外伝~イエルカ興国譚6



 イエルカが18才になった頃、サリエスが後見人となって国王に推戴され、旧グ・エディンの上に建造された都市は3柱神が最初に建造した都市にちなんで「イムラント(最初の島・・・)」と名づけられました。

 この大河は1200余年の間に徐々に水かさが減って100年ほど前には湿地帯となり、今では見渡す限りの肥沃な農地となっています。

 もともとグ・エディンも周囲に運河を巡らせた島さながらの都市でしたが、イムラントの白亜の城塞は、まるで黄金色の麦の穂の海に浮かぶ島の様に見えました。だから海に浮かぶ島というわけでもないのに「最初の島」と名づけられたのです。

 イエルカはイムラント王府最上階の天文台の窓から春霞に煙るユートム半島をぼんやりと眺めていました。

 新年早々、師匠とも父とも慕っていた勺(関白)のサリエスが58才の若さで他界しました。まだ30そこそこの若き国王であるイエルカにとってこれは大きな痛手でした。胸の中にぽっかりと大きな穴が開いてしまった様な喪失感に苛まれ、腹の底から笑えない日々が続いています。

 幼い日に封印したはずの思いが胸の中に湧き起こって来ます。

「なぜ、私の両親は私を置いて死地に赴いたのだろう?親子の絆とは何なんだろう?」

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「貴方の本当の両親は魔竜アジ・ダハーカからこの国の民を守って戦死した」

 それまで実の両親だと思っていたサリエス夫妻から、このことを告げられたのは10才の時でした。

 親が子どもに敬語を使う・・・、周囲の親子にはない自分とサリエスの関係に、違和感は感じていましたが、その時「両親の遺品」だと言って、サリエスが2つの指輪(*)をイエルカに手渡すと、突然火焔宝珠から山吹色の光が溢れ出し「金翅鳥グァダルーぺ」の姿が、「水輪宝珠」からは淡い水色の光が溢れ出し「大海王ミズガルドオルム」の姿がホログラフィの様に浮かび上がりました。

 それに呼応するかの様にイエルカの右の掌には深い紺色の剣の映像が浮かび上がりました。暗い闇夜を象徴するかの様な蒼い刀身には見たこともない黄銅色に鈍く光る文字が刻まれていて鍔にはサファイアの様な蒼い貴石が嵌め込まれています。
 ペーパーナイフ大のそれはゆっくりと回転していました。サリエスには何か破壊的な力を秘めている様に感じられました。

 左の掌には黄金色に輝く剣の映像が浮かび上がりました。刀身には薄緑色の文字が刻まれていて、鍔にはエメラルドの様な緑色の貴石が嵌め込まれていました。紺色の剣と同じ大きさのそれは、右手の剣とは反対向きに掌の上で回転していました。何とも言えない神々しさと温かさに満ちあふれた光を放っています。

やがて2つの剣は吸い込まれる様に掌の中に消えて行きました。

 サリエスは、
「二つの宝珠から金翅鳥や大海王が現れたのはこの国始まって以来のことです。きっと、お母様は死してなお貴方を守っておいでなのでしょう。もう一つの水輪宝珠を作ったのは、お母様の師匠である貴方のお爺様だと伺っております。お爺様の思いもまた貴方を守るために、貴方とともにあるのです。」
と教えてくれました。

 二つの宝珠から伝わってくる温もりは、サリエスの言葉が嘘ではないことを物語っていました。しかし、一方で
「ならば父上は・・・?父上は僕をどう思っていたのかな・・・?」
という、拭いがたい不安というか疑念の様なものが澱のように心の底にこびりついていました。 

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(*)母の遺品である火焔宝珠の首飾りは、悪竜アジ・ダハーカとの戦闘時に鎖が切れてしまったので、ジョカが育てた宝飾・祭器職人達によって指輪に作り直されていました。今は水輪宝珠の指輪と併せて「国宝」として王府の地下神殿に祀られています。

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 それからというもの、イエルカの感情が高ぶったり身の危険を感じた時、本人も気づかぬうちに右手にグランブルー、左手にはサンライトイエローに輝く剣を握りしめている・・・という現象がたびたび起こる様になりました。

 事の起こりは“いじめ”でした。性格が温厚で争いごとが嫌いなイエルカは、街のいじめっ子達の標的にされたことがありました。

いじめっ子A:お前の父ちゃん英雄なんだって?山みたいにでっかい竜をブッ
       倒したんだってな~?

いじめっこB:ホントはそれって作り話でさ~、蛇退治に行って噛まれて死ん
       だんじゃないの?実はこいつと同じへタレでさ!(^-^)/ヒヒ
       ヒヒヒ!

