第七章~胎動2



 アスタリテは大きなお腹を抱えながら、表に出たり、玄関に戻ったりを繰り返していました。
 「今日は早く帰る」というシグルのメモをアカデミーの学童が届けてくれたのはほんの一時間前のことです。でも、一週間ぶりに日付が変わる前にシグルが帰ってくる・・・それだけでアスタリテはそわそわしてしまって落ち着かない様です。

ピロテーサ:姫様、夜風はお身体に障ります。導師も間もなくお戻りになるで
      しょう。どうぞお部屋にお戻り下さい・・・。

アスタリテ:ええ、解っています。でも・・・もう少しだけ・・・。

ピロテーサに返事をする間にも、シグルがそこまで来ているんじゃないか、その角を曲がって今にも手を振って走って来るんじゃないか・・・そう思うとなかなか玄関を離れることができないアスタリテでした。

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 一方、テオはイエルカの「お荷物」との問答に辟易していました。他の元老達も腕組みをしたまま眉間にシワを寄せて目をつぶっている者、天を仰いで嘆息する者、鼻や耳をほじる者・・・と、心ここに非ずといった感じです。

バンディ:イエルカに軍隊なんか要らないよ~!この要塞化された王都を攻略
     するなんて不可能だ。このブ厚い貯水槽を貫き通す槍を持った軍隊
     がいたらお目にかかりたいもんだね。

テオ:しかし人間が築いた都市である以上、絶対ということはありえません。
   現時において最高と思える技術も、いつかは「前史の遺物」と呼ばれる
   様になるものです。人間の技術とはそういうものです。現に「飛行艇」
   がこの世に存在することが明らかになりましたがイエルカは空からの攻
   撃には無防備です。その「飛行艇」を捕獲、撃墜する装備を彼らの高速
   艇は備えていました。空からの攻撃に対する王都防衛の参考になりま
   す。

バンディ:そんなどこの馬の骨とも解らんヤツに武器を持たせて王都を歩
     かせるのか?今日の昼まで狂戦士だったっていうじゃないか。

テオ:彼らは馬の骨ではありませんし、既に狂戦士でもありません。確かに占
   領軍によって闘うことしか知らない狂戦士に仕立てられてはいましたが、
   シグル大兄によって既に洗脳は解かれました。彼らも祖国を失い親を失
   って心に深い傷を負った犠牲者だったんです。その彼らが人の心を取り
   戻して、今初めて人として歩み始めようとしているんですよ。それもイ
   エルカを守るためにです。それに彼らは大規模な軍隊を組織したいと言
   っているのではありません。衛兵として使って欲しいと言っているので
   す。

バンディ:見たところヤツらも有色人種だろう?黒いのやら茶色いのに我が物
     顔で歩かれたら王都が穢れるわ!カディールの女房を世間の目から
     守ってもらったらどうだ?茶色い者同士、お似合いじゃないか。よ!

 この時、元老達の間から冷笑が漏れました。バンディへの嘲笑か、バンディに阿諛追従する笑いか・・・、いずれにせよ会議室は「戦争なんて海の向こうの話じゃないか。退屈だよ、いい加減終わろうよ」という空気に満ちていました。
 それは政経済民の中枢であるべき立法の府が既にその役割を果たせず、芥溜めになっていることを如実に物語るものでした。

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 もし、元老達への説得が成功したら国王に出駕を願う為に謁見の間で待機していたシグルですが、全くの無駄骨に終わりました。この6時間は何だったんだろう・・・?溜息付きながら第1市街陽光台の自宅に帰ったのは深夜になってからでした。ピロテーサは既に帰宅していましたが、それでもアスタリテは起きて待っていました。
 久しぶりの団欒のために、重たいお腹を抱えながら、腕によりをかけて作った夕食はすでに冷めてしまっていました。

 冷めた料理が並んだ食卓を前に、ちょこんと座って

「ずっと待ってたんだから・・・」

と震える声でアスタリテが呟きました。

「久しぶりに早く帰るって言うから・・・腕によりをかけて作ったのに~」

顔を覆って泣くアスタリテの言葉にシグルは焦りました。

シグル:いや、ゴメン!ホントに済まなかった!あのね・・・えっとね・・・(O.O;)

とにかくなだめようと肩に手をやった途端、顔を覆った手を除けて「ウソだよ~」と舌を出しながらアスタリテが笑いました。

シグル:なんだ~・・・ (;-・。・-;)ふう、ビックリした・・・。心臓に良くない
    よ~・・・。

アスタリテ:ぬか喜びさせたバツです。えへへ・・・、焦った?

シグル:焦った焦った・・・。

アスタリテ:あっ!今蹴った・・・(^・^)

お腹の赤ちゃんがお母さんのお腹を蹴った様です。

シグル:えっ?ホントに?

アスタリテ:ケンカじゃないのよ~、心配しなくていいからね~。ほら、お父
      さんからも何か言ってあげて下さいな。

シグル:( ・_・;)う~ん、何て言ったらいいのかな・・・。げっ・・・元気?

アスタリテ:え~、他に何かないんですか?

シグル:うっ・・・(--;)。

 吹き出すアスタリテに頭を掻きながら笑うシグル・・・二人を包む空気が和みます。

 王府に巣喰う魔物を相手に打々発止の毎日ですから、気づかぬうちに結構心が乾いてしまったりもするのです。そして困った人がいると放っておけない、不埒な輩は見逃せない性格ですから自分の許容量を遙かに超える仕事を抱えることになり、時に自己嫌悪に陥ったりもするんです。
 アスタリテといるとそんな殺伐とした心が知らず知らずのうちに癒されている・・・。シグルはこんな時、ささやかな幸せと、安らぎを覚えるのでした。

 こんな日が永遠に続けばいい・・・。自分達夫婦はもちろん、自分と縁した全ての人々、この国に住む全ての人々がそういう幸せを噛みしめながら過ごして欲しい・・・。それがシグルのたった一つの願いでした。

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 翌朝、王府内の観星官(ムラージと言って星の運行を見て、吉凶を占ったり、農作物の作付け指導を行う人です。サリエスの中でも特に優秀とされる13人だけが王都の観星官になることができます)執務室で・・・。

テオ:昨日は申し訳なかった!元老院があそこまでバカの集まりだとは思わな
   かったよ。おかげでアスタリテ様にもご迷惑をおかけしてしまった。昨
   日が君達の結婚記念日だってこと、うっかり忘れていたよ・・・ホント
   に申し訳ない。

 昨日(4月9日)はシグルとアスタリテの結婚記念日でした。それでアスタリテはご馳走を作ってシグルを待っていたのでした。

シグル:テオ大兄、顔を上げて下さい。痩せても枯れても家内は第3王女です。
    私達が不測の事態に対応を求められていることは重々承知しています。
    どうぞお気になさらないで下さい。

テオ:理屈の上ではそうかも知れないが、一人の女性としては寂しい思いをな
   さっておられるのではないだろうか?私も君にしわ寄せが行かない様に
   気をつけるよ。

シグル:恐れ入ります。

テオ:ところで彼らの処遇はどうしたものかなぁ・・・。

シグル:ええ、王都においては古来から殺傷能力の高い武器は携帯できないこ
    とになっていますから、彼らが所持していた弩弓はこれに抵触するで
    しょうね。腰に差していた剣も両手持ちの大剣ですし・・・。

テオ:フグ大人(バンディ)は彼らが有色人種だということに異様にこだわっ
   ているんだよ。彼らがいると王都が穢れるってさ。

シグル:愚かな・・・。その有色人種に劣情を催していた御仁がよく言うよ。

テオ:え!?

シグル:あ、いえ、何でも・・・ヾ(´▽`;)ゝそういえばカディール大兄が
    「海賊船が近海に出没する様になったそうだから警備を強化した方が
     良かろうな」と仰ってました。明日にでも相談してみます。

テオ:そうか、マグオーリは海上交易の要衝・・・、海賊への備えは重要だね。
   そして王都の様な制約もないし・・・、うん、いいかも知れないね。

   あっ、そうそう、マグオーリといえば・・・、彼はどうだろう?試験勉
   強に抜かりはないだろうか?シジムの村に里心がついて帰って来ない
   ・・・なんてないよね~?

シグル:ラーズですか? 大丈夫でしょう。ちゃんと試験には間に合う様に帰
    って来ると思います。

テオ:うん、彼は観星官志望なんだよね。何て言うか・・・、
   向いてないっていうと語弊があるかな・・・?彼は彼なりにいいモノ
   を持ってるし、いざそういう立場になれば頑張るんだろうど・・・。

シグル:そうですね。できれば彼には医師(サジ)の道を歩んで欲しいです
    ね。いかんせん今のイエルカでは観星官になっても先行きは知れて
    ますからね。そういう意味ではダルヒムの方が向いているでしょ 
    う。

テオ:うん、彼は良くも悪くも泰然自若って感じだからね。それに引き替え・・・、
   緊張感がないんだよね彼・・・、猜疑心がないかわりに危機管理能力も
   ・・・、ああもう、なんだか落ち着かないなあ。明日のマグオーリ行き
   は私も同行しよう。帰りにでもシジムに寄ってネジ巻いてこないと・・・。

シグル:テオ大兄、不用意な忠告はカンニング幇助と見なしますよ。

テオ:何だか世話の焼ける弟を持った心境だよ・・・。

シグル:ははは、私もです。


(ムラージとはムル(星)+アジ(観る)=星を観る者という意味で「観星官」という意味になります。*因みにサジはス(脈)+アジ(観る)=脈を観る人・・・で医師という意味になります)
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その頃シジムでは・・・、

ラーズ:ぶえ~~~~~~っくしょん!!うい~~~~っ!頭痛~~~っ!
    まだ夕べの酒が残ってるのかな・・・?

つづく


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