全4件 (4件中 1-4件目)
1

二日ほど前には、蓮鉢にも睡蓮鉢にもうっすらと氷が張っていた。少し前まで花が咲いていたダリアもサンパチエンスも一挙に緑を失って無残な姿になっている。ダリアもカンナも掘りあげるのだが、それは12月に入ってからだ。 予定表では10月が忙しくて、11月は暇なはずだったが、そんな気分も味わえないままもう11月も終わろうとしている。12月の予定表も少しずつ詰まり初めていて、心が落ち着かない。「何もない老後」という理想はどこへ行ったのだ。 第4日曜日はいつものことだが、昼食を作ってテーブルに並べ、私一人が先に食べる。妻が教会から帰ってきて家族の昼食が始まるころ、私は家を出てデモに向かうのである。元鍛冶丁公園。(2016/11/27 14:06~14:29) 今日の集会時間は、女子駅伝が市街中心部のコースに入ってくる時間帯と重なり、上空をヘリコプターが旋回している。その爆音で集会の前半のスピーチはほとんど聞きとることができなかった。 主催者挨拶は、おそらくは政府ばかりではなく社会全般がもつ福島事故の自主避難者に対する差別やいじめの問題に触れられたのではないかと思う。聞き取れなかった内容は紹介できないので、関連する話題を記しておくことにする。 国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは今年初めにジュネーブで開催された第31会期人権理事会に「福島・原発事故後、日本政府による被災者の基本的人権の継続的侵害に関する声明」を提出した。声明文は英語だが、次のような提案をしている。 (1)2015年の避難地域の解除の見直し、(2)非指定地域からの避難者への住宅援助停止決定の見直し、(3)すべての避難者を国内難民として保護し、住居、健康、環境、家族に関する権利を保障するための経済的、物質的援助を行うこと、(4)最も被害を受けやすい人々を守るための避難地域や線量限度に関する国家プランを策定し、被ばくを1mSv/y以下にすること、(5) 1mSv/y以上の地域からの避難、滞在、帰還する人々への移住、住居、雇用、教育、その他の必要な援助のための資金を提供すること、(6)健康調査政策を見直し、1mSv/y以上の地域に住む人々にたいする包括的かつ長期的な健康診断を行うこと、(7)福島事故被害者に対する効果的な相談業務を行うこと。 つまり、こうした至極当然な提案がなされる背景には、被害者の人権にかかわるきわめて基本的な政策を政府は行っていないということだ。国策としての原子力政策であるがゆえに東京電力への援助は手厚い。であれば、国策の被害者にたいしても手厚くするのが筋だと思うが、現実はまったく非対称である。もう誰でも気づいているにちがいないが、この国にとって大事なのは国民ではないのである。 その国家のありようを示すもう一つの話題として、原子力ロビーである電気事業連合会(電事連)が自民党に7億6千万円の政治献金を行ったということが紹介された。電力9社は電事連を通じて(隠れ蓑として)自民党へ献金をしているわけで、東電と事故被害者に対する政府の手当ての非対称もそこから由来している。「金め」に象徴される政治というのが自民党や公明党のめざす政治なのである。 次もほとんど聞き取れなかったスピーチだが、切れ切れの言葉から独協医科大学の木村真三准教授が二本松市で行っている放射線に関する出前授業の話題が紹介されたようだ。私が知っている範囲内で言えば、木村先生は二本松市教育委員会とのコラボで、小中学校の多くの先生の協力のもとに放射線学習の副読本を作成し、市内の小学校の各学年で年2回の放射線授業を行っているということである。 こうした放射線教育が普及することはとても大事なのだが、当然のように、ひたすら放射線は危険ではないとする勢力が蔓延しているので、ことはそれほど簡単ではない。 四つの告知があった。 「原発のない東北の復興を考える」ことを主題とする『市民による女川原発の再稼働を問うシンポジウム』は、2017年1月29日(日)13:00~16:30、仙台国際センター大ホールで開催される。 8,000Bq/kg以下の放射能汚染廃棄物の焼却問題に関する講演会が12月11日(日)14:00から仙台弁護士会館4階大会議室で行われる(講師は、宮古市の岩見億丈先生)。 みやぎ脱原発・風の会主催の公開学習会『女川原発申請書等を“ぶっとばして”見ようぜ!!』は、12月17日(土)18:30~20:30に戦災復興会館4F研修室で開催される(講師は「仙台原子力問題研究グループの石川徳春さん」。 来年1月13日~18日に仙台メディアテーク6階で「東北書道新春選抜展」が開催されることも、反原発を主題とした作品を出品する予定の書道家から告知された。 また、11月いっぱいで京都に移られるという人の挨拶があった。正しい情報はテレビや新聞などでは得られにくいこともあって、集会やデモに出て得られる情報がとても貴重だった。200回記念デモで200人以上の参加があったように、いつでも多くの人が参加されて重要な情報をこのような場で得られるようになってほしいと話された。 最後に、仕事で飯館に行くように言われている人が「除染等放射線電離検査」なる健康診断を受けさせられたが、これはどういうものかという質問があった。私も初めて聞く言葉だった。 帰宅後にネットで調べたら、福島事故の後で急いで発せられた厚生労働省令によって「東日本大震災により生じた放射性物質により汚染された土壌等を除染するための業務に係る電離放射線障害防止規則」に定められた健康診断で、正確には「除染等電離放射線健康診断」という。 除染等の業務に常時従事する労働者に対して、雇入れ時、当該業務に配置替え時、その後6か月以内ごとに1回、定期に、(1)被ばく歴の有無の調査及びその評価、(2)白血球数及び白血球百分率の検査、(3)赤血球数の検査及び血色素量又はヘマトクリット値の検査、(4)白内障に関する眼の検査、(5)皮膚の検査について医師による健康診断を行わなければならない、と定められている。 従来は、放射線管理区域に放射線作業従事者として立ち入る者に対する健康診断であるが、福島の汚染地区を管理区域と定めないままに除染作業をさせるために策定されたものだ。管理区域と定めると作業従事者しか立ち入ることができなくなり、それ以外の人間はすべて区域外に居住しなければならなくなる。政府が進めている帰還計画など問題外ということになってしまう。 いわば、現状をしのぐための泥縄の法令ではあるが、そこで働く人間にとっては将来の放射線障害に対する予防と保障のためには絶対に欠かすことのできない健康診断である。これと、労働期間中の被ばく線量や身体汚染の正確な記録は不可欠である。元鍛冶丁公園から一番町へ。(2016/11/27 14:35~14:38) 朝からずっと暗い曇り空だったが、集会中にポツポツと落ちだした。それでも、傘を出すほどではない。 集会の中ごろからヘリコプターの音もほとんど聞こえなくなり、元鍛冶丁公園をデモが出発するときにはコールの声が周囲の雑音を圧倒するようになっていた。 日曜日の昼デモはいつも参加者が少ない。今日は30人である。カメラのフレームのなかに旗や横断幕がきれいに収まるのも意外にいいものだ。一番町。(2016/11/27 14:41~14:52) デモ参加者が少なかったのは雨模様のために外出を控えたせいかと思っていたが、一番町はいつも以上に人であふれているように思えた。こちらの人数が少ないための相対的な感じ方なのかもしれないが。 いつもより少ない人数でいつもより大勢にアピールする。今日のデモのコスパはとてもいいということだろう。 青葉通り。(2016/11/27 15:00~15:05) これだけ悪政が続くのになぜ自公政権の支持者が多いのかという話題はネットに溢れている。ボエシの『自発的隷従論』では、500年近く前の大衆も自発的に権力者に隷従するのだと書かれていた。その本を読んだときに、たいして根拠もなしに思ったのは、国家あるいは前国家的共同体を形成する時にはすでに共同体成員に隷従的心理が発生していたのではないか、集団(共同体)の国家化が隷従の機制そのものではないかということだった。 その後、考えは何も進んではいないが、昨夜の第二書斎(風呂場)で湯につかりながら開いていた本はマックス・ホルクハイマーの『理性の腐食』だった。開いていたページにこんなことが書かれていた。現存の諸条件が平均的人間の生活に与える衝撃の結果は、先に述べた服従的な型の人間が圧倒的に支配的になってきているという点に現われている。幼時期以来、個人は、この世でやって行くにはただ一つの仕方、すなわち究極的な自己実現の希望を放棄するしかないのだと感じている。この生き方を、個人は、模倣によってのみ身につけることができる。かれは、自己をとりまくものを近くするときに、意識的にばかりでなく全存在をかけて一致しようとする。それも、かれが巻き込まれている集団のすべて、すなわち、遊び仲間、級友、運動、チームその他によって表現される特徴や行動様式を、競って模做することによってである。それらは、すでに指摘したようにより一層厳しい服従、完全な一様化によるより一層根底的な屈服を一九世紀の父親や教師が強要しえた以上に強制するのである。あるいは自己を取り囲むものに呼応し、それを反覆、模倣することによって、あるいは自己が究極的に属する強力な集団のすべてに適応することによって、また人間から組織の一員に変身することによって、さらには組織に服従し、そのなかで影響力をもつために自己の可能性を犠牲にすることによって、個人はなんとか生きのびるのである。 [1] 翌日の未明(つまり、今朝)、第一書斎(居間)で読んでいたのは、エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』である。たまたま、この2冊を並行して読んでいるが、どちらも書かれた時期は70年近く前で、いまや古典と呼ぶべき本である。 そして、今朝開いたフロム本のページには、ホルクハイマーの文章に呼応するように次のような文章があった。ドイツやその他ヨーロッパ諸国の、下層中産階級の大部分には、このサド・マゾヒズム的性格が典型的にみられる。のちにくわしく示すであろうが、ナチのイデオロギーがもっとも強く訴えたのは、まさしくこの種の性格構造であった。この「サド・マゾヒズム的」という言葉は、倒錯と神経症という観念と結びついているから、ことに神経症的ではなくて正常な人間をさすばあいには、私はサド・マゾヒズム的性格という言葉を使うかわりに、「権威主義的性格」と呼ぶことにしたい。この用語の使いかたは、サド・マゾヒズム的人間の特徴は、権威にたいする態度にあらわれるものであるから、正当であると考えられる。かれは権威をたたえ、それに服従しようとする。しかし同時にかれはみずから権威であろうと願い、他のものを服従させたいと頼っている。さらにこの言葉を使うもう一つの理由がある。ファッショ的組織は、権威が社会的政治的構造において支配的な役割を果しているという理由で、みずから権威主義的とよんでいる。それで「権威主義的性格」という言葉で、ファッシズムの人間的基礎となるようなパースナリティの構造を代表させたいと考えるのである。 [2]権威主義的性格の人生にたいする態度やかれの全哲学は、かれが感情的に追求するものによって決定される。権威主義的性格は、人間の自由を束縛するものを愛する。かれは宿命に服従することを好む。宿命がなにを意昧するかは、かれの社会的位置によって左右される。兵士にとっては、それはかれが進んで服従する上官の意志や鞭を意味する。小商人にとっては、経済的法則がかれの宿命である。かれにとっては、危機や繁栄は、人間の行動によって変更できる社会現象ではなくて、人間が服従しなければならない、優越した力のあらわれである。ピラミッドの頂上にいるものにとっても、それは根本的に同じことである。ちがっているのは、ただ人間が服従する力の大きさや一般性であって、依存感情そのものではない。 [3] ホルクハイマーは批判的な哲学史の語りから、フロムは資本主義段階における社会心理学的な立場からの論だが、ともに権力への服従へと流れていく大衆のありようを述べている。 フロムの「サド・マゾヒズム的性格」が描いて見せる人間像は、まるっきりネトウヨそのものに見える。安倍政権誕生以来、画然と存在が露わになり始めたネトウヨ集団は、一方で政治権力にべったりとしがみつき、一方でナショナル・マイノリティやポリティカル・マイノリティに向けて薄汚いヘイト言説を投げ続けている。現代日本には、「サド・マゾヒズム的倒錯」があふれている。 二人の先哲が指し示す大衆的人間の「隷従論」に暗然たる思いがする。啓蒙などということがいかに困難で、擬制に満ちている思想だということがよくわかる。そして、自分の中に生まれる隷従心理に多くの人々が悩まされてきたに違いないが、この先にしか道はないのも確かなことだ。声なきはひとつの罪と責められて耐へにきのちも声なきわれら 板宮清治 [4]ポケットに手套なき手をひそませて争ひ勝たん意思育てをり 島田修二 [5] 隷属の街といふともかなしきに不逞なる貧のまばたきをせり 坪野哲久 [6][1] マックス・ホルクハイマー(山口祐弘訳)『理性の腐食』(せりか書房、1987年)pp. 169-70。[2] エーリッヒ・フロム(日高六郎訳)『自由からの逃走』(東京創元社、昭和26年)pp. 181-2。[3] 同上、p. 188。[4] 板宮清治「歌集 麦の花」『現代短歌全集 第十五巻』(筑摩書房、1981年) p. 296。[5] 島田修二「歌集 花火の星」『現代短歌全集 第十七巻』(筑摩書房、2002年)p. 101。[6] 坪野哲久「歌集 北の人」『現代短歌全集 第十三巻』(筑摩書房、1980年) p. 387。 読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2016.11.27
コメント(8)