イエルカ:何をっ!?

いじめっ子C:何だ!違うってのか!?だったら今度竜を仕留めてみせろよ!


 いじめっ子達は口々に「おい」「どうなんだよ」「出来るのかよ~」などと言いながらイエルカを取り囲んで小突きはじめました。

イエルカ:やめろよ!よせって!

いじめっ子達:「悔しかったらかかってこいよ!」「どうしたどうした英雄さん
       よ!?」「生意気なんだよ、神殿なんかに暮らしやがってよ!」

イエルカ:やめろってば!!

いじめっ子B:お前がへタレだからお父ちゃんもお母ちゃんも悲観して死んじ
       ゃったのかなぁ?「息子が“まるでダメ夫”だからもう死んじ
       ゃう~」ってさぁ!

 その言葉に他のいじめっ子達もゲラゲラ笑い出しました。触れてはいけない琴線に触れてしまいました。「僕の父上や母上が命がけでこいつらを守ったのに何でこいつらはこんなにバカなんだ!」と、心底頭に来ました。

 そしてイエルカが「貴様ッ!!」と言っていじめっ子の一人を指差した時、刃渡り60cm程の紺色の光の剣がいじめっ子の身体を貫きました。

 いじめっ子に外傷はありませんでしたが、まるで糸の切れた操り人形の様に倒れ伏し、そのまま動かなくなりました。

 いじめっ子達にあの剣は見えていなかった様ですが、あまりのショックに腰が抜けた2人は、失禁しながら四つん這いで逃げて行きました。

 でも、もっと驚いたのはイエルカ本人です。

「何だ!?・・・どうしてこんな・・・?」

イエルカも恐ろしくなって神殿に逃げ帰りました。

 程なくしていじめっ子Bの親族が神殿にやって来ました。

父親:イエルカ様の御両親は私達を守ってくれた英雄である。いくら礼を言
    っても言い尽くせないし、それを侮辱した息子の非礼はいくら詫びて
    も許されないくらいだが、それにしても木偶のようになってしまっ
    て・・・、この子はまだ14才なんです(ノ_<。)

母親:一緒にいた友達が、イエルカ様の手が光った途端ウチの子が倒れたって
   言ってます。もし息子をこんなになさったのがイエルカ様なら元に戻せ
   るんじゃないでしょうか?

父親:御願いです!もう二度と悪い友達とはつき合わせません!息子が元に戻
   ったらイエルカ様の気が済むまでお詫びさせます。ですから息子を助け
   て下さい!

母親:御願いします!

 対応に出たサリエスが、取り敢えず「イエルカ様もショックを受けて部屋に隠っている。必ず何とかするから今日の所は・・・」と両親をなだめ、引き取ってもらいました。

サリエス:(確かにあの方のお子ならそういう力があっても不思議ではない・・・、
     しかし決して無闇に人を傷つけるようなお子ではなかった。望んで
     したことではあるまい)

 そう思ったサリエスは息子のセージにイエルカの様子を見に行かせました。

 セージは13才で、すでにサリエスの右腕として働いていました。
 掌で気を練って紗(うすぎぬ)の様なベールを作って切り傷の治療をしたり、掌から放つ光で打ち身や骨折を治療したり・・・という能力がありました。

サリエスは「きっとセージと同じ様な能力が発現し、その力を持て余しているに違いない」と睨んでいました。

 セージは暗い部屋で膝を抱えて踞っているイエルカの隣に腰掛け、「自分も小さかったからよく憶えていないし、後になって親から聞いたことなんだけど」と前置きしたうえで自分がこの能力に目覚めた時のことを話し始めました。

 それはまだユートムが活気に溢れた交易都市だった頃のことです。

 セージは3才頃にはすでにけっこうな「ごんたくれ」で、親の心配をよそに5~6才の子ども達に混ざって高い塀の上で弥次郎兵衛の様にバランスを取りながら歩いたり、新市街の用水路を飛び越えたり、という「勇者ごっこ」に興じていました。

 ある日、街の穀物倉庫が「勇者ごっこ」の舞台になりました。天辺に登って自分達のチームの旗を立ててきたらそいつが「勇者」です。穀物倉庫の屋根は7才の子どもさえ尻込みする様な高さがありました。
 そこに3才のセージが登り出しました。3才とは思えない身のこなしでぐんぐん登って行きます。やがてもう少しで屋根の天辺というところでみんなの「危ないからよせ!」「下を見るなよ!」という声に、つい足下を見下ろして・・・、

;;;;(((((((;○д○;)))))));;;;あわわわわわわわわわ!!!!

 恐怖で身体が硬直して、身動きが取れなくなってしまいました。でも、誰も助けに行くことができません。「あんまり小さい子を危ない遊びに誘うな・・・っつうかお前らもええ加減にせえよ」と親から釘を刺されているのに、その言いつけに背いているのですから大人に助けを求めることも憚られました。

「どうしよ~!ねえ!どうしよ~!(°°;)」。。オロオロッ。。・・((;°°))」

 みんなが慌てふためいていると、突然港の方角から猛烈な海風が吹いて来て、旗を持っていたセージは風に煽られて屋根から転がる様に落ちて来ました。

 そしてセージが地面に叩きつけられそうになった時、急に「がくっ!!」という衝撃とともに身体が宙に浮きました。

 「もうダメ」だと思って目をつぶっていたセージや、顔を手で覆っていた子ども達が目をあけるとスクナヒコがセージの足を掴んでいました。

スクナヒコ:ふう・・・、間一髪・・・。

 子ども達はホッとしたのか、スクナヒコの顔を見ると同時に泣き出してしまいました。どやしつけてやるつもりだったスクナヒコも怒るに怒れなくなってしまい、

スクナヒコ:もう・・・ねっ!その~、何だ・・・。まあ大事に至らなくてよ
      かったよ。・・・もうこんなことするなよ。

 地面に降ろされたセージがスクナヒコの顔を見上げると、彼は鼻を押さえていました。指の間からはポタポタと血がしたたっています。そういえば、セージも何となく後頭部が痛かったりして・・・。

 そうなんです。スクナヒコにしてみればホントは足を掴んで助けるんじゃなくて、抱き留めてあげたかったんです。ただ、ちょっと自分が俊足であることを考えずにがむしゃらに突っ込んでしまったので、腕で抱き留めるはずが顔面でキャッチしてしまったのです。

セージ:お兄ちゃん痛い?・

スクナヒコ:えっ?・・・いや~・・・アハハハハ・・・ちょっとね(^^ゞ

セージ:ごめんなさい・・・。

 そういってセージが掌でスクナヒコの鼻をさすり始めると、セージの掌が「ボッ!」と熱くなって、ほのかに赤く光りだしました。あっという間に鼻血は止まり、痛みも消えていました。

スクナヒコ:こいつは驚いたな・・・。セージ君、ありがとう。・・・でもこ
      ういうこと、いつも誰かにしてあげてるの?

セージ:ううん、知らない。今日が初めて・・・。

スクナヒコ:こいつはまた驚いたな~・・・。僕のために目覚めたのか?

セージ:何?わかんない。

スクナヒコ:そうか・・・。セージ君のこの手はね、いつかきっと病気やケガ
      で痛かったり、苦しかったりで困ってるたくさん、た~くさんの
      人をね、助ける力になると思うよ。僕みたいに戦うための力じゃ
      なくて人を助けるための優しい力なんだよ。

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セージ:君のお父さんはね、そう言ってくれたのさ。鍛えようによってはホン
    トは戦う力にもなったんだろうけどね。・・・だってほら。

 セージはそういうと、左掌の上で三つ巴の形に回転する3つの火の玉を一つに練り上げて、一本の刀を造り上げました。

 それは緩やかなカーブを描いた美しい白銀の反り刀で、刀身には金色に輝く太陽を象った紋章と絡み合う2本の曲線(∝・・・これが連続した様なパターン)が刻まれていました。

セージ:右手は青い光が出るんだ。腫れ物なんかを削ぎ落とすにはこっちを使
    うんだ。そしてね・・・。

 そう言って、右の掌の上で三つ巴に回転する青い冷光を練り上げると、鉄(くろがね)色の刀身に青白い三日月を象った紋章と六角形の連続パターンの様な2本線を刻み込んだ怪しい光を湛えた反り刀が現れました。それは蘇生の聖刀「ラビタン」と、破邪の妖刀「シャドラ」でした。

 セージ:これだって使い方を間違えれば人を傷つける凶器にもなるかもしれ
     ないけど、僕は君のお父さんに言われた“優しい力”になる様に願
     いを込めて、その思いを抱き続けてきたらこういう力を得ることが
     できたんだ。

 力を持て余し苦悩するイエルカにとって、セージの助言は「目からウロコ」の一大転換点でした。

 これから程なくして、イエルカはオーラのコントロールを覚え、破邪の魔剣「ヴァジュラ」と慈愛の聖剣「カムシーン」を自在に扱うことができる様になりました。

 生きる屍となっていたいじめっ子は「カムシーン」の力で息を吹き返すと、思慮深い好男子に生まれ変わっていて、のちにイエルカを助ける下大夫の一人となって行くのですが、それはまだ遠い未来の話です。

つづく



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