私ヲ探シテ {小説




はやく


ねえ はやく





早く見つけて
















「もしもし?亜矢?」

━「…もしもし、健太」

いつもと何ら変わらない日だった

天気も良くて、今にも寝てしまいそうな午後だった

亜矢からの電話が俺の眠気を覚ました

少しうるさい音が部屋中に響いた

携帯を観ると、亜矢の名前があり

俺はすぐに電話をとった

亜矢の声はいつもと違った

すごく小さくて、今にも消えてしまいそうな声だ

いつもならもっと大きな声で元気に話すのだが

今日は、おかしい

「何か、あったのか?」

━「……どうしよう健太、助けて」

「亜矢?」

明らかにおかしい亜矢を

俺は少しばかり心配したが

事の重大さを、この時はまだ知らなかった

「何があったんだ?」

悩み相談を受けるつもりで、俺は電話が長くなるのを覚悟した

少し腰を上げ、ソファーに座りなおした

━「…ねえ、よく聞いてね。もう電話出来ないと思うから。」

「亜矢?どういう事だよ」

━「私、誘拐されたみたいなの。犯人は一人。しかも女。何されるか分からないの…怖い、助けて健太」

「誘拐?冗談だろ、亜矢」

━「冗談じゃない。まず警察に連絡して」

「どこに居るんだよ」

━「倉庫みたいな所。場所は分からない。ずっと眠っていたから。とりあえず、警察に連絡して。犯人は女だということも伝えて。此処の様子を詳しく言うから、ちゃんと覚えてね」

「あ、ああ」

俺は急いでそばにあったメモとペンを取った

手が震えているのが自分でもわかった

━「暗くてよく分からないけど、窓の外は木に囲まれてる。森かもしれない。トラックが2台止まってる。ナンバープレートは見えない。中にはダンボールがたくさんある。何も書いてない無地のダンボール。…お願い、助けて」

俺は手が上手く動かせずにイライラした

「大丈夫だからな。必ず助けてやるから。」

━「…健太、大好きだよ。私、健太と出会えてよかった」

「何言ってんだよ」

━「私が死んでも、落ち込まないでね。新しい彼女も作ってね。」

「馬鹿なこと言うなよ」

━「…じゃあね」

「亜矢!?」

電話は切れた

ソファから立ち上がった瞬間

家の電話が鳴った

「もしもし」

俺はすばやく電話に出た

早く警察に連絡しなければいけない

━「ねえ…健太。私だよ。覚えてる?」

犯人だと、直感的に思った

声を変えているのが丸分かりだ

「…お前が犯人かよ。亜矢を返せよ!」

━「まあまあ、焦らないでよ。殺しはしないわ。貴方が、私を見つけてくれたらね」

「お前を見つける?」

━「一週間だけ、有余をあげるわ。私を探して。見つけたら、この子を返してあげる。もしも、見つけられなかった場合は…こいつ、どうなるか分かるよね?」

「亜矢に手を出すのは止めろ!」

━「この子のこと、そんなに愛してるの?」

「当たり前だろ」

━「私が居るのに」

「は?」

━「まあいいわ。警察には連絡してもいいけど、もし警察が先に私を見つけたら、この子、殺すからね。私には何だって分かるんだから。まずは健太、貴方が私を思い出して。私を深く愛したんだから、すぐにでも思い出せるでしょう?一週間だからね。忘れないで。私の所へ来て。そして、私達、永遠に愛し合いましょう」

「おい、待てよ!」

電話は切れた

一体なんなんだよ

状況を上手く理解出来ずに俺はただ立ち尽くした

思い出せ、思い出すんだ

深く愛した、女…

俺が愛した……

「……麻衣?」

一人の女の名前が頭の中に浮かんだ

麻衣は、俺の元カノだ

まさか…あいつが

俺は急いで麻衣に電話をかけた

「早く出ろよ…」

少し、否、かなりイライラしていた

「もしもし?麻衣?」

━「健太?うそ…久しぶり。どうしたの?」

「亜矢を…亜矢を返せよ!」

━「何っ!?え?何のこと?亜矢って、誰?健太?」

「…いや、ごめん。感情に任せて、つい」

━「何が?何かあったの?」

「本当に違うんだな?麻衣」

━「ごめん、話が全然よめないんだけど。ちゃんと説明してくれなきゃ分かんないよ」

「ああ…そうだよな。ごめん。麻衣が、まさか、そんな事するはずないよな。悪かった。また連絡するから」

━「健太!待って!せっかく連絡くれたのに、もう少し話そうよ?亜矢って、今の彼女なの?返せってどういう事なの?メールも電話も出来なかったんだよ?どうして番号変えたんなら教えてくれなかったの?私達、恋人としては終わったけど、友達ではいようねって約束したでしょ」

