こぐまむ日記でした。

わたしの話(2005年初夏作成)


その際それまでの自分を振り返って自分の中でいろいろまとめてみたものです。
まあ、いかにも私らしく、支離滅裂とまではいわないけど、かなりまとまりのない文章でありました。
せっかく書いてあったし。のせとこ。
とても長いし読みにくいし何回も同じこと書いてたり。
あんまし、読む必要なし。
(ここまで2006年5月)



以下。2005年初夏作成。


私には現在2歳を過ぎた息子がいます。
しかし、我が子のことを心から可愛いと、愛おしいと思えるようになるまでには時間がかかりました。
ずっと、子供の存在を受け入れることができなかったのです。
全然かわいくなかったかというと、そうではないのですが。
本当のこころの底からは、Iさんのこと受け入れきれてなかったのですよね。それまで感じていた「かわいいな」の気持ちって、ペットとか、よその子に対して感じるような気持ちだったように思います。それでも、かわいいと思えない時間の方が多かったんじゃないかな。
自分の子供として、我が子として愛するって気持ちがわからなかったのです。これ辛いです。ほんとうに、辛いことです。

生まれてから1年半たって、ようやく、ほんとにようやく。
やっと我が子を心から可愛いと、愛おしいと思えるようになりました。
子供の存在を、ちゃんと受け入れることができるようになりました。
突然、ぱっと、そういうモヤモヤが吹っ切れた感じです。(完全に突然ぱっとではなく、じわりじわり、いろんなことが原因になって。です。ただ、少しずつ、良い方向に動いていたものが、1歳半過ぎて一気にぱっと治った感じ)

本当に、心の底から、愛おしくて、かわいくて、たまらないっ。
何をしていてもかわいい、泣いいてても怒ってる様も、いたずらをしているのも。(もちろん、あーっ!もうっ!!こらーっ!!とか、イライラすることはいくらでもあります。子どもとはそういうものです。それはごく普通なことだろう)
子供を愛してるなーって、思えるのって、
子供がかわいいなーって、思えることって、ホント、しあわせです。
1歳半から半年たった今、本当に心から、子どもをかわいいと愛おしいと思えることを幸せに思います。幸せなことだなと、思います。

それって、当然の感情だと思ってたのだけど、子どもを産んだらすぐに100%のお母さんになれるのでなく、子どもと一緒に、母親自身も育っていくものなんですよね。本当にそう思う。


母性が育つのにも時間もかかるし、まわりの環境・人の助けも必要。
子育てを母親一人で背負うのは絶対に無理なことだし、母親以外の手をたくさん浴びたほうが、より子どもにとっても母親にとってもよいことなんです。
でも今の母親たちって、なかなか母親自身以外に育児の助けを求めにくく得られにくい状況にあります。孤独で、煮詰まって・・・。その悪影響は自分にも子どもにも夫にも。そしてそんな家族がいっぱいの世の中である現在、社会全体に大きく影響してきているのではないかと思います。(虐待ももちろん、子どもの犯罪、未熟な大人たち、おかしな犯罪、事故、社会全体の低調感etc)

子どもの成育、教育、人間形成→社会全体に大きく影響しているのではないでしょうか。
戦後、高度成長時代からつづく、父親の家庭への存在感の薄さ、関わりの少なさ、現在のお父さん達もさらに(?)忙しく、家庭にもっと関わりたくても仕事に追われすぎて余裕がなかったり。また転勤や共働きの家庭もあり、時代の変化とともに近所づきあいも希薄になっています(地域全体での子育てというのが難しい)  
戦後大きく社会全体が変わったことで、もちろんものすごく恩恵も受けています。しかし、この大きな変化によって、さまざまな面に影響でているのは間違いないでしょう。

つくづく今の世の中、子育ては母親ひとりにのしかかってきていると思う。しかも、今の母親、父親たち自身が、その影響を受けて育った世代です。溢れる情報・豊かなモノに囲まれ、それまでとはずいぶん違った人間形成がなされていることでしょう。精神的に未熟なまま親になっていることも否めません。だからこそ、より一層の支援が必要なのだと思います。

でも実際には、そういった孤独になりがちな母親を支援しているサービスもけっこうあるんですよね。しかし、辛い思いをしている母親達に知れ渡っているか、利用されているかというとかなり疑問に思います。(初めての子育てを始めてみると、始めてからわかるしんどさばかりで、支援を求めること、情報を得ることさえも、大変なことなのです。子育てを辛い・大変だと思う自分が間違ってるのだと思う、支援を求めることを思いつかない、誰に支援を求めればいいかわからない、支援を求めたくない、他人にしんどいといえない、そもそもそういった情報を得る時間的余裕がない)

