詩心

僕の夏休み

僕の夏休み

「キーンコーンカーンコーン…」

ざわざわざわ…クラス中が私語でいっぱいになる。

「えー、静かに!お前達の気持ちは分かるが、充分体には気を付けてだな。それと…」

そこから先は誰一人聞いていなかった。もちろん僕も含めて。
高校で最後の夏休み。僕は3年前と同じ気持ちでいた。ただ胸だけがなぜか高ぶっていた。


……夏休み1日目…僕は目の前の宿題をただぼーっと眺めていた。
ほかにやること?残念ながら何もない。遊びに行こうにも先立つものがないのだ。

「はぁ…高校最後の夏休みだってのによぉ。何で僕はこんなことをしてんだっ!」

そんなため息が周りを包んでも、一向に解決策が見つからないまま気だるい空気が流れる。
ふとゴミ箱の中身が目に入る。そこには昨日本屋に立ち寄って何も思わずに持ってきたチラシが乱雑に丸められていた。
何かに追い立てられるようにそのチラシを、広げられた宿題の上でガサガサと広げてみる。

*****店 ウエイトレス 時給***円   
*****店 海の家    時給***円

…思うものがない。
ふと昨日のことが蘇る。

「あ…そういえば昨日も同じように見て、んで捨てたんだよな。」

「ばかばかしい。何昨日と同じことしてんだろ。こんなことしてねーで…宿題するか…」

昨日と同じように丸めて捨てようとした時、なぜか昨日気付かなかった所が目に入った。

   ●高原で働いてみませんか?簡単な仕事…とはいきませんが。
    喫茶「橙星(とうせい)」 時給700円 連絡先*****

思わず吹き出した。

「ぷっ(笑 普通『簡単な仕事です』だろ?こんなんじゃ誰も行かねーよ!)

しかも時給は決して高いとも言えなかった。
…でも、なんだこの胸騒ぎは?なんなんだ?
その胸騒ぎに押されるように携帯を取っていた…

…Pululululu…Pululu…

「はい、喫茶橙星です。」

野太い声の主はマスターらしかった。

「あの…アルバイト募集のチラシ見たんですが…まだ募集していますか?」

「あー、あれね。実はもう決まっちゃったんだよ。ごめんね。」

「いや、いいんです。わかりました。突然の電話なのにありがとうございました。」

そう言って切ろうとした瞬間…

「あ、ちょっと待っててくれる?」

そんな声に思わず

「はい。」

…そのまま保留の音が1分……2分………
…ちょっと長くないか?んまぁ名前も言ってないし、こんなに待たすなんて…携帯から一般電話へは高いんだぞ?このまま切るかな。
そう思い始めた時、

「おー、ごめんごめん、ウチのかみさん説得するのに時間とっちまって。悪い悪い」

???理解不能な答え。

「実は俺、年甲斐もなく助っ人で昨日野球大会に出てな、最終回、ぽーんと打ったわいいが、スライディングした時どうも手首捻挫しちまってよぉ…」

???何が言いたいんだ?この人は。

「で、捻挫で店がやれなくなって、捻挫治療のイイ先生が居るってんで明後日から1週間ばっか店開けるんだわ」

???…で?僕にどうしろと?と言いたかったが、あえて黙っていた。

「明日来てくれるなら明日朝一から教えて、君に1週間ばっか店任せたいんだけど。いいかな?いやいや1日で覚えられる仕事だから」

???…この人バカか?歳も名前も見ず知らずの人を信用していいのか?

「でも接客の仕事したことないし、だいいち僕の名前も歳も知らない人に、大切なお店任せていいんですか?」

「あぁ、そうか。んじゃ名前と歳は?それと住んでる場所は?」
疑り深く、何でも人がやった後でしかやらない僕はいつもなら断っていた…でも

「…名前は堀井です。ほりいこうき。掘るに井戸の井、こうきは光り輝くって書きます。今高校3年で東京に住んでます」

「んじゃ長野だから新幹線ですぐだな。バイクとか持ってるの?」

「はい、中型ですけどね」

「それじゃ堀井君、明日から頼んだよ。」

「へ?ちょ、ちょっと待ってください!ちょっと!」

そう言い終わらないうちに電話は切れていた。…どうしよう、もう一度掛け直そうか?

