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3回続けて七ツ森に通い、七つの峰を歩き終えたころ、七ツ森の全景を見たいと思ったのである。『宮城県の山』 [1] という登山ガイド本に、達居(たっこ)森頂上から七ツ森の全景が見えることがその写真を添えて記されていたので、さっそく達居森を歩くことにした。 また、前に登った笹倉山の眺子ノ石展望台からも七ツ森の全景が見えたのを思いだし、北の達居森、南の笹倉山の両方から七ツ森の全景写真を撮りに向かったのである。 仙台市中心部から達居森へは、まず国道4号線を北上し、大和町の大和中学校や吉岡小学校のあるあたりからおよそ1.3kmで中新田方面に向かう国道457号に左折し、その分岐からさらに1.4kmほどにある牛野ダムへの案内板にしたがって左折する。457号の分岐から6kmでダムサイトの下の駐車場に着く。 土曜日のせいか、その広い駐車場にはたくさんの車が駐車しており、40人ほどの団体が輪を作ってなにかしら打ち合わせをしているようであった。 ダムからの流れ出しに架かる橋を渡っての歩き出しは9:45であった。雑木林の緩やかな上りで、道は登山道と呼ぶにはじつによく整備されていて、いわば快適な遊歩道である。少し急な上りには必ずといっていいほど階段がしつらえられている。しかも、その道のほとんどが尾根伝いのうえ、尾根幅が広くないので、左右の見通しが良く(雑木林に葉が茂っていない時期ということもあるが)、ひたすら気分の良いハイキングコースになっている。黒伏山に登ったときも、福禄山、銭山、白森、黒伏山の周回コースの半分は快適な尾根道で気分が良かったが、スケールは小さいものの、それに良く似た気分の良さである。 歩き始めて10分もしないうちに、左手の斜面の雑木の幹に白木作り、家型の鳥の巣箱が括りつけてあるのが見える。「愛好者があちこちに巣箱を設置しているんだな」と思ったのだが、私が見たのは結局それ一つだけであった。 雑木に松が混じる緩やかなアップダウンの道の途中にはベンチがあったり、案内標も、大きな木製の立派なものが整備されている。 25分ほどで「東屋」への分岐に着く。東屋へは急勾配のアップダウンだが、階段が整備され、しかも一つ一つの坂が短いため、息切れする前に下り坂になり、10分ほどで東屋である。途中に旧道から登ってくる道が合わさる。東屋展望台から大和町方面の見晴らしが良く、達居森の説明案内板には次のように記されている。大衡村の最西端に位置し女達居森(北方約一,五〇〇メートル)と対をなしている村一高い山である。「達居」の地名はアイヌ語で「孤立した丘」を意味する。中世時代 福田太郎左衛門の居館 折口館(東北約一,二〇〇メートル)の見張り所であったと伝えられている。 東屋から引き返し、頂上に向かう。道はさらにさらに尾根道らしさが増し、その尾根が右手に曲がっていて、その先の頂上らしいところまで見通すことができる。 達居森のハイキングコース。 (2012/4/21 10:52) 頂上と間違えそうなピークがあって、そこから大和町吉田へ至る道の標示がある。牛野ダムからの道は南下する道で、吉田は頂上の南の地区である(じつは、頂上往復の予定だったが、時間に余裕があったので、帰り足で吉田への道を途中まで歩いてきたのである)。いくつかの偽ピークを越え、ほぼ直角に曲がる尾根を辿ると三角点のある峰に出る。ここに「達居森頂上」の板標示が松の木の高いところに掲げてある。 三角点のある頂上。 (2012/4/21 10:56) この頂上の少し先に尾根の先端があり、展望所となっていて、七ツ森の全景を見ることができる。あいにくの曇天と私のちゃちなデジカメのせいで、鮮明な写真は無理だったが、目的の半分は、これで達成したのである。 北からの七ツ森全景。(2012/4/21 10:59) 一番右に遂倉山(307m)、はっきりしないがその手前にたがら森(232m)が重なっている。少し離れて鎌倉山(313m)、蜂倉山(293m)、撫倉山(354m)、大倉山(327m)と続いて、大倉山の肩に松倉山(291m)の峰が覗いている。 遂倉山と鎌倉山の谷間から仙台のビル群が見えると、『宮城県の山』に記してあったとおりに、3,4のビルの頭が霞んで見える。 