ココ の ブログ

小説「猫と女と」(15)

小説「猫と女と」(15)


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 舞子と別れて十二時頃に帰宅すると部屋の灯りが未だ明々と灯っていた。カーポートに車を入れるとココがカーポートの塀の上で私を出迎える様に待っていた。車から出て歩き始めると足元にまとわりついてー緒に玄関までついて来る。最近、私と接する時間が少ないので寂しかったのだろう。夜は、私の寝室で椅子に寝そべってベッドの私を観ているのが常で、早朝の餌を貰う時だけが触れ合いの時間になっている。五時になればベッドの周りを走り回って私を起こしに掛かる。そのせいでどうしても睡眠時間が短く成ってしまう。年齢的なものもあるのだろうが、ココを飼い始めてからは平均睡眠が五時間になってしまった。それを知って妻は睡眠を妨害されまいとココが入れない様に自分の寝室のドアは閉めっ切っている。尤も、私の寝室のドアには小さなココ専用のくぐり戸を設けてココが自由に出入りできる様にしてある。


 飼い始めの頃は私の寝室の隣の部屋をココの部屋としてあてがって夜は閉じ込めていた。が、それを嫌がって夜中じゅう部屋の中で暴れ回ったり五月蝿く啼くので仕方無くドアに小さなくぐり戸を設けたのだ。今では其処よりも私の部屋に居る方が長い。「お帰り。遅かったわネ」玄関まで出迎えた妻がー緒に入って来たココを抱き上げ頭を撫でながら言った。ココは妻にも馴染む様になった。妻からも餌を貰わねばならないから猫なりに媚を売る知恵を出している訳だ。「大学の工事がそろそろ始まるから、やたらと忙しい。工事監理は地元の設計事務所に任せてあるから行く事も無いが、毎週の定例工程会議には出席しなくてはならない。今では静岡が近場の様な気がするヨ」「もう、お土産のウナギも飽きてしまったワ。何か他に美味しいものでも無いの?でも、最近はウナギも高く成ったそうネ」「シラスが採れないからな」シラスと言われて妻はキョトンとした顔をしている。


 平和なものだ。ウナギの子のシラスも知らず、それでもウナギの値上がりだけは知っている。値上がりの原因なぞどうでも良いのだ。それに引き換え、わざわざ他所の女との事で悩む私なぞもっと平和惚けしている訳だ。ココを観る度にそれをくれた女の事を考えてしまい、女好きの自分の性格が招いた結果だけに蒔いた種は自分で狩り獲るしかないと自分に言い聞かせている。それにしても舞子が語学留学でアメリカに行ったのは七年も前の事だ。帰国して六年も経つのに今頃になって何故私に娘を紹介したのだろう。見合いをさせたいというのは単なる口実だったのだろうか。二人して私に近付いて三角関係を持つ様に仕向けたとしたら私は彼女等の良い鴨と言う訳だ。今の処はパトロンでも無いが将来的に私に頼って生きて行くのでは無いだろうか。元夫を見限って新しい男を探し、並行して娘に誰か良い婿でも居ればと娘の帰国を待ったものの想い通りに行かなかっただけかも知れない。


 なまじ生活に困らないだけの貯えがある母子にとっては精神的にも肉体的にも頼りになる男が必要に成ったのだろう。其処へたまたま上手く私と言う好色漢が居て、八年間つきあってみて、これなら娘にも大丈夫な男と算段したとすれば恐るべき女だ。母と娘の関係と言うよりも姉妹のような親子だけに考えられない事でも無い。ふとそんな考えが浮かんだが即座に打ち消した。だが、ベッドに入ってからもそれが何度も浮かんで来るのだった。其処へココがドア下のくぐり戸を通って「ニャオ」と言って入って来た。妻に餌を貰って食べ終えたのだろう。暗闇の中でもココの動きは手に取る様に分かる。カーペットに居る時と椅子に飛び乗って寛いで毛づくろいをしている時の仕草の違いも物音で分かる。ココが仔猫だった頃、女はココを抱いて寝ていたと言う。舞子も同じ事をしていたのだろう。つまりココを通して我々は結ばれるべくして結ばれた関係だったのかも知れない。


 これは偶然ではなく運命と呼ぶべきものに想える。女が仕組んだ必然的な運命だ。アメリカへ行く事になったのは元夫のデザイン事務所の経営状態が悪くなった為にマンションを手放さざるを得なくなり突発的な事ではあったが、それだけに先の事を考えて私の事を頭に浮かべたのだろう。ー年を限って娘がマンションに住み、直後にマンションを処分しに女がアメリカへ行ったのも計画の内だったのだ。実に行動的な女だ。日本人にしてはダイナミックな発想であり積極的過ぎる様に想える。いや、彼女の事を日本人だと信じているからからこそそう想うだけで彼女が日本人だという確証は持っていないのだった。となれば元夫も分からない。そう言えばその大柄でヌーボーとした風貌は大陸の人間の様にも見えなくも無い。人道主義者と自認している私は女が何人であろうとも構わない。仕事関係者が外国人でも一向に構わないと日頃から想って仕事をしている。


 それなのに舞子と交わした会話で韓国人を毛嫌いしていると言ってしまった。日本の社会通念に自分が毒されているからだと言ったが、ヤクザが嫌いで彼等に不信感を抱いていると言いたかったのだ。ヤクザでない韓国人ならどうだろう。学生時代に同級生で韓国人が居て何の偏見も持だず友人として付き合っていた。それなのに今では何故か使い分ける様に成ってしまった。良い韓国人と悪い韓国人とが居るとでも言うのだろうか。仮に女が韓国人だったとすればどうだろう。そう言えば五年ほど前に居酒屋で女と一緒に飲んで居る時、テレビに大物政治家の息子が芸能人として出ているのを観て「あの子、実は韓国人だそうだよ」と言った事があった。「あら、私、あの子のファンよ」と女はキッとした目で私を見返しのだった。慌てて私も「ボクも好きだけどさ」と言った。以後そんな話題はー切しなくなった。あの時にもっと早く気付くべきだったのだ。(つづく)




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