生と死を望んだ少女{小説





       自ら命を絶つ人の気が知れない









今までだって、他の何千人という人が過ごして来たような

同じような、何の変哲もない毎日だった

これからもそうかもしれないし、どこかで何かが変わるかもしれない

そんなの、誰にも分からないことだ

分かっていたら、そんな面白くない人生はないだろう

はじめから、最終回を見せられたドラマを

人は観る気になるだろうか

私は、断じてそんな気にはなれない

自ら死を選ぶ人間は

馬鹿で、あほで、まぬけで、ださい!だなんて言わないけれど

せめて、これだけは聞かせて欲しい

自分の人生の、どこが不満なのだ…と

「優子、もう行くの?」

「友達と寄って行きたい所があるから」

「亮介にあったら、これ、返しておいて」

私は姉の真智子からCDを手渡された

「真智子ちゃん、今日も行かないの?」

「まあね」

私は姉を、真智子ちゃん、と呼ぶ

お姉ちゃん、といわれるのが嫌いらしい

「亮介さんも心配してるんじゃないの?」

真智子ちゃんには、お姉ちゃんに纏わる

とても嫌な思い出があるそうだ

「亮介とは常に会ってるからいいの」

亮介さんは、真智子ちゃんの彼氏

付き合って1年になるそうだ

「じゃあ行ってきます」

「いってらっしゃーい」

真智子ちゃんは学校に行かない

不登校って言ったら、すごく怒られた経験がある

私は不登校じゃなくて、長い休暇をとってるだけ! って

彼氏もいるし、友達もいる

真智子ちゃんの友達が家に何度か遊びに来ているのを目撃しているから

イジメとか、友人関係の問題でもなさそうだ

ただ、本当に、長い休暇をとっている

そんな感じ

「優子ー!」

亜美は、一番仲の良い友達だ

最近はほぼ毎日、こうして早めに待ち合わせをして

一緒に学校に行っている

それは、亜美の好きな人を見るためだ

「もうすぐだよ!どうしよう優子!」

「今日こそ話しかけちゃえば!?」

「無理無理!絶対無理!」

亜美は、私達の通学路を毎日通る学生に恋をしている

1ヶ月ほど前から、ずっと見かけているそうだ

そして、1週間ほど前に、それを打ち明けられ

今日のように、その人が通る時間にはいつも一緒にその人を待つようになった

「来た!」

かっこいいか、と問われれば

イエス、と答えるだろう

亜美の好きなその人は、高校生だ

ちなみに、真智子ちゃんの通う高校の制服を着ている

「優子はどう思う?あの人」

「別に…興味ないかな」

「そういえばさ、優子の好きな人って、聞いてなかったよね」

「いないよ」

「嘘だあ!私達、中学3年生だよ!?この歳で好きな人、居ないわけないじゃん!」

「だって、本当なんだもん」

「じゃあ1組の長谷川は?」

「長谷川?興味ないけど、どうして長谷川が出てくんの?」

「だってー…ねえ?」

「え?」

「長谷川、優子のこと好きじゃん!」

「は?」

亜美は嬉しそうに私を見ながら笑う

「初耳?これ、今じゃ学年の誰もが知ってる話だよ?」

恋というものが、嫌いなわけじゃない

ただ

私は面倒なことが大嫌いである

「ねえ!どうするの?」

「長谷川には悪いけど私、興味ないんだよね本当」

恋が面倒だと思うのは、人それぞれの考え方だけど

私は恋愛感情は、実に面倒くさく、そして、馬鹿らしいと思う

「優子は駄目!恋しなきゃ駄目だよ!」

「私は亜美の恋愛見てるだけでお腹いっぱい」

「女は恋して綺麗になるんだよ!」

私、顔に自身があるわけじゃないけど

これ以上、綺麗になりたいとか可愛くなりたいとか望まない

もって生まれたこの顔で、私は一生を過ごすんだから

文句を言うのは、あまりに可哀想じゃない

「あ!噂をすれば、だよ!」

私達の前には缶ジュースを片手に歩く長谷川がいた

「優子、声かけてあげなよ!長谷川喜ぶよ!」

「やだよ。付き合ってるとでも勘違いされたらどうすんのよ」

「いいじゃん!この際長谷川でも!長谷川後輩に結構モテてるらしいよ?」

「じゃあ後輩と付き合えばいいでしょ。私には関係ない」

私は長谷川を素通りして、教室まで急ぎ足で向かった

亜美は恋多き乙女だ

ああ面倒だ

授業も、休み時間も、掃除も、登下校も

何もかもが退屈で、面倒

だけど、この生活を嫌だとか、やめたいだとか

そんな贅沢なことは思わない

私は、与えられた時間で、与えられた仕事をこなすだけだ

今の私に与えられた仕事は勉強だ

それと、生きていく術を学ぶこと

「優子!長谷川が呼んでるよ!」

学級委員の麻美が手招きをしていた

「…何の用?」

「知らないけど、絶対告白されるよ!」

クラスのみんなが冷やかす

私は、怒りにも似た感情を押し殺した

「何の用?」

長谷川は、ズボンのポケットに手を突っ込み

「話があるから、ちょっと来て」

と、私の自由な時間を奪った

「呼び出したりしてごめんな」

長谷川とは、1年の時に同じクラスになったっきり

会話もしていないし、接点もまるでない

「で、何の話?」

ベタだなー、なんて、自分で思った

「俺さ………愛澤のこと好きなんだ」

「私、恋とか苦手なの。冷たいようだけど、長谷川くんに興味はない。それ以前に、恋愛というものに興味が全くないの。ごめんね」

「…せめて!…せめて、友達になってくれませんか?」

「友達になるのは簡単なことだけど、私と友達になっても何の利益もないよ。第一私、男と遊びに行ったりする気は全くないし、友達になっても、ただの肩書きだけになっちゃう。無意味でしょ?」

「俺のこと、嫌い?」

「好きも嫌いもないよ。第一私達、接点がないじゃない?」

「…俺、愛澤に嫌われるくらいなら、死んだほうがマシだ」

長谷川は走り出した

「え!?どこ行くの!?」

私は追いかけた

この状況、普通、放ってはおけない

「ちょっと!長谷川!」

長谷川は屋上のフェンスを飛び越えた

「愛澤が付き合ってくれないなら俺、死んだ方がいい!」

「ちょっと待ってよ。それじゃ、まるで私のせいで死ぬみたいじゃない。やめてよね。迷惑よ。第一、死んで何の得があるの?私、自殺とかする人、大嫌いなの。私のことが好きだって言ったわよね?私に嫌われるくらいなら、死にたいって言ったわよね?それなら死なないでよ。私、自殺する人が、一番嫌い!大嫌い!」

