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人間になりきれなかった猫(小説)
人間の歳でいうと、今年で16歳。
私はまだ、動物のままで…この地をさまよっている。
きっと、このまま人生を終えるんだろう。私も、諦めじゃないけど、そう思って生きている。
私の夢は、小さい頃から変わっていない。
人 間 に な り た い
人間になるのが私の夢で、幸せに暮らせたらと毎日夢を語っていた。
仲間たちは皆私を見て微笑むの。そして「幸せな子ね」
何が幸せなのか、私には全く理解できなかった。猫であることを嫌がっているんでもなくて、街角の汚いダンボールの下がお家だってことも私にとっては楽しければ、私なりに幸せだった。家族がいて、仲間がいて…お家がどれだけ汚くても、ご飯がたまに食べられなくても、私は、猫なりに幸せだと思ってた。
ある日、人間が私を見てこう言ったの 「汚い」
どれだけ汚くても、お風呂に入れなくても、私は毎日が楽しければいいと思っていた。だから、人間が私を見て汚いと言った事に傷つきもしなかったし、ただ私は人間を見上げてるだけだった。
まだ未熟な私には、人間の感情がわからなかった。
私は人間になって、その気持ちを理解したいと思った。人間はいろんな感情をもって、いろんなものを作って、勉強をして、いろいろ学ぶんだと、聞いた事があった。私も、人間になったら絶対にいろんな事を想うんだって、それを考えるのが楽しかった。
そんな、ある日の出来事だった。
私達はいつものようにポカポカ気持ちいい太陽の下で昼寝をしていた。
平和だな、そんな事を考えていたときだった。
「君、人間が好きかい?」
突然話しかけられた事に気付き、仲間たちはお家に帰って行ってしまった。私を残して。
人間が好きか、という質問に対して私は、「人間になりたい」と言いたかった。でも、「みゃー」としか声にはならなかった。
「おじさんが、怖くないのかい?」
私に話しかけてくれる人間がいるんだ。そう思うと、無性に嬉しくなって、私はおじさんに歩み寄った。
「わかった。おじさんのお家においで、美味しいご飯をあげるよ」
わかった、と言うひとことに、私の夢を理解してくれたのかと思った。私はおじさんを見上げて、「美味しいご飯なら、皆と一緒に食べたい。だから私を人間にして」と頼んだ。でもおじさんは微笑んでるだけで、全然話してくれなかった。
おじさんは不意に私を抱き上げ、そのまま歩き始めた。
着いた先は、きっとおじさんのお家だったんだろう。明るくて、私のお家とは大違いだった。
「君に、名前をつけないとな。その前に、少しいいかい」
おじさんは私を机の上に置くと、タオルと水の入ったビンを持ってきて、私の横に静かに置いた。
「ねぇ、なあに?」という言葉も、やっぱり「にゃあ」という声にしかならなかった。
おじさんは私に語り始めた。
「このお水はね、おじさんが研究した魔法の水なんだ。君だけに教えてあげるよ、おじさんはいろんな薬を研究してる、いわゆる科学者という奴だ。今回、新しい薬が完成したんだ。実験台に君を使うんじゃないんだよ、実験はもうちゃーんと済ませてある。後は君の意思次第なんだ。君は、人間になりたいかい?」
私の目の前にいる人間から発された言葉に、私は耳を疑った。
私は慌てて、何とか意志を伝えようとした。「人間になりたい」って。おじさんが話してくれた事は、難しくてよくわからなかったけど…この人なら私を人間にしてくれるかもしれない、と直感した。
「君が人間になりたくないのなら、おじさんは無理にとは言わないよ。でも、君の意思を聞く事はとても難しい、おじさんには出来ないよ。だから、もし君が人間になりたいと思っているんなら、鳴いてくれないか。言葉が、わかるかな」
「なりたい!なりたいよ、私!」私の言葉はみゃーという声にしかならない。それでも、おじさんは分かってくれたみたいだった。
「そうか、なりたいか人間に。君は賢い猫だね」
おじさんは私に水を差し出した。「飲みなさい、飲んだら君は人間になるんだ」
