山行・水行・書筺 (小野寺秀也)

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歩世亜 @ Re:薬師堂(陸奥国分寺跡)の桜(2026年4月9日)(05/06) こんにちは。 桜は散るのも早いので写せ…

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2017.01.15
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テーマ: 街歩き(692)
カテゴリ: 街歩き
 やっと仙台の冬らしくなってきた。ただし、暮れから正月にかけてはわが家にとっては受難の季節で、暮れが押しつまってから義母が肺炎で救急入院し、病院で正月を迎えるという年が3回もあった。
 今年は無事に正月を迎えられたと安心していたが、6日の真夜中に救急入院した。誤嚥性肺炎の疑いである。さいわい肺炎の症状はとても軽くて、体力の消耗さえなければまもなく退院できそうである。
 仙台の冬はこれからもっと厳しくなるが、義母にとっては体が冬に順応しきれない正月の頃が一番厳しいらしい。そんなことは百も承知で、少し熱が出て痰がからむようになれば痰の吸引や抗生薬で手を打って、3度ほど自宅で切り抜けていたのだったが、ついに及ばなかった。ただ、軽い症状のうちに訪問医が手を打ってくれるので、いつも大事に至らない入院ですんでいるのはとてもありがたい。
 義母が入院している間は妻がつきっきりなので、三食を私が用意し、妻の分は毎日病院に届けるのである。「病院のレストランで済ますからいいよ」と妻が言ってくれる夢を見たが、やはり夢のままなのである。料理をするのは嫌いではないのだが、一週間も経つとネタ切れになるのが困る。









勾当台公園野外音楽堂。(2017/1/13 18:09~18:39)


 「年賀状が余っていたら「あさこはうす」へ葉書を出しましょう」と主催者挨拶は始まった。大間原発の建設敷地のほぼ真ん中にある「あさこはうす」は、フェンスに挟まれた狭い道で外部とつながっている。通行量が少ないことを理由に閉鎖が企まれているが、国内ばかりではなく海外から「あさこはうす」に毎日届く支援の手紙を郵便局員が運ぶことで、その道が生活道路であることを明らかにしている。その郵便物を途絶えさせることのないように葉書を出すことも大切な支援のひとつなのだ。

〒039-4601青森県下北郡大間町字小奥戸396
            「あさこはうす」


「あさこはうす」の熊谷厚子さんが1月15日投票の大間町長選挙に立候補している。大間町は、原発関連交付金にどっぷりと浸かり、大間原発の稼働で入る税金をあてにした箱もの政治で身動きできなくなっている自治体で、反原発の声を出すことはとても困難な町だという。難しい状況で一歩も引かずに闘い続ける姿勢に頭が下がるばかりだ。

 東電福島第一原発の事故で放出された放射性セシウムはチェルノブイリ事故の2倍だった、という話から始まったスピーチは、1959年に科学技術庁(当時)が東海第一原発建設に際して原発事故による被害額を試算した事実が40年間も隠ぺいされつづけていた話題も取り上げた。
 出力50万kW(女川原発1号機の3分の1)の原発の事故で2%の放射能が放出されるという仮定で見積もると、その被害額は当時の金で3兆7000億円になるという。公務員給与の比較から現在の金額に換算すると59兆円に及ぶ膨大な被害が予想されていたのだが、原発推進にとってあまりにも不都合なため隠し続けられた数字である。

 岩手県から参加された人は、原発のない岩手県でも福島事故で汚染された県南地域の除染は終わっていない。原発立地県ではなくても事故の被害は起きることを強く訴えたいと話された。

 宮城県知事は年頭挨拶で、8000Bq/kg以下の放射能汚染廃棄物を一般ゴミとして焼却することをすべての市町村の合意を得たいという趣旨の発言をしている。昨年暮れの市町村長会では合意が得られずいったんは延期になったが、けっして諦めたわけではない。これからも力を緩めず、反対運動に取り組んでいきましょう、と訴えられた人もいた。

 福島でボランティア活動をしている人は、本当の意味で福島の復興は進んでいないことの意味について話された。福島へは復興予算も含めて10兆円もの国の予算がつぎ込まれているが、それが被災地には届いていない。たしかにホテルやアパートの類には大勢の人間がいるが、地元の経済の循環にその資金が入ってきていない。
 福島につぎ込まれる国の資金は、その半分以上をゼネコンにピンハネされ、現地で働く人間にはかつかつの人件費しか支払われないため、被災地の経済循環にほとんど役立っていないのが現状である。ピンハネされた金は中央へ戻っていき、ゼネコンの留保金となったり、政治献金として政治家に還流していく。政治家と大企業が被災地を食い物にする典型的な「 ショック・ドクトリン 」的な構図になっている。
 国は最低賃金法でピンハネを認めているが、尼崎市や野田市、川崎市あるいは奈良県のような地方自治体では「公契約条例」によって、自治体発注の事業で雇用される労働者の賃金のピンハネを禁じているところもある。国に最低賃金法を改正させることも必要だが、私たちが住んでいる自治体で「公契約条例」を成立させることが大切ではないか、と締めくくられた。

 1月29日(日)13:00~に開催されることを主題とする『 原発のない東北の復興を考えるーー市民による女川原発の再稼働を問うシンポジウム 』のスタッフ募集の案内があった。第1回目は550人、昨年の2回目は630人の参加があった。今回はもっと多くの参加者を集めたいと頑張っているが、会場が広いためスタッフの不足が心配されるという。当日は12:30開場だが、手伝える方は1時間ほど前に集合してほしいという呼びかけであった。



表小路。(2017/1/13 18:40~18:42)

 久しぶりの勾当台公園での集会である。暮れに開催される「光のページェント」は、勾当台公園から出発するデモが通り抜ける定禅寺通りを主会場だが、勾当台公園も会場に含まれるため、その時期には勾当台公園は使えないのである。
 集会は野外音楽堂で行われるが、そこから少し離れると本当に暗い。デモが公園を出て勾当台通りの広い交差点を渡るまではろくな写真が撮れない。シャッターが下りないほど暗かったり、撮れてもシャッター速度が遅くてブレブレである(露出優先のAFにしている)。










一番町で(1)。(2017/1/13 18:48~18:52)

 45人のデモが一番町に入る。暮れほど人が多いわけではないが、一番町をデモコースに入れられる仙台のデモは恵まれているような気がする。
 デモに人数が一桁多ければさらに理想的である。一番町広瀬通り角は、待ち合わせの人たちが大勢集まっている場所だが、せめてそれに見合うだけのデモの人数だったらアピール力は抜群だろう。昼デモでは何百人というデモは何度かあったが、昼日中に大集団が待ち合わせで集まっているということはないのである。夕方6時ころのデモで200人くらいが歩くというのがいいなあ、と思ったりする。




一番町で(2)。(2017/1/13 18:54~17:00)

 ニューヨーク市近郊の インディアンポイント原発を閉鎖するというニュース があった。人口密集地域に近く危険だと廃炉を訴えてきた米ニューヨーク州のクオモ知事が2基の原発を2020~21年に停止させることで電力会社エンタージーと合意に達したという。福島事故後に閉鎖を求める声が強まったことを受けた政治的判断があったのである。
 政治的判断といえば、この11日に台湾の立法院で2025年までの脱原発の実現に向けた 改正電気事業法が成立 した。台湾でも福島事故後に高まった反原発の世論を受けて、政治が国家レベルでの脱原発に踏み切ったのである。 
 二つともいいニュースだが、どちらも福島事故から学んでいるというのが重要であろう。多大な犠牲を出して福島事故を経験した私たちが学んだものは多い。しかし、福島事故から学んだ政治が実現しているのはすべて外国である。日本の政治家や官僚は何を学んだのだろう。隠ぺいの技術や、ごまかしのテクニックをひたすら磨き上げただけのようにしか見えないのが、なんともわびしい。日本は素晴らしい、日本人は優秀だなどと騒ぐテレビ画面のバカ面が目に浮かぶ。





青葉通り。 (2017/1/6 19:03~19:06)

 デモはもっと人数が多い方がよいが、写真を撮るとなると50人くらいが写しやすい。大人数で視野に入らない部分が増えるとなんとなく不安なのである。いまさら言うのも変だが、私の写真は腕や技術で撮っているのではない。被写体との偶然の出会いだけが頼みの綱の写真なので、見えていない部分でシャッターチャンスがあったのではないかと思ってしまうのだ。
 それにしてもデジタルカメラになってとても助かっている。私の腕でフィルムカメラではどうにもならなかっただろう。PCの記憶容量を喰うことを気にしなければ、デジカメは気楽なのである。めったやたらに写しておけば、その中には人に見せられそうな写真が少しはあるというものだ。
 デモが終わった。いつもは歩いて帰るのだが、今日は地下鉄を利用して少しでも早く帰る。出かける前に米を研いで仕掛けてきたが、おかずは帰ってから急いで作るのである。電車の中で何を作るか考えたが、何も思い浮かばないうちに降りたのだった。

読書や絵画鑑賞のブログ
かわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)

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Last updated  2017.03.19 10:34:07
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