「長谷川!何してるんだ!早くこっちへ来なさい!」

屋上に、たくさんの生徒と教師が来た

「ちょっと優子!どうなってんの!?」

亜美が息を切らしてやって来た

「付き合う気がない旨を伝えたら、死ぬとか言い出したの」

「愛澤、嘘でもいいから、長谷川と付き合うと言ってくれないか?」

長谷川の担任が私に小さな声で話しかけた

「馬鹿言わないで下さい。ここで嘘ついても、後から真実を伝えたら、また自殺しかねません。それこそ私のせいみたいになっちゃう。そんなの絶対ごめんです」

私は長谷川に近づいた

長谷川はフェンスをしっかり握っていた

「死ぬ気、本当にあるの?」

「俺は死ぬ!愛澤に好かれないなら、死んでやる!」

「じゃあ、死ぬ気で私の興味を引くような男になってみせなよ。その方が、よっぽどかっこいいと思うけど」

「愛澤は、俺に興味ないって言ったじゃないか!」

「だから、死ぬ気で私の気を引いてって言ってるの。死ぬ気になれば、人間なんだって出来るのよ。あんたの私への気持ちって、そんなもんだったんだ?」

「違う!」

「じゃあ、やってみせてよ」

私は長谷川から離れた

長谷川は、フェンスを乗り越えて、こっちへ来た

「好きにさせてみせっからな!」

馬鹿で、単純だ

「死ぬ気で頑張れよ、少年!」

私は人ごみを掻き分けて、教室へ戻った

「ちょっと優子!めちゃめちゃかっこよかったよ!」

「あたし、優子に惚れそうになった!」

私の机の周りは、たくさんの人であふれかえっていた

失敗したなー、と私はつくづく思った

私は、目立つことが嫌いだ

この騒動で私は、この学校で有名になってしまった

その日の帰り道、私は色んな人から話しかけられた

全く面倒だ

「…きゃっ!」「痛っ!」

曲がり角を曲がった所で、私は同い年くらいの子とぶつかった

「…ごめんなさい!」

その子の鞄の中から、たくさんの教科書やノートが散らばった

あー、もう、最悪

私はその子と一緒に教科書やノートを拾った

その子の教科書やノートは、ボロボロだった

表紙には、死ね バカ 消えろ の文字

「…何も聞かないんですね」

教科書を一心に拾っていた私に、疑問を持ったのだろうか

「え?」

「この教科書やノートをみて、何も聞かないんですね」

「え…ああ。聞いた方がよかった?」

「普通、聞くから。興味本位で、何があったの、とか…聞いてくるから」

「私、普通じゃないのかもね」

「あっ、…そういう意味じゃないんです」

「ううん、いいんだよ」

「…私、イジメられてるんです」

私は言葉を失った

セーラー服を着た、この、か細い女の子を

じっと見ているだけだった

「………今から、この教科書たちを、埋めに行くんです。少しずつ、消して行こうと思って…」

「…嫌な、思い出を?」

「私に纏わる物、全てを…です。最終的には、自分も」

「自殺、するの?」

「そういう表現になるんでしょうか。私、消えたいんです…」

「へえ…そうなんだ」

「………止めないんですか?」

「止めてほしかった?」

「いえ…」

私は立ち上がった

「私、ついさっき自殺を止めて来たばかりなの。1日に同じことを2回もするのは、どうかと思って。それに、人は簡単に死ねないよ。今日、自殺したいって言ってフェンスを飛び越えた奴も、しっかりフェンスを握ってた。私、人ってどこかで自殺を止める本能があるんだと思うの。生きろって言う、脳からの命令が」