私は、おじさんの「人間になるんだ」という言葉だけを性格に聞き取った。
私は水を、ぺロリと飲んだ。
「完全な人間になるには3日かかる、それまで何をするかは君の自由だ。でも君が猫であった事を誰にも知られてはいけない」
何?この不思議な感覚。
私、やっと人間になれるの?本当に、夢じゃないんだよね。
私…夢が、叶ったんだ
「今はまだ半猫人だ。でも3日もあれば十分、立派な人間になれる。おっと、名前を決めなくてはね。」
「にゃ…ま、」
「…少しなら話せる筈だよ」
「あ…あ、た…し」
「どうした?」
「……本当に、…」
「鏡を見るかい?おいで」
まだ歩く事を覚えていない私は、いつものように歩いて、ただ黙って着いて行った。
「ほら」
おじさんは私を鏡の前に連れて行き、私に鏡を見せた。
私は、見て驚いた。まだ猫なんだけれど、しっかり人間だった。
「まだ半分だけど、ちゃんと人間の形をしてるだろ」
私はちゃんと人間だった。
顔も、体も、ちゃんと、人間の姿だった。でも、所々猫の姿が残っていた。頭についた耳とか、しっぽとか、口を開ければ鋭い歯も、目もまだ猫だった。
「気に入ったかい?」
「…うん」
私は道行く人間が話していた言葉を、それとなく真似をして話した。
「言葉がわかるか?」
「わ、かるない…」
「わかるないじゃなくて、わからない、だよ。」
頭の中ではわかっていても、いざ言葉にすると、ごちゃごちゃになってしまう。当たり前なんだと思った。いつも言葉にしようとすると「にゃあ」って声になるだけで、頭ではわかってるから話してるつもりだったし。
人間って難しいな。
「まずは名前から」
名前…たまに餌を持ってきてくれていたおばさんは私をシロちゃんと呼んでた。白いから、シロちゃんだったんだっけ。
「し、ろ」
「しろ…?君はしろというのかい?」
「……餌の…おばさん、しろ…って」
「君は白い猫だったね。でも人間の名前でシロというのはあまり聞かないな…でもシロに慣れてしまっているんなら仕方ないね。君はシロだ」
「シ…ロ…」
私の名前が正式に決定した。
ホントに、人間になれたんだ。叶うはずのなかった夢が、叶ったんだ。
「勉強をしなくてはね。シロはこれからもずっと人間として生きていくんだ。学校に通うのは、嫌かい?」
「がっこ?」
「あぁ、学校っていうのは…人間が勉強を学ぶ為に通っている施設の事だよ。人間がたくさんいるんだ。そこで、国語や数学などといった難しい勉強をする。」
「おじさん、も…通うの?」
「おじさんはもう卒業してるよ」
人間がたくさんいる場所…。学校……行きたい
「通う」
「学校、行きたいかい」
「はい」
私は人間たちが通う、学校、という所に行きたくて、行きたくて、仕方ない。人間たちが通ってるとこは、行かなくちゃ。私も、人間になれたんだもん。
「じゃあ少し言葉を勉強しなくてはね。シロの歳だと高校になるからね」
「こうこうって、学校?」
「そうだよ。足し算引き算、掛け算割り算も勉強しなくてはね」
「たし、……」
「高校で学ぶ事は難しいんだよ」
難しい…さっきまで猫だった私に、半猫人の私に、そんな難しい事が理解できるのか、心配。
「あ…あそこの高校なら」
「えっ?」
「知り合いがいる高校があってね。事情を説明すれば、言葉から教えてくれるかも知れないよ」
「……事情…私が猫だったこと?」
「それは絶対に秘密だ。シロが猫だった事は言ってはいけないよ」
「秘密…よくお母さんに秘密で弟と遠くまで遊びに行ってた」
「そうかい。でもそれは、誰にも言っちゃいけないよ」
「はい」
私が人間の言葉に慣れた頃、おじさんは私を高校に連れて行きました。
高校は大きくて、人間がたくさんで、私は何故か不安になった。
明日から高校に通うらしい。
「シロ、明日からお世話になる先生だよ」
「こんにちは、えと…シロさん?」
「シロです」
「明日からこちらの先生にお世話になるんだよ、シロ」
「よろしくお願いします」
私は目の前の、先生に頭を下げた。
先生は女の人で、とても優しそうだった。