泣き止まない我が子を前に一緒に泣いていたり、赤ちゃんが泣くとイライラしてしまったり(泣くな!もう泣くのやめて!どうしろっていうの!など)、そんな自分は母親失格だなと思ってせめたり、でも、そんなことは人に言えなくって。。
・・・このような話は実際に今ママ友たちからも「私もそんなときあった」とよくききます。ほんと、必ずといっていいほど、皆同じようなことを言います。母親になる自分たちが、未熟で打たれ弱いんですよね。そして、「今はずいぶん楽になったよねー」と。
ほとんどの母親がこういう経験をして、それなりに乗り越えていくのでしょうけど、そのままひきずっていってしまうことも、悪い方向へ進めばそこから虐待になることもあるでしょう。


私自身、行政などによる「地域で子どもをみていこう」といった取り組みがあることを、子どもを育てていて、ようやく最近知ったことも多くあります。子育て支援センターなどの存在も、出産後すぐや一番しんどいときには知りませんでした。
また、マタニティブルー、という名称は聞いたことがあっても、妊娠中の気持ちの不安定さだけをさすように理解していたし、産後うつ病という病気の存在も知りませんでしたし、産後に女性の精神が不安定になるということを知りませんでした。

マタニティブルース…産後うつ病と似ているもので、出産後の女性が涙もろくなったり、軽い抑うつ状態になる傾向のことで、日本では、出産女性の実に20~50%が経験するといわれています。また産後女性の10~15%が産後うつ病らしいです。

もちろん、私の勉強不足もあるでしょう。しかし、そういった情報・知識は妊婦時代、また進行形で子育てをしていない人たち(孫を迎える人たち、お父さんたち、世間一般のすべての人たち)にとって、ものすごく得にくいものです。妊婦雑誌にもなかなか掲載されない話題ですし、母子手帳などを読んでもあまり詳しくは述べられてません。子育ては大変なんだってことをもっともっと周知のことにすべきだと思います。
母親自身、また周りの人(家族など)の無知によって、よけいに追い込まれるように思います。


今あげてきた知識だけでなく、子育てをずっと続けていく上で、母親の精神面に大きく関わることとして、「子どもの発達」に関する知識がすごく重要だと思います。
例えば、(もちろん個人差ある)
赤ちゃん時代は、理由もなく泣くこともよくあるし、親がゆったりした気持ちでいると赤ちゃんもあまり泣かなかったり、親がイライラしていれば赤ちゃんも不安でさらに泣き続けるものです。(赤ちゃん、子どもは本当に親の気持ちに敏感です。気持ちが筒抜けなくらい)
母親が見えないと不安でなくし、どこにでもついてくる。なんでも口にいれる。 
1歳・2歳の子どもが、食事をきれいに食べないことや好き嫌いがあるのは当然。むしろ手づかみ食べや口から出したりするのも成長の一環。食べる量にむらがあるのも当然。2歳くらいまではなんでも口に入れて舐めたりするのも、成長の一環。言葉が出てきていても、何度もしつけていることもすぐに忘れるし、そもそも理解力が未熟。散らかし魔で部屋のかたつけなんかも大変。
2歳・3歳もすぎると言葉もしゃべるようになり、意思疎通ができているように思われるが、理解力も表現力もまだまだ未熟。その未熟さから、伝わらないもどかしさなど、泣き叫んだり、乱暴することもある。もちろん、ワガママなものだ。我慢もまだできないし、情緒面も未熟。約束事などもまだ無理。(忘れるし、我慢力がない)嘘をつくという発想もないらしい(やったこと言ったことを忘れたり、妄想だったり)→反抗期といわれるゆえん。
4.5歳くらいになるとだいぶ対話ができるようになる。それでもまだまだ精神的に未熟
5歳すぎくらいで、ようやく約束や我慢が出来るようになる。思いやりなどもでてくる。
などなど。
そして、子どもというのは、ワガママで、うるさいし、騒がしいし、暴れるし、汚すし、汚いし、叫ぶし、泣くし。そういう生き物なんです。でも、本当にかわいいし、純真で、不思議で、とても面白いものです。子どもとは、とても辛抱強く、ゆっくりゆっくり少しずつ育まれていくべきものなんです。親とは忍耐力、許容力がものすごく必要です(それも少しずつ育まれるものだろう)
親も、社会も、忍耐強く温かい目で時には厳しく大事なことを伝え教え導く。
子ども達を、親を、自分たち自身、社会全体を育むことが、今のニッポンには大事なのではないかな。