…Pululululu…ガチャ

「はい、喫茶橙星です。」

「あ、あの、さっき電話…」

「ただいま山菜取りの真っ最中です。御用の方は発信音の後に…」

ピッ…携帯を切った後に突然冷や汗が迫ってきた。

「え?僕採用?あんなんでいいの?…ってか明日の朝一??うっわやっべ、もう夜9時じゃん。用意しないとっ」

かなりの違和感を感じつつ、怒鳴る父さん母さんを1週間だけのバイトだからとなんとか説得させその場を切り抜けた。

_____________________________________

その日は、これからの僕を暗示させるかのような土砂降りだった。
バイクで行くのを留めるかのような土砂降り。
だが行くしか無かった。

「1週間だけだし、交通費出してくれなんて言わないよ。バイクで行くし。」

あんなこと言うんじゃなかった。
朝5時。辺りはこの黒い雲達のせいで夜のような暗さだった。

「やっと着いた。疲れたぁ」

あんなに覆い被さっていた雲はどこへ行ったのか、途中から真っ青な空に覆われていた。

カランカラン…所々ペンキのはがれた味のある扉を開ける。

「いらっしゃい!と言いたい所なんだがまだ開店前なんだ。ごめんよ」

聞き覚えのある野太い声が頭に響いた。

「昨日電話しました堀井…」

言い終わらないうちに、その声を消すかのような野太い声が

「あー、堀井君。来てくれるとは思わなかったよ。あんな電話だったしな。来なかったら仕方ない、店1週間閉店にしようかと思ってたところだ。ははは」

…昨日も思ったことだが、どうもこのマスターには僕は合わない気がした。

「ウチは山菜を売りにしててね。これから採り行くからついてきなさい。…あ、これウチのエプロンだから、向こうで着てきなさい。そこにロッカーもあるから好きに使ってくれていいよ。」

そのヒゲ面の風貌といい、まだ半信半疑だったがここまで来てしまったからには仕方ない。
ロッカーに持ってきたバッグを押し込み、早足でマスターの後を追った。
山菜は店の裏手にある山で採った。この山全てがマスターの持ち物だそうだ。
黙々と山菜を採っていてはつまらない。何か会話を探した。

「マスター、どうして見ず知らずの僕を雇ったんですか?」

「あー、昨日の電話のことか?ほら、堀井君『突然の電話なのにありがとうございました』って言ったろ?あん時は歳知らなかったけど、聞いた感じ若いだろ?なのにしっかりしてるなぁって思ってな。あとはまぁ勘だよ、勘。ははは」

ははは…って。ははは…はこっちの台詞だよ。
…でも言葉遣いやら誉められたのって初めてだな。なんか妙に嬉しかったりした。

「勘ですか…でも誉めてくれてありがとうございます。」

「ほら、そこだよ。誉められたからってそうすぐにありがとうなんて今の若いもんは言えないぜ?」

なぜだか心が落ち着いた。
でも考えてみれば、これから一人?一人で1週間も店やってけるのか?
まぁ料理はたまにするからなんとかなるかもしれんが、ほかは?ホントに大丈夫なのか?僕で。

「難しい事は俺が1週間分まとめて今日やったり帰ってきてからやるから、堀井君はほかの仕事頼むな。大丈夫さ、今日中に覚えられるよ。それにもう一人バイトが居るからな。」