「よろしくね。シロさんは先生と2人で特別な授業をするんだよ。まずは言葉の基本から勉強しましょうね」
「言葉はわかります、話せるようになったのよ私。あ、違う…話せるようになりました、私…」
私は敬語という丁寧な言葉を教えてもらっていた。その敬語をいつも使うそうだ。
「じゃあ、行こうかシロ」
「さようなら」
「ええ、また明日ね」
私は先生とお別れをして、おじさんとお家に帰る。
「シロももう立派な人間になるんだね。頭の耳もしっぽもない…完璧じゃないか」
「嬉しい」
「敬語にすると?」
「…嬉しいです」
「良く出来ました」
私が学校に通い始めて2日目、私はおじさんと先生以外の人間とお話をした。
「シロちゃん」
「はい」
「シロちゃんって言うんでしょ?私、麗奈」
「麗奈さん、こんにちは」
「シロちゃんって礼儀正しいのね。私の事は麗奈でいいよ、シロ」
「わかりました、麗奈」
「シロはどうして特別授業なの?言葉も話せてるし、病気とは思えないよ」
「違うんです、私…高校までの勉強が出来てないんです」
「そうなんだ。あ、それと敬語はやめて?友達なんだから」
「友達?」
初めて言われた。私が友達?麗奈が、私の、友達…。
「友達よ。だから敬語じゃなくていいの」
「わかった」
人間は不思議…話す相手によって言葉もかわるなんて。
「ねぇ、どうして高校までの勉強が抜けてるの?聞いてもいいなら、教えて欲しいな」
「ねこ…っ」
「猫?猫がどうかしたの?」
「猫は…好き?」
私は ごまかす という事を覚えたばかりでした。
「うん…好きだけど。どうしたの、いきなり」
「ううん…ご免ね、突然」
「シロは、猫が好きなの?」
「好き…」というか、猫だったから好きも嫌いもないの。
「飼ってるの?」
「飼ってないよ」
「ふぅん……あのね、ここだけの話なんだけど、私…猫になりたかったの」
「えっ?!それなら、私と麗奈が反対に生まれてきてれば、私達は幸せだったんだ!でも麗奈は夢が叶わないの?」
「え…夢?どういう事?反対って…何?」
「あ…ううん、何でもないの。ごめん、ボーってしてた」
危ない。ごまかし、が出来なかった。
「…猫のこと?夢、って」
私はおそるおそる、「……そうじゃないの?」と聞きました。
「ハハハッ、ほんと変わってるね、シロは。猫になるのが夢な訳じゃないよ。私の夢は、猫になる事じゃないの。シロの夢は、何なの?」
「私の夢はね、もう叶ったの!」
「叶った?もう?どんな夢だったの?」
「…今、私がこうしている事」
麗奈は不思議そうに私を見つめると、平和だねとつぶやきました。
私はお母さんにいつも、人間の世界は平和じゃないのよ、と聞かされていたので、麗奈からきいた、平和という言葉の意味がよくわからなかった。人間は平和なの?
「……麗奈は、平和なの?」
「私?…平和かな」
「人間は、平和?」
「人間は…どうかな。戦争とかあるじゃない?テロとか誘拐とか、強盗、どろぼうとか!だから…平和じゃないね、今は、平和とは言えないね」
「そっか、平和じゃないんだ。私は平和だったよ、すっごく幸せな気分だったよ、今も……今は、…幸せ…なのかな?」
「シロは、幸せじゃないの?シロにとっての幸せって、何?」
「私の幸せ…」
このとき、人間になって初めて、人間になったのが幸せなのか、考えた。
私は今、人間で…幸せなの?
「ねえ麗奈、私…幸せ?」
「私には分からないよ、シロの幸せはあくまでも、シロのものなんだもん」
「あっ、麗奈は?麗奈の幸せは、どんな?」
麗奈は微笑んで、上を向きました。
「空が、綺麗な事」
そして、私の方を向き、微笑みました。麗奈は、空が綺麗だと幸せ…私は、お日様がにこにこしてると幸せ……?
「シロもきっと、幸せなんだよ。シロが笑顔だと、シロは幸せなの」
「じゃあ私、幸せなんだよね。笑顔だから、幸せだよねっ」
私、人間になった事、間違ってなかったんだよね。
夢が、叶ったんだもんね。よかったんだよね、本当に。
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