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涙って 心の汗なの心を震わし 心を絞り 心を洗い 心を整理して行くの 涙って 心の汗なの心を膨(ふく)らまし 心を波立たせ 心を湿らせ心を共鳴させて行くの 汗をかくと 気持ちが良いの汗をかくと 気持ちが改まるの汗をかくと 気持ちが喜ぶの 涙と言う 汗をかいて 汗をかいて心が 成長して行くの感動して 成長して行くの 喜文治 そう言えば、最近、泣いていないなぁ~。爺様はどうだい?「 確かに!」俺たちゃ、感動していないって事?・・・・・?もしかしたら、感動しなくなっちまったの?・・・・・?心が凍って、固まってしまっているの?・・・・・?その事が、悲しいね。寂しいね。もっと感動したいね。涙を流したいね。「 今朝、何食った?今日は、否に、まともじゃん?」又、茶化す。涙腺が詰ったのかなぁ?・・・・・?感動出来ないって、人じゃねぇよなぁ?猫も犬も感動したって、言って泣かないもんなぁ。・・・・・?爺様なんかさぁ、泣かない。笑わない。喋らない。でいたら、お地蔵さんだよね。・・・・・?そんな良いもんじゃ、ないよなぁ。汚いから、道端の石仏かぁ?・・・・・?否、石仏のの横の、くちかけた杭だな!「 何でも良いよ。」泣けたか?まだ泣けねえか?・・・・・?
2007年11月30日
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どんな些細(ささい)な 所作(しょさ・行為・仕草)にも実は 物語があるの 所作に 物語を付けると 自分が楽しくなるの物語のある所作は 傍から見ていても 美しいの 何気無い所作に どんな物語を 付けるかが自分のセンスなの 喜文治 所作の物語って、真心なの。相手の立場に立って、自分にして欲しい事を、先にしてしまう事なの。歩く。ドアを閉める。挨拶をする。コートを脱ぐ。お茶を入れる。花を活ける。あるとあらゆる事に、物語があり、その物語は、自分で作るの。その物語を、道として茶道・華道等と教えている場合もあるよね。道である以上、生き方なの。どう言う振る舞いを、するべきか?どう心を構えて、事に望むべきか?常々考え、練習しておかないと、その場で間に合わないの。それが、お人柄であり、品であり、美しく生きるって事なの。身に着けるブランドじゃなくって、自分自身がブランドになるの。些細な所作、そこにブランドを、感じさせれるかどうかなの。 ブランドと言っても、色々有るからなぁ~?爺様。「 また、お前は、混ぜっ返す。」一流もあれば、二流や三流もあるんだろう?・・・・・?爺様なんって、ただ古いと言う、ブランドかな?否、骨董と言うブランドだな。「 何にでも、ブランドを付ければ、良い訳じゃねぇだろうが!」だって、折角、今覚えたんだもん。よく使って馴染ませておかないと、駄目じゃん?「 それもそうだなぁ。」爺様、俺たちゃ進歩、しねぇなぁ~。化石だな。「 化石か?」納得するんじゃないよ。「 分かった。」・・・・・?
2007年11月29日
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この世が 楽しくない人はあの世に 行っても 楽しくないよ 楽しくするのは 何処に居ても自分だからね 喜文治 見て来た訳じゃないけどそう思うの。だって、この世で地獄を味わっている人っているもん。人が羨む様な暮らしをしていても、悩んだり、苦しんでいる人っているもん。一方で、大変でしょう?って、励ましたくなったり、労わりたくなる様な暮らしでも、家族が力を合わせ、楽しく頑張っている人って、いるもん。 悩み事や困り事相談で、おいでになる人も、如何に大変か状況証拠を、仰るけど、環境や状況も大切だけど、実はご自身の心の構え方なのね。だから、どうするの?だから、どうしたいの?だから、どう心を構えるの?そこの所をゆっくり話して行くと、ご自分で答えに辿り着かれるの。何だ、相手じゃなかった!何だ、状況の受止め方だったんだ!お顔付きが、一変されるの。元々の元気なお顔に戻られるの。 何処何処が痛いから、辛そうな顔をしてるの。辛そうな顔をしていると、楽になるの?だって辛いんだもん。こんな顔になるの。 何処何処が痛いんでけど、頑張って見る。あれっ?何処何処が痛いんじゃなかったっけ?あっ、そうだった。痛いんだった。でも、治っている。生身の身体を持っているんだもん。腐りもするし、傷みもするの。で、どうするかなの。それが、その人の人間力なのね。人間力って、日頃なのね。日頃、何をどう心掛けているかなのね。困った事があって、急に人間力が湧いて来て、解決してくれるんじゃないの。人間力を着けておこう。少しづつで良いから。
2007年11月28日
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誰も歩いていない 真っ白な 新雪の積もった道を一歩一歩 自分の足跡を付けて 行く事が生きて行くって 事なの日々新日 (ひび しんじつ) 封印されていた 今日を封印を切って 進み続ける 事が生きて行くって 事なの封印日々切開 ( ふういん ひび せっかい) 封印を切って見ないと 何があるのか 何が起こるのか誰も分からないの 昨日と 実に良く似た 一日が目の前に広がるけどでも 全てが 昨日と違うの一瞬たりとも 留(とど)まらないし 一ミリも 戻れないの毎日 毎日が 誰しも 初舞台なの日々初舞台 (ひび はつぶたい) 喜文治 年老いた爺様も、初舞台なの?なんか変だなぁ~?・・・・・?みんな昨日と同じに、見えるけどなぁ~?・・・・・?全部昨日と違うの?「 何一つ同じものはない。」言い切ったね。格好良い。爺様も決めるとこは、決めるね。でも一つや二つ、昨日と同じものって、ないかなぁ~?「 お前の心の構え方ぐらいじゃろう~?」また皮肉かよ?よ~し探してやる。昨日と同じものを、探して来る。「 腹が減ったら、帰って来いやぁ~?」くそっ!探して来るぞっ!・・・・・?
