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皆さん、こんにちは!ブログを一生懸命書いている錦水館の上甲です。今日は、広島県の誇り、世界遺産の厳島神社の成り立ちをお届けします。この美しい神社がどのようにして誕生したのか、面白エピソード満載でお伝えしますよ!
厳島神社の歴史は、今から1400年以上前の593年に遡ります。推古天皇の時代、ある日、不思議な夢を見た男がいました。その男の名前は、 佐伯鞍職(さえきのくらもと)。夢の中で、神々が「私たちのために神社を建ててほしい」と頼んできたのです。
皆さん、夢で神様から頼まれたら、どうしますか?普通なら、「そんな夢、気のせいだよ」と思うかもしれませんが、佐伯鞍職は違いました。彼は大真面目にこの夢を受け止め、厳島に神社を建てる決意をしました。神様のお告げを無視するなんて、当時の人には考えられないことだったんですね。
厳島神社の最もユニークな特徴は、海の上に建っていることです。これはなぜかと言うと、厳島が「神の島」として崇められており、その島自体を汚さないようにするためでした。神様を祀る場所が神聖でなければならないのは、当然のことですね。
しかし、海の上に神社を建てるなんて、容易なことではありません。当時の建設技術で、どうやってそんなことを成し遂げたのでしょうか?それは、地元の人々の知恵と努力のおかげです。彼らは木の柱を海底に打ち込み、その上に建物を建てるという、今で言う「浮橋工法」を駆使しました。まるで巨大なプラモデルを組み立てるように、神社を一つ一つの部品として慎重に作り上げていったのです。
厳島神社の歴史で欠かせない人物、それが平清盛です。平安時代末期の武将であり、厳島神社の大改修を行ったことで有名です。彼がこの神社に関心を持ったきっかけは、ある日、厳島神社に参拝した時の出来事でした。
清盛が船で厳島神社に向かう途中、突然、嵐に見舞われました。普通なら恐怖に震えるところですが、清盛は冷静に祈りを捧げ、「もし無事に辿り着けたなら、この神社を改修してやる」と誓いました。そして奇跡的に嵐が収まり、清盛は無事に到着。約束通り、大規模な改修工事を行ったのです。
この工事により、厳島神社はより壮大で美しい姿に生まれ変わりました。清盛の情熱と信仰心が、神社の未来を大きく変えたのです。
厳島神社と言えば、毎年夏に行われる「管絃祭」も見逃せません。このお祭りの起源もまた、平清盛に関係があります。清盛が厳島神社に参拝する際、船に楽器を乗せて海上で演奏を楽しんだことが始まりとされています。
現代の管絃祭では、豪華な装飾が施された船が神社から出航し、音楽を奏でながら海を巡ります。まるで平安時代にタイムスリップしたかのような優雅な光景が広がります。これは、神様だけでなく、訪れる人々にも喜びを与える素晴らしい伝統です。
厳島神社には、数々のミステリーも存在します。その一つが「消えたお宝の伝説」です。平清盛が神社に寄贈したとされる豪華な宝物が、ある日忽然と姿を消したというのです。
一説によれば、この宝物は神様の怒りを買わないために神秘的な力で隠されたとか、盗賊に盗まれたが神様が怒って取り戻したとか、様々な説が飛び交っています。いずれにせよ、厳島神社は謎に包まれた魅力を持っていることは間違いありません。
現在の厳島神社は、観光スポットとしても非常に人気があります。海に浮かぶ朱色の大鳥居は、見る者を圧倒する美しさです。潮の満ち引きによって景色が変わるため、訪れるたびに新たな感動を味わえます。
また、神社内部の建築も見どころ満載です。細部にまでこだわり抜かれた彫刻や、歴史を感じさせる柱や梁など、どれもが一見の価値があります。特に、平安時代の風情をそのまま残した廊下は、一歩踏み入れるとまるでタイムトラベルしたかのような気分にさせてくれます。
いかがでしたか?厳島神社の成り立ちから平清盛とのエピソード、そして現代に至るまでの魅力をお伝えしました。厳島神社は、ただの観光地ではなく、歴史と神秘が詰まった特別な場所です。
訪れる際には、ぜひこのエピソードを思い出しながら、神社の美しさや歴史に思いを馳せてください。
それでは、また次回のブログでお会いしましょう!
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