「でも私は、」

「本気なんでしょ?さっき長谷川もそう言ってた。あ、長谷川って、自殺しようとした奴なんだけどね」

「………誰も私を止められないわ。それがたとえ、自分の中の本能であっても。私はもう決意したの。死ぬ道しか、残されてないの」

まさか、1日に2回も同じ台詞を言うなんて

思いもしなかった

「じゃあ、死ぬ気で生きてみなよ。人間、死ぬ気になればなんだって出来るんだから」

あーあ、言ってしまった

まさか、同じようなことが

1日に2回も起こるだなんて、誰も予想しなかっただろう

「死ぬ気で生きた…死ぬ気で我慢した……でももう、耐えられない」

今日の私は、なんて劇的なんだろう

「あなた、中学生?」

「中2です」

「年下だ!あたし中3なの。愛澤優子って言います」

「私は……紺野智美」

「智美ちゃんは、イジメられてるんだよね?」

「…はい」

「なのに、毎日ちゃんと学校へ行ってるの?」

「はい…行ってます。親に心配かけたくないし…」

「うちの姉なんて、イジメられてもないのに登校拒否してんのよ。全く訳分かんないでしょ」

智美ちゃんはうなずいた

「智美ちゃんも、どう?登校拒否してみない?どうせ死ぬ気だったんでしょ?」

「…登校拒否?」

「学校なんて行かなくたってどうにでもなるわよ。あ、うちの姉とも話してみる?もしかしたら私が知らないだけで、姉もイジメられてるかもしれないし」

ああ私、なんて面倒なことしてるのだろう

今更後悔しても、もう、遅いか

「…不登校に、なります……私」

智美ちゃんは立ち上がり、私に頭を下げた

「私、あなたに会わなかったら死んでいました…助けて頂いて、有難うございました」

「いいのよ、ほら、頭あげて」

私はもしかすると、世話好きなのかもしれない

「まずはその嫌な思い出、消去しに行くよ」

私は智美ちゃんの手を引いて、近くの公園へと向かった

智美ちゃんはただ黙ってついてくるだけだった

私、今日2人もの命を救った

神様から感謝されて、何かいいことあるかもしれないな

「どうせなら、燃やしちゃお」

「…燃やす?」

「ちょっと待ってて」

私は走って家まで戻った

この公園から家までの距離はわずかなものだった

「真智子ちゃん!ライターかマッチない?」

「あーおかえり。マッチ?そんなもの何に使うの?」

「命がかかってんの」

私はお父さんの部屋に入った

「あった」

お父さんがタバコを吸うことを知っていたから

どこかにライターがあるだろうと思っての行動だった

予感は的中し、机の上に目当てのものはぽつんと置かれていた

「智美ちゃん!」

智美ちゃんはベンチに座って教科書を眺めていた

「燃やそ?」

私は智美ちゃんにライターを手渡した

智美ちゃんはそれを受け取り、教科書やノートに火をつけた

私は燃え上がる炎をただただ見ていた

「…炎って、素敵ですよね」

こんな風に火を見たのは、小学生の頃に行った

自然キャンプ以来だった

全てが、炎に包まれて

その煙で私は少し咽た

「私、今日からまた人生をリセットします」

「うん」

「だけど、どうしても、腹が立つんです」

「…え?」

「私を苦しめて来た奴らが、どうしても、許せないんです」

「…じゃあさ、」

私はニヤリと笑った

まさか自分がこんなことを思いつくだなんて

思いもしなかった

「明日仕返ししに行こうか。学校に。最後のお別れを言いに行こうよ」