「麻衣、ごめん。今は俺も混乱してて、上手く話せない。また必ず連絡するから。とりあえず携帯の番号、登録しておいて。じゃあな」

━「ちょっと、健太!」

俺は電話を切った

麻衣との別れは、あまりにも突然だったから

俺も気持ちの整理が付けられずに、

連絡を出来ずに居た

麻衣が遠くへ引っ越すから、という理由で

遠距離でやっていく自身がなくなったから

俺達は別れた

と、言うより

麻衣から一方的に別れを切り出され、俺はそのまま

どうすることも出来ずに、結局連絡さえ出来ずにいた

あとから友達に聞いた話だが

麻衣には好きな奴が居たそうだ

そいつとは上手くいかなかったみたいだが

それも、俺との別れの理由のひとつではあるだろう

俺はメールアドレスを変更したということも

電話番号が変わったという知らせさえも

出来ずに

今まで、麻衣とは一切連絡をとっていなかった

あまりに久しぶりで、急な連絡に麻衣は戸惑っただろう

しかも、いきなり亜矢を返せ、だなんて

俺も少し冷静になったほうがいい

そんなとき、家の電話が鳴った

「もしもし」

━「残念だったね。健太、麻衣ちゃんのこと、凄く愛してたから、今の電話で寄りを戻したいと思っちゃった?それならそれでいいんだけど、この子は殺しちゃうよ?健太に必要ないものは、私にも必要ないんだもん。その代わり、麻衣ちゃんを奪いに行くけどね」

「お前、何なんだよ!何者なんだよ!なんで麻衣のこと、知ってるんだよ!」

━「あれ?当たり前じゃない?健太と私は愛し合ってるんだよ?健太の愛してる人を、私が知ってるのは当然じゃない?」

「何が愛し合ってるだ。馬鹿にするな。俺はお前のことなんて知りもしないし、ましてや愛してなどいるはずがないだろ」

━「やだ健太!そんなこと言うと、知らないよ?本当に。今まで色んな酷いことされたけど、私、今回こそ本気で怒っちゃうよ?いいの?」

「色んな酷いことってなんだよ。俺がお前に何をしたんだよ!」

━「まずは浮気。麻衣も亜矢も、私という人が居るのに…酷いよ。でも安心して?私は健太を捨てないよ?愛想つかしたりしないからね?健太も、麻衣や亜矢は一時の気の迷いでしょ?て、言うより、お遊び?私をより愛するための、勉強道具かな?健太、いつだって私に優しかったもんね。たくさんの酷いことは、愛の裏返しでしょ?口にしなくたって、私、いつだって分かってたよ?」

「お前ふざけんなよ!」

━「ふざけてんのはお前だろ」

俺はゾっとした

今までとは全く違う、低く、暗い声

━「やだ、私!ごめんね健太。私、怒ってないよ?だから泣かないでね?」

馬鹿にしている

それとも、本気か?

まさか本当に俺はこいつと愛し合ったことがあるのか?

今まで付き合った奴…

麻衣と、…美智子

「まさか、美智子か?」

━「うーん…あのね健太、会いに来てって言ってるんだよ?私。私はずっと思い出の場所に居るから、会いに来てよ」

「待て。これだけ答えろ。お前は、美智子なのか?」

━「答えは教えてあげないよ。私、意地悪だから」

電話は切れた

俺は急いで携帯から美智子に電話をかけた

━「はい」

美智子は2コール目で出た

「もしもし?久しぶり」

━「ああ、健太?久しぶり。どうしたの?」

美智子とは別れてからかなり立つ

別れたあとも、俺達はたまに会って

食事をしたりしていた

美智子とは、友達感覚で居れた

「元気してるか?最近、全く会ってないだろ?」

━「そうね。私も色々忙しいからね。それに新しい彼氏も出来たし」

「そうか」

━「で、用件は何?」

「ああ…美智子じゃないんだな?」

━「え?」

「いや…なんでもない。ただ、俺はお前を信じるよ。じゃあな」

━「ごめん、意味分かんないんだけど」

「何でもないんだ。新しい彼氏と幸せにな。俺も今彼女が居るんだ。じゃあ、ごめん」

━「うん。またご飯でも行こうよ。ダブルデートでもする?」

「元カノと?」

━「冗談よ。じゃあね」

電話は美智子から切った

美智子じゃないとすると…あとは、誰が居る?

