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傘を持って出たが、雨は降っていない。「たか(脱原発、即廃炉)@jm7xbf」さんが「今日の仙台、夕方6時ごろには、雨は止むか、小雨程度までおさまるでしょう。」と twitter で予報をしていた。その通りになった。私も「晴れるね。きっと。」と tweet していたが、これは予言である。つまり、「当てずっぽう」ということ。 「予報」と「予言」はまったく別物である、という話は大学新入生向けの「科学論」の出だしのネタの一つだった、などということを思い出しながら会場へ。 ついさっきまで雨が降っていたのに、予想以上に集まっている。先週と同じくらいの人数だ。 県庁前広場。傘を持って大勢が。(2012/9/21 18:26) 会場についてすぐ、前の職場の知人と出会った。懐かしくて、話がはずんで、今日のスピーチのほとんどを聞き逃した。 かつての職場の組合では地味な活動を熱心にこなしていた知人は、「もう少したくさん集まるといいね」などと話していた。ここは個人の自発的な意志だけで集まった人たちばかりで、かつてのデモのようにいろんな組織が動員をかけて集めたわけではないので、較べようがないのではないか、などと話し合った。 かつて、多くの組合は動員手当を出して集めることが多くあったのである。それに較べれば、個人の自由意志で集まることは、その人数の多寡を越えて、意味あることだと思う。 もうひとつの話題は、どこかのデモで「野田政権打倒!」みたいなシュプレッヒコールをして止められた人がいた、という知人の話から始まった。いわゆる、「シングル・イシュウ」問題である。 確かに、原発はきわめて政治的なイシュウである。したがって、民主党か、自民党か、あるいはそれ以外か、という政党選択も論理的には切り離せないだろう。そもそも、原発をめぐる問題のすべては政治イシュウである。 たとえば、年間被曝量を20mSv以下だとか、1mSv以下だとか、その数値ですら政治的に決定されているもので、科学的根拠はない。「低放射線被曝で健康被害が出た科学的証拠はない」と政府系御用学者は主張するが、じつはそれと同じレベルの科学的検証であれば、「低放射線被曝で健康被害が出ないという科学的証拠もない」のである。 したがって、その先へ進もうとすれば、人々の生命の貴重さを重んじるか、社会運営の効率(政治的安直さ)を重んじるかの人格(人間性)そのものに基づく判断が必要なのであって、ご都合主義的な科学的精神などではないのである。 現実に病で苦しむ人の側から論理を立てるか、論文の中のデータから論理を立てるか、これは科学の問題ではなく、人倫の問題である。科学者は、「科学的に」と称しながら容易に「人でなし」になりうるのである。 これは、東北大学で物理学を研究し、教えることを職業としてきた科学者の端くれとしての私の実感である。 原則論でガチガチに「シングル・イシュウ」を守ろうとすると問題が出てくるかもしれないが、できるかぎり「脱原発」の一点に心を合わせて集まるのがいいのではないか、というあたりで知人との話が収まったころにデモの出発である。 繁華街の中心、一番町藤崎前。 (2012/9/21 19:02) 今日のデモは、先頭から後列までシュプレッヒコールが合っていて、いっそう元気な感じがした。一番町の人出が多いところでは、シュプレッヒコールではなく、「呼びかけ」が多く行われたりもして、少しずつデモも進化、発展するのであるらしい。楽しい変化ではある。 流れ解散、仙都会館前。(2012/9/21 19:22)
2012.09.29
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翁山は、地図では「翁峠」、山形県が立てた山頂標では「翁山」とされている。以前に、宮城県側の商人沼から歩き始め、吹越山から翁山までの尾根を往復したことがあった。その時、国道347号から商人沼までの林道を車で入ったのだが、張り出した薮で車のボディに無数の擦り傷をつけてしまい、修理費が80万円超といわれてへこんだことがあった。車両保険ですませたが、一日の費用が80万円を越す遊びというのは、古いはやり言葉で言えば「階級的裏切り」というものである。 吹越山から翁山への尾根歩きは快適だが、商人沼コースは避けたい。そこで、山形県の尾花沢から吹越峠まで入る予定にした。吹越山の南麓まで車が入れる道があるという情報だったが、それらしい道をかなり奥まで入ったものの、薮に阻まれてしまった。道を間違えたのかもしれないが、以前のことがあるので、無理はしないで引き返し、ハリマ小屋からのコースを取ることにした。 