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ゆのさんのボーイズ・ラブの館
11・・・風待月
中間テスト一週間前の部活休止は
勉強に専念しろと設けられた期間
なのに・・・
「でさ、これからカラオケ行かねぇ?」
「賛成~!!」
女子のかん高い声で大騒ぎだ
その輪の中に居るのが心なしか恥ずかしい
名目は本屋で調べ物をするという亮輔に誘われ、いざ学校から最寄り駅の
ショッピングセンター街に足を踏み入れれば
見慣れた制服に馴染みの顔、顔、顔だらけ
おまえら何やってるんだよ~
って自分もだった・・・
このショッピングセンター街には
映画館、ゲームセンター、食堂街、スポーツクラブ、ペットショップ
美容室、ほか多種テナントが入ってい複合施設
時間をつぶすにはもってこいの憩いの場所
一日中、時間を忘れて過ごせる
部活で明け暮れる日々は滅多なことでは足を踏み入れないが
部活休止の一日目
試験の実感もまだなく、いつもなら部活でストレスを発散するところ
時間をもてあました連中が同じようにうろついていた
拓真と亮輔は自転車で学校からまっすぐこの駅へ向い、突き抜けてから
今しばらく直線の道を走り、さらにそれを左に折れ二駅先へ帰路をとる
いつもなら腹すかしの体をいち早く家へと自転車を飛ばして帰るところ
今日はまだ腹が減るまでにかなりの余裕時間がある
クラスの女子と出くわせば、亮輔は能天気にカラオケに繰り出そうと
同志を募っている
それに盛り上がる女子軍団のパワー
行動的でそこそこイケメンの亮輔はこんな調子で女子から人気がある
「なぁ・・・亮輔、調べ物があって寄ったんだろう?」
「あぁ~それならいいの、いいの、明日でもさ」
「どうでもいいけど、忘れたのかよ?キャプテンが言ったこと」
「へっ?なんだっけ」
『赤点一教科でもとったら強制休部だぞ』
高校へ入学してはじめてのテスト
まだどんなものなのか漠然として様子がつかめない
ただ中学と大きく違うのは落第点があるということ
そうしている間にも女子連中は
亮輔をせかせながらすでに出陣とカラオケへ足を向けている
「拓真はどうすんよ?」
試験に対する不安のかけらもない亮輔に反し
拓真はキャプテンの冗談ともいえない脅し文句が胸につっかかっている
「俺は帰るよ!」
当たり前だろっ
と言ったものの亮輔は今更予定を変える気など無いのもわかっている
まったく人をつきあわせておいて・・・
「悪りぃな拓真、俺行くからさ じゃ」
案の定、そっけないものだ
皆に遅れをとった亮輔は足早に拓真を置き去りにしていった
きっと目的の場所にたどり着くまでには
見慣れた顔が数名増えていることだろう
このショッピングセンター内にうちの学校の生徒がどれだけ潜入していることか
辺りを見回せば同じ制服の人間がウロウロしている
亮輔のことは今に始まったことじゃないけど・・・
拓真は苦笑いをする
一人になり、どうせなら店の中でも探索してから帰ろうと
亮輔の後姿を見送りながら向きを変える
「そうだ・・・温湿布」
このところ連日、過度の投球が続いていたせいか
肩が重い
冷やさないように温湿布でもついでに買って帰ろうと薬店をさがし歩き始め
だだっ広い店舗内を勘を頼りに歩く
洒落た服屋、ファーストフード店が並ぶ先に
薬店を見つけた時だった
拓真の視野に入った見慣れた同じ制服
あ、またうちの生徒か・・・・
拓真は一度そらした視線を即座に戻す
「・・・!?」
相手も同様、拓真に視線を合わせ立ち止まった
まさか、こんなところで・・・
拓真は胸をトクンと大きく高鳴らせた
もしかしたら、この世に神様は存在するのかもしれない・・・
そして、それがささやかな贈り物だったのかも
拓真は呆然と立ち尽くしてしまった
おそらく口を開いたまま数秒間、我を忘れていた
目の前の少年は拓真の憧れの人
諸藤日樹だった
(わっ・・・どしよう~まさかこんなところで逢うと思わなかった
何か喋らなくちゃ・・・えっ?・・・、ってたって
何を喋れば良いんだよ・・・そ、そうだ!まず挨拶だよ)
もう頭の中はパニック状態
学校では日樹の後をこっそり追いかけたり、遠くから見つめているだけ
それが、いきなり何の前触れもなく目の前に現れたりしたものだから
嬉しいやら、驚くやらで
言葉もスムーズに出てきやしない
「・・あっ・・・お・こんに・・・ち・・・」
(あ~俺、何やってんだよ~)
照れくさく赤面し、声は裏返り
そんな無様な姿をさらしている場合ではないのに
焦れば焦るほどドツボにはまって行く
そんな拓真を気遣ってか、日樹が思いがけない言葉をかけてきた
「北都・・・くん、だったかな・・・?」
「え・・・」
諸藤さんが俺の名前を・・・覚えていてくれた!?
しかも小首を傾げ、クスっと笑む姿があまりにも愛らしくて・・・
愛らしくて・・・?
