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どれだけ 蓄えたか?どれだけ 偉かったか?どれだけ 長かったか?そんな 競争じゃ ないよね! 人生は 裸で 産まれて裸で 終わって 逝くんだよねぇ どう楽しく 過ごしたか?どう感謝を したか?どう感謝を されたか? 閻魔様は そこを見ているんだよねぇ! 喜文治神が通る川、神通川(じんずうがわ)に、赤い橋。(国道8号線) 億万長者も、いつか逝くの。総理大臣も、大会社の社長も、大教祖様も、いつか逝くの。80歳・90歳・100歳を元気で迎えても、やっぱり逝くの。裸に、着物一枚纏って、逝くの。何も持って逝けないの。みんな知っているけど、なんか競争しているの。1億2千万人いるけど、1億2千万通りの希望じゃないの。殆どの方々が、同じ様な所を目指しているの。 canonって、観音様の観音から来ているんだって?そこの御手洗社長が、経団連の会長だって?トヨタの奥田元社長が、「社員の首を切る経営者は、自分の腹を切れ!」と、以前に仰ったとか?沢山、蓄えておられるでしょう?一般的には、凄く凄く偉い人なんでしょう?長生きもされるでしょう?で、楽しかったんでしょうかねぇ?今も、楽しいのでしょうかねぇ?感謝をして、いらっしゃるんでしょうかねぇ?感謝を沢山、周りから頂いておられるのでしょうかねぇ?勿論、田舎の爺様なんかには、計り知れない、雲の上の世界です?余計なお世話ですよねぇ。同じ雲でも、爺様は突き抜けて、上に出ちゃったよ~。誰も居ないよ。canonも、トヨタも、暗雲の中なんでしょうねぇ? 何をしに産まれて来たのか?を、思い出して、早く雲の上に出ましょう。真の自分に立ち返り、雲を下から眺めたり、雲に巻き込まれていないで、さっさと雲を突き抜けて、雲の上に出ましょう。心穏やかに、過ごせますよ。 でも、物は何にも無いの。ちっとも、偉くもないの。長生きするかどうかよりも、今が楽しいの。心が穏やかなの。お金に替えれないよねぇ。雲の上に出たであろう方が、徐々に増えて来ていると感じるの。お友達が出来て行くの。だから、自転車操業的だけど、言葉を書き続けているの。雲を突き抜けた、雲の上での、友達作りなの。どんどん友達が出来て行くと、もっと楽しくなるよねぇ。早く来て~。一度、雲の上に出ても、また戻れるから、早く来て~。雲の上を味わって戻ると、今までの自分と、全然違うの。身体も心も、軽くなるの。物事の判断基準も、変わるの。兎に角、楽しくなるの。兎に角、楽チンになるの。皆さんにも、味わって欲しいの。
2009年02月28日
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ご機嫌は 取るものなの 周りに ご機嫌を 取って貰って好い気になっていちゃ 駄目だよ すねる ぐずる 怒るから周りに 機嫌を 取られるの感謝が 全然 足りないの自分が 自分で 居られるのは全てが 周りの お陰だよね 思い違いを 改めれば 周りに対して 感謝が 湧いて来て自ずと 周りの ご機嫌が 取れるの 自分の為なの早く 気が付いた方が 良いんだよねぇ 喜文治 人のご機嫌を取る。何で自分が?損じゃないの?自分は偉いんだぞ!言いたい事は分かるの。で、どうなりました?陰口・悪口・意地悪・命令拒否・反抗・無視・村八分?自分の思い違いが、全てを招いているんだよねぇ。「どいつもこいつも、俺の気持ちが分かっとらん!因りによって最悪の連中だ。」周りの所為じゃないよ。自分が周りに対して、否、何事に対しても、感謝が足りないだけなんだよね。感謝に気付けば、心から有り難いもん。感謝に気付けば、全てがお陰様だもん。その感謝の気持ちを、どう周りに伝えるかが、仕事なの。感謝を伝えれば、感謝が還って来るの。感謝は循環するの。感謝の環なの。「感謝の環」って、本に書いているの。 こんな単純な事を、早く教えて貰っていたら、爺様は友達を無くさずにすんだの。誰も、教えてくれなかったんじゃないの。何度も何度も、色んな人達が、言ってくれていたのに、「だって」や「でも」が邪魔をして、聞えなかった、届かなかったんだろうねぇ?もう遅いけど、ここからでも、今からでも、建て直すしかないの。三途の川の鬼の船頭さんにも、「有り難うございます。」って、言おう思っています。その時、忘れてなければね!ご機嫌は、取るものなんだよねぇ。自分の為にね!川は歩いて渡れ?ごもっともですぅ。今日も感謝のお仕事、一杯して来ようね。家から初めよ!は~い!
2009年02月27日
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人生は 一人旅だと 言ったら寂し過ぎると 叱られた 実は 人生は一人旅で 寂し過ぎるから家族を 大事に 出来るの友達を 大切に 出来るの 人生は 一人旅だから一期一会が 沁みるの 喜文治感謝が薄まり掛けて来たら、自分から切り離して、考え直してみるの。例えば我が子を見て、自分が居ないと何も出来ないと思うの。でも、我が子の生涯に、寄り添える訳じゃないの。家族と言えども、産まれた時代も、場所も、環境も、境遇も、育ちも、全部違うの。おそらく、この世を離れる状況も、時期も、違うの。トイレも、病気も、勉強も、どれだけ愛していても、代わってやれないの。一人ひとりの、ものなの。代わってやらない方が、本人の為なの。本の数十年、関わって居れるだけなの。今日はもう戻って来ないの。何気無い一言一言が、実はとっても大事なの。見慣れた一挙手一投足が、実はとっても大切なの。人生は、誰しもが、一人旅なんだよねぇ。だから、貴重な日々と思えるの。 当たり前のコンコンキチを、 一度、自分から切り離して、考え直してみたら良いんだよねぇ。全てを失ったと、仮に考えてみれば、分かって来るんだよねぇ。なんでもない今日に、感謝が出来るんだよねぇ。忙しさに忘れ掛けていた、自分の優しさに、再会出来るんだよねぇ。機嫌を取ってくれないと、すねていた自分が、周りの機嫌を取って上げれたら、幸せを感じられるんだよねぇ。さぁ、今日も機嫌を取って、差し上げましょうよ。何気無い一日こそ、幸せな一日なんだよね。人生は一人旅で、寂しいものだからさ。 知っているくせに!
