ココ の ブログ

春と夏の間(6)



春と夏の間(6)

 大阪ビジネス・パーク(OBP)は東京で言えば新宿新都心のような処だ。大阪城の北側に位置し、京橋駅の南にある戦前、軍需工場があった広大な土地に超高層ビルが立ち並ぶオフィス街である。そこにあるビルの1階の商店街に中華レストランはあった。ガラス張りの明るい都心によくあるレストランだからロケーションは良い。ボクも老人の話を聴いて一度食べに行ったことがあった。味見も兼ねてだが、その甥っ子というのを見に行ったのだった。人物査定と言った処だった。果たしてどういう手練手管で大金を出させる為に伯母を説得したのか、それとも泣き付いて口説きおとしたのか興味があったのだ。俄かの大金が入りこむと人間は馬鹿になる。それを地で行く話を確かめに行ったのだった。言わば興味本位の野次馬根性だった。

Satsuki-1
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 何故なら老人が足繁くボクの処に通って京都の竹林に建てようとするホテルの計画案がなかなか現実のものにならず、その間に東京での単身赴任も終え、大阪へ戻ることになった時でさえ計画案を実現させる為のボクのアドヴァイスや計画案の要点を実施に移すのに手間取っていたからだった。余りにも手間取り過ぎるということは、つまり、マンションを売却した金の残金や老人の持つ資金の裏付けが無いということになるとボクは判断していたのだった。建設費に数億円要る話に、土地を提供するだけではもっと強力なスポンサーか銀行のバックアップが必要になるのは常識だった。ボクの評価では竹林程度では資産価値が低すぎたのだ。それに時代はバブルが崩壊するのが誰の目にも明らかな頃だった。

Satsuki-2.
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 OBPの中華レストランは閑古鳥が鳴いていた。何を食べたのか忘れてしまったが冷凍食品を電子レンジで温めたようなものだったことは覚えている。これでは流行らないと思った。素人の男が何故そういう商売を始める気に成ったのか分からないが、大甘の伯母が甥っ子を盲愛した結果、何も見えなくなってしまったのだろうと想った。多分、老人のアドヴァイスも聴かなかったのだろう。老人も甥っ子のことには余り触れたがらなかったし一緒にそのレストランへ行こうとも言わなかった。明らかに無駄な金が出て行ってしまったのだった。それに後で分かったことではOBPのビルの所有会社と以前の中華レストランの所有者との間での契約に違反した商売だった事も判明したのだった。

Satsuki-3
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 つまり飲食店の経営は認めてはいず、物品の販売に限るという契約内容であったから中華レストランを閉鎖し商売替えを迫られていたというのだった。道理で周りの店がブティックや小物売り店ばかりだったと思った。能力も無いのに騙されて手に入れた店が違反物件で売り主は中国人で既に国へ引き揚げてしまった後だというのも老人の口から聴かされた。老人もそれ以上は口にしなかった。幾ら親戚同様の付き合いをしていても入れない家庭の事情があったのだろう。OBPでのボクの印象でも甥っ子という人物は如何ともし難い駄目男でしかなかった。苦労を知らない中年男には妻子も居たのだろうが、ボクは興味が無かったし、老人の竹林開発計画もとん挫して忙しいボクの仕事の合間に入る余地も無かったのだった。

Satsuki-4
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 その後、老人からは何も言って来なかった。多分、甥っ子の事業の失敗でマンションの売却益は総て無くなり、新たな資金も開発の目処も立たないまま時間が過ぎて行くしか無かったのだろう。最後に老人がボクを訪ねて来た時に言った言葉が総てを物語っていた。「こういう状況で開発も時間が掛かりそうで私も歳ですから、出来れば貴方に竹林を買い取って頂ければ有難いのですが、どうでしょうか?」どうでしょうかと言われても竹林の坪単価が十万円としても1億円もする。半値でも5千万円だ。何と気楽な事を言う老人かと想った。仮にボクに余剰金があったとしても1千万円でも買わないだろう。京都人のボクに言う言葉ではなかったのだ。能力も無い甥っ子にトラの子を使い果たされ、その尻拭いをボクに言う甘さを老人は気付いて居ないのではないだろうかと想った。

Satsuki-5
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 丁度、この季節に成るとあの竹林の調査に行った時のことを想い出す。老人とその娘が夢見た竹林開発は実らないまま、今も筍の芽を出しながら勢いよく孟宗竹が育っている事だろう。ボクは竹林の風景が好きで京都の嵯峨野や嵐山を歩いた。開発ではなく風景を保存して守る方を優先するボクは老人には気の毒だったが竹林が残って良かったと想っている。京都にウイークリー・ホテルやマンションを造るよりも人々が竹林の小道を歩いて楽しんでくれる方が嬉しい。それは建築家の仕事よりも自然保護の仕事だが、建築家でも自然は守りながら開発も出来るという別の方法もあるのだから老人の夢をボクなりにかなえられるとするなら、もっと早くに最初から相談に来てくれていたなら、あるいは少しは夢がかなったかも知れないと悔やまれる。(つづく)

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