2007年11月27日
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非日常って リゾート なんだよね年に一度 月に一度 週に一度 日に一度非日常を 取り入れられたら いいよね いい仕事を したいからいい笑顔で いたいからいい日々を 重ねたいからいい人生を 過ごしたいから非日常って 大切なの 読書も 音楽も 小旅行も非日常になるね久し振りの人と 話し込むのも いいね工夫次第で 何処にでも 非日常って あるよね 非日常って 心を 揉(も)み解(ほぐ)して くれるんだよね非日常って 心をリセットして くれるんだよね 喜文治 毎日代わり映えしないよね?爺様。・・・・・?来る日も来る日も、変わらないよね?・・・・・?先週も、先月もなんか、同じ様な事をやっているよね?・・・・・?何か面白いことって無いのかなぁ~?・・・・・?どんどん季節だけが、勝手に変って行くよね?・・・・・?そして今年も暮れて、また年を一つ取るんだよね。・・・・・?爺様。あっ!って驚くような?えっ!って心がはしゃぐ様な事ってないのかなぁ~?「 自分次第だろう?」しゃ、喋った。喋ったけど、皮肉かよ?「 自分の毎日を、詰らなくしているのは、自分次第でろうって言っているの。」そりゃあそうなんだけどさぁ~?詰んないよなぁ~?「 自分を喜ばせ様とばかりしていると、中々詰んないよ。自分って欲張りだから。」・・・・・?「 人を喜ばしな。感謝されてみな。」俺がか?どうやって?「 口じゃなくって、身体を使って、役に立ってみな。分かるから。」詰まんないものが、詰ってくる?「 そうだよ。他人様からの感謝がどんどん詰ってくるよ。」そんなもんかなぁ~?「 考えていないで、動いてみな。その身体を動かしてみな。」でも、?「 理屈じゃないの。行動なの。それがお前の非日常なの。」分かった。やって見るよ。でもさぁ~。「 でもさぁ、はないの。」・・・・・?
2007年11月26日
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笑 顔 無 敵(えがお むてき) 喜文治 友人の紹介で、知り合った方が、その場で、事務所に掛けたいから、「笑顔引力」と言う言葉が気に入ったので、書いて欲しいと頼まれた。その方が、付け加えて、笑顔無敵!とも書いて欲しいと、言い出された。自分の笑顔引力も好きだが、笑顔無敵!も良いなぁ~。と、思った。その方の言葉なのか?何かに書いてあったのか?聞いたのか?分からないが、忘れられない言葉になった。その方は、数年前癌でお亡くなりになった。と、先の友人から聞いた。 その時、その方に同行して来ていた、清楚なお嬢さんがいた。友人が、今たまたま、喜文治が来ているから、何か書いて貰えと、唐突に紹介をしたのだ。いつもそんな風な、友人である。断ろうもんなら、偉そうに~?と、コテンパンにやり込められる。一回り以上年下なのにだ。その時、母が亡くなって間もなくであったからか、お寺の本堂で、夜伽をしている時の話しをした。午前2時過ぎ、目が覚めて、葬儀ではばたばたして、ゆっくりお別れできないだろうからと、姿勢を正して、南無阿弥陀仏を、唱えだした。それしか知らないのである。すると、上の方に掛けてあった軸の、阿弥陀さんが動いて見えた。えっ?と思った。背景は、椰子の木が何本か、青い空に伸びている海岸である。それはハワイだった。何故ならば、阿弥陀さんはピンクのアロハを着ている。頭には茶色の枝で作ったリングを巻いていた。下は腰蓑を着けて、悩ましくフラダンスを踊っていた。余の光景に、吹き出してしまった。で、ホッとしたし、嬉しかった。お袋。これで良かったんだね。そう思った。一緒に夜伽していた上さんは、眠り続けている。足がしびれて辞めた。20分間ぐらいの時間だったと思う。また横になった。暫くして、また目が覚めた。えっ!夢だったのかな?と思い、また姿勢を但し、南無阿弥陀仏を、唱えてみた。また阿弥陀さんは、ワイキキの砂浜で、楽しそうにフラダンスを、踊っていた。良かった。良かった。僕と父の判断で、胃癌の手術をせず、痛みの対処療法しかしなかった。76歳だった。次に目が覚めた時、外はもう明るく成っていた。 そんな、到底、初対面の人に、話す内容ではない事を、何故か?話していた。黙って聞いていた、その清楚なお嬢様は、なんと、その話を書けと、のたまった。『ピンクのアロハに、腰蓑着けて、阿弥陀さんの、フラダンス』と書いて、後日渡した。占いや予言者に、結婚はしないと、太鼓判を押され、本人もしないと断言していたそうだ。色紙を渡した秋に葉書が来た。そのお嬢様からだ。僕の本(自分のあやし方1)を読んで、決めました。人に役立つ事が、自分を活かす道なんですね。とだけ記されていた。気に成って、年寄りを驚かすものじゃないよ。何を一体決めたの?葉書を出したが返事は無かった。その答えは、年賀状にあった。