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先週の金曜日の夕方、義母がまた救急搬送されて入院した。肺炎の疑いだったが、入院後の検査結果はその疑いはないということだった。ただ発熱と咳きこみの症状から肺炎には至らないものの誤嚥したのではないかということだった。それで金デモは不参加となった。 食事ができるようになれば退院ということで、7泊8日の入院で済んで今日の午前中に退院した。ただ、今回の担当医から食事ができなくなった時の準備をした方がよいとアドバイスされた。「胃ろう」、「経鼻経管栄養」、「中心静脈栄養」、「抹消静脈栄養」のどれかを選択し、自宅ないし長期療養型病院で行うことになる。またひとつ、覚悟しなければならないことができた。義母が入院するたびに、なにかしら一つずつ精神修養のように課題が与えられる気分である。 仙台も梅雨があけて、今日は30℃を越える真夏日になった。義母を迎えに9時半に家を出たが、その前に義母の部屋のクーラーを26℃に設定した。義母が入院して2日目あたりからほぼ健康体で過ごした。その病院の個室の設定温度が26℃だったので、それに倣って昨年より2℃低い設定とした。義母は体温調節機能もまた衰えているのである。 義母が家に帰ってきて、またいつもの生活に戻る。私としても「いつものように」金デモに出かけるのである。錦町公園から定禅寺通りへ。(2019/7/26 18:39~18:56) 自宅から錦町公園まで徒歩で25分ほど要する。夕方になっても気温は下がらず、バッグを背負った背中は汗でびっしょりである。 私が錦町公園に着いてすぐ、福島子ども脱被ばく裁判についてのスピーチがあった。7月9日に第20回口頭弁論が福島地裁で開かれたこと、裁判では子どもたちの内部被曝がきわめて重大な問題として取り上げられていること、原告側が要請していた証人尋問のうち山下俊一長崎大学副学長兼福島医大副学長の尋問が確実になったことなどが報告された。 いまさら繰り返すのも忌々しいが、山下俊一氏は「笑っている人には放射能はやって来ない」などと公言してはばからず、福島県人の放射線防護そのものを妨げた医学者である。彼の妄言の先には当然のように子どもの甲状腺がんが多数見つかったにもかかわらず「放射線の影響とは考えられない」という更なる虚言が連なるのである。 仙台らしからぬ暑い夕方、25人のデモは、錦町公園から定禅寺通りを一番町に向けて出発した。一番町(1)。(2019/7/26 19:04~19:05)一番町(2)。(2019/7/26 19:06~19:11) 新規制基準によって原発はテロ対策として「特定重大事故等対処施設」の建設を義務付けられているものの、原子力規制委員会はこれまで再稼働された原発について建設期限の5年延長を認めていた。しかし、規制委員会はそれ以上の延期は認めず、5年の期限を守れない原発の稼働を認めないと主張している。 そのことについて7月24日付の日本経済新聞電子版に「電力「甘い認識」のツケ 原発10基運転停止も――テロ対策遅延、近づく期限」という記事でその経緯が描かれている。 規制委は完成期限を原発の再稼働に必要な工事計画の認可から5年に延ばし、その日を待った。施設が無くても稼働を認める「異例の措置」(規制庁幹部)も講じた。 なのに4月17日、九電と関電、四国電は突如、施設の完成が期限より1~2年半遅れることを明らかにした。 (中略) 突然の遅延表明と各社の同時発表は様々な臆測を呼んだ。電気事業連合会の関係者の言葉が本音を物語る。「1社で言うよりも、各社共通の課題だと規制委に訴えれば理解してもらえると思った」 西日本の電力会社幹部も「以前に延長できたので今回も規制委は認めてくれる、という共通認識があった」と明かす。 規制委が完成期限を1度だけ延ばしたのは、建設に時間がかかるとみたからだ。今回、各社が横並びで表明したことに規制委は驚き、みんなで期限の延長を迫ってきたと受け止めた。 新規制基準の運用が電力側の意向に左右されるなら、福島原発事故以前の「電力各社の横並び」や、かつての原子力安全・保安院時代の「官民の癒着」を想起する。「いつか来た道に戻るか戻らないかの分かれ目だ」と更田豊志規制委員長は電力会社を強く批判した。(強調は筆者) 特定施設建設の5年延長を認めるという「異例の措置」もまた、規制委員会と電力会社との「官民癒着」に他ならないが、この記事が伝えているのは、原子力政策は規制・監督すべき政府(原子力安全・保安院)と電力各社が「官民癒着」でやって来たことを規制委員会も電力各社も(そして日経も)はっきりと認めているということである。福島事故は起こるべくして起きたということである。青葉通り。(2019/7/26 19:15~19:22) いい汗をかいてデモは終わった。 義母の介護もどんどん課題が大きくなる。私のやることも増えた。義母は酸素吸入の管を嫌ってよくはずしてしまうので、目が離せない。嚥下食を作るために専用のミルサーなるものを購入した。私たちが食べるものを嚥下食に作り変えるのも私の仕事である。誤嚥を防ぎつつ、いつまで義母に食べさせ続けることができるのか、なにか、最終コーナーを回りつつあるような気分である。この先に長い直線コースが続いていればいいのだが……。 土用丑の日を前にして今日の夕食は鰻だと妻が言っていた。さて、鰻を嚥下食にするにはどうしたらよいか。すっかり日が落ちて暗くなった帰り道であれこれ考えるのである。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2019.07.26
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わが家に酸素吸入器が運び込まれた。入院した義母の症状がときどき血中酸素の量が低下することがあり、酸素吸入で回復することはもちろんマスクをするだけ、ときには何もしないで1、2時間で回復するということだったので、訪問医が家庭での酸素吸入を段取りしてくれたのである。 初めて見る酸素吸入器を使ってみたくてうずうずしていたのだが、そういう時に限って義母の症状は安定しているのである。その後、何度か使う機会が訪れたが、とにかくこの酸素吸入器があるだけで妻も私もとても安心なのである。なにか新興宗教の神様(神器)のような存在である(私にはまったく信仰心はないのだが)。マルクスの言う物神化とはこういうことか、と妻に冗談を言ってみるが不審げな顔をするばかりである。 今日は朝から義母の血中濃度は正常である。午後はヘルパーさんが入浴させてくれる日なのだが、やや熱があるので全身の清拭で済ませることにした。清拭の前後にも血中酸素を計ったが正常である。その時、ヘルパーさんに血中濃度の測り方を示して、ときどき計ってくれるようにお願いした。とにかく観測していなければ酸素吸入が必要かどうかわからないのである。 ヘルパーさんが帰り、私も出かける時間になったが妻はまだ帰ってきていない。もう一度血中酸素を測定し、念のため数値をLINEで妻に報告して出かけた。勾当台公園から一番町へ。(2019/7/12 18:57~19:05) 今日も30人のデモになった。コーラーは前に何度かやったことがある人だと思うが、とてもカラフルで楽しいのである。普通のコールのリズムで始まるのだが、演劇調で終わったり、歌曲風に変わったりして油断がならないのである。 しかし、コアの30人のデモである。あっという間にコーラーに合わせるようになった。30人は、もうすでに立派なベテランのデモ人なのである。一番町(1)。(2019/7/12 19:06~19:07) デモを歩きながらコールもするが、何種類かのアピール(メッセージ)も読み上げる。今日のアピール文の一つは次のような内容だった。 福島原発事故から8年が過ぎました。しかし、事故はまだ終わってはいません。 福島県は7月9日、福島原発事故による自主避難者のうち、提供していた住宅から退去しなかった63世帯に対し、なんと家賃の2倍の損害金の請求書を送付しました。 しかし、退去したくても退去できずに残った世帯は、原発事故による長期の避難生活で困窮し、病を抱え、行く先を見つけられない人たちです。 そうした被災者に対しては、生活再建のためのより手厚い支援が必要です。にもかかわらず、懲罰的な請求をするということは、被災者をさらに追い詰め、生存の危機を招きかねず、受け入れることはできません。 福島県と復興庁は、県民・被災者の命と生活を守る責任者として、懲罰的な「2倍家賃」請求を撤回し、当該世帯の人々に誠実に向き合い、退去の条件が整うまで入居継続を保障することを強く要求します。 このアピール文は、例えば7月10日付の朝日新聞デジタルの「公務員住宅退去せず「損害金」 原発事故の被災者の請求」という記事で報道された福島県の行政行為を批判して急遽作られたものである。それほど長くない記事なので全文を引用しておく(小泉浩樹さんという記者の署名記事である)。 東京電力福島第一原発事故で福島県を離れ、国家公務員住宅で暮らす自主避難者のうち、退去期限後も住み続けた5都府県の63世帯に対し、県が家賃の2倍の「損害金」を請求したことが9日、分かった。 