2009年02月26日
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心を ほぐす 楽屋を 持っていないと 辛くなるの 喜文治肩こり、腰痛、偏頭痛、一度取り付かれると、中々振り払えないの。温泉に行く、整体や間サージに通う、でも、その時は楽になるんだけど、また戻っているの。 人は、家でも、仕事でも、人と交わっていれば、緊張しているの。適度の緊張なら良いけど、度を越した緊張や、それ程でもない緊張でも続くと、固まって行きます。でも、固まって来たのは、身体でも頭でもなく、実は心が固まって来ていて、頭や身体に症状として、現れて来たんです。心をほぐす。 心をほぐせるのは、やっぱり心です。許す・認める・褒める・寄り添う、「心のゆりかご」と言う楽屋が必要です。心がほぐれれば、頭もほぐれます。心と頭がほぐれれば、身体もほぐれて来ます。そんな楽屋を持っていないと、人生辛くなります。自分が許せなくなります。 心の楽屋・心のゆりかごを作りましょう!どうやって?何処にあるのよっ?ご自分です。誰かの心の楽屋に、なって上げて下さい。誰かの心のゆりかごに、なって上げて下さい。その人が、いつか心の楽屋に、なってくれます。心のゆりかごに、なってくれます。ご自分の役を素敵に演じ、この人生を良い芝居にしたいから、いろんな楽屋があった方が、良いですよねぇ。作って行きましょう。
2009年02月25日
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人は お金持ちに成る為に 産まれて来たのじゃない偉くなる為に 産まれて来たのじゃないましてや 愚痴を零し、文句を言い、人を責めに来たのでもないでも いつからか 程度の差こそあれ 気が付けばそうなっていたそんな事の為に 他の生物の命を糧にして 日々暮らしていて いいのだろうか 確かに生活を続ける為に お金は必要だ懸命に学び 懸命に働けば 徐々にそれなりの責任も 持たなければいけない家族とも 仕事場でも 友達とも 社会とも 仲良くして行きたい 筈であるでも 気が付けば何故か そうはなっていない 何かが 何処かで 間違った例えば お金持ちに成っても 幸せとは限らない例えば 偉く成っても 楽しいとは限らないやっぱり 愚痴も出るし 文句もある 溜め息もつくし心配も絶えない 様である 私達の進む道は いつからか 何処かで 間違ったのではないだろうか親や先輩の後をついて歩いていたら 漠然と今の道を歩いていた何の為に 何処を目指して いるのだろうか行っても 行っても 時々幸せの香りはするものの、しっかり味わった事がない辛い 苦しい 悲しい 忙しい 恐い 寂しい 重いそんな景色の道を 皆で進んで いるのではないだろうか 辿り着いたら 幸せになれるんじゃなくって 進んで行く内から 幸せな道そんな道って何処かにあって その道こそが本来の人が 歩く道ではないだろうかお金持ちに成っても この世だけの事偉くなっても 生きている内の事そんな事に心を煩わされず 周りと楽しく 自分の歩幅で進める道が ある筈だ限られた富裕層や 一部の賢い人達の道ではなく 誰でもが 今のまんま 楽しみながら 歩いて行ける道が ある筈だ 支え合い 助け合い 貪らず 慌てず 人生と言う旅を 楽しみながら 続けられる道それが感謝の道だと思うその道を歩き出せば 神仏と自分だけの一人旅貪らず 慌てず ただ感謝三昧で 足を進めるだけの感謝の道一人旅同士 支え合い 助け合い 教え合い心穏やかに 歩いて行ける道 難しい資格も ややこしい条件も 何も要らない宗教も哲学も突き抜けて 雲の上に出てしまうそこには感謝しかない人として産まれ様々な命を奪い 感謝の修行を全てのものが 応援してくれている 感謝をする事で 己の魂を磨く修行が終われば この世を離れる其々の境遇で 自分と言う役を 演じていたんだと この世を離れたら分かる何にも捉われず ただ感謝をして 修行をするべきだったと この世を離れたら分かる 感謝道を歩く事にしたら その瞬間から心が満たされ 幸せに気づく事ができる昨日までの自分と 今日からの自分は 産まれ変る事になる変わる事を 恐れてはならない 真の幸せになる事を 恐れてはならないイライラ もやもやから 離れる事を 恐れてはならない苦行難行をしている暇があれば 感謝の数でも数えていたらいい 人はこの世に何をする為に 産まれて来たのか 人類の歴史の最大の謎である人はこの世に魂を磨きに来た自分の魂を 与えられた境遇の中で 日々感謝をする事で磨いて行くそれ以上も それ以下もない悟りとは感謝をしながら 天寿を全うする事と 喜文治の人間塾では 言い続けています 喜文治の人間塾の源泉は この辺りなんですここに軸足を置いて ブログで ほざいているのです 今日から出来ますそこで出来ます今のまま 誰にでも 始められる事です誰にも気付かれず 感謝をすれば 感謝道を歩いているんですこれが凡夫の悟りだと 確信を持ったから もうお気付きのとおり 力も教養もない爺様が 本を出すと言う無謀な事をしたのです爺様はいつも無防備で 隙だらけですいつでも何処からでも 攻め込めますそうなれば直ぐに 降参をしますそんな爺様を やっつけても 自慢にもなりません賢い頭で 受け止めないで下さい既成概念の心で 受け止めないで下さい透明な魂で 受け止めて下さい 皆さんの魂と 喜文治はお話したいのです 人間塾。(また長くなりました、ご免なさい。 写真はありません。ご免なさい。) もし 今の道が自分の目指している道では なかったとするならば本来の道に戻るべきではないだろうか
2009年02月23日
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幸せは 遠くにおいて 憧れている ものじゃないですよねぇ 手元の 幸せを 味わわずに何を 期待して 居るんでしょうねぇ 喜文治この日は能登半島は、厚い雲の下、でも海の色が綺麗だった。これが今年の冬の富山湾。穏やかだよねぇ。永平寺で食される米は、決まっていて、新修行者が増える春は、お粥が薄くなり、秋に掛けて、徐々にお粥が濃くなって行くと、以前に聞いた気がします。沢庵も徐々に、厚くなって行くとか?そんな話しを思い出しました。 それはそれとして、凡夫達は?食事の進み具合を見計らい、次の料理が運ばれて来る。冷たい物は冷たい内に、熱い物は熱い内に、箸をつける。懐石料理!幸せも、手元のものから味わいながら、徐々に満たして行けば良い。あれ嫌い、これ苦手、これ好きじゃない。貴方は、何を待っているの? 最近行っていないなぁ~。いつも駅の立ち食い蕎麦。これが実に、爺様に似合うんだ。早い。美味しい。安い。黙々と食べ、さっさと席を譲る。最近は一人が多いなぁ~。誰も遊んでくれない!忙しいんだよなぁ~。頑張れ日本!