「仕返し?」

「そう。智美ちゃんがされたように、そいつらの教科書にも落書きしてやんの」

仕返しだなんて、何の意味もないことを私は知っていた

仕返しをしたと同時に、恨む相手と同レベルにまで

落ちてしまうことも、わかっていた

だけど、気持ちが晴れなければ意味がない

天罰だと思え、いじめっ子

「……やります。やりたいです」

「見つかると厄介だから、明日の朝一番に実行しよう」

智美ちゃんは、少し笑って頷いた

「そういえば、学校、どこなの?」

「ここからなら、電車で1駅の所です」

「南町?」

「はい」

「じゃあ明日、南町の駅前に4時。」

「わかりました。じゃあ私、今日は帰りますね」

私は笑顔で手を振った

智美ちゃんの笑顔は、どこかぎこちなかった

家に帰ると、姉から質問攻めにあった

「ねえ何してたの?ライター、何に使ったの?あんたまさか放火とかしてないでしょうね」

「まさか。やめてよ、物騒だな。嫌な思い出をね、燃やしてたの」

「嫌な思い出?何それ」

「友達の嫌な思い出を、燃やしてただけ」

「友達って同じ学校の子?」

「ううん、違う。今日はじめて会った子。いずれ真智子ちゃんにも会わせたいと思ってるから、一応話しておくけど。その子、明日から不登校になるの」

「不登校?なんで?」

私は冷蔵庫からお茶を取り出し、飲んだ

「イジメ、ってわかる?」

「わかるけど…」

「それ。今日燃やした物も、それに関わる物なの」

「へぇ…で、あんたはその子と何処で出会ったわけ?」

「本当に偶然。自殺を止めたっていうか…説明するの面倒だから、もうこのくらいで勘弁してくれる?」

「いつか会わせてくれるんでしょ。その子に」

「うん」

「じゃあいいや」

そういい残し、姉は自分の部屋に戻った

私は、今日あった出来事を、思い返していた

まず長谷川

あいつは、つくづく馬鹿だと思う

自分の思い通りにならなければ、死ぬ

そんな馬鹿でまぬけであほな考えを持ってる

そんな人間、碌な大人にならない

だけど、私だって

人のことは言えないのかもしれない

「…ちょっと優子!」

真智子ちゃんが階段を早足で下りてきた

「何?どうしたの?」

「家の前に変な奴が居んの!」

「変な奴?」

「あんたの中学の制服着てる。男子!どうにかしてよ!気味悪い」

「なんであたしが…」

真智子ちゃんに背中を押され、私は玄関の外へ出た

「長谷川…」

「…よぉ」

「よぉ、じゃないわよ。何してんの?」

「今日のこと、謝ろうと思って」

私、長谷川のこと、苦手かもしれない

「ほんと、感謝してる。お前に止められなかったら俺、死んでたかもしれねぇ。命の恩人だ。ありがとう。それと…俺、本気でお前のこと好きだから。何かあったら俺に言えよ」

「そんなこと、もういいから。家にはもう来ないで。真智子ちゃんが怖がってるから」

「…ごめん」

私は玄関のドアを開けた

「あ。死ぬなよ」

「わかってるよ」

「じゃーね」

ドアをばたんとしめた

リビングでは真智子ちゃんが不安そうにこちらをみていた

「もう大丈夫だよ。帰ったから」

「あれ、あんたの彼氏?」

「まさか。違うわよ。あんなの絶対却下」

こんなこと、長谷川が聞いたら、また死ぬとか騒ぎ出すかもしれないな


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