きざし昇の雑記帳

きざし昇の雑記帳

季節小品  猿神の怨念



 話のさわりだけですが、薄ぼんやりとした記憶を頼りに書いてみることにします。

 この話の主人公は、私と同級生だった安田君です。


 秋の夕日は釣瓶落し。
 幾重にも重なった山の向こうに、紅の夕日がズンズンと沈みます。

 山芋掘りに行っていった彼は、陽のある内に彼の愛車のスーパーカブ(本人は流星号と呼んでいました)が止めてある場所まで戻ろうと、寂しい山道を小走りで下ります。

 その日は、いい山芋を見つけつい欲を出し、気がついた頃は風が冷たくなっていました。

 道を急ぐのですが、お宝の沢山の山芋を捨てるわけにもいかず、山芋を抱えながらずいぶん悩んだようです。

 彼が山芋堀に出かけた山は、里山程度の山なのです。しかし、どういうわけか数年に1度、冬に遭難者がでます。
 その山はいたる所に深い穴があって、山道から少し外れるだけでも危険で、雪のシーズンは特に怖いのです。

 ですから、遭難者が発見されるのは山道の近くなのです。
 どうしてこんな場所で遭難するのかが不思議なぐらいですから、昔から地元では、「猿神様が寂しくなったのだろう」と言うそうです。

 友人は、細い山道から外れない様に注意しながら、相変わらず両手でお宝を抱えて走っていると・・・刺すような視線を背中に感じます。

 「・・・なんだ? 」 少し高い位置から見ているような気配が・・・

 人なんていないはずです。。。

 「 もしや・・猿神様が誘いに来たのか?」

 彼は子供の頃の記憶が蘇ります。

 悪ガキ達と里山に現れるサルに石を投げたときの、恨みがましいサルの眼がありありと・・・

 でも彼は、停学を恐れず隠れて学生寮の部屋でタバコを吸う、ふてぶてしいオトコに成長していました。ショートホープの味がわかるオトコになっていたのです。

 彼は立ち止まり、命の次に大切な山芋をゆっくりと足元におろすと、気を落ち着けるために、お気に入りのショートホープに火をつけました。

 手元が明るくなると、少し手が震えています。

 一息深く煙を吸い込むと、愛用のシャベルを握り締め息を止めました。
 勇気をふりしぼり、視線の来る方向を振り返り睨みました。

 もともと人相の悪い彼が、くわえタバコのすごい形相で・・・


 その刹那、絶叫がセピア色の森の空気を震わせました。




 「アッ!  あんな所にサルが  オンネン・・・」




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