山の匂いがする! (2012/9/26 6:08) 仙台から東北道を大和インターまで、国道4号から国道457号に入り、色麻町から小野田に抜け、国道347号を鍋越峠で県境を越え、尾花沢市の坂本という集落から山刀伐峠を抜けて赤倉温泉に向かう道に入り、高橋小学校を過ぎたところから案内看板に従って林道に入る。 Photo A ハリマ小屋。 (2012/9/26 6:43) 林道の途中、狭いコンクリート橋があって、たぶん私が車で渡ったなかでは最も狭い橋である。そこを通るときはさすがに少しビビったが、それ以外はハリマ小屋までの林道は問題なく走れた。 ハリマ小屋の中の入山届けに記帳して出発である。2週間前の不忘山の時とは季節ががらりと変わり、気温は14度と涼しいくらいである。歩き出しにはちょうどよい。 歩き出してすぐ分岐に出る。右の道、吹越山と翁山の間の尾根に取り付くコースに入る。しばらくはフラットな林の道である。道端のトリカブトの花が美しい。いくつかの細い沢を渡る。その沢のどれにも板が渡され、靴が濡れることがない。 連れ(イオ)はよく沢で水を飲むが、「飲み貯め」ということはしない。そのため、暑いときの山歩きでは、水分補給のタイミングに気を遣わざるをえない。「もっといっぱい飲んでおけばいいのに」と思うのだが、飼い主の心配などに頓着はしないのである。 20分ほどで「不老長寿の泉」に着く。途中の沢に水は充分だったのに、この泉にほとんど水はない。不老長寿の泉を過ぎるとすぐ、尾根まで直登の道に取り付く。ほとんどの個所にロープが張られているブナ林の急斜面である。 25分くらい急坂に喘ぐと、急に低い灌木になったかと思うと、ぽかっと空が広がり、尾根に飛び出る。右は吹越山への道で、手前の950m峰に登山道がはっきりと見える。左が翁山への道で手前の965m峰が広がっている。 吹越山から翁山の尾根筋は風衝帯になっていて、チシマザサ、ススキ、ごく低い灌木などの見晴らしのよい快適な登山道になっている。 Photo B 950m峰から吹越山への尾根。 (2012/9/26 8:10) 965m峰の斜面に取りかかって、後ろを振り返ると、950m峰から吹越山へ連なる山塊、尾根筋には登山道がくっきりと見える。 登山道脇には、アザミ、エゾシオガマ、オヤマリンドウ、ツルリンドウ、キンミズヒキが咲いている。ミヤマコンギクかタカネコンギクか区別が付かないが、小さな花に小さな露をのせて朝日に光っている。 左:ナンブタカネアザミ(たぶん? 後はイヌ科イヌ属イヌである)、 中:エゾシオガマ、左:キツリフネ(これは山麓の林道で)。 Photo C 965mから眺める翁山。、 (2012/9/26 8:16) 尾根道を30分ほど歩くと965m峰の平らな頂きになる。向こうに緩やかな山容が見え、左が翁山(1075.0m)、右が1062m峰である。手前斜面のふところには、尾根道には珍しいやや高い灌木林が見える。風の当たりにくい陽だまりのような場所なのだろう。 Photo D(左) 頂上手前の灌木林の道。 (2012/9/26 8:26) Photo E(右) 頂上での記念スナップ。 (2012/9/26 8:47) 4,5mの灌木の林を潜って15分ほどで頂上に到着する。お決まりのポーズで記念写真を撮る。これもお決まりだが、被ってきたキャップで私の代わりとする。ハリマ小屋の駐車場では私たちの車だけだったが、頂上にも誰もいない。 Photo F(上) 翁山頂から北の眺望。 (2012/9/26 8:48) Photo G(下) 南の眺望。 (2012/9/26 8:49) 頂上からの見晴らしをカメラに納める。遠く、かすかに鳥海山(2,236m)が見える(Photo H)。雲の上に頂上が覗いていて、右側のゆったりとした山裾がうっすらと見えている。月山も探してみたが雲に隠れていて、まったく見えない。 Photo H 霞む鳥海山。 (2012/9/26 8:51) 頂上で朝食である。イオの弁当を開いてやると、今日は素直に食べている。さっさと食べ終わり、いつものように私の弁当の30cmほど近くでじっと観察を始める。気持ち悪いくらい無言で、じっと見つめるだけである。何となく根負けして、肉を分配する。肉で勢いがついて、サラダのキュウリまで口にしたが、さすがに横を向いて吐き出した。連れとはこうやって食事どきも遊ぶのである。 9:25、山頂出発。尾根筋の緩やかな下りである。膝に負担が少なくて、心配がない。林の中の見通しの良い道では、連れは勢いよく先導をしてくれる(ただし、低い灌木の見通しの悪い道では必ず私の後ろを歩く。我が身の安全にたいへん気を遣うのだ)。 緩やかな下りが急坂に差しかかる頃、道は急に折れ、斜面をトラバースしていく。「こぶの王様」という看板があり、斜面のやや上に直径6,7cmの枝の途中に30cmを越えるかと思われるコブができているのだった。どうしてこんなふうになるのか、かいもく見当がつかないが、球形の見事なコブである。 Photo I 見通しの良い道では立派な先導役。 (2012/9/26 8:51) トラバースする道は、沢の頭を越えて沢向かいの緩やかな斜面をふたたび下り始める。「白髪の泉」の看板があったが、水は涸れていた。白髪の泉から20分でハリマ小屋到着である。10:18。 吹越峠に行けずに予定を変更したので、だいぶ早く帰り着いた。帰りは、尾花沢市街に出て、国道13号、東根市で大森工業団地方向に左折して、国道48号に出て、関山峠を越える道をとった。朝の道よりはるかに運転しやすい。 帰りの車中、連れは助手席で爆睡である。私は、連れをほっといて山形の冷たい鶏肉蕎麦を楽しんだ。 爆睡中(いつものこと)。 (2012/9/26 10:58) Map 翁山。A~Iは写真撮影ポイント。地図のベースは、「プロアトラスSV4」、 歩行軌跡は、「GARMIN GPSMAP60CSx」によるGPSトラックデータによる。
2012.09.26
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19日(水)から3日連続の雨模様である。おかげで、吹越峠から翁山(翁峠)までの尾根歩きの予定が消えた。その雨も、脱原発デモに合わせるかのように上がった。 集合場所は、以前と同じ元鍛治丁公園に戻った。ここは国分町(飲み屋街)のすぐ近くなので、暗くなった時間帯は子連れ向きとはいえない。それで、金曜デモに加えて、昼デモが計画されているらしい。 雨を心配してか、参加者の出足はよくない。でも、今日も「脱原発犬」に出会えた。たしか、デモ会場で会ったのは3回目だ。おとなしいバーニーズ・マウンテン・ドッグは、もう、アイドルである。何人もの参加者がそばに来て写真を撮ろうとする(私もだが)と、静かにポーズをとっているように見える。 我が家の犬も連れて歩きたいのが、何しろ極端に人混みが嫌いなので、なかなか難しい。。 「脱原発犬」。(2012/9/21 18:18) 集まったのは150人くらい。『週間金曜日』に「脱原発みやぎ金曜デモ」の写真が掲載されたことが紹介されたり、東京や秋田からの参加者のスピーチなどがあった。 雨のせいか、少しさびしい。(2012/9/21 18:21) デモはいつものように、公園から国分町を横切って一番町に出て、南進し、青葉通りを仙台駅方向に向かい、東二番町通り(国道四号)を越えて仙都会館前で流れ解散である。 一番町では、外国の人が二人、デモの様子を写していた。見た目は普通の旅行者のようなのだが、デモの列の中へ入って、熱心に写していたのだ。それに刺激されたわけではないが、私は逆に、列の外へ出て写真を撮ってみた。下の写真がそれである。しかし、デモは初めから最後まで暗い時間帯になってしまい、私の腕とデジカメでは、なかなか難しいことになっている。 一番町を行くデモ。(2012/9/21 18:55) 主催者発表でも、今日の参加者は150人ということだった。雨だけが理由ではないだろう。 先週のデモの時、「カエルノワ」という若いお母さんたちの会があって、夜デモへの参加が難しい人が参加できる企画を立てていく、というスピーチをしていた。確かに、雨の心配をしながら、かつ夜のデモに乳母車をひくお母さんたちはなかなか参加するのは難しいに違いない。それも少しは少なかった理由になっているだろう。 今後の「脱原発みやぎ金曜デモ」の当面の予定は、以下の通り。 9/28(金)→16:00勾当台公園 18:30デモ出発10/05(金)→東北大片平キャンパス北門 18:20デモ出発10/12(金)→元鍛冶公園10/19(金)→勾当台公園10/26(金)→錦町公園 それから、夜デモに参加できない人のために昼デモを計画している「カエルノワ」のtwitterを紹介しておこう。今後の活動は、ブログやtwitterで周知されると思う。カエルノワ @kaerunowa3.11後の日本で、東北で、宮城で生きる子ども達の未来のために、私達ができること。カエルノワのカエルは、変える、換える、帰る、還る。たくさんの人たちの「カエル」思いをつなげ、子ども達の未来をつくっていきましょう。カエルノワでは、賛同してくださる方を募集しています。どうぞよろしくお願いします。宮城県 · http://kaerunowa.blogspot.jp/?m=1
2012.09.21
