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今日も他人事
艦これSS「鋼鉄の戦姫」
長門は弾薬庫を開き、三式弾を取り出して主砲に詰め込んだ。
もうこれで残りはない。次の斉射でカタを付けなければ、作戦は失敗である。
離島棲鬼。ピーコック島の守護者ともいうべき深海棲艦の撃破。
それさえ果たせば、この戦いは終わる。
しかし、それが如何に至難を極めることか主力艦隊の指揮を務める長門自身がよく分かっていた。
「大丈夫か?」
長門はぐったりと岩礁にもたれかかっているビスマルクに声を掛けた。
「ええ、なんとかね」
ビスマルクは苦笑いを浮かべて応じた。
ビスマルク自慢のドイツ製の頑丈な装甲服は既にボロボロだ。
背部に取り付けられた46cm三連装砲も完全に破壊し尽されている。
「厳しい状況だな」
長門は周囲の状況を見渡しながら、苦々しくつぶやいた。
ダメージを受けていないのは敵の砲撃を受けなかった長門と扶桑だけで、赤城も金剛も既に装甲服は半壊し、戦闘力が低下している。
加賀もビスマルク同様、装甲服も艤装も既に機能しないほどの損傷を受けていた。
「残りは離島棲鬼と戦艦棲姫だけだが」
「問題は、離島棲鬼にあまりダメージを与えられていないことね」
「ああ。だが、やるしかない」
長門の言葉に主力艦隊の艦娘達が頷く。
「この夜戦が最後のチャンスだ。私、扶桑、金剛の順に仕掛ける。ビスマルク達は」
「囮になるわ。奴らの攻撃を引き付けるぐらいの働きはしてみせるわよ」
「よし、艦隊、この長門に続け。狙いは離島棲鬼のみ」
長門は号令をかけ、再びピーコック島の敵基地へ向けて動き出した。
単縦陣である。長門を陣頭に、加賀、赤城、扶桑、金剛、ビスマルクの順に進む。
誰も一言も漏らさない。闇の中、ただ静かに波をかきわけ、攻撃目標へと向かっていく。
皆、連戦に次ぐ連戦で疲弊しきっている。
だが、まだ目の中から光は失われていない。
敵基地へ接近する。次第に人影が二つ、はっきりと見えてきた。
手前には戦艦棲姫。ネグリジュを纏った長い黒髪の美女だ。
一見、非武装に思えるが、その背中から伸びたコードが鯨の様に巨大な艤装につながっている。
現在、確認されている深海棲艦の中でも最大級の火力と装甲を誇る強敵だった。
その奥に今回の攻撃目標である離島棲鬼がいる。
こちらはゴスロリ風の容姿を持つ美少女だ。
戦艦棲姫よりも小型の艤装を伴い、艦載機射出用の飛行甲板を備えている。
そして、この海域における深海棲艦の指揮、補給、修理の全てを担っていると推測されている。
「目標確認。行くぞ」
長門は声を上げて突進した。
真っ直ぐ離島棲鬼を見据え、46cm三連装砲と41cm連装砲を撃つ。
離島棲鬼の直上で三式弾が炸裂した。
飛び散った破片が燃焼し、火の雨となって離島棲鬼に降り注ぐ。
炎に包まれながらも離島棲鬼は崩れない。
黒髪を振り乱し、鬼のような形相で長門へ向けて応射してくる。
構うか。周囲に噴き上げる水柱をものともせず、長門は砲撃を続けた。
傷ついた離島棲鬼を庇うように戦艦棲姫が前に出てくる。
直結された巨大な艤装が身を迫り出し、咆哮を上げた。
「回避っ」
砲撃を続けながら、長門は咄嗟に横に逸れた。
直後、戦艦棲姫の艤装の口部から強烈な閃光が放たれた。
砲撃。長門の頭上を跳び越えていく。
炸裂音と共に凄まじい衝撃が長門を背後から襲う。
狙いは長門ではなく、後続の艦娘だった。
その安否を確かめる余裕も今はない。敵のいる位置へ砲撃を撃ち続ける。
何度目の砲撃だっただろう。不意に視界の中で、離島棲鬼の動きが止まった。
長門には一瞬、離島棲鬼が悲しげな表情を浮かべた様な気がした。
