雲のように水のように。

雲のように水のように。

『荷物を抱えた旅人』の話。他4話



むかし、むかしのお話。

今ほど地球と月が離れてなくて、
今よりもっと人間と自然の仲が良かった頃。

緩やかな山間に、素朴で小さな村があった。
村人たちはのんびりと暮らしていたのだが、今はある悩みがあった。
「最近、西の山に化け物が出るそうだなぁ」
「そうそう、どうにかならんもんかのう」
この辺りでは一番収穫の良い西の山に、化け物が出るという悩みだった。
「山狩りでもして、追っ払うか」
「そうだなぁ、皆に呼び掛けるか」
大人たちがそんな段取りを決めていたある日。

「にぃちゃん。まってよー」
「ほら、早ようこい」
その西の山で幼い兄弟が遊んでいた。
「とうちゃんが、ここは危ないから近寄るなって・・・」
「大丈夫だろ、皆が勝手に騒いどるだけだ」
弱気な弟と勝気な兄は連れだってどんどん山奥へと入って行った。
兄は木の実を取ったり、虫を弄ったりしてとても楽しそうに駆け回っていた。
一方弟は、まだ山歩きに慣れていなかったので、兄に付いて行くので精一杯だった。
そのうち疲れてしまった兄弟は、小さな沢へとやって来た。
沢にごろごろと落ちている大きな岩の陰で重なる様に横になると、うとうとし始めてしまう。
ちょうどその時、兄弟のすぐ後ろの草むらがガサガサとざわめきだした。
もう少しで眠りに付きそうだった兄弟は慌てて飛び起きる。
「・・・にぃちゃん」
「大丈夫だ、兎か鳥だ」
ぶるぶると震える弟を庇うように自分の背後に隠す。そんな兄もやっぱり震えていた。
すると、突然それは姿を現した。草むらから出て来てすぐに兄弟を見つけたそれは鋭い目で睨み付けてくる。
それは、兄弟たちが始めてみる生き物だった。体は狐のような毛皮に覆われているのに、頭だけは真っ黒のぼさぼさの毛が生えていた。そして、手足が長くその皮膚はごわごわとして丈夫そうだった。
しかし、兄弟が一番驚いたことは、それがなんと後ろ足二本だけで立っていた事だった。
そいつは、背をかがめて鋭い眼光を向けて威嚇しているようだった。
この始めて見る化け物にいつまでも震えていた兄弟だったが。
脅える弟を見ていた兄は、だんだん自分が何とかしなくては、と思ってきた。
そして、自分も脅えているのに勇気を出して化け物に叫ぶ。
「な、なんだぁお前!弟に近寄ったらただじゃおかねぇぞ!」
震えながらも一生懸命出した勇気だったがそこまでだった。
化け物が器用に前足で持った棒を振り上げた途端、とうとう幼い兄弟は泣き出してしまった。

「・・・・・」
わんわんと泣く幼い兄弟を眺めていた化け物は、棒を降ろすともう一時兄弟を眺めていた。
やがて、兄弟を見やりながらまたガサガサと草むらへと消えていってしまう。
半刻ほど泣いていた兄弟は、だんだん落ち着いてから周りを見渡し、何事もなく無事だった事に気付くと今度は笑い会うのだった。

「・・・ふぅ」
自分の家まで帰ってきた若い猟師が一息ついていると、すぐに仲間が声をかけてきた。
「おう、ご苦労だったな。で、化け物はどうだった?」
そう訪ねられた猟師は少し考えて、笑いながら言った。
「そんなもん何処にもおらんかった」
笑いながら家へと入っていく猟師に仲間は一言。
「そうか」
とのんびり答えた。

西の山にある大木の枝に二匹の幼い兄弟が並んで座っていた。
その全身はふさふさの毛で覆われて、耳は狐のようにとがっている。そして、尻尾は枝の下まで伸びてまるで雄鶏のようだった。
「にぃちゃん。怖かったなぁ」
「大丈夫。また俺が守ってやるよ」
「うん」
大きな月が昇り始めた空を二匹は仲良く見上げていた。

おしまい。



『その国の意思』の話。

とある酷い悪政をする国があった。
国民たちは常日頃から政治家たちの傲慢さ、勘違いぶりに文句を言っていた。
その国の、とある地区に一人の青年が住んでいた。
当然、彼もこの国の政治家達に多くの不満を持っていた。
「何でこの国は、あんな傲慢な一部の人間の意志だけで機能しているんだ!」
いつも憤りを感じていた彼は、この国の政治に異議を申し立てている団体へと所属した。

そして、幾月か経ったある日、彼は自分の恩師に当たる人が殺害される現場に偶然居合わせてしまう。
その時、彼は犯人が国に雇われた者だと知る事になる。
彼の恩師は学者として極めて優秀であり、反政府の人間でありながら国に対して強い発言力を持っている人物だった。当然、政府はこの恩師を疎んじていて暗殺しようとしていた。
しかし、彼がこの事実を世間に公表しようとしていた矢先に、ある報道が全国に流れた。
それは正に彼の恩師が殺された旨を伝えるものだった。しかし、その内容は彼にとって最悪なものだった。