同性の男に対して使う言葉じゃないな、と思いながらも
それに匹敵する言葉がみつからない
サラサラに流れるようなこげ茶の髪は
カラーリングではなく自然の色
顔のパーツはどれも小さく綺麗に整ったものを持ち合わせ
ぴんと伸びた背すじで、何よりも均整のとれた体型は制服の上からでもうかがえる
「はっ、はい!!北都です」
と、さらに舞い上がってしまい、言葉が続かない
沈黙の数秒間がとても長く感じられる
人々が行きかう雑踏の中、二人はすっかり道行く人の障害物になっていた
(わっ・・何か言葉を返さなくちゃ・・・
ふと日樹の手元の買い物袋を見やる)
「・・お買い物・・ですか・・?」
なぜだか丁寧語になっていた
「・・あ・・うん・・」
拓真の視線がそれに向けられているとわかると
日樹は気まずそうに隠す仕草をした
いきなりプライベートに首を突っ込む話題で“しまった”、と拓真は慌てて話題を替える
辺りをキョロキョロと見回し
「・・ばん・・・いえ・・お一人ですか?・・・」
うっかり口から番犬などという言葉が出そうになってしまった
まさか日樹のそばにいる高原が、皆から番犬とあだ名されいることを知るはずはないだろう
拓真のお見当違いの質問がどうやらお気に召したらしい
クスクスと笑いをこらえている日樹がいた
「北都くんて・・・」
「はぁ・・」
拓真が聞き返したところで日樹は言葉を続けずに飲み込んでしまった
諸藤さんはきっと、『北都くんて面白いんだね』とか
『北都くんて変わってるね』とか
そんなレベルのことを言おうとして思いとどまったのだろうと想像すると
自分の姿がそんな風に見られてしまったということが
テンションを下げるばかりだった
だが・・・
以前、マネージャーから聞いた日樹に関する情報のひとつを
脳みその引き出しから引っ張り出してみた
「・・諸藤さんの家って近くなんですよね・・・」
拓真にとっては別段深い意味は無かった
ただ、憧れている人がどんなところに住んでいて
どんな生活をしているのか興味があるだけで、
ファンが憧れの芸能人のプロフィールを一つでも多く知りたいのと同じ程度
日樹はといえば、なぜ拓真がそんなことを知っているのかと
少し困惑した表情をしていたが
答えはごく身近にあった
マネージャーの言っていた『駅向こうのマンション』はいくつかある
その中でも一番、外装がシンプルで高級質感のマンションが
日樹の住まい
それは拓真の通学途中に在った
いつも亮輔と自転車で通り過ぎながらウワサをしていた
『このマンション高そう~』
『パイロットが住んでてお迎えの車がいつも来てるらしいぜ』
『芸能人とか住んでるかもよ』
『こんな田舎に?』
高校生の二人が見ても、そのマンションはお洒落で他のものとは比べものにならなかった
五階建てと低層で住居数も多くない棟
それがなおさら価値を高め、他にはない独特の雰囲気をかもし出す
それより・・・
こんなこと知ったら亮輔は驚くだろうな・・・
今日は一人身になるきかっけをつくった亮輔に少しだけ感謝する
でなければ、こうして諸藤さんにお近づきにはなれなかったのだから
ずっとずっと遠い存在だった・・・
自転車を押しながら、拓真は日樹の歩調に合わせて歩いていた
いつもなら亮輔と競いながら自転車を飛ばして走る道
なのに今日はまるで彼女とデートを楽しんでいるような気分だ
デート・・・手でも繋いで歩きたい
考えてみれば野球に明け暮れ、いつも自分の隣にいたのはバッテリーコンビの亮輔だった
勿論、気が知れた友人でもある亮輔に不満などない
今、チラと隣を見れば、日樹の横顔がうかがえる
緩やかな顎のラインは女性のようで
時折吹く風に、乱れる前髪をかき上げる細くて長い指が妙に色っぽい
制服の上からでも華奢なボディラインが透ける様に想像できる
(俺・・何を考えてるんだ・・・)
艶かしい日樹の姿を頭に描いてしまい
拓真はポッと頬を赤らめる
徒歩にして10分の距離が拓真にとっては夢のような時間だった
駅からまっすぐ南に百メートルほど進み
そこから路線と平行して横に延びる道に折れ、下り方面に歩く
両脇には桜並木が続き、青々と茂った葉がなんとも目に優しく癒してくれる
どこからか柑橘系の香りがするのは隣にいる日樹からだろうか
いつもより深く息を吸い込んでみる
いい香りだな・・・
学校の話題から、何か日樹が興味のありそうなことを探しては
次から次へと並べて喋った
あまり話し上手でない拓真には一大事である
日樹はどの話題にも微笑みながら耳を傾けていた
一生懸命に話しを続ける拓真の姿に好感を持てたからだ
マウンドで無心に投球に励む拓真
その姿を日樹は一度見ている
直向な姿はそれと一緒だった
そして、あまりにも魅力的な笑顔の日樹に拓真はうっかり口を滑らしてしまう
眼鏡の下の大きな瞳をレンズ越しではなく直に見たくて・・・
「前は・・・眼鏡をかけていなかったですよね」
拓真が言うのは合格発表の日
はじめて日樹の姿を見た時のことだ
その通り、日樹も走っていた頃は眼鏡でなくコンタクトを使用していた
もともとコンタクトと相性が悪かった日樹
走らなくなってしまった今はコンタクトである必要がなかった
走る充実感を味わっていた当時を思い出してか
日樹の横顔に一瞬曇りが見えた
この話題は禁句だった・・・
拓真が気づいた時にはもう遅かった
せっかく良いムードでここまで来たのに・・・
しかし難を逃れたのは、いつの間にか日樹の住むマンション前に着いてしまっていたから
とはいえ、10分の短い距離は恨めしい
エントランス前で日樹はつい先程の笑顔に戻り
「じゃ、ここで」
短い時間ではあるが、楽しかったと告げる
「・・あ・・・はい」
残念だった・・・
もっと話していたかった
こんな時間はまたとないかもしれない
惜しげに日樹を見つめる拓真はしばらくその場を離れられなかった
日樹も帰るに帰れず無言のままその場に立ちすくむ
まるで別れを惜しむ恋人たちに見える
そんな拓真の背後に車が停まった
ワインレッド色のセダン
日樹にとっては言わずと知れた車
後部座席のドアが開きスーツ姿の男が降り立つ
長身で端整な顔立ちだ
バタン!と力任せに閉じたドアの音は
怒りが込められているのだろうか
一寸の隙もない表情は振り向いた拓真を威嚇していた
仕事のスケジュール変更の連絡も受けていない
まだ陽も落ちる前のこんな早い時間に帰宅・・・?
