外伝~イエルカ興国譚7



 ある日、イムラントの東北方面を流れるティアマト川の上流から使節団がやって来ました。使節団の人々はやや小柄で漆黒の髪と黒い瞳をしており、縄文式土器の様な模様のある草木染めの服を着ていました。
 彼らは30年ほど前からティアマト川の上流に定住を始めた「トクラ族」の民で、遙か東方からやって来た「アスカ人」の末裔ということでした。

 イムラントの人々の中でスクナヒコを覚えていた人達は一行を温かく迎えました。

 初めて訪れた地で、予想外の歓迎を受けた使節団の団長タビトが、おっかなびっくりといった表情でイエルカに語ったのは概ね次の様な話でした。

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 彼らの領主オトタケヒコがお供を連れて領地内を見回っていた時、ある集落の民からカシズ山に住む「青年の姿をした精霊」の話を聞きました。

 その青年のことが人々の話題に上る様になったのはカシズ山で道に迷った旅の行商人が、足音もなく忽然と現れた不思議な青年から食べられる山菜を教えてもらって飢えをしのぎ、数日後に狩人達に助けられて無事下山した話が端緒でした。
 さらに皮膚病に悩んで山に籠もろうとした女性に「ヨモギの葉を搾ってその汁を塗れば改善するかもよ」と言い、女性が試してみたら半月ほどでホントに綺麗な肌に戻った話。
 親とはぐれた迷子を山の麓まで「宙に浮いたお兄ちゃんが送り届けてくれた」という話などなど・・・。

 そしてその青年が「霊」であるとに最初に気づいたのはカシズ山に住む狩人達でした。

 彼が獲物の鹿を追って叢(くさむら)に足を踏み入れた時、毒蛇に噛まれて苦しんでいると、どこからともなく自分達と何となく似た様な装束の青年が現れ、狩人と2人の仲間達に、

「貴方はこの人の膝下をきつく縛って傷口から毒を吸い出して上げて下さい。貴方はこの人を噛んだ蛇を捕まえて来て、そしてその皮を剥いでこの人の傷口に貼り付けて下さい。そして貴方は、動き回ると毒が早く回るからあの人が蛇を捕まえて来るまで安静にしている様に」

 と指示して来ました。

 言われたとおりの処置をして、3人は青年に礼を言い、握手を求めました。青年もそれに応じようとしたのですが互いの手は空を切るばかりです。狩人達が青年をまじまじと見ると、背景が透けて見えていました。そして・・・、

狩人:あんた・・・足はどうしたんだ?それにあんたの身体・・・なんだか向
   こうが透けて見えてるぞ・・・。

青年:えっ?

 青年は、自分の足から下がぼやけて消えているのを見て絶叫し、その途端に青年の姿はかき消す様に消えてしまいました。

 青年は自分が既にこの世の者ではないことに気づいていなかった様です。

 オトタケヒコは自分もその精霊に逢いたくなってカシズ山に登って行きました。

 すると、寂しそうに俯く青年を見つけました。彼は膝の下からが薄くぼやけていて、ふくらはぎから下がありませんでした。右の太股には真っ黒な蛇が絡みつきながら蠢いています。

 生憎オトタケヒコに彼の声は聞こえませんでしたが、彼が指差す方向に進んで行くと、レバノン杉の根本に何か光る物が落ちているのを見つけました。

 それは金剛石の中に薄緑色の魔精石を嵌め込んだ見るも美しい宝珠でした。魔精石は翼竜の姿をしています。

 お供の中に、ヨギクという者がいて、彼には精霊の声が聞こえていました。

「彼はスクナヒコと名乗っています。なぜここに自分がいるのか解らないそうです。気付いた時には彼の妻が作ったこの宝珠の中にいたのだそうで、彼は息子が住む国に帰りたがっています。しかし、イツァークという悪人の怨念が、彼の魂をここに縛り付けているのだそうです。どうかこの宝珠をグ・エディンに住んでいるであろう息子のもとに届けて欲しい・・・と申しております」

と、ヨギクは主君に精霊の声を伝えました。

オトタケヒコ:何?スクナヒコだと!?我等と同じ血族ではないか?

ヨギク:はっ、確かに「アスカ人」の末裔で「トヨツクニ村」の出身と申して
    おります。

オトタケヒコ:トヨツクニ!?「ミハヤ族」か・・・。う~ん、オキクルミ(*)様の
       血を受け継ぐ者同士・・・、願いは叶えてやらねばなるまいな。

 宝珠のあまりの美しさに、一度は「我が家の家宝にしたいな~」と心が揺れ動いたオトタケヒコでしたが、自分も故郷を失い、流浪を続ける中で、幼少期に親と離ればなれになる辛さを経験していたので、この哀れな精霊の願いを叶えることにしました。


(*)オキクルミ=シバ=小柄な神を意味し、ミハヤ族は同じ綴りでオッキルムイと発音します。

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タビト:某(それがし)の主君は義理人情に篤き御仁でございます。父君の御
    無念を慮られ、こうして某にその任を託したのでございます。これが
    その宝珠でございます。どうぞ御笑納下さいませ。

 タビトが差し出した宝珠を手にした時、宝珠から慟哭の様な波動が伝わって来ました。

 「何故、自分の魂がここに来てしまったのか・・・、この漆黒の蛇が私に絡みついて・・・私をここに縛り付けている・・・誰か私を息子の許へ・・・、せめてこの宝珠だけでも息子の許に届けてくれないだろうか・・・ああ、誰か・・・(ノ_<。)」

 すでにイエルカの掌中にあることも知らず、スクナヒコの精霊はそう訴え続けています。

 イエルカが「父上、私です」と呼びかけるとスクナヒコの霊は、

「おお!!おおおおおおおおおお~~~~~!!!!!(; ;)」

と歓喜の雄叫びを上げ、思いが晴れたのかそのまま昇天してしまいました。

イエルカ:あっ!父上!!まだお伺いしたいことが・・・!!

 ・・・呼び止めても宝珠はすでに蛻(もぬけ)の殻でした。

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 初めて聞いた父の声、初めて触れた父の心の一端ではありましたが、ほんの数秒で父の「精霊」は消え去ってしまいました。一瞬、落胆の表情は見せたものの、タビトを労ってやらねばとすぐ気を取り直し、

イエルカ:お役目、大義でした。お心遣いに感謝申し上げる旨、御主君にお
     伝え下さい。また、感謝の印として貴殿にも何か差し上げたいの
     ですが、お望みのものがあらば何なりとお申し付け下さい。

タビト:いや、滅相もございません。某は主君よりお役目を賜って罷り越し
    ました次第。褒美などとは勿体のうございます。

イエルカ:ならば何か私に出来ることはありませんか?お困りの儀あらばお力
     になろうと思うのですが・・・。

タビト:されば・・・、ティアマト川流域は未だ統一国家がございません。
     ここでは気性は比較的穏やかながら数も多く、身体の大きい「アモ
    リ人」と気性の激しい「アズール人」の2大勢力が覇権を窺っており
    ます。
     我等の如き倭人の少数民族はその狭間で存亡の危機を迎えておりま
    す。2000人からの大所帯となると女子どもを庇って戦いながら新
    天地へ逃れるということも叶い難く・・・。それが某の主君の頭痛
    のタネであります。

イエルカ:父上と同じ祖先を持つ方々の悩みは私の悩みでもあります。何か良
     い手はないものか・・・。

セージ:陛下、私に一案がございます。「トクラ族」の方々に我がイムラント
    と和親条約を結んだことにして、その証としてイムラントの国旗を模
    した旗をタビト殿の御主君の邸宅に掲げて頂いたらいかがでしょう
    か?
     「アモリ人」なら我等と同じアムリアの民の末裔・・・。彼らなら、
    この水色の旗を見れば「同胞」と思うでありましょう。好戦的な「ア
    ズール人」とて「アモリ人」の同胞で我がイムラントが後ろに控えて
    いるとなれば迂闊なことはしないでしょう。

イエルカ:時に我が国の紋章は「ダルマチャクラ」ですが、貴殿等は何を旗印
     とされていますか?

タビト:はっ、我等「トクラ族」は八咫烏(ヤタガラス・3つ目3本足の烏)
    を旗印としております。

セージ:早速、職人に申しつけて旗を作らせます。旗が完成するまでタビト殿
    はここでごゆるりとなさって下さい。

タビト:お心遣い痛み入ります・・・。

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 数十年の後、アモリ人・アズール人・トクラ族は、それぞれの自治権を認めながら、緩やかな連合体として「ティアマト」という連邦国家を作りました。

 トクラ族の有力者の家々には「八咫烏」をあしらった水色の旗が、誇らしげにたなびいていたということです。  

 やがてイエルカもセージも歳を取って世を去りました。

 イエルカは今際の際に、枕元にいたセージの手を取って

「親子2代に亘って勺(関白)として自分を助けてくれたことに深く感謝している。今後、王の側近の神子をサリエス、神子の補佐官をセージと呼ぶこととする。長い間本当にありがとう」

と言いました。セージは、

「その御言葉、我が生涯の悦びであります。再び世に出ずる期あらば、また陛下にお逢いしとう存じます」

とイエルカの耳元に囁きました。イエルカはそれを聞くと、にっこり笑ってこときれました・・・。

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テオ:・・・とまあ、こういうことだったんだ。初代国王陛下が今のシグル先
   生、父君がラーズなんだそうだ。この間、頭の傷を治療するために
   ラーズの頭に触った時に初めて解ったんだって。
    初代国王陛下の時には解らなかった御両親が死地に赴いた理由とか、
   その時の思いとか・・・、命がけで大切なものを守ろうとしていたんだ
   ってね。・・・だから観星官に推していたのに、突然の方針転換だと思
   うかも知れないけど、こうなって来ると俄然死なせる訳にはいかなくな
   ったんだって。


ダルヒム:死なせる訳にいかないって・・・、別に観星官になったからって
     すぐに死と直結するってわけじゃないと思うんですけど。


テオ:そうなんだけどね・・・、シグル先生は幼いながらにティアマト戦役
   を経験してるからね。あっ、因みにサリエス殿は今の国王陛下でセー
   ジは僕らしいけど・・・、これ内緒ね?

ダルヒム:う~ん・・・。私は前世とか転生ってあまり信じてはいないのです
     が「血の記憶」という意味でなら頷けます。
      私は「前世の記憶」というのは私達が祖先から受け継いだ血や精
     気の中にそういう記憶が残っているんだと思っています。御神祖の
     血や、初代国王陛下の血は薄められているとはいえ皆の身体に流れ
     ている訳ですから。

テオ:(フッ・・・( ´-`)超現実主義者だったか・・・。シグル先生、貴
   方の読み通り、この子は“できる”よ。きっと)

つづく



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