Selfishly

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貴方がライバル! 《完結編》


★ このお話の前作話は こちらからどうぞ。↓
『貴方がライバル1~5』
『貴方がライバル6~8』
『貴方がライバル9・10』

『貴方がライバル11~14


・・・・・ 『貴方がライバル』act15 ・・・・・





週末が過ぎ、また日々の日常が始まった。
最近変わった事といえば、ユーヘミアが時折エドワードを見つめては
考え込む事が多くなったこと・・・。
彼女本人は全く気づいておらないのか、エドワードやロイに呼びかけられて
慌てて返事をしてくるような事も度々。
そして、これは気のせいであって欲しいのだが、彼女のロイを見る目が
妙~に冷たい・・・とまではいかないのだが、剣を含む時がちらほら。
まさに一番最初にロイやホークアイが危惧していた先行きに、
ロイの懊悩は深くなるばかりだったと言うのに・・・。


 *****


「判った。明日からは全員、警戒態勢に入るよう手配しておいてくれ」
そう告げて電話を切ると、ロイは書斎のデスクの前で重い嘆息を吐いた。
「厄介ごと?」
そう背後から掛けられた声に、落していた視線を上げる。
「ああ、どうやらそのようだな」
苦々しい表情に、エドワードも顔を顰める。


この所、帰宅が日に日に遅くなってくるロイの様子で大体の予測はついていた。
巷で噂になり始めている通り魔の事件だろう。
女子供を狙った犯行は関連もなく無差別に行われており、犯人の特定が難航しているらしい。
家に戻っても軍での事を語るのを由としないロイの所為で、
エドワードも詳しい情報を得ては居ない。
軍の広報が発表した事柄だけ聞き知っている程度なのだ。

今日も深夜遅くに戻ってきたと思えば、書斎で連絡を受け取っていたロイに
エドワードが様子を窺いに来たのだ。
トレーに湯気が立つカップを手に、頃合を計って覗いてみた。
話が長引くようなら、カップだけ置いて戻るつもりだったが
丁度、報告が終わる頃だったらしい。

エドワードは運んできたカップを、デスクに座っているロイに差し出す。
「ありがとう・・・。軽く食べてはいたんだがね」
そう言って大振りなカップに息を吹きかけながら、一口啜る。
「・・・美味い」
ほぉーと吐息を吐き出すロイの様子に、コーヒーではなく夕食に用意していた
ポタージュを出した正解を思う。

カップの中身を飲み干す間、エドワードは特に急かす事も無く
ロイの言葉を待っている。
少々、疲れが滲んでいる相手を可哀想に思う気持ちもあるが、
軍の高官の立場の彼には、こんな時があっても仕方ないのだ。
綺麗に平らげたロイに、エドワードは気を利かせてお替りを聞いてみる。
「良かったら、もう一杯淹れてこようか?」
一応、ロイの夕食もちゃんと用意してあるから、彼が望めば直ぐにでも
温めることも出来る。

「いや・・・、これで十分だよ」
そう告げてカップを置くと、ロイはエドワードの方へと腕を差し出してくる。
そのロイの行動が何を指しているか程度は、互いに判る関係だ。
エドワードはデスクを回り込んで、ロイの傍に近付くと、触れた腕が腰に巻き付いて
引寄せるに任せる。
そして、自分の胸に摺り寄せるように頭を置いてくる彼の髪に指を絡ませる。
「・・・・暫く留守にする」
そう呟くロイの言葉は、エドワードが予想していたものだった。
「そっか・・・。あんま無茶すんなよ」
ロイが戻れない日は、頻繁ではない程度今までもあった。
査察で1週間ほど戻れない時もあったのだから、それを別段どう思うと
言うことも無い。
そんなエドワードの反応に、ロイは少々不満そうに鼻を鳴らす。
それを宥めるように、エドワードはロイの髪を梳き続けてやる。
愛撫の始まりのような甘やかな仕草に、ロイは気持ち良さそうに目を閉じた。
「・・・・ 今週末には帰れる目処が着きそうにないな」
残念そうに呟かれた言葉に、エドワードは小さく笑って。
「残念だな? じゃあ、アルフォンスにも断りを入れとくよ」
週の始まりに週末過ごせる時間を、今日か明日かと待ち焦がれていたロイの
心境を知っているから、憐憫が湧く。
「・・・・・・本当に、残念だよ」
はぁ~と深く重い嘆息がエドワードの胸の辺りをくすぐる。
「全く・・・こんな時に家を空けたくないと言うのに・・・」
小さな呟きに、エドワードが首を傾げる。
「大丈夫だぜ? 俺らなら」
確かに今回の犯行のターゲットは無差別ではあるが、エドワードとて
軍属の旅時代に磨いた勘も腕も、そして錬金術もある。
自分の身くらいは自分で処せる自身がある。
そう思って告げたと言うのに、見上げてきたロイの表情は困ったような
苦笑だった。
そして、ふぅーと溜息を吐き出すと。
「そうだな・・・・・。勿論、君を信頼してるとも」
と返してきたが、何やらその言葉には微妙に含みが籠もっている気がするのだが・・・。

訝しそうなエドワードの様子に、ロイは判らないなら良いのだと言うように
首を小さく振って苦笑した。

そして、少し腕に力を入れてエドワードを自分の足の間に腰かけさせる。
「おいっ」
エドワードにしてみれば、子供のような姿勢で座らせられて
思わず抗議の声が上がる。
「・・・少しでいい、傍に居てくれ」
そのロイの声が余りに覇気無く届いてきて、立ち上がろうと浮かした腰を
渋々と元の位置に戻した。
「――― 離れたくないんだが・・・」
またも繰り返されるセリフに、エドワードは同様の返事を返そうとすると。
「君が魅力的過ぎるのが、いけない」
そう続けるロイの言葉に、口を閉ざして言葉を飲み込んだ。
エドワードにしてみれば、ロイの話の脈絡が判らない。
「どこにも・・・、誰にも目を触れさせないように出来れば良いんだが・・」
そう独白のように告げてくるロイの真意はわからないが、何か悩んでるのだろうと
察して、杞憂を晴らしてやるべく言葉を告げる。
「俺は、どこにでも行くし、皆とも付き合って行くぜ?」
そんな当たり前の言葉に、ロイは「そうだろうね」と言葉と共に
苦笑している気配が伝わってくる。
「でも・・・、どこに行こうが、戻るとこはあんたの横だし、
 誰が見ようが、俺が見つめ返すのは・・・あんただけだぜ」
そんな言葉をエドワードが言ってくれるとは思いもしなかったロイは
思わずエドワードの頭の後ろから、彼をじっと凝視する。
自分のセリフに照れているのか、ほんのりと耳たぶを紅くしているのが
初々しくて、愛しい。

―― エドワードにしてみても、相手の顔が見えなかったから言えた言葉なのだ。
   面と向かって告げるのは、流石に気恥ずかしすぎる ――

「エドワード・・・・・。そんなに嬉しいことを、この状況で言って来るのは・・・」
ロイは目の前で色付いた柔らかな耳たぶに口を近づけて、優しく甘く齧る。
「ヒャッ・・・。
 いきなり何すんだよ!」
深夜遅くだから、エドワードの声量も抑えられてはいるが、
驚いたように上がった抗議の声に、ロイはきっぱりと返した。
「君が悪い」
「なんで・・・!?」
「こんな体勢で、しかも禁欲続きなんだよ、私は。
 そんな状態の時に、あれ程の威力の強い告白をされて、我慢できると思うか?」
そう言うと、それを証明するかのようにロイはエドワードの項を嘗め上げてくる。

ねっとりとした感覚に、思わずエドワードも身を小さく震わせて反応してしまう。
「や・・めろって。無理・・・」
その言葉を言い終わる前に、既にロイの手はエドワードのシャツを掻い潜って
中を這い回り始めている。
「んっ・・・ン。 駄目だって、・・・言ってるだろ・・」
静止の声を上げるエドワードの声も、灯り始めた感覚に語尾が掠れている。
ロイは渇きを覚える喉を潤すように、溢れ始める唾液を嚥下する。
「少し・・・少しだけだ、エドワード。
 君に触れる程度は許して欲しい・・・」
ロイの興奮を知らせるように、彼の声も掠れ上擦っている。
触れている互いの身体が徐々に体温を上げているのも感じあっている。
「・・・・・で、でも・・・。上には・・・」
エドワードが何を気にしているのかは判っている。それでもこのまま引き下がるには
ロイの余裕は不足しすぎている状態だ。
「もう深夜だ。起きてくる事も無いだろう?
 もう少しだけ、君を感じさせてくれ。明日から暫くは抱きしめる事も出来なくなるんだから・・・」
哀願するように告げられた言葉に、エドワードの抵抗も段々と小さくなっていく。
ロイは危険な職務に付いている。司令官として、現場に立つ事は少なくなったとは言え
全く0ではない。彼の性分として、座っているだけでは済ませれないのだろう。
今日は無事でも、明日は判らない。
そんな職場なのは、見てきて共に過ごした事があるエドワードには
痛感させられている事でもある。
だから、自分の身体を弄るロイを完全に止める事が出来ないでいる。

エドワードの抵抗が無くなった事を感じて、ロイは嬉々として、そして大胆に
エドワードを煽っていく。
声が上がるのを気にしてか、必死に堪えている分、漏れ出る吐息は情感が溢れ
ロイのぞくぞくとした背徳感がいや増していくと言うのに・・・。

前を向き合って抱き合えない体勢だから余計に、ロイの手は大胆にエドワードを
煽っていく。
ふるふると小刻みに震え出した身体を、これでもかと高めて先を促していく。
堪えられなくなるのはエドワードの方が先だろう。
横顔から覗く瞳が、徐々に琥珀色を濃くしていくのを
ロイは満足そうに見守る。
今日は多分、自分の思惑通りエドワードは陥落するはずだ。
数日振りの伴侶の身体を味わいながら、ロイは更に手の動きを、
細やかにしつこさを籠めて動かし続ける。

既にエドワードの抑えていた声は、すすり泣きの状態だ。
本人の意識も快感に染め上げられ始めているのだろう。

一際高く啼かせ、ロイは効果の出来を予感した。

薄く開かれた扉の外から窺っていた気配が、また離れていくのを
感じつつ・・・。




・・・・・ 『貴方がライバル』act16 ・・・・・





「どうかしたのか?」

そう声を掛けられて初めて、ユーヘミアは自分が意識を飛ばしていた事に気づいた。
「えっ・・・。あ、あのぉ、ごめんなさい。
 何か・・・言った?」
返答も曖昧な彼女に、エドワードは小さく眉を顰めて様子を窺う。
見れば目は赤く充血していて、寝不足気味のようだし
朝から元気も無い。
何かあったのかと気には掛かるが、女性は・・・特有の期間もあって、
エドワードにもなかなか聞き出しにくい。

「・・・疲れてるのか?」
そう重ねて聞いてみても、力なく首を横に振るばかり。


今朝はロイは早出してしまって、既に家を出ている。
昨夜、たいして寝てもいないのに、元気溌剌で出て行ったロイに
エドワードは呆れながらも、笑って送り出したのだが。
彼女がこんな状態では、エドワードの方が気になっておちおちと
出勤も出来ない。
「大丈夫か? 良かったら、アルに来てもらおうか?」
そう重ねて聞いてみれば、ユーヘミアは笑って「大丈夫だから」と返してくる。
それが空元気なのは、見て明らかだ。
が、時間もそろそろ押している。休めるなら休んで付いていてやりたいが、
今日は研究のデーターが漸く揃って、本社が待ちに待った研究成果の発表をして、
今後の展開を決める大切な会議があった。研究チームリーダーのエドワードが
休むわけにも行かない。
どうしようかと逡巡していると。
「エド、そろそろ時間でしょ? 大丈夫よ。
 ・・・特に・・・、別に体調が悪いとかじゃないから、心配しないで
 さっさと出掛けてよ」
少々、つっけんどんな言い方でユーヘミアがエドワードを追い出すように
急かしてくる。