2009年02月23日
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どんな立場の 人でも 周りに 機嫌を取って 貰っている内はまだまだ お子ちゃま だよね 周りの ご機嫌を 取る様に なったら真の 修行に 入っているよねぇ 喜文治 高さが111mとか?通称インテックビル。富山駅北に建っています。 よく、機嫌を取って貰っている偉い人を、テレビなんかで見掛けますよねぇ。その段階で、その人は、人生でのゴールを、しているんでしょうねぇ。上から目線?下々を眺めて、態度も言葉も横柄?自分でゴールしたと思った瞬間から、人生の修行が止まったね!その場に留まっているつもりが、ずるずると滑り落ちているんだよねぇ。本人も気が付かないし、周りも惰性で機嫌を取っているんだよねぇ。 ところが、有名でもなく、偉くなくても、周りに機嫌を取らせ様とする奴が、爺様の身近な所にいるの。「それって、爺様自身じゃないの?」また出た。「オイラは、お化けかよ?そんな言い方、止めな!」そうなんじゃ~。何処かのお店で、お客をしている時は勿論。家族や友達や会社でも、機嫌を取って貰わないと、厭なの。その代わり、人の機嫌を取るのが苦手なんだ。「その代り?じゃねえだろう!『その上』だろうが?」何てたって、自分が最優先だからねぇ!「それで嫌われて、友達を無くして来た?」その通り!分かっているねぇ?「自慢する事じゃないだろっ!」今からじゃ遅いか?「確かに!」「でも、遅くても気が付けば、そこからで良いんじゃない?」優しいじゃん!「しょうがねえだろっ!やっちまったんだから~。」そりゃそうだ。 じゃ、今日からでも、おっぱじめるか?「どうせ!爺様の事だから、3歩前進、2歩後退!5歩前進6歩後退!だろうなぁ?」上手い事、言うねぇ~!「喜んでいる場合じゃないよっ!諦めているんだ!期待しないで置くんだよ!馬鹿爺が!」有り難う、有り難う。「今日からだなっ!」明日からにしようかなぁ?「ほらほらね、自分で自分の機嫌を取り出したよ?」だって、だって、今日は日曜日だからさぁ~?「日曜がこの事に、どんな関係するの?」ぽんぽん、ぽんぽん、責めるな!「責めていねぇよ!爺様の決心を、聞いてやって居るんだよ。」放っといて!内緒にする!「行き成り内緒かよ?信じられないよ、爺様の性格。」それ程でも~?「褒めていねぇよ!」兎に角、頑張ってみるか?「あらら、治りそうもないね?」決め付けるなっ!「勝手にやっていなっ。」分かりました!勝手にさせて頂きま~す。「・・・・・?」
2009年02月22日
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愚痴や 文句や 批判や 溜め息は数字で 言うなら ゼロなの不平や 不満や 悪口や 告げ口も数字で 表すなら ゼロなの どんな 良い事の 後先に ゼロを 乗じたら全てが ゼロに 成るんだよねぇ 喜文治晴れていても、立山連峰は、はにかみ屋さん。 勿体無いねぇ。一杯良い事しているの。家族の為、会社の為、社会の為、頑張っているの。でも、ゼロが出ちゃうんだよねぇ。爺様の場合! 「えっ?爺様は家族の為?会社の為?社会の為?に、なんか頑張っているっけ?」お前居たのか?いつから居たんだ?「ちょっと前からさ!何か問題でも?」人が折角、格好よく言っているのに、腰を折るなよ。「だって、現実と違うんだもん。」「家族は爺様を理解していないし、会社に追い出され、社会に対して邪魔な存在でしょう!」言うね。「言うよ。爺様は自分を美化し過ぎ、ウザイ存在なの!」言うね。「だって、哀れんで誰も言わないもん!オイラぐらいだよ言ってやれるのは?」確かに。「愛があるからこそ、言うんだよ。」・・・・・?「爺様の場合は、ゼロにゼロを乗じてゼロが出て来て、怒っているんだもんねぇ!馬鹿だよ。」言うね。「言うよ!少しでも間に合う、年寄りになって欲しいから、言うよ。」お前と話していると、何か生きて行く張り合いが、失せて行くね。「でも、まだ逝けないよ!」なんで?「地獄の方に、沢山の方が押し寄せて来て、裁き切れないみたいだよ。」じゃ、もう一個の方で良いよ!しょうがないじゃないか?「馬鹿だねぇ?大馬鹿者だ!お浄土は空いているけど、試験があるの!受かる訳ないじゃん!」これから頑張るよ!「あのね、今までの生き方こそが、試験だったの。」内申書だけか?「まぁ、そんなもんだ!」空いている方が好き!「憧れているのは、勝手だけど、爺様の場合、きっと閻魔様にも合えないよ。」何で?「お寺の悪口や、陰口を言っているしさ、閻魔様の前に向かう道は、進めないね。」そんなもんか?じゃ空いている方!皆さんのお手を、煩わせたくないじゃん?「もう暫く、この世で待機組みだね。」この世に居れば居るほど、罪を重ねるじゃん。「知らないよ。そんな事。」冷めて~なぁ~。「身から出た罪。否、錆!自業自得!なんだよ。」じゃ、俺の後にお前が来るんだな?「厭なこった!行かないよ!オイラは特赦かなんかで、空いている方さ。」ずるい!「嫌われ爺様の、面倒を見て来たんだぞ!特赦に充分値するよ。」もう一人ぐらい?「駄目!駄目!駄目!一緒にしないでよね!」やっぱり混み合っている方か?そうだよねぇ。罪深いもんねぇ。「分かっているじゃん。」じゃ、もう良い?「そんなもんじゃないの!諦めなっ!」「爺様は、生まれた時から、外しちまったんだろうねぇ?」by 永平寺。くだらないやり取りの為、長くなりました。ご免なさい。
2009年02月21日
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諦めないで! もやもやした 気持ち イライラした 気持ちキョロキョロしても 駄目だよその原因も その解決方法も全て 自分の内に あるんだよねぇ それを 一掃するコツはやっぱり 「感謝」 なんだよねぇゴチャゴチャとだって だって でも でもと考えたり 思っている間は その分 感謝が 足りないと言う 事なんだよねぇ 喜文治魚の目でも、龍の鼻でもありません。北陸本線の呉羽山トンネル。京都や東京への、「何処でもドア」。時間掛かるけどね。by 永平寺。 もやもや、イライラしない日は無い。その事でもやもや、イライラしているのは、自分だけ。それを知って、更にもやもや、イライラが増幅して行くの。そうなんですよね。 もやもや、イライラは、自分だけの気持ちで、自分が造っているの。だから、その解決方法も、実は自分にしか治(おさ)められないの。もやもやと、イライラと思うのは、自分の心の癖なの。造ってからの、解決方法って、時間ぐらいしかないの。忘れるか?その場を離れるか?別の事に集中するしかないの。自分をもやもや、イライラさせない事が解決方法なのね。修行!修行!修行!修行!また修行!人生は一人旅。感謝三昧の一人旅。相手や周りに、期待していたんだよねぇ。期待しないで、感謝してなきゃいけないんだよねぇ。どんな状況になろうが、受け止め、寄り添う覚悟をしないで、期待だけ、膨らましていたんだよねぇ。 爺様の課題は、増える一方!どんどん滞在時間が、削られて行っていると言うのに、増える一方。今回は、爺様は自分の課題の調査に、この世に来たんだろうか?書き切れねぇ~。死を迎えるその一瞬まで、現役で調査が続きそう?纏められねぇ~。
2009年02月20日
