お茶かけごはん と ねこまんま

お茶かけごはん と ねこまんま

不思議な扉



 妹が生まれてから、母は忙しくなった。何をするにも赤ちゃん優先。手をつないでもらうことさえままならない。

 そんなある日。妹がぐずって泣くのを母があやしているのを見ているうちに、だんだん悔しくなってきた。そして私もぐずぐずと泣き出した。「だっこして欲しいよー。おててつなぎたいよー。」あーん、あーん、あーん。
 「いい加減にしなさいっ!そんなに訳が分からない子はうちにはいらない!」突然母が怒鳴ったかと思うと、本当に玄関から放り出されてしまった。「ごめんなさい!ごめんなさい!」泣いても喚いても、開けてもらえない。

 お母さんは私が嫌いになってしまった…。惨めな気持ちで、おんおんと泣いて泣いて、泣き疲れてぼんやり空を見ると、鯉のぼりが泳いでいた。

 そうだ。秘密の道!近所のお兄ちゃん達が教えてくれた道。細くて暗い道をずんずん行くと急に明るい広場に出て、その真ん中にあの鯉のぼりが立っているんだ。鯉のぼりの周りをみんなでぐるぐる走った。そしてその広場の奥には、なんとも魅力的な木の扉があるのだ。大きさはまるで子供のためにあるかのよう。ドキドキしながらその扉をくぐると、不思議なことに我が家の前に出るのだった。お兄ちゃんから「絶対、ひみつ」と言われたあの道に、今日は一人で行ってみよう。冒険心で胸が膨らんで、急に元気が出てきた。

 あの細い道を見つけて、ずんずん進んで…。ほらっ、あった!鯉のぼりだ!大きな鯉のぼりが春の風に吹かれて、時折ふわっと浮き上がったかと思うと、しんなりと竿に寄り添う。私は真下から、その様子を無心に見つめた。

 随分そうしていたようだ。すっかり満足して、私はいそいそと“扉”をくぐった。すると本当になんと不思議な扉だろう。母がいた。泣き顔で呆然と立ち尽くしている。
 「あれ、お母さん。…何で泣いてるの?」と私。「あっ、いたっ!」と母。私に駆け寄るとギュッと抱きしめた。「よかった、よかった。ごめんね、ごめんね。」と言って、今度は母がぐすんと泣いた。

 私の泣き声が聞こえなくなったので外へ出てみると、姿がない。当時はあの吉展ちゃん事件の記憶も生々しい頃。さらわれたのではないかと、必死で探していたのだ。

 涙の訳など分からないが、抱きしめられて私はとても誇らしい気持ちになった。そこで秘密の道を母にだけ教えることにした。「こっち、こっち」と腕を引っ張る私に、「あらまあ、こんな所…」と慌てる母。実はそれは道ではなく、お屋敷の外壁と塀の間を通って庭に入り、裏木戸から外に出るというものだったのだ。

 木戸を貫けて得意満面の私に、「でもね、この道は通っちゃだめよ」と言いながら、母はおかしそうにクスクス笑った。

 鯉のぼりの季節になると思い出す、幼い頃の出来事だ。


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