プルルル、プルルル

家の電話が鳴った あいつだ

━「これでそろそろ気づいたと思うんだけど、私、元カノじゃないよ。今現在付き合ってるんだもん」

「今現在付き合っているのは亜矢だけだ。俺はお前と付き合った覚えなんてない」

━「私がまだ誰かもわかってないのにそんなこと言うんだ」

「…亜矢は?亜矢はちゃんと、元気なんだな?」

俺は受話器を持つ手に力を入れた

怒りもあったが

何より、亜矢を心配した

━「ああ。あの馬鹿ね。健太にこっそり携帯で電話したから、少しばかりお仕置きしたわ」

「お仕置き?」

聞くのが怖かった

完全に、犯人はイカれている

こんな奴がする“お仕置き”なんて

通常では考えられないことに違いない

━「亜矢ちゃんにかわってあげようか?ああ、でも話せないかもね」

「亜矢にかわれ」

━「もー健太っていつも命令口調。もっと丁寧な言葉で私に話しかけなさいよ」

「亜矢に、かわってください」

電話の向こうで物音がした

俺は、息を呑んだ

━「……ほら、喋れ」

犯人の声が遠くに聞こえた

少し物音がして、亜矢の泣いている声が聞こえた

━「け、んた…」

「亜矢!?大丈夫か!?何か、されたか!?」

━「もう私…しっ、死にたいよ!こんなことされるなら、もう殺してよー!」

亜矢が叫んだ

━「うるさいなあ!ゲス!」

俺は亜矢が壊れてしまわないかと心配した

━「ごめんね健太。この女、頭おかしいの」

「…お前の望みはなんだ?」

━「え?」

「お前の望みはなんだよ!俺か?俺が目当てか?それなら俺を誘拐すればいいだろ!なんで亜矢なんだよ!」

━「天罰だよ。健太を誘惑した女には、天罰が必要なの。私、神様だから、天罰を下してる…それだけ」

「じゃあ、麻衣や美智子をこうしなかったのは何故だ?」

━「あいつらはお遊びでしょ?」

「…亜矢は、そうじゃないと言い切れるのか?」

━「こいつも本気じゃないと思ってたけど、健太、結婚を考えたでしょう?」

「なん、で」

確かに俺は亜矢と結婚をすることを考えていた

その証拠に、婚約を申し込むための準備はもう出来ていた

指輪も、買ったばかりだ

━「私は何でもお見通し。だって神だもん」

甲高い声で女は笑った

俺を、見下しているように

「もう分かったから!もう許してくれ!俺は、お前だけを愛すから!亜矢を解放してくれ。俺とお前だけで、永遠に暮らせばいいだろ。亜矢は遊びだ!結婚も、考えてなどいない!この指輪はお前のための物だ。だから、亜矢を解放してくれ!」

━「健太は馬鹿だね。昔から、そうだよね。嘘はいけないんだよ。私達が永遠なのは、もう決まってるじゃない。運命で」

「運命?…お前、俺とどこで会った?それともストーカーか?」

━「ああ、そうだ。こいつに私が下した天罰、教えてあげるね」

「おい!答えろ!」

━「私ね、美容師になりたかったから、髪を切ってあげたの。そして、私、お料理も好きじゃない?だから、お料理してあげた。火であぶって、こんがり焼いたから、きっと美味しいよ?でも味見は私のペットにさせたの。一口かぶりついただけで、全部は食べなかったから、残りは健太にあげるねっ」