だが、それを確かめる間もなく、業火に包まれながら海中へと沈んでいく。
残るは一体。そう思った時には、既に戦艦棲姫は戦場を離脱し始めていた。
一瞬、追撃を掛けるべきかと思ったが、すぐに止めた。
こちらの燃料も弾薬も底を尽きかけていた。
長門は手を挙げて、艦隊を止めた。
皆、かなりの損耗を被ってはいるが、誰も欠けてはいない。
その事実に安堵し、それから周囲の様子に目をやった。
爆炎が深夜の海を赤々と照らしている。
無数の深海棲艦の残骸が煙と火に包まれながら海上に漂っていた。
「勝ったのだな」
ぽつりと呟き、それから鎮守府へと作戦完了の報告を送った。
*
長門達の帰投後、提督は主だった艦娘達を会議室に集めた。
「激しい戦いだった。まずは、皆に礼を言いたい。良く頑張ってくれた」
提督は軍帽をとり、頭を下げた。周囲でざわめきが起きる。
「これからも深海棲艦との戦いは続くだろう。
だが、今日は素直に勝利を祝いたいと思う。
実は祝いの席を用意している。
主力艦隊の面々は勿論、他の皆も楽しんで欲しい」
「酒も飲んでいいのかい、提督?」
「勿論だ、隼鷹。今日は無礼講だ。
任務で出席できない娘にも、労いの品を用意してある」
「嬉しいねえ、そいつは」
「隼鷹。嬉しいのは分かるけど、提督のお話が終わるまで、少し静かにして」
喜色を浮かべて喜ぶ隼鷹を加賀が嗜める。
その加賀も戦勝の高揚からか満更でもない様子だ。口調もそれほど強くはない。
戦勝祝賀会には提督、艦娘、鎮守府のスタッフの一部が出席することになった。
敵戦力を分析し、攻略作戦を立案した参謀は出席していない。
本来、一番称賛されるべき立場なのだが、艦娘達と交情を深めることは的確な作戦立案に支障を生じるとして辞退している。
提督もそれを許した。これまでの勝利は参謀の手腕に依る所が大きいという理由もあったが、何より、参謀の言い分に共感を覚えたからだ。
部下である艦娘達と信頼関係を失わない様に注意しているが、出撃する艦娘達の姿を見ると思い悩むことも多い。
その思いが強くなったのは扶桑と結婚してからだろう。
出来れば、誰も傷ついて欲しくない。絶対に死なせたくない。
それでも、彼女達を危険な任務に送り出さなければならないのが提督だった。
今は出撃した艦娘達の為に祈ることが多い。
飲酒量も以前より増えており、時折、扶桑に窘められることもあった。
「提督、どうぞ」
すっと扶桑がワインボトルを差し出してくる。
提督は頷き、扶桑にワインを注いで貰った。
艦娘達は楽しそうに勝利と互いの無事を祝っている。
その様子を見つめながら、提督は迷いを断ち切るようにぐっとグラスを飲み干した。
*
戦勝祝賀会が終わってから数日、提督は大本営に赴いていた。
今回の作戦に対する報告や勲章受領式への出席を終えると、鎮守府への帰路についた。
ガタンゴトンと列車の揺れに身を任せながら、提督はぼんやりと車窓の外を見つめていた。
内地は見た目上、平和である。実情はともかく、それでも平和な方だろう。
外洋では常に深海棲艦の脅威に晒され、他国では戦争や紛争が絶えないという実情を鑑みると、とても幸せなことなのかもしれない。
人が平和に生きるために必要なものは充足と安定だと提督は思っていた。
逆に言えば、貧困と不安が争いを生み、人を不幸にする。
仮に、鎮守府が、艦娘が深海棲艦と戦わなければどうなるのか?
たちまちシーレーンは維持できず、この国の経済は大打撃を被るだろう。
深海棲艦という海の害獣を取り除くことで、争いの種を減らせる。
自分達の仕事や艦娘の労苦にも意味はあるのだ。
だが、自分達の身を危険に晒している艦娘達は果たして、どう思っているのだろうか?
彼女たちは自分達の仕事に、深海棲艦との果てのない戦いに意味を見いだせているのだろうか?
