HQ鍛えて幸福家族♪♪

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トルストイも感嘆した仏教説話



います。ふと見ると、足もとに白いものがいっぱい落ちている。よく見れば、それ

は人間の骨です。なぜ、こんなところに人の骨が・・・・と気味悪く、不思議にも

思いながら先へ進んでいくと、向こうから一頭の大きな虎が吠えながら迫ってきま

す。

 旅人はびっくり仰天し、なるほど、この骨はあの虎に食われた哀れな連中の成れ

の果てかと思いながら、急いできびすを返して、いま来た道を一目散に逃げていき

ます。しかし、どう道を迷ったものか断崖絶壁に突き当たってしまう。崖下は怒涛

逆巻く海。後ろからは虎。進退窮まって、旅人は崖っぷちに1本だけ生えていた松

の木によじ登ります。しかし虎もまた恐ろしく大きな爪を立てて松の木を登りはじ

めている。

 今度こそ終わりかと観念しかけましたが、目の前の枝から1本の藤づるが下がっ

ているのを見つけ、旅人は藤づるをつたって下へ降りていきました。しかし、つる

は途中で途切れており、旅人は宙ぶらりんの状態になってしまいます。

 上方では虎が舌なめづりしながらにらんでいる。しかも下をよく見ると、荒れ狂

う海には赤、黒、青の三匹の竜が、今にも落ちてきそうな人間を食べてやろうと待

ちかまえています。

 さらには上のほうからガリガリと音がするので、目を上げると、藤づるの根もと

を白と黒のネズミが交互にかじっている。

 そのままでは、つるはネズミの歯にかみ切られて、旅人は口を開けて竜目がけて

まっさかさまに落下するほかありません。まさに八方ふさがりの中で、旅人は何と

かネズミを追い払うべく、つるを揺すってみました。すると、何か生ぬるいものが

頬に落ちてくる。なめてみると甘いハチ蜜です。つるの根もとのほうにハチの巣が

あり、揺さぶるたびに蜜がしたたり落ちてくるのです。

 旅人はその甘露のような蜜の味のとりこになってしまいました。それで、いま自

分が置かれている絶体絶命の状況も忘れてーーー虎と竜のはさみ打ちにあい、たっ

た1本の命綱であるつるをネズミにかじられているにもかかわらずーーー何度も何

度もその命綱を自ら揺すっては、うっとりと甘い蜜を味わうことをくり返したので

す。


 これが欲にとらわれた人間の実相であるとお釈迦様は説いておられます。それほ

どせっぱ詰まった危機的な状況に追い込まれてもなお、甘い汁を舐めずにはいられ

ない。それが私たち人間のどうしようもない性であると述べておられるのです。


 ロシアの文豪トルストイがこの話を知って、「これほど人間(の欲深さ)を、う

まく表現した話はない」と驚き、感心したといわれていますが、たしかに人間の生

き様、あるいは人間のもつ欲望の根深さを表現したたとえ話としては、これ以上の

ものはないように思われます。


「生き方」  稲盛和夫 著 (サンマーク出版)  より引用



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