影 (小説)




あなたと居たら

こんなにも暖かかったんだ


気付くのが遅くて

ごめんね















「今日どうすんの?」

鏡越しに遥が私に目線を移した

「あたし,仕事だから」

「そう言えば芽衣,何の仕事してんだっけ?」

「芸能スカウト」

「スカウトぉ?それって給料いいんじゃないの!?」

興味を持ったのか

髪をコテで巻いていた手を止め

私に近づいて来た

「まあね。ほぼ犯罪だから。」

「まさか偽の事務所に無理やり契約させて,契約金だけ巻き上げるってゆー,あれ?」

「みんな馬鹿ばっかり。だまされやすいから,楽に稼げるし」

「うわー!悪魔じゃん!」

「なんとでも言え」

あくまでも真面目で優しそうに見えるメイクをする

普段なら絶対に着ないスーツを着て

しっかりと身だしなみを整えた

「うわ!真面目そお!」

「まあね」

「あ,此処では晩御飯は自分で買ってくるか食べてくるかしてね!」

「わかってるよ,3日も過ごしてるんだから」

私は部屋のドアをしめた

古いアパートだけに

足音がコツコツと廊下に響く

私は3日前からこのアパートで

友達の遥と

遥がネットで募集して出来た友達と

3人で暮らしている

3人共に共通する点は3つ

一つはお金がないこと

二つ目は親にも見捨てられ,身寄りがないこと

そして

みんな寂しい人間だということ

私は両親の反対を無理に押し切り

東京に上京して

女優を目指していた

でも

女優の道なんて私の前には一度も現れなかった

何度も何度もオーディションに足を運んでは

落ちた

そんな時に

一人の女の人に声を掛けられた

 ━芸能界に興味はありませんか

優しい笑顔で私にそういった彼女は

本当は悪魔だったのだ

女優になれるから,と

私は100万の契約金と

歌やダンス,演技のレッスン料の150万

あわせて250万を支払った

次の日,事務所に詳しいことを聞こうと思い電話をしてみたら

もうその電話は使われていなかった

慌てて確認しに事務所へ行ったが

その事務所も跡形もなく消えていた

「真理子!」

「あ,友里。おはよう」

「おはよ。今日も頑張らなきゃねー」

「お互い頑張ろー」

「じゃ,またね」

真理子とは

この職場での私の名前だ

芽衣という名前は隠している

万が一警察に見つかった時のことを考えてのことだ

まあ名前を変えたぐらいじゃ

時間を稼ぐぐらいのことしか出来ないが

「あの…芸能界に興味はありませんか?」

さっと名紙を差し出す

ターゲットはあの頃の私のような子ばかり

「え……あ…興味あります!」

ニコっと微笑んだら

相手の子は希望でいっぱいにした笑顔を見せた

「喫茶店で,詳しいお話をしましょうか」

「はい!」

私は言葉巧みに相手を信じ込ませ

契約書の紙を差し出した

「此処にハンコを押して頂ければ,契約は完了となります」

「え…あ…あの,私みたいな子でも,アイドルになれますか?オーディションとか…」

「私達も一応プロですので,素質のある子しかお声を掛けませんよ」

「社長に会ったりしなくてもいいんですか?」

「社長より私共の方が,素質のある子を選ぶのが得意なんですよ。だからオーディションはもう澄んでいるのも同然なんです」

「そうなんですか…じゃあハンコ,押します!」

こういう子たちは

ハンコを常に持ち歩いている

いつ芸能事務所が声をかけて来てもいいように

淡い期待を抱いて

「それでは,3日以内に契約料とレッスン代,あわせて250万を,此処に振り込んでいただければ契約完了です」

「わかりました!今日にでも振り込みます!」

1人目クリア

毎日やっていることだし

疲れなど感じない

もちろん罪悪感もない

騙されるほうが悪いんだ

あの頃の私が悪かったんだ

二人目,三人目と

ターゲットを定め

次々に騙していく

今日は調子がいい

いつもなら成功するのは1日6人ぐらい

だけど

今日はもう10人目

「芸能界に興味はありませんか?」

「え…なんですか?」

「私は,こういう者です」

名紙をさっと差し出し

簡単に説明をする

「芸能プロダクション?」

