Selfishly

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W`Dな男達 1・2


~~~ 『W‘Dな男達』 プロローグ ~~~



・・・・・ 神の如き等と、そんな人間は存在しない。
      人は往々にして愚かで欠点だらけの生き物なのだから ・・・・・



「じゃあ、俺ももう戻るな」
爽やかな陽光の中、その天候以上晴れやかな笑顔を浮かべて
エドワードが見送りに来てくれた二人にそう告げる。
「ああ。・・・・・君も、達者で暮らしたまえ。
 アルフォンス君にも、くれぐれも宜しくと」
そう告げたロイの前に居る少年は、見慣れてきた服装とは違っている。
トレードマークの赤いコートを脱ぎ、欠けた手を隠すための手袋も無い。
その事に本人以上に感慨深い思いを抱いて、ロイは目の前に立つ
幸せそのものの少年の顔を見つめた。
「エドワード君、これ少しだけど中将や皆からの餞別なの」
そう言って差し出された封筒を、エドワードは驚いたように見つめ
プルプルと首を横に振って断る仕草を見せる。
「いっ、いいよ、いいよ! 俺らの方が世話になってばかりだったのに・・・」
慌てて断ってくるエドワードに、ロイは小さく首を横に振ると。
「皆の気持ちだ。子供が余計な事を気にせず、貰っておきなさい。

 国家錬金術師の資格を返上した今では、未成年の君たちを守るには
 金も必要だ。アルフォンス君も小康状態とは聞いたが、過酷な環境でいたんだ、
 今後、・・・どんな後遺症が出ないとは言い切れないだろ?
 その時に必要になるかもしれない。持っていて困るもんじゃない」
ロイの初めて子ども扱いの発言に、エドワードが目を瞠って驚いている。
そんな少年の反応に、ロイは小さく苦笑する。

エドワードは間違いなく子供で少年なのだ。
そんな事はロイとて、周囲に言われる前から判っていた。
が・・・、それを彼が望んでいないことも。
そして、そんな甘い事では彼らの悲願への道も無理だと。
―――そう自分を戒めていたから、優しくしてやることも出来なかった。

が、それももう我慢しなくてもいい。
彼らは晴れて悲願を達成し、これからの人生を穏かに幸せに
暮らし、過ごせなかった少年時代の残り僅かな時を得るのだから。

「ん・・・・・。ありがとうな。遠慮なく頂いておく」
変わったロイの態度に察する事があったのか、エドワードも珍しく
・・・ロイの前では始めてかもしれないほど素直に、頷いて返したのだった。
「それと、これは私から。
 リゼンブールまでは遠いわ。お腹が空いたら食べてね」
そう告げて手渡された大降りの袋からは、良い匂いが漂っている。
「中尉・・・、いや、もう中佐だったよな。
 本当に今までありがとう・・・」
「エドワード君・・・」
うっすらと眦に涙を浮かべながら、ホークアイ中佐はエドワードを抱きしめた。
彼らの晴れの門出に涙を浮かべずにと心に決めていたと言うのに
やはり、最後には想いが溢れて来てしまう。

エドワードは抱きしめてくれる優しい人に感謝のあらん限りで、優しく背を叩く。
別れを惜しんでいる間にも、列車の出発の汽笛が鳴り始めた。
「じゃ、俺、もう行くから。
 見送りはここまででいいよ」
そう告げて、ロイへと手を差し出した。
ロイもその手を万感の思いを籠めて握り返す。
その手の平の中に灯る温もりは、彼が勝ち得た人生を物語っているようだった。


「そのぉ・・・今までありがとうな。
 あんたには逆らってばかりだったけど――― ずっと感謝してた。

 ありがとうございました!」

そう深々と礼をして後は振り返らず、列車のタラップへと足をかけた。

「気をつけて・・・・・、幸せになれよ」

エドワードに聞こえないほど小さな声で、ロイが別れの言葉を口にする。

座席に座り込んだエドワードは、もう彼らの方を見ようとはしなかった。
見てしまえば、みっともない表情を見られるのが嫌だと言うように、
手元を見つめた姿勢で、じっと座り込んでいるようだった。


ピッーーーーーーーー!!!!

発車の知らせが周囲に轟くように上げられる。
車内のエドワードが、はっとなったように顔を上げて
外で佇むロイ達の方を向くと。
くしゃりと表情を歪めて、唇を動かすのが見て取れた。

 『サ・ヨ・ナ・ラ』     と。

ロイとホークアイは、この小さな勇者に敬礼を向ける。
二人が見守る中、列車はゆっくりと走り出す。
その先には、そこに残る二人達の世界とは、全く別の未来が広がっているのだ。


小さくなり、見えなくなった地平の先をじっと見続けているロイに
ホークアイは話しかける。

「本当に、これで良かったんでしょうか・・・・・?」

自分達の悲願を叶えつつ、ロイの野望に力を貸し
自分達の出来る事はここまでだと、表舞台に出る事無く
兄弟は去って行く。

「どうした? 君も、彼らが軍から離れるのを善しとしてなかったか?」

頭だけ振り向かせて聞き返してくる中将に、歯切れ悪く答える。
「それは・・・そうなんですけど。

 本当に大丈夫なんでしょうか、エドワード君たち」
心配性の彼女を笑うように、ロイは断言する。
「大丈夫に決まってるだろ? あの鋼の錬金術師と弟だ。
 どんな困難な未来でも、乗り越えるに決まっているさ。

 さあ、我々も帰ろう、自分達の戦場に」

そう告げると、彼は踵を返して歩き出す。

「・・・・・はい」
ホークアイを頷きながら、上司の後を追うようにして足を出そうとして
ふと、列車の消えた方角へと顔を振り向かせる。

――― 本当に大丈夫なのかしら、あの子達・・・?
    物心ついた頃には軍に入って常識とはかけ離れた世界で育ち、
    旅はしていたけど、どこか社会とは外れた生き方をしていたのに。

    ちゃんと、世間で生きていけるかしら? ―――

ホークアイの杞憂は、ロイの答えとはかけ離れたところにあった。
軍に所属している時には、彼らの変ぶりも良し悪しだったが、
その世界から飛び出した今・・・かなり怪しい常識が彼らの中に
根づいてはいないだろうか? と。

――― 特にエドワード君は、心配だわ・・・。―――

そう思いはするが、手を離した今、どうしてやる事も出来ないのだ。

――― 大丈夫・・よね。アルフォンス君も付いている事だし ―――

兄よりも、非常識に毒されていないアルフォンスを頼みの綱に、
ホークアイは、無理やり自分にそう思い込ませ、後ろ髪が引かれる様な気持ちで
ホームから歩き出したのだった




女性の勘の鋭さは侮れない。
つくづく自分の判定眼の確かさを、ホークアイが確信したのは、
それから2年の月日を得てからとなる。









~~~ 『W‘Dな男達』 act1 ~~~





・・・・・ 神の如き等と、そんな人間は存在しない。
      人は往々にして愚かで欠点だらけの生き物なのだから ・・・・・



「・・・やべぇー! こりゃ失敗したな」
エドワードの洩らした呟きで、周囲には大きな動揺が走る。
その原因になっている本人は至って暢気に、皆に号令をかけた。

「職員! 全員、退避ー!」

その号令を聞き終わる前に、入り口に近い者達から順序正しく、
混乱も起こらない統率を見せて、素早く部屋を去って行く。
エドワードも最後まで皆が非難するのを見届けてから、部屋をさっさと出払い
扉の外で手を打って錬成を始める。

「・・・何がいけなかったんでしょうか?」
激しい爆発音を聞きながら、横で控えていた研究員の一人が
尋ねてくる。
「そうだなぁ~。やっぱ、あの加速装置じゃ負荷が耐え切れなかったんだろうな」
壁を補強して爆発を凌いでたエドワードは、そろそろ良いかと
小さな小窓を作って中を覗いてみる。
「あっちゃ~! こりゃ、元に戻すのも一苦労だな・・・。

 やっぱ、設備にもう少し投資してもらわないと、納得いく研究結果は
 出そうにないよな」
「――― そうですね。うちの会社程度の研究設備じゃ、対した研究も
 出来ませんものね」
同様に周囲を取り囲んでいたメンバーからも、同意の頷きが起る。

そこに・・・。

「エ、エ、エ、エ、・・・エルリック主任!!」
今の爆発音に驚いて、慌てて向うから走ってきた壮年の男を目にして
エドワードは拙いという表情を浮かべる。
小太りの上、頭髪は数えるほどに減っているその男性は、この会社の重役で
この研究室の責任者でエドワードの直属の上司だ。
エドワードが努め始めた頃は、その頭髪も薄くはなりつつあるが、
まだまだ髪の形状があったように思うが、この数ヶ月で見事に無くなっている。
その事に関して、この上司がエドワードを恨んでいると噂で聞いたが、
エドワードにしてみれば、自分とその男の頭髪のどこに関係するのかが判らないから、
全く気にしていない。

「あっ、部長。すみません、す~ぐに直しますんで」
そう言ってる傍から、手を打ち鳴らして部屋の壁へと手を当てる。
サッーと眩い輝きと共に、そこには新品のようになった部屋が見渡せる。
が・・・・、爆風でどこかに飛び去ったのか、炎上して塵も残らなかったのか
旧式の加速装置は、元の姿には戻らなかったようだった。

「これはもう駄目だな・・・」
部屋の中に入り、半分崩れた加速装置を検分する。
錬金術の原則は等価交換だ。在る物を戻す事は出来ても、無くした物は戻す事叶わずだ。
「部長、すみません。これは新しいのを支給してもらえますか?」
全くと言っていいほど、反省の様子を見せずにエドワードがそう告げると、
先程から、赤くなったり青くなったりと忙しい部長が、
今度は白目を向いて、そのままぶっ倒れた。

「ちょ、ちょお、どうしたんだよ、一体?」
驚いているエドワードの目の前では、数人の職員が重そうに部長を
担ぎ上げていく。面倒くさそうな表情の中には、僅かばかりの同情の色も見える。

が、そんな些細な事は、エドワードには関わる事も無い。
部長が倒れれば、新しい設備の支給要請をどこに言えばいいのか?
それが彼の今一番の感心ごとなのだから。




*****

身体を取り戻した後、アルフォンスのリハビリを兼ねてエドワードは
故郷リゼンブールでのんびりとした日々を過ごしていた。
最初の半年ほどは、衰弱しきっていたアルフォンスの容態が一進一退だったため
気の休まる時が無かったが、半年も安静にしていると、アルフォンスの身体は
めきめきと回復をしていった。
やはり若さのおかげだろう。
そして、1年が経とうと言う頃、アルフォンスが大学進学を望んでいる事を
幼馴染の口から聞いた。

「アルー!! お前なんで、俺にその話をしてくれなかったんだ!?」
アルフォンスが元の生身の身体を取り戻したら、エドワードは弟が望む事を
何でも叶えてやりたいと思っていた。
だから、アルフォンスが勉学したいと思っている事をエドワードに
黙っていた事が許せなかったし、哀しかったのだ。

「兄さん・・・。別に、行かないとは言ってないよ?
 ただ、今はまだ無理かなぁって」
どうせ話の出所は知れている。面倒になるから、余計な事を言わないで
欲しかったと、内心で溜息を吐きながら、アルフォンスは兄を説得する為に
話し出す。
「どうして無理なんだ!?
 お前の頭なら、どこの大学でもフリーパスできるはずだぞ!」
そう凄い勢いで詰め寄ってくる兄に、アルフォンスは困ったような表情を浮かべる。
「学力は・・・だぶん、問題はないと思う。
 身体動かせなかった時は、勉強しかすることなかったしさ。

 でも、そのぉ・・・先立つものが必要だろ?
 学費は奨学金を狙えば大丈夫だけど、それ以外のもろもろまで免除される
 わけじゃないし。――― それにここから通える範囲に、大学なんてないしさ」
アルフォンスにしてみれば、数年ほど働き当座必要な貯金をしてから
目指せば良いかと思っていたのだ。
それに、それよりも重大な心配事もあるし・・・。

「金!? 金なら有る!
 こんな事もあろうかと、大佐・・・じゃなくて中将たちがくれた餞別、
 使わないで取っておいたんだ!」

餞別と言って渡された封筒の中身を見て、エドワードは仰天した。
薄いと思っていたのは小切手だったから。
小切手だったのは、小さな封筒では入らない金額だったからなのだ。

だから大丈夫だ!と胸を張る兄の姿に、アルフォンスは男前の顔の柳眉を下げる。

―― それ以上に心配なのは、兄さんの事なんだよな・・・――

今まではまだ良かった。
自分の容態にやきもきしていた兄は、時間の全てをアルフォンスの為に
費やしてくれていた。
多少の蓄えは、国家錬金術師の権限がある内に拝借していたから
まだ良いが、それだってこれから先の長い人生を賄うほどではない。
家は土地があったから、そこに錬金術で立て直したが・・・材料は
買い揃えなくてはいけなかったのだ。
無いものからは有形物は作れないから、当然だ。
家一軒買うよりは安いとは言え、ここまでの移動費用を含めば
貯蓄が大きく目減りしたのは間違いない。

ただ、兄は俗世からは少々外れた感覚の持ち主だったから・・・。

「金ぇ~? そんな細かい事は気にすんな!
 無ければ稼げば良いし、無いなら無いで自給自足で暮らせるさ」

それは確かにそうだ。普通の人間なら、それでも十分暮らしていけない事は無い。
ここリゼンブールの村人だって、そうやって慎ましやかに暮らして行ってるのだから。

が、兄は根っからの錬金術師だ。
知識への意欲は半端ではないし、探究心も並ではない。
アルフォンスの容態が落ち着き、時間が空くようになればなるほど
エドワードの中にある錬金術師の性が、じっとしているはずも無いのだ。

兄には判っているのだろうか・・・?
自分が好みそうな文献も資料も、恐るべき高価な品物であるという事実。
村の児童図書館や、近隣の町にある町の図書館如きに
兄の求めるものが無いという事を。

研究材料だって、兄が得意とする鉱物関係は
かなりの高額品だ。
宝飾としての価値を求めはしないとしても、原石であっても
それなりの値段もするし、宝飾以上に数が必要になる。
軍に居た頃は、全て経費と言う名で揃えれたが、今はそんな権限も無いのだ。
が、兄に研究を控えろとか、勉強をするなとかは口が裂けても言えない。
と言うか・・・言っても無駄だろう。
兄の向学心や探究心は、彼の根本に根づいている。
そんな処は、父親の血を間違いなく譲り受けていると思わされる。
比較的、母親の気質を多く受け継いだアルフォンスは
勉学は好きだが、それはあくまでも自分の許容範囲内で出来れば良いと
思っている。
それ以上に、学びたい事や知りたい事も、世の中には沢山あるのだから・・・。

要するに、自分は平凡な人間なのだろう。
それに対して、兄、エドワードは非凡すぎる・・・。

この兄の向上心を満足させつつ、稼いでいける仕事など
――― アルフォンスにはとんと思いつかない。


まぁ、と言うわけで、アルフォンスにしてみれば、そんな兄の
先行きを見届けない限り、おちおちと大学に通えるはずも無かったのだ。

そこら辺の話を、幾重にもオブラートに包み、兄にも理解できるように
噛み砕いて話して行く。


弟が話する間、エドワードは大人しく聞いていた。
そして、話を聞き終わった後・・・。
「判った・・・。お前の心配も尤もだ。
 俺も悪かったよ」

そう言って黙り込んでしまった。
そんな兄の様子に、アルフォンスは心の中で胸を撫で下ろしたものだったが・・・。

黙り込む = 納得したとは違うのだと、数日後に思い知らされたのだった。



*****

「ほら、アル! こっちがセントラルの大学案内書。
 で、こっちはイーストな。

 俺としては、ちょっとでもここに近いイーストにして欲しい気もあるけど、
 お前が行きたい処を選べ。
 俺も兄だ。弟に気遣われて、お前の将来の障害物にはなりたくないからな」
男気あるエドワードの言葉を、アルフォンスは茫然としながら聞いた。
「に・・・兄さん?」

「何も言うな。
 大丈夫だ。己の身くらい自分で処せずにどうする!