日樹は
「・・・義兄さん・・・」
驚き呟いた
『いたって紳士的に接したつもりだが』
それが朋樹の言いようだった
拓真の返答次第では
朋樹の握りこぶしが一突き、拓真の鳩尾におみまいされるところだったのだ
鋭い眼光で見つめながら自分にジリジリと近づく朋樹に
危機感を覚え拓真は少し後ずさった
「・・・義兄さん・・どうして?・・」
いつもなら必ずスケジュール変更の連絡をしてくる義兄が
いきなりの帰宅だ
日樹の疑問は次の朋樹の言葉ですぐに解けた
「日樹、こちらは?」
自宅前で義弟と見ず知らずの男が仲むつまじく一緒に居るところに出くわせば
放っておくわけにはいかない
最近の日樹の行動にも把握できていない部分があり
保護者代わりとして無闇に見過ごせない
ぞれに災いの芽は小さいうちに摘み取るに限る
言いまわしで朋樹からの警告だとわかった
このごろの義兄は自分に対して神経をピリピリさせている
その原因を作っているのも自分に違いない
高原のことも薄々気づいているはずだ
だが誤解されたまま拓真を巻き込むわけにはいかない
朋樹は間違えなく思い違いをしている
「義兄・・」
日樹が言いかけたときに
「俺、北都っていいます」
拓真がすかさず、スポーツマンらしく好感の持てる挨拶をしたのだ
義兄を前にし動じなかった拓真に、日樹は少々驚いた
初対面にしては少しは見込みがあるか・・・
拓真の出方で朋樹もそれに応える
「諸藤です 以後お見知り置きください」
たかだか高校生相手だろうとも
朋樹は日ごろ関わっている重役達と差別することなく対等に自身を明かす
だが忘れてはならない
好感が持てるからといって全てを許すわけではない
だから・・・意味深げに
「どうぞ家にあがってゆっくりしていって下さい
とはいえ、男所帯で何のおもてなしもできませんので
お越しの際は前もってご連絡していただければ有難いのですが」
言葉だけを聞けば間違えなく紳士的と言えるだろう
だが、日樹には遠まわしな嫌味にしか聞こえない
無論、拓真にもそんな思惑や日樹の思いを知るよしもなく
また自分にとんでもない濡れ衣をかぶせられていることも・・・
日樹
お前を守るためだ・・・
忘れていまい
あの日のことを
記憶から消さなければならない
でも・・・
忘れてはならない
『諸藤は大学へ進むのか?』
『・・・たぶん・・・』
そう言って顔を俯かせる
『どうした?』
『いえ・・・』
会社は義兄さんが継ぐだろうから
でも今、自分が希望している進路は、きっと父が反対するだろうな・・・
伏目がちに目の前の男から視線を落とした
日樹は西蘭学園中等部の三年生
放課後の美術準備室で、美術担当教師の小梶と向き合っていた
校舎北のはずれの一室が美術室
その隣が準備室兼小梶のアトリエになっている
日樹は時々、こうして小梶を訪ねて
わずかな時間を楽しんでいた
二十代後半に差し掛かる彼は若々しく好感が持てる青年だった
五年前、突然独立をして実家をでてしまった義兄の朋樹
それまで母親が違えど15歳の年齢差の義兄弟は
誰が見ても仲むつまじく、喧嘩などしたことがないほどだった
時折、実家を訪れる朋樹であったが
同居と別居の違いは大きい
心のどこかにポッカリ隙間が開いてしまった日樹
優秀な義兄の背中を見て育った日樹は誰が教えるでもなく
義兄に習い、都内でも有名な名門私立に中学受験でパスした
そこで出逢った小梶が日樹の寂しさを埋めてくれた
きっと朋樹と雰囲気が似ていたからだろうか
いや、年齢が同じぐらいだということが
そのように感じさせていたのかもしれない
アトリエといっても小梶の好みにセッティングされた室内は
ちょっとしたプライベートルームも兼ねていた
絨毯張りの床にソファも置かれ、珈琲メーカーからはいつも良い香りが
ただよい、癒しを求めてこの場所に訪れる生徒も少なくなかった
そして身の上相談を持ちかけたり、たわいのない話をするために安らぎを求めここへ来ては
心癒され、また現実へと戻って行く
小梶は校内でも秀でて評判が良い教師だったのだ
「雪だ・・・」
窓から外を眺めると空からチラチラと小さな雪が舞い落ちていた
12月の半ば過ぎ
世間はクリスマス一色に飾られていた
もうすぐ家族で食事会がある・・・
年に一度の特別な日
諸藤家の行事ごとにクリスマスの食事会があった
小さい頃からそれが当たり前になっていても日樹は心を弾ませずにはいられなかった
積もるかな・・・
日樹は再び視線を戻し
小梶のもとへ向って歩き出した
心を隙間を埋めてくれたのは他でもない
先生との出逢い・・・
「いるかな・・・」
日樹はいつもどおり美術準備室のドアをノックする
小梶の居る場所だ
コンコン・・・
ノックと同時にいつもなら
『入ってこい』
と誘う小梶の声が聞こえるはずだった
なのに・・・
「先生?」
そっとドアを開きながら声を掛けてみる
いつものように珈琲の良い香りはしていたが、やはり返事は無かった
一歩、二歩、・・・室内に足を踏み入れたところで中央のソファに腰掛る小梶を見つけた
「先生・・・」
小梶の真横で再び名を呼ぶと、やっとその存在に気づいた様子だった
「・・・あぁ・・諸藤か・・・」
少し疲れた表情で、いつのもように日樹を見上げ迎える
こんな身近に寄るまで気配を感じないなんて
具合でも悪いのだろうか
小さな不安を持ちながらも、少し甘えながらいつものように振る舞う
「雪ですよ、先生」
ニコリと幼く笑んで窓を指差す
「・・ん・・?」
日樹に促され外を見る
窓越しに灰色の空から降りしきる雪が見えた
童話絵本のワンシーンのように・・・フワフワと天から舞い落ちる牡丹雪
心なしか先ほどより降りも激しくなってきている
しばらく、久しぶりの雪に見とれていた小梶は切なげにやっと言葉を口にした
「あぁ・・・本当だ・・」
雪が降り出してかれこれ30分は経過している
それを今気づいたということはそれまでここでずっと思いふけっていたのだろうか
いつもと違う小梶を心配そうに覗き込むと
日樹の大きな瞳には小梶の横顔が映っている
「先生・・・?・・・」
テーブルの上の携帯がバイブ音を響かせ始めているが小梶はそれを相手にしない
むしろ拒否しているようであった
