お気に入りの エッセイ




心からの贈り物 「乗客」



白い杖をついてステップを注意深く登るその素敵な女性を、バスの乗客たちは同情の目で見つめていた。
彼女は運賃を払うと、手で座席を探るようにして通路を歩き、運転手に空いていると教えられた席を探し当てた。
席に座り、ひざの上にブリーフケースを置き、杖を自分の足に立てかけた。


33歳のスーザンが全盲になって1年がたった。
医療ミスで視力を失い、彼女は突然に暗闇と怒りとストレスとみじめさの世界に放り込まれてしまった。
かつては確固とした自立を自負していたスーザンは、今は無力でどうしようもない、周りのみんなの重荷となってしまった彼女の運命の渦に、まるでのろわれたかのように思っていた。

「どうして私がこんな目に合うの?」

彼女の心は怒りでつぶされていた。
でもどんなに泣いても、どんなにわめいても、どんなに祈っても、悲しい事実は変わらない。彼女の視力は戻ることはない。
絶望の雲が、かつては上昇志向であったスーザンの心に低く垂れ込めた。
一日を過ごす、それだけのことが、彼女にとってはストレスと疲れに満ちた訓練だった。
そして、そんな彼女にとってのたった一つのよりどころは、夫のマークだった。



マークは空軍のオフィサーであり、心からスーザンを愛していた。
彼女が視力を失い失意に沈んでいくのを見て、彼は彼女がもう一度自分で立ち上がるのに必要な力と自信を取り戻させるためには何でもしようと心に決めた。
空軍での訓練の中で複雑な状況に対処するすべを学んではいたものの、このことは彼の人生で最もハードな戦いであった。



ようやくスーザンは仕事に戻れる自信をつけた。
でもどうやって仕事場に行ったらいいのだろう?
以前はバスで通っていた。
でも今は、一人で街に出かけるのはあまりにも恐ろしかった。
マークは、彼の仕事場が街の反対側にあるにもかかわらず、毎日スーザンを仕事場へ車で送って行くことにした。
はじめのうちは、スーザンも安心して仕事へ行き、マーク自身も、ちいさなことにも不安になってしまう全盲の妻を僕が守らなければ、という義務感が満たされているのを感じていた。
しかし間もなくすると、マークはこのことが最善の策ではないことに気づいた。
体力的、時間的に無理があったし、お金も余計にかかった。
「スーザンはまたバスで通えるようにならないと」彼は思った。
でもスーザンにそのことをどうやって伝えればいいのかと考えるだけで、彼は恐くなった。
彼女はまだこんなにもろい心を抱えているのに。
彼女はどう反応するのだろうか。



マークが予期していた通りに、スーザンはもう一度バスで通うという案を聞いて恐怖を感じた。

「私は目が見えないのよ!」スーザンは苦々しく言った。
「行き方なんてわかるわけないじゃないの。あなた、私を見捨てようとしてるのね。」

彼女の言葉にマークの心は押しつぶされそうだったが、彼は何をすべきかがわかっていた。彼はスーザンに、どんなに時間がかかったとしても、彼女が自信を持ってバスに乗れるようになるまで、毎朝毎晩彼女と一緒にバスに乗ってあげることを約束した。
そして、その約束を守り続けた。



2週間毎日、マークは空軍の制服を着たままスーザンが仕事場へ行くのに付き合った。
彼は彼女に、どのように視力以外の感覚、特に聴覚を使って状況を把握し、新しい環境に適応していくかを教えた。
バスの運転手とも、これから助けてもらったり席を取っておいてもらったりするのだからと、友達になれるようにうながした。

バスを降りる時に転んでしまったり、ブリーフケースを落としてしまったりという辛い日もあったが、彼はどんな時も面白い話をしたりして彼女を元気付けた。
毎朝二人は一緒にバスに乗って、マークはそこから自分の仕事場まではタクシーで通った。
こうすることは以前よりずっとお金がかかりもっと疲れるものだったが、マークはスーザンが再び一人でバスに乗れるようになると信じていた。
彼女が視力を失う前のあのスーザンに、どんな困難にも恐れをなさず、決してあきらめることをしない彼女に戻ることを固く信じていた。

そしてとうとう、スーザンは一人でバスにのる決心をした。
月曜の朝がやってきた。出かける前、スーザンはマークを抱きしめた。
一時の通勤仲間であり、夫であり、一番の親友、マーク。
彼女の目に、彼の信頼と、忍耐と、愛への感謝の涙があふれた。
彼女は行ってきますと言って、そしてはじめて別々の道へ向かった。

月曜日、火曜日、水曜日、木曜日・・・

毎日彼女は問題なく通うことができ、久しぶりにとても気分が良かった。
できたんだ!一人で通勤できるようになったんだ!



金曜の朝、スーザンはいつものように会社へ行くためバスに乗った。
運賃を払ってバスを降りようとした時、運転手が言った。

「あんたがほんとにうらやましいよ。」 

スーザンは運転手が彼女に話しかけているのではないと思った。
だって、この一年勇気を出さないと生きることすらできなかったような、全盲の女性を、いったい誰がうらやむというのだろう?

不思議に思い、彼女は運転手にたずねた。

「どうしてわたしがうらやましいなんて思うの?」

運転手は答えた。

「だってあんたみたいに心をかけてもらって守ってもらったら幸せだろう。」

スーザンは運転手の言っていることがさっぱり理解できなくて、もう一度たずた。

「どういう意味?」 

運転手は答えた。

「だってほら、この一週間毎朝、格好のいい空軍の制服を着た男の人があんたがバスを降りていくのを向こうの角から見てるじゃないか。で、あんたが無事に通りを渡るのを見守って、会社のビルに入っていくまでずっと見てるんだよ。
それからあんたに投げキッスをして、あんたに向かって小さく敬礼をして、それから去っていくんだ。あんたはほんとに幸せな女性だよ。」



スーザンの頬を、幸せの涙がいくつも流れ落ちた。
彼女は目で彼を見ることはできなかったけれど、彼女はいつでもマークがそばにいてくれているんだと感じていた。
彼女は幸せだった。とても幸せだった。

なぜなら彼は彼女に視力よりももっと素晴らしい贈り物をくれたのだから。
見えなくても信じることができる贈り物---暗闇に光をもたらすことのできる、愛の贈り物。





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