県は、自主避難者への住宅の無償提供を2016年度末で打ち切った。県外の国家公務員住宅に避難し、転居先が決まらない世帯に限り、今年3月末までの2年間、家賃を払えば住めるようにした。その後、引っ越し先が決まらない世帯向けに相談会を開いてきた。 ただ、期限後も住み続けた場合、家賃の2倍の損害金が発生すると契約に盛り込まれており、今月8日付で63世帯に4月分の損害金、計約300万円の納付書を送った。1世帯当たりの損害金は2万~15万円。県は5月以降の分も今後請求する方針だ。 今月1日時点で国家公務員住宅で暮らす自主避難者は55世帯。避難者の支援団体「原発事故被害者団体連絡会」によると、病を患ったり収入が低かったりして転居がままならない世帯もあるといい、武藤類子共同代表は「県が非情な通知を出したことに驚く。最後まで寄り添ってほしい」と話した。 原発事故から8年、国や県が被災者を切り捨てる棄民政策を一貫してとり続け、原発事故を終わってしまったもの、なかったものにしようとしていることは明らかだったので、このニュースもいつものような憤りと同じような感情で受け取ってしまうことが悔しい。 被災して8年間、そしてこれからも苦しみ続ける人々に対してこれほど非道なことがあろうか。まるで人非人ではないか。そのような思いに至った時、人非人である具体的な実在する人物が思い浮かばないことに気づいた。 自主避難者へ住宅の無償提供を行うことを決めたのも具体的に実在する誰かであった。2016年度末で無償提供を打ち切ることを決定したのもある特定の誰かである。公務員住宅に限り2年間の延長を認めた誰か、どんな根拠があるかわからないが2年を越えたら家賃の2倍の損害金が発生すると契約書に書き込んだ誰か、それを根拠に損害金を無情にも請求する誰か。 ニュースはその主体を「福島県」とのみ記しているが、具体的な名前のある人物(たち)が「人非人」として非道な行政行為を遂行しているのである。複数の組織、人間が関与することで、その非道性が薄まるわけではない。人非人が人非人でなくなるわけではない。じっさいには周囲から普通の人と思われている役人の多くが無自覚のまま人非人となって非道を行っているのだろうと想像する。一番町(2)。(2019/7/12 19:09~19:14) もう一つの「非道」のニュースがある。「3.11被災 固定資産税の減額終了へ 原発避難者、税6倍にも」という題のニュース(7月7日付け東京新聞)である。 私たちの住む宅地の固定資産税は地価公示価格などによる「評価額」に税率を掛けて決められている。宅地に住宅が建てられていればその固定資産税を減額する特例があって、最大で六分の一に減額される。 福島原発事故で避難した人々の住宅は誰も住んでいなくても建ってさえいれば減額された固定資産税を払えばよい。しかし、放射能汚染で住めなくなった住宅は放置せざるを得ない。人の住まなくなった家の痛みは早く、動物が入り込んでさらに荒廃し、やむなく解体せざるをえない人が多い。 原発事故のため解体した住宅の跡地(更地)に対しては、住宅があるという「みなし規定」が適用されているが、それは2012年度から2022年度までと期間が定められている。つまり2023年4月以降には現在の6倍の固定資産税を払わなければならない被災者がいるということである。放射能汚染で住むことも売却することもできない土地に普通の宅地並みの課税がなされるのである。 記事の最後に次のような一文があった。〔固定資産税などの〕地方税法を所管する総務省は「現状で規定を延長する議論はない」と説明。固定資産税は各自治体で税額を決め、徴収しているため、どの自治体が特例で減額しているか把握していないという。 ここにも具体的な人の顔は登場しない。法があって適用するだけだという雰囲気である。つまり、原発事故があって、東京電力が放射能をまき散らし、福島の人たちの住宅と土地を人の住めない場所にしてしまったという事実は捨象されているのである。 そのような事態のために政治家や役人は存在しているのだが、既成の法の陰に隠れて被災者のために何をすることもなく、みごとに顔を隠しているのである。「不作為の非道」を行う人非人と呼ぶべき存在ということではないか。青葉通り。(2019/7/12 19:18~19:22) デモが終わり、帰り道でLINEを確認すると義母の血中酸素量の報告が既読になっていない。せっかくの報告を妻は見ていないのである。まあ、LINEは私と妻、それに息子と娘の4人だけの連絡に使っているので、もともとあまり見る機会は多くはない。それで妻も私もLINEに届いていることに気づかないことが多い。 妻はずっと以前からだが、私もまた義母に関わる時間が圧倒的に多くなった。とはいえ、こういう日々がずっと続くことを願うばかりである。宵闇の中でそんなことを考えながら帰路を急いだのである。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2019.07.12
