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木昌1777さんComments
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朝はたいてい4時前後に目を覚ます。暗い部屋でスマホを手繰り寄せて時間を確認する。今朝は4時25分だった。ぼーっとしながら、ついさっき同じように目を覚ましたばっかりだと思う。それは、昨日の目覚め、一昨日の目覚めのことである。朝、目が覚めて一日が始まる。しかし、一日の記憶が消えて、朝の目覚めのときだけが連続しているようだ。
私は、朝の目覚めだけの日々を繰り返している。そんな奇妙な感覚に包まれながらもそもそと布団から抜け出す。1月7日に左手首を骨折してから、そんな感じが強くなった。手首以外は何でもないので、ほとんどのことはできるはずなのに、どこかぼんやりとして時間を過ごしている感じがする。
怪我をしたことへの本能的な防御的心理なのか、怪我を契機に自堕落な本性が露わになって来たのか、それともただ老いが加速して不活発になっただけなのか、本人はまったく自覚できないままに最近の日々は過ぎていく。
とはいえ、日常の暮らしぶりは骨折以前とほとんど変わらない。いろんな集まりもこなしているし、40人ほどの新年会も主催者の一人としてこなした。左手をビニール袋で覆って、昼食の準備も毎日欠かさずやっている。先週は二度も東京へ出かけた(それで先週の金デモは休んだ)。
というわけで、気分はかなり病人(けが人)みたいだが、遊ぶことはきちんと遊んでいるので、金デモを休む合理的な理由がまったく見つからない。外はときおり強い北風が吹き荒れているが、防寒をしっかりとして家を出る。私と入れ違いに帰ってきた妻が「風がとっても冷たいよー」と嬉しそうに私を脅かして暖かい部屋に駆け込んでいく。




勾当台公園から一番町へ。(2019/2/1 18:19~18:41)
冬の道欅の枝は神経のごとくにわれの頭を覆いたり
加藤治郎 [1]
家を出て、広瀬川に架かる仲の瀬橋を渡り、西公園を通り抜け、冬枯れた欅並木の定禅寺通りを通って勾当台公園に向かう。フード付きの防寒着だったので、ときおりの強風にフードを被ろうかとも思ったのだが、結局一度もそうしなかった。
雨を厭わず山野河海で遊ぶことがことごとく好きな私は、レインウエアのフードを被らざるをえないことが多いが、そのフードがとても嫌いである。周囲から聞こえる音の方向感覚が狂うのと、フード内での音の反響が嫌いなのである。大げさに言えば、フードは私に閉塞感をもたらすのである。
寒いとは言え、フードが絶対に必要というほどのこともなく勾当台公園に着いた。野外音楽堂にはベンチがあるが、参加者のほとんどは立ったままスピーチを聞いている。冬の集会にはよくあることで、その程度には寒いのだった。
東北電力の経営状況や、女川原発再稼働の是非を問う県民投票条令の請求署名が閲覧に附され、その後最終的な提出、記者会見、県議会上程のスケジュールについてのスピーチがあって30人のデモが勾当台公園を出発する。
しはがれてひくくきびしき声のしてふりかへるとき冬の茫漠
加藤克巳 [2]




一番町(1)。(2019/2/1 18:42~18:44)
二週間前のデモではズームレンズを回す左手が痛んだが、骨折から24日目、今日はまったく痛みを感じない。左手で握ってカメラ全体の重さを支えるのはまだ難しいので、左脇にカメラを挟んで右手で調整するというのもそこそこ慣れてきた。人込みを避けながらの急ぎ足でどこかに左手をぶつけさえしなければ心配することはまったくない。
一番町の人混みは相変わらずで、辺野古の海に土砂が投入されても、統計調査をごまかして景気はいいと政府が大ウソをついても一番町は賑わっている。まあ、なにも不思議はないのだが、心の綾のどこかの空隙を冷気がすり抜けていくような気持ちになる。
私たちの暮らしは安心、私たちの未来は安全、という概念はいまや自己暗示の領域に入ってしまったのではないか。




一番町(2)。(2019/2/1 18:45~18:52)
『図説・17都県放射能測定マップ + 読み解き集』
[3] という本が届いた。東電1F事故後、全国で立ち上がった市民による放射能測定活動を集約したものである。
宮城県では2011年3月15日に214ヶ所の地点の放射性セシウムによる土壌汚染が調べられ、丸森、白石、栗原、角田、七ヶ宿の16地点でチェルノブイリでは移住の権利が発生する2800Bq/kg以上の汚染があった。チェルノブイリでは何らかの補償に対象となる600Bq/kg以上の汚染は、県内の66地点で観測された。
2018年3月15日には255地点の汚染が測定され、2800Bq/kg以上の汚染が4地点、600Bq/kg以上は37地点もあった。
私たちは東京電力福島第1原子力発電所の過酷事故でばら撒かれた放射能汚染地区に住んでいるのである。放射能は県境でコントロールされることはない。福島県民と同じように、私たちもまた被曝者なのである。
冷戦時代、資本主義と自由主義を信奉する日本の政治家や評論家は、旧ソ連の政治システムや経済、ソ連国民の貧しさを批判し、軽蔑し、嘲笑していた。そして、1986年にソビエト連邦に含まれるウクライナのチェルノブイリ原子力発電所で過酷事故が起きた。
事故後、チェルノブイリ周辺の汚染地区では20mSv/y以上の地区は立ち入り禁止ゾーン、5mSv/y以上は強制避難、1mSv/y以上は避難の権利を認め、1mSv/y以下でも何らかの補償を認めると定めた。
一方、ソ連の政治、経済を蔑んできた日本の政府は、20mSv/y以下の土地にすむように帰還政策を進め、自主避難者への支援もことごとく打ち切っている。資本主義で自由主義の豊かな国のはずの日本政府の国民の扱いは、旧ソ連のそれと比べれば恐ろしいほど貧しく冷酷だ。
私が若いころ、自由主義の国アメリカに住む黒人には「自殺する自由がある」という皮肉が流行っていた。いま、日本の政府に巣くう経済学者が日本の若者には「貧乏になる自由がある」と嘯いている。私たちが言っている「自由主義」の自由は資本を支配している者たちの自由だけを意味している、というのは政治に関心がある者にとってはとうの昔から自明である。彼らの自由のために、私たちは放射能に曝されて生きることを強いられている。脱原発デモを止められない理由である。





青葉通り。(2019/2/1 18:54~19:04)
それほど寒さを感じることもなくデモは終わった。
今年の冬は暖かく、雪も少ない。片手での雪掻きはとても難しいだろうから、それはそれでありがたい。ただ、暖冬の年は冷夏になるというジンクスがある。太陽から流入する熱量が平均的に一定であれば、それももっともらしい。そうなれば、夏を謳歌する花たちや動物たちには都合が悪い。冬は寒く、夏は暑いというごく当たり前のことが望ましいのである。
冬に雪が少ないと、わが家の前を流れる広瀬川は雪解け水が少なくなって、春に遡上してくる鮎たちには苦難の夏になる。その鮎たちを釣りたい私も大いに困るという個人的な事情もある。
ごくごく普通の冬がいい。そう思いながら思ったほど寒くない強風の中を帰るのである。
[2] 加藤克巳『現代短歌全集 第十三巻』(筑摩書房、1980年)p. 107。
[3] 『図説・17都県放射能測定マップ + 読み解き集』(みんなのデータサイト出版、2018年)。
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