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人は感謝する為に 産まれて来たんだよ
あらゆる現状に 感謝をし魂を磨きに 来たんだよ
幸せって 人によって違うと 思っているけど
真の幸せって 現状に感謝が出来る人だけが 味わうもので
時代を超え 国境を超え 人種を超え 男女を超え 宗教を超え 境遇を超え
普遍的に 言える事なの
人間塾・自分のあやし方
そんな事が書いてある古文書が、由緒正しき所から出て来れば、
みんなが納得してくれるかもしれないの。
こんな爺様が、繰り返し繰り返し書いても、田舎の爺様の戯言としか、受け止めて頂けないの。
産まれて来た目的なんて、田舎の爺様に分かる訳がないの!
幸せなんて、時代や国境や宗教や境遇によっても、ひとり一人違うし、変って行くものなの!
自分が産まれて来た意義とか目的を、田舎の爺様に決めつけて欲しくないの!
確かに「感謝」じゃ、有り触れ過ぎていて、今更爺様に言われなくともと、思うの。
ところが、一々現実の生活の中で、感謝をし続けて行くって、並大抵の事じゃないの。
だって、感謝したくない相手や、出来事の中で、暮らしているんだもんねぇ。
他人様には簡単に言えても、関係が近ければ近いほど、感謝を伝えるって大変な事なの。
自分の中にこの位の事で?とか、あっちが先に言うべきよねぇ?とか、
自分の心の中で、傲慢さとか、馴れ合いとか、照れとか、わだかまり等を、
取り払わなきゃいけないの。
取り払う方法は、余命半年かなぁ?
そう、宣告されたら、今まで言えなかった夫婦や、家族や、友達や、知人にまで言えるの。
その半年こそ、その心根こそ、本来の自分じゃないでしょうかねぇ?
しかし、余命半年が誤診だと分かると、感謝して損したぁ~ってなるの。
人間って変ですねぇ。
何を損したんでしょうねぇ?天の邪鬼さん?
喜文治