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朝、犬(イオ)に顔をベロベロやられ、あげくの果てに前肢パンチを5,6発食らって目が醒めると、両足の太ももに張りがある。この程度か、と安心していたら、昼過ぎくらいからはっきりした筋肉痛に変わる。 昨日、2ヶ月ぶりの山歩きで不忘山に登ってきた。へろへろになって返ってきたのである。 困った、筋肉痛だ。デモはどうするのだ。しかし、平地をまっすぐ歩く分には大丈夫そうだ、ということにして出かけることにする。会場まで普通に歩ける。走ったりしなければ、デモは問題ない。 先週のこともあって、妻とは朝の内にすりあわせをする。ぎりぎりのところ、デモ出発に間に合う時間まで妻が帰ってくるということが妥協点となった。 それで、今日は少し遅めで、6時15分くらいに勾当台公園に着いた。もうすでに真っ暗で、公園の街灯と小さなペンライトが見えるが、近づかないとどれだけの人がいるのかよく分からない。 暗い公園に確かに大勢が。 (2012/9/14 18:18) デジカメを取り出すと、昨日の山行で100枚以上撮したままにしていて、電池切れになっていた。マメな性格でない私にはよくあること、携帯で何枚か撮ることにする。 今日の参加者は250人くらい。いつもはデモの最後尾に近いところを歩くのだが、先週たまたま遅刻したために、デモを出迎える形で先頭グループに加わった。そのおかげで、7時31分発のバスに間に合った。それで味をしめたので、今日はかなり前を歩くのである。 明るい1番町に入っていく。 (2012/9/14 18:51) 「30年に原発ゼロ」のニュースが流れていたけれど、その曖昧な政治決定はほとんど意味をなさないだろう。ニュースはさらに、「具体的な政策がない理念」として自治体などから批判を受けている、などと述べていたが、本当は理念がしっかりしていたら具体的な政策はいくらでも付いてくるのだ、選挙対策の欺瞞的な言説に具体的な政策があるわけがないのだ。 ただただ、今はデモに参加するしかないのである。 さて、デモの先頭に近かったところを歩いたおかげで、バスには6分ほどの余裕で間に合った。
2012.09.14
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先週(9月7日)は権現森(314m)を歩いたが、山に登ったわけではない。6月11日の禿岳 (1261.7m)以来の山で、2ヶ月のブランクがある。その禿岳も、あまり負担がかからないという理由で選んだ山だった。 例年なら7,8月はアユ釣りで、大石ゴロゴロの河原歩きで足の筋力を鍛えるのだが、3・11大震災からこっちは、アユも従来の姿にほど遠い。それに放射性セシウム汚染が加わって、アユ釣りもヤマメ釣りも足が遠のいている。 山歩きで耐久力を、魚釣りで筋力を、という計画もさっぱりで、はてさて、どこへ登ればいいのだろう。ガイドブックを見ていて、全行程4時間20分という不忘山が良さそうと見当をつけた。不忘山は、南蔵王縦走の最南端の山という認識でいたが、東麓から不忘山単独は初めてである。 登山口のみやぎ蔵王白石スキー場までは、東北自動車道・白石ICを下り、国道4号を少し南下して、国道457号、県道51号を行く。初めての道だが、案内看板の表示に従っていけばまったく問題ない。 6:00すぎに着いたが、広い駐車場に一台の車もない。人が誰もいなければ、連れ(イオ)と少しは気ままに遊べるというものである(その少しの時間が欲しくて、いつも朝早く出るのだが)。 Photo A さぁ、こっちだね。(2012/9/13 6:34) 嫌がるイオの全身に虫除けスプレー(1ヶ月の1度の滴下薬だけでは不安なので)をして、少しぶらぶらしてイオの朝1番のウンチを始末して(拾って密閉してザックのポケットへ)、やっと出発である。 Photo B ブナが一本。(2012/9/13 6:49) 6:30頃から歩き始める。スキー場の草原の南端をゆったりと上がっていく。草原には、ノコンギク、ナンブアザミ、リンドウ、今はずいぶん珍しくなったオミナエシなどが咲いている。 スキー場から離れ始める頃、草原に一本のブナが立っているのが見える。これからブナ林の中を歩いて嫌というほど見るだろうが、孤立して立つ樹木には、勝手にドラマを付与するせいか、心惹かれるものがある。 Photo C 白女高小屋跡からの林下の道。(2012/9/13 6:58) 南に向かう緩やかな道の終端に白石女子高校山小屋跡地があって、道は直角に西に折れ、林の道に入る。少し傾斜がつくがまだまだ緩やかな上りである。 7:30を少し回ったあたりで「ユキトリ沢」の標識を過ぎる。そこから10分ほど登ると、道は緩やかになり、少し見晴らしもあって、これから登る不忘の峰が見えたりする。まばらな林の中にシラビソの木が目立っている。日当たりのよい道脇には、リンドウ、マツムシソウ、トリカブト、アキノキリンソウがたくさん咲いていて、斜面から解放されたこともあって楽しい道である。 Photo D 平坦な道に出ての不忘の山容。(2012/9/13 7:44) 左:オヤマリンドウ、中:マツムシソウ、右:ヤマトリカブト(オクトリカブト)。 水が流れていない小さな沢(雨が降ったときだけの沢?)