「子ども」というのは、本当に何もかもが未熟な生き物です。その年齢にあった発達をしっかり親や周りの人間が理解していないと、「そういうものだ」と知らなければ、
例えば泣き止まない赤ちゃんに対して、離乳食を少ししか食べない赤ちゃんに対して、2歳の子が、うるさいから、部屋で暴れるから、レタスを食べないから、嘘をつくといって、何度教えてもできないといって、イライラしたり怒ったりしてしまうものでしょう。
実際に、2歳、3歳児の子育ては大変(反抗期)といいますが、多くはその見た目の意思疎通力と、実際の内面の成長がともなってないことによる親子双方からのすれ違いが原因なのではないかなぁ?まだ2歳児を育てた経験がないのでなんともいえないけどね・・
そういう、その時期の時期の(とくに精神面、情緒面)発達の段階を、知識としてしっかり親たち知っていれば、余裕を持って子どもに接することができると思います。育児が楽になると思います。この点(親たちに子どもの発達を教育すること)は、ぜひとも、行政にもっと手をかけて欲しいところです。(精神的に未熟な親も多いし、子どもというものとほとんど接してきていない親ばかりです。十分すぎるくらい、やっていいところだとおもう。)
赤ちゃんが生まれてからの検診のたび(母子手帳発行時にも)に、何度も、うっとおしいくらいに、講習・指導していくべきではないかな。集団検診にして、両親ともに参加してもらうとか。祖父母にもパンプレットを読んでもらうとか。




自分自身が子どもをもつまで、子どもが出来れば、親になれば、自然と子どもを愛せるものだと思っていました。
妊娠中は、赤ちゃんの誕生が楽しみで待ち遠しくて、いっぱい愛してあげよう、生まれたらさぞ幸せだろうと。
世の中の多くの人がそうなのではないかな。子どもがかわいいとえない親なんておかしい
虐待なんてなんて酷い、ありえないよね。というような感じで。
ですが、実際子どもを産んで一緒に生活を始めてみると、「子どもをかわいくない」と思ってしまう母親は相当な割合にいるように感じます。そういう調査結果もあります。というか、一瞬もそんな思いがよぎらないで子育てが出来ている母親がいるなら、その母親はとてもとても恵まれてるのだと思う。ほんの一瞬も子どもにマイナスな感情をもったことのない母親は本当に幸せな人です。誰しも、子どもが赤ちゃんであれ大きくなってからであれ、いろんな場面で「もうっ!」っということは、個人差はあっても、あるでしょう。


一人目の子どもを、産後すぐのまだふにゃふにゃの赤ちゃんを始めて抱いて、世話を始めてみると、出産前の予想をはるかにはるかに超える大変さです。(本当に、実際にやってみないと絶対わからないだろうと思う。)

 大変な理由(以下に述べたのは産後1ヶ月くらい、ほぼ全産婦にあてはまるだろう)
・ 出産による疲れ。見た目以上に体力が落ちている。出産の傷が痛いことも(ものすごーく、体力が奪われます。私のお産は結構軽いほうだったようですが、産後1ヶ月するかしないかくらいのころ体が動かせるようになったように思い、一部屋掃除機をかけたら、その後めまいがして起きていられなくなってしまったり。)
・ 出産によるホルモンの乱れ→気持ちが不安定(いわゆるマタニティブルー)
・ 24時間休みなくずーっと慣れない初めての赤ちゃんの世話(母親自身気づかないかもしれないがすごく緊張しているだろう)
・ かなりの寝不足が続く(新生児の授乳は長くて3時間おき。母乳だけだと続けて30分も寝ない子もよくいる)
・ 赤ちゃんは泣く。(赤ちゃん=泣くもの、なんだけど、それが実際横で理由もわからず泣いてばっかりいられると、どうしていいかわからない、泣かしてはいけないように思う。赤ちゃんが泣くことで自分がダメな母親だと思ってしまう。など)
・ 家事がまともにできない。(時間的、体力的に)
私がちゃんと家事ができるようになったのは、1歳半過ぎくらいからだろう(私の場合ウツの症状のひとつでもあったけど)
・ 外出はできないし、自分の時間がほとんどない。自分のしたいことなんてできない(新聞を読む、テレビを見る、本を読むなど趣味の時間はまずとれない)
  一般に生後3ヶ月~半年くらいは気楽に外出できないでしょう。
私が、ゆっくり自分の時間がとれるようになったのは、つい最近(1歳10ヶ月ころから)です。それまでも少しは自分の時間として、新聞を読んだりPCをさわったりもしてましたが。

 ほかにも、母親や義母など家族や周りの人の何気ない行動言動に過敏に反応してしまうこともあるでしょう (赤ちゃんが泣くとやってくる、→泣かせたくない。など)母乳がでない、赤ちゃんがミルクや母乳をあまり飲んでくれない、ちょっとしか寝てくれない、などなど。些細なことが気になったり、ちょっとしたことで落ち込んだり悩んだりというのも、マタニティブルーのひとつと思う)


上に例に挙げた例以外にも、産後、時間がたつにつれ、その大変さもさまざまに変化してきます(もちろん個人差はあるでしょうが)。ちなみに私が一番しんどかったのは、産後3ヶ月~半年までくらいでした。

以下HPよりの参照【グレーは私の意見】
*マタニティブルーとは、出産によるホルモンバランスの激変により、産後すぐから涙もろくなったり、理不尽ないらだちを感じたり、これからの子育てに不安を感じるなどで気分がふさぐ状態。ホルモンは産後1~2週間で妊娠前 この時期に精神的に不安定になる方も少なくありません。これといった原因がないのに妙に涙もろくなったり、憂鬱になったりすることがあります。これをマタニティブルーズといいます。
 出産後10日ぐらいまでに軽い症状の方まで含めますと約半分の人に一過性のうつ状態が起こるといわれております。涙もろい、憂鬱などの他に頭が重い、眠れない、身体がだるい、疲れやすいなど症状や強さにもかなりの個人差かあります。まれにかなりの重症になる方もおります。特に几帳面、責任感の強い一生懸命の真面目タイプの方に多いように思われます。
(県民のための健康増進情報/妊娠・出産・育児支援/産婦人科領域
http://www.iwate.med.or.jp/kenkouzoushin/denwa02/san27.html)
出産によるホルモンバランスの激変により、産後すぐから涙もろくなったり、理不尽ないらだちを感じたり、これからの子育てに不安を感じるなどで気分がふさぐ状態。ホルモンは産後1~2週間で妊娠前の状態に戻り、精神的にも落ち着いてきます。(プレママタウンhttp://www.premama.jp/jiten/postnatal/post13.htmlより)


◆産後うつ病の特徴的な症状
うつ病の一般的な症状と同じように、気分の落ち込みや不安感、いらいら、不眠、食欲不振などがないか、その他、以下のような点がないか注意しましょう。
母親としての役割が果たせないと悩む
 ・育児に自信がない             【当てはまる】
 ・子供の将来を過度に心配する     【同上】
 ・育児に神経質になる           【母乳育児、母子間の信頼について】
 ・夫に愛情を感じない            【まさに】
 ・子供がかわいく思えない         【同上】
 ・将来に対する希望がなくなる      【自分が消えてしまいたいと何度も思ってた】
 ・育児を放棄する              【微妙。結構やっていたと思う。】
いくつか思い当たる点があれば、病院へ行かれることをおすすめします。
また、精神症状の代わりに、頭痛、だるさなどの身体症状が現れることも多く( 昔で言えば「産後の肥立ちが悪い」という状態) 原因不明の体調不良が続くときは、うつ病を疑うべきです。

〈参考〉産後うつ病の自己診断表 (岡野禎治氏診断による診断表)
※以下の項目のうち、1.2.に該当し、その他の●項目にもいくつか当てはまる場合、精神科医や心療内科医に相談することをおすすめします
 1.気分がひどく落ち込む                   【当てはまった】
 2.今まで関心があったものに対して興味がわかない 【覚えてないが当てはまったと思う】             
 ●いつも疲れているような気がする            【当てはまった】
 ●あまり眠れない                       【逆に眠ってばかりいた。過眠。そういうケースもあるらしい】
 ●何かに対して不安な気持ちになることがよくある   【思いっきり該当した】
 ●いらいらする                         【同上】
 ●将来に対する希望がもてない              【同上】 
 ●集中力や記憶力が弱くなったと感じる         【買い物や食事のしたくも困難】
 ●自分を責める                        【該当】
 ●食欲がなくなる
 ●子供や夫に愛情を感じられない             【該当】



◇私のはなし。
 私の夫はすごく理解もありやさしい。子どもの相手も嫌がらないし、家にいるときは子どもと遊んだり家事もどんどん手伝ってくれる、私が家事ができていなくても文句もいわず、とてもいい夫だと思う。転勤前は仕事時間が長かったけど、今は恵まれた仕事環境だろう(週3日は夕食が一緒にとれる)。経済的にもまあ恵まれたほうだろう。また、子どもの方も、なんの障害もなく、早い時期から夜は長くよく眠るし、食事量も十分食べてくれるし、気質も育てやすい方の子だと思う。義母との関係も良好、実家にも十分甘えられる。といったふうに、私自身の環境はかなり恵まれたものだと思う。
 また、私自身の性格が、かなり楽天的でテキトウ(おおざっぱ)だし、ぜんぜんきれい好きじゃないし、社交的だし、明るいし、気持ちの切り替えも早くあまり落ち込まない、ウツなんて自分にはぜんぜん関係ないほど遠いものだと思っていた。(自分で言うなってね)。楽なやり方良い考え方方法みつけたら、どんどんマネしたり取り入れたり。こだわりもなく、自由により良い生き方をしていくぞってな感じ。
逆に、そういう思いから、ウツに興味もなく知識も全然なかった。暗いから、性格のせい、環境のせい・・なんて思ってるくらいで、誰でも罹りうる病気だってことも知らなかった。
 子どもも好きだし、育児教育関係の書籍なども好きでよくよんでいたし、育児なんて余裕、本当に楽しみ~って。相当甘くみていた。



では、なぜ「産後うつ病」になったか。  ~理由として考えられること~
・ まず前述のとおり、出産~育児というのは女性にとって、ほんとうに大変な事業である。
・ 変に育児教育系?の知識があって、強く「カンガルーケアをしたい」と思っていたにも
関わらず、産院では希望とかけ離れた状態で出産~入院中を過ごしてしまった。 
・・・母乳、カンガルーケア、母子同室等で母子の絆が強くなる、それの有無とその後の調査で
子に対する愛情の感じ方、産後ウツ病の発症、虐待との関連などの報告有り。
・ 出来ちゃった結婚である。しかも、夫と初めて出会ってから妊娠発覚まで半年
・ 私自身がもっと仕事を続けるつもりだったししたかった。(結婚はまだ3年ほどは先のつもり)
・ 「結婚」に対する準備が精神的にも実質的にもできていなかった。
・ 産後半年のころに予定した、結婚披露会の準備などのプレッシャー(結婚式自体が、私自身どうしたいかちゃんと考えきれずに、結婚、出産してしまい、やりたいように結婚式を挙げれなった。)
・ほんとは、いろいろ、思っていたように結婚式ができなかった。(うまく夫や母にこうしたいって言えなくて。指輪も全然気に入ってなかった。あれ?こんなの買ったっけ?って。おかしいよね。準備できてなすぎ。なんでだろうね。流されて、いつの間にかあんな形の結婚式その他披露会などになっちゃった。。ま、今となってはもういいけどさ。)
・結局、友達に向けての結婚披露会、全然やりたくないのにやってたし。・・・・
こうやって書いてると、結婚式周辺のこと、私としてはかなりせつなかったんだろうね。

夫と初めて出会ったのが02年3月末、すぐ付き合いだして、妊娠発覚は9月半ば。11月結婚、式は12月。03年5月に長男出産。03年11月にほんのり披露会。

上記の理由がだいたい主なものだと思う。



そもそも、出産後すぐに抱っこしたり、母子同室にしたいという希望がかなえられなかったことが、しばらくしてからものすごく不安の原因になっていった。(子どもを愛せるだろうか、子どもが私を愛してくれるだろうか)また、「母乳でないと」という思いも強くなり、異様に母乳にこだわってしまっていた。(母乳育児を成功させる大きなポイントは産後1週間~1ヶ月にあるのに、その後に母乳育児のための知識を得て、あせっていた。しかも母乳育児には母乳が十分にでるようになるまでに、けっこう労力がいる。精神的にも辛かった。)


わたしが出産したのは、3時間ごとの授乳&ミルク以外は赤ちゃんは抱っこもできず、泣いている我が子をガラス越しに見るしかできない産院でした。また、赤ちゃんが泣いても3時間ずつあけて授乳+ミルクをあげなさいという指導を受けて退院した私は、母乳もあげるけど飲むだけミルクをどんどん飲ませて、3時間にはだわってなかったけど、母乳を与える回数は頻回には程遠いものでした。
しかし、夜寝る前のミルクもしっかりのませて(飲んでくれた)たため、夜は生後2週目くらいから続けて4・5時間眠れるようになっていて、昼間も母乳後に十分ミルクを飲ませていたため(飲むだけ与えていた)長いとと4時間くらい続けて眠る子だった。おかげで、産後1ヶ月はすごく楽にすごしていた。(そんなに母乳にこだわっていなかった)

逆に、なぜか産後1ヶ月以上経ってから、特に3ヶ月以降に、母乳に以上にこだわりだして、先ほど述べたしんどい方法をやりだしてしまったがために、どんどんしんどくなっていってしまったのです。カンガルーケアができなかったこと、母子別室で、産後3日も赤ちゃんに触れられなかったこと、母乳がしっかりでていないこと(完全母乳出ないこと)を異様に不安の材料にしてしまって、「私はこの子を愛せるのかな、この子は私を愛してくれるのかな、虐待とかにならないかな」と、変に不安がっていた。
↑こういうことを思いだした(母乳に固執したり、不安を感じたり)のはきっと「マタニティブルー」のせいだろうと思う。
それでも、実家にいる間は、赤ちゃんはすごくかわいくて愛おしく、余裕もあったように思う。しかしそういった、不安な気持ちを抱きだしたころ(生後3ヶ月)=マタニティブルーの時期に、実家(里帰り出産)から夫の待つ新潟に戻ったのが、どど~んと産後うつ病に移行していった原因だろう。
新潟に戻ってから、当然夫は仕事で日中いないから、せまい家に赤ちゃんとふたりきり。責任感と不安。緊張もあっただろう。たぶん、いっきにウツだったと思うのだけど。
異様に母乳にこだわり出して、母乳がうまく出ないことが、母子の絆に対する不安になって、母親としての自信がなくなったり、ついには赤ちゃんがうまく母乳を飲んでくれないことを疎ましく、泣き止まない我が子を前に一緒に泣いていたり、そんな自分は母親失格だなと思ったり。        〔母乳育児でのメリット(母子の絆が深まるなど)が台無しです〕