遂倉山と鎌倉山谷間に見えるビル群。(2012/4/21 11:02) 七ツ森の全景写真の写りの悪さに四苦八苦していると、駐車場でミーティングをしていた大集団が到着した。相棒は大勢に囲まれ、いろんな言葉をかけられたり撫でられたりしながら、おおいに戸惑っている。じつは人間が苦手なのである。町場の散歩でも、人間が集まっている場所には行こうとしない犬である。反対に、山歩きに行くことが理解できると、文字通り、狂喜乱舞となる犬である。 リードなしで連れてこられたやや小型のシェルティ(シェットランド・シープドッグ)がいて、連れにまつわりついて少し心配したが、何ごともなく相手をしてくれた。小さい犬に対しては滅多に敵意を見せないが、うるさくまとわりつかれるとすごい形相で追っ払うことがあるのだ(噛みつきはしないが)。 さて、下りは途中で少しばかり脇道の探索をした(じつのところ、立派な杉林のなかの谷筋に山菜を探しに下りたのである。なかったが)ものの、12:00ちょうどくらいに駐車場に戻った。昼食は後回しにして、さっそく笹倉山に向かった。 笹倉山へは、国道4号線には戻らず、457号線を南下し、七ツ森登山の際に入った地点を過ぎてから右に入る道をとる。この道の入口には、交通安全のためか、古いパトカーが道路脇に置かれていて良い目印になっている。 達居森駐車場から笹倉山御門杉登山口には30分ちょっとで着く。この登山口から眺子ノ石展望台までは20分くらいである。ちょうど13:00くらいで、七ツ森の写真を撮ってから、昼食とした。 南から見る七ツ森。(2012/4/21 13:08) 右端の木枝の向こうに見えるのが松倉山で、左に向かって大倉山、撫倉山、蜂倉山、遂倉山、鎌倉山と続いている。たがら森は鎌倉山の蔭になっていて見えない 七ツ森からさらに左に目をやると、先ほど歩いてきた達居森が見える。アイヌ語で「孤立した丘」という名前どおりに周囲から浮き立っている。 南と北の両方から七ツ森の全景写真を撮る、という目的は果たせたので、昼食をゆっくりと食べて、眺子ノ石展望台からそのまま下って帰ることにした。駐車場には6台ほど駐車していて、眺子ノ石展望台までの上りで3組と出会った。下りでは、登り始めた単独登山者と出会った。今日は土曜日なので登山客が多いようだ。週日に登るとせいぜい一人くらいにしか会わない山なのだが。 御門杉登山口には13:40に戻った。[1] 早川輝男『宮城県の山』(山と渓谷社、2004年) p. 104。
2012.04.21
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3・11のアフター・エフェクトで衰えた体力回復を狙ってのリハビリ低山歩き、その3回目は、七ツ森の残りの3峰、鎌倉山、遂倉(とがくら)山、たがら森(たんがら森)である。現在では、たがら森は七ツ森に加えられておらず、少し離れた場所にある独立峰の笹倉山を加えて七ツ森とされている。 七ツ森のそれぞれの山名についている「倉」は岩の意らしい。確かにどの山も岩(大石)の登山道が特徴である。ところで、たがら森の「たがら」の意味は何だろうと、ずっと不思議に思っていたが、分からないままでいた。Wikipediaには「仙台弁ではたんがら森」と記されているけれども、仙台人(高校から住んでいるので、「約・仙台人」だけれども)の私にも「たんがら」は分からないのであった。このブログを書こうと、再度、ネット検索をしてみると「宮城県:七つ森一つ、たがら森」というブログ記事に次のような記載があった。「黒川郡大和町(歴史の町、伝説の町)に、七つ森という七つの山があり(山でなく森である。)プラス一つの森「たんがら森」とか「たがら森」とか「宝森」とか呼ばれる山である。」 「宝」だった。「宝」であれば、「たがら(たんがら)」の「が」は鼻濁音ではないのに、私はずっと鼻濁音として読み、発音していたので、まったく「宝」に行きつかなっかったのである。私よりもっと純粋に仙台人である108才の義母もその娘である妻も、分からなかったのは当然である。仙台人度が高いほど、かえって不明の言葉になるのであった。仙台人にしてみれば、鼻濁音で発音されなければ「たがら」も「たんがら」もそのまんま「宝」そのものなのである。