「先生・・・携帯が鳴って・・・」
「さわるな!」
まるで叱り付ける様に日樹の言葉をさえぎる
その形相は今までに見たことないものだった
怒りと苦しさの混ざった表情
思わず携帯に差し伸べかけた手を引き込めてしまった
荒立った声にビクッとする日樹に慌てて詫びる
「・・・大声を出してすまなかった・・・」
日樹の怯えた様子に、言いすぎたと
今度は穏やかに言い繕った
相談ごとや、気分転換のためにここを訪れる生徒が多い中
日樹に限っては小梶自身を癒してくれる存在だったのだ
なのに、私的なことで苛立っていたとはいえ
あまりにも大人気ない言動をしてしまった自分を省みる
入学当初から、もう2年以上もこうしてわずかな時間を過ごして楽しんでいる
きっと互いに何かを求めているのだろう
欠けてるものを埋め合わせるために
「もうすぐクリスマスですよ、先生」
気を取り直した日樹が嬉しそうに言葉を弾ませる
何か楽しい話題で場の雰囲気が変わればいいと
日樹なりに気を使ったことだった
クリスマスは日樹にとっても待ち遠しいイベントだったから
「そうだな」
あまりにも愛らしい笑顔にこちらまで引き込まる
そうやって何度となく
心を救われてきたかも知れない
「諸藤はどう過ごすんだ?」
確か去年の今頃も同じような質問をしたような気がする
でもその答えはまるで覚えていない
「家族で一緒に食事をするんです」
「家族かぁ・・・いいな・・」
やっと会話になり始めた
いつもならこんなことは当たり前なのに
「先生は・・・?」
「俺か・・・俺は・・」
そう言いかけた時に再び携帯のバイブ音が鳴り響いた
「いい加減にしてくれっ!」
二度目はさすがに携帯電話を手にした小梶が送話口に向って叫んだ
「・・・もう・・・やめて・・くれ・・・」
最後は言葉に詰まっていた
その言葉で通話を終えた小梶は悲痛な面持ちだった
日樹はその姿をただ見守るだけだった
居合わせてしまったとはいえ、座を外すことができなかった
もしかしたら見てはいけなかったのかもしれない
考えてみれば自分は小梶のことを何も知らなかった
何回もここに足を運んで来てるのに
彼も自分のことはあえて何も喋らなかった
まるで自分に関することを封印して、人に知られることの無いように
何も語らなかった
立場上から考えても
教師である小梶が、生徒の日樹に愚痴や相談を持ちかけるはずもない
いつも一方的に日樹の話を頷きながら聞いていてくれた
それに甘えて
学校のこと、自分のこと、・・・義兄のこと、
あげればきりがないほど話した
纏わりついても嫌な顔ひとつせず時間を惜しまず
一緒に居てくれた
「先生・・・辛いことがあるなら話して・・・」
自分が力になれるとは思いもしない
だけど誰かに打ち明けることで楽になれるなら
今度は僕が先生のこと・・・
日樹は傍らに跪き、小梶の手を自分の両手で覆う
「冷たい・・・」
部屋は暖房で暖まっているのに、それに反し小梶の指は冷え切っていた
この冷えきった感触は
彼の心の中と同じなのだろうか
おもむろに口を開いた小梶が、かつて日樹から聞いた話を記憶の断片から引き出し
問いかける
日樹に言われるまでもなく、小梶自身がもう一人では堪えることが出来なかったのだ
「諸藤・・・お前には義兄がいるんだよな・・・」
小梶の顔を見上げ、日樹はコクリと頷く
父の会社の重役ポストに就くという義兄を日樹から知らされている
才に長け、日樹の容姿から想像するにその風貌も似て美麗であることだろう
家柄も申し分ない理想の人物像
どこへでも、誰にでも躊躇わず引き合わせることができるはずだ
「お前が羨ましい・・・」
日樹には何が羨ましいのかさえわからない
今の状況が常時当たり前のことなのだから
だが、小梶にとって血を分けた実弟といえど比べものにならない
その素行の悪さに散々苦しめられ
年老いた両親も心を痛め病に伏せた
家族の思いなどまるで理解できない今も改心する様子などない
存在も認めず、他人には引き合わせたくない弟
恥じ以外のなにものでもなく
それでも血のつながりは断ち切れない
一生付きまとう繋がり
「俺にも弟がいる・・・それも出来損ないのな・・・」
フッと苦笑して小梶は続ける
初めて漏らした自身のことだ
「お前にわかるか・・・?自分がどんなに姿勢を正して生きていこうとしても
足を引っ張られ妨害され、積み上げてきたものを無残に壊され失うんだ・・・」
先ほどの電話も弟からの借金の申し出であった
もう何度、そんな電話を受けたか
数え切れない
「弟はチンピラまがいなこともしていたよ・・・
暴力団の事務所まで奴を引き受けに行ったこともあるさ」
皮肉だな・・・
自分が真っ直ぐに生きようとすればするほど弟は曲がっていく
ここまで話して開き直ったのか、小梶はソファの背もたれに深々と
身を任せる
心の痛みは感じとることはできない
だが、日樹は淡々と話し続ける小梶をやりきれない思いで見つめていた
日ごろの彼からどうしてそれを推察することができるだろうか
「諸藤・・・」
ふと名前を呼ばれ小さく返事をした
「俺は弱い人間だ」
「そんなこと・・・」
誰も思ったりしない
「お前は俺の聖域だった
どうせ俺はまた、お前も失うんだろうな・・・」
“お前も”・・・
以前に何か大切なものを失ったのだろうか
日樹の手からスルリと自分の手をよける
すっかり日樹から体温が伝わった指先に
先ほどまでの冷たさはもうない
その代わりに小梶の両手は、日樹の二の腕を束縛するように掴んでいた
「どうせ失うなら・・・抑制することもない・・よ・・な」
善意と悪意が入り混じった表情だった
人に壊されるくらいなら
自分の手で壊してしまえばいい・・・
先生が微かに呟いたような気がした
力任せに押さえつけられた両腕を振り払おうとしても
許されなかった
それでも解放されたくて必死に身をよじって抵抗してみる
腕と一緒に?まれた袖に攣られ、学生服の前ボタンが引きちぎれて飛び散り
必然的に肩がはだけた
先生はそれでも力を弱めようとはしない
脱げ掛けた学生服
さらにはワイシャツまで無理やり剥がそうとしていた
食い込んだ爪先でビリッと音を立て生地が破れる
今までに見たことの無い冷たい眼光
優しく穏やかな先生がどうして?