ん?あ、そういえばそんなこと昨日の電話で言ってたな。誰だろ。マスターと違って僕と合えばいいな。

「さて、もう山菜はいいな。冷凍しておけば1週間位もつだろうから。」

そう言って僕とマスターは店に戻った。
カランカラン…

「ただいまー」

マスターがそう言うと、奥からおばさんが出てきた。
正直淡い期待をしていたがためにガックリしてしまった。

「マスター、この人がもう一人の?」

「わははは…バイト?こいつがか?こんなのが店出てきたら客みーんな帰っちまうよ。」

そう言い終わるか言い終わらないかのうちにマスターがもう一声

「痛…いだっ!!!!!!!」

足を思いっきり踏まれたマスターがそこに居た。

「誰が『客が帰る』よ!!ここの経理やってきりもりしてるの誰だか分かってそーいう口叩いてんでしょーねっ!!」

「ご、ごめん。バイトにびしっと威厳示さないと…ごにょごにょ」
マスターの奥さんだったようだ。

「すみません、てっきりバイトの方だとばっかり」

「あら、いいのよ。堀井君ね。この人ったら自分が捻挫したのに、自分の仕事堀井君に押し付けるような真似して。ごめんなさいね。」

典型的なカカア殿下のようだ。

「いや、いいんです。それよりここの仕事、僕でホントに大丈夫ですかね?」

「大丈夫よ、私が教えるんだから。あの人には任せておけないわ。そのかわりビシビシいくから覚悟しておいてね。今日1日しかないんだし。」

…なぜか寒気がした。出口のない長いトンネルに踏み込んだ感じがした。

_____________________________________

時計を見ると10時。
開店は11時かららしいので、まずは店の掃除からだ。

カランカラン…

「あら、香澄ちゃん。今日は遅れるんじゃなかったの?」
そんなマスターの奥さんの一言につられるように入口を見た。

「いえ、家の仕事が早く済んだので来ちゃいました。」

そう言った彼女は、ドアの小窓から差し込む白いまぶしい光に照らされて、まるで羽根が生えた天使のように見えた。
僕の視線に気付いた彼女は、なぜか驚いたような仕草をした。

「お母さん、この人は?」
(後から知ったことだが、彼女はマスターの奥さんを親しみを込めてお母さんと呼ぶそうだ。)

「紹介するわね。今日からマスター代理の堀井君。」

「マスター代理なんてよしてくださいよぉ。まだど素人ですし。」

「ははは、そうだわね。今日から1週間お手伝いしてくれる堀井君。で、こちらが香澄ちゃん。香澄ちゃんは1ヵ月ほど前からお店手伝ってもらってるけど、家は近所なのよ。」

「よろしくです。堀井です。」

「よろしくっ、光輝君っ」

「え?なんで僕の名前を?」

「えへへぇ、な・い・しょっ。それより、ここのマスター見た?」

「え?うん。マスターがどうかしたの?」

そう僕が言うと、彼女は僕の耳元で、

「あんなヒゲの顔してるけど、奥さんとこの裏の山でロマンチックなことがあって結婚したらしいよ」

とささやいた。僕はそんなマスターの話よりも、彼女の吐息が聞こえるくらいの顔の近さにどきどきしていた。

「さぁさぁそんなとこでいちゃいちゃしてないで、早く開店準備しましょ。」

そんな奥さんの一言にビクッとして、赤い顔を隠すかのようにモップをロッカーに閉まった。

_____________________________________

…いいことがあったのは朝のその瞬間だけだった。
…地獄…地獄ってこういうこと言うんだなぁってくらいのハードさ。

「ほらほらそこに突っ立ってないでメニューと水っ」 「はいっ」

「何度言ったら分かるの!そこはこうでしょっ」   「はいっ」

「コーヒーの入れ方はこうしてこうっ、わかった?」 「はいっ」

「ほらそこ、煮こぼれてる。山菜だめになるでしょ」 「はいっ」

それでも腐らずやれたのは、近くで彼女が居るためだった。

…ランチタイムが終わり、暇になりかけた頃…

「堀井君。めげずにやってくれて良かったわ。根性あるじゃない、暇になったから香澄ちゃんと一緒に休憩入ってもいいわよ。」

そんな奥さんの一言に、張り詰めていた糸が切れて、その場にへたりこんだ。

「こぉおぉきくんっ、よく頑張ったね。ご褒美。」

そう言うと彼女は冷たい缶ジュースを僕の頬につけた。

「つっ!冷たっ!」

その僕の顔を見て笑った彼女の笑顔に、今までの疲れが取れた気がした。
休憩時間、僕は疑問に思っていたことを聞いてみた。

「朝、僕見て驚いてたよね?それに、僕の下の名前も知ってたし。なんで?」

「ん?鈍感な光輝君には内緒っ」

「そんなぁ…教えてよ。ねっ、香澄ちゃんっ」

「もぉ…そういう所変わってないなぁ。じゃぁ午後も仕事頑張ったら教えてあげるっ」

…そんな一言で頑張れる僕って単純だなぁと思いつつも、午後のハードな仕事をなんとか乗り切った。
_____________________________________