どうして私は鼻濁音だと思い込んでいたのだろう。 さて、山歩きである。 登山口は、前の4山のときと同じく、国道457号を東北理工専門学校から左折して、その道を南川ダム(七ツ森湖)まで出て、ダム湖にかかる七ツ森大橋を渡って右折、ダムサイトの下まで行くと見えてくる。 南川ダムサイトから見る二つの笹倉山。(2012/4/19 6:13) 七ツ森遊歩道入口から、ダム右岸の旧道(車通行不可)をダムサイトまで上がっていくと湖の向こうに笹倉山(大森山)が見えてくる。曇っているのがいささか残念だが、立派な「逆さ笹倉」である。写真の真ん中に見えるのが、さっき渡ってきた七ツ森大橋である。ダム湖に沿ってほどされた道を進むと、湖の入り江に架かる旧道の赤い鉄橋の手前左に案内板があって、そこが登山道(遊歩道)の始点である。 遊歩道入口から100mも歩かないうちに鎌倉山登山道が遊歩道から左に分かれる。道はすぐに急坂になって、七ツ森に特徴的な岩だらけのロープの伝い上りを強いられる。 ロープを頼りに鎌倉山頂上へ。(2012/4/19 6:47) 道はひたすらまっすぐ、直線的に頂上に向かう。時々は、岩と岩の間に咲く日本春蘭の花などを眺めては息を整える。途中、「岩すべり展望所」の表示があった。まだ芽吹いていない雑木林の見通しは悪くないためか、とくに展望所として良いスポットだという実感はないのであった。 遊歩道入口から40分ほどで頂上である。この鎌倉山頂の薬師如来は立派な屋根付きの小屋に祀られている。また、「七薬師がけ由来」の看板が設置され、現在の七ツ森山頂の薬師仏は1762年(宝暦12年)に運び上げられたものだという旨が記されている。 南から頂上に登ってきて、下りは北の方、遂倉山方向にまっすぐ向かっている。下る途中に大きな自然石が立っていて、脇を通り抜けて北面を見ると文字が彫られている石碑である。その文字はまったく読めなくて、上の二文字が「南無......」らしいことと、脇に「但木成行代建...」と記されていることが分かっただけである。 鎌倉山と遂倉山の間のもっとも低いと思われる鞍部で、十字路に出る。交差する道は、車を止めた場所からさらに300mほど北から入って七ツ森を縦断する遊歩道である。十字路に下る15mほど手前から、この交差する道を走っていく狸くらいの大きさの獣を見つけた。連れ(イオ)も気づいたらしく、リードを強く引っぱって、獣が消えた薮に入ろうとするのを、とにかく宥めて、まっすぐ遂倉山への上りの道に入った。 遂倉山は、他の七ツ森の山々とは異なり、ずっと土の道が続いている。しかも、つづら折りの緩やかな登山道となっている。山の形状がほとんど対称的な円形のせいで、道の設定が自由にできたためだろうと思われる。この道の途中に「たがら森頂上へ」の表示板がある。 十字路から20分ほどで遂倉山頂上である。もちろん、ここにも薬師仏があって、「やはり「宝暦十二年」の記載がある。また、見晴らし用らしい鉄塔も建てられている。この鉄塔の裏手に廻ると、崩れ落ちた建屋の木材が朽ちかけているのが見られる。木組みから見ると、社かお堂らしいと思われた。 ちょうど午前8時だったので、ここで朝食とした。相棒は、あいかわらず自分の食事は見向きもせず、私の弁当が気になってしょうがないのであった。 同じ道を途中まで下り、たがら森への道をとる。この道は、じつに狭い尾根道の場所が多く、とくに右手には崩落したような地形になっていて、相棒のリードを短めに持って慎重に歩かなければならない個所もあった。鞍部になると左手の杉林に入る分岐がある。この分岐は帰りに利用しようと思っている道である。 杉林のちょっとした急斜面を登ると、たがら森頂上である。遂倉山の分岐から20分ちょっとでたどりついた。たがら森にも石仏が祀られているが、どうも薬師仏ではないらしい。 たがら森頂上の石仏。 (2012/4/19 8:50) 薬師如来は左手に薬壺を持つはずである。この仏様は、左手に巻物(経文?)、右手に剣らしいものをもっている。如来像でも菩薩像でもこのような形の像を私は知らない。剣といえば不動明王を思い出すが、左手は縄のはずである。私の知識ではどうにもならない石仏ではあった。 しかも、この石仏の頭部は横に真っ二つに割れ、光背も無残に割れ落ちている。