「11月1、2日と高崎市の会議に出て、これで私の公的な仕事に区切りがついた。県から委嘱されていた仕事の任期を終えて、またひとつ新しい開放感を手に入れた。」と書いたのは、11月4日の金デモが終わった時だったが、予定というか計画というか、どうも思惑が一つ狂ってしまうことになった。 断り切れずに、委嘱仕事の延長を4日前に受けてしまった。後任が見つからないということで、慣習となっていた年齢制限を超えて4年の任期が続く。仕事量はまったく負担にならないほど軽微なものなのだが、公的であることの心理的負担は否定しがたい。 「無責任に生きていきたい」という年来の願いは、いくぶん適わないままということだ。 元鍛冶丁公園。(2016/11/18 18:07~18:29) 元鍛冶丁公園の入り口付近で集会は始まるのだが、ちょうどその辺りにケヤキの落ち葉が吹き寄せられて絨毯を敷いたようになっている。この季節、仙台ではケヤキ落ち葉が街中に溢れるのである 主催者挨拶は、川内原発で使われている鋼材の危険性に関するものだった。これは2か月以上も前のニュースだったが、フランスの原発に使われている日本製鋼材に規定以上の炭素が含まれていたとして10数基の原発を停止して検査を開始したという。 その鋼材は「日本鋳鍛鋼」製で、同社は日本の8原発13基の原子炉圧力容器も造っている。そこには再稼働をした川内原発1、2号機も含まれているが、規制委員会はその鋼材がJIS基準を満たしているとしてあらためて検査をしようとはしていない。 原発大国で原子力への電力依存が大きいフランスでさえ原発の稼働を止めて検査をするというのに、日本ではほったらかしで電力会社からの報告を待つだけということだ。原発を動かしたい電力会社は「問題ない」と報告し、規制委員会はそれを了承するというこれからのストーリーが目に見えるようである。日本の規制委員会は原発の安全性のための「規制」をする組織ではないことがここでも露呈している。 川内原発がいっそう危険であることに「気が付いた人間がきちんと声を上げていきましょう」と挨拶は締めくくられた。 続いて、新電力のシェアの報告があった。新電力は、いまや全電力消費量の7.9%を占め、来年には10%を超えると見られている。東京、大阪の大都市ではすでに10%を超えているが、残念ながら東北では4%にとどまっているという。 すでに太陽光発電を行って東北電力と売電契約を結んでいても、契約はそのままで新電力使用に切り替えられるので、できるだけ新電力のシェアが拡大に協力してほしいという訴えであった。 3日前の定例記者会見で奥山仙台市長は、8,000Bq/kg以下の放射能汚染廃棄物を焼却する方針を受け入れることを表明した。脱原発市民会議の報告では、仙台市の受け入れ量は36,000トンに及び、昨年の520トンの焼却に要した日数は4ヶ月だったことから焼却完了に24年もかかることになる。仙台市は国から支払われる焼却費用のために長期にわたって3か所の焼却場から放射能を仙台市民が呼吸する大気中にばらまくのである。 脱原発市民会議は、仙台市環境局との意見交換会を11月29日(火)14:00~15:30に持つことになった。市民の大きな反対の声を届けられるよう多くの人が参加されるようにと呼びかけがあった。参加者は当日13:30までに市役所二階第二委員会室に集まるようにとのことだった。 「市民による女川原発の再稼働を問うシンポジウム」の三回目は、『原発のない東北の復興を考える』と題して2017年1月29日(日)13:00~16:30、仙台国際センター大ホールで開催されるという案内もあった。大きなイベントなので費用面でのカンパをお願いしたいということである。 電力は水やガスと同様に国民の生活に不可欠なもので、かつては公的な機関によって供給されていたが、民営化することによって利権が生まれ、さまざまな弊害が生じているというスピーチもあった。 民間会社である電力会社の経営はブラックボックス化され、福島事故を起こしても責任を取ることなく首脳陣は膨大な退職金を手にしている。民間会社でありながら電源三法によって利益を守られるうえに、そのほかにも多くの官僚の天下りを引き受けることで国家からの不当な保護を受けていると批判された。 最後に、11月13日に福島で開催された「国と東京電力は責任を果たせ!」という集会に参加された人が話された。福島事故以来、ずっと国と東電に怒りを感じていたが、福島の人々の憤りは想像以上に激しいものだったと感想を述べられ、そこで「国と東京電力の責任を求める100万人署名」を開始することになったのでぜひご協力をお願いしたいと訴えがなされた。 国分町、稲荷小路を横切って。(2016/11/18 18:36~18:38) 集会が終わって、45人のデモは国分町と稲荷小路を横切っていくのだが、お巡りさんに通行規制されて立ち止まって待っている人が多くいる。 これから仕事に向かうらしい女性たちは、デモの列が通り過ぎるのを待ちかねているように足早に去っていくし、これから飲みに行くらしい中年男性たちはのんびりとした雰囲気でデモを珍しそうに眺めている。 ここでは、労働の始まりと終わりが交錯している。デモは、その空隙を抜けるように一番町に向かうのである。 一番町で。(2016/11/18 18:40~18:47) 原発事故を想定した防災(避難)訓練が相次いで行われている。11月11日には東北電力女川原発の重大事故を想定した原子力防災訓練が県庁や近隣7市町で実施された。14日に中国電力島根原発では重周辺30キロ圏の3市などで県の原子力防災訓練が、8月に再稼働した四国電力伊方原子力発電所では事故で孤立する恐れがある佐田岬半島の住民を中心とした訓練が11日に、新潟県見附市では3日に東京電力柏崎刈羽原発の重大事故を想定した訓練がそれぞれ行われている。 さらに、東北電力東通原発(東通村)の重大事故に備えた防災訓練では海上自衛隊の艦船も参加した訓練、東京電力福島第2原発では福島県と楢葉、広野両町が広域の住民避難訓練を実施しているし、関西電力大飯原発でも県と高島市が放射性物質の付着を調べるスクリーニング検査などを含む訓練を行っている。 国が行う2016年度の原子力総合防災訓練は13、14日の2日間、北海道電力泊発電所3号機の炉心損傷事故を想定して政府、自治体、北海道電力など約400の関係機関が参加して、実際の避難行動や観光客の退避訓練なども行われた。 この国が北海道で行う原子力総合防災訓練を前に、北海道反原発連合(@HCANjp)がツィッターに投稿した1枚の写真がネットで静かな話題になっている。どこかの集会(たぶん北海道庁北門前の抗議行動)で細いロープに吊るされたらしいシャツ型のピンクの折り紙に短い一文が書かれている写真である。原発の避難計画とは故郷を捨てる練習である これが、原発事故を想定する避難訓練の悲しい現実である。東電福島第一原発の事故ではじっさいに「故郷を捨てる」しかなかった人々が10万人の単位で発生した。 原発を廃炉とすれば「故郷を捨てる練習」など必要がないのは誰にでもわかることだ。だが、そこに現に原発があれば、休止中でもそこに核燃料があれば、私たちは避難訓練をせざるを得ない。故郷を捨てても生き延びなければならないからだ。 いったいいつまでこんな悲しい避難訓練を続けなければならないのだ。原発立地自治体は、原発交付金と故郷喪失を天秤にかける政治をいつまで続けるつもりなのか。それが、じっさいに故郷を失ってしまうまでというのではあまりにも愚かではないか。 青葉通りを行く。(2016/11/18 18:50~19:00) 青葉通りのケヤキもだいぶ透けてきた。清掃が行き届いているのか、風に飛ばされたか、落ち葉はそんなに多くはない。車のヘッドライトに浮き上がる残り葉の黄色が輝くようで美しい。 今日は、青葉通りをまっすぐに西公園まで歩いてから家に帰ろう。 読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2016.11.18
コメント(6)

ネットもテレビも新聞もドナルド・トランプの話題で賑わっている。ジャーナリズムの予想に反したのか、期待を裏切ったのか、それともその両方なのかもしれないが、言い訳じみた解説にうんざりする。 選挙は「よりましな選択」とはいえ、選択肢がヒラリーとトランプなのだから、どちらが勝っても負けても世界にもたらされる不幸の質と量に差があるとは思えない。それに、不満のある大衆に(仮想)敵を作ってみせてヘイトで煽るという選挙の質と結果は、大阪府知事選挙で橋下徹が勝った時に見ている。 騒々しい解説の嵐のなかを、一つのツイートが駆け巡った。そのツイートが私にとってのアメリカ大統領選挙についてのアルファでありオメガとなった。11月9日の「稲葉歩@inabawataru」という人の短いツイートである。アメリカ大統領がトランプだからって何ビビってんだよ。日本なんて安倍だぞ。 彼我の国民の不幸にほとんど差がないのである。私は、私のやることをやるだけである。 選挙後に西海岸の若者たちが反トランプのデモを始めたというニュースに、選挙結果を認めないのは民主主義ではないという陳腐な批判を加えるマスコミもあったが、海のこちら側では国会前に時には10万人を越える反安部の抗議集会が続いている。デモや抗議集会は、不十分な民主主義制度の欠かせない必須の補完物なのだ。 元鍛冶丁公園で。(2016/11/11 18:11~18:26) 鹿児島県の三反園知事が川内原発の検査状況を視察したという話から主催者挨拶は始まった。その視察に同行した二人の専門家が原発を推進する立場の原子力工学者だったことから、再稼働容認への地ならしではないかと疑問を呈している人々もいる。