閉店後…

「堀井君、今日1日見させてもらったけど…どうかな母さん。」

「ん~、ちょっと心配な所もあるけど、まぁ充分頑張ったほうじゃないかしら。それに香澄ちゃんも居てくれることだし。ぎりぎり合格かしら。」

「じゃー、明日からふたり、よろしく頼むよ。俺も母さんと旅行楽しんでくるから」

「え?捻挫の治療じゃなかったんですか?」

「母さんと一緒なら捻挫の治療でも旅行になるさ。」

「んもぉ、お父さんたらっ」

…マスターと奥さんは良いカップルらしい。

「あ、堀井君。もう暗いから香澄ちゃん送ってってあげなさい。」

「はいっ」
_____________________________________

…カラカラと鳴る自転車…会話の無い気まずい雰囲気。
その時彼女が

「光輝君、マスターの山の頂上、登ってみようか」

「え?今から?」

「ん、天気イイ日なんて今日しか無いかもしれないじゃない?」

彼女のその一言が一瞬理解できなかったまま、僕達は頂上に着いた。

「光輝君、上…見てみて」

「ん?上?」

そこには空がそのまま落ちてきそうな、星の数々を身に纏った夜空が怖いほど僕を襲った。

「ね、綺麗でしょ?…この夜空、どこかで見た気ぃしない?」

そういえばどこかで見た記憶が…
僕は頭の中のありったけの引き出しを全て引き出して記憶を辿った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ね、きれいでしょ?」

隣に寝る小さい女の子。

「ここね、わたしのひみつきちなんだ。ここにつれてきたの、こーきくんがはじめてなんだよ?」

眩い星達の光が目に痛いくらい、綺麗だった。
僕と同じように隣に寝そべる女の子も綺麗だった。
…そんな記憶。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

…あっ…

「もしかして、小さい頃よく遊んだ香澄ちゃん?」

「ひどいなぁ…名前聞いても今まで忘れちゃってたんだ。私のこと。」

「ご、ごめん。」

「しかも小さい頃見たこの夜空も忘れちゃってた?」

「だって小学校の頃、ここ居たの2週間くらいだよ?父さんの転勤に次ぐ転勤で…それに、楽しい記憶は後々辛くなるから…」

「それって忘れた言い訳?」

「ち、違うよ。それにちゃんと今思い出したんだしさ。許してっ」

「えー、どーしよっかなぁ」

そう言うと彼女はあの頃と同じように僕の隣に仰向けになった。
…隣に温かさを感じながら、しばらくぼーっと星空を眺める。
全て思い出した。あの頃彼女の事を僕はずっと好きだったこと…
隣に居ながらも二人会話の無い沈黙が続く…
いっそ告白してしまおうと思って口を開いた。

「あの…」

ハモった声…彼女も同じ言葉を言っていた。

「香澄ちゃんからどーぞ。」

「香澄でいいよ。小さい時もそう呼んでくれてたもん。」

「じゃぁ香澄からどーぞ。」

「この山の頂上でロマンチックな事があって、マスターと奥さんが結婚したって言ったじゃない?」

「うん、それがどうした?」

「その出来事と、喫茶店の名前、関係があるんだよ。」

「へぇ、どんな関係が?」

そう言うと香澄は楽しそうに話しはじめた。
この山では伝説があること。
二人で山の頂上で目を閉じて願い事をする事。
目を開けてオレンジ色の星を見つけたら、その二人は永遠に結ばれる事。
マスターはそれを見つけて奥さんと一緒になった事。
マスターはその伝説でみんなに幸せになってほしいから山を買い取った事。
目を輝かせて香澄は僕に教えてくれた。