を過ぎると、道はしだいに角度を増していく。粘土の滑りやすい道で、丸太で作った土留めや短い木道などが設置されているが、だいぶ雨で削られてしまっている。 歩き始めて1時間ほどたってから、そろそろ誰かが追いついてくるだろうと、イオをリードに繋いでいたのだが、滑る急斜面に思いのほか手を焼いてしまって、私の両手を少し自由にしてもらった。あらためて手袋をして、両手を動員しないとうまく登れないのである。 さすがにこの道はひどいということらしく、途中から右手に新しく切り払った迂回路ができていた。そこは歩きやすいので、イオをふたたびリードに。 Photo E ここはまだ立派な土留め。(2012/9/13 8:03) 切り開きの迂回路の終端に「弘法清水」がある。ここで朝食とする。イオの弁当、私の弁当を広げる。イオは自分の朝食は匂いだけで終わらせ、私の弁当を覗きこむことに専念する。結局、おかずの鶏肉を半分ほどせしめる。 朝食で大休憩、「さぁ、最後の仕上げ」と張り切って出発したが、この後が大誤算だった。バテバテなのである。真後ろから暑い陽ざしが首筋を炙る。しばらく炙られてから、キャップを回してツバで首筋の直射を防いだらよいことに気づく。いつもやってることも、登ることに必死になると忘れてしまうのだ。 急斜面で体がきついときによくやるのが、200歩でひと息、300歩でひと息という歩き方である。今日はどんなに頑張っても150歩でひと息というのが最高であった。 ひと息入れる度にイオがおやつを催促する。これは、花の写真を撮ったりして道草をする私をちゃんと待っているご褒美が習慣化して、私がへばって休んでいても容赦はないのである。たぶん、朝食弁当の分をおやつで間に合わすつもりなのだろう。じっさい、それほど何回もひと休みが多かった。 灌木が低くなり、不忘の碑がある尾根の大石が見えてくる。一歩ずつ目標が近づくという実感に支えられて歩いている感じである。不忘の碑の前で硯石からの登山道に出会う。 Photo F 不忘の碑の前の出会い。(2012/9/13 10:10) 不忘の碑から頂上までは大岩の間の滑りやすい砂利道である。急斜面を登るとその尾根の向こうに頂上が見え、2,3人の人が見える。 いつものことだが、イオは頂上が見えると俄然張りきるのだ。バテバテの私を引っ張るように急ぎ足になる。 Photo G 頂上です。(2012/9/13 10:33) 頂上には、私と同年配の単独行の男性と、中年婦人二人のパーティが休んでいた。二人のご婦人に、代わる代わる撫でてもらったりしたイオだが、さすがのイオも疲れているらしく愛想がない。二人とも犬を飼っているとのことで、ひとりは夏山に飼い犬を連れていったら大バテになって、それっきり連れて行けないということだった。 イオも夏山、とくに日影のない高山は体温調節に苦労するので苦手である。今日のように1000mを越えてこんなに暑いのは誤算だった(ちなみに仙台では33℃だったそうである)。 Photo H 「疲れた~」、不忘山頂で。(2012/9/13 10:40) おやつボックス(非常食兼用)を開いて、イオとクッキーを分けながら食べる。バテバテの私は、ブドウ糖やキャラメルなども取った。 東斜面からガスが上がってきて、水引入道や屏風岳が霞んでくる。 Photo I 不忘山頂から見る南屏風岳。(2012/9/13 10:45) 11:10分過ぎに山頂出発。ガスが晴れて水引入道が見える。今日と同じ登山口から水引入道への登山道がある。当初の計画では、1週間後に水引入道に登ろうと思っていたのだが、今日のバテ具合ではちょっと考え物だ。今日の行程よりさらに長いのである。 Photo J 左:屏風岳、右:水引入道(中奥:後烏帽子岳、右奥:馬の神岳) (2012/9/13 11:19) 左:タカネイバラ(実)、中:ハクサンフウロ、右:イワインチン。 帰路は黙々と下るだけである。弘法清水には12:04。弘法清水から切り開きの迂回路を通っていくと同年配のご夫婦と出会った。往復の登山路で出会ったのは、この二人きりである。頂上の3人は刈田岳から縦走してきたということだった。犬連れの私には人が少ないのは何よりである(登山者で賑わう刈田岳からの南蔵王縦走の時、イオは留守番だった)。 ユキトリ沢を12:45に通過、白石女子高山小屋跡を13:07に通過、13:29に駐車場の車に到着。 いやぁ、疲れた。これじゃ、鍛え直しだ(鍛え直せばなんとかなる年齢か、という問題はさておいて)。 Map 不忘山。A~Jは写真撮影ポイント。地図のベースは、「プロアトラスSV4」、 歩行軌跡は、「GARMIN GPSMAP60CSxによるGPSトラックデータによる。
2012.09.13
