今日も他人事

今日も他人事

艦これSS「青天」



防波堤に腰を下ろし、扶桑はじっと空を見上げていた。

沖ノ島海域での会戦で中破した扶桑はしばらくドックで修理を受けていたが、少し前に出渠を果たした。
今の所、提督から出撃命令は出ていない。
かといって街へ向かう気持ちもおきず、扶桑は鎮守府でぼんやりと時を過ごしていた。
共に修理を受けていた金剛と榛名は既に一足先に出渠を果たし、新たな作戦目標である北方海域や西方海域への攻略の為に出撃している最中である。
自分だけが必要とされていない。誰に言われた訳でもないが、扶桑にはそうとしか思えなかった。

「空は、あんなに青いのに」

どうして、私の心はこんなにも曇っているのだろう。
扶桑は心の中で呟いた。
ここに妹の山城がいたら。姉を気遣って慰めの言葉を口にしただろうか。
あるいは困ったような表情を浮かべたかもしれない。
だが、山城はこの鎮守府に配備されてはいない。
心の通じ合える妹が居ないことも、扶桑にとっては辛いことだった。
扶桑の悩みを本当に理解できるのは山城だけだろう。
他の艦娘も戦友であり、仲間には違いないが、姉妹艦の絆はそれとはまた別のものだ。

扶桑型戦艦は構造的な欠陥を抱えていた。
火力こそ充分に備わっていたが、機動性が低く、耐久性も決して高いとはいえない。
大和型や長門型は勿論、改修型である伊勢型に比べても随所で劣っている。
その性質は艦娘となってからも忠実に引き継がれていた。
扶桑型戦艦が投入されるのは、他に動ける艦がいない時だけだろう。
より高性能な艦が鎮守府に配備され、艦隊が充実するまでの話だ。
いつか自分は御払い箱になる。
その事実が扶桑の肩に重くのしかかっていた。

遠くから、数名の艦娘達がキャッキャッと騒がしくやってきた。
皆、駆逐艦だ。電に雷、他に陽炎や時雨の姿もあった。
出撃してきたのか全身、小さい傷や汚れに塗れている。
扶桑に気付いた電が小走りに近寄ってきて会釈した。

「こんにちは、扶桑さん。お疲れ様なのです」
「こんにちは、電ちゃん。今、帰ってきたところなの?」
「なのです。他の皆とキス島の威力偵察に行ってました」
「あぁ、そういえば、今度、キス島で大規模な作戦があるとか」
「はいです。キス島で包囲されている兵隊さん達を救出してくる予定です」
「そう。とても大変な任務ね。無事を祈っているわ」

扶桑の言葉に電は恥ずかしそうに笑みを浮かべた。

「電、ドックに行くわよー」
「あ、うん。それじゃあ、扶桑さん」
「ええ、お疲れ様。ゆっくり休んでね」

ぶんぶんと手を振っている雷の下へ電が駆け去っていく。
皆、黒く汚れていた。逆に扶桑の肌は透き通る様に白い。それが何故か悲しかった。
扶桑は溜息を洩らし、それから視線を海へと戻した。
視界の先には遠く水平線が見える。波は穏やかだ。
時折吹きつける風が扶桑の頬を撫でる。
目を閉じ、じっと風に身を任せた。
こうして防波堤で風を感じているのが好きだった。
何も戦いが好きな訳ではないのだ。
ただ、戦うために生まれた自分が、他の皆のように戦えないことが悔しかった。
自分は何のために生まれて来たのだという思いが募ってくる。
もし、捨てられる為に生まれて来たのだとしたら。それはあまりにも惨め過ぎる。

「ここにいたのか、扶桑」

聞き慣れた声。
目を開けると、すぐ側に提督の姿があった。

「探したぞ。外出届は出ていないし、部屋にもいなかったからな」
「それは、お手間をお掛けして申し訳ありません」
「いや、いいさ。扶桑はここに良く来るのか?」
「ええ。ここで風に当たっているのが好きで」
「そうか、じゃあ、用がある時にはここにも来るようにするよ」
「ありがとうございます。それで、提督。どのようなご用件だったのでしょうか?」
「ああ、ちょっとな」

側に腰を下ろし、提督は帳面を扶桑に手渡した。

「航空戦艦への改造ですか」
「南西諸島海域での実戦データから主力艦隊への航空戦力の増強が必要だろうと考えている。
 ただ、新規に空母を配備、育成する余裕は今の所ない。
 当面は既存の艦に航空能力を付与することでそれを補いたい。
 検討した結果、一番の適任が扶桑だろうということになった」
「私が」
「空母という訳ではない。
 砲雷撃戦になれば従来通り戦艦として戦ってもらうことになる。
 その上で、艦載機による索敵と開幕爆撃も担当しなければならない」
「艦載機について、私は何も知りませんが」
「これから身に着けてもらう。しばらくは赤城や隼鷹の側で学んで貰うことになるな」

提督はふぅと息を吐いた。
それから口元をしきりに手で擦った。
これは提督が何かを迷っている時によく見せる仕草だった。
鎮守府の艦娘の中では衆知の事実だったが、提督本人は未だに気付いていないらしい。

「実の所、航空戦艦がどれぐらい有効な戦力になるかまだ定かではない。
 装備と作業が増える分だけ、艦娘の負担もかなり重くなることだろう。
 大変な話だが、引き受けて貰えるだろうか?」

引き受けて貰えるだろうか、などと言う必要はなかった。
艦娘達は提督に従わなければならない立場にあり、そう教育されている。
ただ、命令すれば良いだけのことを、何故か頼むように言ってしまう。
普段は頼りなさそうに思える提督の癖が、何故か微笑ましく感じられた。

「分かりました。改造の件、お引き受けいたします」
「やってくれるか。助かる」

ほっとしたような表情を浮かべる提督に、扶桑は思わずくすりと笑みを浮かべた。

「ん、おかしかったか?」
「いえ、提督が自信なさ気に仰るので思わず。
 提督は私達の指揮官なのですから、もっと命令口調で仰っても良いのですよ?」
「そうだな、すまん」
「ほら、また」
「あ、参ったな、これは」

思わず頭を掻く提督に、扶桑はクスクスと笑った。

「ありがとうございます、提督。私、少し、気が楽になりました」
「そうか?なら良かった。扶桑はいつも何か悩んでいるようだったからな」
「私、悩んでいるように見えましたか?」
「ああ。なんて言ったらいいか分からなくて言い出せなかったけどな」
「そうですか。すみません、余計な心配をさせてしまって」
「良いさ。何か悩んでいるなら、自分にも言ってくれ。
 何が出来るか分からないが、相談に乗ることぐらいはできると思う」
「分かりました。また、悩んだ時はご相談させていただきますね」
「ああ、約束だ」

そう言う提督も嬉しそうだった。
また風が吹いた。扶桑はちらりと海の方へ視線をやった。
先程とまで何も変わらない風景。水平線に雲一つない青空が広がっている。
違うのは、扶桑の心の中も同じように晴れ晴れとしているということだった。


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