そして…

「香澄…願い事…しよっか。」

「うんっ」

心の中で、香澄と結ばれたい事をこれ以上ないくらい願った。

「目…開けてみよーか…」

「やだっ、目を開けてもし星が無かったら…私…」

「大丈夫。ゆっくり二人で目を開けよう。せーのっ」

……見る星見る星全てが眩いオレンジ色の光で埋まっていた。

「よかったぁ…光輝君…よかったよぉ」

香澄は僕にしがみつきながら僕のTシャツを濡らした。

_____________________________________

「遅かったじゃないか、堀井君」

香澄を送った後、家に戻るとマスターと奥さんがにやけていた。
遅い理由、マスター達はきっとわかっている。

「明日から大変だろうけど頑張って。もう遅いから寝なさい。」

「はい。おやすみなさい。」

到底眠れるはずがなかった。部屋の窓から見る星の光はいつも通りの色で輝いていた。

_____________________________________

明け方ようやく寝付けた僕は案の定目が覚めたら10:30だった。
急いで店に向かう。ここからは走っても5分の距離だ。

カランカラン…なぜかカギがかかっていない

「来ないかと思っちゃったよぉ。まだ開店前だからいいけど。また同じ事あったらマスターに連絡しちゃうぞ。」

「ごめんっ!このとーり!もう二度としませんっ」

「よろしいっ。さぁ掃除始めちゃいましょ。」

…ランチタイムの激闘を除けばなんとか二人でも回った。
そんなランチタイムも過ぎ…

「こうしてると私達、夫婦みたいだね。」

「えっ、う、うん。そうだね。」

「案外私達がくっついたらマスターの所みたいに私が強くなるかもねぇ」

そう言いながら香澄は楽しそうに客が帰った後のテーブルを片付けていた。

_____________________________________

息が合ってるせいなのか、ただ単に香澄が要領がいいせいなのか、その後もなんとか付け焼刃ながらも店は順調な日々を送っていた。

そんな6日目の閉店後…

「光輝君、今日また頂上行ってみない?」

「ん、いいよ。それと、僕の事は光輝でいいよ。小さい頃そう呼んでただろ?」

「うん。じゃぁ光輝、いこっか。」

その日はなぜか店を出てから頂上まで、香澄は一言も口を開けなかった。

「今日もイイ天気だ。星がよく見えるね。」

「うん。」

「香澄、ありがとうな。どうにか1週間何とかなったな。香澄のおかげだ。」

「うん。」

「明日でこのバイトも終わり。楽しかったね。」

「うん。」

さっきから香澄はうなずくだけだ。

「どうした?何かあったか?」

そう言うと今まで溜めていた糸が切れるかのように香澄から言葉が出てきた。

「行っちゃ、行っちゃやだよぉ。もっと、もっと光輝と話しがしたかったよぉ。寂しくて、寂しくて、胸が締め付けられるんだよ。この気持ちわかる?光輝と一緒に居たいんだよぉ」

言葉と一緒に止め処ない涙が溢れる。

「僕だって香澄と一緒に居たいよ。でも、もう僕達は大人だ。家に帰れば学校が待ってる。家族が待ってる。それに、もう二度と会えないわけじゃないだろ?またいつでもここへ帰ってくる。香澄のもとに帰ってくるから。」

そう言うと香澄は涙を拭きながら

「ホントに?」

「ホントに。」

「約束?」

「うん。約束。」

いつしかオレンジの光が辺りを包み、それが星の光と気付かないほど温かい空気が流れていた。


「ん…」

僕と香澄は互いに唇を重ねていた。どちらからともなく…
温かく、オレンジの光の味がした…

_____________________________________

ブルンブルン…バイクにエンジンをかける。

「1週間ホントにありがと。またここにいつでも来てくれな。」

マスターの野太い声。

「これ、山菜だけど、うちで食べてね。悪くならないようにこれも。」

クーラーバッグまでくれた奥さんの優しさ。

「いたらないばっかりで迷惑かけてしまってすみませんでした。」

そう言うとバイクのメットを頭に押し込む。

「いやいや、やっぱり堀井君に任せて正解だったよ。やっぱり俺の勘は当たってたな。な?母さん。」

「んもう、調子に乗るとすぐこれなんだから。あら?香澄ちゃんは?」

香澄の姿は無い。見送り…できないのかな?なんか理由があるのかな?