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里山がどんどん大切になってくる。私は冬山をやらない。そのため、初春のシーズン初めは、その年の体力しだいで山を選ばなければならない。若いときは無頓着だったが、最近はどの程度の山から始めるかはとても大事である。 年々衰える体力としっかりと相談しなくてはならないのである。一年どころの話ではない。ちょっとした都合で、3ヶ月ほどのブランクがあると心配になる。 ここ数年のシーズン初めの山は、ほとんど300~500mクラスの里山である。体力の心配がなくて、気軽に出かけられる。多少の積雪なら冬も歩けるので、できるだけ歩ける里山を見つけておきたいと思っている。 仙台市の広報誌で、「地域の自然再発見! ~大沢を取り巻く山の風景~」という市民講座があるのを見つけて、さっそく申し込んだ。大沢市民センターでのオリエンテーションに参加すると、大沢地区近辺、3回の里山歩きの企画で、私の希望にぴったりなのである。 第1回目の権現森での講師は、「権現森自然研究会」のメンバー数人が担当する。権現森自然研究会は仙台市の「緑の活動団体」の一つで、権現森一帯の遊歩道整備や、自然観察の活動を行っていて、講師としてこれ以上はない人たちである。 9:30、権現森の北からの入口、活牛寺に20人ほどが集合した。準備体操をして出発である。道々の解説などの関係で2班に分かれて遊歩道に入る。 30年ほども前に2度ほど権現森に入ったことがあるのだが、その時はまったく反対の南の松尾神社参道口と葛岡線口から入った。当時は、まだ遊歩道の整備はされていなかったと思う。 Photo A 活牛寺口の遊歩道へ。 (2012/9/7 9:50) 遊歩道は、良く整備されていて足もとの不安はまったくない道だ。最初は杉の植林だが、まもなく雑木林になって気分は快適である。しばしば立ち止まって、木々の話、花々の話、丁寧な解説がある。花を見つけては立ち止まるので、疲れる暇がない。 Photo B 快適な雑木林の道。 (2012/9/7 10:13) Photo B 快適な雑木林の道。 (2012/9/7 10:13) 低い山の林の下の遊歩道なので見晴らしが良いわけではないが、1カ所だけ「パノラマ展望所」と名付けられた権現森頂上のすぐ下の場所からは、南西方向の眺望が開けている。 Photo C 展望所からのパノラマ。 (2012/9/7 10:37) すぐ目の前に蕃山、その向こうに青麻山の双耳峰、さらに蔵王連峰の南端の山裾が見え、連なる不忘山の頂きは雲の中、シーズン初めによく登る戸神山の峰が緑の向こうに半分ほど姿を現している。 この展望所脇の分岐から権現森頂上へ向かう。傾斜はきついが、あっという間に頂上の四阿である。やけに屋根の低い四阿だと思っていたら、柱の根本が腐ったので、その分を切断して全体を下げたとのことだった。 Photo D あの四阿が権現森頂上。 (2012/9/7 10:44) 314mの頂上は、残念ながら木々に囲まれていて、眺望はない。頂上には三角点の石標があり、方位磁石を乗せて石標と方位の関係についての解説があった。おおよその方向は合っている、ということらしい。 頂上では休憩もそこそこに松尾神社めざして出発である。ここからの道は、第1峰の権現森頂上と第2峰の松尾神社の間の尾根道ということになる。途中、「おじゃま石」と命名された直径1mほどの石が遊歩道の半分を占めていたり、雑木林が赤松林に変わったりする道である。 Photo E 「カタクリの園」近くの十字路分岐でひと休み。 (2012/9/7 11:34) 春先には全山至るところにカタクリの花が咲くが、松尾神社の峰の北側の鞍部付近のカタクリの群生はとりわけ見事だということで、一帯は「カタクリの園」と呼ばれている。 ここはまた遊歩道の分岐で、十字路になっている。東から来て左折して松尾神社に向かう道は、松尾神社脇の電波塔の工事のためにブルが均して通った道になっている。 この十字路でひと休みして、ブルで均された急斜面を登る。遊歩道の中でどこが一番きついかといえば、たぶんこの坂だろうが、あっという間に終わる。つまり、どこも快適な遊歩道で、きつい場所はないというのが正しい。 Photo F アカマツ三兄弟を左へ。 (2012/9/7 11:44) 三叉路を左折する場所に「アカマツ三兄弟」と命名された三本の松の木があった。その脇を通る最後の坂を登りきると松尾神社である。 Photo G 松尾神社に到着。 (2012/9/7 11:48) 松尾神社からは、北の泉ヶ岳方向の眺望がわずかに開けているだけである。この頂上には立派なブナの木があった。道の途中では、大きなミズナラの木を見てきた。ミズナラ、ブナがあって、それにカツラの木が加わったら、これはもう深山のおもむきではないか。 神社で昼食休憩である。今朝四時半頃に起き出して作った弁当を食べる。遊びのきつい私は、とてもじゃないが、妻に弁当作りを頼めなくなっている。