こんなにむごい仕打ちをするのは僕がわかっていないの?・・・
それとも僕だからこうするの?
床に体を押し倒され身動きができない
重なる先生の体の重みがさらに自由を奪う
荒立った息遣い
身近に先生の身が置かれ、微かに画材の匂いがしていた
ここは美術準備室なのだからそれが当たり前なのだ
先生に染み付いた匂い・・・
今僕を抱いているのは・・・まぎれもなく先生
きっと先生の心遣いなのだろう
日ごろ、この部屋は珈琲の良い香りにがする
絵の具臭いこの準備室を訪れる人に不快な思いをさせないために
いつも珈琲を挽いて匂いを消していた
なのになぜ、こんなことを・・・
こんなこと・・・嫌だ・・・
以前、義兄の部屋からすすり泣くような声が聞こえ漏れていた
気になって覗いてしまったことがある
義兄と義兄さんの秘書が愛し合っていた
体を絡めあい、繋がり、喜びの声をあげていた
だからこれは愛じゃない・・・
全裸に程近くなった僕の体を虐め続ける
先生は欲望のままに押し広げた両足に割り入る
居きり立った先端をグイグイと押し付けるが、拒ばむ体はそれを受け入れることはしない
先生と出逢ってからの時が思い起こされる
年、背格好が義兄に似ていた
優しかった
だから・・・
一緒に居る時間がとっても楽しくて心満たされて
気づけばいつもここへ来ていた
先生が好きだった・・・
先生がふと悲しそうな瞳をしていたから・・・
僕をいたぶりながらも
悔しさが混じった苦しい表情をしていた
先生は心を痛めているんだ・・・
その瞬間、僕は拒むことを放棄した
体を押しのけようとする自分の両腕は先生の首に巻きつけ引き寄せていた
そして体の力もが抜けた瞬間
僕は先生の太くて硬いモノを受け入れていた
ズブッっという何かを突き抜ける体感とともにそれは容赦なく侵入してきた
そして先生は体を揺さ振り始める
愛撫というより、ただ激しく貪っていた
指で胸元をまさぐり強くつまみ弄りながら
先生は奥へ、奥へと打ちつける
異物が擦れ、無理やり押し込められたせいで
小さな窄まりは少し裂けたようだった
ぬるっとした感触はあとで鮮血だったとわかった
気持ち良さが増せば声を殺そうとしながらも喘いでいる自分がいる
痛さが襲ってきては数度意識を手放しそうになっていた
突き上げては引き、また押し込む
感情とは別に恥ずかしくも自分の体も反応し形を変え疼いていた
だが自慰すら認められず手を払いのけられる
高みに向うために先生はその行為を止めない
むしろ段々激しくなるばかりだった
僕はじっと天井を見つめていた
早く終われば良い・・・
一入奥に突き上げられたと思った瞬間
ドクンと大きな脈動を感じた
おそらく先生が達したのだろう・・・
わずかな痙攣を感じ、温かいものが体の中に注がれていくのがわかる
それが終わると先生は何かが吹っ切れた様子で脱力した体を僕の上に預けてきた
終わったんだ・・・
しばらくすると目的を果たしたそれを抜き取ると先生が放ったものも一緒に溢れ出てきた
余韻に浸る間もなく先生は僕から体をそむけ背を向けていた
先生は何も喋らなかった
いくら背中を追っても僕の顔も見てはくれなかった
優しく囁く言葉も無い・・・
向き返れば、窓から降りしきる雪が遠くに見えていた
何も無かったように先ほどと同じに音も立てずに静かに降り続いている
その日を最後に
二度と西蘭学園の門をくぐることはなかった
僕は・・・西蘭を退学した
ここ数日間、日樹は朋樹との会話を意図的に避けていた
それというもの、自宅マンションまで一緒に歩いて帰ってきただけの拓真に対する義兄の態度がひどく気に召さなかったからだ
まるで始終自分の行動を見張られているような気がしてならない
あの日だって・・・
スケジュール変更の連絡もなし
まるで張り込みでもしていたかのようなタイミングの良さだった
思春期の日樹はそれでなくても気難しくなり口数が少なくなっている
その上、義兄の監視が強化されているとわかれば
どうしても反抗的になってしまう
まったくの逆効果だった
二人の少しぎくしゃくした関係が滑稽で
鏡はそれをじっと傍らから見守っていた
お二人とも不器用だ・・・
冷静な朋樹にしては珍しく、いささか感情的にやり過ぎだという気もしないでもないが
朋樹の身になれば当然のことなのだろう
大事な義弟を二度と辛い目に合わさせたくないはず
日樹を守ろうとする義務感からなのだ
そのおかげで人違いの拓真が被害を被った
このごろでは義兄と対等に渡り合えるようになった日樹がいて
行き過ぎた己の行動に、弁明はしないでも義弟のご機嫌を伺う朋樹
数年前とは確かに違う関係になってきている
二人を引き離してしまったのは自分のせいだと気がしてならない鏡にとって
以前と形が違っても、修復されていく二人の関係を感じることを望み
それが何より自分を安堵させる
そしてビジネス上では間違っても見ることのない朋樹の一面を垣間見れば
少し寂しく、羨ましくもあった
「日樹さんは、ずっとあなたを慕っていたから」
私が貴方を取り上げてしまったようで少し心苦しいです・・・
学生時代の鏡は、日樹のように細身で中性的ないでたちだった
朋樹と出逢ったのもその頃だ
二十代後半になる今では、その面影ももうかすかになっている
忠実に、そして朋樹のサポートを見事にこなす有能な青年秘書
ホテルのエレベーターに二人乗り合わせ
ノンストップで上昇している
鏡は腕に書類の束を抱え、階を知らせる表示の数字が順に変わるのを見ながら
囁いた