結婚したのだった。えっ?えっ?えっ?驚いた。 驚いたのは、その友人達の方が、僕の比ではなかった。韓国の有名な予言者(僕は知らない)にも、言い切られていたらだそうだ。しかも、嫁ぎ先は、全国区のお寺なのである。それを聞いた、嫁を貰い遅れている、その仲間の友人から、その色紙は何処にあるのか?聞いて欲しいと、頼まれた。そっちが友達だろうから、直接聞けばと、取り合わなかった。阿弥陀さんのフラダンスの色紙が、運命を変えたとも思えないし、楽しい話で終らせたかったからである。清楚なお嬢様は、嫁いでから2・3度長い手紙をくれた。嫁の辛さが綴ってあった。ほんの1・2度しか会っていない関係であった。でも、「いつでも帰っておいで。」と、親でもないのに返事をした。それが喜文治です。もう、お子さんもお二人生まれ、手紙は途絶え、年賀状だけです。ご免なさい。笑顔無敵から、とんでもない話に巻き込んじゃいましたね。 明日から3日間、日記は休みます。ご免なさい。
2007年11月22日
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大海原を 楽しげな二人を 乗せた小舟があった突然 天から呼び掛ける 声がした「 程なく 嵐が来る 」「 この嵐は巨大で 私の力を持ってしても一人を護るのが 精一杯である 」「 直ぐに どちらかに 決めて欲しい 」そう言って消えた 『 君が残って みんなの所へ 辿り着き幸せに生きてくれ みんなに宜しく 伝えてくれ 』 と白波が立ち出した 海に沈んで行った 自分の命を 投げ打っても護りたい命 その思いが「 愛 」だと思う 喜文治 愛ってなんだろう?随分考えていた。分からなかった。色んな愛の形がある様に、思えた。親子・兄弟・夫婦・恋人・師弟・不倫等等、余にも広範囲で、広角的に使われ過ぎていて、中々捉えられなかった。今捉えた。喜文治風に。 爺様。俺さぁ~。二人が竹林で、一匹の虎に遭遇して、一人が食べられている内に、一人が逃げ帰る。何かそんな話、聴いた様な気がするんだよね?似てるね?・・・・・?どっちにしても、一人が死ぬんだよね。・・・・・?俺がそこまでしたい人って、居るだろうか?俺にそこまでしてくれる人って、居るだろうか?・・・・・?と言う事は、俺は誰も愛していないし、誰にも愛されていないって事?事?事?・・・・・?曖昧で良かったのに。爺様は、とんでもない物を、引っ張り出してくれたよなぁ~?・・・・・?愛しているんだぁ~。愛されているんだぁ~。きっと。 そんな曖昧さで良かったのに!「 悪かったよ! 」今更、反省されても、遅いんだよ。馬鹿爺。「 ご免なさい 」謝られると、何か、自分が惨めになるよ。本当に馬鹿爺だよ。あのなぁ。いい加減や曖昧で、楽しく勘違いして、いたいのに。何でも、白黒つけりゃ、良いってもんじゃないの。「 すいません!」で、爺様だったら、どっちにする?・・・・・?俺は、海に沈みたいなぁ。だって、虎に食われるって、痛いじゃん?「 はぁ~?」だから、海に沈むか?虎に食われるか?だよ。「 は~ ・・・?」じれってぇな。それじゃ二人とも、沈むし、食われるぞっ!「 そんな話だったっけ?」じゃ、爺様はどんな話だったと、言いたいの?「 別に・・・?」だろう。で、どっち?・・・・・?
2007年11月21日
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元の気と書いて 「元気」と言うのそうなの 誰もが元々 元気で 明るくて勇気に満ち 好奇心の 塊(かたまり)なの その元の気を 常識とか 仕事とか家族や友人と言った 人間関係から 生じる塵(ちり)・ 埃(ほこり)・ 錆(さび)・ 汚れや ガス等が溜まり 付着し 「元気」を 覆い隠しているだけなの 時々 払い除けないと 心が重くなって 行くの 日頃の 心のお手入れが 大事なの 喜文治 顔一杯、口を広げて、笑う事。涙、よだれ、鼻水、を顔一杯に流して、泣く事。面白い話に、目を大きく開いて、聞き入る事。そんな穢(けが)れの無い、無邪気だった、幼い頃って、誰にでも有ったの。 いつしか、お腹を抱えて、誰はばかる事もなく、笑うことも、無くなったの。死にたくなる程の、辛い事や苦しい事が有っても、人前で泣く事も、無くなったの。面白い話に、我を忘れて、のめり込んで行く事も、無くなったの。いつしか、表情を隠した、何処にでも居る、つまらない大人に成ったの。 何処かの時点で、中身が入れ替わったのかと、疑いたくなるの。 そうじゃない筈なの。元々の気「元気」は、自分の中で、今もマグマの様に、息づいている筈なの。時々、自分を覆い隠している、枯れ葉や砂を、竹箒で取払わないと駄目なの。そうしないと、自分がやりたくも無い、つまらない大人の役を、演じ続ける事になるの。そうなの。大人A。大人B。大人C。を、演じて終るの。たった一度の、この人生を、「大人A」じゃ、詰んないよねぇ?