「ペット…料理って、お前……まさか」

耳をふさいでしまいたかった

想像するだけでも、鳥肌が立った

まさか…まさか……

さまざまな想像が頭を駆け巡り

俺は混乱せずにはいられなかった

━「健太は知ってるはずだよ?私が大好きな動物を。だって初めて健太がくれた、プレゼントなんだもん」

「プレゼント…」

俺は何かを思い出しかけていた

だが、それが何なのかは全く分からなかった

━「思い出の場所で、健太が私にくれた、動物。可愛い可愛い、私のペット」

「待て…もう少し、ヒントをくれ……動物…俺がお前に渡した。思い出の場所で…思い出の……」

━「私はね、健太?健太に見つけて欲しいんだよ?健太が私を見つけたとき、その時が二人の永遠の時間となるんだから」

「俺に見つけて欲しいなら、もう少しだけ、ヒントをくれ…頼む」

俺は頭の中でいろんな事をめぐらせた

亜矢の言っていた森という言葉

そして、こいつが言う動物

俺がプレゼントした、動物

思い出の場所で、渡した、動物……

森で、プレゼントした、動物

━「………ねえ健太、バラバラになりたいのかな?亜矢ちゃんは。心も、体も。きゃはは!バラバラ死体なんて、気持ち悪いっ!煮て食べる?それとも焼く?きゃはははは!」

おかしい

狂ってる 完全に

亜矢…亜矢……俺のせいでこんな目に

いや、今はそんなことより亜矢を助けることを考えるんだ

━「健太あ、何か喋ってよおー?」

森 動物 …何かがつながりかけている

 バ ラ バ ラ に な り た い の か な

    心 も 体 も

「……まさか…」

   四  之  宮  舞  子

   シ ノ ミ ヤ マ イ コ

━「健太っ!10秒以内に話してくんなきゃ、亜矢ちゃんの目はないと思って!いくよー、じゅーう、きゅう、はち、なな、ろく、ごー、よん、さ、」

「舞子!」

つながった

全てが つながった

森 思い出の場所 動物 プレゼント バラバラ死体

あのセリフ

どこかで聞いた

あれは、俺が、何十年も前に吐き捨てたセリフだ

━「…待ってるね、けんちゃん」

ケ  ン  チ  ャ  ン

これで、確実だ

確信した

こいつは、四之宮舞子

俺の幼馴染

そして、俺が、何年にも渡って

イジメ続けてきた女

四之宮舞子

舞子は俺のことをけんちゃんと呼ぶ

けんちゃんと呼ぶのは舞子しか居ない

俺と舞子は小さい頃からの友人だ

舞子は小学校に上がるなり、すぐにみんなからイジメを受けた

舞子と仲が良かった俺は

一緒に居ては自分までイジメられると思い、逃げた

舞子から離れた

小学6年の春、まだイジメられ続けている舞子が俺を呼び出した

「けんちゃん、ねえ、けんちゃん、助けて」

舞子の最後の叫びだったのだ

その頃、俺はちょうどイジメをしているリーダー核の男子から

イジメに参加しないかと誘いを受けていた

俺は舞子のことなど、どうでもよかったし

ぶっちゃけイジメにかかわれるなんて面白そうだと思った

だから俺は、迷わずYESを選んだ

俺は舞子を突き倒し、「きもちわりーんだよ、ゲス」と罵った

どんなにイジメられても泣いたことがなかった舞子が

初めて泣き顔を見せた瞬間だった

俺は罪悪感など感じていなかった

ただひたすらに、一人の人間を追い詰めたいと思った

理由は、ただ、楽しそうだったから

それだけだ

俺達は次の日、舞子を裏庭の倉庫に呼び出した

運動会のとき意外は全く使わない体育倉庫の前に

舞子を連れ出し

俺達は舞子を散々いじめた

殴ったり、言葉で罵ったり、服を脱がせて写真を撮ったりもした覚えがある

俺はがむしゃらに楽しかった

そして、近くにあった木の枝で、たまたま持っていたヘビのおもちゃを

舞子に投げつけた

「プレゼントだ」俺は笑いながらそう言った

舞子はそれがおもちゃと気づかずに、ひどくおびえた

でも、それがおもちゃだと知った瞬間、少し俺を見て、微笑んだ

俺はそれが気にくわなくて、舞子に土をかけ、そのまま立ち去った

その、体育倉庫に、今、舞子と亜矢は居るだろう

俺の学校は自然に恵まれていて、まさに、森だった

そこしか考えられない

俺は急いで自分の通った小学校へと向かった

タクシーの中で、自分と亜矢の身の危険を感じた俺は

警察に連絡をし、今までのことと場所を伝えた

もしものときに、助けが来るようにしておいたのだ

そしてタクシーの運転手にも

少しの間、小学校の前で待っていてもらうように頼んだ

舞子が追ってきたときのためだ