新潟に戻ってから2週間ほど、毎日ず~っと私は一日中ぽろぽろ泣いてばかりいた。夫も心配はしていたが。2週間後、また実家にもどった。その後、10日~2週間(ときに長くて3週間)ほどごとに、実家と新潟の家をいったりきたりして過ごしていた。
夫は、やさしいし心配もしていたが、そこまで深刻とは理解していなかったし、「妻子と一緒にいたい」気持ちが強く、私も「夫のそばにいなきゃ」と、それもプレッシャーだった。
また、夫の仕事も朝7時には家を出て、夜も早くて20時、24時前後の日も多かった。

新潟の家に2・3日いると、
昼間、眠る我が子を、泣いている我が子だいて、出窓にすわって外を眺めていると(二階に住んでいた)、このまま何かの拍子にこの子だけ落ちて死んじゃわないかな、とか。私自身が消えてしまいたいとか。泣き声を聞きたくなくて布団をかぶしてみたり、外にでたり。ちょっとでいいから、一人にさせて。とか。泣き声にイライラしたり。イライラして泣いている赤ちゃんをソファに投げ落としたり・・・。虐待ギリギリ。十分虐待かな。

外出もままならないし、夕飯の買い物が精一杯。買い物をしていても、何を買えばいいのか、献立も立てられず。食事の支度や洗濯もできないことも多く、家事も満足にできない自分が情けなく、自分は何もできないんだと思い知らされる毎日。(ウツの症状のせいが大きいだろう)もちろん、自分のしたいこと、(新聞をよんだりテレビをみたりも)は満足にできず、世間の情報からはどんどん取り残されて。このまま私は一生家に閉じこもって、何もできないのかなー、人生終わりだなーなんて考えていた。もう一度社会に出れる(仕事に就ける)ようには全く思えなかった。もっとちゃんと仕事したかったのになー。もっといろいろ遊びたかったしなー。最近まともに人と会話してないなー。ちょっと大人としゃべりたいなー。ほんと、子ども産まなきゃよかった。結婚しなきゃよかった。
夫にも、息子にも、ぜんぜん愛情をかんじられないし。どよ~~ん。一瞬でも息子から離れる時間がほしくてたまらなかった。一人の時間がほしくてたまらなかった。

 もちろん、子どものほうも母親のそういう気持ちを敏感に察しています。母親に対する信頼感もなく、私が見えないとパニックになったように泣き叫んでいました。母親に愛されていないことを感じて、とても不安だったのだと思います。(赤ちゃんってほんとに母親の感情に敏感です) で、よけいに私は子どもをうっとおしく感じて・・・
協力してくれている夫にも不満ばかり感じて、嫌なことをいっぱい言ったし、あたりちらしてた。イライラ怒ってばっかりいた。私って、こんなに性格悪かったんだ。がーん、知らんかった。(学生時代までの私は、本当に喜怒哀楽の「怒」のない性格だった。天真爛漫って感じ。自分でいうなっ)
 このころ、近所の人に「このくらいの時期が(生後半年ころ)一番かわいいよね」と言われて、一番かわいい時期に全然かわいいと思えない私は終わってるな、とか思ったものです。これ以上かわいくならないなんて、どうしよう・・と、その近所の人の言葉に真剣にへこんだものです。


1歳半になるまで、「子どもなんて産まなきゃよかった。」と何度思ったか分かりません。その1年半のあいだ、いつもいつも、そればっかり考えてました。
(10ヶ月くらいまでは相当だったとおもいます。その後1歳半ころまで何度か思ってました)

ちなみに、その後偶然ウツの知り合いと出会って3人のウツ経験主婦の話を聞いていたら、「家事ができない」『献立がかんがえられない』「買い物に行っても何を買っていいかわからない」「掃除ができない」「家族に愛情が感じられない」「心がせまくなっている」「イライラしやすい」「人の欠点や嫌なトコばかり目に付く」「自分性格が悪くなったと感じる」というのが、まさにウツ病の症状だと判明。判断力、思考力が鈍るという話はきくけど、具体的に、上記のように家事ができないことや、気持ちの変化って、その症状だって気づきにくいですよね。本人も家族も、怠けているように感じてしまいがちです。


さて、そんな生後3ヶ月~半年ののち、11月末に結婚披露会を催しました(その当時はぜんぜんやりたくなかったし、準備がとてもしんどかった←ウツのせいと、普通に子育ての大変さより)
そのころ同じくして、「産後うつ病」という病気があることを知り、あ、私これだ、病気なんか、なーんだ、病気ならしかたないやんっというふうに、思うことで、すっと楽になりました。むしろもっと早く言ってよ。という感じ。
そして、その披露会が終わったことで、トンっと楽になって、一番やばかった状況からは抜けたように思います。その披露会の準備等(準備そのもののだし、結婚式全般をやりたいようにできない、どうしたいかよくわからない←思考低下のせいもあって)が相当プレッシャーでもあったのでしょう。それに、生後半年たって、育児が少し楽になってきたこともあるし。

 そんなわけで、相当しんどかった時期は終わり。それでも10日~2週間(ときに長くて3週間)ほど新潟にいるとしんどくなってきて、実家と新潟の家をいったりきたりして過ごしていた。 そのころは赤ちゃんをつれての外出もだいぶしやすくなっていたため(生後半年もたつとそういもんかな)、何回か、赤ちゃん連れのサークルや支援センターに遊びに行ったりして、気分転換もできるようになったし。またほかの赤ちゃんや母親を見たり、触れ合うことで、みんな同じなんだんなーっと、思えることで楽になる部分も多かった。               

 そのあいだも、子どもに対する愛情には自信がもてきれず、「産後うつ病」についてもいろいろと情報を集めて、病院にかかることや、育児相談なども考えました。しかし、病院にいって、あるいは育児相談をして、はたしてこの病気を理解してもらえるだろうか、「母親なのに、子どもを愛せないなんておかしい」などと、産後うつ病を知らない人に、そういった否定されるようなことを言われたら、さらに立ち直れないな、怖いなという思い。
また、もし病院で治療を始めて薬を飲みだしたら、母乳をやめなきゃいけない、そんなことしたら母子信頼関係がよけい悪くなるんじゃないかな。(・・・まだそんなことにこだわっていたみたいです)などと、先に進めないままでした。(04年のお正月ころには、そんなことをモンモンと考えていた。)でもひとまず元気になったように感じていたし、そのまま時間がたっていった。


 そして、04年2月、夫の転勤で4月から釧路に行くことが決まり、また心が揺れました。新潟ならまだしんどくなっても実家に帰ろうと思えば帰れる距離です。けど釧路!!
不安がどーんと。でも、まあ、ひとまず大丈夫かな、がんばってみよう。ひとまず夫と一緒に釧路に行ってみよう。という気持ちでした。(4月5日まで)
 このころには、うつ状態はそれなりに改善していたと思います。

 ところが、夫の転勤の引継ぎの関係で新潟の家を不在にするため、私と息子は2週間ほど実家にもどっていたところ突然(4月5日)夢のようなはなしが舞い込んできたのです。予定では、4月22日に、新潟→釧路の引越し、そのまま家族3人で釧路暮らしスタートのはずだったのですが。
 夢のような話とは、私の地元の友人から「半年だけ仕事しない?」というものでした。
なにせ、仕事したかったけどもう社会に出て仕事するなんて到底無理、と思って落ち込んでいたわけですから、ものすごく魅力的な話だったのです。(しかもとても興味のある仕事内容)
 実家から遠い釧路で生活する不安と、仕事がもう一度できるっという嬉しさ。しかも親や友人のいる地元で! ということで、夫に対する「ごめんね」の気持ちより「やらせて欲しい」が大きく、無理を言って半年間、実家で仕事をさせてもらったのです。ある意味、離婚してもいいやという思いもありました。

 この半年があったことも、産後うつ病が完全に治った大きな理由の一つです。
 あ、まだ私大丈夫だ。人生このまま専業主婦で終わりでもないな、まだ私にも可能性があるんだな、生きていく希望ができた。っという思い。

 この仕事をしているあいだの半年は、子どもを保育園に預けて寂しい思いをさせてごめんね、というのもあってか、すごく子どもを愛おしく思えました。でも心から子どもを受け入れているかというと怪しい感じ。(しかも夏休みの4週間は、またやばくなってた・・・子どもが受け入れられない状態。だから夏休み後はしばらく不安定で) 
 そして、04年9月末で仕事を終え、10月末に、ようやく夫の待つ釧路へと来ました。
しかし、やっぱり不安とウツが完全になおってないようで、子どもを心から受け入れ切れてない自分を、子どもを愛せていないことを、感じていました。
2週目くらいまではやっぱり夫や息子を心から愛おしいと思えないことがあって。
イライラしたり、夫や息子にやつあたりしたりイジワルしたり
家事ぜんぜんやらないで、夫にぜんぶやらせて、自分は寝てて、
そんな自分にさらにイライラしたり。へこんだり。
自分の誕生日(11月8日)くらいがピークにやばかったです。