山歩き、川遊びの時の手製の定番弁当である。 昼食後、松尾神社がお酒の神様で、酒飲みに関するもろもろの願いを聞き届けてくれる(かもしれない)という話があって、全員で拝礼して、その後、神社の前で記念の集合写真を撮る。 そのまま戻るグループと、少し回り道をして帰るグループとに分かれて、松尾神社を出発する(12:30)。回り道は、いったん下って上り返すので、希望者だけということだったが、半分以上の人が参加した。その回り道は、カタクリの園付近の十字路に戻る(13:03)。そこで、分かれたグループとふたたび合流して帰途につく。 左:ヤマジノホトトギス。中:ジョロウグモ、右:オヤマボクチ。 帰り足も、草花や木々の解説を受けながらの遊歩道歩きである。ヤマジノホトトギスは至るところに咲いていた。オヤマボクチは、写真のものを含めて2カ所で見られた(私が見つけたかぎり)。パノラマ展望所の看板には立派なジョロウグモが張りついていた。産卵前らしくよく肥えた立派なクモだった。 ちょうど14:00くらいに、活牛寺遊歩道入口に帰り着いた。14:10解散。じつに快適な歩きだった。じつは、この後夕方から脱原発デモを歩く予定があり、疲れはしないか心配していたのだが、まったく問題はなかった。 さて、次回は10月5日、樺沢山の自然観察である。 Map 権現森。A~Gは写真撮影ポイント。地図のベースは、 「プロアトラスSV4」、 歩行軌跡は、「GARMIN GPSMAP60CSx」 によるGPSトラックデータによる。
2012.09.07
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介護ヘルパーさんが帰ってからは、私が義母の様子を見ている。義母は寝ていることが多いので、とくにやることはないのだが、目は放せない。106才の時、大腿骨を骨折して2ヶ月ほど手術入院した。いつそんなことになったのか、家族の誰もが気づかなかったし、本人もまったく覚えていなかった。108才の本人は、何でもできると信じているので、本当に危なくて目が放せないのである。 それなのに、外出している妻が帰ってこない。家を出られないのだ。迂闊だった。妻は遅刻の常習犯、妻の出がけに念押しするのを忘れていた。携帯に連絡すると、「帰る途中だからほっといて出かけていいよ」と気楽なのであった。 予定より40分遅れで家を出る。今日は集合場所がいつもと違う。東北大学の北門である。しかも、デモのコースを確認していない。いずれにしても、出だしは東北大北門から一番町を北上するだろうと見当をつけて、青葉通りから1番町に入る道をとった。 一番町で出会ったデモの先頭。 (2012/9/7 18:37) 予想通り、デモの先頭が一番町マーケットのテントの間をやってくるのに出会うことができた。信号で分断されたらしく、20人ほどの小グループである。その最後尾に入れさせてもらった。 すぐに青葉通りの信号に引っ掛かって止まっていると、後続集団が追いついてきた。すごく元気があって賑やかなのである。一緒に出発したはずの先頭グループのほとんどの人が振り返るほどなのだ。 賑やかな後続のデモ。 (2012/9/7 18:41) デモは一番町を広瀬通まで出て左折、西進して晩翠通りを左折して南進し、青葉通りまで歩いてから左折して仙台駅方向に進んで、いつもの仙都会館前で流れ解散、というコースだった。いつものコースより歩く距離は長いように感じる。 シュプレッヒコールで大きな声を出しながらこの距離を歩くのは、私の年齢に最適な健康法のような気がしてくる。今日は、4時間ほど里山歩きの後のデモ参加なのでこれで充分と思うが、そうでなければこの倍くらいの距離のデモだともう少し健康増進に理想的である、などと考えているうちに仙都会館前である。 仙都会館前はちょうど午後7時30分、ほとんど小走りでバス停に向かう。バス時刻は7時31分。先週は目の前でバスが出てしまったが、今日はかろうじてセーフ。なんか気ぜわしいデモ参加だった。
2012.09.07
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宮城県でしか暮らしたことがない私としては、夏の東京の街歩きは願い下げにしたい。しかし、今日は山種美術館まで行くので、いずれにせよ、最寄りの駅からは歩きである。それで千代田線「表参道」駅から山種美術館を経て、日比谷線「広尾」駅まで歩いて、「街歩き・東京」の一つにカウントするのである。 街歩きMap 青線は歩いたコース(ビル街では精度が悪い)。 「プロアトラスSV4」と「GARMIN GPSMAP60CSx」で作成。 前に、JR渋谷駅から乃木坂の国立新美術館への途中、骨董通りを歩いていたことに後で気づいたのだが、骨董の店を見た記憶がない、ということがあった。