亜矢と、無事に逃げることが出来るように

いや…亜矢だけでも、無事に逃げることが出来るように

「ここで、お願いします」

運転手は車を止めた

俺は料金を払い、車をあとにした

俺は何のためらいもなく、体育倉庫に向かった

「亜矢!」

ドアはカギがかかっていたので

仕方なく窓を割って中に入った

そこには、ぐったりした亜矢と、

うっすら微笑んでいる舞子と思われる人物が居た

「ふざけやがって…」

俺は舞子に殴りかかった

「また同じ罪をおかすのね」

俺は舞子をいじめていた時の自分を思い出し

手を止めた

「おかえり、健太」

俺は亜矢の元へ駆け寄った

「亜矢、大丈夫か?」

腕をみたら、火傷をしたような後があった

料理…ペット…

「……健太?…逃げて……あいつ、おかしいの。いかれてるの。おかしいの…危ない、危ないよ健太」

「俺は大丈夫だから」

「亜矢ちゃんはもう帰って?ここから健太と私は、2人きりで愛し合うの」

俺は亜矢をおこそうとした

しかし、亜矢には立ち上がる気力さえ残っていなかったのだろう

「健太、そんな女、もう放って置きましょう?」

「四之宮舞子、お前、頭がイカれたか?ふざけんじゃねーよ!亜矢をこんなにまでして、殺人未遂だぞ!?お前、犯罪者だぞ!?頭おかしいだろ!」

「健太は人のことが言える?何十年に渡って、私に何をしてきた?あれだって、立派な殺人未遂よね!?頭イカれてるのは、どっちだろう?ねえ、健太。どっち?健太、あの時、人なんて簡単に、殺せると思っていたでしょう!?」

「俺は……俺は違う!お前なんかとは違う!」

頭の中で何か、忘れていたものが…閉じ込めていたものが

湧き上がってくるような感覚に襲われた

俺は、自分の中に、何を隠してきた?

本当の俺は、こいつよりも、もっとひどい人間だったんじゃないか?

「…健太」

…!

「愛してる」

舞子が俺にキスをした

「愛してるから…私、健太を許してあげる。だってあの時から、健太、私のこと大好きだったでしょ?小さな頃からずっと一緒なんだもん。これからも、ずっと永遠に一緒よ?…死ぬまで」

舞子がまた俺にキスをした

「やっ…めろ!」

「どうして?今日で私達、何も出来なくなる。明日になれば、もう跡形もなく消え去る。私はずっとその覚悟だったんだよ?健太と一緒に、火の中で、溶け合い、ひとつになる。それだけが私の望み。永遠の、望み」

「…冗談じゃない。ふざけるな。俺はお前となんて、」

「健太に決定権はないはずよ。ねえけんちゃん忘れたの?忘れちゃったの?私と交わした、あのときの約束」

「約束?」

「…本当に忘れてるんだ……本当の、けんちゃん。けんちゃんの本当の姿」

思い出してはいけない気がした

何も、思い出しては…

思い出したくない やめてくれ 何も思い出してはいけない

「健太…怖くなんてないよ。私との、大切な思い出なんだから」

「やめてくれ…!」

「…結婚しようねって約束したよね。健太、言ってくれたよね。私のためならなんでもしてくれるって。私が、私のこと好き?って聞いたら、けんちゃん、好きだよ、って…永遠に一緒?って聞いたら、うん、って。言ってくれたじゃない。約束は絶対だよ。永遠だよ。約束したじゃない…今更、無効になんてしてあげないからね。何も思い出さずに、今のままのあなたでいいから。ねえ、いやでしょう?真実を知るのは怖いでしょう?私と一緒に、いい思い出だけを胸に、ひとつに…なるよね」

イヤダ コワイ ナゼ

ナゼコンナニ

ナニモ シリタクナイ

ぷつり、ぷつりと途切れながら

よみがえる、あの時の記憶

ダメダ 思い出してはいけない

今までの俺を消して欲しい

笑いながら、何事もなかったようにすごしてきた俺を

殺したいと思う、もう一人の自分

オマエハ ダレダ

「健太…!」

亜矢の声で俺の記憶は途切れた

「健太…ここから逃げて。早く。ここはもう、普通の人間が居る場所じゃない。その女っ、」

「黙れ!」

舞子が叫んだ

「黙れ黙れ黙れ!煩い!部外者は黙ってろ!」

「あなた、健太をどうするつもりなの?健太の事好きなら、健太に幸せになって欲しいと願わないの?どうしてあなた、自分の幸せばかり…」

「煩い!私は、全てを壊された…こいつに、健太に…」

「でも…っ、愛しているんでしょ?」

「……私は怖い。一人が、怖い。ずっと暗い場所で、待ってたんだ。健太が思い出してくれる時を…なのに健太は、何も思い出さない。私のこと…自分の過去……犯した罪さえも、何も」