 で、誕生日の日、夫となんだか語り合って、いっぱい泣いてすっきりして、いろいろふっきれたのかな。
夫との3人での核家族生活を始めてから、初めて1ヶ月が経ち(今までの3人生活は最長で3週間でしたので)生活のリズムや私のココロなんかが、落ち着いてきて、
息子や夫に対して感じる愛おしい気持ちが、私自身の中に安定して感じらるようになりました。
やっとしあわせ。

母からの愛情が安定したのを感じてか、息子も安定してきました。
それまでずっと、母子の信頼関係できてないなーって感じていたのが、
少し、信頼されてきたかなという感触。
子供って、親の感情にほんと敏感だよなー。とつくづく思います。

息子も、最近はもう私がトイレなどに行っても特に泣いたりもせず、今でも時々ついてきたりはしますが、以前のような母親がいなくなってもパニックにはなりません。(一般的な成長段階によるものもある)


この、04年11月にドカンっと、症状が消えたのは、そういったじわじわといろんな原因もありますが、最後に、以下のことも大きいでしょう。

 ・ 子どもの成長によるもの
子どもが1歳半ころになると、目に見えていろんなことができるようになって、 
お互いのコミュニケーションもそれなりにできるようになって、
子どもと一緒にいる時間がずいぶん楽に、楽しいものになってきます。
親も子育ての生活にも慣れ、子どもとのペースもできてくるし、同じ年頃の子どもを持つ母子で遊ぶ機会も増え、他の子も見るとよけいに、皆同じだわー。と思えるし。ほんとうに、一気に楽になるものです。(多数の一般的な意見と同じ)
・ 家事はテキトウでいいやっと本気で思うようになった。
   部屋が散らかってても、多少ホコリや髪の毛が落ちていても、ご飯を作らないことがあっても、洗濯が溜まってても、ま、いっか。という感じ。(私って、本当にかなりテキトウおおざっぱな性格だとおもう。) 
・  家事以外でも、かなり、まいっかでやってる・・・。

 ちなみに、今の私は、学生時代以前のぱっぱらぱーな性格に戻ったように感じます。幸せ。いつも幸せを感じてられるし・・むふふ。です、
一人で(息子を連れて)どんどんいろんなところに出かけてるし、友達もどんどん増えてます。人にやさしくできるし、心に余裕もある。
夫や息子も愛おしくてたまらない。幸せすぎるくらい。
 本来の自分はこんなんだったなー、と思い出せてよかった。



その他まとめきらないけど以下
・  ウツの状態だと、人に助けを求めることも困難。
今の私は、もっと早い段階で治療していればよかったと、つくづく思います。でも、結局最後まで治療するというところに行き着けなかった。だからこそ、1年半もかかったのだろう。
    そういう人を、早期発見、支援できるとよいなと思う。→そのためにも、赤ちゃんの健診を有効活用していくとよいと思う。しんどいことをしんどいって、もっと言いやすい環境があるとよいな。
・ あと、実家と新潟の家だけで、すごく狭い中にいたこともよくなかったな。
  実家にも新潟にも、2週間ずつしかいないことで、よけい外に出にくいし、地域の子育て支援情報が得にくかっただろう。また子育て仲間、友達もつくれなかった。(外に出る気がなかったが・・これもウツか)

・ 不妊治療と産後ウツ病の発症の関係。
・ 仕事に就いて新潟に住みだしてから(結婚とか以前に)、性格かわっていっていた。プチウツ傾向。
・いや、それ以前、大学途中くらいから、「あー私、人生いつ終わってもいいなー。いつ死んでもいいなあ。結婚くらいはしてみたいか。」と思いながら生きていたな。


・  一般に、マタニティブルーや育児のノイローゼ・産後うつ病などが、大方の母親たちは自然となおっていく理由が、もちろん育児生活に慣れるというのも大きいでしょうが、
生後3ヶ月くらいから(授乳間隔があいてくる、昼寝などのリズムも少しずつできてくる、体もしっかりしてくる、など)だんだん、どんどん、赤ちゃんをつれての外出もしやすくなってくるため、外にでて、気分転換ができるようになったり、またほかの赤ちゃんや母親を見たり、触れ合うことで、「みんな同じなんだんなーっと」、思えることで楽になる部分も大きいのではないでしょうか。
そして、皆経験するように、「1歳半~2歳をすぎると、ぐっと楽になる」というのも、さらに外出したり、赤ちゃんとのコミュニケーションが少しずつでもできるようになってくる、というのが大きいのかなと思う。


以上。
ほんと、まとまりないね。同じこと何度も出てくるし。
そんな程度のオバカな私です。



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