たがら森は七ツ森からはずされたうえ、石仏も例外的な扱いで、何とも気の毒なのである。加えて、ここには他の6山の頂上に設置されている金属板製の立派な頂上標もない。その代わり、「たがら森山頂!232m」という木製手書きの頂上標が「たんがら森 232m」という木板も添えられて木に括りつけられてあった。6山の「官製」に対して「民製」である。しかしこれは、この山を愛してやまない「ある人」が確実に存在することを顕示しているのだ。他の山は、官が認めた、観光行政的に処理された事実しか顕在していないのに、である(他の山を愛している人がいないと言っているのではない、少なくも外形的には、という意味である)。 気分的には、私も「たがら森応援団」の一員になりたいのである。判官贔屓なのだ。 たがら森の頂上からは西へ下る道がみえるが、分岐標には「頂上より下りは廃道注意」とあったので避けることにした。登って来た道を引き返し、途中の分岐から杉林に下る道に入った。 杉林が終わりかけるころ、急に立ち止まった連れが杉木立の向こうをじっと見ている。よく見ると、大きなカモシカがこちらを振り返った姿勢のままで、じっとこちらを見ているのであった。カモシカとイヌとニンゲンは、しばらくの間、すくんだように互いを見つめ合っていたのである。 連れは、鎌倉山から遂倉山へ向かう十字路で見せたような興奮も見せないのである。相手が大きすぎてビビっていたのかも知れない。騒がないでじっとしている方が無難だと思っていたようなのだ。 杉木立の向こうにカモシカが。 (2012/4/19 9:05) いつまでもカモシカとイヌのにらみ合いに付きあってはいられないので、連れを促すと、何ごともないかのように歩き出した、道は、鎌倉山から遂倉山へ向かう十字路で交差した道に出会い、そのすぐあとに遊歩道は終わり、その向こうは田圃である。舗装道路には出ないで、あぜ道や、小川の土手を通って出発点の駐車場にたどり着いた。6:06発、9:30着の山歩きであった。
2012.04.19
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リハビリ低山歩きは当分続ける必要があるだろうと考えて、このさい、七ツ森の七つの峰をすべてまとめて登ってみようということにした。しかし、昔の信仰篤い人のように七つ掛けは今の私にはとうてい無理なので、今日は東の三峰、松倉山、大倉山、撫倉山の順に登ることにした。 国道457号を東北理工専門学校の建物の手前で左折するところまでは先日の蜂倉山と同じだが、左折してから600mほどですぐに右の道に入り、信楽寺遺跡前が登山口の駐車場になっている。 民家の脇を通る登山道。右は信楽寺遺跡への道。(2012/4/16 6:22) 民家の脇を過ぎると、道はすぐ撫倉山と松倉山への分岐となるが、右の道、松倉山へと向かう。前に歩いたときには、道が杉林に入るころからニリンソウがたくさん見られたが、今年は春が遅くてまだほとんど見られないだろうと思っていたが、20分ほど歩いたあたり、道の右が雑木林のところでカタクリとニリンソウがけっこう咲いていた。アズマイチゲはほんの少し、キクザキイチゲは見られなかった。 40分ほどで二つの峰の鞍部にあがる。どちらが頂上だったか、思い出せないまま上がる。最初は右の峰に上がることにした。 大倉山頂上尾根の下から。(2012/4/16 6:57) 右(南東)の峰に三角点の石標があり、国土地理院の地図上の頂上である。引き返し、左(北東)の峰には「松倉山291m」の頂上票と薬師如来の石仏が安置されている。こちらの方が山塊の中心に感じられ、仏や神の依り代としては高みであるとともに中央という概念も必要らしいことが窺えるのであった。 そのまま北西の道を下っていくと、左は撫倉山、右は七ツ森の中央を縦断する遊歩道の分岐に出る。大倉山を先に登るため、右の道をとる。5年ほど前の4月下旬にこの道を歩いたときには、ヤマブキソウ、ムラサキケマン、キケマンなどがたくさん咲いている「花の道」であったが、今年は春が遅く、ほとんどその気配がない。 道はまもまく、左、撫倉山、右、大倉山の十字路に出て、そこから大倉山に取りかかる。道はほとんどまっすぐに双耳峰の鞍部に上がり、右(東)の峰に頂上標と石仏が祀られている。ここでも左の峰に三角点があり、地図上の頂上となっている。