2007年11月20日
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見られている 見られている笑われない様に 金縛り 景色だよ 風景だよ溶け込んで いるよ 誰も 見ていないよ誰も 気にしていないよ誰も 覚えていないよ普段の通り 生きよう 周りを 気にしないで 自分らしく自信を持って 生きていたらそれだけで 魅力的に 見えるの 景色だよ 風景だよ溶け込んで いるよ 喜文治 よっぽど、奇抜な格好や奇声でも上げないと、誰も注目していないの。街の景色や、雑踏の風景の中に、溶け込んでいるの。だって、みんな自分にしか、興味が無いの。それを、みんなも自分と同じくらい、自分に興味が有ると、勘違いしているの。そんな意識が、自分を金縛りに、しているの。 普段どおりに、生きれば良いの。気負わず、奢らず、自分の楽な姿勢で、生きれば良いの。自分らしさに、自信を持って、生きていれば、魅力的なの。だって、周りを気にせず、生きるって、それだけで、個性的で魅力があるの。たった一つの個性なんだもん。目立ちはしないけど、良く見ると魅力的なの。周りの噂や、流行や、批評に左右されない個性って、魅力的なの。もっと自分に自信を持とう。もっと自分を大切にして生きよう。 爺様は汚い格好をして、徒歩通勤しているじゃない?・・・・・?渋滞の車から、丸見えじゃないの?・・・・・?なんだ?あの汚い爺様は?ホームレスか?って見られているかもね?・・・・・?恥ずかしくないの?「 確かに目には映っていると思うよ。でもそれだけだよ。」だって毎日だろう?大体同じ時間帯だろう?みんな見てるって。「 景色として、風景として、目に映っているだけだよ。」そうかなぁ~?「 スーツに着替えて、仕事で会ったとしても、気付かないよ。」そんなもんかなぁ~?「 そんなもんなの。」・・・・・? でも、汚い格好はなぁ~?・・・・・?
2007年11月19日
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恐怖感で 教えちゃ 駄目なの言葉で 教えるのにも 限界があるの本当に 教えたいなら 遣ってみせる 後姿で 気付かせるの 気付いたら 教わったのじゃ ないの自分で 見付けたの楽しいって事が 分かったらどんどん 自分で 先に行くの もし 聞きに来たら 聞かれた事だけ教えれば 良いのそれまで 待つ事なの 人に 何かを 教えるって辛抱が 要るの半端な 辛抱じゃ ないの真から 相手を思う 愛がないと 出来ないの 喜文治 物事を教えるって、自分の排除なの。喉の渇いた人に、コップで水を上げると、喜ばれるけど、また下さいって来るの。それは自分を排除させて、いないからなの。その度に、何がしかの、お礼を言って欲しいか?お金でも頂きたいか?なの。自分を排除させるって、水の探し方や、水の出所を、伝える事なの。そうすると、もう来なくて、済むの。井戸の掘り方や、水の汲み方は、聞きに来るかも、しれないの。その事だけを、教えれば、良いの。中国のトウショウヘイさんが言った。井戸の水を飲む時、井戸を掘った人の事を、忘れちゃいけない。って、いい言葉だよね。すっかり忘れて、飲んでいるけど。 今頃だと、感謝も出来ないし、どうせ商売だろう?って、小銭を出すの。井戸を掘った人達は、どう思うだろうね?もう一度埋めようか?僕だったら心が狭いから、そう思うかもしれない。様々な文明に、支えられながら、今日があるの。一つひとつの物事に、井戸を掘った人達が、必ず居るの。今日一日だけでも、関わる物事の、井戸を掘った人達に、感謝をしたらいいよね。馬鹿言ってんじゃないよ。忙しくって、そんな暇は無いよ。あのね。暇でするもんじゃないの。そんな事も出来ない忙しさって、何か間違っているよ。そう、物事に対する、心の構え方が間違っているよ。・・・・・?あらららら、何処かに、行ちゃったよ。・・・・・?背中の守銭奴が、こっちを向いて、アカンベーしてるよ。精々気張りな! (トウショウヘイさんのトウは、機種依存文字だって?)
2007年11月16日
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恐怖感で 教えちゃ 駄目なの言葉で 教えるのにも 限界があるの本当に 教えたいなら 遣ってみせる 後姿で 気付かせるの 気付いたら 教わったのじゃ ないの自分で 見付けたの楽しいって事が 分かったらどんどん 自分で 先に行くの もし 聞きに来たら 聞かれた事だけ教えれば 良いのそれまで 待つ事なの 人に 何かを 教えるって辛抱が 要るの半端な 辛抱じゃ ないの真から 相手を思う 愛がないと 出来ないの 喜文治 物事を教えるって、自分の排除なの。喉の渇いた人に、コップで水を上げると、喜ばれるけど、また下さいって来るの。それは自分を排除させて、いないからなの。その度に、何がしかの、お礼を言って欲しいか?お金でも頂きたいか?なの。自分を排除させるって、水の探し方や、水の出所を、伝える事なの。そうすると、もう来なくて、済むの。井戸の掘り方や、水の汲み方は、聞きに来るかも、しれないの。その事だけを、教えれば、良いの。中国のトウショウヘイさんが言った。井戸の水を飲む時、井戸を掘った人の事を、忘れちゃいけない。って、いい言葉だよね。すっかり忘れて、飲んでいるけど。 今頃だと、感謝も出来ないし、どうせ商売だろう?って、小銭を出すの。井戸を掘った人達は、どう思うだろうね?もう一度埋めようか?僕だったら心が狭いから、そう思うかもしれない。様々な文明に、支えられながら、今日があるの。一つひとつの物事に、井戸を掘った人達が、必ず居るの。今日一日だけでも、関わる物事の、井戸を掘った人達に、感謝をしたらいいよね。馬鹿言ってんじゃないよ。忙しくって、そんな暇は無いよ。あのね。暇でするもんじゃないの。そんな事も出来ない忙しさって、何か間違っているよ。そう、物事に対する、心の構え方が間違っているよ。・・・・・?あらららら、何処かに、行ちゃったよ。・・・・・?背中の守銭奴が、こっちを向いて、アカンベーしてるよ。精々気張りな! (トウショウヘイのトウは、機種依存文字だって?)
2007年11月16日
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老けるって 「深(ふ)ける」 なの人間味が 深(ふか)まるの 老けるって 「富(ふ)ける」 なの人間力が 富(と)むの 老けるって 「負(ふ)ける」 なの負(ま)けて 見せて手柄を 若い人達に 譲るの 喜文治 爺様。なんかさぁ~。負け惜しみみたいだね?「 そうだね。」えっ、怒らないの?否に素直じゃん?もう、諦めたか?・・・・・?えらい素直に、認められると、突っ込めないじゃん?新手だな?・・・・・?老ける。老いるって。汚く、枯れて行くことでしょう?風にかさかさと吹かれて、やがて、枯れ葉が道べたに、張り付いて、格好悪いよね?・・・・・?しかし、どうあがいても、緑の若葉には戻れない。悔しいだろうね。腹が立つだろうね。恨んでいるだろうね。・・・・・?精々で、沢山の仲間が集められ、焼き芋でも焼いてくれて、終わりだな。・・・・・?可哀相だなぁ~!「確かにそうだな。」「紅葉して山を彩り、冬の木を護る為に、潔く自ら離れ、春に向かって、土に帰る。」なんか?少し、格好良いね?・・・・・?そうだよな。雨風の晒され、夏の暑さにも耐え、最後に山を彩る。散り際か?「 お前もいつか行く道だよな。格好良く行きな。」爺様は今、どの辺りだぁ?・・・・・?なぁ、ってば、言ってみな。笑わないからさぁ~?「 自分じゃ、はっきり分からんのじゃ、教えてくれんかのう?」あっじゃ~?格好悪う。・・・・・?
2007年11月15日
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この娑婆に 喜怒哀楽の 其々の世界があるどの世界で 生きるか自分の心が 決めている 喜びと 感謝の 世界怒りと 競争の 世界哀しみと 愚痴の 世界楽しみと 快楽の 世界 混ざり合い 影響し合いこの娑婆で 其々が 学んでいる主に どの世界で 生きるか自分の心が 決めている 喜文治 この娑婆は、一見、平板な一つの世界に見えるけど、何層かに重なっているの。大きく分けても、哀しみと愚痴の世界。怒りと競争の世界。そして、楽しみと快楽の世界。に、喜びと感謝の世界。が、重なり合い、入り乱れているの。自分が主に、どの世界で生きるか?自分の心が決めているの。 爺様。怖いねぇ。入り乱れているんだって、知ってた?・・・・・?俺たちゃ、入り乱れているね。喜・怒・哀・楽の世界を縦横無尽に、駆け巡っているね。・・・・・?何処かに決めて置かなきゃいけねぇのか?爺様。・・・・・?やなこったよなぁ。此処は良いけど、そっちに行ちゃ駄目っ!って、指図されるのはヤダよなぁ?・・・・・?えっ!自分で決めるんだって?難しいよ。あっちにも、こっちにも、友達いるもん。・・・・・?駄目ぇ?許して?何処にでも自由に行きたいの?ねぇ、駄目ぇ?・・・・・?急に、俺が行かなくなると、みんな心配するし、寂しがるよ?・・・・・?じゃ、せめて、二つにして?「 所でお前は、今何処の世界にいるのじゃ?」俺っ。今はね。楽しみと快楽の世界だよ。此処が大好き。「 もう一つ行きたい世界とは、何処じゃ?」俺っ。聞いてくれるの?行っても良いの?あのね、怒りと競争の世界。・・・・・?競争して、沢山、稼いで、楽しみと快楽の世界で、王様になりたいんだよ。・・・・・?爺様。・・・・何か・・・・声が・・・聞え・・・難く・・・・・なって・・・・・来たん・・・だけど・・・・・・・・・・・・?じ・・・・い・・・・さ・・・・・ま・・・・・・・・・・
2007年11月14日
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評価・ 効果・ 成果が 自分で確認 出来ないと 疲れるよ 褒めて 上げて 認めて 上げて許して 上げてたった それだけで 元気が 出るの 知っている でしょ自分も そうだから 喜文治 朝起きて、今日は、何人褒め様かな?何人認めれるかな?何処を褒め様かな?何処を認め様かな?どう褒め様かな?どう認め様かな?そして、何人許せるかな?何処まで許せるかな?そんな事を考えながら、仕事に向かうと、楽しいの。 思っていた程、褒めれなかったな?認めて上げれなかったな?あの事を、許して上げれなかったな?まだまだだったな?そんな事を、考えながら、帰宅して、また家族の良い所を探すの。何処を褒め様か?何処を認め様か?何を許そうか?そんな事を、続けて行く内に、褒め上手。認め上手。許し上手。に成って行くの。 褒めたくなる人や、認めたくなる人、そして、許してしまいたくなる人が、周りに、沢山居ると、自分が、楽しくなるの。いつも、そんな人達と一緒だと、自分が一等幸せなの。自分の為だよ。 爺様は、褒めないね。認めないね。許さないね。苦しいだろう?・・・・・?俺はさぁ。爺様の事を、褒め様。認め様。許そう。って、いつも思っているよ。・・・・・?でも、褒め様がないの。認め様がないの。許し様がないの。俺、辛いよ。・・・・・?少しは、俺の身にも成ってくれよ。この辛さ、分かる?爺様。・・・・・?
2007年11月13日
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正しく 生き様と するから 苦しく なるの 楽しく 生きた方が 良いよ 楽しく 生きたら 正しく 生きた事に なるの 喜文治 日本人は勤勉だから、教えられた通り、正しく生き様とするの。教えられた通りに、していると、正しいと、思っているの。でも現実は、色々と条件や環境が、全然違うの。違っても、教えられた通りに、生き様として、苦しんでいるの。基本原則は、身体からもう離そう、離して、横に置いておくの。 正しのはこう。だけどこうしたら、楽しいの。じゃ、楽しく生きよう。誰にも迷惑を掛けず、法律にも触れず、楽しく生きよう。何でも、何処でも、楽しく生きよう。楽しく生きると、正しく生きた、事になるの。 爺様。俺たちゃ、間違っていなかったんだよね?・・・・・?だって、俺たちゃ、何の役にも立ってねぇけど、楽しくは生きているもんなぁ~。・・・・・?楽しく生きているって、正しく生きているって事なんだって?・・・・・?嬉しくなるね!簡単だね!楽しくなるね!本当だ。楽しいんだよ!・・・・・?何だ、このまんまで、良いのか。・・・・・?
2007年11月12日
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品って なぁに~? 心の構え方が卑しくない事 さもしくない事 浅ましくない事心が そう構えると 言動にも 品が 滲(にじ)むよね 誰でもが 幾らかは 持っている卑しさ さもしさ 浅ましさを 呑み込んで周りに 譲歩し 奢(おご)らず 人を責めない それって 仏教の心にも 通じるね仏教の心で 生き様とすると 自(おの)ずと 品が 備わって来るね品が品を 呼ぶんだよね品って良いね 喜文治 最も品なんかの、真逆にいて、言うのもおこがましいけど、真逆にいて、いつも憧れているから、分かるんだよね。幾らお金があっても、幾ら知識があっても、幾らブランドで固めていても、品のない人って、多いね。品って、買えないし、覚えるものじゃないし、売ってもいないし、手の施(ほどこ)し様がないね。 品のある人といると、疲れないね。上質のベルベット?生まれ付きの人と、後で身に着けた人の2種類いるとか?って聞いたよ。品のある人は、品のある人と、仲好しだね。 最近の事件なんかの、根っ子にあるものを、3言(こと)で言うと、卑しい人の考えや目的。さもしい人の考えや目的。浅ましい人の考えや目的。で、毎日、日替わりで、色んな人が、登場しているね。日本下品劇場だね。子供達も見ているんだよね。 爺様。今日は俺達と関係ない話だね?帰ろうか?・・・・・?品が、どうの、こうの、って、俺達にゃ、縁遠いもんなぁ!関係ねぇよ。・・・・・?爺様。まさか?欲しいのか?その品とかを???・・・・・?俺達が、品なんか、欲しがるってのは、翼を欲しがっている様なもんだぜっ?・・・・・?空を飛べちゃうよ。俺達に品が持てるんなら?馬鹿か?爺様、帰ろう。「 そうだな。」なにっ、未練がましい顔してんだよ?無理無理。第一肩がこって、しょうがないだろう?俺達にゃ。・・・・・?
2007年11月09日
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確かに 親は 20年程 早く 生まれて 来ているよでもね 子育ては 初心者なの 子育ては 見よう 見真似で 手探りなの子育ては 思っている以上に 一大事業なの母親を 孤立させちゃ 駄目なの 初心者だと 自分から 言えない位に実は 緊張しているの寂しいって 自分から 言えない位に実は 孤独なの 賢い 子供達は 励ましたり 慰めたり協力して 上げてね難しくないの 笑顔と 笑い声で 十分なの 喜文治 様々な子供にまつわる事件・事故が後を絶たないの。子供は自分の所有物だと、勘違いしているの。子供は何にも分からないと、思い込んでいるの。貴方を信じて、神仏から託された、子供は預かりものなの。子供はみんな知っているよ。神仏の化身なんだもん。大人の都合や、大人の勝手に、気付いているの。勿論、神仏はその一部始終を、心配そうにいつも見ているの。子育てが厭で、仕事だと言って、仲間とお酒を飲んでいるのも、泣き止まない子を、口を塞いで、黙らせようと、一瞬心をよぎったのも、こんなんだったら、一緒に死のうかと、考えた事も、みんな知っているよ。だから、子供って命懸けなの。産まれて来る時も、生まれてからも、危険きわまりないの。その全てが、親を一人前の大人にする為だと、親自身が気付かないから、危ないの。子供は命懸けで、親を一人前にしようと、頑張ってくれているの。私が頑張らないと、この子は死ぬんだ。そうしないのは、私の優しさなんだと、嘯(うそぶ)いているけど、実は逆なの。そろそろ一人前の大人に、挑戦させてみるか?そんな神仏の真意が、分からないものだから、所有物だと勘違いしているの。良くぞ、家に産まれて来てくれたね。って感謝しなきゃいけないの。そうなの。貴方が死ぬまで、貴方の先生なの。子供から学ぶって事、多いよ。子供から学ばせて頂いているの。誰のお陰で、大きくなったと思っているの?子供を見る度に、親の有り難味を、感謝しろって思っているの。貴方も子供だったの。貴方が今日まで、生きて来れたのは、誰のお陰ですか?そう、自分の立場でしか考えていないの。だから、イライラするんだよ。自分も、かつては、命懸けの、子供だったの。
