方が「いろんな木が大きくなっていますね。」と声をかけてくれ、「えっ!アボカドの木ですか。うそでしょう。成るはずないじゃないですか。」と目を白黒してのぞきこんでくれる。朝夕のはずんだ会話は楽しさを増し、1日の心の癒しとなってくれる。年寄りの方から栽培の助言をもらい、さらに草花へのいとおしさを感じるのは歳をとってきたせいであろう。あぼかどが水を欲しがっているのではないかと思いつつ、家路へつき、まず目をやる愛らしさである。朝夕寒くなり熱帯果樹なので枯れるのが気になる季節となってきた。「蜂はこないから受粉はないだろう。霜にやられなければよいが。」など心配が絶えない。 秋日和のすがすがしい日に庭いじりなどは若い人には敬遠されそうですが、何かそこに生命が育つすばらしさはいいようがありません。小さい頃に無心に泥こん遊びした感覚と同じだと思います。みなさんもひとつ鉢を買って緑を味合ってみたらどうでしょう。心のオアシスで種をそだててみるのもいいものです。あなたもきっとgreen thumbの持ち主になれます。皆さんが何かをやるきっかけになってくれれば幸いです。一つの小さい種から何事も育つものだと思います。 感謝
2006年02月15日
3年前の家内と一緒に写っている家族写真を娘が見て、「お父さんは3年間で一気に年取ったね。爺さんの顔じゃない。顔にはなんでも出るのよ。何か悩みがあるのじゃない。お母さんはますます若返り誰かに恋しているみたい。いきいきしている。」と私をからかう。私は童顔でいつも若いねと言われてきた。「俺も恋の一つ二つはこの歳でもできないことはないぞ。」と反論すると「お母さんが居ないと何にもできないくせに。」と娘にやりこめられる。「おい、お前はどうだ。」と矛先を家内に向ける。「そうね。私の方が恋のチャンスはあるかな。でも私にはあなたしかいないわ。いつまでも長生きして側にいて。」と本心で言っているのかわからず半信半疑で会話は終わる。夕食時に家内が「いまさら他の人と一緒になってもせいぜい十数年だわ。貴方と生活して私達は30年になるのよ。この長い年月はほかの何物よりも勝っているわ。病気しないで一緒に生きていこうね。」と噛みしめるように語った。長い年月の中で辛苦を分かちあいながら子供達の成長を見守ってきたのはお互いの愛のお陰である。私達はこの会話を通してさらに愛の絆を深くした。
2006年01月27日
頭の中がストレスの原因となったものを四六時中考える性質なので、一日中思い悩む。寝ても覚めてもそればかりで、他のことは一切考えない。何かしていても頭の隅にそのことが渦巻いている。食事中もそのことが頭を持ち上げて悩み出し、ついつい食事の量が増してしまう。食べることでストレスを解消する人もいるが、私はそれでは解消にならない。アルコールを飲まないほうなのでそれも役に立たない。普段健康のためによく歩いているので、ストレスがあるときはいつもより遠出して汗を十分に自然を満喫することが一番のストレス解消方である。頭の中は最初はストレスの原因を考えているが、その内体が爽快になり、そして頭の脳も気持ち良く反応して、目は自然と戯れている。どんどん前に向かって歩き、ストレスなど入る余地はなく、よし明日へ向けて頑張ろうという気持ちになり、ある程度のストレスが解消できている。ウオーキングが私のストレスの解消だと思う。
2006年01月24日
全12件 (12件中 1-12件目)
1