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義母にようやく明日(6日)の退院許可が出た。6月19日の10時ころに救急搬送で入院し、6月24日の午前中に退院したが、その夕方にふたたび救急車に乗せられ入院し、それから12日目の退院となった。 救急車で運ばれての入院だったので、退院時に着る服や靴を準備して(荷造りして)から勾当台公園に向かった。 勾当台公園から一番町へ。(2019/7/5 18:54~19:02) 勾当台公園に向かう途中で市立図書館に寄ったので、着いたときには集会が終わりかけていてデモの準備が始まっていた。 このごろはすっかり梅雨の季節らしくなって雨の日が多い。しかし、今日は曇り空だが雨は降っていない。参加者は30人とほとんどコアのメンバーだが、その少ないメンバーの中にたぶん初めて見る顔が混じっている。少人数のデモが続いているが、そういうことがしばしばあって楽しい気分になる。一番町(1)。(2019/7/5 19:03~19:07)一番町(2)。(2019/7/5 19:09~19:14) 最近、あまり読書が進んでいないが、シャンタル・ムフの『左派ポピュリズムのために』(山本圭・塩田潤訳、明石書店、2019年)に続いてブレイディみかこ、松尾匡、北田暁大の3人の対談本『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』(亜紀書房、2018年)を読んだ。 この2冊の本に共通しているのは、グローバリズムが席巻する時代に新自由主義に取り込まれた左翼(イギリスの労働党政権がその典型)の批判と、現代の左翼への「左派ポピュリズム」の提言で、とても興味深く読むことができた。 もっとも「ポピュリズム」を「大衆迎合主義」と理解する日本で「ポピュリズム」を勧めるというのはけっこう大変らしい。ネットでは「ポピュリズム」という言葉に過敏に反応している様子がしばしば見られる。もちろん、両書の著者たちはそのことは百も承知で「ポピュリズム」そのものの意味についても言及している。 「ポピュリズム」を「大衆迎合主義」と理解するのはいつごろから始まったのだろう。私の想像では、松尾匡さんが「レフト1.0」と呼ぶ「旧来のマルクス・レーニン主義」の時代に左翼がポピュリズム思想を貶めるために用いたのではないかと思う。大衆は愚かで「左翼・党」が指導するべきものであって、大衆に迎合することなどあってはならない、ということだったに違いない。しかし、そのような左翼・党は政権に近づくことすらできなかった。 テレビ、新聞などのマスコミ・ジャーナリズムはまったく取り上げないが、ネットでは今次の参議院選挙で山本太郎が立ち上げた「れいわ新選組」という政党が注目され、騒がれている。消費税撤廃などの主張が既成政党から「ポピュリズム」と揶揄される場面も多いが、もしかしてそれは「左派ポピュリズム」と呼んでもいいものではなかろうか。 両書とも、現在のヨーロッパの左派・左翼政党が新自由主義的緊縮財政に反対して支持を広げていると指摘している。新自由主義グローバリズムから逃れられないリベラル政党に比べれば「れいわ新選組」は明らかにその限界を踏み越えているように見える。「れいわ新選組」の政治理念・思想の全体像を理解しているわけではないが、「ポピュリズム」に踏み込むことをまったく恐れていないことがとても興味深い。願わくば、マスコミ・ジャーナリズムに取り上げられて、国民がその「ポピュリズム」にどう反応するのか見てみたいのである。青葉通り。(2019/7/5 19:16~19:21) 1年でこの季節の金デモがもっとも素敵な時間帯を歩く(私にとってだが)。明るい時間に出発して、しだいに暮れていく街を抜けて行き、デモの終わりには夜のとばりの中にいる。ほんとうにいい時間帯である。出来るなら今日のような曇り空ではなく、空の色、空気の色まで変化してくれれば最高なのだが……。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2019.07.05
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