海外旅行紀行・戯言日記

海外旅行紀行・戯言日記

ホテルが見つからない



チェコのプラハでは本当に困りました。失敗した理由は幾つか挙げられます。

1.日本でチェコ観光局経由予約したことが第一の原因
  チェコの観光ビザを広尾のチェコ大使館を申請した時に、チェコ滞在地が決まっている必要があると言われました。それが無いと現地で入国出来ないと言うのです。そこでチェコ観光局を紹介して貰い、ホテル予約をしました。しかし、観光ガイドブックにあるホテルは満室で取れず、四つ星クラスのホテルが取れましたとの連絡があり、住所も入ったパンフレットが送られてきました。電話番号もあったと思います。プラハ城の近くとのことでした。
2.道路地図が不備だったことが第二の原因
  ウィーンではハイリゲンシュタットのベートーベン散歩道を歩いてから昼頃、プラハに道路標示に従って向かいましたが、手持ちの道路地図の範囲外の所を通って行くことになりました。入国手続きをしたHateと言う町も範囲外で、田舎道・高速・田舎道と道路標示を頼りにプラハに入りました。
しかし、道不案内でプラハ城が見つかりません。プラハ市内であることは間違い無いのですが観光客の行かない地区に入ってしまったのです。通行人に英語は通じず、近くの鉄道案内所に聞いたら、鉄道以外のことは教えないとけんもほろろです。「今現在の場所は?」と聞いても埒が開かず、手持ちの地図に記してもあることも出来ません。偶然通りかかったドイツ人の留学生が自分の地図を見せて教えてくれなかったら、万事休すでした。プラハ城への道が漸く判明しました。
3.自由化で、町名変更があったらしいのが第三の原因
  プラハ城近くに着きまして、ホテル予約表を見せながら町中の観光案内所で場所を確認しました。教えて貰った所付近に着いたのですが、見つかりません。若い通行人の団体に聞いても、その様な通りは無いと言うのです。
4.ホテルが新しく表示が目立たないのが第四の原因
  仕方なく、車を道路脇に止め徒歩で調べることにしました。プラハ城迄行っても分からず、元の所に戻ろうとした時に小さい表示が見つかりホテルの裏側であることが分かりましたが、閉まっているのです。表に行けば良いと判断して言ってみると車を止めてあった所だったのです。ホテルが新しく多分自由化後民家を改造したので、看板が小さく分からなかったのです。
95Prague
徒歩で探している時は、最悪一晩、車の中で過ごす覚悟迄していました。
これが最悪の経験で1995年10月中旬のことでした。


© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: