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「DAYSJAPAN6月号」 表紙写真。米軍のヘリパッド建設が強行される高江で、マイクを握り市民らと建設反対の行進をする山城博治さん。米軍の訓練場側を守るように機動隊が市民を見張る。2016年7月26日。Photo by 丸井春。 巻頭特集は、山城博治(沖縄平和運動センター議長)ロングインタビューである。リード文に云う。 戦後、米軍統治下の沖縄に生まれた。「基地の島」で、戦争の悲惨さを聞いて育った。「沖縄を沖縄に返してほしい」。そう願った本土復帰は、県民の思いとかけ離れた復帰だった。米軍基地は微動だにしなかった。復帰後、日米安保を前に、憲法がないがしろにされていく様を目の当たりにした。「平和に生きる権利」が守られない悔しさを知っている。 昨年10月、米軍基地建設反対運動に絡んで逮捕された。「不当拘留」だと多くの憲法学者や人権団体らが指摘した拘留は、5ヶ月に及んだ。 沖縄がなぜ闘い続けるのか。その答えが、彼の人生には詰まっている。そして私たちは、彼の人生を通じて、沖縄にかけられている権力による弾圧が、平和への、民主主義への弾圧と同じであることに気づくだろう。(6p) 今回のロングインタビューは時期を得たものだったと思う。ひとつは、ますます厳しく本質化していく「沖縄問題」の全体を俯瞰するという意味で。ひとつは、共謀罪の先取りといわれる「山城議長逮捕・長期拘留」の意味を、強行採決されようとされている現在、国民に知らせるということ。 私は過去10回以上沖縄に行っているけど、沖縄に遊びに行った経験は一度もない。クループの学習旅行、平和大会参加、基地建設反対運動参加、選挙応援、プライベート旅行、すべて大きなことを学んで帰ってきた。同時にいずれもとても楽しかった。 「沖縄には日本の矛盾がある」。30年前のあの学習旅行の感想が、この30年間、ますます深く鮮明になってきた。 2017年5月31日読了
2017年05月31日
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講談社広報誌「本」6月号 年間購読をしているので、私の処には早く届いたけど、本屋さんにはこれから置かれると思う。その中の「愉快な認知症」(奥野修二)という連載が今月号より始まった。500万人とも言われる認知症の人たち。「認知症になったら、もうお終いだ」という本人や世間一般の常識があるが、それをかえたい、という想いで連載を始めるそうだ。 認知症って、最近は軽度含めていろいろあって、決して「人生お終い」じゃない。それには、実際の認知症の人たちのインタビューが1番いい。それで第一回目は、39歳でアルツハイマー型認知症と診断されて現在43歳の丹野智文さん話になった。中学生と小学生の娘がいて、いっときは絶望したらしいが、会社は引き続きの雇用を約束、他の認知症の話を聞く中でかなり救われたらしい。 工夫もしている。忘れた時の様々なメモ、スマートフォンのアラーム機能、スマホナビの活用、仕事の手順ノート等々、四年経ってもこのインタビューに答えれるくらい充分普通の人とあまり変わらない。ちょっと楽しみな連載。 2017年5月読了
2017年05月30日
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「ビッグイシュー310号」ゲット。久しぶりに販売者さんに出会えた。 特集は「おーい、里山」。1番興味深かったのは、岩手県知勝院の「樹木葬」である。里山再生の手段として、お寺が土地を買って、樹木葬の制度を作ったらしい。来年で20年目。パイオニアらしいから、日本ではそれぐらいの歴史しかないということなのだろう。私の住んでいる近くでないかとググったら、霊園の1施設としてひとつだけあった。それはちょっと違うんじゃないかと思う。 ここの場合は、永代使用料は50万円、2人目以降は10万円で、墓の継承者は8000円の年会費を払う。北海道から沖縄まで2400人の契約者がいるという。 この資金で、4万平方m以上の土地を管理する。広大で豊かな自然が戻っている。葬式の歴史を調べたことがあるが、現代の葬式は実は明治以降に広まったものだ。今の石の墓もおそらく1000年も続かない。100年続かないかもしれない。だとすれば、樹木葬の方が、4万年の日本の歴史の中でも「自然」なのではないかと、私は思う。 枝元なほみさんの「悩みに効く料理」今回は上司が愛煙家で一緒に喫茶店に行く時に禁煙席にいって欲しいと言えない方の悩みに答えます。料理は「ミネストローネ」。案外簡単じゃん!作ってみよう!
2017年05月29日
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まずは、AKB48ならぬNMB48の期待の星、須藤梨々花を知ってもらう動画を二本集めました。第一回ドラフト会議で、選出された直後の彼女。須藤梨々花プロフィール髪をバッサリ切って、女の子って一挙に印象が変わることを示したりりぽん初のセンター曲「ドリアン少年」pvで、そのうえで今回の「書評」です。 「人生を危険にさらせ!」須藤凛々花 堀内進之介 幻冬舎文庫 須藤凛々花は気になる存在だった。初めて見たのは「AKBドラフト会議」でトップに近い形で選出された時。「夢は哲学者」という、アイドルとしては珍しい目標も新鮮だった。髪をバッサリ切って、センターを務めた時も蛹から孵った蝶を思わせた。しかし、TVやYouTubeからは、その哲学度の本気は測れない。彼女の初めての(共著とは言え)著作物を読んで、正直私は「ぐぬぬぬぬ」と唸った。かなりイイセンいっていたからである。 単なるニーチェおたくかと思いきや、キチンとその周辺の主要哲学書を読み込んでいて、しかも自分の言葉で語っていたのが素晴らしい。どのように編集されていようとも、本書の彼女の言葉のひとつひとつが、彼女の「(本気から出たという意味で)生の声」であることを、私に信じさせるだけの説得力があった。彼女はキチンと「哲学している」。 これは新しい哲学入門書だ、というレビューが多い。もちろんそういう面は否定しない。哲学史をなぞるのではなく、いく人かの有名哲学者の考えを引用しながら、哲学することの基本に何度も立ち返る構成が、そう思わせるのだろう。 私はしかし、もう一つ重要な側面があると思う。哲学は「問いを立てる」学問である。ここには幾つかの「アイドルだから」「いまどきの若者だから」立てることのできた「問い」がある。その問いを整理して「どういう問いがどのように答えられたか」「どの問いがどのように未回答のままに終わったのか」記して置くことは、レビューとしては意味のあることだと思う。意味と何か。そうです、この本により、大島優子卒業後、珠理奈1人体制だった私の推しメンを「りりぽん」との2人体制にしたいと思う。よって「彼女の成長を見守る」という重要な意味でここにメモしておかなければならない。 ひとつは「よく生きるとは何か」。少なくとも、「生きてここにある」ということは、肯定できるという。「よく」の部分は判断保留。 ひとつは「アイドルとしてどう愛して欲しいか。自分はどう愛したいのか」それに対しては、「属性だけを愛するってちょっと寂しい」「存在そのものを愛おしくなるまで愛したい」ってところで、とりあえず結論が出たのかな? ひとつは「自由とは何か」。自由という言葉が大好きなリリぽんは、自立と自律で後者を選び、人間だけは自然的因果性の支配から理性によってズレることが出来ることを認めます。「自由であるのではなく、自由になる」。純粋な リリぽんは、対話の中で一挙にそこにたどり着いた。しかし、社会がそれを奪おうとした時に、彼女はどう反応するだろうか。私はそこを見守りたいと思う。 問題は「正義とは何か」という問いである。彼女は多くの若者と同じように「正義」には懐疑的だ。法も必ずしも正義とは思えない(東野圭吾「さまよう刃」の例)。正義の意味を詰めていって、復讐は正義とは言えない、という処までは同意できたとしても、それでも「正義は必要とされている」という処で同意出来ずに、堀内先生とリリぽんは、喧嘩別れしてしまうのです。あとで、現代のリリぽんはニヒリズム(青年)の立場だから、大人の哲学を拒否したのだと理解し、仲直りするわけですが、「正義」の中味は決して解明されてはいません。もちろん、それでいいと私は思います。 今でも十分「社会」と関わっているリリぽんですが、もっといろいろ「切実な問題」に関わって、その時は「社会」と自分を無関係ではない。と見た上で、「自由に」語る哲学者になって欲しい。ファンとして、見守ってゆきます。 2017年5月読了。
2017年05月28日
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「ファイヤーパンチ」(1)-(4)藤本タツキ ジャンプコミックス 今年のマンガ大賞第8位。3月までに四巻まで出ていて、まだ世界は明らかにされていない。四巻まで一気読み。大筋は、週末世界における超能力戦争の様相を示しているが、そういう一般概念から自由にこの話を観た方が良さそうだ。 強い再生能力のおかげで、絶対消えない火の「祝福」を受けても、燃やされながら生き抜くアグニ。妹を殺され、その復讐心が彼を生かし続けるという設定。 世界は既に「氷の魔女」(作品途中で真の原因は大氷河期時代に移ったためと明かされる)によって極寒の地になっている。生まれる前からそうなっている彼らは、支配する者とされる者とに分かれた世界で生きる。昔のことを知っているトガタは、映画を何千本も観て数百年間の退屈を生きてきた再生能力者。他にも極寒の地の外を知っている人間は、みんな映画世界の再生を願っている、という設定が、なんとなく現代の縮図のようで悲しい。 いわば、「マッドマックス」と「エックスメン」を足して二で割ったような世界。 「進撃の巨人」にせよ、これにせよ、どうして現代のマンガはこんなにも終末意識に満ちているのだろう。平安時代のように、終末思想が流行る時代がいい時代のはずがない。 物語は、いっときドラゴンボールのような能力者同士の戦いになりかけたが、直ぐにやめた。完成度からいえば、その場限りの思いつきに左右されているところがあって、統制が取れていない。それが勢いをみせているところもあるので、いいのかもしれない。 絵に勢いはあるものの、確かにマンガ大賞上位になるような普遍性には、乏しいと思う。 2017年5月26日読了
2017年05月27日
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漫画のプロット。テーマは「能力とは何か」誰か、これを基にして漫画に描いてくれないかな。お金よこせとかせこいことは言わないから、掲載する前にちゃんと事前に連絡してくれて内容を見せてくれるだけでいいからさ。20XX年、教育基本法が改正されて、国民の青少年は国民ナンバーによって管理され、学年ごとに通しで成績が打ち出されいた。その20年年後、今度は国民全体を「評価」して、適性場所に勤めさせる法律ができる。「遂にNR法が通ったな。今度の適性発表が愉しみだよ」「僕は憂鬱でならんよ」「そうだな、お前はいつも学年7Rだったからな」「加地くんはいいよ、いつも1Rなんだから」「そんなことはない。今度は別に共通試験をすることはなかったし、第一国民18歳以上の8000万人が対象だ。そのうち100万人しか枠がないGJに入れるかどうかは、実はドキドキなんだ」「加地くんは大丈夫だよ」「そうだよな。俺の上司を見てきて、確信している。あいつらは20年先に就職しているだけで、管理職になった。あいつの給料が、俺たちの汗水たらした努力を掠め取ったものだと思うと腹が立つ。今回は、やっとそれが是正されたんだ。キシ首相は、首相任期を10年延長したりして、軍事産業に舵を切って、一部批判している人がいるけど、それは出来ない奴らの僻みであって、正当な実力に正当な褒賞を与えるのは、至極真っ当なことだし、歴代首相の中でも最も革新的な首相だと思う」処が、加地は平均よりも下のPTに入り、学年7Rだった山下がGJに入った。加地は卑屈になる。山下は、「評価」の仕組みに疑問を覚える。そして、GJトップの高本から、そのとんでもない「秘密」を知らされるのである。山下は地下組織と連絡をつけ、加地と連絡を取りながら、政府の野望を覆す。その過程で、山下の潜在能力も引き出されるが、加地の個性的な能力も明らかになる。最後、山下は加地と対等宣言をする。
2017年05月26日
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「裁判の非情と人情」原田國男 岩波新書 広報誌「図書」に約3年間連載されていたエッセイをまとめたもの。有罪率99%と言われる刑事裁判で20件以上の無罪判決を言い渡した元東京高裁判事の、一般には知られていない裁判官の仕事、生活、信条を述べる。 久しぶりに「参考になった」線をたくさん引いた。裁判官が関わらない人生の三大運動は、労働運動と学生運動と選挙運動らしい(私は全て関わった)。その他、裁判官の不足している部分を、原田氏は非情に鋭く意識している。それは、短期間だけど米国留学、新聞記者研修、弁護士経験などを経験し、きちんと自分の血と肉として咀嚼している著者だから出来る事なのだろう。だから、法ではなく人情を重視する藤沢周平や鬼平などを愛読書であると公言し、重要判決の前日には藤沢周平を再読すると、告白したり出来るのである。 エッセイということもあって、裁判制度の批判はかなり緩やかになっている。多くは(悪い部分はあってもそうではないことを)「信じたい」という風に結ばれている。法律家だから、そういう表現になるのだ。正面から批判しようとすれば、延々と長い「論文」にならざるを得ない、と自らを律しているからだろう。だからこそ、ソフトな言い方で述べられている裁判制度の負の部分は説得力があると、私は思う。 曰く、 「刑事裁判官は、微妙であると何かと悩んで検察寄りの判断にコミットする傾向がある」(48p) 「裁判官に合理的疑いを超えるとの心証を得させなければ、検察官は立証を尽くしたとは言えないから、無罪にすればよいのである。最近、原子力発電所の運転差止めの仮処分をめぐって、裁判官は原子力のことはわからないのだから、専門家の意見に従うべきだという論調もみられるが、前記の観点からすれば、この見解には疑問がある」(60p) 「勇気がいるというのは、無罪判決を続出すると、出世に影響して、場合によれば、転勤させられたり、刑事事件から外されたりするのではないかということであろう。これも、残念ながら事実である」(82p) 「刑事裁判における上記の不正議(冤罪事件のこと)について、法務検察と裁判所において、再発防止策を具体的に検討したふしはない。それどころか、そのような検討すら、司法権の独立に反するといわんばかりである。しかし、司法権の独立は、当然ながら、自浄作用を前提とする。司法権の内部で、自らの判断で問題点を解決するから、他の二権(国会、内閣)による介入を拒否することができるのである。それをしないでおいて、裁判干渉のみを批判する資格はないように思われる」(95p) 「(2016年刑事訴訟法改正は)可視化をある程度認める代わりに、捜査権の強化を図ることが真の狙いであったのだろう。どだい、冤罪防止という観点は最初からなかったとすらいえる」(168p) まだだくさんの論点を示していたが、長くなるのでここまでとする。 2017年5月19日読了
2017年05月24日
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「私にとっての憲法」岩波書店編集部編 施行70年 いまこそ語ろう!ー53人の憲法論 ということで、量質ともに、さすが岩波書店というラインナップになっている。ここでは今まで多くを発言してきた「9条の会」呼びかけ人や事務局の人々は入っていない。多くが鬼籍に入っているというのもあるが、存命中の人もわざと避けたのだろう。多様な意見を拾いたいという編集方針なのだろう。ホントに国民投票が日程に上りつつある現在、それは必要なことだと私も思う。 以下、参考になった所をメモする。 ◯アメリカ・トランプの移民の強制送還をストップさせたのは、憲法だった。日本人の感覚として「どうせあれはきれいごとだから」とか「現実は違う」という二重の感覚に慣れている。しかし私は本来はそうではないと思う。(坂本龍一) ◯憲法が語る理想ほど、現実は甘くないという声もあります。確かに、残念ながら世界のあちこちで戦争は絶えません。でも、憲法くんはこうも語ります。「理想と現実がちがっていたら、ふつうは、現実を理想に近づけるように、努力するものではありませんか」(松元ヒロ) ◯(SEALDsや憲法カフェのように)同調性による動員ではなく、個人の理性的判断による運動は日常的対話を基礎に徐々に広がっている。危機を叫んで短期的解決が与えられることを期待すると、不安を排外主義による権力強化の方向に誘導される危険性がある。個人を基礎にする対話を通じての連帯で持続的に着実に浸透する形で運動を広げることによって、主権者としての責務をはたすこと、これこそが立憲主義を護る1番確実な方法だと信じる。(石田雄) ◯憲法を考えるときに、個人対政府のような対立項で考えがちです。でも、そうではなく、個人と国家の間には、学校が、報道が、そして職場がある。(略)そこから考えたほうがいいと思います。(永井愛) ◯変えるべきは憲法ではなく、社会です。(仁藤夢乃) ◯(人間宣言をした天皇が)なぜ国民の足を止めさせて、信号など存在しないかのように車で走り抜けることができるのか?(略)中学生の私はこのとき、「憲法はそこにあるだけじゃだめなんだ」と思った。「憲法を守らせる」努力をしなければ、何の意味もないのだ、と初めて考えたのである。(赤川次郎) ◯連立与党のなりふりかまわぬ解釈変更と違憲立法への批判に対し、逆に政府を擁護する者たちの口からはいつも同じロジックが示された。「選挙に何度も勝ち民主的に選ばれた議員が決めたことを否定するのは、民主主義の否定ではないか?」と。これを反論するのに、政治学徒としてはさほどの困難はない。民主的な選挙を通じて得た権力は、「その手続き的正当性のみで担保されない」で終了である。民主的な選挙でとてつもない暗愚なる政治家が選ばれることは、デモクラシーの想定内事態だからだ。では暗愚なる者たちの暴走を制御するのは何か?教科書には「だから憲法があるのだ」とある。(岡田憲治) 2017年5月15日読了
2017年05月23日
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一ヶ月前「田舎のパン屋が見つけた腐る経済(渡邉格著・講談社+α文庫)」を読んで見て、「利潤を出さずに経営を安定させる地産地消の小商いと週休3日の人間らしい生活を両立させる」という主張に大いに共感をしたが、私はあくまでも「現場主義」であり、映画にせよ、遺跡にせよ、行ってみないとトータルな評価はできないと思っていた。たまたま一日用事がない休日ができたので、一日かけて県北を通って鳥取県智頭町に行くことにした。志ん生、志ん朝、三木助、柳橋の落語を聞きながら3時間半かけて智頭町に。ちょっと行きすぎて智頭駅前にたどり着く。前回は駅前だけだったが、今回は少し周りを観て回ることにした。観光案内所に行くと、智頭町埋蔵文化財センターのチラシがあったので、見ると残念ながら日曜日は休み。しかし、駅裏に鳥取県最大の縄文遺跡・智頭枕田遺跡(12の住居跡、貯蔵施設、祈り・儀式の遺物)があることを知る。いってみると、工場の駐車場になって案内板すらなかったが、満足した。智頭は古くから智頭宿の宿場町として栄え、古い街並みが色濃く残っている。近代にあまり興味がない私はそこはスルーして、旧塩屋出店洋館の西河克己監督の映画記念館だけ見学した。智頭町出身。「青い山脈」(吉永小百合)や「潮騒」(山口百恵)「生徒諸君」(小泉今日子)など、アイドル映画を数多く撮り、1955年から1977年までは年に2-4作撮ることが多い、典型的なプログラムピクチャー監督だった。1992年「一杯のかけそば」が最後の作品。この塩屋もまた、なかなかの古い家であり、ゆっくり歩くのにはいい町かとは思った。こんな民家もあった。昔の薪炊きの風呂と厠の跡だと思う。さて、昼過ぎになってタル・マーリーを目指す。智頭宿とは違って、完璧に何もなく案内図もない道をしばらく行くと、やっと那岐小学校の隣の幼稚園跡地にタル・マーリーの看板があった。それでも15台ほどある駐車場は満杯に近かった。レジで注文して、奥にあるカフェで昼食にする。チーズバーガー(地元野菜入り)と珈琲を頼む(450円と380円・外税)。ふと見ると、前日のパンが10%引きになっていたので、それもカフェで食べれるかと聞くと、切ってくれるということなので、くるみパンの半分(300円)も頼んだ。初めてタル・マーリーのパンを食べる。くるみパンの中の気泡は、普通のパンよりも大きいと思う。前日のだからか、ふかふか柔らかいというわけではなく、外はフランスパン、中身は少し水気が取れた柔らかさである。しかし、今まで食べたパンでおそらく1番濃い味だったと思う。(帰って当日焼いたパンを食べると、中のしっとり感は隔絶の違いだった。たった一日でここまで水分が飛ぶのは、乳化剤を使ってないからとは言え、ものすごい新鮮である。つまりこれだけの違いがあると云うことは、通信販売もむつかしいということだ。)ハンバーガーのパンは圧倒的に柔らかいが、味は平凡。野菜は、ごぼうも人参もゴロゴロしていて、自然味を活かしていて、十分美味しかった。珈琲やセルフサービスの水はミネラル感は感じないが、とても柔らかく感じる。問題は、これが値段に見合うかどうかである。ここまで来る交通費や手間はとりあえず棚に上げる。半斤300円の価値があるか、どうか。智頭旅行のお土産としては、十分「個性的」だと思う。しかし、日常のパンとしては勘弁して欲しいというのが、私の正直な感想である。タル・マーリーの成功は、やはりプロデュースの成功だけではなく、本の出版がたまたま成功したプレゼンテーションの成功に依る処が大きく、これがビジネスモデルになるとは「私は」考えられない。よって、1番最初に書いた「私の共感」を今の日本で安易に広めることは出来ない、と思う。私は鼻が悪いので、基本的に食物の味を云々する資格はないと思っている。そう思って読んでいただけると助かる。上は智頭町で買ったお土産。(400円と330円)タル・マーリーで買ったお土産。くるみレーズン580円、クミンチーズ320円、天然酵母ビール二本1400円。
2017年05月22日
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共謀罪が衆院法務委員会で強行採決された翌日(5.20)は、図ったように我が郷土倉敷市でも「安倍政治を許さない」市民集会が開かれ、私は参加したのだが、このスピードはしかし強行採決を予想したわけではない。毎月開かれている戦争法反対市民集会が今回で50回目を迎えて、たまたま少し規模を大きくして企画していたら、まさかの事態になった訳である。 会場にはしかし、普段の二倍の67名が集まり、怒りを爆発させた。 主催者の県労倉敷議長は「議事録にも残らない強行採決、とんでもない法案。絶対廃案に持ち込もう」と云う。 共産党議員は「共謀罪は、国民の自由を奪う、戦争する国家をつくる準備法案がその真相。北朝鮮が怖いから安倍さん頑張っている、というのは違う。本当に解決しようとするならば、対話しかない。米国、中国、韓国、他の国が対話のチャンネルを持っているのに、日本だけ持っていないのはおかしい」 岡山いっぽんの会の方は「安保法を阻止するための運動、立憲主義を守るための運動で一昨年の暮れから運動を立ち上げた。共謀罪の強行は、「軍国主義はドアをノックして来ない」という言葉を思い出す。法案の中身だけでなく、決め方においても許すことのできない、戦前の議会でもやらない酷いやり方だ。安倍の暴走を止めるために岡山いっぽんの会頑張っている。党派を超えて賛同をお願いします」熱い拍手が送られました。 寸劇 「もし共謀罪が通ったら」という、即席コントまで飛び出ました。 倉敷9条の会の方が、会場費カンパの報告をした。駅前会場を使うには、一回2000円を公安委員会に払わなければならないという。毎週金曜日の原発反対集会と合わせて、今まで300回以上を催し、なんと今まで35万円も払っているそうだ。カンパ合計はこの5年間で約67000円だそうである。「共謀罪が通ったら、こんな集会も監視の対象になる。憲法こそ、いのちです。頑張っていきましょう」このような地道な活動は、日本会議では到底出来ないだろう。 駅前通りをパレードして、集会を終えた。来週が共謀罪の最後のヤマになる。
2017年05月21日
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今日中にこのブログは300万アクセスに達する。2005年5月にはじめて12年、しだいと一日のアクセス数も増えて今では1000-1500前後で推移している。ここまで続けることができたのは、ひとえに世界に向けて幾人かの読者がいることを確信できること、それに尽きる。決して数百人ではない。ましてや、一日数万人に読まれるようなブログではないから、日本に対する影響力はないに等しい。それでも書くのは、ひとつは自分の生活記録のため。読んだ本と見た映画、旅や興味深い展示物、参加したイベントの幾つかを記録して、のちの参考に資す。いわゆるその日の食事や身辺雑事はほとんど記さない。そういうのに嫌悪感を持っているとか、評価していないとかでは決してなくて、自分というものの歴史を記録するのに、こういうまわりまわったやり方の方が自分にしっくりくるからに他ならない。幸いにも書くネタに困った経験は一度もない。それでも書くことの理由のもうひとつは、それでも「私の意見」を世界に発信したいがため。「影響力はないに等しい」と認識しているのにもかかわらず、そう思うのは矛盾しているだろうか。私の記事は「蟷螂之斧」だと思っている。出典(『淮南子(えなんじ)』)を調べると次のようにあるらしい。斉(せい)の荘公(そうこう) 出(い)でて猟す。(現代語訳)斉(春秋時代の強国の一つ)の荘公(斉の国王の名)は野に出て狩猟をしました。一虫(いっちゅう)有り。足を挙げて将(まさ)に其(そ)の輪(りん)を搏(う)たんとす。(現代語訳)(荘公の乗った車の前に)一匹の虫がいました。足を挙げて今にも車輪に打ちかかろうとします。其の御(ぎょ)に問ひて曰(い)はく、此(こ)れ何の虫ぞや、と。(現代語訳)(荘公が)御者に尋ねました、「これは何という虫だ。」と。対(こた)へて曰はく、此れ所謂(いわゆる)螳螂なる者なり。(現代語訳)(御者は)答えて言いました、「これはいわゆる『かまきり』というものでございます。」其の虫為(た)るや、進むを知りて却(しりぞ)くを知らず。力を量(はか)らずして敵を軽んず、と。(現代語訳)「その虫は、進むことは知っていますが、退くことを知りません。自分の力量を知りもしないで、敵を軽く見るのです。」と。 荘公曰はく、此れ人為(た)らば必ず天下の勇武と為(な)らん、と。(現代語訳)荘公は言いました、「この虫がもし人間であったならば、必ず天下に名をとどろかす勇武の人になるだろう。」と。車を廻(めぐ)らして之(これ)を避く。(現代語訳)車をぐるっとまわらせて、カマキリを避けて通りました。勇武之を聞き、死を尽くす所を知る。(現代語訳)勇気と武術を自負する者はこの話を聞き、力及ばずとも死力を尽くしてはたらかないといけないことがあるのを知ったのです。まあ、私はカマキリほどの無鉄砲さはないですが、思いとしてはこれに近いものがあるような気がするし、決して矛盾していないと思うのです。それと少し関係しているのですが、昨日共謀罪法案が衆議院法務委員会で、またもや自公維新で「強行採決」されました。このあと、載せるマンガ(大福きな子さん作成)を見てもわかるように、とうてい「法」の体をなしていない法を通すことになります。日本の刑事法を根本から変えることになり、日本の「一般人」の生活を根本から変える可能性のあるとんでもない暴挙です。蟷之斧ではあるのですが、ここに強行採決を糾弾し、必ず廃案にしたいと誓いたいと思います。
2017年05月20日
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「BLUE GIANT」(8)-(10)石塚真一 小学館実は書評を次に書くとしたら、完結編の時だと決めていた(前回の書評「BLUE GIANT 1-7巻」まだまだ発展途上)。まだまだと思っていた。だって9巻まで読んでいて、彼らはまだ外国にも行っていない。地元の「師匠」の巻末インタビューさえも登場していない。まだまだ登場するべき人物は、10人は下らないから、あと10巻ぐらいは続くだろう。76話「FIRE WALTZ」はあまりにも突然だ。私はページをめくるのを已めた。今、だから、そのままにしている。暫くページをめくる勇気が持てない。そしたら、裏表紙を見たら、完結となっていた。それはないだろ?少し混乱している。確かに主人公「大」の成功は約束されていた。ジャズマンは、一生同じバンドではやらない。いつか雪折のインタビューページがくるのだと思っていた。そうか、ジャズマンガなのだ。最後までホントの「音」は聴けない。少し落ち着いてくる。想像で、私たちはまっすぐな彼らの人生を、頭の中で組み立てる。まっすぐ自分の力を信じて頑張る若者を、このマンガで、信じてやるべきなのだ。雪折は死んだわけじゃない。ページをめくろう。そしてめくり始めた。思った通りだった。ここまで見てきた私の眼は狂っていなかった。そして、最後のインタビューはやはり、まさかの、あの「師匠」だった。そして連載はなんと続くらしい。「ブルージャイアント シュプリーム」だという。前回の感想で私は、「漫画大賞の候補になっているけど、大賞を獲るにはまだ早い。まだ彼らは18歳だけど、早く海外に飛翔させたい。」と書いた。間違っていた。マンガ大賞は、対象作品が8巻位内だったのだ。前回が数少ないチャンスだったのである。これは私の推測に過ぎないけど、10巻でいったん締めて、再出発したのは(ソー・ブルーのデビューで日本で大評判を呼ぶ前にあの事故があったのは)、宮本大を無名のままに海外に行かせて、そこでシュプリーム(最高)にさせたい、ひいては次こそマンガ大賞一位を獲らせたいためだったためではないかと思うのである。もしそうだとしても、私はあざといとは思わない。あの事故はあざとくはなかった。あの事故が無くても、私は雪折が死ぬのではないかと一巻前から微かに予感していたのである。若者たちの真っ直ぐな夢への実現。その煌めきを、音のない音楽マンガで、私たちは見る。これからも。2017年5月12日読了
2017年05月19日
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「消えた声が、その名を呼ぶ」 これぞ映画。今月は壮大なスケールで描く歴史大作を紹介します。1910年代のトルコ、レバノン、キューバ、アメリカの歴史セットを再現し、世界的ロケを実現し、150万人のアルメニア人が殺されたという歴史的悲劇を告発し、戦争における庶民の運命、神との相剋、最後まで折れない家族愛、隣人の優しさと無慈悲、多くのテーマを引っさげながら、ナザレットという1人の父親の運命を描き切りました。 とはいっても、いわゆるヨーロッパ映画であり、宣伝は一切されていなかったので、この邦題すら知らなかった人がほとんどかもしれません。 1915年、第一次世界大戦中のオスマン・トルコ。アルメニア人の鍛冶職人ナザレット(タハール・ラヒム)は、夜更けに突然現れた憲兵によって、妻と娘から引き離され強制連行されます。辿り着いた砂漠では仲間を次々に失い、激しい暴行で声も奪われてしまいます。彼は奇跡的に死線を乗り越え、生き別れた家族に会うため、灼熱の砂漠を歩き、海を越え、森を走り抜け、4つの国を渡るのです。 戦争という大きな力がいかに大きな悲劇を産むかということを描いて、中東からヨーロッパ各地に難民が押し寄せている現代にも重なる視点を持つのではないかと思います。また、トルコ政府が認めていない少数民族の大虐殺をトルコ系監督が描いたという事も特記したい。この作品が、ドイツ・フランス・イタリア・ロシア・ポーランド・カナダ・トルコの共同制作になっているのもとても嬉しい。 ナザレットの名前は、キリスト教に由来しています。しかし、アルメニア大虐殺をその身で体験した彼は天に礫を投げ、「神はいない」と信仰を無くします。それでも、第一次世界大戦で負けたオスマン・トルコの民に石を投げることを、彼はしませんでした。また、敵味方含めて、彼の壮大な旅を助けたのは、やはり名もなき様々な人種の民なのでした。大虐殺の背景に宗教対立もあるのですが、作品はそれを乗り越える人類愛も描いていると、私は思いました。 チャップリンの無声映画「キッド」が、ナザレットの壮大な旅のきっかけになり、一つのアルメニア民族の歌が彼の旅を導き、慰めます。満足する映画体験でした。 (2015年ファティ・アキン監督作品、レンタル可能)
2017年05月17日
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14日の日曜日午前中に録画した番組を観て作ったのが、この具だくさん味噌汁です。各界で活躍するヒーローやヒロインたちが子供時代に食べてきた家庭料理を軸に、家族の愛を描くドラマトークバラエティー。NHK岡山が、2017年度の新番組として季刊放送するらしい。第1回タイトルは『辰吉丈一郎』ご存知のように、彼は岡山県倉敷市児島の出身である。しかも、私よりも10歳歳下だから、私が23歳で社会人になったときに、彼は児島の中学校で有名なガキ大将をちょうど始めた頃になるだろう。「46歳の今も世界王者への返り咲きを目指して現役生活を続ける不屈のプロボクサー辰吉丈一郎を迎える。故郷・児島から大阪へ修業に旅立つまでの15年間の子供時代を男手一つで育て上げ、52歳の若さで亡くなった父・粂二。母がいないことでイジメにあって苦しんでいた丈一郎にボクシングを教えた粂二が、その無骨な手で毎日作り続けた"ごちそう"によって不死鳥ボクサーのカラダは作られた。丈一郎が愛して止まない亡き父のレパートリーとは?!( ※ 辰吉丈一郎の吉の字の上半分は士ではなく土。丈の字の右上には点が付く。)」と、ホームページには書かれている。ひとつが、具だくさん味噌汁であり、ひとつが卵焼きだった。米は鍋で炊いた。私が作った味噌汁(写真)は、この番組で辰吉が作ったそれとは違う。具には、麩、玉ねぎ、じゃがいも他のいろんな具が入っていた。しかしいいのだ。要はあり合わせの野菜やタンパク質が取れればいいのである。特徴は、その切り方にあった。必ず子どもが食べやすいように、薄く切っていた。無骨だけど繊細。それはそのまま辰吉の血と肉になった。残念ながら、辰吉がいた15歳までを、私は児島の方面に仕事に出向かなかった。私が30歳代で児島方面で仕事をしていると、辰吉が世界チャンピオンに何度も返り咲いた頃で、「辰吉は味野中学校で、ものすごいヤンチャしてたんだぜ」という噂は聞いた。辰吉は中学校卒業後、先生の勧めで大阪に出向いてボクシング修行をすることになった。長屋形式の借家で、時には自分は飯を食べずに辰吉を育ててきた粂二は、先生の勧めを直ぐに引き受けたらしい。その気持ちを辰吉が汲むのは、ずいぶんあとになっての事になる。辰吉は、根っからのファイターチャンピオンだった。負けても、網膜剥離になっても返り咲いた。その頃粂二は、「俺の役目は終わった」とばかり辰吉の誘いを断り岡山を出る事もなく、飯も作らず、毎日酒と缶コーヒーを飲んでいたという。辰吉がチャンピオンになっても、粂二は周りに威張ることはなかったが、時々辰吉の中学校の友達には「丈一郎はすごいけど、わしもすごかろうが。わしがミルクつくってオムツかえて、全部しよったんで。信じれんじゃろうが。こんなかっこしとっても、する事はしてきとったんで」と言っていたらしい。98年、チャンピオンベルトを失った翌年、粂二死去。辰吉は誓う。「チャンピオンになるまで、お父ちゃんの骨を墓に入れない」。それから18年、今でも現役に拘っている。
2017年05月16日
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「文春ムック 藤沢周平のこころ」オール讀物責任編集 一冊まるごと藤沢周平。文春はもう何冊も藤沢周平特集を作っているはずなのだが、汲めども汲めども尽きぬ源泉が藤沢周平なのだな、と再認識した。新たな発見多し。 おそらくファンには高値でついていたであろう、直木賞受賞作時の「オール讀物」1973年10月号から多くの記事を再掲していた。 まだバリバリの業界誌編集者だった頃の、「普通人」藤沢周平の矜恃みたいなものが、当時のインタビュー記事から垣間見える。 日教組を話題にしたら、「ハイ、支持しています。操のようなものです」完全な明言だった。ほおがしまって、「3年ぐらい前に、渡辺操先生という方が、火の中の子どもを助けにもどっていってなくなりましたね」目が光った。「あれです。現場の先生にはかなわないという気持ちがあります」(63p) ー部下には厳しいか? 「ヤ、それが」(少し閉口)「甘くて、ダメです。ほんとうに」(略) ーサラリーマンの厳守事項は? (またばきしてから)「時間ってものを、きちんとすることでしょうね」(略) ー好きなペット? (きっぱり)「ありません」(感傷的でなく)「いまは、生きものがこわいんです。命のもろさが」 ーもし、娼婦にぞっこん惚れられたら? (ごつい顔で)「誠意をつくすしかないですね」(65p) これらの言葉にコメントすべきことがあまりに多くて省略する。 藤沢周平は、ほとんど現代社会に対して発言しなかった。1993年の城山三郎との対談では、わりと思い切ったことを喋っている。これもコメントし始めるとキリがないので省略する。 私の数少ない好きな女流作家の「藤沢周平ラブ」の記事が三本(あさのあつこ対談、上橋菜穂子エッセイ、宮部みゆき評論)あったのも嬉しかった。 確かに「完全保存版」だと思う。 2017年5月14日読了
2017年05月15日
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「サライ2月号 特集藤沢周平」 ずいぶん前に買って置いたけど、やっとゆっくり内容を確かめたので、感想を書く。 購入の一番の決めては、もちろん没後20年の藤沢周平特集である。特集の第二部で、海坂藩の情景を探す、として、鶴岡城址や庄内藩校致道館、その他「蝉しぐれ」や「花のあと」「又蔵の火」「義民が駆ける」などの所縁(ゆかり)の地をカラー写真と共に知ることができる。もちろん地図もある。 第三部では「藤沢が愛し、登場人物が舌鼓を打った庄内の滋味」と称して5つの店を紹介している。特に坂本屋の海坂膳、知憩軒の昼定食は是非食べてみたい。 私にとっては、北陸特に鶴岡市は、韓国や台湾よりも遠いとこだ。しかし、生涯のうちに一度は訪ねてみたいところとして、この特集は手許においておきたい。 しかし思ったよりも特集のページ数が少なかった。第二特集(切手)まであったので仕方ないのだが、もう少し充実して欲しかった。 2017年5月14日読了
2017年05月14日
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5月12日の赤旗日刊紙に、ジャーナリストの小笠原みどりさんが元米国家安全保障局(NSA)職員のスノーデン氏のインタビューの一部を発言している。その内容が、すくなからず私にはショックであり、「やっぱり」であり、怖いことであり、やはりどうしても共謀罪は廃案にしなければ、と思うのである。その全貌は「スノーデン 監視社会の恐怖を語る 独占インタビュー全記録」(毎日新聞出版)に書いているかもしれないが、とりあえずは私が愕然としたことをメモする。NSAが全世界のインターネットを盗聴していたことは、大まかなことは既に知られている。本来ならば、毎日日本の御茶の間で解説されてもおかしくはない。それだけの量があるからである。しかしされない。テレビ局が時の権力を[忖度]してるからに他ならないからだろう。NSA監視は光ファイバーの通信を全て自動的にコピーしたり、マイクロソフト、ヤフー、グーグル、フェイスブック、スカイプ、アップル、ユーチューブ、などのサーバーから一日数百万件に上る利用者の通信記録を得るなど多岐にわたるという。それはともかく蓄えられて、いつでも「検索」される時を待っている。NSAは日本の協力を得る見返りとして、日本側に「スパイ・トレーニング」と「監視装置(エックスキースコア)」を提供したという。この監視装置は、キーワードで検索ができる。日本の警察が首相を批判した発言を洗い出し、個人を特定することもできる。「NSAは一種の監視タイムマシンを創造した」スノーデンはそう語り、犯罪容疑は過去へ過去へとさかのぼることができるようになった。小笠原さんは沖縄の反米軍基地運動のリーダー山城博治氏の逮捕容疑が過去へさかのぼっていったことを、共謀罪がタイムマシンとの合わせ技で使われる「予兆」だと指摘しています。スノーデン氏は13年成立の秘密保護法は「実は米国がデザインした」という。これがあると、米国の監視はとてもやりやすくなったはずだ。ここまで強化された「NSA監視網」は、果たしてテロを防ぐことができたか。米政府ですら、14年の検証委員会報告でできなかったと認めている。それなのに、なぜこのプログラムはまだ存在するのか。スノーデン氏は「テロ対策以外の役に立つから」という。「監視はどんな時代でも最終的に、権力に抗する声をおしつぶすためにつかわれていきます」ともいう。本当に恐ろしい。共謀罪によって、テロではなく、政府に抗することで、具体的に逮捕される可能性ができる。私はもちろんのこと、これを読んでいる幾人かの人々にとっても。それからまるきり心配がないと思っている人は(そんなことはないのだが)、口をつむぐようになる。これこそが恐ろしい。もうすでに証拠は準備されているのである。
2017年05月13日
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自民党は18日にも強行採決しようとしている。許してはならない!「共謀罪VS国民の自由」鈴木亜英・山田敬男編著 学習の友ブックレット共謀罪を解説した学習パンフレットは、いくつか既に出回っているが、最新のこれには今までにはない内容がある。一つは第四章「テロとの闘い」でアメリカの人権はどうなったのか(鈴木亜英・日本国民救援会会長)。一つは第五章、六章の共謀罪と労働運動、市民運動との関係である。第四章では、2001年9.11以降の「テロとの闘い」で、アメリカで吹き荒れた人権蹂躙は全然収まっていないことが明らかにされています。報道もされて有名になったキューバ・グアンタナモ基地収容所での「軍法」での無期限の拘禁と拷問。多くはアルカイダとは無関係の村民や単なる犯罪人だった。また、イラクでの拷問や虐待。結局、張本人のラムズフェルド国防長官にはおとがめなしだった。9.11から一ヶ月も立たないうちの10月、「この間にテロが起きたら、議会の責任だ」とするアシュクロフト司法長官の恫喝におののいたアメリカの議会が法案をろくに読まないままに成立させたのが、悪法と名高い「愛国者法」である(←その点では、もし日本でテロが起きたらこれが踏襲される怖れがある)。これによって、無関係の団体もテロ組織と定義され、また、「国内テロリズム行為」を防ぐ目的で、市民団体をスパイすることが可能になった。令状なしの盗聴、調査目的を告げない違法な立ち入りが横行。人権政策を掲げて当選したオバマ大統領も、愛国者法などの人権侵害政策を転換しなかった。権力はどんな好人物がTOPに立とうとも、いったん手にしたこういう「力」は手放さない。絶対好人物ではないトランプの横暴がどうなるか、それをいかに日本が真似するか、心配だ。第五章六章についてメモする。労働運動は、そもそも要求実現のために、団結して、「共謀」して、いろんな戦術が必要になる団体です。組合員同士が本音で語り合う段階で、過激な意見も保障されるべきです。しかしその時点で、スパイや密告者が居ると思った時点で、自由な意見表明はできるだろうか。労働運動の基盤が壊れかねないと、小田川義和全労連議長は憂慮する。また、鈴木猛国民救援会事務局長は、過去三回廃案になった時に、その3回の法案の上程に安倍晋三は、自民党幹事長、官房長官、首相と、なんといずれも中心的な位置で共謀罪の推進に当たっていたと指摘します。過去の闘いは、国民へ知らせる闘いの成功、民主党などへの反対勢力の拡大、そして選挙での審判などがあった。鈴木氏はその教訓を三点にまとめている。(1)共謀罪の問題点を一般の人にも伝えた。(2)共同のたたかいの広がり。(3)国会内、外での連日の集会、デモ、議員要請、全国各地の行動で、国会を包囲。今回のたたかいは、前回よりも早く広く展開していると、鈴木氏はいう。しかし、私はこの圧倒的な議席数を有する与党の力関係のもと、何度も強行採決を繰り返す非民主的な政権の元では、とっても厳しいと思う。三点を充実させるのはもちろんのこと、あとは(1)の圧倒的な世論が必要、世論こそ必要だと考える。時間はもうない。2017年5月12日読了
2017年05月12日
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後半の4作品です。 「わたしは、ダニエル・ブレイク/(原題)I,DANEL BLAKE」 80歳のケン•ローチ監督が引退宣言を撤回して取り組んだ。その作品は、決して不屈の闘志を持った男の物語ではない。歴史上大きな出来事じゃない。けれどもとても大切なことだった。 「私は、ダニエル・ブレイクだ。人間だ。犬じゃない。‥」 「保護なめんなジャンパー」が作られた小田原市。今回検証委員会が作られた。雨宮処凛さんも元受給者も参加している誠実な委員会らしい。そのことはいいのだが、あのジャンパーが作られるのは(あの事以外にも)其れなりの土壌があったということがその委員会で指摘されている。例えば、最初に申請者に渡す「説明パンフ」。役所言葉で埋め尽くされているらしい。「こういう義務がある」「こういう場合は打ち切られる」等々の申請を諦めさす記述が続いているともいう。これでも問題発覚後の修正すみのパンフらしい。役人たちが何を考えて仕事しているのか、よくわかるエピソードではある。 この一つだけとっても、対岸の火事じゃない。 一人でも多くの人に見て欲しい作品。 (解説) ケン・ローチ監督が二度目のカンヌ国際映画祭パルムドールに輝いた社会派ドラマ。ダニエルは心臓疾患により医師から仕事を止められるが、複雑な制度に翻弄され支援を受けられない。手助けしたシングルマザーの家族と交流を深め、貧しくとも支え合うが……。一貫して社会問題に目を向けてきたケン・ローチ監督は「ジミー、野を駆ける伝説」を最後に劇映画からの引退を表明していたものの、拡がる格差や貧困を鑑み、引退を撤回し本作を制作した。 (ストーリー) イングランド北東部にある町ニューカッスルに住む大工のダニエル・ブレイク。59歳の彼は心臓に病が見つかり、医師からは仕事を止められてしまう。しかも複雑な制度に翻弄され、国の援助を受けられない。そんな中、二人の子供を抱えるシングルマザーのケイティを助けるダニエル。それをきっかけに彼女たちと交流し、貧しくとも助け合い絆を深めていくが、厳しい現実を前に次第に追い詰められていく。 2017年4月16日 シネマ・クレール ★★★★☆ 「トレインポスティング2」 実はこれを観る前日に、「T1」を初めて観た。私はこの作品は、ヤク中の若者を通じて、閉塞感あふれる社会を風刺しているものだとばかり思っていた。ところが「T1」も「T2」も、どちらも閉塞感なんてない。風俗は思いっきりある。20年経って、風俗は思いっきり変わったのに、彼らは全く変わらない。いや、少しだけ落としどころと知恵がついて、体力がなくなって、直ぐに息切れがするところが変わったところか。 前作は名作だという。今作は、前作をなぞるだけだった。名作のコピーは佳作になるかもしれないが、私には名作ではなかったので、佳作にもならない。 ■ あらすじ かつてレントン(ユアン・マクレガー)は、麻薬の売買でつかんだ大金を仲間たちと山分けせずに逃亡した。彼が20年ぶりに故郷スコットランドのエディンバラの実家に戻ってみるとすでに母親は亡くなっており、父親だけが暮らしていた。そして悪友たちのその後が気になったレントンが、ジャンキーのスパッド(ユエン・ブレムナー)のアパートを訪ねると……。 ■ 解説 『スラムドッグ$ミリオネア』でオスカーを手にしたダニー・ボイル監督作『トレインスポッティング』の続編。前作から20年後を舞台に、それぞれワケありの主人公たちの再会から始まる物語を描く。脚本のジョン・ホッジをはじめ、『ムーラン・ルージュ』などのユアン・マクレガー、ユエン・ブレムナー、ジョニー・リー・ミラー、ロバート・カーライルらおなじみのメンバーが再集結。一筋縄ではいかない男たちの迷走が見どころ。 ■ キャスト ユアン・マクレガー、ユエン・ブレムナー、ジョニー・リー・ミラー、ロバート・カーライル、ケリー・マクドナルド、アンジェラ・ネディヤコバ、アーヴィン・ウェルシュ ■ スタッフ 監督: ダニー・ボイル 撮影監督: アンソニー・ドッド・マントル 脚本: ジョン・ホッジ 2017年4月22日 Movix倉敷 ★★★ 「ゴースト・イン・ザ・シェル」 草薙素子誕生秘話を、実写で描く。どこまで機械か、どこまで人間か、わからなくなった世界で、「お前は誰か」とずっと問い続ける話。 人間である条件を、少佐は最後に語る。「なにをするか」が基準になるのだと。その点に絞って、私は観た人と語りたい。 物分りの良い荒巻課長とか、まだ機械目がない頃のバトーとか、まさかの素子の母親の話とか、原作ファンには、やり過ぎだろという声が出るかもしれないが、原作ファンではない私には、わかりやすかった。それでも、一切原作に接していない者にはよくわからない設定があったに違いないとも思う。 ヨハンソンははまり役だと思う。都会の描写も、CGっぽいところが受け付けない人はいるかもしれないが、まあ良かった。美術は美しかった。アクションはかっこよかった。ところが、あまり熱くなれない。あまりにもメインをわかりやすい敵にして、わかりやすい落としどころにしたので、なんだなかあ、と思ったのである。 そして、これは実写の効果なのだが、アニメの時には気にならなかった、この世界の政治体制、世界の歴史的段階、一般市民の意識等が気になって仕方ない。要は、「攻殻機動隊」世界は20数年かけて積み木のように作って来た世界であって、アニメから一歩世界を出るとまるきりわからなくなるのだ。そういうファンタジーは、私は不十分なファンタジーだと思う。 ■ あらすじ 近未来。少佐(スカーレット・ヨハンソン)は、かつて凄惨(せいさん)な事故に遭い、脳以外は全て義体となって、死のふちからよみがえった。その存在は際立っており、サイバーテロ阻止に欠かせない最強の戦士となる。少佐が指揮するエリート捜査組織公安9課は、サイバーテロ集団に果敢に立ち向かう。 ■ 解説 『スノーホワイト』などのルパート・サンダーズが監督を務め、士郎正宗のSF漫画「攻殻機動隊」を、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらを迎えて実写映画化。近未来を舞台に、脳以外は全身義体の少佐が指揮する捜査組織公安9課の活躍を描く。『イングリッシュ・ペイシェント』などのジュリエット・ビノシュや『シルク』などのマイケル・ピットらが共演。敵と対峙(たいじ)する公安9課を、どのように描くのかに注目。 ■ キャスト スカーレット・ヨハンソン、ピルー・アスベック、ビートたけし、ジュリエット・ビノシュ、マイケル・ピット、チン・ハン、ダヌーシャ・サマル、ラザラス・ラトゥーリー、泉原豊、タワンダ・マニーモ、(日本語吹き替え)、田中敦子、大塚明夫、山寺宏一 ■ スタッフ 原作: 士郎正宗 監督: ルパート・サンダーズ 製作: アヴィ・アラッド 製作: アリ・アラッド 製作: スティーヴン・ポール 製作: マイケル・コスティガン 製作総指揮: ジェフリー・シルヴァー 製作総指揮: 藤村哲哉 製作総指揮: 野間省伸 製作総指揮: 石川光久 脚本: ジェイミー・モス 脚本: ウィリアム・ウィーラー 脚本: アーレン・クルーガー 撮影監督: ジェス・ホール 衣装デザイン: カート・アンド・バート 視覚効果プロデューサー: フィオナ・キャンベル・ウェストゲイト 視覚効果スーパーバイザー: ギヨーム・ロシェロン 2017年4月27日 Movix倉敷 ★★★★ 「クーリン街少年殺人事件」 傑作の噂高い本作を初めて観る。約4時間。会員価格で1800円。正直、今年のマイベストに残る作品ではない。しかし、かなりの力作である事は確か。しかも、かなり誠実だ。 出てくるのは、ほとんど外省人のような気がする。小公園グループと271グループの対立は、大人社会の反映であるとは思うのだが、詳しい事はわからない。説明を省いてギリギリの台詞で作っているし、時々「ものすごい映像」があるのはわかるのだが、あまりにも視点が、小四だったり、ハニーだったり、明小だったり、小四の両親だったり、複雑でわからない。もう一度みたらわかるのかもしれないが、観る気力がない。 日本人家屋に遺された日本刀や小刀、上がり台のある玄関、アメリカンポップスの流行る街隅のバー、台湾人との微妙な関係、現在まで続く台湾の闇と光を描いて、すごい作品だったと思う。 (解説 ) 男子中学生によるガールフレンド殺害という実際に起きた事件の再現を通して、1960年代当時の台湾の社会的・精神的背景をも描いていく青春映画。「海辺の一日」「恐怖分子」など台湾ニューウェイヴ映画界の旗手として知られる楊徳昌(エドワード・ヤン)監督の長編第4作目であり、日本における彼の初の劇場公開作。製作はユー・ウェイエン、エグゼクティヴ・プロデューサーはジャン・ホンジー、脚本は楊徳昌、ヤン・ホンヤー、ヤン・シュンチン、ライ・ミンタン、撮影はチャン・ホイゴンが担当。91年東京国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門審査員特別賞、国際批評家連盟賞受賞。1992年4月25日より188分版(配給:ヒーロー)が、1992年6月5日より完全版が公開されている。2017年3月11日より完全版の4Kレストア・デジタルリマスター版を上映(配給:ビターズ・エンド)。 (あらすじ ) 1949年、中国大陸での国共内戦に敗れた国民党政府は台湾に渡り、それに伴って約200万人も台湾へと移住した。1960年、そのように移住した張家の次男スー(張震)は、中学の夜間部に通っており、小公園と呼ばれる不良少年グループに属するモー(王啓讃)、飛行機(柯宇綸)、ズルらと同級生だった。スーは少女ミン(楊静恰)と知り合う。彼女は小公園グループのボス、ハニー(林鴻銘)の彼女という噂だ。ハニーは対立する軍人村グループのボスとミンを奪い合い、相手を殺して台南へ逃げたという。ある時スーはミンと一緒にいたと軍人村グループに因縁をつけられるが、最近スーのクラスに転校してきた軍の指令官の息子マー(譚至剛)がひとりで助けてくれた。スーはミンへのほのかな愛情や、マーとの友情を育んで日々を過ごしていく。スーの兄(張翰)は優等生だが、たちの悪い友人イエズと一緒に軍人村グループのたまり場のビリヤード店に出入りするようになっていた。イエズはコンサートを開いて一儲けしようと企んでいたが、ビリヤードで負けがこみ軍人村グループの現ボス、シャンドンに脅され、彼をズルに引き合わせることになる。シャンドンは歌に夢中になっているハニーの弟アルテヤオを出し抜きズルに小公園グループをまとめさせ、さらに自分がそれを牛耳ろうという腹づもりでいた。そんな頃、ハニーが帰ってくる。50年代のアメリカン・ポップスに沸き立つコンサート当日の会場に彼はやって来てシャンドンと和解しようとするが、シャンドンは走り来るトラックの前にハニーを突き飛ばして殺してしまう。ミンはショックで寝込み、スーは台湾人ヤクザとともにハニーの仕返しに行く。シャンドンは殺された。その晩帰宅すると、スーの父(張國柱)は共産党との関係を問われ秘密警察に呼び出されていた。ある日、スーはミンとのつきあいを注意されてかっとなって反抗し、退学になる。彼は昼間部への編入試験を目指して勉強するが、ズルからミンとマーの仲を告げられる。ミンは失業中の母をお手伝いに雇ってもらい、マーの家に住み込んでいた。下校時のマーを脅そうとしてスーは学校へ行くが、ミンに会い、話しているうちに自分でも分からぬままミンを刺し殺してしまう。 2017年4月30日 シネマ・クレール ★★★★
2017年05月10日
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4月に観た映画は、全部で9作品でした。二回に分けて紹介します。 「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」 冒頭。真っ黒な背景から不安定な音楽が流れ、ジャッキーのアップの顔が登場。知っていたナタリーの顔じゃない。戸惑った。 36歳、ナタリーは順調に階段を上がっている。「レオン」で孤児、「スターウォーズ」でアミダラ姫、「ブラック・スワン」でエキセントリックな役、「マイティ・ソー」で真面目な学者、それらの役を全て咀嚼したうえでこの役がある。ような気もする(^_^;)。彼女を観ているだけで幸せだった。 作品自体は、確かにショックなことがあった直後にしてはしっかりした対応だったと思うが、解説にあるようにそれだけで「ケネディ大統領を創り上げてきた名プロデューサー」というのは、言い過ぎだと思う。 ああいう突発事件のゴタゴタの下で政府がどう動くのか、ちょっと知ることができた。 (解説) “史上最も有名なファーストレディ”“世界で最も愛されたファッションアイコン”として熱狂的な人気を獲得していた、アメリカのジョン・F・ケネディ大統領夫人、ジャッキーことジャクリーン・ケネディ。 だが、暗殺という悲劇的な最期を迎えたケネディ大統領の葬儀の映像が世界中に流された時、人々は初めて見るジャッキーの姿に驚いた。「ただケネディの隣にいる人」と思われていた彼女が、毅然としたストイックなまでのたたずまいで、二人の幼い子供たちを励ましながら、荘厳な国葬を取り仕切ったのだ。 なぜ彼女は、夫の突然の死で人生が一変したわずか3日後に、今も語り継がれる偉業を成し遂げることができたのか? そんな疑問から、ジャッキーがケネディと結婚してからの10年間を徹底的にリサーチし、知られざるジャッキーの真実に迫る感動作が完成した。自らの知性と才覚、そして深い愛で“ケネディ大統領”を創り上げてきた“名プロデューサー”の姿が今、明かされる。 ジャッキーを演じるのは、本年度の賞レースを席巻し、2度目のオスカーの呼び声も高いナタリー・ポートマン。『ブラック・スワン』のダーレン・アロノフスキー監督がプロデューサーとして参加し、『NO』でアカデミー賞®外国語映画賞にノミネートされたチリ出身のパブロ・ララインが監督を務めている。 強い想いを貫いた一人の女性の気高くも美しき物語が、ここに生まれた──。 (あらすじ) 1963年11月22日、ジョン・F・ケネディ大統領は、テキサス州ダラスでのパレードの最中に銃撃される。 目の前で愛する夫を暗殺されたファーストレディのジャッキーことジャクリーン・ケネディは、怒りと衝撃に震えていたが、悲しんでいる時間はなかった。すぐに副大統領が新たな大統領に就任して激務を引き継ぎ、刻一刻と夫が過去の人になっていくのを目の当たりにしたジャッキーは、彼の名前と功績が後世に残るかどうかは、この数日間の自分の行動にかかっていると気付いたのだ。 自らの手で築き上げてきた<ケネディ伝説>を永遠にするために、ジャッキーは命の危険さえも顧みず、最後の使命に身を投じる──。 ナタリー・ポートマン 1981年、イスラエル・エルサレム出身。リュック・ベッソンが監督した『レオン』(94)で鮮烈なデビューを飾り、『クローサー』でゴールデングローブ賞助演女優賞、『ブラック・スワン』(10)でアカデミー賞®主演女優賞を受賞。 【その他の代表作】 『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(96)、『マーズ・アタック!』(96)、『ジェーン』(16)、99年公開の『スター・ウォーズ』新三部作、『マイティ・ソー』シリーズ 2017年4月2日 シネマ・クレール ★★★☆ 「海は燃えている イタリア最南端の小さな島」 手作りパチンコの名人、12歳のサムエレ少年の日常がレポートされる。その島(ランペドゥーサ、島民5500人)に難民が20年間で40万人が渡ってきた。現代でも、狭いボートで数百人でくる映像もレポートされる。年間5万人が渡って来て少なくない人たちが溺れたり圧死したりしてなくなってゆく。 ナレーションはない。説明はなく、淡々と日常と悲劇を映し出す。想田監督の手法である。ただし、DJの場面とリクエストする祖母の部屋と街角の風景を同時に写しているので、映画的な手法も使っている。それはどれも日常場面なので、ドキュメンタリーとしては嫌味はあまりない。 難民とは何か、意味何か、ということにはあまり答えていない。それよりも、難民も一つの背景として、イタリア最南端の小さな島の、歴史的な一側面を切り取った作品に思えた。メリル・ストリープのいうような、それ程の傑作とは思えなかった。 ジャンフランコ・ロージ監督作品。 (イタリア・フランス作品) 2017年4月6日 シネマ・クレール ★★★☆ 「LION/ライオン ~25年目のただいま~」 おそらく、(恋人との経緯は怪しいが)多くは事実の通りなのだろうと思う。ラストで映された実物の写真がそれを物語っている。だからこそ、想像していた話の構造がかなり違っていたことに驚いた。私は「自分探しの冒険」だと思っていた。現代から始まり、インドに行って探しているうちに過去が次々と蘇るストーリーを想像していた。違っていた。過去から順番にストーリーが進み、インドへ行くのは最終盤だったのである。 テーマが自分探しではなかったからである。インドで、年間数十万に及ぶ子供の行方不明という現実を告発する社会派作品だった。彼が善良な養子先に出会えたのは、完全な幸運だった。彼の未来には、小さらい、或いは他の悪い未来もあり得た。それはカルカッタにたむろしていた無数の子供の映像でもわかる。 しかし、彼が自分の故郷を見つけたのは、執念なのだろう。イーグルマップアースとはすごい! (ストーリー) オーストラリアで幸せに暮らす青年サルー。しかし、彼には隠された驚愕の過去があった。インドで生まれた彼は5歳の時に迷子になり、以来、家族と生き別れたままオーストラリアへ養子にだされたのだ。成人し、自分が幸せな生活を送れば送るほど募る、インドの家族への想い。サルーが抱えた心の大きな穴は、彼を飲みこまんとするほど増大し、遂に彼は決意する。人生を取り戻し未来への一歩踏み出すため、そして母と兄に、あの日言えなかった“ただいま”を伝えるため、「家を探し出す――」と。 監督 ガース・デイヴィス 出演 デヴ・パテル、ルーニー・マーラ、デヴィッド・ウェンハム、ニコール・キッドマン 2017年4月13日 TOHOシネマズ岡南 ★★★★ 「ムーンライト」 いい意味でも悪い意味でも、期待を裏切る内容だった。ストーリーを読む限りでは、今まで散々映画で扱われている、アメリカ社会のクスリ問題、LGBT問題、イジメ、貧困などを扱って、重く暗いラストがやってくるのだと覚悟して鑑賞に臨んだ。 しかし、少年時に出会った売人は「今は母親が恋しい」と云う犯罪人とはとても思えない男だったし、その恋人は生涯少年を大切に扱う。少年どうしの友情は、やがて裏切りに逢うというのが「映画的」定番だが、そうなっていない。その他、重要人物たちは思いも掛けない変貌を遂げる。 しかし、やはり明るく軽い作品ではない。これが、現代アメリカのリアルなのだ、とやっとアメリカが正面から描いた。その姿勢が評価されたのだろう。 ただ、期待したほど「問題」は炙り出ているのか。むしろ、問題を多く設定したことで、ドキュメンタリー擬きの平凡なドラマになっているのではないか。と思うのである。 (ストーリー) 本年度アカデミー賞3部門受賞 作品賞、助演男優賞、脚色賞 名前はシャロン、あだ名はリトル。内気な性格で、学校では“オカマ”とからかわれ、いじめっ子たちから標的にされる日々。その言葉の意味すらわからないシャロンにとって、同級生のケヴィンだけが唯一の友達だった。高校生になっても何も変わらない日常の中、ある日の夜、月明かりが輝く浜辺で、シャロンとケヴィンは初めてお互いの心に触れることに・・・※R15+ 監督 バリー・ジェンキンス 出演 トレバンテ・ローズ、アシュトン・サンダース、アレックス・ヒバート、マハーシャラ・アリ、ナオミ・ハリス、アンドレ・ホーランド 2017年4月13日 TOHOシネマズ岡南 ★★★☆ 「夜は短し歩けよ乙女」 原作のファンである。原作ファンから見れば、観る前から気に入らない作品になるのは「運命」である。ただ、よく頑張ったとは思う。言葉で作った世界観を、早く動く時計や、李白さんへの慰め言葉をわかりやすく図式化したり、等々あゝ成るほどね、という映像化だった。発見もあった。改変は、思った以上にはなかった。大学祭編のゲリラ演劇をミュージカルにしたのは、流石の映画的。しかも、原作は一年の話だったが、映画は見事に一夜の話にしたのも良い改変だった。 ところが、「運命」からは逃げられない。黒髪の乙女が、ムンと胸を張り颯爽と歩く場面が魅力的ではないのである。しかも、彼女は一回しかオモチロイと言わない。彼女のキャラ立ちができていという致命的な欠点があるのだ。よって、このファンタジーに入り込めなかった。しかも、映画なのに、京都ロケをしていないかの如く「京都らしさ」がないのだ。 偽電気ブランと閨房調査団と達磨の置物に幸いあれ。 ■ あらすじ クラブの後輩である“黒髪の乙女”に恋心を抱く“先輩”は、「なるべく彼女の目に留まる」略してナカメ作戦を実行する。春の先斗町に夏の古本市、秋の学園祭と彼女の姿を追い求めるが、季節はどんどん過ぎていくのに外堀を埋めるばかりで進展させられない。さらに彼は、仲間たちによる珍事件に巻き込まれ……。 ■ 解説 第20回山本周五郎賞、第4回本屋大賞第2位に輝いた森見登美彦の小説をアニメ映画化。京都の移りゆく四季を背景に、パッとしない大学生と彼が片思いする後輩の恋の行方を、個性的な仲間たちが起こす珍事件と共に描く。主人公の声を、テレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」などの星野源が担当。監督の湯浅政明をはじめ、脚本の上田誠、キャラクター原案の中村佑介ら、森見原作によるテレビアニメ「四畳半神話大系」のスタッフが再集結する。 ■ キャスト (声の出演)、星野源 ■ スタッフ 原作: 森見登美彦 監督: 湯浅政明 脚本: 上田誠 キャラクター原案: 中村佑介 2017年4月14日 Movix倉敷 ★★★★
2017年05月09日
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「岳飛伝6」北方謙三 集英社文庫 呉用は死ぬ前に「岳飛を救え」と言い遺した。燕青が久しぶりに立ち、侯真、羅辰ら致死軍が久しぶりに活躍する。褚律がきちんとかっこいい処を見せる。 岳飛と秦檜が訣別し、岳飛が捕らわれて形の上では「死ぬ」前に、2人は何度も話し合う。その言葉の端々で、やっと軍閥の岳飛が南宋に合流しなかったのか、読者である私にも分かって来た。 「軍閥であり続けて、何になる、岳飛?」 「拠って立とうという国が、俺にはありません」(125p) 結局、岳飛は南宋という国が「嫌い」だったのだ。非常に知性的な人間だとは思うが、しかし最後の選択は「好きか、嫌いか」で行う。そこが著者の北方謙三と被るかもしれない。本来は梁山泊に入るべき人間が、楊令を生涯のライバルとしたために違う道を選ぶ。男というのは、マアどうしようもない生き物ではある。 岳飛は遂にチェ・ゲバラのように南の国を彷徨する。遂に本当の岳飛伝が始まるのかもしれない。 2017年5月7日読了
2017年05月08日
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「わが憲法人生七十年」畑田重夫 新日本出版社 畑田重夫さんといえば、一般的に知られているのは、1987年1991年の東京都知事候補としてであろう。その時の畑田さんの肩書きが「国際政治学者」だったことが、私のずっと昔に感じた疑問だった。元○○大学教授だとか、元弁護士とか、元代議士とかならば候補者になるのもわかる。泡沫候補ならば、それも有りだろう。しかし、彼は二回とも三位になっている有力候補だったのだ。 その後、私は平和委員会に関わる事になり、代表委員だった畑田さんを真近に見る事も多くなり、その学識と人格の高さに触れる事になる。今回、この書を通じて畑田さんがどのようにして、日本の民主的諸運動の代表者になっていったのかを知る事が出来た。 畑田さんは、東京大学法学部出身。昭和18年の学徒出陣世代である。戦後復学して、いっとき内務省に勤め、「将来警視総監の地位は間違いないのに」と慰留されながらも嫌気がさして名古屋大学へ。1962年教授になる直前に野に転身する。毀誉褒貶ではない。戦後、憲法に接してからは一貫して憲法人生を歩んでいる。 東大在学中に官僚制度に道を開く「高文」制度廃止運動を起こし、結婚時には夫婦の苗字を妻とのジャンケンで決めて畑田姓になり、名大時代は国鉄の労働者の仕事に添乗して途中下車した後は一貫して労働者学習組織に身を置いた。また、「安保条約は諸悪の根源である」ということを広く世に宣伝して来たのも、名大時代の研究結果であった(ちなみに、この言葉は岡山県平和委員会元会長の十八番だ)。畑田重夫さんがずっと第一線の研究者として、労働者と共に生きてこられたのは、畑田重夫さんの意思以外の何物でもなかった。 「金を残す人生は下、仕事を残す人生は中、人を残す人生は上」という人生だった。今年94歳。戦争時、最前線に行けないほど病弱だった畑田さんがここまで長寿を果たしているのは、おろしたてのニンニクをオブラートに包んで毎食後に食べる事を継続しているからかもしれないが、もう一つは東部第63部隊2000人中、存命なのは畑田重夫さんだけという「使命感」があるのだろう。いつまでもお元気でいて欲しい。 2017年5月4日読了
2017年05月07日
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「孤独のグルメ」第四話 三軒茶屋すずらん通り「すし台所家」 今週(金曜日深夜)はなんと回転寿司だった。食べ方が参考になったので、感想を書く。 私は最初に卵で始めることが多い。しかし、彼は赤マグロ(120円)で始めた。これで店の実力を試そうというのだ。合格だったらしい。 次は柔らかさとプリプリを試すイカ(120円)。その次は変わり種、光もの三種(アジ、サバ、イワシ)。その次は汁物、真鯛の潮汁。「沁みる。胃が癒される」唐辛子入れてグイと旨くなるらしい。 炙り穴子を頼む。 大赤海老(300円)。甘い海老を贅沢に食べる。 マグロ三種(中トロ、赤身、大トロ580円)。このチョイスは、やはり関東人。 カニサラダ「この辺で脇道にそれて見る。脇道に宝あり」その後茶碗蒸し。「茶碗蒸しは何時だって優しい」 「俺も本気出す」その後、特上ウニ。「醤油マジック、特上が極上に」ウニって、醤油につける美味しくるの? トロハマチ二枚。普通にないものがあるのがこの店らしい。トロは相当美味しかったらしい。これで締め。 お勘定の時で「釣りバカ日誌」の濱田岳が出てきた。番組通しのコラボだったらしい。 私は何時もこの人のように孤独のグルメである。この人は何時もあまり値段は気にしない。今回もよくわからなかったけど、3000円近く払っているのではないか。私は回転寿司に1000円以上は使わない。しかしそれでは楽しくないのではないかと思った次第です。
2017年05月06日
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「DAYSJAPAN5月号」 今月号は恒例の「DAYS国際フォトジャーナリズム大賞特別号」である。表紙の写真は、しかし一位のローレン氏の「イラクの対テロ軍とISとの攻防」ではない(いつも一位が表紙にならないのは、何故だろう)。 表紙は、第二位アミール・アルハルビ氏「シリア・アレッポ 瓦礫からの救出」である。サリバン地区の空爆後、瓦礫に埋れていた赤ん坊を助ける男性たちだ。2016年9月11日である。アミールは1991年、シリア・アレッポ生まれ。2016年12月自身も難民になった。 シリア内戦の写真が、いろんな場面が受賞している。ある写真はISの兵士をシャベルで土塊のように処理しているのもあった。そして1番大きな犠牲を取らされるのはいつも一般市民、特に子どもや女性、年寄りだ。幼児を何とか瓦礫から救い出して、サンダルばきで、ともかく早く医者の元に預けようと走る男たち。日本でもしこういうことが起きれば、何度も何度も繰り返しテレビで報道されそうな出来事の事を日本人は全く知らない。 現在、戦争の当事者に日本がなってもおかしくはない状況が続いている。数年前までは、日本国憲法を持った日本国民としては、思いもしなかった事態だ。しかも、日本国と敵国との戦争で起きそうになっているわけではない。 しかしいったん起きれば、どこかでこれに似た悲劇が起きるだろう。 なんて事だ。今からでも、引き返せないのか。 2017年5月5日読了
2017年05月05日
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「海の向こうから見た倭国」高田貫太 講談社現代新書 著者は岡大史学科大学院を出た後に韓国の慶北大学を出ている。日韓両方の目から古代を見ることが出来る若い研究者である。ここまで突っ込んでわかりやすく、日朝関係特に朝鮮半島の考古学成果を描写した本を私は初めて読んだ。私の興味関心は、弥生後期なので、そこに絞って学んだことをメモする。 ◯魏志東夷伝韓条では、3C、弁韓では鉄を生産し、朝鮮東北部と共に倭国が鉄を求めてやってきていたとある。また、楽浪郡と帯方郡にも供給していた。このルートは、楽浪郡ー弁韓ー倭国ルートにもなっただろう。 ◯魏志倭人伝の対馬・壱岐記述でも「南北市てき」(北九州と朝鮮と交易)。 ◯鉄交易は弥生中頃(朝鮮初期鉄器時代)から始まる。トンネネソン遺跡(釜山)では鉄さいや鉄片共に多くの土器が弥生土器かそれを真似たものだった。勒島(ヌクト)遺跡(弥生前期末ー後期初)でも全体の一割が弥生系土器。ここでも鉄器製作の跡あり。 ◯蔚山達川(タルチョン)遺跡では、弥生人が鉄鉱石を採掘した所に来た痕跡がある。達川遺跡は初期鉄器時代の住居、穴、壕、柵などが確認。採掘場から一部北九州弥生系土器確認。他にも楽浪郡系土器、鉄鉱石が出土。 ◯以上の弥生系土器は、BC4-AD1前半かBC2中頃-AD1前半か、まだ決着ついていない。 ◯勒島はAD1より衰退して、AD2には役割を終える。AD1後半より、弁韓や辰韓の有力者の墓に北九州の青銅器が副葬される。特に金海。楽浪郡からもたらされた文物も、AD1後半には金海(狗邪国)に集中する。衰退期には、北九州だけでなく、中部九州や瀬戸内、山陰などの土器も出土するようになっていた。 ◯金海良洞里(ヤンドンニ)遺跡は、AD3まではこの国の中心地だった。この頃、奴国や伊都国が、壱岐や対馬をコントロールするようになり、楽浪郡や朝鮮半島との交易を主導。勒島はそのルートから外れたから衰退したのか。 ◯海人たちの交易ルートが最初にあり、それを有力な国が取り込んでゆくように金海ー北部九州ルートが整備され、それを西日本もそのまま使うようになった(←北部九州にとり、西日本は国ではなく、個人だったのだろうか)。このネットワークは神奈川や長野まで続いていた痕がある。そしてこれが魏志倭人伝の「南北に市てき」に記録された。 ◯古墳時代を迎えたAD3後半になると、福岡市西新町で大きな港ができる。住居は竈(列島への普及よりも1世紀以上早い)をもち、多量の朝鮮半島系土器出土、列島各地の土器出土。渡来人は多量にいただろう。 ◯西新町の周りには、大規模な集落(比恵・那珂遺跡群)、鍛治工房(博多遺跡群)、 玉作工房(潤地頭給遺跡)が展開。 ◯背景にAD3中頃に成立するヤマトの倭王権の展開があった(かもしれない)。 ◯AD3後半に金海は、国際貿易港を整備(金海官洞里、新文里遺跡)。既に遺跡公園みたいなものが出来ているらしい。行って見たい。港(桟橋、道路、倉庫、井戸)と、それを管理する生活場所があった。馬韓土器と北九州・山陰の土師器があった。そこから中央に向けて鉄関連の遺跡・工房が分布。中央には王宮(鳳凰台遺跡)、王族墓地(大成洞古墳群)、近くにも港はあり船の部品は出土。AD4には、鉄生産と海上貿易が一体で運営。この頃には倭王権と金官国が重要なパートナーになっていただろう。 ◯西新町は、意外にもAD4になると、急速に衰退し、AD4後半に消滅。それと連動するように、沖ノ島で祭祀が始まる。金海は更に栄える。 ◯266年以降、倭国が中国に派遣した記録はなくなる。AD4以降、楽浪・帯方が高句麗に滅ぼされると、おそらく中国との直接関係は絶たれる。それもあって、金海との交易は重要だった。 2011年と2012年の夏に、私は生涯最長の韓国旅行をした。特に、弁辰をよく歩き、例えばここでも扱われている金海の鳳凰台や大成洞古墳群、勒島遺跡などを訪ねた(金海良洞里も後に訪ねる)。釜山大学博物館など、さらには普州慶尚大学では、大学の先生たちからも情報を頂いたりもした。また、有名な古墳群はたいてい歩いた。考古学の先生かとよく聞かれたけど、実際は単なる考古学ファンに過ぎない。単なる素人がここまで来るのが珍しかったのだと思う。この本は、そこから得た情報を上書きし、さらには新しい視点を貰うものであった。話題の中心は古墳時代なので、私のここでの引用は序章にすぎない。しかしほとんど空白の紀元前後の日朝関係を埋めるものは、これから出てくる遺跡でしかあり得ないのであるから、著者には積極的に速くこれらの成果のわかりやすい紹介を期待したいと思う。 2017年4月26日読了
2017年05月03日
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「ランニングする前に読む本」田中宏暁 ブルーバックス新書 スロージョギングの提唱者で、テレビで何度か話を聞いたのだけど、切れ切れにしか頭に入っていなかったので、結局実践しなかった。さすがブルーバックス、データを元にとっても説得力のある本になっていた。 先ずはネットから本の紹介。 運動生理学の研究から生まれた「走るための最強メソッド」が登場! 走ることは、本来、決して苦しい運動ではありません。 誰でも持っている「走る才能」を100%発揮するには、フォアフット着地で、ラクなペースで走ること。 「スロージョギング」から始めれば、一流ランナーと同等のスキルが簡単に習得できます。 準備運動も筋トレもいらない、膝や心臓への負担もない。 それでいて、消費カロリーはウォーキングの2倍。 初心者から、サブスリーを目指す上級者まで、ランナーの弱点を克服し、確実に結果を出す「科学的なノウハウ」を徹底解説。 あなたの「ランニングの常識」が変わる! ・苦しいペースで走ってはいけない ・かかとから着地してはいけない ・初心者でも厚底のシューズはNG ・準備運動は必要ない ・「走れる身体」を作るための筋トレは必要ない ・1分の細切れ運動でもOK ・膝が痛くならない、心臓に負担もかからない ・ウォーキングの2倍、カロリーが消費できる ・血圧・血糖値が低下、善玉コレステロール値上昇、脳が活性化 ・何歳からでも始められる 自分に関係する部分だけメモする。 ◯「ややキツイ」の一歩手前で走る(主観的強度12-10)。ニコニコペース。 ◯ニコニコペースは乳酸が蓄積しないペース。 ◯ウオーキングよりもスロージョギングの方が、太ももの前面(大腿直筋、外側広筋)ほか腰回り(大臀筋、腹直筋)が鍛えられる。 ◯脂肪をエネルギーとして上手く使う。速く走ると、糖を速く消耗してガス欠となる。筋肉に貯蔵出来るエネルギー(ATP)は、少し。すぐそばの供給元(CP)もその倍。細胞のミトコンドリアとの連携次第で乳酸を出さずに、少ない酸素量で無限に脂肪からエネルギーを引き出せる。結果、体脂肪が減る。 ◯内臓脂肪減少を期待するのであれば、週に30メッツ・時以上の運動を。 ◯私の場合、6.5×1×3+4×0.66×3=27.92であるが、やがて慣れて6.5を少し上げて、時間も延長できれば直ぐに達成できる。 ◯私の体脂肪を減らすエネルギー消費量はメッツ5.5の場合は、352。一キロ減らすのに必要な7200を達成するには、順調に運動すれば7週間ということになる。しかし、食べ過ぎないという但し書きがあるので、多分その通りにはいかない。 ◯グリコーゲンは筋肉に500グラム、肝臓で100グラム蓄えられているのに過ぎない。脂肪は、私の場合おそらく12.8キロ蓄えられている。 ◯私の酸素摂取量はおそらく(0.2×100+3.5)×マイ体重の潜在能力があることになる。 ◯距離トータルで週に20-30キロを3ヶ月続ければ、フルマラソンの体力はついた。フルマラソンの目標設定と実現のやり方は、その気になった時にまた読む。 ◯食後の走りは避ける。する時はるんるんペースで。 ◯早朝食べる前の走りは、脂肪分解の途中なので、脂肪分解の アドレナリンの分泌を増やす。 低炭水化物・高脂肪の食事でさらに脂肪分解能力が高まる。一日おきの運動の方がいい。 ◯室内運動。ステップ運動。20センチ台。60ビート四秒に一回の上り下り。左右で八秒に一回。これを食事前10分以上-30分。4メッツに当たる。(1分で15回の上り下り、10分で150回)。80ビートは5メッツ。100ビートは6メッツ。120ビートの速さならば、7メッツに当たる。2017年4月15日読了 追記。実践を始めて2週間経った。まだ週20メッツぐらいしかいっていない。しかし、おそらく体脂肪率は2%ほどは減ったと思う。
2017年05月02日
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「聖なる怠け者の冒険」森見登美彦 朝日文庫 プロローグ 前作(と思っているのは私だけ、だけど)の「夜は短し歩けよ乙女」で、すっかりファンになったと思い込んでいる私は、本屋で平積みになっている本書(文庫本)を手にとって迷わず購入したのだけど、当の本書は時間の塵の中に埋れて玉川さんみたいに何故か迷子になっていた。それが2016年9月中頃。春が来た。一年ぶりに部屋の片付けを始めると、ラッキーにも未読の文庫本が発掘される。時は正に、ムービックスで「夜は短し歩けよ乙女」のアニメが公開されようとしていた。アニメの出来には期待は出来ないが、またまたそれでいっとき森見登美彦ブームになった私は、本書を読み始め、森見登美彦の危なイヤ怪しい世界が、私を連れて行こうとする。生来の怠け者である私は、p121の伏線を発見してあらあらと思った隙間に睡魔が滑り込んで来て‥‥。 平成29年3月15日記入。 エピローグ ‥‥おや⁈ふと眠りこけて何時の間にか一ヶ月以上経った。生来怠け者の私は、文庫の続きを読むこともせず、やおら起き上がり、ムービックスへ映画「夜は短し歩けよ乙女」を観に行く。偽電気ブランや閨房調査団や狸の置物を懐かしく眺める。そもそも原作のファンなのだから、その映画作品は観る前から気に入らない作品になることは「運命」つけられている。映画は掃けて、夜の四十万の帳の端を、小和田くんのように歩いていると、玉川さんのような可愛い女性がちょっかいを出してくる僥倖は、当然のことながら無くて、ふと所長のように死ぬ前に誰からも直接的にもっと感謝されたいと哲学的思考に陥ることも無く、この上ない「冒険」を歩いている自覚もなく、ただ歩いていた。そして何時の間にか、あの伏線はたいした伏線じゃなくて、それでもすべてのどうでもいい謎は解けて本書を読み終えていた。文庫本初回限定(って、初版だけなのかもっとなのかとてもわかりにくいけど)の「著者からのメッセージカード」は、私の人生座右の書として、本棚の奥に仕舞っておこうと思う。「僕は人間である前に怠け者です 森見登美彦」。 平成29年4月17日記入 あとがき 私の拙い感想をお読み頂いてありがとうございます。感想をネットに載せるにあたり、(いろいろ推敲するのはめんどくさくて嫌いだけど)本文に手を加えました。ごめんなさい。 2017年4月30日記入
2017年05月01日
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