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愚痴や 文句や 溜め息で一杯に 成っている心の バケツを 空にしなきゃ感謝の 清水は 汲めないよ 常識や 世間体や 人との比較で一杯に 成っている心の バケツを 空にしなきゃ感謝の バケツに 成らないの 汲んでも 汲んでもヘドロの様に 重たいの 喜文治by 永平寺! 仕事の事、プライベートな事で、断続的にご相談をされる方が、居られます。青い水が好き。赤い水が綺麗。緑の水も良い。黄色い水が一等好き。「 好きな色の水を、好きなだけ汲んで行って良いよ。」でも、汲めないんです!心が被害者意識で、一杯なんです。心のバケツが、愚痴や文句で一杯なんです。「 また今度にする。」そう?いつでも良いよ。 最近は少しづつ、汲める様に成ったみたいです。愚痴や文句のバケツじゃなくって、感謝のバケツに持ち替えたようです。でも、まだ小さいの。だから、少しづつしか汲めないの。でも、心のバケツが、替わったの。そうなれば、しめたものなの。徐々に、感謝のバケツを、大きくいして行けば、良いだけなの。その感謝のバケツは、汲めば汲むほど、心が軽くなるの。そのコツを実感出来れば、一人でどんどん汲めるの。感謝の清水も、湧き水も、日々の中で、何処にでも有ると言う事が、分かるの。今まで重たいバケツに、気を取られていて、気が付かなかっただけなの。そう、家にも、仕事場にも、実は感謝の清水は、湧き出しているの。ず~っと、前から湧き続けていたの。幸せのコツって、単純なの。 感謝の泉。感謝の清水。感謝の湧き水。野を越え、山を越えて行かなくとも、日々の中にこそあるの。愚痴や文句のバケツを空にし、常識や世間体や比較のバケツを、感謝のバケツに持ち帰るだけなの。でも、人は使い慣れた物が、中々手放されないの。爺様も時々、古いバケツが出て来て、困っているの。少しづつ良いから、頑張ろう。
2009年02月19日
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渋柿の木に 甘柿を 接ぎ木しましょ 喜文治午前中だけ、久し振りに、姿を見せてくれました!剣岳君、元気そうでした。 其々の境遇で、其々の心に、芽生えるのは、例えば、殆どが渋柿なのかも、しれないね。そのままにして置くと、渋柿しか出来ないよね。渋柿の芽が出て来たら、接ぎ木をしましょ。甘柿を接ぎ木して、育てましょ。 毎日、心に芽生える渋柿に、感謝と言う甘柿を、自分で接ぎ木をするの。やがて、心には甘柿が、たわわに実るの。接ぎ木が上手くいかず、渋柿が出来ても、干し柿や、さわし柿にして、美味しく頂くの。 見たり、聞いたりして、感じた事・思った事・考えた事を、そのまんまにしていると、心は、渋柿だらけになるのかも。甘柿を接ぎ木しましょ。一つひとつに、感謝と言う接ぎ木をして、心を甘柿に変えておきましょ。 その手間を惜しんだり、その暇を掛けないと、心は渋柿のまんまなの。そして、やがて呟くの。「 どうして? みんなには甘柿がなるのに、私には渋柿しか出来ないの?」「 自分は不幸だ!自分だけが、いつもこうなの?」手間暇は掛かるけど、心に芽生える渋柿を、一々接ぎ木をする癖にするの。そこが、手間暇の、掛け所なの。接ぎ木の作業が終われば、後はそんなに手間暇は掛からないの。 残念にも、渋柿だらけになっても、干し柿を作ろう。さわし柿にしましょう。私達の心に、毎日渋柿が、芽生えて来るのでしょうねぇ。さぁ、今日も手間暇を惜しまず、接ぎ木をしたり、皮を剥いて吊るしたり、焼酎に浸し密閉したり、一工夫しましょ。楽しみながら、心に、たわわに甘柿を作りましょ。永平寺さんの「道元禅師からのメッセージ」より。僕の写真が悪いです。ご免なさいね。世を導き、人を救う宗教じゃないんだ?それを願う宗教なんだ!揚げ足取りかなぁ?
2009年02月18日
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本当に 自分を 変えたいのですか?愚痴や 小言の 毎日から批判や 溜め息の 日々から本気で 脱け出したいのですか? 優しい気持ちで 暮したいのですか?微笑みながら 過ごしたいのですか?本気で そう思っているのですか? 本気なら出来るよ何気無い 些細な事毎に感謝の種を見つけ 一々感謝をして行けば徐々に 変って行くのだって 今も 充分幸せなんだもんその事を 素直に認めれば いいのその事を しみじみ味わえば いいの もっと もっとと言う 気持ちを捨て周りと 比べる事を 止めたら昨日までの自分と 替われるよ 本来の自分に 戻れるの 喜文治永平寺2階に「道元禅師からのメッセージ」として、十数枚のパネルが展示して有ります。これが好きなの!今回、求めて来ました。 (写真が下手でご免なさいね。) 繰り返し、繰り返し、波が打ち寄せています。 この世に、愚痴や小言を言う為に、産まれて来たんじゃない!喧嘩や、憎しみ合う為に、結婚したんじゃない!叱り、溜め息を付く為に、子供を育てているんじゃない!迷惑を掛け合い、諦める為に、家族になったんじゃない!分かっているけど、そうなってしまった。 それが、本当の自分ですか?それが、真の自分ですか?それが、元々の自分ですか?そんな筈はありません。 でも、知ってるだけじゃ、知識が増えただけ。この世は、実践をする為に、肉体を持って来ています。知ったら、行動・態度・発言が変わらなければ、意味がありません。知りたいくせに、知ったら、そこで完了してしまっていたのが、昨日までの自分。何十年掛けて、身に付けて来た心の癖を、瞬時に直せますか?繰り返し、繰り返し、波の様に、自分に働き掛ける、必要が有ります。一人じゃ挫けそうになります。人間塾に通って下さい! 遠過ぎます?本当の自分に戻る事に、時間距離なんて関係ありません!病気を抱えて暮らすより、健康を取り戻して、楽しい日々を過ごしましょう!富山って何処?日本の内?でも、やっぱり、遠いよねぇ。分かる分かる!どう生きるか?それが仏法の根本問題だそうですが、多分、永平寺で尋ねても、答えては貰えないでしょうねぇ?こちらが理解出来る、平易な言葉では? でも、人間塾では、「感謝三昧で生きる」と、答えを出してしまいました。もし、永平寺で問われれば、平気でそう答えるでしょう。永平寺にも昨年12月、「自分のあやし方2」を送っています。畏れ多い事です。罰が当るかもしれません。もう、当っているって?そうかもですぅ。 でも、また行きます。道元禅師のお墓の辺りで、偏頭痛した不思議を確認したいからですぅ。罰を当てないでね。道元禅師さん、怒っているのかなぁ?今回は、珍しく殿方と、同行したのにねぇ。
2009年02月17日
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例えば 父と言う 芝居を しています例えば 母と言う 芝居を しています例えば 子供と言う 芝居を しています 例えば 社員と言う 芝居を しています例えば 主任と言う 芝居を しています 例えば 課長と言う 芝居を しています例えば 社長と言う 芝居を しています この世は 芝居を通して学んで いるんだよね 喜文治
2009年02月16日
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禅。振鈴 (しんれい)永平寺の朝はこの音ではじまる。朝は3時半、冬は4時半。雲水の覚醒を促す鈴の音が、まだ明けやらぬ七堂伽藍を駆け抜けていく。洗面 (せんめん)洗面の作法を中国より伝えたのは道元禅師。それまで日本人に、朝の洗面の習慣はなかった。汚れたから洗うのではない。自らを清めることによって、他をも清め、全世界を清めて行く行為が 「洗面」である。 (と、「道元禅師からのメッセージ」に、書いてありました。)禅!無言の世界。清々しさを醸し出し、隅々まで張り詰めた緊張を、感じさせていた。隙だらけの日常の苦悩等、入り込む余地は微塵もない。ただただ、凡夫が忘れ掛けている畏敬の念だけが、僅かに呼吸を許されていた。近い内に、再び訪ねてみたいと誓った。禅!