「…どうすれば償えるというの?あなたは一生、健太を縛りつけておく事で、罪を償わせるつもりなの?それならば、それは、間違ってる…健太は何も思い出さない。何も知らないまま、何も悪い事をしていないのに、あなたに償わなければならない。何も、していないと言うのに。でもあなたは、健太に思い出させようとしない…何も」

「思い出さない健太が悪い」

「違う。あなたが健太を解放すれば、健太はすぐに思い出す。全て。だけどあなたはそれをしようとはしない。それは、健太を、愛おしく思うからでしょう?健太につらい思いをさせたくはないから。そうでしょ?あなたは、優しいから…」

「優しくなんてない!違う…こんなはずじゃない…健太には、これから苦しんでもらうべきなんだ。なのに…っ」

「あなたはそれを出来ない。健太が、好きだから…健太を、心から恨んではいないから」

「……こんなんじゃ、私は、いつまでも…あの中で……一人ぼっち」

俺は二人の会話を何も言えずにただ聞いていた

動くことさえも出来ない

口も、出せない

俺は何もわからない

「さあ、いこう?健太を愛した者同士、私も、一緒に居てあげるから」

「……一人じゃ、ない?もう…」

「そう。たくさんの人が、あなたを待ってる。もう一人なんかじゃない」

舞子の目から涙が落ちた

亜矢は優しく微笑み、その場に倒れた

「亜矢…っ!」

俺は亜矢の元へ駆け寄った

「…一人じゃ、ない…怖く、ない」

「舞子?」

「健太ごめんね。…その子は、連れては行けない。ありがとうと、伝えておいて」

「舞子、待てよ!俺は何をしたんだ?お前に、」

「健太、愛してる…さあ、行って。今ならここから、出してあげる」

「どういう事だよ…おい、舞子!」

「早く!早く行って…」

俺は体育倉庫を出た

後ろを振り返ると、

舞子は、俺の前から消えた

俺は目を疑った

「舞子?舞子、おい!どこだよ!」

何なんだよ…何が起きてるんだよ

俺は何もわからないまま亜矢を病院まで連れて行った

亜矢は無事だった

さっきまであったはずの、腕の傷も消えていた

俺は病院を飛び出した

タクシーに飛び乗り

再び、俺達の通っていた小学校へ向かった

「舞子…」

俺は祈るように手を合わせた

タクシーが止まり、俺は走って小学校の裏にある

体育倉庫へ向かった

「…ない」

さっきまで、あったはずの体育倉庫が

なくなっている

「うそだろ…なんでだよ!」

体育倉庫のあった場所には、何もない

影も形も、なくなっている

俺は近くの電話ボックスから市に電話をかけてみた

そして、この小学校の体育倉庫について尋ねた

━「小学校はもう廃校してまして、裏にあった体育倉庫は少し前に取り壊されましたよ。そこには新しいビルが建つ予定ですので」

じゃあ…さっきまで俺達が居たのは

俺は電話を切り、病院に戻った

舞子は?亜矢は?俺達が居た倉庫は?

病院についたら、亜矢の意識は戻っていた

「健太…無事?」

「お前こそ、大丈夫かよ」

「私は平気。少し意識をなくしてたみたい」

「なあ…さっきの倉庫…」

「…見て来たの?」

「ああ」

「はじめからないんだよ。倉庫も、舞子さんも」

「舞子も?亜矢、何か知ってるのか?」

「…全て、舞子さんから聞いた」

「………そうか」

俺は、何も聞かなかった

「忘れよう。今日の事は」

「ああ」

「でも、舞子さんの事は忘れないであげて」

「ああ」

「退院したら、一緒に舞子さんのお墓参りへ行こう」

「ああ、そうだな」

俺は、もう知っていたんだな

舞子のことも、倉庫のことも

ずっと前から















記憶は鮮明に

いつまでも、残る

ただそれが

浅い所にあるのか、深い所にあるのかは

人それぞれだ



俺はまだ何も思い出してはいない

舞子が、思い出さしてくれない

でもそれは、舞子の意思だ

俺はそれに

従うことにした







数日後、俺達は舞子のお墓へ来た

遠くから、舞子の声が聞こえたような気がした


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