その悩みに答えを見いだせないまま、列車は最寄駅へと到着した。
鎮守府に帰還した後、提督は扶桑から手渡された報告書に目を通し続けた。
負傷者のリストや消耗した物資を見ていると、今回の作戦の厳しさがよく分かる。
特に燃料は底を尽きかけていた。多数の艦隊を作戦に投入し続けていたからだろう。
物資担当の龍田には燃料の補給を最優先にするように指示を出し、護衛艦隊以外の艦隊出動は極力控えさせている。
振り返ると、本当に厳しい戦いだった。
初めに敵艦隊がサメワニ沖に集結しつつあるという情報を掴んだ。
その規模から補給用の前線拠点が近海にあるだろうと推測し、艦隊への攻撃を開始した。
集結中の敵艦隊を撃滅し、更にポートワイン沖に敵の港湾施設を発見し、波状攻撃によって陥落させることができた。
ピーコック諸島に更に大規模な敵の基地が存在しているという事実を掴んだのは、その最中だった。
まず、総攻撃を開始する前に哨戒を担当している潜水艦隊の殲滅に取り掛かった。
重要拠点であることを示すように厳重な防衛網が敷かれており、それを取り除かない限り総攻撃は成功しないと判断したからだ。
出来るだけ多くの潜水艦を潰すため、対潜攻撃に慣れた扶桑を筆頭に神通、島風、夕立、時雨、ヴェールヌイを派遣した。
そして、敵潜水艦隊が壊滅したのを確認してから、いよいよ敵基地への総攻撃を開始した。
だが、ピーコック諸島の守りの堅固さは提督の予想を遥かに超えていた。
三艦隊を攻撃に派遣したにも関わらず、何度も撃退された。
攻撃は十数度に及んだ。少しずつ敵の防御を減らしていくが、薄皮を斬る程度でしかない。
負傷者が続出し、物資だけが浪費されていく。
攻撃の度にボロボロになって戻ってくる艦娘達。
その姿を見るたびに、攻略を諦めるべきではないかと何度も自問した。
しかし、最後には攻撃を続行した。そして、遂に陥落させることに成功したのだ。
だが、深海棲艦は更に強化されてくるだろう。
レ級と呼ばれる規格外の深海棲艦が現れ、猛威を振るっているという報告も入ってる。
今、自分がすべきことは何か。戦後の処理を終え、艦隊を建て直し、艦娘を強化することだ。
それから、数日、悩んだ末に提督は長門を執務室に呼んだ。
「どうした、提督?大事な話ということだったが」
部屋に入って来た長門は不思議そうな表情を浮かべていた。
「ああ、先ずは座ってくれ」
内心の緊張を隠しながら、提督は長門をソファに招いた。
「それで、話と言うのは?」
「ピーコック諸島攻略作戦で、長門は目覚ましい活躍を示してくれた。
既に限界まで能力を引き出していると鎮守府では分析されている」
「回りくどいな、提督。一体、何の話だ?」
「まぁ、つまりだな。適正が出ているんだ。儀式の」
「儀式というと、あれか」
「ああ、契りの儀式だ」
限界まで鍛えられた艦娘を更に強化する方法として契りの儀式と呼ばれるものがある。
一種の呪いであり、提督と堅い絆で結ばれた艦娘が提督の体液を摂取することが条件とされている。
ただし、艦娘の精神が安定していなければ儀式の効果はなく、艦娘が本心から望んでいなければ何の意味もない。
その話に提督は最初、半信半疑だった。オカルト染みた話だったからだ。
しかし、扶桑と交わった後、以前よりも力を増したことからその効果を認めざるを得なかった。
「まぁ、儀式に関しては強制するものじゃない。
あくまで適性が出ているという報告が上がって来ているだけだ」
言いながら、提督は自分が情けなくなってきた。
長門の気持ちを聞くだけでいいのに、何故、余計な事ばかり言っているのか。
僅かの沈黙の後、長門は強く頷いた。
「分かった。やろう」
「いや、いいのか?」
「何故だ?もっと強くなれるのだろう。何をためらう必要がある?」
「まぁ、そうだが」
提督は困惑していた。扶桑の時は互いに気持ちが通じ合っていると思っていた。
勿論、長門は信頼している。しかし、長門はどうなのか。
いや、信頼という感情だけで済む話なのか、これは。
「なぁ、長門。どうして、そう割り切れるんだ?辛くはないのか?」
「おかしなことを聞くのだな。私達は兵器として戦う為に生まれ、戦う為に鍛え上げられたんだ」
「兵器って、お前」
長門はふっと笑みを浮かべ、それから肩を叩いた。
「すまない、私はどうも言葉が足らないようだ。
少なくとも、私にとって戦い、勝利することは何よりも大切なことだということだ。
同胞、祖国、名誉。私にとっては、どれも命を賭けて守るべきものなのだよ。
そして、勝たなければそれを守ることはできない。
だから、私は勝ちたい。勝つために強くなりたい。それだけのことさ」
長門の真っ直ぐな瞳に見つめられ、提督は思わずどきっとした。
果たして、自分にはこれほど純粋で強い意志があるのか。
男として、軍人として、自分が持ちえなかった"強さ"がそこにあった。
「長門は、強いな」
「なんだ、急に。おだてても何もでないぞ?」
「おだてじゃないよ」
提督は苦笑した。
どうも長門には少し天然な所があるようだ。それもまた魅力といえるのだが。
「分かった。長門が了承してくれるなら、儀式の申請は出しておく」
「了解した。話はこれで終わりか?」
「ああ」
「分かった。日取りが決まった教えてくれ、それと」
「ん?」
「あまり痛くしないでくれよ。初めてだからな、私も」
何の話か、最初、提督には分からなかった。
長門の気恥ずかしそうな表情に気づき、提督は顔を赤らめた。
しどろもどろになった挙句、一言、努力する、とだけ答えた。
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