パズル (小説)



だから僕には 何も

残るものなどなかった













5年前の悲劇

僕は

偽善者だった







「いやーーあ!」

「梨穂!大丈夫だから!俺が居るから!」

「死なないで!私を置いていかないでよーお!」

薄暗いその部屋には

梨穂の泣き声だけが響いた

まだ15歳だった梨穂には

抱えきれないほどの悲しみだった

俺は

そんな悲しみを梨穂一人に抱え込ませてしまった

「…大丈夫だから」

「隆志…置いていかないで……嫌だよ…」

隆志は梨穂の最愛の人だった

俺にとって隆志は

最大の壁だった

「…春斗……私,これから…どうすればいいの…」

隆志は

俺の仕事を知ってしまった

「俺が居る」

梨穂の最愛の人は

最も知ってはいけないことを

知ってしまったのだ

「どうして……どうして隆志が殺されなきゃいけないのよ!」

俺の仕事は

殺し屋だった

暴力団に関わっていた親父が

俺がまだ小さい頃に莫大な借金をした

親父は暴力団に

息子を利用させてもらえるなら

借金を全てチャラにしてやる

という契約を持ちかけられ

親父はすんなりとその話にのった

「仕方なかったんだ」

親父の口癖だった

隆志は俺が殺人に関わっていることを

たまたま知ってしまった

隆志は俺を学校の屋上に呼び出し

もうやめるよう,迫った

俺は聞く耳を持たなかった

隆志は警察に行くと言い出して聞かなかった

だから俺は

殺したくなんてなかったが

梨穂の最愛の恋人

隆志を

殺した

隆志を殺したことに,罪悪感はなかったが

梨穂を悲しませたことだけが

悔しかった

梨穂とは幼なじみで

母親同士も仲がよかった

もちろん梨穂は

親父のことや借金のこと

俺の仕事のことは知らなかった

「…隆志の,殺された場所に行く」

「梨穂?」

「…隆志を殺した奴……まだ捕まってないの」

「ああ…」

「私は…探さなきゃいけない」

「まさか…犯人を?」

「そう」

「無理だよ,いくらなんでも。そんなことは,警察に任せよう。絶対捕まるから…」

「警察なんかに任せてられない。私は…この手で,犯人を殺す」

「梨穂!お前は…殺人なんて犯しちゃ駄目だ」

そうだ

俺みたいに,汚くなってはいけない

梨穂は

綺麗なまま

明るい人生を歩まなければならないんだ

俺の分まで

隆志の分まで

「…隆志……」

梨穂は朝まで泣いていた

俺は葬儀には参加しなかった

俺なんかが行ってはいけない場所だから

プルルルル…プルル……

 ━「仕事だぞ」

「…はい」

 ━「宮崎智美。知ってるだろ?この前の依頼者だよ。夫殺しの女」

「依頼者は?」

 ━「どうでもいいだろ。早くやれよ」

俺に悲しみや後悔なんてなかった

ただ

俺にこんな道を歩ませている

親父を恨んでいた

プルルルル…プルルルル…プ

「…もしもし」

 ━「あ…春斗?」

「梨穂?」

 ━「今から…会えない?」

「…今から?」

 ━「うん…」

「いいけど…」

 ━「じゃあ2年3組の教室で待ってるから」

「学校?」

 ━「じゃ…」

「ちょ,梨穂……」

俺は

出来れば梨穂に会いたくなかった

梨穂の大切な人を殺して

梨穂を悲しませて

俺は自分で悲しませた梨穂を

自分で慰めるなんて

出来ない

「春斗…こっち」

2年3組の教室に行くと

梨穂が机に座って待っていた

「隆志…もう灰になっちゃってるかな」

「ああ…」

「火葬場には行けなかった。灰になる隆志を見たくなかったの。隆志はずっと私の中で生きてるから…灰になった隆志は隆志じゃないの」

「ああ」

「私にとって隆志は生きる希望だったの」

俺は黙って下を向いた

教室の床には小さなほこりが舞っていた

俺もこのチリの中のひとつだ

「ねえ春斗…生きる希望を奪った奴は,どんな罰を受けるの?」

「捕まれば,死刑…もしくは懲役…」

「春斗はどんな罰を受けなければいけないと思う?」

「死刑…かな」

なあ梨穂

お前の生きる希望を奪い

お前を不幸のどん底に陥れたのは

この俺なんだ

「死刑なんかじゃ足りない…ゆっくりと時間を掛けて…味あわせてやらなきゃ分からないのよ。私の幸せの全てを奪って,隆志の未来を奪った,罪の重さ…分からせてやんなきゃ,また人を殺すよ。また同じ罪を背負うのよ。なんて惨めな人間…」

梨穂には

恨みしか残らない

その人間

つまり俺への

怒りと憎しみだけが

残るのみだ

「私,犯人を捜す」

「無茶だよ」

「わかってるわよ!そんなこと…でも,実際に犯人はまだ捕まってない。まだ,警察だって何も分からない状態なのよ?このまま,犯人を野放しにしてなんておけない…私,隆志を殺したクズに,言ってやりたい。お前は生きる価値なんてない,って」

俺は言葉を失った

生きる価値などない

そんなこと承知の上

だが

俺が愛する

梨穂に言われると

もう生きている意味なんて

なくなってしまう

「隆志…隆志…戻ってきてよお…」

なあ梨穂

俺が居るからだなんて

言えた身分じゃないけど

俺も

隆志以上にお前を愛す自身はある

でも

そんな権利

俺は持ち合わせていない

「呼び出してごめんね…もう,大丈夫だから。春斗は帰っていいよ」

「でも…」

「いいから,今は一人にして。隆志と,話したいの」

「……分かった」

俺はその足で

人を殺しに向かった

お前には心がない

そういわれてもおかしくないだろう



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