「んじゃ僕行きます。」

「おぅ、気ぃつけてな。またオレンジの星見に来いよ。」

「え?知ってたんですか?」

「二人の顔見れば分かるわよぉ。でも結ばれたはずなのに香澄ちゃん変ねぇ」

「いや、いいんです。じゃぁまた来ますね。ありがとうございました。」

…バイクを走らせる。前がぼやけてくる…涙が溢れる…こんな別れ方…嫌だ!
そう思った瞬間、目の前で白い服を着た見覚えがある人が土手で手を振っているのが目に入った。

香澄だっ

僕は涙を慌てて拭き、バイクをちゃんと停める間もなく土手に投げ捨て走り寄る。

「どうして店じゃなくてここに?」

「マスター達の前じゃ恥ずかしいでしょっ」

そう言って手紙を差し出した香澄の顔は真っ赤だった。

「こんなの書いたの光輝が初めてなんだからねっ。絶対帰ってから開けてよ!それと…」

目の前が香澄の顔で覆われ…僕も目を閉じた…
ヘルメット越しのキス…
メット越しなのに目を閉じた自分がバカみたいに感じた。

_____________________________________

バイクで飛ばす高原の道…
緑が映えて綺麗だった。来る時は感じなかったのに…
これからの僕を暗示するような真っ青な快晴だった。

こうして僕の1週間は閉じた。

「ただいま。」

「おかえりなさい。」

両親はいつも手なんてつながないのに、その時はなぜかつないでいた。
父さんの手には大きな荷物。

「あれ?せっかく息子が帰ってきたのに、どっか行くの?」

「ちょっとオレンジの星を久々に見に。なー、母さんっ」

母さんの手にはしわくちゃの求人チラシが握られていた…

「んじゃ留守番お願いね。」

そう言うと楽しそうに車で行ってしまった。

いつもの部屋へ…

この1週間の出来事をベッドに横たわり思い出していた。
小さい頃感じた以来、ずーっと感じた事のないドキドキ…
つい何時間か前に会ったばかりなのに、会いたい気持ちでいっぱいになる。

「はぁ…香澄ぃ…」

ベッドのきしみのほかに、がさがさと音がする。
ポケットを探った。

「そういやー手紙…もらったんだったな…」

オレンジ色の封筒。表には「光輝へ」ただそれだけが書いてある。
封筒と同じ色の便箋…

…涙が止まらなかった。

便箋5枚に綴られた香澄の想い。
便箋5枚以上に込められた暖かい風…

「___あなたが、光輝が好き。」

最後の一行は僕を突き動かすのに充分な力を持っていた。
会いたい。香澄に会いたい。
そう思うとバイクの元へ向かっていた。
帰ってきた疲れなんて感じる前に足が動いていた。

_____________________________________

カランカラン…

「いらっしゃい。来ると思ってたよ。」

マスターの声。

「はぁ…はぁ…マ、マスター、香澄は?」

「それは堀井君が一番知ってるんじゃないかな?」

マスターが言い終わらないうちに僕はあの場所へ走り出していた。
あの頂上へ…

_____________________________________

空は夕日のオレンジで覆われ、今から夜を迎える準備をしているかのようだった。
たたずむ一人の影…

「かすみー!!」

「え?光輝?」

振り返る香澄の顔は涙でくしゃくしゃになった笑顔だった。

「僕…香澄が居ないとダメだ。」

「私も。光輝が居ないとダメ。」

そこから先は言葉なんて要らなかった。
オレンジの光が二人を包む。
二人、寄り添いながらその夕日を見ていた。
……左手には手紙、右手には香澄の左手を握りながら…
やがて空は夕やけから、いつも通りの星を輝かせていた。

_____________________________________

3学期…

「えー、転校生を紹介する。この時期になってはめずらしい事なんだが…。」

「堀井光輝です。よろしくっ」

親を説得させるのは簡単だった。
だってあの後父さんと母さんが頂上に現れたから。オレンジの星を見に。
あの二人の呆気に取られた顔は笑ったなぁ…
留守番してると思った息子がそこに居るんだもんな…

後から聞いた話だと、僕の両親の実家はこの近くだそうだ。
高校の時、偶然二人が出会った場所があの頂上だったらしい。
父さん達の実家なんて興味無かったし、一度も行ったことが無いからわからなかったのかな…
でも、その実家があったおかげで説得できたんだけどね…


僕の目の前には笑顔の彼女…
あの山の頂上は僕達の秘密基地…
…教室から見る空は頂上と同じ、透き通るような真っ青な空だった…

~Fin~


© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: