第九章~Voyage5



 アヤ王女とシグル一行はハチャマ緑地の道の駅で宝石加工の町カンダハルからやって来た隊商に紛れてエイカー街道を東へ向かい、王女になりすましたミアキスはそのままトリニトバル街道を南下して行きました。

 シグル達を乗せた牛車が進んでいるエイカー街道は別名をアラッタ(原石)街道と言います。東のイサール地方の鉱山から石英、ラピスラズリ、カーネリアン、時にエメラルドやサファイア等の原石が王都やカンダハルに運ばれてくるので自然にそんな呼び名が生まれました。

 その時、遊牧民に扮したラーズが、替え玉(ミアキス)の乗った牛車の後を、少しずつ距離を置きながら追いかけて行きました。

 アヤ王女やシグルたちを含む本隊がすぐ目の前の隊商に紛れ込んでいるとも知らずに・・・。

ケット:おっ!?何だかけったいな生き物に乗ったアヤシイのがミアキス追
    っかけて行ったぞ~。ほっといていいのかな~?

シグル:大丈夫さ。御用船は屈強な水兵が護衛しているから「間違って乗る」
    なんてことはあり得ないよ。

ケット:隙を見て密航しちゃったりしてな?そんで水兵に見つかって海に放り
    投げられて鮫のエサか・・・。気の毒にな・・・。

シグル:う~ん、確かにヤツならやりかねん・・・、っておい。さっきから含
    みのある物言いだな~。何が言いたいんだ?

ケット:な~、あの坊や連れてってやんなよ~。なんか必死じゃん。それに弓
    使いが味方にいればイザって時に便利だぜ~。

シグル:ダメだってば!!休暇中の人間を「たまたま行き先が同じ」っていう
    だけの理由で姫君のお供に加えるなんて道理に合わん!!

ケット:俺なんかただの「なんでも屋」だぜ。そんでもお供してんじゃん。な
    ~、カタいこと言わないでさぁ~、用心棒でいいじゃん。連れてって
    やろうぜ~。

シグル:あのねぇ!彼はサジ(医師)のタマゴだぞ。サジってのは人の命を救
    うのが仕事なんだよ。人の命を奪うために弓を射るなんてできるわけ
    ないだろう?ダメなものはダメなの!!

ケット:はいはい・・・。チッ!相変わらずの石頭だねぇ~。(‐_‐)

シグル:何か言ったか?

ケット:い~~~え!なんもですよ!

 一行はデジュラの港を目指し、エンスール地方(イエルカ南部)最大の大河に架かる橋を渡って行きました。

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 一方、マグオーリの港には、ミアキス達が乗り込んだルーテシアの御用船が停泊していました。

 その船を見上げながらその巨大さと壮麗さに度肝を抜かれ、立ちつくすラーズがいました。

ラーズ:(これが構造帆船かぁ~・・・(〇o〇;)生まれて始めて見たけど・・・
    綺麗だな~・・・。おっと、見とれてる場合じゃない。先回りできる
    アプラサス行きの船は・・・)

 そう思ってキョロキョロしていると、優しい笑顔の青年が話しかけてきました。構造帆船の船員、ダウドです。

ダウド:なあ、向こうに着くまでの短期就労者って君か?

 ラーズが誰のことかとキョロキョロしていると・・・。

ダウド:スリカンタって君だろ?珍しい生き物を連れたミルファ人(※1)の
    少年が来るからって親方から言われてるんだ。馬たちも腹減らして待
    ってるよ。さあ乗った乗った。

 青年はロンガーの手綱を掴んで、ラーズの腕をぐいぐい引っ張って来ました。
けっこう早とちりな性格の様でミルファ人の少年とラーズを勘違いしている様です。

ラーズ:えっ!?あっ!ちょっとちょっと!

ダウド:ふ~ん・・・、ミルファ人って・・・聞いてた感じとちょっと違うな。

ラーズ:えっ?

ダウド:ミルファ人ってもうちょっとイエルカやらエルモの人に近い感じだっ
    て親方に聞いてたんだけどね~。

ラーズ:えっ?