これからラウンジで客先と技術提携の打ち合わせが行われる
すぐ隣に立つ朋樹といえば乱れなくスーツを着こなし、表情一つ変えず
チラリと腕時計を見やる
「時間通りだ」
「今は貴方に感謝しています
私のように、きっと日樹さんもいつか・・・・」
そう言いかけた時に
エレベーターが30Fで停まった
「いくぞ」
扉が開くと同時に、一足先に朋樹が降り立った
その後を鏡が追ってついて行く
何度も見るその堂々とした逞しい背
“日樹さんもいつか大事な人に巡り逢えるはずです・・・”
言いかけた言葉の続きを
その背にそっと瞳で語りかけた
「俺、図書館に寄って行くから~」
亮輔を追い越し際に、拓真が声を弾ませて勢い良く通り過ぎて行った
その後姿はなんだかとても楽しそうだった
試験前なのに
なんだか野球やってる時より嬉しそうな顔だったなぁ・・・
亮輔は不思議でならなかった
ここ数日、拓真とは別行動になることが多い
試験はもう目の前
苦手な英語に四苦八苦し、とても笑顔を見せている余裕などなく憂鬱でならない
おまけに部活休止の初日はカラオケで時間をつぶしてしまっている
なのに相棒ときたら・・・
子供の頃から長い付き合いの亮輔には
拓真の変化が手に取るようにわかる
二人の間で、あまり隠し事などもしたことがなかったが
もしかして・・・
拓真は自転車を飛ばして駅向こう、通学途中の道を反対に曲がった先にある図書館に飛び込んだ
息を切って一気に二階へ駆け上がる
フロアに着くと、はやる心を抑えながらゆっくりと静かにカーペット敷きの床を歩く
そして本棚とその間にある閲覧机をひとつひとつ確認していく
いない・・・
ここじゃない
先に着てるはずだけど・・・
姿を見るまでは不安だ
一番奥の西日が入る窓際のそばの机にやっと彼を見つける
(いた!・・・)
早くたどり着きたくて、そこからは早足で歩く
「諸藤さん!」
窓際の机にポツンと一人でいる拓真と同じ制服の生徒
日樹に声をかけた
自分では館内の静けさに違和感がないよう心がけたつもりだったが
どうやら嬉しさあまって抑えきれなかったようだ
拓真の大声に周りの人間がいっせいに怪訝そうな表情でこちらを向いた
瞬時に注目の的になってしまった
「・・すみません・・・」
ペコペコとそこら中に頭を下げ、やっと日樹の隣に落ち着いて座る
日樹がクスっと笑う
その笑顔が大好きだ・・・
こうして日樹と図書館で逢うのも今日で3日目
わからないところを教えてもらうこと
去年のテスト傾向をこっそり聞くこと
日樹がかつて名門校に通っていたことはすでに知っている
建前の口実よりも、本音は
日樹と一緒にいたいから、無理を言って時間をつくってもらっていたのだ
『かまわないよ』
そう言って日樹は即席家庭教師を快く受け入れてくれた
日樹にとっては拓真と一緒に勉強する場所は自宅でも良かったのだろう
だが先日の義兄の張り込みの件もある
拓真はそう気にしていなかったようだが
いらぬ疑いをかけられ迷惑がかかると申し訳ない
と、手ごろな図書館を選んだのだ
それに・・・
高原とのことも考えなければいけないと感じ始めていた頃に
拓真の存在は新しいきっかけを作ってくれた
責任感の強い彼の荷を重くさせないようにと
陸上部を辞めることにし、そして高原の傍にいることを決めた
ところが、近頃は自分こそが高原にとって重荷になっているのではないかと思うようになってきた
求められているはずだった
なのに、今は自分が高原を求めている
このままでは高原を縛ってしまう自分を抑えきれなくなる
先日、怪我をした部員を病院へ連れて行くと高原から連絡があったとき
あらためてそう思い知った
自分だけではない
彼にとって部員は皆な同じように大事なのだ
それを寂しく思う自分は
もうすでに高原に好意以上のものを抱いている・・・
だが自分は高原を満たすことができないのだ
隣にいる日樹の横顔を覗き込む拓真は
つい、うっとりしてしまう
「・・ここ、わかったかな?・・」
「えっ?・・・あ、ああぁ大丈夫です」
実のところ大丈夫なわけがないのだ
半分以上はこうして日樹に見とれているのだから
それでも日樹の教え方は上手で、見事に重要なポイントだけを拓真に伝える
本人が理解していなければ到底できないことなのだ
拓真のペースに合わせて問題を解いたり
試験に出そうな箇所を暗記するように指示する
いつもはまるきり理解できないようなところが
驚くほどスラスラとすんなり頭の中に入っていく
そして拓真は時折触れ合う日樹の腕や、近づく顔、髪
そのたびにドキドキ赤面してしまう
ずっとこうしていたい・・・
閉館まであと30分、至福の時間はあっという間だ
ノートに書き込みをしている時、シャーペンの芯がポキッと折れた
「あっ・・・」
ノックして芯を出そうとしたときに
ノートの真っ白いページを遮るように影が映った
・・あれ?・・・
気配に気づいて目を上げれば、拓真の目の前に人が立っていた
「拓真ずるいぞっ!」
拓真が振り返ったそこには亮輔が不満顔で仁王立ちしていた
勘が良すぎやしないか?・・・
どうしてここを嗅ぎつけちゃうんだよ~!!
今度は拓真が不機嫌きわまりない
ずうずうしく日樹と拓真の間に割って入ってきたからだ
やっとここまでこぎつけたのに・・・
拓真にしてみれば清水の舞台から飛び降りる決死の覚悟で
テスト勉強の指導を日樹に申し出たのだから
下心もちょっとばかりあったかもしれない、だが亮輔にバレてしまえば
秘密にしていたことも水の泡
だいたいおかしくないか?