昨夜、午後未明。○○大学名誉教授の×××氏が殺害されているのが発見されました。
警察の調べによると×××氏の元教え子でもある、反政府団体に所属している●●●●容疑者の犯行である可能性が極めて高いことが発表されています。
●●●●容疑者はまだ捕まっておらず付近の住民には警戒が促されています。

その後には、彼が覚えてもいない中学時代の教師が延々と語ったり、何の権威なのかも分からない人間たちが現代社会を嘆いていた。
その日から彼は無実の逃亡者となってしまった。
そして幾日か過ぎた日、遂に彼は街中で追い詰められてしまう。
数人の警官に取り押さえられる彼を、幾人もが遠巻きに覗いていた。
最後を悟った彼は、これまで溜めていた不満を一気に吐き出した。
「僕じゃない!先生を殺したのは政府の人間だ!あんな嘘の報道を信じないでくれ。この国の政府は悪だ」
彼はその場にいた者、そしてその場にはいない政府へと喚き立てる。
その時、一人の男が彼に言った。
「犯罪者が何を言ってるんだ!」
まるで、その言葉が合図だったかの様に街の人々が次々に騒ぎ出した。
「嘘の報道なんてあるわけないだろ!」「反政府の人間は危険だとニュースで言ってたぞ!」
人々の怒号の波に彼は言い返した。
「なんで!何でみんな信じてくれないんだ!なぜ政府の言葉を信じる?」
「国が嘘を言う訳ないだろ!この国は民主主義だぞ!」
人々の言葉の嵐の中で彼は初めて知った。これが国民の意思だった。
何が悪かったのか。誰が悪いのか。
だけど自分を信じる事だけは揺らがなかった彼に、最後に警官の一人が言う。
「・・・真実がどうだろうと、お前は犯罪者として裁かれるんだ」
Fin.



『真っ白な子供たち』の話。

『白』白は純粋、交わりのない色。
大きな、大きな真っ白な紙の端っこでラクガキしてた。
この白を埋め尽くすつもりで描き続けた。描いても描いても埋まらない、なんて広い真っ白な紙。
やがてだんだん落書きをしなくなった。夢で見た絵の代わりに数字を書いていた。誰かが言った言葉も書いた。綺麗な文字でびっしりと隙間を作らないように、字を書いた。
気付いたらちっぽけな紙は埋まっていた。もう描ける部分なんて残されていない紙。端のほうに描かれたラクガキたちは、にじんで何が描いてあるか分からない。
・・・真っ黒な、ちっぽけな紙を持ってこれからどうしよう。

大きな真っ白な紙の端っこでラクガキしてた。
いろんな夢を描き続けた。いろんな色を使ってみた。いろんなものを描いていた。
そのうち文字を書くようになった。数字なんかも書いていた。だけどあんまり楽しくなかった。楽しく描くことを覚えてなかった。
隣にいた子は描くのを終えた。自分の紙を眺めていた。
向こうにいた子は紙を捨てた。ほとんど白紙の紙を捨てた。
突然怖くなってくる。
ちっぽけな、ほとんど埋まった自分の紙を眺めてみる。もっと、もっと描きたかった。本当はラクガキを描きたかった。
・・・大きな、大きな紙の上で一生懸命ラクガキを描く。あのころと同じように笑いながら、隅っこに書いた数字と文字の羅列の上にわざと大きな花を描く。大きな虹色の花で塗りつぶす。

大きな真っ白な紙の上で毎日ラクガキを書いていた。
紙は大きいけどすぐに埋まりそうだった。もっと埋めるつもりだった。
そう思っていたのに、字を書かされていた。数字や図形も書かされた。端からびっしり、少しずつ埋めるように。
・・・もう嫌になってしまった。いつまでこんな大きな紙を埋め続けるのか?到底埋まりそうにないこんな紙。
次の日、紙を破り捨てた。もう何も書く気はなかった。
足元に広がる白い紙には気が付かなかった。



『ふたり』の話。

『君は直感で行動し、僕は考えて迷った

君は成功を掴み、僕は同じ所を歩み続ける

君が悩み分からなくなった時、僕が君を助けよう

僕が苦しんでいる時に君は助けてくれるから』



『荷物を抱えた旅人』の話。

「どうやら、荷物を抱え込みすぎていたみたいだ」

彼は歩みを止めて積みすぎの荷物をその場に下ろした。

おもむろに降ろした積荷を1つずつ開けていく。

その中には・・・何も入っていなかった。

確かに彼に重圧を感じさせていた荷の数々は幻のように減っていく。

残った幾つかだけを背負い直して彼は再び歩き出す。

その足取りはさっきよりも遥かに軽い。

「知らないうちに自分に重荷を掛けて苦しめていたらしい」

軽く嘲笑し、前を見据える顔に迷いはない。

自分の重圧を取り払って、彼は先へと旅立った。


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