けいのへや

けいのへや

空の境界


『空の境界』

著:奈須きのこ
出版:


同人小説の身で爆発的なヒットをし、ついには一般向けに販売された伝奇ノベル。
著者の奈須きのこ先生は同人ゲーム「月姫」のシナリオで大成功を収めている新星で、独特の世界観に魅了される人が多いと聞きますが、私が買う前に見た評価は割と賛否両論でした。いわく、「ひどすぎる」「史上最悪」と評す人と、「はまった」「傑作」と妙に絶賛する人と、両者の温度差が激しすぎる作品だなぁという印象。
ということで、ここでは私なりの感想を述べさせてもらいますが、「好き嫌いが分かれる」ところはまずあげておきたいですね。
ついでに言うと、私は作者の代表作である「月姫」をプレイしたことがありません。若干の相関要素、あるいは類似点があるようですが、それらを考慮しない上での感想になることはご了承を。


話としては、独特でとても気持ちのいいお話でした。
ものの「死」を視ることができる両儀式を中心とした、魔術やらオカルトやらなにやら、いろいろと絡めた複雑かつ「深い」伝奇ノベルという印象はありました。
こういった話にあわない人も多いかと思いますが、スリルがあったり衝撃があったり、ところどころの表現や真相にはなかなか惹かれるものがありました。一言で片づけてしまえば勢いがあるんですよねぇ。
魔術やら伝奇の類が好きな人には、割と無条件でおすすめできます。考えることが好きな人には向いている作品で、魔術などの事柄における独特の解釈や発想には心をくすぶるものがありますね。かっこいいセリフや描写も多く、エンターテイメント性豊かな、ひとつの良作であるのは間違いありません。

ただ、もちろんこれはライトノベルとして扱おうとした場合です。文章が恐ろしく稚拙で、リアリティのないキャラクターや心情を見る分には、およそ一般の文学的な視点で見ると「ゴミ以下」「空前絶後の駄作」という印象はぬぐえません。反面、ライトノベル扱いした場合、つまるところ半ばオタク的な視点で稚拙さなどのもろもろの部分を許容して「エンターテイメント」のひとつとしてみた場合、なかなか深く楽しめる作品でもあります。
私はライトノベルを好き好んで読む分、後者の視点で作品を楽しめました。ライトノベルの中でも、最近の電撃文庫にあるようなオタク的駄作と比べれば、ストーリーを作ろうとする、自分の世界を描こうとする意気込みには数段ほどレベルを高く感じます。

しかし、後者の場合に付きまとうのが、「エンターテイメント」としてはだるすぎる点でしょうか。くどい、とかよく言われますが、私からしてみても、世界を意味もなく難解にしている理由は掴みかねます。よく、時間軸がひどいとか言われているのを耳にしますが、それ以外のひとつひとつの描写にしても、話の展開にしても、わざわざしなくてもいいのに余計な難解さを加えている印象は強いです。
具体的に言うと、ひとつの説明の中にどうでもいい単語や専門用語が絡みすぎること、時間的な構成が半ば不必要にばらばらであること、純粋に文法がおかしかったり表現が稚拙だったりすることが絡まって、「読んでてだるい」気分になります。さらにキャラクターに対して共感や感情移入のしどころがまったくないせいで、話自体についていく気力も失せます。

このどうしようもない「だらだら感」は、一般の文学作品を読んできている人には「論外」として、ライトノベル層にとっても慣れない世界に思えます。
もっとさっぱりと戦ったり恋愛したりしてればまだ読めたものなのですが、余計なものをはさみすぎているせいか、全てにおいて印象の薄い作品となっているなぁと。
このことに対しては、「読みづらいと感じるのは読書量が足りないからだ」と言う人も多いです。単純なページ数での長さならその通りでしょうが、この無意味な「長さ」に対して無抵抗に絶賛する理由はないかと思います。

印象としては、作者のひとりよがりで気取ったスタイルと、作者の次元の低い稚拙な文章力との「溝」がひとつの作品となっているような感じですね。
前者の気持ちよさも後者の稚拙さで希釈されてしまい、何も残らない印象が強いのも事実。


まぁどうあれ、ある程度楽しめたことは事実です。
先に述べたような要素を好き好む人で、かつ下手な文章にたいし寛大な態度で攻めることが出来る人であれば、そこまで期待は裏切らないと思います。
反面、そうでもない人にとっては問題点のほうが大きすぎますので、考えて購入したほうがいいのかも。




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