2009年02月15日
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感謝を知れば 雲の上に出るよ 喜文治つづら折れの山道を、其々も荷物を背負って、一歩一歩登って行く。汗をかき、清水を飲み、手を借り、手を貸し、この山道を、一体いつまで登るのだろうか? 早く登る人をなじり、休憩ばかりしている人をあざけり、果てしなく続く山道に、愚痴も出る、溜め息もつく、どうでも良いと思う時もある。 この山登りは、感謝を知る為だと分かれば、いっぺんに雲の上に出る。自分の今の姿を、見下ろす事が出来る。現在も、過去も、未来さえも、見通せるのだ。 もう悩む事も、苦しむ事も、どんどん薄れて行く。感謝をする為だと分かれば、この山道も笑顔で楽しみながら、登れるのだ。 雲の上に出れば、宗教だとか、哲学だとか、せめぎ合う事もない。眼下に見える自分の山道を、愛おしく眺めて居れるのだ。雲の上に出ましょう。それが人間塾なんです。
2009年02月15日
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競わず 比べず グレず花は そこに咲く語らず 逃げず 変わらず仏像は そこに佇む 喜文治滅多に人の訪れる事もない、山奥の小さなお堂。お堂の中に、一体の仏像。そこに至る道すがら、静かに咲いている一輪の花。 誰にも気付かれず、萎れて行ったかも知れない。例え花が枯れても、目に触れた人の心に、いつまでも咲き続けている。お堂の仏像も、道端のお地蔵も、なかなか再訪は出来ないけれど、訪ねた人の心に、いつまでも佇んでいる。そんな一輪の花でいい。そんな仏像や地蔵の様で、ありたいと思う。 このブログを、いつもお読み下さる皆様も、お一人おひとりが、其々の家庭で、職場で、お友達の中で、一輪の花であり、静かな仏像であり、道端のお地蔵さんなんでしょうね。素敵ですよねぇ。僕もそうありたいですぅ。 でも、ブログに手を合わせないで下さいね。お線香や、お供え物を並べないで下さいね。今朝、そう思いました。こんな気持ちに成れたのも、永平寺効果なのかもしれませんね。
2009年02月14日
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来る日も 来る日も様々な 姿をされた 何人ものお釈迦様や イエス様に 出会っているのに不平不満に 捉(とら)えられている 私には分からないんだ 喜文治(「自分のあやし方2」のp69。07年5月17日、ブログに書きました。)ここを登り切った所に、山門がある。入山を希望する修行者は、その山門で、「何をしに来たのか?」問われる。「修行とは何か?」福井県吉田郡永平寺町志比。大本山永平寺が、そこにある。久し振りに、永平寺を訪ねる機会を得た。承陽殿(じょうようでん)。開山道元禅師のお墓(お霊屋・たまや)に近付いたら、右頭部が痛み出した。不思議な痛みを楽しみながら、そこを離れると直ぐに消えた。修行僧達によって、磨き込まれた幾重にも続く階段。山の傾斜に沿って、大小70余りの建物があるそうだ。 私達は毎日、人と会う。多い日もあれば、少ない日もある。口も利かず、ただすれ違う人や、遠くから眺めるだけの人も居る。親しく話す人も居れば、喧嘩になる事もある。そのお一人お一人が、もしお釈迦様やイエス様の化身だとすれば、あるいは、お釈迦様やイエス様の、お言葉を託されて、話してくれているとすれば、おろそかには出来ない筈である。しかし、それを確かめる術(すべ)は、与えられていない。 心。どう受け止め、どう感じ、どう行動するか?自分の心が判断をする。悔いない判断をする為にも、心のお手入れを日頃から、心掛けていたいものだ。さぁ、今日も、様々なお姿をされた貴方の為の、お釈迦様やイエス様に出会いますよ。良い子にしていないと、ただ喧(やかま)しいとしか、聞えませんよ。素直でないと、学べませんよ。そうです。家族も、ご近所も、上司も、同僚も、部下も、通勤で会う人も、皆さんが、お釈迦様やイエス様の、化身なんですよねぇ。そうは思えなくとも、笑顔と挨拶だけでも、して置きましょうよ。いつもの偏頭痛が、消えるかも?ですぅ。
2009年02月12日
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感情は 諸刃の剣 他人を 許せない人は自分も 許せないの自分を 許せない人は周りも 許せないの 喜文治駅北のビル群?から、立山連峰を望む。 (写真が右下がり?ご免なさい。) 物事を対立軸で受け止め、白か黒で判断したくなるの。自分がすっきりしたいから。でも、この世の物事の殆どが、グレーで曖昧な物事が多いよねぇ。決め付けない。思い込まない。そう自分に、爺様は頻繁に言い聞かせ、軌道修正をしながら、生きているの。斬り付けたら、斬り返されているの。傷だらけの癖に、まだ直んないの。「自分も結構、いい加減だよねぇ。」そう言い聞かせるのが、楽しく生きて行く、爺様のコツなんだよねぇ。 自分がいい加減だと認めれば、周りのいい加減さも、笑って許せるの。『アンタも?』、『一緒だね。』、『あるある、分かるよ。』、『そこまで、酷いかなぁ?』『まだマシだよ、俺なんか、もっと酷いよ。』笑って許せたら、相手にじゃないの。自分に優しくなれるの。自分を不愉快にしないの。自分の為だよねぇ!
2009年02月12日
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人って 三輪車頭と 心と 体と言う タイヤを持つ 三輪車 喜文治人って頭と、心と、肉体を持った、三輪車みたいなものなの。頭で考え、心で思い、肉体が求めて、蠢(うごめ)いているの。頭が煮詰まったり、心が空回りしたり、肉体が欲求不満に陥(おちい)ると、物事が上手く行かないの。現代は、どちらかと言うと、肉体を喜ばす為に、頭が考え蠢(うごめ)いて来たの。心は溝に嵌(はま)ったまんま、引き摺(ず)られて来たの。頭と心と体が、バランス良く動けるなんて、滅多に無いの。 頭は何処を目指しているのか?その時、どんな問題が予測出来るか?その対策は?その時の、心の準備は整っているか?どんな課題が予測出来るか?その対策は?その時の、体の状態は大丈夫なのか?どんな事態が予測出来るか?その対策は?頭が煮詰まらない様に、時系列(現在・過去・未来)に整理し、物事に優先順位を付ける。心がぶれない様に、達成した時、遅れた時、中断した時、諦めた時、等の構え方を準備をする。体が継続、達成出来る様に、汗をかいて鍛え、整え、ほぐし温めて置く。 しかし、現実は、頭が先行し、身体が追っ掛け、心が溝に嵌ったまんま、引き摺られて行く、場合が多いの。三者三様の場合が多いの。でも、本人が気付いていないの。人は三輪車だとは、思っていないから、こんがらがってご相談に来られるの。お話を伺ってみると、頭が喋って居る事があるの。心が訴えている場合があるの。身体が悲鳴を上げている人もいるの。三者がバランス良く、機能している時間は滅多に無いの。どれかが、パンクしていたり、溝に嵌っていたり、鉄輪になっていたり、なかなか揃わないの。 「仕事が忙しくって、余裕が無い!」「頭が一杯一杯で、心をほぐしたり、構っている暇が無い」と言う。「運動もしたいと思っているけど、時間が作れない。」「兎に角、今抱えている仕事を、一段落させないと、落ち着かない」と訴えて来られるの。 逆だよ!「えっ、何が?」汗かいて、好きな音楽でも聞いて、頭も心も体も一度緩めてから、仕事に戻れば良いよ。「だから、そうしたいけど、その時間が取れないの!何、聞いていたの?」そのまんま、仕事を続けても、煮詰まっているから、ミスが幾つも出るよ。全体が見えていないから、方向が間違って手戻りするよ。一週間に半日が無理なら、二週間に半日、1月に2日ぐらい、何も予定を入れない、予備日を無理してでも、作らないと続かないよ。仕事をしている振りをしながら、実は何もしていない時間を作った方が、反って、効率が上がるよ。ミスも減るよ。大きく方向も、間違わないよ。 仕事と関係の無い友達と、食事もいいよねぇ。運動もいいし、セックスもいいよねぇ。人って動物の一種なの。楽しまなきゃ、人じゃないよねぇ。生きている甲斐が、薄いよねぇ。 昨日のご相談事から。2007年5月12日に「頭心体操縦室」って書いているの。一つの身体に、三箇所の操縦席が有るのが人間なんだと言う事かな。今、何処の操縦席から、自分を動かしているか?分かっていた方が良いよ。 長くなりました。ご免なさい!
2009年02月11日
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嫌いな人達に 囲まれているよりは好きな人達に 囲まれていた方が楽しいに 決まっている じゃ 簡単だね周りの人を 好きになればいい周りは 変えられないけど自分は 変えられるもんねぇ 周りの 良い所だけ 見る様に自分を 変えれば いいんだよねぇ 喜文治 何十年も我流で生きて来て、ちょこっと、自分を変えようとしても、中々変えられないよねぇ。今のまんまで、楽しければ、幸せだと思うなら、変える必要はないの。相手に、変わって貰いたいの。周りが、自分に合わせて欲しいの。人って我儘だよねぇ。有り得ないよねぇ。 自分が支えて貰ったら、自分に合わせて貰ったら、気分はいいけど、その人達に対して、責任が付いて来るの。楽しく、幸せにしなきゃいけない責任が付いて来るの。責任を果たすのは、大変ですよねぇ。大変だから、法律を盾に投げ出した、偉い人達がいたけど、芥川龍之介の「くもの糸」の話、知らないんだよねぇ。自分だけが、幸せに成ろうとしても、神仏は許すだろうか? そんな人の判定は、神仏に任せておいて、自分はどうするか?好きな人を、支える方になればいいの。主役じゃなくって、脇役。相手役じゃなくって、脇役でいいの。でも、実際の日々は、無意識に、主役になったり、相手役になったり、脇役もあるし、エキストラも演じなければならないの。主役のつもりが、敵役だったりするの。脇役がいいよ。名脇役を目指そう。出しゃばらず、見守る!寄り添う!従う!名脇役を目指そう。名脇役の物語を綴ろう。
2009年02月10日
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悪い所を 言い出したら 切がないの気に入らない所を 並べだしたら 切がないの腹の立つ事を 上げ出したら やっぱり 切がないの 切のない事に 悩んでいても 生きる甲斐がないの許して 笑って どう思えば どう考えれば自分が楽しく 過ごして行けるか 実験しながらゆっくり 歩いて 行きましょう 喜文治爺様の昨日の作業。2月なのに雪はなく、狭い枯山水?の様な庭に線を描いた。爺様は枯山水だと言うのに、人は砂漠だと決め付けます。もう草が少し出て来ていました。 『 夜叉の心と 菩薩のこころ合わせ持つのが 人ならば夜叉を菩薩で お守りして果てて逝くのが 人の定 』と、2007・5・6に書きました。 誰にでも、夜叉様と、菩薩様が、心に住んでいるの。怒ったり、愚痴ったり、文句を言っている時って、夜叉様が、心の当番なのね。ず~っと、夜叉様の勤務が続いていると、超過労働で法律に違反しているの。一方で、菩薩様を雇い止めしている様なものなのね。なるべく、心の当番を菩薩様に、替わって貰って、夜叉様に休んで頂きゃなきゃいけないの。爺様の夜叉様も、出たがりなの。休んでいて良いよって、言ってあるのに直ぐに出て来るの。菩薩様は、誰にでも優しいけど、夜叉様にも遠慮がちなの。どっちも正社員なの。首は切れないの。困った!困った!でした。
2009年02月09日
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自分が 理想に 縛られちゃ いけないの周りを 理想で縛っちゃ 駄目なの 大体 あの辺りへ向かって行こう 位でいいの 喜文治自分を責めないで!周りを責めないで!見守るの。寄り添うの。上手く行ったら、本人の手柄!上手く行かなかったら、周りが知恵を出すの。その為に、今まで一杯、失敗して来たの。失敗も学びだから、思い出したくないなんて、言っていたら成長が無いの。朝なら、「昨日までがリハーサル、今日から本番!」 夕方なら、「今日までがリハーサル、明日から本番!」聞いた話の中で、一等好きな言葉の一つです。 御礼! 昨日の言葉に、コメントを頂きました。笑顔でお話しをする事を、「笑声」(えごえ)と言うそうです。笑声は、相手の警戒心や、不機嫌を吹き飛ばし、仲良くなれます。無意識にお話しをしていると、警戒心や、疑いや、話し手の気分を推し測ろうと考えて、お話しに集中できません。不要な敵を、自ら作って行きますよねぇ? 笑声(えごえ)、覚えておいて、心掛けて行きたいです。改めて素敵なコメント、有り難うございました。また、お気付きになられましたら、教えて下さいな!