2007年11月08日
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人を 褒めるって キツイ 登り坂人を 批判するって 楽チンな 下り坂 人を 褒めるって 自分の 人柄も上げて いるんだよね 人を 批判するって 自分の 人格も下げて いるんだよね 喜文治 もう下れない所まで、下ってしまった。それでもまだ、人様を批判する事に、飽きない。自分って、本当にどうしようもない。 ただ最近は、批判する事が、減ってきた様な気がする。そして幾分、人を褒める様な事が、ある様な気がする。気のせいと言えば、否定出来ない程の、不確かな現象である。どうやら批判が、底を打って、反転してくれたのなら、嬉しいが、まだ自信はないのだ。それにしても、やけに下り過ぎて、元いた位置が分からない。元々、青空の下の、爽やかな草原にいた訳では、なさそうだ。 生まれた所が既に、草原が見えないくらい、下った所だったと思う。そこからでも、登れば良かったのに、ためらわず下った。上に向かう方々とも、すれ違い、上に行こうと、声を掛けて頂いた事もあったろうに、放っといてくれ。と、粋がって駆け下りた事もあったろう?声を掛けてくれた方々は、きっと、お釈迦様やイエス様の使いの方々だったのだろう?しかし、聞けなかった。素直に従えなかった。そして今、暗闇の底の底で、手探りをしながら、上を仰いで見ても、一点の光も見えて来ない。 さぁ、此処を出よう。ここを離れよう。勇気を持って、青空の下の爽やかな草原を目指そう。下る癖が付いているから、3歩前進2歩後退するだろうが、目標が定まった。キツイ登り坂を、邁進して行く事にした。 爺様。あの人、大丈夫なのかなぁ~?登り切れるのか?・・・・・?こっちから見ていると、地球の裏っ側、見たいな所まで、堀下がっているぞっ!・・・・・?反対側に出て、地球の表面を進んだ方が、早いよ。「 そんな問題ではないのだ。」そうかな?あの人、上り切れないぜっ!今世だけじゃ、間に合わないよ。・・・・・?爺様、何とかならないのかぁ~?「 そんなに気を揉むな!」そんなのんきな事、言ってて、良いのかよ?他人事だと思ってっ!「 下る癖が殆ど、気にならなくなったら、暗闇の中に、エレベーターが見えて来るそうじゃ。」ええっ?嘘っ?また勝手な作り話して、気休めのつもりか?この馬鹿、爺!「 人を批判して下っている間は、見えないけれど、心が改まれば、見えて来るそうじゃ。」本当?爺様の話はいつも、絶体絶命に成っても、何か都合の良い話しが、出て来るよね?「 厭なら、信じなくっても良いんじゃ?」否。否。厭じゃないよ!そんな都合の良い話は、大好きだよ。 所で爺様。俺達は何処に居るんだ?青空って見てないし、草原の風もないよ?「 かなり潜っているなぁ~」おい。おい。他人事みたいに言うなよな?何処なんだここは?「さぁ?わしにも分からん。」エレベーター探そうよ。エレベーター?爺様ぁ、落ち着いてィねぇで、探そうぜ?・・・・・? 何で俺達に、エレベーターが、見えねぇんだぁ~?「 さっき、言ったじゃろ~?その訳は?」・・・・・?
2007年11月07日
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この世との 別れ方って その人が 歩んで来た生き方が 出るんだよね どんな 想いで どう生きて来たかどんな 考えで どうして来たか周りの方々に どんな思いを させて来たかどう接して 来たかどれだけ 感謝を して来たかどれだけ 感謝を されて来たかこの世との 別れ方に 全部 出て来るんだよね 毎日 毎日が 模擬試験でこの世との 別れ方こそが本試験 なんだよね 喜文治 死ぬまで、試験かよ?爺様。・・・・・?しかも、毎日毎日が、模擬試験だってよ。・・・・・?試験休みってないの?おどおどしてなきゃ、なんねぇじゃん?・・・・・?その挙句。死に方が本試験?・・・・・?病気で苦しんで行くか?あっけなく事故で行くか?・・・・・?長い間煩い、散々周りに、迷惑を掛けて行くか?忙しい程の見舞い客に見送られるか?・・・・・?それが、自分の生き方の、総集編かよ?爺様、どうする?・・・・・?どうしようもないか?今更。可哀相だね、爺様は。・・・・・?散々仕出かした、爺様のこれまでの悪行三昧。消しゴムじゃ消せないもんなぁ~?「 そうでもないらしいんだ?」またまた?都合の良い事、言い出すんじゃないだろうなぁ?「 この世は、感謝三昧だった。と気付き、」「 有り難う。有り難う。と、言い続けたら、かなり消えるそうだ。」ほ、本当かよ?爺様!俺のも消えるのかよ?「 お前のも、消えるじゃろ?」だから、俺、爺様が好きじゃ!大好きじゃ!「 多分?」えっ、多分かよ?希望的観測で根拠定まらず?「 感謝をしに来たと気付いた時、人間はそこで、人として生まれ変わるそうじゃ?」じゃそこまでが、校内での練習問題で、そこからが、全国統一模擬試験の様なもの?「 らしい?」らしい?って、心許ないなぁ~?はっきりして欲しいんだなぁ?「 本当にはっきりして欲しいのか?真実を受止めれるのか?」否、ただ、はっきりすれば、良いのじゃなくって、良い風に、はっきりして欲しいの。・・・・・?駄目ぇ?ねぇ、駄目ぇ?・・・・・?