検討委員会設置後の議論を待ってからの判断と知事は言っているが、再稼働を認めないよう遠い仙台からも声を届けたいと話された。 また、ベトナム政府は日本が建設する予定の原発建設計画を白紙に戻す方向で検討を始めたというニュースにも触れた。福島事故を受けて安全性を見直したことや建設費の膨張などによる原発による発電コストの高騰などがその要因ということだ。福島事故を起こしたうえに、その原因を解明もできず、事故を終息させることもできない国が外国に原発を売ることの非倫理性を問う必要がある。日本国民ばかりではなく、どんな国の人も放射能を浴びることのない環境で生きていく権利があるのだ。 金デモに参加されている書道家が反原発と護憲の考えを書として出品している「東北書道秀抜展」が11月18日~23日に仙台メディアテークギャラリーで開催されるという告知をされた後、東北文化学園大学の震災復興と原発問題をテーマとする特別講座の案内があった。11月10日から開講し、原発や環境に関する話題ごとの講師を招いての講義で、毎週木曜日午後3時〜4時半に同大学1号館1257教室で行われる。因みに、来週と再来週の講師は福島原発告訴団の武藤類子さんということだ。 また、インドのモディ首相が来日して今日にも締結される日印原子力協定を批判する『世界』12月号掲載の福永正明さんの記事の紹介もあった。インドは核不拡散条約に加盟していない核兵器所有国であり核実験も行っている。そんな国に原発を輸出することは許されるのか、核実験を行った場合には協力を停止することができるのか、インドは使用済み核燃料の再処理を認めてほしいと主張していることなどきわめて重要な問題が指摘されている。 宮城県の市町村長会議で村井知事が8,000Bq/kg以下の放射能汚染廃棄物を焼却する方針を打ち出したことを受けて、奥山仙台市長がそれを受け入れる意思を表明したことから、脱原発仙台市民会議が仙台市に反対の申し入れを行った。 (1)焼却する理由がないこと、(2)焼却工程での安全性が担保されていない、(3)輸送工程での安全性が担保されていない、(4)富谷市との協定や松森工場建設の際の住民協定に違反するのではないか、(5)特措法に抵触するのではないか、(6)発生者責任を問うべきである、などの9項目にわたって申入れをしたところ、今月末に話し合いがもたれることになったという(脱原発仙台市民会議の人と申入れに同席されたふなやま由美市議の報告)。 女川原発の建設計画段階の時代からの反原発運動に取り組んでこられ、宮城県の反原発運動のリーダー役だった篠原弘典さんが第28回多田謡子反権力人権賞を受賞されたという紹介があった。 篠原弘典さんは1966年東北大学に入学して原子核工学科に進学したが、原子力の危険性を知って反原発の歩みを始め、女川原発差止訴訟原告団をはじめとする運動の牽引役となり、「みやぎ脱原発・風の会」を主導され、脱原発東北電力株主の会代表、女川原発の再稼働を許さない!みやぎアクション世話人、放射能問題支援対策室「いずみ」顧問などとして活動されたことが授賞理由となった。 最後に、一昨日野党4党の幹事長会議が開かれ、原発反対も協定の俎上に上って、民進党も否定的ではないよという話題があった。原発立地県の新潟では70%以上が原発反対で、そのことが知事選挙の結果に現れている。野党共闘では原発も極めて重要なイッシュウだという意見が述べられた。 一番町に入る。(2016/11/11 18:33~18:37) 今日は朝から雨が降っていて、集会が始まるころには止んだように思えたが、また小雨が降り始めた。 冷たい雨である。合羽を着ている人、傘をさす人、防水加工の服なのか雨を避けるふうでもなく頑張っている人などさまざまな参加者は一番町に入るころには40人になっていた。 一番町に入っても広瀬通りまでは濡れて歩くしかない。街の灯によごれたる虹立たしめてストロンチウム九〇の雨 篠 弘 [1] 一番町を行く。(2016/11/11 18:39~18:47) 広瀬通りを越えればアーケードの下に入り、みんな傘をたたんで歩く。寒さと雨のせいか、いつもほどの人出はない。明日もまた出店するらしく、店じまいしたテントや椅子がそっくりそのまま残されていて、デモは狭くなった道をすり抜けていく。 そこを過ぎれば青葉通りで、40人はふたたび雨の中に出ていくのである。 雨に濡れる青葉通り。(2016/11/11 18:50~18:56) 冷たい雨は嫌なものだ。子どものころ、いっそ雪になればいいのにと何度思ったことだろう。 そうは言うものの、デモの写真を撮り始めてからは、夜の雨は少しばかり楽しいのである。街の灯りや車のライトが濡れた路面に反射して、いつもとは趣の異なった写真になるのだ。様々な色の光が交錯するのも変化があっていいものだ。カメラが濡れるのはとても困るので雨上がりが理想的だと思うのだが、そんなふうにうまくいくことはほとんどない。 [1] 篠弘「歌集 昨日の絵」『現代短歌全集 第十七巻』(筑摩書房、2002年)p. 229。 読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2016.11.11