それで、まずは「骨董通り」を歩いて骨董店を確認することが、美術館行きにプラスした目的になった。 表参道交差点。(2012/9/12 11:11) 地下鉄から「表参道」交差点に上がると小雨がぱらついている。東京駅では大降りだったので少しほっとする。そういえば、初めての東京・街歩きでは土砂降りのなか、渋谷駅から乃木坂へ歩いたのである。 「表参道」交差点から青山通りを南西に進み、「青山5丁目」交差点を右折、骨董通りに入る。 骨董通り。(2012/9/12 11:19) 骨董屋さんを一生懸命探したが見つからない。西洋アンティークの看板を見つけたが、どこがその店かわからない。洒落たリサイクルショップが2店ほどあった。やっと骨董店らしい「江戸屋美術」という紺地白抜きの旗を見つけたが、ビルの2階が店舗だったので素通りした。 骨董店だったかどうか定かではないが、その店1軒で終わりである。どうも、以前歩いたときにも、注意力不足で、骨董店を見逃していたということではないらしい。 あきらめて、山種美術館に向かうことにする。ちょうど左折すれば根津美術館へ向かう道を逆方向に右折して南に進む。 骨董通りから右折。向こうに首都高。(2012/9/12 11:28) 道は、左に曲がりながら首都高渋谷線に向かっている。新しくできた道らしく地図にはこのカーブする道は載っていない。首都高の下で従来の道に合流している。 首都高の高架下は「南青山7丁目」交差点である。緩やかな坂道が下り始めたあたりの歩道で数人の大人が植え込みの木を見上げて騒いでいる。木の枝に青大将が絡みついていて、退治しようということらしい。 私の田舎では、屋敷内の青大将は大事にしていて、よく「殺すんじゃない」といって叱られたものだったが、時と場所によって蛇の扱いは真逆なのである。 そういえば、つい1年ほど前、早朝に隣家の奥さんが「アオダイショウが雀の雛を狙っている」と慌てていたことがあった。結局、私が素手で首根っこを捕まえて広瀬川の河川敷の藪までぶら下げていって放した。いかな蛇であってもむやみに殺される理由はないのである。 「東4丁目」交差点。(2012/9/12 11:34) 青大将の屋敷の前の坂道を下っていくと「東4丁目」交差点である。この交差点がもっとも低く、ふたたび道は緩やかに上りながら左にカーブしていく。上りきった丘の頂上台地(?)に広尾中学校、広尾高校が並んでいて、広尾高校の道向かいに山種美術館がある。 山種美術館。(2012/9/12 11:42) 山種美術館では「美術館で旅行! --東海道からパリまで」という企画展を鑑賞して、次は地下鉄日比谷線「広尾」駅を目指す。「日比谷」で「有楽町」駅でJRに乗り換え、東京駅まで行くつもりである。 美術館まできた道を少し引き返し、細い道に入ってみる。道はすぐに右にカーブして、しばらくは下り坂をまっすぐに進む。 左へ、羽津ガーデンの裏手の道。(2012/9/12 12:48) 直進する道はY字路となっていて、そこを左折して、いっそう細い道に入る。地図では羽津ガーデンの北面に沿う小道である。 その小道を進むと、狭いながらも十字路があって、その十字路を突っ切ると、白花のムクゲやサルスベリの紅の向こうに階段が現れる。 階段の道。(2012/9/12 12:50) 階段を上がりきっても道は狭くクランク状に折れ曲がっている。高級住宅地らしく、その狭い道に大きなBMWが入ってきて、どこへ身をかわしていいのか迷ってしうのだった。どうも、お金持ちというのは、私たちはお金持ちのためにいつでも積極的に道を譲るものと信じているようなのだ(貧乏人の僻みか、これは)。 クランク状の道を抜けると、上下2車線、左右にちゃんとした歩道のあるやや広い道にでる。少し南に進むと「チェコ大使館」が右手に現れる。ここまできて、この道を前にも歩いたことを思い出した。JR目黒駅から山種美術館まで歩いたとき、この道を反対方向から来て、チェコ大使館脇の道を入ったのだった。 チェコ共和国大使館。(2012/9/12 12:56) チェコ大使館の前を過ぎ、坂を下ってゆくとT字路に出る。以前は右手の道から来たが、今日は左手の細い道に進む。石垣の上はこんもりした屋敷林で、よほど大きな寺院でもあるのかと眺めていたが、じつに立派な門があって「真如苑東京本部」の看板が掛かっていた。 真如苑前の道。(2012/9/12 13:01) 真如苑をすぎて、上宮寺の前を右に折れると、やや人出の多い商店街に出る。この道を東に歩いていくと外苑西通りに出て、すぐ左手に今日の終点、地下の「広尾」駅へ下る階段入口がある。 じつに軽い散歩であった。 通りを抜けると地下鉄「広尾駅」。(2012/9/12 13:04)
2012.09.02
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