ダウド:いや、だって君さ~、別世界の人みたいだからさ~。

 青年が言う通り、ミルファ人とアムリの民とを見比べると、外見上はアラブ人とインド人くらいの差ですが、ラーズは極東アジア人の様な風貌ですから違和感を感じたとしても無理もありません。

ダウド:それに君が連れてきたこの子もだ。珍しいラクダみたいな生き物だっ
    て聞いてたのに・・・なんていうかこの子はシマウマの様な、ロバの
    様な、オカピの様な・・・まあ、確かに変わった生き物には違いない
    けどね~・・・。噂と事実が違うなんてことはザラだもんな・・・ま、
    いっか。

ラーズ:いや、あの・・・。

ダウド:どうした?あんまり凄い船なんで度肝抜かれちゃったのかな?

ラーズ:えっ?そりゃ、まあ・・・。

ダウド:君、なかなか解ってるじゃないか。確かにこの船は世界一美しい船だ
    ろうさ。たった7日でもこんな船の従業員だったって田舎に帰ったら
    自慢してやりなよ。・・・早
    速だが手伝ってくれ(^^)俺はダウド、宜しくな!

ラーズ:あ、どうも・・・。

 説明する間もなくラーズは甲板下の厩(うまや)に引っ張り込まれてしまいました。

 それから程なくして、遊牧民風の少年がヒトコブラクダを連れて桟橋に駆け込んで来ました。こっちが正真正銘のスリカンタ少年です。

 ちょうど港のトイレから出てきた親方のトールがヒトコブラクダを曳いている少年に気づいて声をかけました。

トール:よお、短期就労の学生さんってぇのはおめえさんかい?

スリカンタ:はい、留学生のスリカンタです!

トール:・・・へぇ~。こいつはラクダかい?コブが一つしかねえなんて変わ
    ってンなぁ。おっと、馬が腹減らして待ってんゾ。さあ乗った乗った。

スリカンタ:はい!宜しく御願いします!

スリカンタ少年はトールの後を駆け足で追いかけて行きました。


(※1) ミルファ人=デジュラ川より東のイエルカ東部をスンダール地方と
     言いますが、その東隣にあるミルファ地方に住む人々のことで、こ
     こにはアビスという金鉱の町(イエルカの植民都市)があります。

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 一方、1昼夜遅れでデジュラ港に着いたアヤ・シグルの一行ですが、彼らを迎えに来ていたのはカッター船の様に長細い構造ながら、100人以上乗れそうな大型の帆船でした。・・・でも甲板上の船乗り達をよく見ると武闘派で馴らしたヤジル海賊団です。

ケット:おい、確かに最速の船を教えろっていうから幾つかの候補の中には入
    れといたけどよ・・・・商船に偽装してるがありゃ海賊船だぜ!あれ
    で行くってか?

シグル:そうだ。

ケット:正気か?・・・俺はヤジルの野郎とは顔なじみだからいいが、い
    くらなんでも姫様の嫁入りにこれはないんじゃないか?

シグル:だからいいんじゃないか。あちらさん(ルーテシア)だって君と同じ
    ことを思うだろうさ。

ケット:こいつらみんなならずモンだぜ!?姫さんの身に何かあったらどうす
    んだよ!?

シグル:姫様には不思議な・・・。

 シグルがそこまで言いかけた時、甲板上のヤジルが大声で話しかけて来ました。

ヤジル:よーっ!誰かと思えば墓泥棒のケットじゃねえか!まだ生きてやがっ
    たのか?

ケット:やかましいあれは宝探しだって何遍言えば解るんだこの強突張りが!
    てめえこそとっくに干物になってるかと思ったぜ!

 言葉とは裏腹に、二人はがっちり握手すると互いにハグをして互いの背中をポンポンと叩きました。

 ヤジルはシグルを一瞥すると右手を広げ、左手を胸に当てると

「これへこれは賢者殿、このようなむさ苦しい船にようこそ」

と慇懃無礼とも思える世辞を言うと軽く会釈しました。

シグル:貴殿の船はこの海域では最速と聞いたが、昨日の正午にマグオーリを
    出た構造帆船に追いつけるだろうか?