コメント(14)

11月1、2日と高崎市の会議に出て、これで私の公的な仕事に区切りがついた。県から委嘱されていた仕事の任期を終えて、またひとつ新しい開放感を手に入れた。 大学を定年退職したときもとても嬉しかった。どうも私は根っから仕事が嫌いらしいということはそのあたりから気づいていたのだが、さほど負担にもならない委嘱仕事からの解放がこれほど嬉しいとまでは思っていなかった。 閑職だったので、これからさほど自由な時間が増えるわけでもないのだが、任期終了を見越して町内会の役員を引き受けたりしている。200回記念デモの日は、町内会の芋煮会と重なってバタバタしてしまった。委嘱仕事より町内会の方がよほど忙しいのである。 ともあれ、忙しい10月が終わって、11月は伸ばし伸ばしにしていた健康診断やら歯科での定期検診と歯の掃除など、病気ではないが病院通いが始まる(これから予約するのだけれども)。こうしてみると、人生はどこまで行っても(いくら年をとっても)そこそこ忙しさは続くような気配である。集会@元鍛冶丁公園。(2016/11/4 18:07~18:31) 今日はテレビ(東日本放送)の取材が入っているという案内があって、それから集会が始まった。主催者挨拶は、昨日招集された市町村長会議で村井宮城県知事が8,000Bq/kg以下の放射能汚染廃棄物を焼却する方針を打ち出したこと、奥山仙台市長がそれを受け入れる意思を表明したという話題である。知事も市町村長も減衰に何万年もかかる放射線ことを本当にわかっているのかと強い調子の批判となった。 司会者を中心に、廃棄物焼却の話題が続いた。バグフィルターの性能の問題や、8,000Bq/kgをはるかに超えてしまうにちがいない焼却灰の処分方法、大気中にばらまかれる放射能による内部被ばくの問題などについて、放射線管理の立場から私が、健康被害という観点から医師の三戸部さんが質問に答える形で話題が広がった。 放射能汚染廃棄物の焼却によって仙台市の空間線量がいっそう高くなるのではないかという話から、JR常磐線が小高から仙台まで開通するということで小高近辺の線量を測定に行ってきたという報告があった。 仙台から3台のGM測定器を持参したのだが、福島に設置されているモニタリングポストはどれも持参したサーベィの半分の空間線量しか示さなかったこと、そんな中で仙台から行った人間はマスクをするのだが地元の人はマスクなしで普通に暮らしていることにショックを受けたという。「数字でごまかし、大丈夫だと言ってごまかし、こういう日本ってすごくイヤですね」という言葉が印象的だった。 その「イヤな日本」から今日衆議院の特別委員会で強行採決されたTPPのISD条項に話題が及び、アメリカの原発関連企業が日本政府を相手に「原発を再稼働させないことは不当だ」という訴訟が起こされる可能性や、このような訴訟でアメリカの企業は負けたことがないという事実に触れ、私たちの脱原発運動そのものができなくなる恐れすらある、TPP問題は脱原発問題そのものなのだと強調された。 連日参加されている書道家から、11月18日~23日に開催される東北書道秀抜展が仙台メディアテークギャラリーで開催される案内とともに、それに「原発全廃」と「憲法九条厳守」と書いた二作品を出品しているという紹介がった。あらゆる方法、手段で意思表示をしなければならないと考えて出品したと話された。 スタッフの一人から、次のような報告があった。来週インドの首相が来日して日印原子力協定を結ぼうとしている。安倍政権が原発を売りつけようとしているインドは核兵器所有国で、世界の平和がいっそう脅かされることになる。そのため、今日のコールには日印原子力協定の危険性を訴える文を入れた。 また、11月20日に仙台メディアテークで『小さきカノンーー選択する人々』の上映会があり、監督された鎌仲ひとみさんのトークもあるという告知があった。さらに、来年1月29日に国際センターで開催される女川原発問題に関するシンポジウムの告知もあった。 最後に、県会議員や市会議員に脱原発デモに参加されるよういつも呼び掛けているという人が、200回記念デモに民進党、共産党の議員さんたちが参加されたうえに、行事が重なった社民党の議員も集会の最後に駆けつけてくれたことがとても嬉しかったという思いを話された。一番町、広瀬通りまで。