2009年02月08日
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笑顔のままで 喋らないと 駄目だよ 喜文治笑顔を維持しながら、挨拶をし、お話しをするの。挨拶をし、お話しをした後に、笑顔を見せると、何かを企んでいるかの様で、不気味だからね。挨拶やお話しと、笑顔は分離させちゃ駄目なの。幼稚園でも小学校でも、しっかり教えてくれなかったから、大人に成っても出来ていないの。挨拶をしたら、「不機嫌ねぇ?」、お話しをしたら、「何怒っているの?」って思われるの。本人は気付いていないけど、自分で敵を作っているの。そして、感じが悪いとか?環境が悪いとか?ここの人達は無愛想だとか?他人の所為にしているの。他人の所為にしている間、自分は悪くないから反省しないの。反省しないから、人や職場が替わっても、環境は変わらないの。それでもまだ、気付かないから、ついていないと運命を嘆くの。そんな深刻な問題じゃないの。元々は、笑顔で言葉を発しなかっただけの事なの。元々は、自分の所為なの。 笑顔って、「好意」・「愛」・「歓迎」を表す、表情ですよねぇ。その暖かい表情で、言葉を届けなきゃ、いけないの。どんな物事も、難しく、複雑に考えたがるけど、実は簡単で単純なの。喜文治の人間塾は、簡単で単純な事しか、言わないの、言えないの。本人が、難しい事って、解かんないからね。今日使える。明日から使える。今すぐ使える。事しか言わないの。でも、難しいと言われるの。 わらべ歌でもそうなの。簡単だけど、一度で覚えて下さいと言われ、歌えますか?誰も歌えません。いつしか、600を超えるわらべ歌を、書いてきた様なものなの。でも、出来ない。難しい。単純だから、尚更難しいと、仰る。文字だけだからかと思い、昨年お会いしましょうと、4・5時間お話しをしました。でも、伝わらない。600のわらべ歌もその原曲は短いのです。「人は何をする為に、この世に産まれて来たのか?」その答が「人は唯一つ、自分の魂を磨きに来た。」ここまでは、キリスト教でも言っているそうですが、じゃ、どうやって自分の魂を、磨くのですか?と、聞くと、急に断崖絶壁にぶち当たるのです。だから、勉強して下さい。一緒に勉強しましょう。ってなるんです。勉強しなければ分からないのは、宗教じゃなくって、学問でしょう?人間塾は、申し訳ないくらい簡単なんです。『人はこの世に、自分の魂を磨きに、産まれて来て、日々感謝をする事で、どんどん魂は磨かれて行きます。それ意外の目的は、一切ありません。』 ここから、600のわらべ歌が、喜文治のブログが、書かれています。この事が腑に落ちないと、わらべ歌をご自分のものとして、何百種類聞こうが、歌えないのではないでしょうか?直ぐには覚えられません。何度も何度も練習して、そしていつの間にか、口ずさんでいるのではないでしょうか?お断りして置きますが、宗教ではありません。分かり易く、神仏さんや閻魔様に登場して頂きますが、たとえ話です。宗教などと言う難しいものは、この喜文治では振り回せましぇん。ただ、楽しく生きる為の「自分のあやし方」なんです。 「感謝。」それだけなんですねぇ。修行って、「お陰様」・「有り難う。」だけなんですねぇ。お釈迦様も難しい事を、仰らずに単純に言えば良かったんですが、難しい弟子達が、難しい質問をしたから、仏教も難しくなっていったんでしょうねぇ?難しくて、分からないものを、ただ畏れ、敬い、日本の仏教が引き継がれて来ているんでしょうねぇ?だから、お聞きしても、煙に巻かれます。解釈を、消化をされていないから、そのまんま難しく言うしかないのでしょうねぇ。生きている内に、間に合いません。今日も、明日も、使えませんもん。生きている内に、使えない考え方の何処が、有り難いのでしょうか?急いでいる時は、そこに有ったチャリで良いんですよ。車が早い。電車が早い。飛行機が早い。直ぐに使えないでしょう。書いている内に、長くなりました。ご免なさいね。
2009年02月06日
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人って 自分を責める癖を 持っているの人って 頑張り過ぎる癖を 持っているの だから 私が居るのドジで 駄目な 私をお手本に すればいいよ 喜文治囲む会でお会いした方々は、ご存知の通り、 この爺様は、実にドジで、駄目な奴なんだ。この爺様を見て、自信を持って生きて行って欲しいよね。毎日、毎日、自分で出来ていない事を並べ書いているの。もう直ぐ、お迎えが来ると言うのに、そのバスを待たせて書いているの。 自分を責めない。頑張り過ぎない。過度な期待をされても、出来ないからね!こんな者なの。これ位の者なの。でもね、夢は持っているの。自分なりに、頑張っているの。頑張っていたいの。時々手も抜くけどさ。これが私なのね! 逝くその瞬間まで、ピンピンしていたいよね。その為にも、夢を持ち続けていなきゃ駄目なの。こんな時代だからこそ、夢が大事なの。江戸時代が終わって、明治に変わっているところなんだろうねぇ?色んな価値観や、仕組みが変わろうとしているんだろうね。ドジでも良い。駄目でも良い。夢は持ち続けて、笑っていようよ。「死ぬまで青春!」 していましょう。
2009年02月06日
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自分なりに 頑張って 来たんだよね 頑張って 頑張って今日まで 辿り着いたんだよね 大した事も していないけどさ それでも 一生懸命だったのこれからも 頑張って行くの 自分なりに一生懸命 生きて行くの 喜文治雪の無い富山湾から、雪の残る能登半島を望む。波消しブロックの近くに、突き出た棒は、北朝鮮の潜望鏡ではないと思います。 みんな疲れているんだよねぇ。変なニュースや、暗いニュースが多いもんねぇ。家族が居ても、みんな自分の事ばっかりで、中々団欒とは行かないもんねぇ。みんな其々が、頑張っているんだよねぇ。褒めても貰えない。認めても貰えない。癒しても貰えない。時々、厭な顔されたり、叱られたり、注意をされたり、疲れるよねぇ。たまには、嘘でもいいから、褒めてみろ!感謝してみろ!認めてみろ!まぁ、大した事もしていないけどさ。 いつも、当たり前の様な顔をするなよ。これでも、頑張っているんだぞっ!これでも、一生懸命なんだぞっ!自分なりにだけどさ。 こんな自分だけど、これからも宜しくね。アンタがいるから、頑張れるんだよねぇ!