2007年11月06日
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もし 私を 褒めて くれる 人が いたら私は 勝手に 直接 伝えられない 人達 10人の代表の 方だと 思う 事に しているのだから 10倍 嬉しく なるの 私に 詰問や 忠告を して くれる 人が いたら厭な 事を 直接 いえない 方々 100人の代表の 方だと 勝手に 思って いるの 一瞬 反発 しそうに なりますが何しろ 他に 99人が おられる 訳ですからその 人を やり込めても 意味が 無いもんね わざわざ 有り難う 良く 教えて くれたね と言える 様に 早く なりたいね そう まだまだ 修行中 です 喜文治 相手を中々、褒めないし、直接、忠告し難いものなの。本人のいない所で、悪口を言うのは得意だけど、褒め難いし、詰問し難いの。それは誰だって、都合の良い事や、耳障りの良い事しか、聞きたくないから、厭な事を聞くと、内容じゃなくって、言っている人の人格に、反撃をしてしまうの。勿論、後味は悪いの。でも、言ってしまうの。言われた内容を、ゆっくり吟味する余裕等、全然無いの。いつまでも、その人の悪口を、思い続けているの。分かっているの。何て自分て、心が狭いの?情けないの?って。そんな、自己嫌悪の、繰り返しなの。でも、本当に微々たる歩みでも、前進して行きたいね。だって、命懸けで、毎日、生きているんだもんね。少しは、進歩したねって、言われたいじゃない?修行は続いています。
2007年11月05日
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来た 道は煩悩 さんの 案内で 上下 左右の 貪 (むさぼ)りの 道 行く 道は感謝 さんの 付き 添いで有り難う 三昧の 真っ直ぐな 一本道 今日を 境に明日 逝こう とも 喜文治 宗教なんて関係ないと、思っている、つもりですが、こうして書いてくると、やっぱり、自分の心の中には、仏教の考え方が、入っている様なの。京都が大好きで、奈良も好き、お寺が好きで、仏像も好き、言葉を書くと、お釈迦様や閻魔様が出て来るもん。別にばあちゃん子でもないし、ずーっと家に仏壇も無かったの。お経も読めないし、めったにお参りもしないの。仏教らしい事を書いているけど、仏教はよく知らないの。知らないから書けるんだ!って、嘯(うそぶ)いているの。勉強すると、縛られるの。 宗教観・人生観って。大事だと思うの。それが無くなって、今の時代が、荒れているのだと思うの。実に、さもしい。あさましい。いやしい。時代だと思うの。さもしさ。あさましさ。いやしさ。自分の中にもあるの。でも大嫌いなの。マスコミが伝える、事件や偽装問題等を、聞いていると、人間のさもしさや、あさましさや、いやしさが、根本に有ると思うの。我々の心の底流に、とうとうと、さもしさ。あさましさ。いやしさが、流れている、時代なんだと思うの。そう、事件を起こした人、偽装をした人だけではなく、我々全員の心に、流れていると思うの。それを出した人、出そうとしている人、出さない人、出せない人が、いるのだと思うの。誰にもある、このさもしさ。あさましさ。いやしさ。を、制御して行くのが、心の学びだと思うの。心の学び。って、殆どやって来ていないの。 お爺ちゃんやお婆ちゃんの話。両親や先生の話。物語等の本を読む事。あまり、やって来ていないの。聞いても読んでも、知っているって段階で、終っているの。自分で、腑に落とすまでに、至っていないの。だから何でも、難しい事は知っているけど、自分の言動によって、相手の人がどう思うか?どんな気持ちになるか?その事が、欠落してしまっているの。 登場人物や、それを書いた作家を、知っているの。その物語の結末も知っているの。しかし、その結末までの、人の営みや、人生の機微は、読み飛ばしているの。人の営みや人生の機微を飛ばしたら、読んだ意味は無いと思うの。だから沢山本は読んでも、知識で終わり、自分の人生の節節で、活かせていないの。読んだら、聞いたら、見たら、「ふ~ん」じゃなくって、腑に落とそう。落ちていないのに、先に行っても、消化不良して、栄養として身にならないの。食い散らかしているだけなの。 今日の話なんだっけ?分かんなく、なちゃったよ。迷子だよ。偉く長くなっていた。ご免なさい。 そう言う事なの。何が?「 お前そこにいたのか?」ず~っと、爺様を見てたんだよ。よ~く喋るなぁ~って、呆れて見てたよ。「 ご免。ご免。」どうせ、もう暫くなんだろうから、生きている内に、喋りな!・・・・・?
2007年11月02日
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何処かの 奥の 奥に何万巻もの 立派な 経文が あるのしかし 何人も 読み 切れないし理解 出来ない から 伝え られないのそして 誰も 聞きにも 行かないの この世での 人の 生きる 為の 道が示されて いるのに 触れられ ないの暗号の 様に 外国語で 書き 写され何処かの 奥の 奥に 仕舞 込まれて いるの やがてでは ないの 私達は 今を 生きて いるの様々な 問題や 悩みを 抱えて 生きて いるの今 分かり 易く 話して 欲しいのでも あの 高い 塀の 奥から 出て 来ようと しないの 間に合いそうも ないものをいつまでも 当てにしては おれないの今 使える ものに 今 間に合う ものに持ち 替えて 問題に 向かうしか ないのこの 艱難辛苦の 中をこの 四苦八苦の 中を凡夫の 自分を どう あやして 行くのか手探りを しながらでも 自分を あやして 行くしか ないの 喜文治 先月、京都に行った。京都が大好きだから、また機会を作ってまた行くと思う。京都でお寺を見てくるの。しかし、人の道を尋ね様とは、思った事は無いの。当時の貧しい民衆から、搾取していた権力者が、自分の為等に、創ったお寺に触れ、人の道を、自分の生き方を、自分なりに、問い直してみてるの。勝手に感じているの。そんな雰囲気はあるの。だから、参拝やお参りじゃないの。観光なの。お寺の方々は、その雰囲気を護ってくれている、人々なの。何かを聞いて見ようとは、一度も思った事はないの。自分を、そこに置いて、感じたいの。お釈迦様は、死んだ後の事は、何も言わなかったそうだ。聞く事も許さなかったそうだ。どうとも言えるから、言わなかったそうだ。葬儀も弟子達には、関わるなって、言っていたそうだ。 お釈迦様の仏教と、今のこの国の仏教は、まったく別物だと、僕は思っている。罰が当たるのだろうか?仏教を信じたいと、願っている僕に当たるのか?仏教で食っている偉そうな人達に、当たるのか? 死んだ時の、楽しみにしているのだが。今は知る由もない。
2007年11月01日
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