(2016/11/4 18:36~18:40) ファインダー越しに覗いていると冬支度のデモ人が多くなっている。45人の参加者の中に見慣れない人がいると思って注目していたら、常連さんが毛糸の帽子を目深に被っていただけだった。 こんなに季節が変わっても、原発を止められないでいる。止めるまでやるしかないが、これからこんなふうにデモを歩きながらいくつ季節を越えられるのだろう。原発の終わりが早いか、私の終わりが早いかなどとすこし感傷的な気分で、通り過ぎるデモを風景のように写していた。イルミネーションの一番町。(2016/11/4 18:42~18:45) 藤崎デパートから南町通りまでの一番町(「サンモール一番町」)には、もうブルーのLEDでイルミネーションが光っていた。11月初めからというのは早過ぎるような気がしたが、一昨年の11月7日と昨年の11月6日の金デモ写真にもブルーLEDがしっかりと写っていた(これは帰宅してから確かめた)。 ちなみに、昨年の10月30日のデモ写真にはイルミネーションがなかった。11月6日から1月23日のデモでは同じイルミネーションの下を歩いているが、2月6日にはもう消えている。つまり、11月から翌年1月までの3か月間の点灯ということらしい。仙台は2月が最も寒いので、これは冬のイベントではなくて、あくまで歳末、年始商戦のイベントだと思える。 11月4日は、一番町方面ではもう歳末らしい。 青葉通り。(2016/11/4 18:47~18:58) 衆議院の特別委員会でTPP関連法案を強行採決したというニュースをネットで知って、それから家を出たのだが、自公政権ならやるだろうと思っていたので特に気分が昂ったりはしない。安倍政権になってからこの類の憤りは日常的なバックグラウンドになってしまっている。国会で極右政権に絶対多数を与えるということの意味を痛切に感じる日々なのだ。 集団的自衛権も原発も秘密保護法もTPPも国民アンケートでは政府方針への反対が多数を占めることが多い。しかし、強行採決があっても国民の多数派は沸騰しない。そればかりか、公共施設でそのような問題についての集まりを開こうとすると「中立性」が保てないという自治体の判断で施設の使用が拒否されるケースが多くなった。政治的中立性に名を借りた「政治的判断」が押し付けられるのだ。 安倍極右政権の意に添うように忖度する自治体役人の振舞い(判断)は、それ自体ですでに中立性を大胆に踏み破って、政治的にははっきりと右翼であることを自ら明かしているのだ。たぶん、彼らは無自覚のまま「中立幻想」に陥っているのである。 今、ジョルジュ・アガンベンの『スタシス――政治的パラダイムとしての内戦』という恐ろしげなタイトルの本を読み始めたのだが、そこに古代ギリシア民主制においては「中立」は存在しえないという意味のことが書かれていた。 ある都市国家において内戦(二派にわかれた政治闘争と考えればよいかもしれない)が起きたとき、どちらにも属さず「中立」を保った市民はギリシア法によってどう扱われるか。プルタルコスやキケロなどが論じ、さらにはアリストテレスが次のように述べたという〈処分〉は、(私には)驚くべきことだった。「都市が内戦状態[stasiazousēs tēs poleōs]にあるときに、両派のいずれのためにも武器を取らない[thētai ta hopla、文字通りには「盾を置かない」]者は汚名を着せられ[atimonn einai〔アティミアを課され〕]、政治から排除される。」 [1] つまり、中立を保った者はポリス(都市国家)の民主制の根幹である市民から排除される(市民権を奪われる)というのである。政治的意思をはっきりと示さない者は「汚名」に値する恥ずべき者であって、政治に関与する資格がないと考えられていたのだ。ポリス政治から排除された者の運命については記されていなかったが、奴隷か追放のいずれかだろう。 現代の日本に置き換えたら、選挙で政治的意思表示をしなかった者は選挙権を永遠に失うということでもあろうか。そうなったら昨今の投票率では成人のマジョリティはあっという間に選挙権を失ってしまうだろう。 政治的判断や政治的意思表示をしないマジョリティの動向が今の日本の政治的状況を生み出しているとも考えられる現状に対して、ギリシア民主制における「中立」の政治的意味付けは恐ろしげでもあるが、きわめて示唆的でもある。 アガンベンの比較的短い論考だが、もう少し時間をかけて考えてみたい。[1] ジョルジュ・アガンベン(高桑和巳訳)『スタシス――政治的パラダイムとしての内戦』(青土社、2016年)pp. 36-7。 読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2016.11.05
コメント(9)
全4件 (4件中 1-4件目)
1