 アルが心配してくれてるのは判るけど、大丈夫だって!
 元・国家錬金術師、鋼の俺様だ。
 輝かしい未来への展望が開けてるに決まってるだろ」
そう朗らかに目の前に差し出された数枚の封筒。
「そ・・・それって?」
エドワードの差し出したものが皆目判らず、アルフォンスは恐る恐る
窺ってみる。
「ん? これか。
 じゃ~ん! 俺の就職候補先だ」
「に、兄さんの就職先~!?」
「ああ、そうなんだぜ。――この前さ、お前に言われて俺も考えたんだ。
 確かに長男の俺が、仕事もせずにふらふらしてたら、お前だって気にするよな。

 で、考えてみた。
 どうすればお前に心配を掛けず、尚且つ自分の将来も描けるのかってさ。
 で、取り合えず以前から煩く誘いを掛けてきてたとこに連絡してみたんだ。
 そうしたら、さすが俺様だな。どこも一も二も無く、直ぐに来て欲しい・・・ってさ」
自慢そうに鼻の下を擦りながら、エドワードが告げてくる。
「兄さんが・・・・・就職・・・」
それはそれで、全く思いつかなかった選択だ。
この無法振りを発揮する兄が、就職・・・・・。
何やら、空恐ろしい気がする。

難しい表情で固まっているアルフォンスを不思議そうに眺めているエドワードが
どうした?と窺ってくる。
「えっ・・・え~と、ちょっと驚いちゃって・・・」
ははははと乾いた笑いを作りながら、エドワードを採用しようという
勇気有る会社の事を聞いてみる。


当然、元国家錬金術師の人間をスカウトするのだから、
それなりの大企業や財閥も名乗りを上げていたらしい。
多くはセントラルやその近くの都市に本社や研究所を構えている。
が、エドワードは悉くそんな関係を断り捲くって、選んだのは
地方・・・簡単に言うと、このリゼンブール近隣で就職できる会社だった。

「だって、近くないと家の管理が難しいだろ?」
ここから通うのは・・・交通の便から考えても無理だ。
日に数本しかない列車では、まずは毎日通えないし、帰っても来れない。
が、家はアルフォンスの為にも置いておくと言い張る兄は、
定期的に帰れる場所位でと考えていたようだった。

「そ、そんなとこで、兄さんが務まるような会社ってあるの?」
まさか、判子を押すだけの事務職や、愛想を売りにして営業を回るわけではあるまい。
「んーーー? 結構、あったぜ?」
「ど、どんな!?」
驚いているアルフォンスの反応振りに、おかしな奴だなぁと笑いながら説明してくれる。
地方の中堅企業の建築や鉱物関係を取り扱っている数社が、
エドワードを研究員として迎えたいと伝えてきているそうだった。
条件は、大手の会社とは格段に落ちるのだが、東方圏内という事もあって
エドワードはそれで構わないと思っているらしい。

結局・・・再三、考え直すように言ったアルフォンスを無視して
エドワードは、さっさと就職を決めて家を出て言ったのだった。

エドワードにしてみれば、自分が残っていればアルフォンスが大学行きを
決めにくいだろうからという思いやりだったのだろう。


そしてそれから、1年の月日が過ぎる。

現在の会社は、ここら辺では最後の中堅企業。
地方では大手の方だ・・・に就職して、半年。
1番長く努めている。

と言うのも、エドワードはこの1年で既に3度目の転職を余儀なくされているのだ。
住所が変わるたびに、アルフォンスには嘆息を吐かれ、
大見得を切った兄としては、ここらで踏ん張って兄の威厳を保ちたいところ。
なのだが・・・・・。


今日も研究は中途半端で終わり、エドワードは帰途に着く。
帰りがてら、その日の安い食材を物色して買い物を済ませると
大通りから外れたせせこましい道を入っていく。
この付近は古い建物が多く、老朽化が進んでいる分だけ家賃が安い。
雨露が凌げる場所があれば、どこでも構わないと思っているエドワードに
してみれば、そんな安アパートでも全然気にはならなかった。

地方では破格の給与を支払ってもらってるとはいえ、
給与の半分は、新しく出るか、掘り出し物の書物へと貢いでいて、
いつも貧乏のどん底のような暮らしぶりだ。
これをアルフォンスが知ったら、おいおいと目に涙を溜めて
嘆く事だろう。更に悪くすれば、大学を辞めて戻ってくる可能性もある。
なので、引越しも3度目になるがエドワードは自分の部屋に
アルフォンスを招いた事は無い。

それにエドワードの悪名は、関連会社にも鳴り渡り、
そろそろ転職も出来にくくなってきている。
ここで踏ん張らないと、この地域で働くのは難しくなりそうな雲行きになっているのだ。

ギシギシと今にも崩れ落ちそうな嫌な音を立てて、階段を慎重に上がる。
慎重に上がるのは崩れ落ちるのを危ぶんでではない・・・それ以上に。
2階の部屋を通るとき、特に慎重に足音と気配を隠そうとするが、
さすがに建物の振動まではいくら小柄なエドワードといえ、皆無にはならない。

ミシ・・・と小さな音にも首を竦めていると、恐れていた事が現実になる。
パタンと急に開かれた扉から出て来たのは、エドワードが恐れていた怪物・・・
ではなくて、ここの大家の老婆だった。

「エルリックさん!! あんたの部屋、どうなってんだい?
 真下の住居人から、ミシミシと軋みが聞こえるって苦情が出っぱなしなんだよ!」

この大家のほうが、余程建物を困窮させているのでは?と疑うような
でっぷりとした体格の老婆は、丸で良く熟れた真赤なトマトのような顔色をして、
通り過ぎようとしていたエドワードを怒鳴りつける。

「あ、こんばんは~。
 えぇえー? そうですか? 気づかなかったんですけど、
 ちょっと、部屋の中で体操とかしてるのが悪かったのかなぁ~と」
わざとらしくもそ知らぬふりを装ってみるが、一度や2度目のことではない。
老婆がそれで許してくれるはずもない。
「あんた・・・・まさか、言い付けを守らずに、まぁ~た
 本を増やしたんじゃないだろうね」
ギロリとねめつける様な視線に、エドワードは慌てて手を顔の前で
扇いで否定する。
「い、いえ! あれから増やしてません!
 そ、それに今度の休みに、実家に置きに行こうかと思ってる処ですから」
引き攣る笑顔を貼り付けながら、エドワードはそんな弁明をする。
「・・・・・どうだか・・・。
 兎に角、今度苦情が出るようなら、何度も行ってるけど
 速攻出て行って貰うよ!!」
そう宣告して、開けた時同様に唐突に扉は閉められた。

「あ~あ、やばいやばい・・・」
額に浮かんだ汗を拭きつつ、自分の部屋へと入っていく。
パチリと付けられた電灯の下、――― 所狭しと置かれている本が
びっしりと並べられている。
「・・・・・ちょっと、このままじゃやばいか」
それらを見回して、思案する。
これを自分で運び出したとしても、家まで持ち運べる数は知れている。
かと言って、人を雇って運ばすには金が掛かりすぎる。
さ~て、どうしようかと思いあぐねながら、一応、手を打ち鳴らして
錬成で補強しておいく。
ここに着てから、概に数回目の補強の錬成だ。
建物が薄すぎて、補強できるにも限界がある。
兎に角、急ぎは会社に持って行くようにして当座をやり過ごそうと結論をつけ、
この事はそれ以上考える事無く、今興味を持っている研究分野の
本を探し出して読み始めた。




 *****
「はっ・・・・・? 今、何て・・・?」
翌朝、出勤して見れば社長直々の呼び出しが掛かっており、
エドワードは出向くついでに、新しい機材の要請をしようかと
暢気な事を考えつつ、扉を叩いたのだった。

「・・・・大変、言い難いことながら、君にはこの会社を辞めてもらいたい」
憔悴しきった社長の顔色は、エドワードの目から見ても悪そうだった。
「辞めてもらいたい・・・!?
 って、首ってことかよ!!」
青天の霹靂の出来事・・・でもないのだが・・・な社長の言葉に
さすがのエドワードも動揺する。
「君の能力はわが社では宝の持ち腐れだ。
 来て貰っといて何だが、これ以上君の経費の乱・・・そのぉ、
 要求には答えきれない・・・と言うわけだ」

天才の錬金術師を採用する。
当初会社にしてみれば、分野の最先端を独走できるチャンスだと考えた。
その英断を重役達も褒め、更に採用できた自分の幸運さを喜んだ。
―――のも束の間・・・。
分野の最先端を行く・・・・その為には、巨額の投資が必要なのだ。
エドワードが居ても、理論は立てれるが検証するには研究施設が必要だ。
そこそこの研究施設を持って、招聘したつもりではいたが、
そこで研究できる事など、高だか知れていると宣言され、出来る予算を提示して
エドワードの希望する機器を揃え。
必要な資料を揃えていく内に、どんどんと経費は膨れ上がっていった。
最先端の技術の為にと、堅実に貯めてきた会社の設備資金も
エドワードが来て半年で底をついた。

それに伴う利益が回収できれば何とかなったのだが、研究の成果の
実用化には早くとも数年はかかると言われ、社長を筆頭に重役連は
真っ青になったのだった。

「えー? 別にそれって当たり前だぜ?
 研究なんだから、成功する事もあるしなかなか実らない時もある。
 ついでに言えば、実用化しても直ぐに需要があるってもんでもないのが
 研究なんだぜ?」

そう当たり前のように諭されれば、濡れ手に粟を企んでいた面々全員が、
自分達の浅はかさを猛省するに至ったのは、当然の帰結だっただろう。


「ここに一ヶ月分の給与が有る。
 それとこれは、君の能力に投資してくれそうな企業への紹介状だ。
 ・・・・・これで許してくれ!!」

と、社長直々に頭を下げられれば、幾らエドワードでもごり押しするのは
躊躇われた。
仕方無く、研究室に戻りチームの皆に事の経緯を話して、荷物を纏める。

「主任・・・残念です。折角、こんな会社でも凄い研究のお手伝いが出来ていたのに」
職員には人気の高かったエドワードを惜しむ声は多いが、
会社まで潰されるのは些か困る。
次の就職先の斡旋もあるとの事だったので、残念に思いつつも
エドワードの将来の活躍を祈りつつ、盛大に送り出したのだった。




さすがのエドワードも、3度に渡る解雇に・・・少しばかり意気消沈気味になる。
「しゃーねぇ。こうなりゃ、リゼンブールの家の管理は
 ウィンリーに一任して、就職活動でもすっか」
そう頭を切り替えて、とぼとぼと古びたアパートへと戻ってみれば。
アパートの入り口で、大家を含む数人の住居人がたむろっている。

「こんばんは~、今晩も良い日和ですねー」
と陳腐な挨拶をするエドワードに、皆が一斉に怒りに満ちた視線を向ける。
「あ、あのぉ・・?」
何やら雲行きの怪しい空気に、エドワードの腰が引ける。
「エルリックさんーーー!!
 あんた、あたしの言いつけを守んなかったねぇーーー!
 出てけ、さっさと出て行け。今すぐ出てけぇーーー!!」
ヒステリックに叫ばれる声に、エドワードは唖然として周囲の
他の住人を見る。
エドワードの真下に住んでいたはずの、中年の男がわなわなと身体を
震わせながらエドワードに怒りをぶつけてくる。
「あんた、わしを殺す気か!?」
頭に白くなるほどの埃を被り、男は怒り冷めやらぬ口調でエドワードに
先程あった出来事を懇々と話して聞かせた。


先程、エドワードの補強の錬成の甲斐も無く、床の一部が抜け落ちたのだ。
大量の本の落下と共に・・・。
偶々、外出しようとしていた矢先だったから良かったものの、
あの本の膨大さから、下敷きになっていれば無傷では済まされなかっただろう。

それには流石にエドワードも弁明する事も出来ない。
結局、その日の内に出て行けと叫ぶ大家に平謝りして
数日中には引越しをする約束をさせられたのだった・・・。


「あ~あ、全くついてないぜ」
取り合えず落ちた本を回収し、抜けた床を錬金術で直す。
その本の下は御免だと言い張る真下の住人の為、今貴重で高価な学術書は
アパートの外へと放り出されている。
今日一日はと、錬金術で囲いを作って盗難を防ぐが、どちらにしても
引っ越した後まで、この状態で置いておくわけにはいかない。
仕方無しに公衆電話からウィンリーに電話し、説明した後
散々と哂われ、叱られした後に、数日後届く本の管理を頼み込んだのだった。


手持ちの金額が半分以下になる現実に、悠長にこれから就職活動を
している場合でない現状に、遅まきながら気づいたエドワードだった。
薄いベッドに転がりながら、上着のポケットにしまっていた紹介状を
出して眺める。
セントラルにまで行きたくは無かったが、背に腹と兄の威厳には変えられない。
アルフォンスが無事に大学を卒業するまでは、何としても一人前の
社会人として頑張っているところを示し続けないと・・・。

明日には早速、本を運ぶ業者の手配と、この紹介状に書かれている
斡旋所の担当に連絡をしてみようと考えながら、大量の本の移動で
披露した体と意識を休ませるのだった。






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