ここの三角点の傍で朝食とした。 大倉山の頂上からそのまま西へ下る道をとると、先日歩いた蜂倉山からの道に出る。そこからさっきの十字路まで戻り、撫倉山に取りかかる。この登山道はおそらく七ツ森の中では最大の難所道であろう。ほとんどがロープ伝いの岩の道で、狭い岩尾根や、鉄梯子の崖もある。そこでは、片手に相棒(イオ)を抱いて這い上るのである。 撫倉山へのロープ道。(2012/4/16 9:16) 撫倉山は七ツ森の最高峰で、東方向、富谷町から大和町方面の眺望が開けている。下りは南への道をとり、三山を周回するようなコースで戻ってきたのである。フキノトウとヒメオドリコソウ。(2012/4/16 10:39) 民家のある麓まで下り、休耕田らしきところにフキノトウが出ているのを見つける。ヒメオドリコソウの紫に囲まれて、なんとなく気品のある風情なのであった。見慣れているはずの草でもそのようなことがあるらしい。
2012.04.16
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3・11以来、かなり気力が落ちてしまい、山歩きからも釣りからも遠ざかり、本を読む日が続いた。5月くらいには気を取りなおして、泉ヶ岳、薬莱山を歩いて見たが、なかなか楽しめず、昨年の山はそれきりになってしまった。7月になってアユが解禁されて、川に入ってみたが、アユの姿はほとんど見えず、2時間ばかり広瀬川のなかを歩いてみただけで、釣りももそれっきりになってしまったのである。 今年になって少し気力が戻ってきたので、衰えた体力を回復させるべく、リハビリとしての低山歩きを始めることにしたのである。手始めは、七つある峰のうち、まだ登っていない七ツ森の蜂倉山(293m)である。 蜂倉山登山口ゲート前(後方の小山が蜂倉山) (2012/4/12 9:59) 登山口は、国道457号を仙台から北へ進んで、宮床ダムを過ぎ、宮床の集落を過ぎるころ右手に現れる東北理工専門学校の建物の手前を左折し、南川ダム(七ツ森湖)に向かう途中にある。道から右手の林道ゲートが見えてわかりやすい。 林道は蜂倉山には向かわず、まっすぐ隣の撫倉山(354m)に向かい、その西麓を半周して撫倉山の真北まで廻り、そこからほとんど引き返すように折れて蜂倉山に向かう。蜂倉山に取りかかるころ、女性二人が横から合流した。連れの犬(イオ、牝11才)に話しかけ、ついでに私にも挨拶してくれた。一人歩きに比べれば、犬連れの時は犬を介して良く挨拶が成立するのである。 中腹から上は岩だらけの急斜面である。この急斜面は七ツ森の特徴で、そのため七ツ森は幾つもの籠を伏せたような形で、遠目からよく目立つ山群となっている。頂上近くの急斜面になると、健脚の二人の女性はリハビリ中の私からどんどん離れていくのであった。 頂上では先着の二人が昼食中である。少し離れて私も弁当を広げる。イオは残念ながら朝晩の二食だけなので、少しばかりの弁当のお裾分けで我慢している。二人の先客が下りていったあとに一羽の蝶が飛んできて、腰掛けていた岩に羽を休めている。小さいがよく目立つヒオドシチョウである。 蜂倉山頂上のヒオドシチョウ (2012/4/12 11:57) 下りには反対の道をとり、北の麓におり、大倉山との間の道、蜂倉山の東麓をぐるっと回って帰ることにした。まだ若葉が萌えだしていない雑木林は快適な散歩道であるが、花もまだ少ない。カタクリとスミレはそこそこ、そしてたった一輪のアズマイチゲを見ただけであった。イチリンソウとニリンソウはまだ葉ばっかりで、同じように葉だけのトリカブトがたくさん混じって生えているのであった。(どうか皆さんが間違えませんように) 東麓の雑木林から見る蜂倉山 (2012/4/12 12:55) 周回した道はふたたび撫倉山北麓の分岐に戻り、そこからは登山口の林道ゲートまで緩やかな下りなので、少し大股の急ぎ足で、リハビリの一環としたのである。途中、谷の向こう、林の中をカメラを抱えて歩く人がいて、イオが唸って吠えようとするのを必死に宥めた。イオにしてみれば、道を歩かない人間はどうしたって不審者なのである。
2012.04.12
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