諸藤さんを挟んで俺とお前が座るのが道理にかなってるとは思わないか?
なのに・・・
亮輔が真ん中で、俺は諸藤さんから遠くなってるじゃないか!?・・・
『俺が赤点で休部になって困るのは拓真だろ?』
って、そりゃバッテリーのお前がいなくちゃ困るけど・・・
日樹との大切な時間をすっかり邪魔されてしまい
残っていた30分間、拓真はイライラするだけでもう勉強どころではなかった
日樹も拓真の友人の亮輔とは面識もあり、教えてくれと懇願されれば
無下に断われない
「俺が教わってたんだから・・・」
「まぁ、待て拓真 俺の方は切羽詰ってる」
「そんなの関係ないだろっ!」
二人は押し合いへしあい日樹の取り合いだ
そんな下級生二人のやり取りに日樹は困惑するものの
少しばかり羨ましく感じていた
西蘭は名門のうえ、進学校であったため生徒同士の交流もシビアなものだった
西星に入学してからも、どこからか流れた西蘭よりの編入ウワサで
興味深げに近寄ってくる人間はいるものの
好奇の目を向けられ、親友と呼べる人間は一人もいない
陸上部でもそうだった
自分では気にしないようにしていた
だが刺すような冷たい視線をいつも身に感じていた
高原以外からは・・・
実はそれも日樹の思い違いなのだ
周りの生徒ほとんどが日樹に対して憧れを抱き、近寄りがたかったのだ
容姿も成績も、スポーツも全て最高のものを持ち合わせている日樹はある意味高嶺の花で、
それを上手く言い表せない奴らが全く反対の嫉妬心を日樹にぶつけてしまっていたのだ
それだからこそ、素直な気持ちを向けてきた拓真が
日樹にとっては心地よく新鮮だった
今日は最悪だ!・・・
閉館時間になり、拓真はそそくさと教科書をしまいだした
その時、亮輔がとんでもないことを口にしたのだ
「諸藤さん、携帯の番号教えてもらっていいですか~?」
えぇっ!?
拓真は相棒の発言に再び驚かされた
せっかく日樹との距離も縮まってきたというところに、ちゃっかりお邪魔虫で入り込んできた
亮輔がとんでもないことを言い出した
拓真にはそれが自分の口から出たことのように恥ずかしい
諸藤さんの携帯番号は知りたかった
でも、もう少ししてから教えてもらおうと思っていたのに・・・
(いきなりお前が聞くなよ!・・・)
無論、驚いたのは拓真だけではなく、日樹もだった
じゃらじゃらと余計なストラップが付いた亮輔の携帯を目の前に差し出されては
とても断れる状況ではない
拓真はこんな強制的なやり方ではなく、自然な成り行きで知り得たかったのだ
日樹はカバンから自分の携帯を取り出す
日樹が手にしていたのはプラチナシルバーの携帯
拓真には見覚えがある
日樹と出逢い頭にぶつかった時に、散乱した荷物の中で
一度目にした印象深いものだった
男のくせに、少し趣味の悪いにぎやかなおもちゃつきの亮輔のものとは大きく違い、
ストラップなど装飾品一切がついてない、品の良さを感じさせるものだ
二つ折りの携帯を開いた瞬間、日樹の表情が微かに変化したことを
拓真と亮輔は気づかなかった
携帯を取り出したところで日樹は戸惑っていた
その機能も日ごろ電話の通話やメール受信ぐらいしか使っていない日樹に
携帯電話は別段、無くても不自由しないものなのだから他人に自分のデーターを教える方法など知る由もない
文明の利器についていけないわけではない
だが、人間誰しも興味もなく苦手なものもあるのだ
日樹にとってはそれだった
学力優秀で、陸上の好タイムも持っていて
全てが自分らより格段の違いと思われる日樹のどうしたらよいのかと首を傾げるそんな仕草は
ミスマッチでなおさら可愛らしかった
「貸してください」
亮輔は日樹を察して携帯を預かり、いとも簡単にデーターをコピーしてしまった
その指先の動きの素早さを珍しいものでも見るように
日樹は瞳を大きく丸くし感激していた
そのせいで亮輔は益々得意げになっている
(諸藤さん、違います
それはすごくも、エラくも、珍しくもなんともないことなんですよ・・・)
拓真は気恥ずかしくなった
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「歩いて帰るから・・・」
そういう日樹をもう引き止める事ができなかった
このまま一緒にいたくても、おまけに亮輔がくっついてくるわけで
楽しみにしていた日樹のマンションまでのわずかな道のりが、バラ色から一転してしまった
いっそここで別れてしまった方が、これ以上の恥をかかずに済む
せっかく自分が気を使い失礼のないように接しているところを、亮輔が全部台無しにしてくれるのだから
今日は断念だ・・・
「ありがとうございました、・・・じゃぁまた」
「諸藤さん助かりましたよ~!!」
図書館前で自転車にまたがった拓真は勉強の指導の礼と別れを惜しむ
こうなると次回も絶望的かもしれない
もう日樹と二人きりで逢うことは不可能だろう
邪魔者除けに何か対策を考えなければ・・・
亮輔は、やけにご機嫌でヒラヒラと日樹に手を振って自転車を走り出させた
散々面白くない目にあった拓真はプイと頬を膨らませ
亮輔との距離をぐんぐん離して自転車をこいだ
その後ろから亮輔も必死で追いかけてくる
二人は全速力で、いつの間にか日樹のマンションを通り過ぎていた
一緒に帰るつもりだったのに・・・
拓真はどこまでも面白くない
「化けの皮はいつか剥げるんだからさぁ~猫かぶってもしょうがないよ~拓真~」
あっという間に亮輔に追いつかれ
意味深な言葉に拓真はブレーキをかけ急停止すると、亮輔も続いて停まった
「人間、外見をどう繕っても駄目ってことさ、要はここが大事ね~」
亮輔は親指を立てて自分の胸をトントンと指すが
説得力が無さ過ぎる
「何のことだよ!?」
「試験勉強なんて、どうせ諸藤さんを誘う口実だろ~?」