2009年02月05日
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今の まんまで いいんだよその まんまが 好きなんだよ 忘れないで 私が ここに 居る事を! 喜文治人形浄瑠璃でしたっけ?黒子が人形を動かして、芝居をするの。見えているけど、見えていない約束。大好きだから、いつも傍にいたいの。分かるけど、離れて、任せて、見守るの。細かい所は気になるけど、大丈夫!信じて見守るの。トイレも、受験も、病気も、誰も替わって上げれないの。「何があっても、大好きだよ。」「大好きだから、ここで見守っているよ。」それだけでいいの。それだけしか出来ないの。本人も試練、こちらも試練。お互い、学んでいるんだよねぇ。やれる事は、やって来たんだよねぇ。 貴方の事を、一等好きな私が、ここにいるよ。忘れないで!
2009年02月04日
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こだわる 心が 自分を金縛りに して行くの 喜文治生きて行くと、どんどんこだわりが、増えて行くのが、当たり前ですよねぇ。もしこだわりを減らして行けたら、その分、心を自由に出来るんですよねぇ。誰かがこだわる様に仕向けたり、物事が勝手に、こだわっているのじゃないですよねぇ。こだわって来たのは、自分自身ですよねぇ。 昨年、米国発の世界恐慌に、地球全体が巻き込まれたのでしょうね!この国も例外ではなく、その影響が益々明確に、そして広く、深く染み込んで来るでしょうね。じゃ何故、こんな酷い事が起こったのか?サブプライムだ。リーマンブラザーズだ。と言った話は、TVの中の評論家に任せるとして、自分達に、一体、何が起こっているのでしょうか? 潮目が替わった。時代が折れた。今までのこだわりじゃ、もう限界だ。新しいこだわりや、価値観に、持ち替えて下さいと言う、強制的ショックなんでしょうねぇ?江戸時代から明治に変わった様に、否、それ以上の変革で、今、お一人おひとりの意識を替えて下さいと言う、待った無しの、メッセージなんでしょうねぇ。 今まで、ビリだった人が、先頭に替わる様な、方向転換をしているのでしょうねぇ?今までのこだわりを捨て、新たなこだわりや、価値観で生きて行く様に、神仏?が仕向けているのでしょうねぇ。例えば、個人主義から、全体主義にこだわりを替えないと、神仏は応援できなくなって、来たんでしょうねぇ。自分だけ幸せなら、関係ないでは済まなくなって、来たんでしょうねぇ。 先日、お寺の解放の件を、世間話のつもりで、お話しをしていましたら、たまたま、その方は毎朝、4・5時間お仏壇で、お勤めをされている方だったんです。早速、本部の一等偉い方に、手紙を書きたいので、下書きをしろと言われ、その場で書きました。1 施設の開放。(独身者用)2 仮設住宅の敷地内、引き受け。(家族用)3 炊き出し、洗濯乾燥、お風呂、ご相談に乗れる人材の配置、自転車の貸し出し等。を書きました。全国区の宗教法人です。先週の土曜日、手紙を投函して来ましたと、わざわざ携帯に、ご報告を頂きました。その一等偉い方は、お手紙は必ず、読まれるそうです。 さて、どうされるのか?楽しみです。もし、そうなれば、爺様は爺様成りに、お手伝いに、はせ参じなければなりません。今をどう読んで、どう行動を起こすのか?政治屋も、官僚達も、経営者達も、上司達も、全てのお一人おひとりの、心の構え方が、問われているのでしょうねぇ。誰から?政府?麻生様? 神仏さんからだよね。
2009年02月03日
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なんで 自分だけ こんな 思いを しなければ ならないの?なんで 自分が こんな 事を しなければ ならないの? 誰を 見て そう思うの?何と 比べて そう思うの?孤立して 来ているよ 友達と 話して ご覧色んな 舞台裏が 見えて来るよ 喜文治夏休みに先生が、宿題を出すのを忘れていたの。 都合の良い事が、たまたま続いて来ただけなの。プリントが回って来て、改めて宿題が告げられたの。ラッキーが当たり前。アンラッキーは最悪で負担。脳天気なラッキーは、将来に宿題が山の様に来るの。アンラッキーは、自分を鍛えてくれるの。アンラッキーこそ、当たり前なの。 アルバイトに、行きました。凄く暇で、ラッキーだと、思っていたら、暫くして、もう来なくていいと、言われてしまうの。アンラッキーこそ、腕の見せ所!「ラッキー」 は、気をつけましょうね。
2009年02月02日
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身体の 内と外 誰でもが 土足で 入って来ない様に心に 玄関を 設けましょう 喜文治外からの影響や刺激に、自分の内側が掻き乱されているの。自分の心に玄関を付けて、玄関だけで対応したり、お招きする場合も、内履きを用意しておいて、履き替えて貰いましょう。今までは、あれよあれよと思っている内に、どかどかと土足で、何処にでも上がられていたの。自分の心に付けられた、靴跡の拭き掃除が大変だったの。 自分の内側で起こる事って、病気や気分の調子ぐらいものなの。殆どの事が、自分の外で起きているの。その外での出来事に、自分が振り回されているの。しなければならない事、出来ればやれば良い事、関わらないでも良い事等々。様々な事柄が、色んな表情をしながら、自分を巻き込んで行くの。情報化時代とかって言って、洪水の様に流れ込んで来るの。殆どの情報は、関係ないの。自分じゃ消化出来なくて、食べ散らかしているの。友達を選ぼう。情報を選ぼう。心に入れる事柄を選ぼう。 自分の情報処理能力を超えて、自分の関わらなくて良い事で、自分が掻き乱されているの。絞ろう。絞らないと、健康をも害するの。自分の内側で起きている事は、ささやかな事。自分の外側の事で、心まで掻き乱されているの。自分の内と外!はっきりと区別して、人も情報も、交通整理して行きましょうね。
2009年02月01日
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