「ええ。数々の大物アーティストや人気タレントを生み出しているんですよ」

「すごい…でも,何で私?」

「素質があるからです」

「私,芸能人になれるんですか?!」

「ええ」

もらった

私は確信した

この子からハンコを貰えば

今日はもうこのぐらいにして終わろうかと

思っていた

「ちょっと待て」

背後から声がした

「これは詐欺だ」

「え?」

私の獲物は

目を大きく開け

男の顔を覗き込むようにして見ていた

「何を仰るんですか。私は詐欺師なんかではございません。」

私は名紙を男に手渡した

「姫乃明日香は芸能プロダクションを変わったんだ。騙すならそれぐらい調べとけよな」

「ええ,その通りです。でも,うちの明日香はまだ,うちの事務所に所属していることになってるんですよ」

「電話番号はともかく,こんな住所に事務所なんてない」

「実際にあるからこうして名紙にも記入しているんです。変な言いがかりはやめてください」

「あの…本当のところ,どうなんですか?」

「私達は大手芸能プロダクションなの。詐欺でも騙しでもなんでもないわ。信用できないのなら,一緒に社長に挨拶に行きましょうか?」

「詐欺じゃないなら,私,芸能人になりたいの」

「あのな,こいつは詐欺師なんだよ。偽のプロダクションに契約させて,その契約金とレッスン代を巻き上げ,姿を消す。そういう悪魔みたいな奴らなんだよ」

「…嘘……」

「これは詐欺なんだよ」

「じゃあ,私に素質があるっていうのは?」

「嘘なんだよ,全部。さあ,早く行け。今度からは気をつけろよ」

「ちょっ…私は」

「うるさい。あの子は見逃してやれ」

去りゆく獲物の後姿は

どこか

昔の私に似ていた

「何なんですか,貴方は」

「警察の卵」

「曖昧な知識で,全てのスカウトの人間を疑わないで下さい。あの子はダイヤモンドの原石だったんですよ」

「もう嘘はいいだろ。俺もお前を此処で捕まえて警察に連れて行こうなんて思ってねーよ」

「詐欺師が居たら,そこで逮捕するのが警察でしょ。あんた馬鹿?」

「やっと本性現したな。腐った人間だ,お前は」

「何とでも言えば?」

「やめろ。こんな汚い仕事。そんな可愛い顔して」

「褒めてんの?どうもありがと。捕まえる気ないんなら,あたし次の仕事あるから行くよ」

「次こんなことしたら即逮捕だからな!」

馬鹿な奴

どうして逮捕しないの?

どうして連れてかないの?

馬鹿じゃん

まだまだ私はやる

誰に何を言われようが

私にはもう

こういう生き方しか出来ない

「芸能プロダクション?」

聞き覚えのある声だ

「私は結構です。どうせ詐欺なんでしょ?」

「ああ,安心して下さい。今は芸能プロダクションを利用した詐欺が増えてるから,心配でしょが,うちの事務所は大丈夫ですよ。なんなら,詳しいパンフレットをご覧になりますか?うちの社長にも挨拶に行きましょう」

「…本当ですか?」

さっきの子だった

「ええ,喫茶店で詳しいお話しましょう」

「これは詐欺だよ」

勝手に足が動いて

勝手に言葉が出た

「何を仰るんですか,あなた」

「私も同業者だけど,この子は見逃してやって」

詐欺師は

ポカンと私の顔を見ていた

「行くよ」

私はその子の手を引いて

その場を後にした

「馬鹿だね,あんたも。何度も同じ手に引っかかんなよ」

「…やめて!離して!」

私の手を振り解いた

「夢なの!私,女優になりたいの!」

「この街は嘘ばっかだよ。すぐに信用しちゃ,痛い目みるよ」

「…どうして助けたの?」

「私もあんたと同じだったから。此処でスカウトされて,信じて金払って,逃げられた」

驚いたようだった

大きく目をあけて

私をみていた

「なのに…どうして同じことするの?!騙されて悔しくなかった?悲しくなかったの?あんた馬鹿だよ!夢壊されて,壊した奴らに,どうして協力すんの?!」

「金目当て。楽に金が手にはいる仕事って,私が最初に思いついたのがこれだった」

「でも私を助けたってことは,まだこの業界を恨んでるってことだよね?今からでも遅くない。やめなよ,こんなこと」



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