ニヤニヤ笑う亮輔には
拓真の本心をすっかり見抜かれていて言葉が返せない
「そんな回りくどいことやってないでさぁ~ ほいよ!」
亮輔がじゃらりと携帯を差し出してきた
「な、なんだよ・・・」
「あれ~?これは諸藤さんのメルアドと番号だなぁ~」
ちょっととぼける振りをしながら
知りたいだろう~?といわんばかりに見せびらかす
「あと二日間、テスト勉強を一緒に混ぜてくれ、それでどうだ」
真剣な表情で交換条件を出す亮輔
まったく抜けめない
「交換条件に諸藤さんの情報かよ!」
「だって俺、赤点はちょっとまずいじゃん・・・」
いつも相棒の方が一枚も二枚も上手だ
だが考える必要は無い
「じっ、自分で諸藤さんに聞くからいいよ!!」
「できないくせに~」
いい加減、からかわれっぱなしでは腹の虫もおさまらない
拓真はさっさと自転車をこぎだす
「あ、待てよ~嘘だよ、うそっ!!~お前のために聞いたんだってば~
おい拓真~」
再び追いかけっこが始まった
今度は亮輔が何を言っても拓真は振り向きもしない
どうせ、一週間経っても、一ヶ月経っても
聞き出すことなんでできないんだろっ・・・
亮輔がわざわざ拓真のために日樹から聞きだしたのだとは
とても信じることができない
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
亮輔との追いかけっこを終わりにして
拓真が無事、日樹のメルアドを手にしたころだろうか
日樹は自宅マンションのエントランスに足を踏み入れた
そして即座にホールの隅にたたずむ長身の学生を見つける
亮輔に電話番号を聞かれ、携帯を開いた時に
不在通知をしていた電話のぬし・・・
高原だった
その横顔は悲愴感を漂わせている
「・・・高原さん?」
日樹の声がエントランスに響く
「あぁ・・諸藤か・・・」
振り向いた高原は近づく日樹を穏やかな目で見る
いつからだろう・・・
もうずっと前からその瞳を向けられている
いつからこうして・・・
日樹は少し視線を上に向けながら高原に聞く
「どうしたの・・・?」
「・・・逢いたかった・・・」
日樹は高原の両腕に捕まえられ体を引き寄せられていた
夕方でもこのマンションのエントランスホールは人の行き来が少ない
人目もはばからず抱きしめられる
「高原さん・・・」
その胸に体をうずめるのは数日ぶりだった
高原にとって高校生活最後の夏がくる
部活もラストスパート、最後の仕上げだ
そして進学を考えるなら追い込みの大事な時期
そうそう逢えるわけではなってきた
力強く抱きしめられた胸元に耳を当てれば
高原の鼓動が伝わってくる
すっぽり包まれる広い胸
今ではもうこの胸が落ち着く場所になってしまった
何もかも忘れて安らげる場所・・・
でも・・・いつかは放れていく
手放さなければならないもの
日樹は少し背伸びをして高原の唇を求めた
何もかも忘れて安らげる場所・・・
でも・・・いつかは放れていく
手放さなければならないもの
日樹は少し背伸びをして高原の唇を求めた
ふわっと柔らかく触れた瞬間
強く欲したのは日樹だった
密接に重ねた唇を何度も何度も角度を変えながら吸い上げた
「・・・っ・・・あ・・・・ん・・」
(・・・どうしてそんなに辛そうな顔をしているの・・・)
薄く閉じた瞳の向こうに高原の表情がうかがえる
日に日に危機切迫していく様子が感じられていた
近寄るものを振り払うような野性的な鋭い目をむけながらも
時に切ない瞳を見せる
お前が欲しいから・・・、と
高原に支配されていく
呼吸をする少しの隙に、開いた唇の合間から高原の舌が日樹を求め
ゆるりと入り込む
それを受け入れた瞬間、全身に激しい旋律が走り
体内全ての筋肉や器官が反応し、ピンと締まるのがわかる
高原が日樹を探し当てる、それは触れ合えばすぐに絡み合う
すると今度は体の緊張が緩やかに解けていく
何度もしている行為なのに
その度に新しい刺激を受けてしまう
もうとまらない・・・
「・・・んんっ・・・はぁ・・・っ・・ん・・・・」
荒立った高原の息遣いを感じながら
つい鼻にかかる甘い声を漏らし縋ってしまう
膝も腰の力も抜け、もうその場に立ち居ることもできなくなり
身を高原にすべて任せる
人目などもう気にかけることもない
誰が見ていようと関係なかった
むしろ他人に見られているかもしれないというスリルが二人を煽るのだ
欲望のまま貪り続ける
い・・・やだ・・っ・・・
心でそう囁いても体は逆に少しもいうことを利かない
自分が高原に満たされてきたことを思えば
今の暗く悲しい瞳の高原を拒否することなど考えられない
頭の中でグルグルと葛藤が駆け巡る
やがて高原がさらに奥深く突き進み
息継ぎさえできないほどに束縛する
いつもより激しさを増し、隅から隅まで丁寧に日樹を味わう
違う・・・いつもの貴方じゃない・・・
膨れ硬くなった高原の下腹部を感じ取った時
高原の手は日樹の背に廻り、学生服をたくし上げていた
だめっ、これ以上
こんなところで・・・
日樹は体を退け逸らし、渾身の力を込めて高原を押しのけるが
よろめいたのは自分の方だった
ハッと我に返った高原が抱きしめていた腕は
日樹を失い手持ち無沙汰に行き場をさまよう
そしてまっすぐ自分を見つめる日樹の不安げな瞳を素早く察した
熱くなった体が一気に醒めていく
「・・・すまない・・・」
「うううん・・・」
伏目がちに詫びる高原に、日樹も静かに首を横に振った
貴方が謝ることはないのだから・・・・
自分こそが高原を求めていた
どこかで抑制しなければと思っていたのに
流されていく自分を身に染みながら
目の前の高原と微妙な距離をとっていた
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