どうしようかと思い悩みながらも、故郷の幼馴染もエドワード達にはわからない理由で
不機嫌になる事もあったので、ここは男はさっさと退散したほうが良いかもと思い直し
腰を上げることにする。

「じゃあ、行ってくるけど・・・、お前、本当にしんどかったり、辛かったりしたら
 無理せず家の人とかに知らせろよ?
 後、さっき話していた通り魔事件。今は物騒だから、日が落ちてから絶対に
 一人で出歩くなよ? 出る時は、必ず護衛を呼んでからにしろ。
 いいな?」
そう念だけおして、自分を見上げている彼女の頭に手の平を置いて、軽く撫で混ぜる。
その瞬間・・・・・・ユーヘミアは驚いたように目を瞠り、・・・少し微笑んで頷いた。
エドワードの何気ない行為に気を取られ、話した事の殆どを聞き流し去ってしまった彼女の
心の動きまでは、さすがにエドワードにも気づけないまま・・・。




エドワードの出勤を見送りながら、ユーヘミアは目を細めてエドワードの
残像を見つめ続ける。


・・・・・彼女は、エドワードが結婚していると言う事実を漸く理解したのだ。

昨夜、物音で目が覚めた彼女は、階下の気配に暫く耳を澄まして考えていた。
そのまま直ぐに寝なおせれば良かったのだが、その日は意識がはっきりと覚醒してしまい、
寝直すには少々時間も要りそうだったので、様子をみがてらに下へと降りて行こうと
思い立ったのだ。

――― その後に、そんな気まぐれを起こした自分を、死ぬほど後悔したが・・・―――

今まで遠慮して入り込まなかった書斎の扉が半開きの状態になって、
声は中から漏れ聞こえていた。
入ったことのない部屋への興味あった。彼女自身、大変勤勉で勉強熱心だったから
二人の高名な錬金術師の個人の書斎に関心が動くのは当然だ。
自分一人では入りにくい場所でも、二人がいるなら見学くらいはさせてもらえるかも知れない。
そんな計算が無かったとはいえない・・・。
そして近付いて――― 話し声だと思っていた声が・・・まさか濡れ場の喘ぎ声だとは、
・・・・・・思わなかったのだ。


聞いた事がなかった程の、エドワードの艶めかしい声。
抑えられながら漏れ出る吐息の情感の濃さ。

それが・・・、エドワードから発せられていると知ったとき・・・。
ユーヘミアの中に生まれた感情は、羞恥や嫌悪などではなく。
深い・・・深い、哀しみだった。

その声が嫌気や不愉快、困惑などが少しでも混ざっているものなら
ユーヘミアとて、ここまでショックを受けなかっただろう。
その声は――― 間違いなく、喜びを謳っていた。
エドワード自身が望み、感じ、相手と共鳴する歓喜。

それを聞いている者に確実に伝えさせる声だったから・・・彼女は、打ちのめされたのだ。

彼らが間違い無く、双方の思い合う気持ちを持って結ばれた関係なのだと・・・。


その後、一際高く上がった声を背に、逃げるように部屋へと戻り、
知らずの内に込上げる涙を拭きながら朝までまんじりと過ごしていたのだった。



そんな事もあり、朝下に降りるには勇気がいったが、どうやら准将は先に
出たようだと判り、恐る恐る下へと降りて行った。

降りて行ったキッチンには、いつものエドワードの笑顔が彼女を迎えてくれた。
最初は目を合わせるのも躊躇われたが、自然に接してくるエドワードの様子に
ユーヘミアも少しずつ、平静を取り戻す事が出来たのだ。

出来たのだが・・・・・・。

「・・・・・どうしてなのかな?」

ポツリと独り言を落す。

どうして自分は、こうも厄介な相手ばかりに心惹かれるのだろう・・・。
マスタング准将の事は、変わらず尊敬の念も憧れの気持ちも持っている。
なのに・・・ふとした瞬間に、その彼が―――疎ましくなる時がある。
それが決まって、エドワードと二人きりだった空間に入って来た時であったり、
エドワードと楽しそうに会話している時であったり・・・。

そこまでくれば、――― さすがにユーヘミアとて・・・・自分がエドワードに
好意を持っているのだと・・・。好きなのだと気づかずにおれない。

嫌な奴だと。態度も口も悪い餓鬼だと・・・最初はそう思っていたと言うのに。
彼に逢い、彼と会話していき、教えを請う間に、彼を・・・エドワードを
どんどん好きになって行った。
気づいた時には、彼が他人のものだと思うだけで、きりきりと痛む胸と心を
感じずにいられない位に。


が彼女とて、エドワードが見込んだだけはある人間だ。
落ち込み、卑屈になり、人を妬むだけに終わらない強さがあるし、賢さも持ち備えていた。

――― バッカみたい。―――

そう彼女は心の中で呟く。

自分が彼らに勝てるはずも無いとも。
お嬢様学校で秀才だ。新進気鋭の経済学者だと騒がれ、誉めそやされやってきた。
でも・・・・・、それはただの机上の卓論ばかりのこと。
数値から経済を読み取る事に長けてはいても、街に出て買い物一つ自分で
やったことも出来た事も無い。

市井の動向を読み、新しい企画を作ることは出来ても、そのもの自体を
使った側になった事も無い。

たまたま運良く、起動が上手く行ったと言っても、それは本当にまぐれに近い確立。
それか、所詮は最初のブームだけなのだ。
それが根付き、消費者を次へと繋ぎ、大きな歯車になるまでは――到底、今のままでは
行き詰まり難しくなるだろう。

マスタング准将にしても、エドワードにしても。
頭の中だけではなく、実際の実体験を経験に落とし込んで生きている。
だから彼らは、今日よりも明日。明日よりも未来。ずっとずっと成長し続けていけているのだ。
そんな彼らに自分は並べるのか?
相応しいのか?
そう考えが行き着けば、答えはNOだ。

最初にエドワードを批判した思い上がりを、心底後悔する。
足りないのは彼ではなく、物事の表層面だけ知って判った気になっている、この自分なのだ。


『だから』・・・・・と思う。

だから、今から頑張らばなくてはいけないのだ。
未来をも後悔したくないなら、足りないものを育て得る為に、今から。


不毛なことは、もうやめようと。
他人の粗探しをしている時間があるなら、1mmでも自分を磨き、成長させようと。

ユーヘミアはそう決心して、最後に自分が出来る精一杯をやる為に、
座り込んでいた椅子から立ち上がった。






・・・・・ 『貴方がライバル』act17 ・・・・・






「次は・・・」

色とりどりの食材が並んでいる中、ユーヘミアは周囲を見回している。

今朝、奮起してエドワードに学んだ事を1つ1つこなしていったのだ。
自分の使わせて貰っていた部屋。皆の共有の場等を綺麗に掃除し、
吹き上げ、整理し片付ける。
最初の頃に床を水浸しにして怒られたり、革製品を水ぶきして呆れられたり。
そんな事も掃除をしていると思い出されていく。
今は、そんな失敗をする事もなく、思い描くとおりに綺麗になっていく家具たち。

去りたくはないが、出なければ掴めないものもある。
そう決意して、2週間に渡る居候生活にもピリオドを打とうと・・・。

「ないわね・・・」
見回した周囲に目当てのものはない。次に上や下の棚を順番に開けては探してみる。
エドワードやアルフォンスが教えてくれた中で、自分が作る中では1番手間隙を
かける料理を今日の晩餐に出そうと考えて準備を進めていたが、目当ての調味料が
見つからない。どうしようかと、暫し思案していた彼女が、窓の外に視線をやると
日はまだ落ちきってはいなかった。
よしと独りごちて頷くと、エプロンを外して玄関へと歩き出して行った。




 *****

「只今~、遅くなってごめん」
そう声をかけながら家に入ると、灯りが漏れているキッチンへと歩いていく。

今日は会議に熱が入り、延々と皆で話し込んでいたのだ。
今、エドワードのチームが取り組んでいる研究は、実用段階まで進めば
画期的な成果を上げることが予測されている。
技術的にも、この世界では飛躍的に伸び更なる進化が望まれているのだ。
研究には月日がかかったが、それでもエドワードが参入した事によって
格段と早くなり、今日の発表まで漕ぎ着けれたのだ。
チームのメンバーも喜びに湧いていたし、本社のメンツは更に興奮した様子で
今後の展開と戦略を考えるのに余念がないようだった。

ここまでくれば一段落――と、ほっと肩の力が抜けて、エドワードも意気揚々と
戻ってきたのだが・・・・・。

「?」
灯りの付いているキッチンでは、下拵え最中の食材が出しっぱなしになっている。
ちょっと場所を離れたばかりなのか、それとも・・・。
今朝方、体調のすぐれなさそうだった彼女の事を思い浮かべる。
もしかしたら、あの後調子でも悪くなり寝込んでいるのだろうか・・・。
一通り、リビングや風呂場を窺って、少し焦り気味に2階の彼女に与えた部屋へと急ぐ。
コンコン コンコン コンコン
数度続けてノックをし、返事がない為少し大きめに扉をノックし続ける。

返事も反応もない事に訝しんで、逡巡した後に声を掛けてから扉を開ける。
「ユーヘミア! おい、居るのか?」
声をかけても返事がないことに焦れたエドワードが、心の中でゴメンと呟いて
扉を開けると、そこには―――― 綺麗に整理整頓された部屋だけが視界に入ってきた。

エドワードは扉を閉めると、一応2階の使用されてない客室を見て回る。
そして、彼女が家に居ない事を知ったのだった。




直ぐに戻ってくるかも知れないと思い直しながら、取り合えず出しっぱなしの
食材から、彼女が作ろうとしていたメニューを思い浮かべて、先にと準備を済ませていく。
手際よく下拵えを進めていくうちに、肉に擦り込む黒胡椒を取ろうとして、そこに無いことに
気が付いた。暫く探してみるが、買い置きの予備がなかったようだ。
なら、別の調味料に変えて・・・・・と考えた、その時。
「まさか・・・・・」
買いに出たのだろうか・・・。
彼女はエドワードのように、要領が利かない。調味料の1つが足りなくとも、
味を変える事で作れるものだが、彼女ではそこまで機転が働かないだろう。

エドワードはキッチンの掛け時計に目をやる。
自分が戻ってきてから、少なくとも30分以上は過ぎている。
近所で買って戻ってくるなら、その程度あれば十分往復できる時間だ。
そして、視線を窓の外に向けると、戻ってきた頃には日が落ちきる寸前だったのが、
今はもう、完全に夜の光景に切り替わっている。
エドワードは手早く手を洗うと、リビングへと足を向ける。
躊躇ったのはほんの一瞬で、部屋にある電話へと手を伸ばすと馴染みになっている
番号を急ぎ回す。

『はい、マスタングだが』
期待通り聞こえてきた馴染みの声に安堵する暇も無く、エドワードは口早に
話しかけて行った。
「ロイ、俺」
『・・・珍しいな。どうした?』
切羽詰ったエドワードの声音から何かを感じ取ったのか、ロイは怪訝そうにしながらも
本題を伺ってくる。
「ユーヘミアが居ないんだ!」
『彼女が?』
「ああ、ちょっと出ていくつもりだったのは、キッチンを見れば判るんだけど、
 それでも――― まだ、帰ってきてない」
『――― 時間的には? 彼女がどこに出たかは?』
「今で40分は経ってる。俺が戻ってきた時には既に居なかったから、多分出て1時間は
 経ってると思う。料理の調味料が切れてたから、それを買い足しに行ったと思うけど・・・」
エドワードの説明の後、シュミレーションをしているのか僅かな沈黙があって、その後。
『・・・・・判った。こちらからも、その周囲を見回りしている者に探索をさせよう』
「頼む! 何事もなければいいけど・・・あいつ、街にも不慣れだろ。
 妙な路地とかに入って、何かあったら・・・」
『時期も時期だからな。兎に角、こちらですぐさま動くよう手配するから、君は』
「ああ、俺も出るから、そっちからも頼む!」
返事を言うのももどかしい気分で、エドワードは受話器を放るようにして置くと
一目散に玄関へと歩き去っていった。




「エドワード! ・・・・・切れてる」
一瞬の展開に、ロイは呆気に取られて既に通話の終わった受話器を憮然と眺める。
「家から動くなと言うのに・・・」
苦々しく呟いて、ロイは隣に控える副官を呼んだ。


 *****

「こ、ここはどこら辺かしら・・・」

暗くなるばかりの周囲を見渡して、ユーヘミアは心細げに呟く。
目的の品物を無事に手にしたまでは良かったが、日が落ちないうちにと
焦って近道をしようと思ったのが、現状を導き出した原因だ。

方角的には間違ってはいなかったはずだ。
ただ、曲がって歩いていく道が真っ直ぐではなかっただけで・・・。
引き戻そうと思った時には、入り組んだ道を進みすぎた所為で
自分の立っている場所を把握も予想も出来ない状態に陥ってしまった。

エドワード達の家の地区は、軍からも近い地区の為治安は良いほうなのだが
おかげでメイン通りから逸れると人気が無くなってしまう。
ユーヘミアも誰か通りかからないかと、おろおろと立ち尽くすが
先程から自分以外の人影を見ていない。
それにここら辺は住宅地からも外れているようで、閑散としたビルが林立していて
路地からでは見通しも利かないし・・・

募る心細さを払おうと、兎に角大通りまで出ようと足を進める。

暫く歩き、漸く佇んでいる人影を見つけた時、
ユーヘミアは心からホッと安堵した。






「だいぶん前に買って出たって?」


エドワードの家から1番近くの食品店で、ユーヘミアの足取りを聞いた後、
エドワードは店の周辺を検分する。
大通りの道なりに歩けば、この道を帰っているのなら擦れ違うはずだ。
が、来る行き道では彼女と会わなかったと言う事は・・・。
エドワードは暫し思考して、自分の家のある方角に視線を向け、
もしかしたらと思いついて、その先に見える小道に足を進めて行った。




 *****

「す、すみませ~ん!」
見失わないようにと小走りに駆け寄り、その人影へと声を掛ける。
家までの道は判らなくても、大通りに出る道さえ教えてもらえれば、
そこから迎えを呼ぶ事は出来る。
そう思って、立ち止まりユーヘミアを待ってくれている人影に近付こうとして・・・。

思わず足を止める。
じっと自分を見つめている・・・いや、検分しているように見ている相手に
妙に不安が浮かんでくるのだ。

――― や・・だ、この人何だか・・・・・怖い ―――

第六感が足を止め、身体を緊張させていく。
目の前に立つ相手は、どこといっておかしな点は見当たらないが、
妙に―――纏う雰囲気が荒んでいる。

立ち止まった足が、1歩2歩と後ずさる彼女と逆に、その男は1歩1歩と
近付いてくる。
そして・・・。

「へぇ~、まーだこんなとこをふらつく獲物がいたとはなぁー。
 最近、警戒が厳しすぎて獲物になりそうな人間もいなくてつまんなかったんだ。
 たまには場所を帰るのも悪くないってことだよな。
 狩場を定期的に変えるってのは、狩猟の原則だもんな」

そう不穏な言葉を楽しげに語りながら、徐にジャケットの上着に手を入れて
ゆっくりと取り出したものをユーヘミアに見せる。

「これ、いかしてんだろ? ちゃっちいジャックナイフとかじゃないんだぜ。
 刃は鍛え上げられたチタンで、よぉーく切れるんだ。
 異国から来てた行商人が持ってたんだけど、頼み込んで譲ってもらったんだぜ?
 高かったんだー」
そう自慢げに説明して、うっとりと刃に頬擦りして見せる。

ガクガクと震える足を叱咤して、ユーヘミアは何とか方向転換を試みようとするが、
竦んでいる体は思うように動かない。

「やっぱ、こんだけいいナイフで切るんなら、それなりのモノがいいじゃん?
 で、色々と試してみてるんだけど、すっごく良く切れるの!

 なぁなぁ、あんたも見てみたいだろ? この刃がどれだけ切れるのか・・・」

なっ?と無邪気に笑いかけてくる相手に、ユーヘミアの精神も限界になる。

「キャッァーーーーーー!!!!」

身体を満たす危機感が最高に達した時、それが原動力となって竦んでいた足を動かす。
ユーヘミアは振り返らずに一目散に、男から離れる為に走り出す。

「待てってー。せっ~かく、切れ味を味あわせてやろうってのに、な~んで皆
 逃げるかな?」

後ろからは、高笑いと共に足音が響いてくる。

――― はやくはやくはやく  逃げなくちゃあ!! ―――

ドクドクと煩い位に鳴る鼓動が、恐怖と急激な運動に喚き散らしている。
全速力で走っているのにも関わらず、気配は追い上げ近付いてくる。
はっはっはっ はっはっはっ はっはっはっ
と息遣いが真後ろで聞こえたと思った瞬間。
「ほぉ~ら。捕まえたぁー」
と勝ち誇った声が聞こえたと思った瞬間、前へと走っていたユーヘミアの身体が
掴まれた髪ごと引き摺り戻される。

「い・・・っやぁあああーー! た、助けてーーー!!!!!」

引っ張られた瞬間、大きく刃を振りかざす男の恐ろしい笑みが見えた。

――― お父さん お母さん・・・・・エドワードー!!!――

恐怖に目を閉じて、心の中で助けを呼ぶ。
両腕で頭を抱え、立つ気力さえ失ったユーヘミアは、その場に引き倒されるように
蹲り刃の下ろされる瞬間から目を反らした。

 ザクリと刃が振り下ろされた音が鈍く響く。

ガタガタと震えて小さくなっているユーヘミアは、ぞっとする思いと共に
その音を聞いて、更に身を縮じこませる。


「大丈夫か!?」

次に聞こえてきた声に、信じられない思いで恐る恐る顔を上げる。


闇夜にもくっきりと浮かび上がる金の光。
気遣わしげに自分を窺う瞳も、光を凝縮したような金色だ。

「大丈夫なのか! ユーヘミア!!」

自分を庇うように覆いかぶさる相手が、エドワードだと理解できたとき
凍り固まっていた恐怖が、瞳から零れ出していく。

「エ・・・・エドワード?」
「怪我は無いか? どこか切られたりしてないか?」
必死に窺ってくるエドワードに、ユーヘミアは茫然と壊れたぜんまい仕掛けの人形のように
何度も首を縦に振り続ける。

「そっか・・・・・良かった」

心底、ホッとしたように溜息を吐くと、すっと立ち上がり背を向ける。

「お前だな、最近巷を騒がせている連続通り魔は」

エドワードの前では、無様に転がっていた男が忌々しそうにエドワードを
睨みつけて立ち上がろうとしていた。

「ユーヘミア! このまま道を真っ直ぐに走れ!
 そこを抜ければ大通りに出る」

犯人から自分を庇うように立ち塞がるエドワードの背に、言葉を告げられた
ユーヘミアは戸惑って動けない。

「ユーヘミア!? 何やってんだ! さっさと行け!!」
苛立ち混じるエドワードの声に、ユーヘミアは涙を溢れさせたまま
詰まりながらも言葉を吐き出す。
「で、でも・・・エ、エドも・・・・」
そのユーヘミアの躊躇う様子に、エドワードはチッと舌打ちをして
振り向くと、強引な力でユーヘミアを引っ張り上げる立たせてしまう。

「馬っ鹿やろう!! さっさと行け! 足手まといなんだよ」

そう乱暴に言葉をぶつけると、彼女の背を押すようにして追い出した。
押されて1歩2歩と進む足が、段々と速度を増していく。
ユーヘミアの身体が動く度に、はらはらと金色の残骸が周囲に散らばっていくのを
彼女は目の端に止めた。

走り去るユーヘミアの背後では、奇声を上げる犯人の声が聞こえる。
ユーヘミアは必死になって、助けを呼んでくるために足を動かし続けた。




車の喧噪。商店のウィンドーの灯り。
その通りに出て来れた時、彼女の心の中には安堵感より
助けを呼ぶ気持ちで一杯だった。

人人人、通りに歩いている人の並に彼女はあらん限りの声で叫ぶ。

「た、助けてぇー! この奥で襲われているの!!
 誰かぁー、エド、エドワードを助けてぇーーーーー!!!!」


彼女の声に呼応するように通りの人の足が止まり、遠巻きな人だかりが出来てくる。

「ねぇ! 誰か、誰でもいい!!
 はやく、早く助けに来て!!
 エドワードが殺されちゃぅー!!」

動揺している人だかりから動こうとする気配が出てこない。
こうしている間にも、エドワードはナイフを持つ人間に襲われているのだ、
ユーヘミアは助けてくれない群集に痺れを切らせて、キッと顔を上げると。
「助けに来れないなら来なくてもいいから!
 憲兵を、軍を呼んで頂戴!!」
そう叫び終わると、元来た道を急ぎ戻ろうと踵を返す。

「待ちたまえ!」
そう声が聞こえ、ユーヘミアの肩が捕まれる。
驚いて顔を振り向かせると、そこには今1番頼りになる相手が必死な形相で立つていた。
「マ・・スタング・・・准将ぅ・・・」
「この奥か?」
矢継ぎ早に問われて、声も出なくなったユーヘミアはうんうんと頷いて返す。
そして、ユーヘミアの返事を最後まで見る事無く、准将は路地へと走り出した。
「准将!」
背後にいた警護の者から声が上がる。

「ホークアイ少佐、彼女を頼む!
 私は先に行く」

走り去りながら叫ばれた声が、微かに届いてくる。
「全く、あの方は・・・。
 皆、何をしているの! さっさと後を追いなさい!」
「「「はっ!!」」」
彼女の指示に、固まっていた一団が准将の後を追って走り出す。


そして、残された者たちは。
「大丈夫、お嬢さん? 彼らのことは心配しなくても大丈夫よ」
そう言って、ユーヘミアを安心させるように微笑んだ女性には見覚えがあった。
「ホークアイ・・・少佐」
「ええ。あなたがユーヘミア・ウォホール譲かしら?」
「そ・・うです」
躊躇いがちなユーヘミアの答えを気にする風でもなく、ホークアイ少佐は
周囲の残りの軍人にいくつか指示を飛ばすと、ユーヘミアを軍用車へと誘導する。
「あ、あの! 私戻ります! エ、エドワードが・・・」
留まる姿勢を見せるユーヘミアに、ホークアイ少佐は小さく微笑むと。
「必要有りません。今、戻っても逆に足手まといに成りますし、
 ここに立たれていても、捜査の邪魔になります。

 彼らのことは心配ありません。
 国家錬金術師二人が揃っているんですから、この程度の事件で苦戦するなどありません。
 それより・・・、犯人がちゃんと尋問出来る状態で済めばいいんだけど・・・」

心配だわ・・・と呟く言葉は、困るわねと同義語のように聞こえた。
そんな彼女に押された形になって、ユーヘミアは車へと乗り込むと
慌しい周囲から隠すようにして、その場を去って行かされたのだった。





「エドワードー!」
暗い路地を走り続けていくと、前方で青い光が発生してるのが判った。
それがエドワードの錬成光だと気づいたロイは、更に足を速めて
その場所へと走り寄る。

そして辿り着いてみれば。
「よぉ、あんたも来たのか?」
地面から拘束具をはやし、犯人を取り押さえたエドワードが
走ってくるロイに驚いたように返事を返してくる。

ロイは上がる息を抑えて、エドワードを睨むと。
「来たのかだと!?
 馬鹿者!! どうして君は・・・!!」
激昂して言葉を投げつけようとしてたロイの動きが止まる。
そして・・・、大きな嘆息を吐き出してエドワードに腕を回して
抱きしめるようにして身体を預けてくる。
「お・・・重いって・・・」
体格さのある相手に体重を預けられ、思わず足が後ずさる。
「・・・重いくらい何だ。私の心配の大きさを思えば、
 それ位我慢しろ」
自分の肩口に額を埋め、怒ったような安堵したような声で
そう呟かれれば、エドワードとて文句も言い出しにくい。
「・・・・・ごめん」
謝るように抱き着いてくる広い背を叩く。
「謝るくらいなら、少しは大人しくしてれば良いものを・・・」
苦々しい声に、エドワードは肩を竦めて返す。
「ほら、皆こっちに来るぜ」
後を追いかけてきたメンバーの足音が近くなってくる。
エドワードが離れようと手に力を籠めれば、ロイも渋々の様子で身体を起こす。
そしてエドワードに視線を向けて、大きく目を瞠る。

「・・・・・勿体無い・・・」
嘆息と共に呟かれた言葉が何を指しているのかを理解したエドワードが
罰が悪そうな表情を見せてくる。
「ごめん・・・。咄嗟に庇った時に、刃が通ったらしくてさ」
不揃いに切り落とされた頭髪が、ロイの目には痛々しく映る。
「でも、あいつの髪じゃなくて良かったよ。
 女って、髪を大事にしてるからさ」
そう言って、何事も無いように笑うエドワードの様子に、ロイはムッとして
エドワードの頭を小突く。
「君の髪も、私にとっては大切で変えがたいものだと思ってる」
そのロイの言葉に、エドワードは苦笑して返し。
「ん・・・ごめん。
 でも、俺が無事なんだから、髪はまた先にな」
「・・・・・・・全く。――― 仕方ない・・な」
不承不承、そう言うしかなかった。



気を失っている犯人が連行され、不思議な事に司令部に着いて見れば
どうしたことか、頭髪は焦げてちりちりになっていたそうだが、
それに関しては誰も何も疑問を口にする者はいなかった。



・・・・・ 『貴方がライバル』エピローグ ・・・・・






「お世話になりました」
事件の後始末も落ち着き、暫くは調書だ保護だと3日ほど
エドワードと家で過ごしたユーヘミアは、ロイが漸く家にも戻って二人揃った日に
この家を去る事を告げたのだった。

「そっか・・・帰んのか」
後10日ほど残っている約束の期日を過ごさず帰ると言うのだから、
彼女にも納得できる答えが見つかったのだろう。
手間を掛けられた分、居なくなるとそこがポッカリ空いたような気がして
エドワードは少しだけ寂しい気持ちになる。

「お二人には私の我侭で、本当にご迷惑掛けました。
 それに・・・、エド、本当にごめんなさい」
あれだけ綺麗だったエドワードの髪は、今は切り揃えられて肩くらいに
なってしまっている。
「俺? 俺は別に対したこともしてないから・・・」
特に思い当たる処もないのか、エドワードは笑いながら首を横に振る。
エドワードにとっては、最近は平穏な生活をしてはいるが、ほんの数ヶ月前までは
あれ位の小競り合いは日常茶飯事だったのだ。
日々の安息の暮らしの所為で、やや勘が鈍っているのに気づいた彼は
ここ最近の日課に、護衛をしている軍人を相手取って組み手を始めるようになった。
ロイにしてみれば、身は守って欲しいが、これ以上強くなる必要がないように
して欲しいと思っているのが本音だから、あまり・・・良い顔をしていないが。

「息災で過ごされてください。
 ご両親にも宜しくと」
ロイが型通りの挨拶を口にすると、ユーヘミアは「ありがとうございます」と
ロイを見つめながら礼を返す。
二人の視線が交差した瞬間に、察するものを感じたロイはエドワードを振り返り。
「エドワード。表に迎えの車が着いているはずだ。
 荷物を運ぶのに呼んで来てくれないか」
と、声をかける。
「荷物? ・・・・・いいけど」
怪訝そうに首を傾げ、それでも言われたとおりにする為に、部屋から出ていく。
そのエドワードが去ったのを見送ってから。
くるりと身体を返して、ユーヘミアと視線を合わせる。
「で、何か私に告げたい事でも?」
と、余裕の満ちた態度でユーヘミアに話の矛先を向けてやる。
そんなロイの様子に、ユーヘミアは数度瞬きをしてから。
「申し訳ありませんでした」
と深々と頭を下げた。
「ユーヘミア譲?」
彼女の謝罪が何を指してのことなのか思い当たらず、ロイは僅かに眉を寄せる。
そんなロイおいて、ユーヘミアは言葉は続ける。
「エドワードの髪・・・・・本当にすみませんでした」
そう謝る彼女の方が、本人より痛々しそうに見えて、ロイは彼女を責める気になれなくなる。
「いいえ、御気になさらず。
 エドワードが言ったように、あなたの髪でなくて幸いでした。
 エドワードは―――彼の髪は、これからまた伸ばせますから」
それを見届けられるのも、これからの楽しみの1つに加えられたのだから。

――― 彼が。自分が、生きて互いに傍にいられる間ずっと見守り続けれるのだ・・・――

そう言外に告げられた気がして、ユーヘミアは敵わないと改めて思う。
この二人が築いていく絆は、強固で柔軟で切れることも綻びさえも見出せない。
こんな相手のどちらと競っても、自分には万に一つもの可能性はないだろう。

それでも―――。

「准将、私は負けません!
 今日からは、貴方がライバルですから!!」
ビシッと指差されて宣言された言葉に、ロイは目を丸くした。
そして・・・不敵な笑みを口元に湛えて応戦してくる。
「いつでもどうぞ。エドワードに関しては、誰にも負ける気も
 譲る気もありませんからね」
と、自信満々に言い切ったのだった。


「お~い、連れてきたぜー」
争いの火蓋が切られたばかりの場所へ顔を出したのは、火種のエドワードだ。
一人、日常の中を過ごしているエドワードに、視線を回した二人が笑いあう。
「なんだ? 何か面白い話でもしてたのか?」
仲良さそうにしている二人に気分を害される事も無く、エドワードは明るく応えてくる。
「いいや・・・。そうだな、これからの楽しい展望を。ちょっとね」
「ふ~ん?
 あっ、すみません。持って行って貰う荷物は、そこに置いてあるトランクとかです」
後ろから着いて来た迎えの人物に、テキパキと指示をして説明をする。

男が3人も揃えば、短期間の逗留の荷など、すぐに運び終わる。
「じゃあ、本当にありがとうございました」
玄関を出たところで、ユーヘミアが再度挨拶をしてくる。
「ああ、料理すんのはさぼんなよ?
 折角、俺が苦労して教え込んだんだ。サボれば直ぐに腕が落ちるんだからな」
最後まで師匠魂を見せるエドワードに、ユーヘミアはしっかりと頷いて返す。
「うん! 大丈夫よ、任しといて。
 でもって、これからもエドワードに教わりにちょくちょく来させてもらうわね」
「へっ?」
ユーヘミアの予想外の言葉に、エドワードは間の抜けた返事を返し、
ロイは唖然とした様子を見せる。
そんな二人を見れて、ユーヘミアは少しだけ気が晴れた気になった。
「だって、准将もいつでもどうぞって言ってくれたし。ね?」
同意を確認するようなユーヘミアの言葉に、エドワードはふ~んと怪訝そうに
頷き、ロイは少々顔を引き攣らせて。
「まぁ・・・確かに」
と、言葉を濁しながら返したのだった。

じゃあと手を差し出したエドワードの手を取り、ユーヘミアは彼の顔を見上げる。
そして、少しだけ背伸びしてエドワードの頬にキスを贈ったのだった。
「っ!?」
驚いて顔を紅く染めるエドワードの反応に、ユーヘミアは綺麗な笑い顔を見せる。
「これは、今日までのお礼よ」
そういい捨てて、さっさと車の中へ乗り込んで、固まっている二人を後ろに
車を発進させてもらった。

――― Bye Bye エドワード。
 貴方がライバルですなんて啖呵切ったけど、それは私の最後の見栄。

 今の私では絶対に無理だろうけど・・・。
 でも、これからどんどん人間を磨いて、女ぷりを上げて。

 きっといつか――― あなたと同じくらい素敵な人を見つけてみせるわ。
 その時はまた、『お前にしては上出来だ』と軽口を叩いてね。

 私もちゃんと、『当たり前よ。私が選んだ人なんだから』と胸を張って
 言って見せるから・・・―――


短くて、儚い恋の終わりを胸に抱きながら、ユーヘミアは自分の存在する場所へと
戻っていく。
走り去る車の車内は静か過ぎて、ユーヘミアの堪えている嗚咽が響かないかと心配になるが、
賢いお抱えの運転手は、そっとラジオのスイッチを入れた。
優しく温かいメロディーがユーヘミアを包むように車内に満ちていく。

そして、流れる景色に目をやりながら、ユーヘミアは再び口ずさむ。
声なき言葉を。
溢れ出す感情を。

 Bye Bye エドワード・・・・・・と。







 ***** 

「静かになったよな・・・」
家に入って来て、ガランとしたように感じれるキッチンを見回して
エドワードは独り言を洩らす。

「寂しいのかい?」
気づかない間に、背後に立っていたロイが静かな声でエドワードにそう訊ねてくる。
「んー・・・そっだな、ここんとこ暫く、ずっと一緒にいたからなぁ」
そう返しながら自分の方に向き直ったエドワードの表情をじっと窺う。
「君は彼女の事を気にいってたから・・・」
声に僅かにも妬心が混じっていないとは、――― 言えないだろう。
そんなロイの言葉から、何かを感じ取ったのか、エドワードが面白そうに
瞳を閃かせる。
「何? 妬いてんの?」
からかうように聞いてくるエドワードに、ロイは偽る事無く素直に頷く。
「ああ、勿論妬いてるとも」
余りにあっさりと認めるロイに、エドワードの方が呆気に取られてしまう。
「・・・何だよ、変なとこで堂々として」
呆れたように言うが、それが心底思っての事ではないのは
エドワードのほんのり染まった頬で判る。
ロイはゆっくりとエドワードに腕を回して、彼を引寄せると。
「彼女に言ったんだ。君の事に関しては誰にも負けないし、譲れないとね。
 なら、遠慮するのも意地を張る必要もないだろ?」
「・・・・・恥かしい奴」
照れて顔を背けるエドワードの横顔に、ロイは軽いキスを落す。
「恥かしい人間でもいいさ。それで君がこの腕の中に留まってくれるのならね」
それはロイの心底からの本音だった。
魅力的で若い恋人を持った男の焦燥と喜びだ。
彼は磁場のように人を惹き付けてゆく。
いつか、自分より素敵な相手と巡り合わないという保証は無い。
それでも・・・彼を手離しはしない。
ずっとこの手に囲い込んででも、彼を、エドワードを捕らえ続けてみせる。

そんなロイの思いを知ってか知らないままか、エドワードはロイに視線を向けると
柔らかな笑みを浮かべながら告げてくれる。
「あんたが恥かしい奴でも、情けない奴でも・・・。
 あんたがロイ・マスタングなら、俺の気持ちは変わらないさ」

そんな嬉しい言葉を告げてくれた唇に、ロイは感謝と慕う心のまま
情熱的な口付けを捧げた。






 *****

「あっ、お帰りなさ~い!」

翌日・・・、明るい声と共に迎えた人間が二人居ることに
ロイは憮然となる。
横ではエドワードが苦笑して、ロイを取成すように笑いかけてくる。
「ユーヘミア譲・・・あなたは昨日、お帰りになったのでは・・・?」
不機嫌そうなロイの態度にも、臆する事無くユーヘミアが元気に返事を返してきた。
「はい! 今日はエドワードに新しい料理でわからないところを教わりに」
「と言うわけなんで・・・。
 じゃ、さっきの説明を続けるぞ」
「はぁ~い」

仕事で疲れて帰ってきた亭主の事はいいのか。
そう言い募りたいのは山々だが、いつでもどうぞと言った手前、
文句も言い難い。

が、これくらいは良いだろうと。料理をしているエドワードの肩を
ちょんちょんと突く。
「ん? どうし・・っん!?」
振り向いたエドワードに只今の熱烈なキスを仕掛ける。

自分達は新婚なんだ。これ位は当然だろう。

驚いて反応が遅れているのを良い事に、ロイは取り合えず気が済むまで
エドワードの口内を味わうと。
「・・・・・っの、ボケェー!!」
と、フライパンで頭に一撃を喰らうまで頑張ったのだった。

その横では、愉快そうに声を上げて笑っている小悪魔の存在が。

なかなか、このライバルは手強いようだった・・・。



[ 貴方がライバル END ]



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