ヤジル:この海域?・・・へっ!世界最速でさぁ!
    ・・・その船はルーテシアまで何日で着きますかね?

シグル:最短でも7日かかるそうだ。途中休憩と補給の為にアプラサスで1日
    停泊するそうだから8日かな?

ヤジル:だったらぴったり3日で追いついて見せまさぁ!

ケット:残る問題はお姫様だな。ああいうお上品な娘さんだからな~・・・。
    こんな鬼畜みてえなツラ見たら卒倒しちまわあな?

ヤジル:コラーッ!何か言ったか“顔面暴力”っ!!

ケット:やかましい!この“顔面凶器”っ!

シグル:まさに“目クソ鼻クソを嗤う”だな・・・。不毛だからやめなさいっ
    て。

ヤジル・ケット:そら失礼しました・・・ってオイ!!

 男どもがそんなやりとりをしていると、そこにアヤがやって来ました。

アヤ:この船で行くのですね?あの煙突の様な物は何かしら?

ヤジル:あの煙突は空冷式動力の吸気口でさぁ。火焔宝珠の複製を動力に動い
    てるンでね。まあ大船に乗ったつもりで、ど~んとお任せ下さい!ガ
    ハハハハハ!

 鼻の下を伸ばしてどんと胸を叩くヤジル船長も屈強な海賊どもも、アヤが顔を覆っていた紗を外すと、そろってフリーズ状態になりました。

アヤ:お世話かけますが宜しく御願いしますね。

 そう言ってアヤが微笑んだ時、海賊どもは「萌え~~~~~~っ!(#^_^#)」って感じでふにゃふにゃになってしまいました。

 何か言おうとしたヤジルをおしのけて副船長のジャドがにゅっ!!と出て来ました。

ジャド:でへへへ~~~!ホントに可愛いや~・・・。;;;(#^_^#);;;
    掃き溜めに鶴たあこのこった。

     お嬢さん!もしもアヤシいヤローなんかが出やがったら俺がぶっ飛
    ばしてやりまさあ!

ケット:ケッ!一番アヤシいのはお前だよ!「エンスールいちの武闘派」が聞
    いてあきれるぜ。

ジャド:何だとう!この盗掘野郎!

ケット:うるせえ!顔面殺虫剤!

ジャド:何だそりゃ?

ケット:てめえ見ただけで蚊が落ちるっつうの!

 つかみ合いの喧嘩に発展しそうだったその時、口許をおさえてアヤがくすくす笑いました。

 普段聞いたことのない下品なやりとりが、まるで掛け合い漫才の様に聞こえたのです。この笑顔にジャドは思いっ切り破顔して脱力し、ケットは何だか毒気を抜かれてしまいました。
 はたで見ていた海賊達も頬を染めてもじもじしながらアヤをじーっと見ています。その時・・・、

ヤジル:野郎ども!ルーテシアに着くまでお姫様と賢者殿をしっかりお守りす
    るんだ!どんなヤツが相手だろうと指一本触れさせンじゃねえぞ!!

 と船長が檄を飛ばすと、海賊達はすぐにもとのギラギラした眼に戻って「おう!!」と拳を高く突き上げました。

シグル:はみ出し者の心根って、実はけっこう純情だったりするんだよな・・・。
    こうなった時の彼らは最も頼もしい用心棒になるんだろ?

ケット:あんた、これを狙ってたのか?

シグル:まあね。さっき言おうと思ったんだけど、姫には昔から不思議な力が
    あるのさ。会った人みんなが思わず守って差し上げたくなる様な何か
    がね。

ケット・・・確かにこいつらは守りたいもののためには命がけで戦うんだそう
    だ。でもそれは自分の誇りのためだったり仲間のためだったりするん
    だがな~・・・、お姫様のために戦う海賊って何だかな~・・・。

海賊達:全然問題ないで~す!v(^ ^)

ケット:お前ら本当にそれでいいのか!?

 たった5人、そのうち腕に覚えのある者2人(ケットとノアロー)だけという心細い道中のはずが、思わず47人の命知らずな用心棒を得た・・・という一幕でした。

つづく



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